元同性の親友とその想い人がアプローチを仕掛けてくる件 作:作者B
これじゃ、分ける意味なかったな。
前編と後編を通しで見ていただけると、話の流れに違和感がないと思います。
気が付けば、辺り一帯が破壊し尽くされていた。
俺たちを捕らえようとしていたカプセル型の機械は地に伏し、ボディから火花を散らしている。そして、周囲の地面は抉られ、橋の至る所が傷つき、その光景からは壮絶な戦いが繰り広げられていたことが容易に想像できる。
だが、実際は少し違う。先ほどまで行われていたのは戦いなどではなく一方的な殺戮であり、目の前の惨状のほとんどが少女一人の手による破壊の結果だということだ。
「――――あ……っ、あぁああぁ……」
少女の口から悲鳴にも似た声が出ると、急にその場に座り込んでしまった。黒いガントレットが解除された手で頭を抱えながら蹲っているその様は、さっきまでの敵を蹂躙していた姿とは打って変わって、弱々しい年頃の子供のように見えた。
「お、おい! 大丈夫か!?」
慌てて少女に近づく。しかし、少女はまるで怯える様に縮こまったままだ。すると、今頃になって遠くの方から複数の人の声が聞こえてきた。
……このままここに居ると余計面倒なことになりそうだ。こういう時の、俺の勘はよく当たる。
「取り敢えず、ここを離れるぞ!」
未だにその場に座っている少女の手を無理やり掴み、手を引いてその場から離れるように走り出した。
「――ここまでくれば大丈夫だろ」
川沿いに上流へ向かい、人の少なそうな場所へたどり着いた俺たちは、その場で一旦立ち止まる。
一方の少女は、俺の手から離れると再びその場に膝を抱えて座り込んでしまった。だが、さっきまでの動揺した様子はなく、走って逃げている内にいくらか落ち着いたようだ。
「……」
「……」
言葉が出ない。
どう声を掛ければいいものか分からず、俺は取り敢えず少女の隣に座る。
聞きたいことはたくさんあるんだ。こいつが野宿してる理由、黒いガントレット、そしてさっきのあの戦闘。だが、こんな状態の相手にズケズケと問いただして良いものだろうか……
「…………なあ」
どう話を切り出そうか考えていると、向こうの方から話を切り出した。
「……なんだよ」
「……怖くないん?」
「はぁ?」
「だって、さっきの、あれ……全部
怖くないか、と言われてもなぁ。確かにこいつの
そんなことよりも、さっきのこいつの言葉に少し違和感がある。『ウチがやったんやろ』って、まるで他人行儀みたいな言い方だ。なんでそんな言い回しを――
「もしかして、さっきの戦闘のこと、覚えてないのか? いや、より正確に言うなら、
「――ッ」
俺の言葉を聞いて、奴の身体がビクッと反応する。やっぱり、そういうことか。
だとするなら、
……いや、逆か。データが膨大過ぎて扱いきれないが故の
「…………変なこと言うようやけど、
すると、少し間が開いた後、少女はポツリポツリと話し始めた。
「それは、戦いの記憶やった。重装甲を纏った騎士、膨大な数の尖兵、山をも吹き飛ばす魔道師、人間の何倍もの大きさの飛龍。人も、人ならざる者も、数も、装備もバラバラやったけど、共通してたのはそれらが全部敵だったということ」
技術の蓄積、経験の蓄積。自らが培ったものと受け継がれてきたものすべてを子孫に植え付けることで、効率的な継承と更なる進化を促す、古代ベルカで行われていた継承法。まさかそれを、この平和な時代でお目に掛かる日が来るなんてな。
しかも、よりにもよってこいつのは……
「初めて現れたのは8歳の頃。
少女は両肩を抱き、身体を震えさせながらも話を続ける。
「それからも度々、今日みたいなことは起こって……その都度、恐怖した。自分でもどうにもできないその力は、いつしか誰かを傷つけてしまうんじゃないかって。だから――」
「だから家出してきたのか。誰も傷つけなくて済むように」
俺の言葉に少女はコクリと頷く。
なるほど、事情は分かった。同情もできる、理解もできる。だけどひとつ、たったひとつだけ、気に食わないことがある。
ただ、目の前に居るのはまだ少女なんだ。だからまだ仕方がない、と自らを必死に制する。だが、そんな自制心も少女の、恐らく悪気のない一言のせいであっけなく崩れ去る。
「嫌なんや。
「ッ!」
こんな力、だと……?
「…………けるな」
「……え?」
「ふざけるなッ!」
その言葉を聞いた瞬間、俺の中で押さえていた感情が爆発し、気が付くと少女の胸倉を掴んでいた。
「誰も傷つけたくない? ああ、大層立派な理由だ! だけどな、お前のその力は……『エレミア』の力は決してお前が思うような忌むべきものじゃない!」
頭に思い浮かぶのは嘗ての友。一族の力を、技術を、夢を、誇りを楽しげに語る、そんな姿。
それを侮辱することは、例え奴の
「エレミアの力が誰かを殺したことは? 生死に関わる傷を負わせたことは今まであったか! 親を、友人を、見知らぬ他人を、ただの一度でも!」
「それは――で、でも! 怪我をした人はおった!」
「それは手綱を引くお前次第だろう!? お前は今まで何をしてきた! 力を制御しようと努力したのか? それとも、きっと誰かが助けてくれると、部屋の片隅で震えて蹲ってただけなのか!」
「――ッ」
俺の怒号のような問い掛けに、少女が言葉を詰まらせる。
「他人行儀か? エレミアの力は自分のものでないとでも言うつもりか? ふざけるなよ! 例え
冷静に聞けば、なんと横暴な主張か。まだ10代前半の少女に、人を殺しかねない力を受け入れろというのは、あまりにも過酷。
だが止まらない。だって、俺は知っているから。幼い身でありながら、民を救うために自らの
そんな彼女の覚悟を知って
「あんたに……あんたに
すると今度は、少女が俺に掴みかかり、そのまま俺を押し倒す。
「
少女は大粒の涙を零しながら俺に詰め寄る。そしてその一瞬、目の前の少女の姿が嘗ての友の姿にダブって見えた。少女は友の面影を残した顔で怒鳴りながら、その眼で必死に訴えてくる。
助けて、と。
「……出会ったばかりの俺が知るかよ」
その姿を見て少し冷静になる。
こんな子供相手に何やってんだ俺は……クソッ! こいつを
「……だけどな、そんな俺でも分かることはある」
俺は宥める様に、できる限り優しい声で少女に語りかける。
「どうして今まで、お前が誰も殺さずに済んだのか分かるか?」
「…………」
「それはな、お前が優しかったからだ」
「……え?」
「言っただろ? エレミアの力は、今はお前のものだ。お前が傷つけることを望まない限り、エレミアの力はそれに応える」
その言葉を聞いた少女は、俺の胸倉を掴む手を緩めた。
確かにこいつはエレミアの力から目を逸らしてきた。だけど、誰も傷つけたくないという想いそのものは本物のはずだ。
「お前の優しさが今まで最悪の事態を防いできた。だから、誰も傷つけたくないって言うのなら、お前自身が手綱を握れるくらい強くなれ。なんなら、俺も手伝ってやるからさ」
「あ……あぁあ……」
少女は目尻から再び涙を流しながら、その場に崩れ落ちる。
結局、女の子を泣かせちまった。こりゃ、もしリッドが聞いたら『紳士のすることじゃないね』とかネチネチと文句を言われそうだ。
俺は彼女を受け止め、その涙が止まるまで、あやす様に優しく抱きしめた。
―――――――――――――――
――――――――――
―――――
PiPiPiPiPiPi――
規則正しく鳴る電子音が聞こえ、俺の意識が覚醒する。
夢、か……随分と懐かしいのを見たな。アインハルトと会ったせいか? それともこの間の
「……眠い」
いつまでも鳴り続ける目覚ましのスイッチを切り、布団から起き上がる。そして俺はそのまま、いつも通り洗面所に向かって顔を洗う。
いつもならその後に朝食の仕度をするところなのだが、そこでふとリビングのカレンダーに視線が向いた。
「げっ! 今日、祝日じゃん。うわぁ……なんか損した気分」
時刻は現在早朝。
学院へ行く時刻に目覚ましがセットされていたがために、普段の休日よりも早く起きてしまった。いつもはもっと遅くまで寝てるのに。
二度寝しようにも、目はすっかり冴えちまったな。これなら、起きている方がいいか。
「……偶には散歩でもするか」
休みの日は基本的に自宅に引きこもってるからな、俺。少しぐらいは健康的な生活をしないと、最近は只でさえ体力馬鹿二人に振り回されることが多いのだから、そのうち体力が持たなくなりそうだ。
……いや、既に手遅れか。
俺は外着に着替えると、そのままマンションを後にした。
夢の続きを語るとするなら、あの少女、ジークは一旦自分の家へと帰った。勿論、俺も一緒について行ったがな。
ジークの奴、家ではどんな扱いを受けてるのか少し不安だったけど、彼女の両親は家出から帰ってきたジークを温かく迎えていて、少なくとも俺の懸念は徒労に終わった。いずれにせよ、理解のある人たちでよかった。
ちなみにその時、いかにもお嬢様といった感じの金髪美少女と遭遇したのだが、それはまた別の機会に。
ああ。そういえばジーク、黒髪ツインテの少女の名前だが、あの夢の最後の場面から少し経って彼女が落ち着いた後――
『そういえば、前々から思ってたんやけど、なんで
『なんでも何も、そもそもお前の名前知らないし』
『あ、あれ? そうやったっけ? でもさっきエレミアって言ってたような……まあ、ええか。
てなやり取りがあった。
今思えば、1週間も一緒に居たのにお互いの名前さえ知らなかったとかどんだけだよ。しかも、うっかり"エレミア"の名前出しちゃったし。まあ、ジークも気にしてないようだから助かったけど。
そうそう。ジークが継承した記憶に関してなんだが、継承したのは戦闘に関するものだけで、残念ながら俺に関する記憶は持っていなかった。少し寂しいような気もするが、きっとこれが正しい形なんだろう。
でも、そうなるとおかしいな。どうしてジークはあの時、釣りだったり火を起こしたり、戦闘に関係ないことをすぐできるようになったんだ? 本人曰く、俺と会う以前にサバイバルした経験なんてないって言ってたし……
そんなことを考えていると、いつの間にかジークと初めて出会ったあの河原の近くに来ていた。
そういえば、あのときジークが破壊したマシン、あの後結局どうなったのかな。できれば持って帰って解体したかったのだが……
「――あれ、レン?」
昔の夢を見たせいか少し感傷的になっていると、向かいからフードを被った黒いジャージ姿の少女がランニングしてきていた。
「どうしたん? こんな朝早くに会うなんて珍しいなぁ」
そして、この声は目の前のフード少女から聞こえてくる。その姿は――
「もしかしなくてもジークか。暑っ苦しいからフードは外せって、いつも言ってるだろ」
「んあっ」
俺は無理やりフードを脱がすと、どうやって収納してんだというぐらい立派なツインテールと共に、中からジークの恥ずかしそうな顔が飛び出した。
「え、ええやんか別に! 目立つの嫌やし」
「フードを深く被ってる方がよっぽど目立つっつーの。お前、十分可愛いんだから、もっと自分に自信持てって」
「か、可愛ッ!?」
ジークは顔を赤く染め、慌ててフードを被り直そうとする。だが、俺がフードを抑えてるせいでそれも出来ず、あわわわと両手をバタバタさせながら、最終的には顔を両手で覆い隠した。
……なんだこの可愛い小動物。
「うぅぅ……それで? レンはこんな朝早くになにやっとるん?」
「別に、ただ早起きしたんで散歩してただけだ。ジークの方はトレーニングか?」
「うん。大会も近づいてきたし、それ用に練習メニューも教えて貰――考えてきたし! うん! 自分で考えたし!」
「お、おう」
大会って『インターミドルチャンピオンシップ』か。もうそんな季節なんだな。そういえば、ヴィヴィオ達もそんなこと言ってたような……むむむ、如何せん自分に直接関係ないことは記憶があやふやだ。
それはそうと、ジークはたまーに今みたいな『自分がやったんやで!』と変な主張をすることがある。なんだか、やたらと誰かから
別に、教えを乞うことなんて、隠すほどのことじゃないと思うんだがなぁ。
だが、ジークのコーチ(をしてると思われる奴)は中々の腕前だな。今までジークの練習風景を何度か見たことがあったが、こいつの性格に合わせ、更にエレミアの戦闘知識を生かした多彩な戦い方ができる様にトレーニングメニューが組まれていた。
あれは『黒のエレミア』のことを十分に理解していないと、そうは出来ないぞ? あの金髪お嬢様の仕業か? ……いや、似たような境遇というだけで別にエレミアについて詳しいわけじゃないだろうし、うーむ。
すると、後からドドドドドと、けたたましい足音が聞こえてきた。
「ん? 何の音d――」
「レーンッ!」
「ぬわぁッ!?」
突然、俺の背後に衝撃が走る。こんな突発的な事態に当然俺は対応できるわけもなく、そのまま背中に抱き着いてきた奴の下敷きになり、地面と情熱的なキスを交わした。
「あわ、あわわわわ……」
「レンー! 朝から会えるなんて嬉しい! これはもう、二人は結ばれる運命にあるっていう神様の思し召しだよね――ってあれ? レン、大丈夫?」
俺の上から聞こえる、この電波受信しちゃってる系脳内お花畑発言、心当たりが一人しかいない。
……こんなこと言う奴の心当たりなんて、できれば居ないでほしかった。ていうか、そもそも聖王教会じゃお前自身が神様的ポジションじゃねえか。
「……随分な挨拶だな、ヴィヴィオ。てか、今すぐ退け。重い」
「あー! レディに向かって重いなんて失礼しちゃう! この人には可愛いとか言ってたのに!」
レディ扱いされたかったら、もう少し自らの行動を省みてほしいもんだが。
第一、お前いつから聞いてたんだよ。普通に怖いわ! ほらー! ジークもこの状況についてけずにポカンとしてるじゃねえか!
「取り敢えず下りろ! 満足に話もできないだろうが」
「はーい」
今度は打って変わって素直に俺の上から下りる。
何がしたかったんだこいつは……
「よいしょっと。そういえばレン。こんな朝早くに何やってたの? 私に隠れて逢引?」
「あ、あいび――!?」
「んなわけあるか。偶然そこで会っただけだよ。第一お前、少し前から見てたんだったら知ってるだろ?」
「まーね。もし事実だったら、ママ直伝のO☆HA☆NA☆SHIをしないといけないし」
さっきからヴィヴィオの発言を聞いては、ジークはあたふたしながら慌てている。なんつーか、面白いぐらい振り回されてんな。
……てか、今の状況やばくね? ジークは記憶を継承してないとはいえ、リッドの子孫だ。もしこの事実がヴィヴィオにばれたら、またアインハルトのときの様に開幕攻撃を放つんじゃ……?
「な、なあ、レン。この娘は誰なん? レンの知り合い?」
「え? あ、ああ。こいつは高町ヴィヴィオ。まあ、俺の後輩兼友人ってところだな」
「もーレンってば、そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに。堂々と"彼女"って言っていいんだよ?」
「か、彼女!?」
あーもう、またこいつは余計なことを!
「こいつの言うことは一々真に受けなくていいから。お前も初対面の相手にあることないこと吹き込むなよ」
「ぶー。相変わらずつれないなぁ」
「な、なんや、彼女じゃないんか……ほっ……」
「……」
何やら、ヴィヴィオがジークに妙な視線を向けている。まずい、気付かれたか!? ど、どうにか誤魔化さねば!
「えっと、それでだな、ヴィヴィオ。こいつは――」
「知ってるよ? ジークリンデ・エレミアさんでしょ?」
え? なんでこいつの名前を――ま、まさか、とうとう本格的にストーカーを始めちまったのか!?
「レンが何考えてるか大体想像つくけど、違うからね? ストライクアーツやってて、世界代表戦優勝者の顔を知らないわけないでしょ?」
世界代表戦優勝? ……あっ!
「そういえばお前、チャンピオンだったっけ? 普段ポンコツなもんだから、すっかり頭から抜け落ちてたわ」
「ひ、酷い! そないポンコツやないもん!」
頬を膨らませてプンプンと怒るジーク。そんな風にチャンピオンの風格も何もあったもんじゃないから、俺に忘れられるんだよ。
でも、そうすると、ヴィヴィオはジークのことを
「改めまして、高町ヴィヴィオです! 今年から私もインターミドルに出場するので、ジークリンデさんを目標に頑張りますね!」
「いや、目標だなんてそんな……ジークリンデ・エレミアです。どうもよろしく、
「――ッ」
一瞬、ヴィヴィオの表情がピクリと動いた。
「あっ、すみません!
「ううん。渾名で呼んでもらっても全然構わないですよ? 私もジークさんと呼ばせてもらいますね?」
そう言って、互いに握手を交わす。今、ヴィヴィオの反応が少しおかしかったような気がしたけど、気のせいか。
まあ、何はともあれ、何事も起きないようで一安心。いやーよかったよかった。
……そんなふうに考えていた時期が俺にもありました。
ヴィヴィオが握手をしている右手を手前に引き寄せ、完全に油断しきっていたジークを前のめりにする。そして、ジークの鳩尾目掛けてヴィヴィオが膝蹴りを放った。
「なッ!?」
ちょっ! 流石に拙いですよヴィヴィオ=サン!? 初対面の相手に何やらかしてんの!? しかも、ジークは突然のことで完全に呆けてるし、第一これじゃ辻斬りと変わらないじゃないですかヤダー!
しかしこの瞬間、ヴィヴィオの不意打ちが決まるという俺の予想を裏切る様に、この場の空気が一変した。
「
そして、ジークはフリーハンドだった左腕に鉄腕を展開し、ヴィヴィオの膝と自身の身体の間に潜り込ませて、攻撃を難なく防いだ。
「……」
「……」
右手は繋がれたまま、二人は無言で対峙する。
なんなんだ、この場の空気は。ヴィヴィオが戦闘モードに入ってるのはいいとして、ジークの様子が変だ。確かに試合のときはびしっと引き締まった顔をするけど、今の奴はなんというか……そう、言ってしまえば、まるで
「……これで満足ですか? ヴィヴィ様」
「うん! 相変わらずのようで安心したよ」
「御戯れも程々にしてください。私が
張りつめた空気が緩和し、二人はお互いに手を離して戦闘態勢を解除した。
え? 何? なんだ? どうなってる? もしかして、目の前に居るのは……いや、でもさっきまでこいつは――
「ふぅ……君とはもっとこう、劇的な再会を演出したかったのだが、まあ仕方ない。ヴィヴィ様に目を付けられたのが運の尽きだと考えるしかないでしょう」
「えー! 何その言い方!」
やれやれ、と溜め息をつくジーク。今の彼女は、いつもの柔らかい雰囲気を漂わせていることもなく、同じ顔のはずなのにどこか凛々しくさえ見える。
お前は、やっぱり――
「久しぶりだね、ローレンツ」
「……リッド、なのか?」
「ああ。ヴィルフリッド・エレミア、君の友人の、ね」
その語り口調が、仕草が、すべてが、俺の記憶の中にあるリッドのそれと一致する。
だけど、それじゃあジークは? さっきまでのあいつは一体?
「ジークのことなら心配しなくていい。今は僕が出ているだけだから。何しろ、さっきは急所への不意打ち攻撃なんて言う『危険な状況』に陥ってしまったからね」
危険? そういえばリッドの奴、さっき『私が代わらなければ』って言ってたな。それに今も『僕が出ている』って。加えて、危険な状況……
「……神髄か」
「ご名答。ジークから話は聞いているだろう?」
エレミアの神髄
ジークに命の危機が訪れた時に発動する
だが、おかしいぞ。初めて見たときは、まるでロボットの様に感情もなく敵を蹂躙していたはず。それがどうして……
「なんてことはない。あのとき君と出会ったことで、継承されてきた経験の中に僅かに残されていた
リッド曰く、戦闘に関する記憶しか継承しないと言っても、戦場で交わされた友との何気ない会話や恋人への独白など、直接関係のないものでも戦闘と紐付けされれば一緒に受け継がれるとのこと。ただし、そういった記憶は能動的に引き出そうとしない限り知ることはできないそうだ。
ジークが俺の言葉を切っ掛けに釣りだったり火を起こしたりできるようになったのも、そういう原理らしい。
「それにしてもヴィヴィ様、よく僕の存在に気が付かれましたね」
「バレバレだよ。さっきのことで言えば、私を『ヴィヴィ』って呼んだり、それを慌てて言い訳したりとかとか。大方、貴女が前に教えたんでしょうけど、ジークさんは素直そうだったし、思わず喋っちゃったってところかな?」
確かにジークは嘘とか苦手そうだよな。コーチが居ることとか全然隠せてなかったし。ていうか――
「ジークを指導してたのはお前か」
「まあね。そのあたりは、あまりジークを責めないでやってくれ。僕が黙っておくように言っていただけだから」
そりゃ、先代エレミアが教えてるんじゃ、あれだけ的確なトレーニングを指示できたのは道理だわな。
「さてと……それじゃあ、僕はこのあたりで失礼するよ」
「あれ? もういいの?」
「ええ、
そう言って
同じ外見のはずなのに、中身が違うだけでこうも印象が変わるのか。
「……ごめんな、レン。内緒にってリッドに念を押されてて」
「いいっていいって。どうせ何か事情があったんだろ?」
「いや、『その方が後でネタばらししたときに面白そうだ』って」
……あー、そういえばそういうやつだったな、リッドは。むしろ、いつも通りで安心したわ。
「ホント、ジークさんはリッドに似なくてよかったよ。これからも、素直なままの貴女で居てね~ナデナデ」
「ひゃっ! え、えっと、その、恥ずかしい……です……」
「ああ、敬語なんて使わなくていいよ。今の私はジークさんよりも年下なんだし」
「あっ、はい……じゃなくて、うん、わかった。ところで、頭を撫でるのは、その……」
「ん?」
「うぅぅ……」
……チャンピオンの威厳もあったもんじゃねえな。
こうして、懐かしい夢見て、懐かしい友との出会い、休日の朝は過ぎていった。
~ジークリンデの独白~
この右手は何かを壊し、この左手は誰かを傷つける。
何も壊したくない、誰も傷つけたくない。
だから、
だけど、彼は現れた。
『例え
彼は現実を突きつける。
今まで、
『それはな、お前が優しかったからだ』
彼は真実を告げる。
今まで、
居なかった、いなかった、イなかった。
心の未明領域が彼で満たされる。
そうだ、
この気持ちは、
うん? どうしたの、リッド――――恋? これが?
……そっか。恋したんやな、
刹那、色あせた世界に光が満ちる。彼のことを考えるだけで、幸せな気持ちになる。
ああ、どうしよう。恋なんてしたことないから、どうしたらいいのか分からない……え? 教えてくれるん? リッドは物知りやなぁ。
レン。今度はいつ会えるかな。
~ヴィルフリッドの独白~
そうだ、それでいい、ジーク。
かつて、僕の友だったローレンツ。エレミアとしてではなく、ヴィルフリッドとして見てくれたローレンツ。
別に多くは望まない。ただ、彼の隣に居られればそれでいい。だからこそ、隣に居たいという願いを
だけど、今代のエレミアは僕じゃない。僕は所詮、ジークの受け継いだ
であるからこそ、僕の想いもジークの想いの一部。ジークの幸せは、彼女の一部である僕の幸せ。
ここはジークに任せよう。
今、ローレンツに必要なのは『気心は知れているが友人以上に発展しづらい相手』ではなく『友にも恋人にもなりうる新たな相手』だ。
ジークの純粋さは、そんな彼の攻略の糸口になる。
それまで僕は影に徹しよう。来るべき時が来るまで――
ああ、ジーク。それだったら、鍛錬を口実に彼を誘ってみるといい。あと、ついでに一緒に買い物なんてのもいいかな。そう、所謂デートってやつさ。
というわけで、ジーク&リッド回でした。
リッドについて補足すると、リッドの戦闘知識と一緒に継承されていた彼女の人格データの断片が、主人公と接触したことで形となり、人格を再現するに至った、という感じ。
要は愛の力です。
それと、別にリッドはジークに成り代わろうとかは思ってないですよ。
(ジークを使って)主人公のそばにいたいだけなので。
いやぁ、健気ですね。
そういえば、ヴィクターのキャラどうしよう。
当初は、原作では先代雷帝の情報が一切ないので普通のお嬢様キャラにしようと思ってたのですが、突然『設定を捏造してヤンデレを書きなさい』と電波を受信しまして。
ただ、コメディ作品である本作にヤンデレキャラが馴染めるかどうか心配なんですよね。どうしたものか……