ちなみに②がいつになるかはわからない。
ではどうぞ。
唐突だが、我らがお嬢様陽乃は作家である。
ペンネームは
今年の春に新人賞を受賞し、発売から数週間で重版となった期待の新人だ。執事の贔屓目かもしれないが、よく出来た面白い作品である。
そして、担当編集は比企谷八幡。
俺の事だ。
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作家、八旗陽雪は速筆である。実際に原稿を打ち込んでいる時間よりも、題材集めの時間のほうが長いが。
そして作家の題材集めの手伝いをするのは、担当編集の仕事の内。たまたま
それというのも大御所、もしくはその卵と言われる作家というのは大抵の場合一癖も二癖もある奴らだからだ。
そしてそれは、お嬢様とて例外ではない。
「はちまーん、沖縄行くよー」
総武高校に入学する前の春休みは、この一言に潰された。
「はちまーん、北海道行くよー」
お嬢様の中学校生活最後の年の夏休みは、半分がこの一言に潰された。
そして今度は、
「はちまーん、ゴールデンウィークはこことこことここ行くよー」
……高校生活最初のゴールデンウィークが潰されることが決定した。
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もう一度言おう。
作家、八旗陽雪は速筆である。実際には原稿を打ち込んでいる時間よりも、題材集めの時間のほうが長いが。
それはつまり、担当編集である俺の時間も長い間拘束されるということ。
……まあ、慣れてるから良いんだけどね。お嬢様とのお出かけだと考えれば楽しいし。疲れるけど。
そんな訳で、執事にして担当編集の俺と、お嬢様にして作家の八旗陽雪、もしくは陽乃は、琵琶湖に来ていた。
……自転車で。
もう一度言おう。
……自転車で、来たのだ。
もちろん全行程自転車という訳では無いが、それでも三日ほど自転車に乗っていた。
つまり、疲れたのだ。
まあ体の疲労は特に無いので、どちらかと言えば精神的な疲れなのだが。
「おー、でかいねー琵琶湖」
「そーですねー、先生」
「陽乃で良いわよ。今回の作品にはカップルの気持ちも必要だから」
「……分かったよ。陽乃」
そういう事なので、今回はお嬢様のことは先生ではなく陽乃と呼ぶ。
「……おぉう。いつも呼ばれない分、なかなか破壊力があるね」
「あ?照れてんの?」
「……八幡ってそういうとこデリカシー無いよね」
「うっせ……こんな砕けてられんのはお前の前だけだよ。安心しろ」
「そ。ならよろしい」
そう言って、陽乃はむふーと満足げに微笑む。可愛い。
「さっと行くよ。八幡。今回で琵琶湖遠征は終わらせちゃいたいんだから」
「へいへい」
そして俺と陽乃は、題材集めとは名ばかりの(もちろんそっちもちゃんとやるが)、唐突なデートを楽しむことにした。
……妹(仮)とのお出かけもデートって言うよな?
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俺達がまず向かったのは彦根城。金亀城とも呼ばれるこの城は1622年に建てられた。まあその他の詳しい所はWikiでも見てくれ。
「ほえー……国宝って言うだけあってやっぱすごいねー」
「何がだよ……つーか国宝指定されてんのは天守だけだ」
「むー、細かい事は気にしないのー。そういう男は嫌われるぞー?」
「はいはい」
平時より少しだけ素でテンションが高い陽乃。いつもの仮面も、観光──一応は取材だが──のように日常から解放されると少しは緩むらしい。まあ日常的に陽乃をよく見ている人間でなければ気づけない程度の違いなのだが。
「まったく……八幡は分かってないね。せっかく観光に来てるんだからもっとテンション上げて。ほれほれほれほれ」
「おい、つつくな。微妙にくすぐったい」
「んっふふー、照れちゃって可愛いんだからー」
そんなやり取りをしていると、周囲の観光客──特に男だけの奴ら──から様々な視線を向けられる。老人達は微笑ましいとでも言うように暖かい視線。逆に男共はもう視線だけで呪い殺せるんじゃねーのってくらい鋭い視線を向けて来る。
だが残念だな男共よ。うちの陽乃の本性はこんな可愛いもんじゃないぞ?勘違いしてるとやられるぞ?
「まあ、まずは腹ごしらえだな」
「そだねー。城下町に繰り出すのですっ!」
ほら、俺が周囲の視線を気にしだしたからか、また仮面を被り直した。
まったく。俺は、ありのままのお前の方が好きなんだがな。