ドラゴンボールNEXUS 時空を越えた英雄   作:GT(EW版)

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狂わされた歴史

 

 

 

 

 かつて、ドクター・ライチーというツフル人の科学者が居た。

 その男は滅びゆくツフル文明の「希望」をツフル王から託され、宇宙船で惑星プラントから逃れたツフル人唯一の生き残りである。

 

 ライチーを乗せた宇宙船は、十年もの間孤独に彷徨った。

 しかし食糧調達さえままならない宇宙船での過酷な生活は、元来肉体的に強くないツフル人である彼の身体を蝕み、程なくしてその肉体は死へ至ることになる。

 

 だが、彼の執念は肉体の死後も尚生き続けた。

 

 彼は自らが死ぬ間際、自身の意識をデータ化し、事前に作り上げた機械人形の頭脳として転送したのである。

 その瞬間、ドクター・ライチーはこの宇宙船に積み込まれていた未完成の人型ロボット――地球で言うところの人造人間として生まれ変わり、「ドクター・ミュー」と名を変えて生き永らえたのである。

 ツフル人最高の科学者である彼の宇宙最高レベルの技術力と頭脳、そして自分達ツフル人を滅ぼした戦闘民族サイヤ人への復讐に燃える執念の賜物だった。

 

 そしてドクター・ライチー改めドクター・ミューは、自分自身の当面の命の危機が去ったことで、来るサイヤ人への復讐に向けて活動を開始した。

 そんな彼が真っ先に向かったのは、同じくこの宇宙船に積み込まれた一台のシリンダーの元だった。 

 

 シリンダーの中で培養されている銀色の物体――それこそが彼の野望を成就させる為の切り札であり、亡きツフル王から託された最後の希望だった。

 シリンダー横部にあるコンソールパネルを弄りながら、モニターに表示された数値を見てミューは感嘆の声を漏らす。

 

「おお……ベビー……」

 

 本星を離れた為に成長に必要なエネルギーの補給が見込めない過酷な環境の中でも、銀色の物体は逞しく生命活動を続けている。

 

 まるで胎児のように眠る小さな物体――それこそがツフル人最後の希望、「ベビー」の姿だった。

 

 今はまだ必要なエネルギーを蓄え、覚醒を待っている状態だが、その内部にはツフル王の遺伝子情報を始めとするあらゆるデータが埋め込まれている。

 ここに居るベビーは、言わばツフル王の転生体だ。

 ドクター・ミューとして生まれ変わったドクター・ライチーと同じように、滅びた筈のツフル王の命は人工生命体ベビーとして生まれ変わろうとしているのである。

 成体まで成長した際に予想出来るその戦闘力は、ツフル人を滅ぼしたサイヤ人達の比ではない。伝説上に存在する超サイヤ人であろうと容易く凌駕するであろう、無敵の存在となる筈だった。

 

 そして何よりも、ベビーの真価はその「寄生能力」にある。

 

 他の生物に寄生し、卵を産み付け、寄生した生命体をツフル人として操ることが出来る能力である。

 それはベビーこそが新たなツフル王として君臨する為の――絶滅したツフル人の血を再び繁栄させる為に、必要不可欠な能力だった。

 

「ツフル王……このドクター・ミュー、必ずやベビーを完成させ、ツフルの再興を……憎きサイヤ人への復讐を成し遂げてみせます……!」

 

 今はまだシリンダーの中で覚醒を待つことしか出来ないベビーに呼びかけると、ミューは作業を開始する。

 散っていったツフル王を始めとする全てのツフル人達の怨念が、死して尚生き続ける彼の心を支配していた。 

 

 

 しかしその矢先に彼が直面したのが、ベビー覚醒の為のエネルギー問題である。

 ベビーがフルパワーの状態で覚醒するには膨大なエネルギーが必要であったが、サイヤ人強襲により時間も足りなかったこの宇宙船に、そんなものは積み込まれていない。

 いかにドクター・ミューの頭脳が優れていようと、宇宙船の中に積み込まれている数少ないエネルギーと資材では、ベビーを生き永らえさせるだけでも難しかったのだ。そんな現状でもシリンダーのベビーはミューの予想を大きく上回る生命力によって奇跡的に生命活動を続けていたが、現状のままでは覚醒まで何十年掛かるかもわからなかった。

 

 

 そして来る日もそんな問題と向き合っていたある日、彼らを乗せた宇宙船は想定外の事態に襲われた。

 

「ぐおおっっ!? な、なんだこの揺れは……!」

 

 エネルギーを求めて星間飛行を続けていたミューの宇宙船が、突如として激しい振動に襲われたのである。

 激震は宇宙船の機体制御を奪い、焦りの形相を浮かべるミューがコンソールパネルを叩きながら原因を探り出す。

 そしてその原因をモニターに映した時、ミューは愕然と立ち尽くした。

 

「星の……爆発だと……?」

 

 そこにあったのは太陽――否。

 

 外的な要因(・・・・・)によって恒星並の爆発を引き起こされた、名も知らない惑星の姿だった。

 

 爆発を起こした要因……それは白と紫色の姿をした一人の怪物――在りし日のクウラが、彼らの宇宙船が航行していた近辺で一つの惑星を破壊していたのである。

 そんな場面に出くわしたのは、あまりにも理不尽なドクター・ミューの不運だった。

 制御を失った宇宙船はクウラの破壊した星の爆発に巻き込まれていくと、ほどなくして銀河の塵として消えていった。

 

 

 ――宇宙船の破損箇所から逃げるように抜け出した、一台のシリンダーを除いて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……そう、彼の運命はそこから狂い始めた。

 

 その命は、復讐の為に生まれてきた。

 サイヤ人に滅ぼされたツフル人達の怨念を背負った、たった一人の復讐鬼。

 ツフル王の遺伝子を受け継ぎ、ツフル王として君臨する筈の寄生生命体――それが彼、「ベビー」という存在だった。

 

 エイジ777年の今、ベビーは北の銀河で最も美しい青の星――地球に居た。

 

 

 きっかけはやはり、かつて巻き込まれた宇宙船の事故だ。

 

 崩壊していく宇宙船の中からベビーの入ったシリンダーは転がりながら飛び出していき、果てない銀河を漂流していった。

 

 その果てに何の因果か、彼の入ったシリンダーは地球の大地へと流れ着いたのである。

 

 それはサイヤ人のラディッツが地球を訪れるよりも4日前のこと――エイジ761、10月8日の朝のことだった。

 

 

 墜落の衝撃によって、ベビーはドクター・ミューが想定していたよりも遥かに早くその意識を覚醒させた。

 それが災いしたのだろう。

 覚醒までに十分なエネルギーを得ることが出来なかったベビーは、不完全な状態で目を覚ますことになった。その結果、覚醒したベビーには本来の戦闘力どころか思考能力さえも備わっていなかったのである。

 生まれたばかりの赤ん坊(ベビー)に備わっていたのは、彼の基となったツフル王の遺伝子――そこから植え付けられた、サイヤ人への復讐心という「本能」だけだった。

 

 その本能のままに、覚醒直後のベビーは当時の地球に居た唯一の純粋サイヤ人――孫悟空と戦った。

 

 

 

 しかし、ベビーがその戦いに勝利することはなかった。

 戦いの結果はベビーの敗北に終わり、以後ベビーは孫悟空の元から行方を眩ますことになる。

 

 

 

 そして、それから5日が過ぎた10月13日のこと――人里から外れた森の中で、ベビーは一人の地球人と出会った。

 

 

『きみ、まいごなの?』

 

 

 それは人の心を持つようになった復讐鬼の、始まりの物語である――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――惑星クウラNo.99改め「惑星シャモ」。

 

 フリーザ軍の残党勢力によって支配されていたシャモ星人達の母星は、孫悟飯とトランクスの活躍によって無事解放された。

 支配者の下で強制労働を強いられていたシャモ星人達は涙ながらに感謝を告げながら、ようやく平和になった世界でそれぞれの家族と抱擁を交わしていた。

 

 

「これもこれも!」

「食い物うめぇぞ!」

 

 支配されていた頃には食べ物も碌に貰えなかった彼らがその夜に開いたのは、英雄達への感謝の気持ちを表した宴だった。

 夜空の下で薪を囲いながら、シャモ星人の若者達が舞い踊っている。

 女性達はフリーザ軍残党兵が残していった食糧を扱って名物の軍鶏料理を存分に振る舞い、シャモ星人の子供達もまたその空腹を満たしていた。

 

「良かったね、シャモ」

「ありがとう!」

 

 いつかは昔の生活に戻りたいと楽しかった思い出を振り返るだけだった彼らだが、悪の支配から抜け出し、晴れて自由の身になったのだ。

 異星のことながら、そんな彼らの姿に悟飯は来るべき自分達の未来を重ねる。

 出された料理に手をつけながら、シャモ星人の子供達の様子を微笑ましい気持ちで眺めていると、そんな悟飯の元へシャモ星人の長老が歩み寄ってきた。

 

「ソルベ達にたくさんの物を奪われちまったわしらに出来るのはこのぐらいでな……もっと恩返しをしたかったのじゃが、すまんのう……」

「いえいえ、そんなことはないですよ。料理も美味しいですし。なっ? トランクス」

「えっ、はい」

 

 この星を解放してくれたことに、感謝してもしきれないとばかりに言う長老に、悟飯は微笑みながら頭を上げさせる。

 悟飯の方とて見返りの為に悪と戦ったわけではないし、トランクスも同じ気持ちであろう。救われた住民達が、感謝の気持ちをこのような形で表してくれた。彼らには、それだけで十分だった。

 また、サイヤ人の血を引く悟飯とトランクスは共に食欲旺盛である。ここしばらくは満腹まで食べたことがなかった為、このような宴で大量の料理を作ってくれたのは非常に嬉しかった。

 

「トランクス君も、もっと食べなよ。育ち盛りなんだから」

「そうじゃな。遠慮なんかせんでどんどん食べてくれ」

「は、はい……ありがとうございます」

 

 彼らにとって身体は資本であり、特にトランクスは戦士としても肉体的にも成長期の身だ。空腹の日々が続くことで戦闘力の上昇もままならなくなっては目も当てられず、彼らの好意を素直に受け取ることにした。

 

 

 遅くまで宴の続いたその夜は賑やかであったが、戦っていたことを忘れるほど穏やかなひと時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 球体状の造形をした、一機の宇宙船。

 それが悟飯達の拠点であり、宇宙の星々を渡る移動手段であった。

 宴が終わった後、二人はその宇宙船の中に入り、明日に備えて床についていた。

 しかしどうにも寝付けない様子で、悟飯と隣り合わせのベッドからトランクスが静かに呟いた。

 

「良い人達でしたね……」

「そうだね」

 

 この宇宙船で宇宙を旅回りながらたどり着いた、この惑星シャモ。

 しかしその星はクウラ軍を名乗るフリーザ軍残党に占領されており、奴隷として扱われていた先住民達の願いを受けて、悟飯とトランクスは戦った。 

 それが、今日一日の間に起こった出来事である。

 悟飯にもトランクスにも、その戦いには打算も悪意も無い。彼らはただ純粋な善意で、困っている人達を放っておけなかったのだ。

 

「ああいう人達を助けられたと思うと、やっぱり嬉しいだろう?」

「はい……この星に寄って、良かったと思います」

 

 彼らシャモ星人達を救うことが出来て、悟飯もトランクスも心から喜んでいる。

 しかし。

 

 その裏で、満たされない思いを抱えていた。

 

 だけど……と、張りつめた表情でそう言い淀むトランクスの言葉を遮り、悟飯が彼の心境を言い当てる。

 

「地球のことが、気になるのかい?」

「……はい」

 

 地球――二人の故郷の話に触れると、トランクスが首肯する。

 

 

 忘れもしない。

 今から10年前。エイジ767、5月12日のことだ。

 孫悟飯の父孫悟空が心臓病(・・・)でこの世を去ったあの日から、未だ人々の悲しみが冷めやらぬその日……地球の町にこの世の物とは思えないほど恐ろしい力を持った、恐怖の二人組が降り立ったのである。

 

 サイヤ人のブロリー。

 その父親、パラガス。

 

 孫悟空亡き今、既にベジータしか残っていないと思われていた純粋サイヤ人の生き残りが二人、突如として地球の侵略に乗り込んできたのだ。

 地球の戦士達は、当然のように彼らに抵抗した。

 

 ――しかし。

 

 まず最初に、ピッコロが死んだ。

 

 次に、ベジータが死んだ。

 

 天津飯、餃子が死んだ。

 

 ヤムチャが死んだ。

 

 そして、クリリンが死んだ。

 

 驚くべきことに、侵略者の一人であるブロリーは今の悟飯や生前の孫悟空と同じ超サイヤ人に変身することが出来、同じく自分への怒りで超サイヤ人に覚醒したベジータをも上回る戦闘力を持って、地球の戦士達を次々と葬っていったのである。

 

 戦士達が消え、抵抗する力を失った地球は瞬く間に二人のサイヤ人によって制圧された。

 そして地球は、パラガスとブロリーが支配する最強の宇宙帝国として生まれ変わったのである。

 

 

「僕達がこうしている間にも、母さん達は……」

 

 悪魔に占領された故郷のことを……故郷に残してきた人々のことを想う度に、胸が苦しくなる。

 肩を震わせながら呟くトランクスの言葉に、悟飯はベッドから身を起こし、彼と目を合わせて言った。

 

「トランクス……君の気持ちはわかる。俺達は修行の為に宇宙に逃げてきた……だから早く強くなって、地球に帰らなくちゃいけない」

 

 孫悟飯とトランクスは、地球で生き残った唯一の戦士である。

 科学者であるブルマの作った宇宙船によって地球を脱出し、ブロリーとパラガスを倒す希望を求めて彼らは銀河を旅回っていた。

 

 逃げる為ではない。

 全ては、地球を救う為だ。

 

 二人のサイヤ人に支配された地上では、地道な修行で強くなることも思うようにままならない。しかし、彼らの目が届かない宇宙ならば思う存分に修行に取り組むことが出来るというのが、彼らが故郷を旅立った理由の一つだった。

 その手応えを、悟飯は確かに感じている。

 この宇宙であてもなく星々を巡りながら、これまでに行ってきた修行によって悟飯は確かな力を身に着けた。今では生前の孫悟空のように自分の意志で超サイヤ人に変身出来るようになったし、子供の頃とは比べ物にならないほどの戦闘力を手に入れた。

 

 地球から逃避してでも行った旅の成果は、間違いなくあったのだ。

 ……だが。

 

「確かに、俺達はあれから相当強くなったと思う。だけど、はっきり言って奴は……ブロリーは俺達とは次元の違う化け物だ」

 

 ベジータもピッコロも、全員殺された。

 仲間達を次々と殺していった悪魔のことを、悟飯は少年時代から忘れたことはなかった。

 悟飯自身もこれまでの修行でかつての父悟空にも劣らない力を身に着けたつもりだが、はっきり言ってそれでも勝ち目は薄いと考えていた。

 パラガスの実力はまだわからないが、少なくともあのブロリーは今の自分と同じ超サイヤ人のベジータさえ物ともしなかったのだから。

 ……だが、それは理屈の話だった。

 

「今の悟飯さんなら勝てますよ! あのクウラだって、簡単に倒したじゃないですか!」

 

 弱気に聴こえたのであろう悟飯の言葉に対して、弟子のトランクスが強く訴えかけるように否定の言葉を叫ぶ。

 

「トランクス……」

「僕は悔しいんです……! パラガス達に、このまま勝手なことをされ続けるのが……っ」

 

 涙ぐむように語るトランクスの思いが、悟飯の胸に染み渡る。

 地球から離れたこれまでの長い旅路は、幼い彼の精神に多大なストレスを与えていたのだ。

 それは表には出していないが悟飯とて同じであり、地球に残してきた母や友の身を案じる思いはいつだって胸に抱えていた。

 二人ともこれまであえて言わなかったのは、お互いに責任感の強い人間だからであろう。

 トランクスの方とて、幼いながらもこれまでは耐える時だと聡明に理解していたのだ。

 

「……すみません」

「……いや、君の言うことは正しい。俺達も結構長い間、旅して来たからね……」

 

 この旅路で自分達は成長し、強くなった。

 しかしこれ以上地球を離れるのは、自分達にとってマイナスになるかもしれない。

 苦しむトランクスの姿にそう思った悟飯は、数拍の間目を閉じて思案を巡らし……限界だな、と決断した。

 

「帰ろうか、地球に」

 

 宇宙を巡る修行の旅は、これで終わりだ。

 これから始まるのは、地球を取り戻す為の悪魔との戦いだ。

 覚悟を胸に、悟飯達の次なる目的地は決定した。

 

 

 故郷へ帰る。

 支配された故郷へ。

 

 

 

 








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