ドラゴンボールNEXUS 時空を越えた英雄 作:GT(EW版)
少しの間、気絶していたらしい。
孫悟飯は自分の名前を呼ぶ弟子の声に気づいた時、同時に口の中に広がるざらついた食感を感じた。
それが仙豆――あらゆる怪我を一瞬で完治させることが出来る神秘の豆の味であることに気づいた悟飯は湧き上がる力の上昇と共に目を開き、真っ先に視界に飛び込んできた少年の姿に礼を言った。
「悟飯さん、大丈夫ですか!?」
「……ああ。ありがとうトランクス……仙豆を食べなかったら、そのまま死んでいたかもな」
少年、トランクスがこの仙豆を持って来てくれたのである。
仙豆は今や数が少なく、使える状況もかなり限られている。しかしそれでも躊躇うことなく自分に使ってくれたのは、弟子の優しさか。
師匠として情けない姿を見せてしまったことを恥じながら、悟飯は立ち上がり空を見上げる。
その空に浮かんでいるのは圧倒的な力を持つ人造人間13号。彼はその手にエネルギーを集束させ、この廃墟ごと悟飯達を吹き飛ばそうとしていた。
「僕も戦います……!」
「駄目だ」
そんな敵の姿を見て少年トランクスもこの戦いに加勢すると意気込むが、悟飯はその言葉を即座に断る。
「奴は強い。クウラよりも遥かに……君はここから離れて、ブルマさんを守るんだ」
「そんな……」
暗に自分がこの戦いで役に立たないことを指摘されているからであろう、トランクスが納得のいかない、無力感に苛まれた表情で悟飯を見つめる。
そんな弟子の姿はまるで昔の自分を見ているようでどこか可笑しく感じ、悟飯は苦笑を浮かべた。
「これまで君に、俺に教えられることはほとんど教えてきたつもりだ。君はきっと、俺よりも強くなる……」
彼は自分よりも才能があり、勇気もある。修行に対しても幼い頃の悟飯より遥かに貪欲であり、高い向上心を持っている。
戦いの基礎や教えられることはこれまでの修行でほとんど教えてきたつもりであり、今の彼に足りないのは経験と超サイヤ人へと至る切っ掛けだけだ。
最悪自分の死がその切っ掛けになれるのなら、悟飯はそれでも良いと思っていた。しかし、その為には彼をこの戦いに介入させるわけにはいかない。
彼が内に秘めた途方も無い潜在能力は、地球の未来を救う最後の希望なのだから。
「俺が死んだら後を頼んだよ、トランクス」
「悟飯さん!」
超サイヤ人に変身し、黄金色の光を放ちながら悟飯は大地を蹴る。
弟子の呼び掛けを振り切ると、その勢いのまま上空に飛び出した悟飯が両足の蹴りを13号の側頭部にへぶつけ、その意識をこちらに逸らした
「ソンゴハン……!」
「お前の相手は、この俺だ!」
合体した13号と、再び超サイヤ人になった自分。その力の差は、歴然だろう。しかしそれを承知の上で舞い戻り、敵と相対した。
黄金色のオーラを纏い、持てる力の全てを引き出した悟飯が拳を乱打し、蹴りを叩き込む。
しかしその攻撃さえも13号のタフネスは物ともせず、ハエを薙ぎ払うように振り払った右腕が悟飯の身をが吹っ飛ばしていった。
「くう……ッ!」
その身を回転させながら体勢を立て直し、ダメージを軽減する悟飯だがやはり13号の攻撃は重い。
それでも辛うじてスピードだけは着いていけるのが、せめてもの救いか。追撃に迫り来る13号の拳を紙一重でかわしながら悟飯は後方へ下がり、気攻波を放った。
「駄目だ……こんな攻撃じゃビクともしない……!」
この超サイヤ人の力で放つ気攻波さえも、合体した13号のタフネスの前にはダメージにならない。
対する敵の攻撃は一撃で意識が飛びかけるほどの強烈さであり、力の差は歴然と言えた。
こんな時、孫悟空には元気玉があった。ピッコロには魔貫光殺砲があった。クリリンには気円斬があった。天津飯には気攻砲が……悟飯の知る今は亡き戦士達は自分よりも格上の相手にさえ通用する切り札を持っていたのだが、悟飯にはそれが無い。サイヤ人ハーフとして桁違いの潜在能力を持って生まれた悟飯だが、こと戦闘に関しては彼らのような柔軟な発想を身に着けられなかったのだ。
大技と呼べるものはピッコロから教わった魔閃光ぐらいなものであり、それさえもこの13号を相手にはパワー不足というのが厳しい現実である。
だがそれでも、背を向けるわけにはいかない。頼れるかつての仲間は居なく、自分がこの星を守らなければならないのだから。
悟飯は再び構え直し、迫り来る13号の巨体を迎え撃とうとする。
「!?」
――横合いから一条の気功波が割り込んできたのは、その時だった。
「私を忘れてもらっちゃ困る」
13号の注意が悟飯から逸れ、悟飯がその人物の姿に目を移す。
黒髪を靡かせながらゆっくりと上昇してきたのは、この戦場に復帰してきた隻腕の女性の姿だった。
「ネオンさん!」
失った右腕を隠していた灰色のマントを始めとして服の各所が破けているが、彼女がその身に纏っている「気」はなおも健在である。
そんな彼女――ネオンは悟飯の隣に並ぶ位置まで舞空術で上昇すると、13号の動きを警戒しながら問い掛けてきた。
「悟飯、君にはあれを倒せるような大技はある?」
「……いいえ」
緊迫した空気の中で耳打ちするように掛けられた問いに、悟飯は申し訳ない思いで首を振る。
今の自分の魔閃光では、あの怪物を倒す決定打にはならない。その事実を理解してしまえるが故に、悟飯の言葉は重かった。
そんな彼の返答にネオンが「そう……」と感情の読み取れない声で相槌を打ち、言い放った。
「……私には、一つだけ切り札的な必殺技があるんだ」
「――! 本当ですか?」
「うん、ただそれを撃つには、エネルギーをチャージするのに時間が掛かってね」
ネオンの口から放たれた情報は、今の悟飯にとってはまさに渡りに船と言えよう。
13号の姿を睨む神妙な彼女の横顔を窺いながら、悟飯はすぐさま頭の中で自分が取るべき行動を模索する。
「時間稼ぎ……頼んでもいいかな?」
彼女から受けたその申し出を拒絶する選択は、孫悟飯の頭には無かった。
「わかりました」
即答し、黄金色のオーラを纏った悟飯は再び13号へと挑み掛かった。
エネルギーの消耗さえ気に掛けず、彼は両手から交互に気弾を連射し、一心不乱の弾幕を13号の巨体へと浴びせていく。
それは今は亡きサイヤ人の王子ベジータを彷彿させる戦法だった。
そんな青年の姿を眺めながら、ネオンが溜め息混じりの声で呟く。
「まさか、こうも即決なんてね……私がこの隙に離脱するとか、考えなかったのかな?」
『サイヤ人らしからぬ従順さだな。だが、俺達には都合が良い』
戦闘力の劣る自分が、合体した13号を一撃で仕留めるほどの大技を持っていると――そんな都合の良い話にまんまと乗っかり、自身の命も顧みず怪物に挑んでいった戦士の姿に対して、彼女の心にあったのは困惑と喜びの両方だった。
たった今共同戦線を張ったばかりだと言うのに、見るからに怪しい立場の自分をああも簡単に信用してくれるとは……正直言って、ネオンには後ろめたい気持ちが大きかった。
……ならばその信用、応えなければ女が廃るというものだ。
「……始めるか。アレを使うのはしんどいんだよねぇ……」
『周りから憎しみを集めるのは俺がやる。お前はエネルギーを制御することだけを考えろ』
「了解」
悟飯に言った「必殺技」の話は、決して自分がこの場から逃げ果せる為の嘘八百などではない。
ネオンは……ベビーには確かに勝算があり、あの怪物を一撃で消し去れるだけの大技を持っていたのだ。
左手を天に向けて伸ばしたネオンは、瞳を閉じ、深呼吸を置いてその準備に取り掛かった。
『この星に遺った命よ……奴らに踏みにじられた憎しみを、俺に分け与えろ』
ベビーが草や海、動物や昆虫達――この星に残ったありとあらゆる命に呼び掛け、その身体から少しずつ「憎しみ」のエネルギーを集めていく。
その光景を知る者が見れば、真っ先に「元気玉」の発動を思い浮かべるだろう。
数多の命の力を一点に集め、一つのエネルギーボールとして相手にぶつける。かつて孫悟空が扱っていた切り札と今彼女らが使おうとしている技は、ネオンには与り知らぬことだが原理としては酷似するものだった。
しかし今の彼女の頭上に広がっているのは元気玉を生成する光に満ちた神聖な光景とは真逆にあり、どす黒く滲んだ闇の玉を荒々しく膨張させていく禍々しい光景だった。
「っ……あつッ……なにこれ……熱いんだけどベビー……!」
『我慢しろ未熟者。しかしこの技を、人形相手に使うことになるとはな……』
ネオンがあの13号を倒せると豪語したその大技の名前は「リベンジデスボール」。
暗黒の元気玉と表現して相応しいその技は、自分や多数の生命が持つ負の感情をかき集め、膨大なエネルギーボールとして撃ち出すベビーの必殺技である。
本来の予定では完全体に成長したベビーにのみ扱うことが出来る最終奥義とも言える技なのだが、宿り主であるネオンと役割を二分することによって、成長途中である不完全な今のベビーでも発動することが出来た。
数多の生命から憎しみを集め、「気」の力に変換する役目をベビーが担当し。
ベビーが集めた力を集束し、巨大なエネルギーボールとして生成する役目をネオンが担当する。
それは一人の中に二人の魂が宿り、互いに協力し合っているからこそ発揮された
そしてこの地球には、ネオン自身を始めとして数多の憎しみに溢れている。
大地は蹂躙され、たくさんの命が奪われていった。
度重なる悲劇によって汚された今の地球は、皮肉にも彼女らがリベンジデスボールという復讐の一撃を放つ土壌としてはあまりに恵まれたものだった。
それこそ完成すれば、あの13号さえ破片一つ残さず葬り去れるほどに。
しかし完成までの間ネオン自身が敵に対して無防備な姿を晒してしまうのが、元気玉とも共通するこの技の弱点である。
故にこそ「時間稼ぎ」を押し付ける形になった孫悟飯の戦いは、彼女らにとっても生命線だった。
「大丈夫かな、彼……」
『死んでも食い止めてもらわなければ困る』
暗黒のエネルギーボールを少しずつ膨らませながら、ネオンは左手を振り上げた態勢のまま戦況を見守る。
孫悟飯と13号の戦いは、はっきり言って力の差が大きすぎて一対一では勝負にならなかったが……彼もまた紙一重のところで致命傷を避け、必死に粘っていた。
その辺りは、流石は幼い頃から戦いを続けてきた戦士と言ったところであろう。持てる手を全て使ってどうにか持ち堪えているのは、実戦経験の浅いネオンには出来ない戦いぶりだった。
そして何より驚いたのは、圧倒的な力を前にも決して背中を向けようとしないその勇敢さである。
「……孫悟飯、か……」
ネオンは自分から何もかも奪っていったサイヤ人という戦闘民族のことを、どれだけ憎んでも足りないほど恨んでいるつもりだ。
しかしこちらの言葉を純粋な目で信じて動いてくれて、この星を守る為に必死で戦う彼のことは――死んでほしくないと、ネオンは思った。
彼とは何となく、こうした形ではなくちゃんと話をしたいと思ったのもある。
だが……
『限界か……』
時間にして四分と言ったところか。
後先考えずに消耗を続けた悟飯の「気」は、とうとうピークを過ぎてしまった。
途端に彼の動きが精彩を欠き始め、唯一13号に対抗出来ていたスピード面に陰りが差してきた。
そしてそれを敵が、13号が見逃すことはない。戦うほど「気」を消耗していく悟飯に対して、人造人間のエネルギーは無限。決して衰えることのない力は絶望的なまでに隔絶した開きを持ち、悟飯の身に襲い掛かっていた。
「く……ベビー! もっと早く集まらないの!?」
『やっている! お前の制御が粗いからだ』
「ああ、もう!」
『待てネオン! その程度じゃ奴は倒せん!』
「そんなこと言っても……!」
悟飯の身が地面へと叩き付けられ、13号の巨腕が振り下ろされる度に苦悶の叫びが上がる。
このままでは、彼が殺されてしまうのも時間の問題だろう。
彼が粘ってくれた四分間で、リベンジデスボールも随分と大きくなった。まだ力を集束させている途中だが、ネオンは居ても立っても居られずその暗黒の玉を振り下ろそうとする。
ベビーからは制止の言葉を受けたが、彼のような勇敢な善人が……これ以上目の前から居なくなることが嫌だったのだ。
――しかしその判断は、猛スピードで廃墟の町を横切っていくもう一人の「金色」によって止められた。
「っ……なに?」
『あれは……』
ネオンがその姿に驚き、ベビーがその「気」に驚く。それまで戦場から離れた位置に居た人間の「気」が、突如として爆発的に跳ね上がったのである。
13号によって一方的に打ちのめされていく悟飯の姿を見て、激昂した一人の少年が飛び出してきたのだ。
――それもまた、「本来の歴史」から外れた光景だった。
少年トランクス――後にこの世界の英雄となるサイヤ人ハーフの子供が、初めて「