あっ! カルデアのマスターがあらわれた!   作:私ワタシ渡しタワシ

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麗しのアタランテ先輩

 アタランテ――麗しのアタランテ先輩と直接顔を会わせたのは――――学校の屋上だ。

 彼女は陸上部のエースである。日夜その健脚を唸らせる先輩は学園中の人気者で、こんな人気のない場所は似つかわしくないと感じた。

 

 

→【好きなんですか、屋上が】

 

 【秘密のサボり場だったのに……!】

 

 

「……ああ。ここから見る景色が好きでな。時折――何もかも忘れて、物思いに耽りたくなる」

 

 転落防止の柵に頭を預ける彼女に、頷き返す。人間、何事も息抜きという奴が必要という訳だ。

 その点、屋上からの景色は格別の一言だった。空を見上げれば、雲一つ、帯一つない空が顔を覗かせる。彼方に見える地平線は、どこまでも続く世界を期待させた。

 

「――――そうか。汝もここが好きか。気が合うな」

 

後で知った事ではあるが、アタランテ先輩は人間関係においてある一定の壁を作っていた。

まるで獣の縄張りだ。その反面、一度迎え入れた仲間に対しては非常に情が深い。

 

「ふふっ……そういえば、まだ名前を聞いていなかったな」

 

 

→【藤丸立香です】

 

 

「私はアタランテだ。言えた義理ではないが、授業中に抜け出すのはどうかと思うぞ。学生は学生らしく、勉学に励むといい」

 

 親しくなってみると、アタランテ先輩に抱いていた印象は良い意味で変わっていった。

 教室から見下ろす部活中の彼女は、まるで狩人のような鋭さを放っていた。しかし、いざ面と向かって話してみると、その表情からは優しさが見て取れる。何処となく男勝りな口調とはいえ、その節々には温かみを覚えた。

 何時の間にか、屋上は先輩と過ごす憩いの場となっていた。

 

 「――別に陸上が好きな訳ではない。親に勧められるがまま入れられて、たまたまそれが得意だっただけだ」

 

 

→【他に好きな事はないんですか?】

 

 

 「他に? ……子供は好きだな。愛らしいし、この世に生まれてくる子供は、なべて祝福されるべきだと思う」

 

 

 【アタランテママ……】

 

→【先輩の子供はきっと幸せですね】

 

 

 「…………! い、いきなり変な事を言うな。まったく、汝という奴は……」

 

 どうやら機嫌を損ねてしまったらしい。赤くなった頬を隠すようにしてそっぽを向いてしまう。

 ようやく目が合ったかと思えば、アタランテ先輩はあからさまな話題転換をもって急所を攻めてきた。

 

 「成績の方は大丈夫なのか?」

 

 

→【教えてアタランテ先生!】

 

 【大丈夫です】

 

 

 「駄目だ。そのくらい自分の力でなんとかしてみせろ」

 

 一転して冷ややかな視線が突き刺さり、思わず息を呑む。

 アタランテ先輩は文武両道であり、高い水準を他人にも求めた。精神的に成熟しているという事だろう、優しさは鳴りを潜め、まっすぐにこちらを射抜いてくる。

 姿勢を改めて首を振る俺を見て、アタランテ先輩はようやくそのナイフのような眼差しを緩めた。

 

「ふっ――男なら、そうでなくてはな」

 

 男。

 そういう関係を希っていた訳でもないのに、ついつい意識してしまう。

 花が咲いたような笑みを見せてくるものだから、アタランテ先輩の言葉は後々まで引きずる羽目となった。

 

「――――おい! おいってば! 無視すんな!」

 

 白昼夢を見ていた気分である。先ほどまで聞いていた筈の授業内容は、ろくすっぽ思い出せない。

 呼びかけにようやく気付いた頃には、モードレッドが眉を八の字にしてこちらを睨んでいた。失態である。『モーさんマニュアルその①』、彼女の言葉には必ず耳を傾けるを早速破ってしまった。

 

 

→【ごめんモードレッド。全然聞いてなかった】

 

 

 「何時にも増してぼんやりしやがって……。もう授業も終わったし、早く帰ろうぜ。あいつは家の都合で先に帰るってさ」

 

 これ以上の失態はモードレッドの機嫌を損ないかねなかった。急いで帰りの支度をする傍ら、ふと窓の外に目を向ける。

 夕日が染み込んだ大地を、アタランテ先輩が駆け抜けるのが目に入った。露になった両脚が地面を蹴り上げ、前へ前へとその体を運んでいく。彼女がその気になれば、きっとその道に進む事も容易であるに違いない。

 しかし、目標もなく惰性で走り抜けるその姿は、闇夜を駆け抜けいつの間にか消えてしまう流れ星のようでもあった。

 きっと――彼女は探しているのだ。本来の自分を。進むべき道のりを。

 

 「何見てんだ?」

 

 

 【アタランテ先輩が……】

 

→【別に何でも】

 

 

 「嘘つけ。アタランテ先輩見てたんだろ。……最近、よく話すんだってな」

 

 モードレッドは勘が鋭い。とっさの出任せはいとも容易く見破られる事となる。

 こちらの視線に釣られるようにして、モードレッドはアタランテ先輩を見下ろした。 良くも悪くもはっきりと物を言う彼女には珍しい事に、口元が沈黙に囚われる。

 

 

→【モードレッド?】

 

 

 「うっせ。なんでもねぇよ」

 

 彼女はそう吐き捨てると、苦虫を噛み潰したような表情のまま黙りこくってしまう。夕日に塗りつぶされた彼女は、ともすれば放置された彫像のようだ。細緻を極めた造形美も、生きた感情が伴っていなければ意味がない。モードレッドの生き生きとした顔つきはこの時失われていた。

 そうして生まれた奇妙なこう着状態を打破したのは俺でもモードレッドでもなかった。芝居がかった口調を好む演劇部の人間である。

 

 「I can not hide what I am(自分を隠す事なんて出来やしない)――何処に居ようと、我輩は我輩らしくあろうとするものです」

 

 「あ? 誰だテメェ」

 

 「失敬。どうにも話のネタに困っていた所、事件の臭いを嗅ぎ付けましてな。なかなかどうして、我輩の勘も捨てたものではないという訳だ」

 

 モードレッドの威嚇を全く意に介していないというのだから、只者ではない。学生離れした風貌は伊達ではないという事だろう、シェイクスピアは飄々と教室の中に入ってきた。

 耳元まで這い上がったアゴヒゲが特徴的で、見れば見るほど配役ミスをしでかしたとしか思えない。

 

 

→【事件って?】

 

 

 「夕日の落ちた教室に男女が二人。これを事件と言わずして何と言いますか! アンデルセンでなくとも、こう言いたくなってしまうものです。何、たまにはテンプレも悪くはない、と。是非とも執筆のためにご助力いただきたいものですな」

 

 詰まる所出歯亀をしたいと、わざわざ自分から身を乗り出しに来たのである。最悪な事に、シェイクスピアともなれば、何気ない世間話からでさえ内包する何かを紐解いてしまうのだから質が悪い。

 

 彼の口車に乗っかってしまえば、全く意識していなかった事さえ暴かれてしまうのは目に見えていた。例えば、自分でも気付いていない気持ちとか。

閑話休題。

 所で、理論より先に感情が沸き立つのがモードレッドの短所であり長所だ。拳を振り上げるモードレッドを前に、流石のシェイクスピアも話を続ける訳にはいかなかった。

 

 「ごちゃごちゃ御託は終わったか? 変な勘繰りしやがって」

 

 モードレッドの沸点は異様なまでに低い。青筋を立てて殴りかからんとする彼女を寸での所で食い止めると、シェイクスピアは他人事のように笑って見せた。

 

 「ハハハッ! しかし気に病む事はありません! Tommrow is another day(明日には明日の風が吹く)――一度切り替えてみると宜しい」

 

『風と共に去りぬ』とは正にこの事だろう。言うだけ言って満足したのか、シェイクスピアはこちらを嘲るように素早く身を翻した。風貌にそぐわぬ身のこなしと俊敏ぶりである。

 

「あの野郎、今度会ったらただじゃっ……! お、おい。いい加減、離せよ」

 

 すると突然モードレッドが逼迫した風に声を上げる。知らず知らず彼女にしがみ付く形を取っていたらしい。

 慌てて距離を取ってみたものの後の祭り。先ほど生まれたぎこちなさは更に勢いを増していて、こちらも罪悪感から何も言えなくなってしまった。手に残った感触が、思考にこびり付いて離れない。

 

 

→【ごめん……】

 

 【昔と全然違った……】

 

 

 「いや、お前が悪いわけじゃねぇし……あ~、クソッ! ほら! さっさと帰るぞバカリツカ!」

 

 夕日と重なったモードレッドの顔は、真っ赤に熟れたトマトのようだ。動揺はお互い様だったらしく、偶発的なマイハンドの事故に気付いた様子はない。

 自然と虚空を揉みしだき始めた手をポケットで覆い隠しながら、オレは改めてモードレッドを見つめる。

 

 昔の彼女はこうではなかった。『スカート』なんて履くのも嫌がったし、おしゃれなんて概念は縁のない存在だった。高校に上がってからの彼『女』の変貌ぶりには驚きを隠せない。

 幼馴染の劇的な変化に思いを馳せていると、廊下の向こう側から歩いてくる少女と目があった。眼鏡越しの、惹きこまれるような瞳の色が印象的だ。彼女の軽い会釈に、思わずこちらも頭を下げる。

 

 「誰だ?」

 

 

→【自慢の後輩だよ】

 

 【どこかで会った気がするんだけど……】

 

 

 「は? 後輩? ……鼻の下伸びてんぞバカリツカ」

 

 

→【嘘!?】

 

 

 「けっ。バーカバーカ」

 

 モードレッドの機嫌は終ぞ治る事はなく、そのまま家の前で別れた。

 今度、お詫びに何かデザートでも奢ろう。

 

 






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