ドラゴンボールNEXUS 時空を越えた英雄 作:GT(EW版)
時はエイジ774。
ドクター・ゲロによって作られた人造人間セルが地球を襲ったのが今から七年前の出来事であり、その事件は孫親子によって解決され、今は呆れるほどの平和が訪れている。
そんな「この世界」の情報をこの場の者達に聞かされた悟飯は、思わず頭を抱えた。
その身を取り巻くあらゆる情報から、どうやら自分は三年ほど過去の世界――それも、まったく別の歴史を辿っている異世界に来てしまったのだと理解したのだ。
「……ということは、お前は未来から来た悟飯なのか?」
「はい……どうやら、そうみたいです……」
ここが死後の世界でも他の惑星でもないのだとすれば、そうとしか考えられないのである。
どういう原理なのかはわからないが、悟飯が目覚めたこの世界は彼本来の居場所ではなく、世界そのものが違っていた。
でなければこうしてピッコロが生きている筈がないし、ドラゴンボールも存在し得ないのだ。
いわゆる
何よりこの世界には既に自分ではない別の「孫悟飯」が存在していることが、疑いようの無い事実を示していた。
「貴方は……もしかして、トランクスさんのいた未来からやってきたんですか?」
この世界の孫悟飯が、悟飯に対してそう訊ねる。
彼らから聞き出した話によると、七年前、この世界には二十年後の未来から訪問者が現れたのだと言う。
訪問者の名はトランクス。
その名を聞いた瞬間、悟飯は思わず取り乱した。
そこから始まってこの世界の歴史を聞いたことで悟飯はどうにか思考を整理し、今は落ち着いて ピッコロ達の話を聞いていた。
「トランクス……あいつが七年前にここに来たというのは、本当ですか?」
「ああ、本当だ」
彼らいわく、悟飯の知るあのトランクスが絶望に染まった未来を変える為に、ブルマの作った「タイムマシン」で過去を救いに現れたのだという話だ。
悟飯の父、孫悟空を心臓病から救うことで、悲劇的な運命を捻じ曲げようとしたのである。
あれから青年に成長した弟子がそんな大役を担っていたという事実に、悟飯は苦笑を浮かべながら感慨に浸る。
あいつに、大変なものを背負わせてしまったなと……その心は彼に対する申し訳なさに溢れていた。
彼だけには自分のような人生を送ってほしくはなかったのだが……状況はどこまでいっても、彼に普通の生き方をさせてくれなかったということだ。
ベジータやピッコロ風に言えば、まさに「くそったれな人生」である。
「なるほど、タイムマシン……確かにブルマさんなら、あの後そういうものを作っていても不思議じゃないか……」
「えっと、君……貴方も、タイムマシンでやって来たんじゃないんですか?」
「違う世界から来た」などという突拍子もない話を彼らがあっさりと信じたのは、この世界には既にトランクスという前例があったからであろう。
彼らは目の前にいる「孫悟飯」も同様に、タイムマシンでこの世界に来たものと思っていたようだが……生憎にも悟飯自身にそんな覚えはなかった。
「……いや、違うと思う」
この世界の過去に現れたという未来のトランクスは、おそらく悟飯のいた時代よりもさらに未来からやって来たなのだろう。
少なくとも悟飯のいた時代には、まだタイムマシンなどというものは存在しなかった。
何を隠そうにも悟飯自身、何故自分がこの世界に来たのかわからないのだ。
「チビ共、コイツのいた場所には、ドラゴンボールの他に何もなかったのか?」
「うん、なかったよ。なあ悟天?」
「うん、
ピッコロの問い掛けに、悟飯の倒れていた場所にタイムマシンらしきものはなかったと二人のちびっ子が証言する。
しかしその言葉は、彼のタイムスリップの謎を一層深めるばかりだった。
「タイムマシンでもないのに、未来から来たのか……? そうだな……悟飯、お前が覚えている限り、何があったのか詳しく聞かせてくれ。何かわかるかもしれん」
「あ……は、はい」
やっぱり、ピッコロさんだ……。
思い出の中の姿と何も変わらない、冷静で頼もしいピッコロの姿に見とれるようにしばし茫然とした後、悟飯は自らの身の上を話した。
この世界に来る前の自分が、何をしていたのか。
悟飯自身も自らの記憶を整理する為、この世界の母親も見守る中でゆっくりと語った。
そうして悟飯が一通り語り終えると、難しい顔を浮かべたのはピッコロとこの世界の孫悟飯の二人だった。
「ブロリーだと……? そんな奴がいたのか……」
「なんか、トランクスさんの言ってた話と違いますね……未来の世界を襲ったのは、二人の人造人間って聞きましたけど」
話している最中、ピッコロとこの世界の悟飯の驚き方に不思議がったのは悟飯の方だ。
もしかしたらこの世界にはブロリーは来ていないのだろうか。その名前を今初めて聞いた反応を見せる二人に、悟飯は首を傾げる。
この世界の過去に現れたという未来のトランクスからも、そんな話は聞いていないらしい。
「人造人間か……確かに、そっちの相手は手付かずだったからな……」
どうやら未来のトランクスが生きる時代は、ブロリーに変わる新たな支配者が君臨していたようだ。
そして彼がブロリーの名前を語らなかったということは、やはり最後のかめはめ波は彼の存在を完全に消し去ったのだろう。
ブロリーが生きているのなら人造人間が台頭することはまずあり得ない筈と、悟飯はそう認識していた。
「そうだ……トランクス……あいつは元気でしたか?」
「ああ、しばらく前に未来に帰ったが、あっちの問題も片付いたらしい」
その人造人間達が引き起こした問題も……時系列の考察がややこしいが、既にこの時代に来た未来のトランクスが解決しているようだ。
何とも優秀な戦士である。
師匠の助けが要らないぐらい、立派になったということだろう。
「そうですか……そこまで強くなったんだな、あいつ」
一つ、肩の荷が下りたように悟飯が息を吐く。
彼の身を案じる焦燥が和らいだことによって、ようやく頭の中が落ち着きを取り戻した。
そんな悟飯が次に目を向けたのは、父親である孫悟空そっくりな少年の姿だった。
「えっと……君は?」
「僕? 孫悟天だよ」
トランクスと同じぐらいの年齢に見える少年は、悟飯のいた世界には生まれなかった存在である。
「悟天……悟天か」
「弟なんです」
「……そうか、この世界には、俺に弟ができたんだな」
やはりと言うべきか……自分以上に父親に似た姿をしている彼もまた、孫悟空の息子だったようだ。
そんな彼の素性を知った上で、悟飯は改めて彼と幼いトランクスに向かって頭を下げた。
「ありがとね。君達が、ドラゴンボールで俺の身体を治してくれたんだろう?」
「う、うん」
「仙豆が効かなかったからなぁ」
意識不明の重体だったという悟飯の身体の損傷具合だが、戦いで受けたダメージに加えて最も大きかったのはサイヤパワーの枯渇であろう。
それは仙豆でも回復することができない特異な症状であり、放っておけば悟飯の身体は死ぬまで眠っていた可能性が高い。
そんな彼の身体を癒してみせたのはドラゴンボール――悟飯のいた世界には既に存在しない希望の球であったことに、因果なものを感じてしまう。
そのドラゴンボールを集めてきたのは紛れもなく彼らちびっ子達であり、悟飯は二人に多大の感謝を送った。
「本当に、助かった」
おかげでまた死に損なったと……そう言い掛けた言葉は、ギリギリのところで喉の奥に押し止められた。
この時の悟飯は自分が思っている以上に、精神的に参っていたのだ。
そんな悟飯の雰囲気を目聡く察したように、この世界では生存しているピッコロが問い掛ける。
「これからどうするつもりだ?」
今度こそ死んだと思ったら全く違う世界に、それも何の原因もわからずにやってきてしまった悟飯。
何もかも勝手がわからないこの世界の中だが、そんな彼にも当面の目的はすぐに見つけられた。
「とりあえず、元の世界に帰る方法を探します。ドラゴンボールを使えば帰れそうですけど、また使えるようになるまでは一年もかかりますし」
それまでの間、できることはやるつもりだと返す。
この世界は自分のいた世界ではない。そうとわかれば悟飯が移す行動は、未来への帰還一択だった。
もはやブロリー達に荒らされ果て、ほとんど何も残っていない世界だが……それでも悟飯はあの世界を守る為に今までずっと生きてきたのだ。
ここがどれほど平和な世界であろうと、悟飯は自分が生まれた場所に帰ることを望んでいた。
それに、母に言われたのだ。お前の居場所はここだと。
「なんでこんなことになったのか、俺にも全然わかりませんが……色々と、調べてみようと思います」
「そうか」
帰る方法を探していれば、こうして異世界に転移することになった理由もわかるかもしれない。
悟飯の頭の中には、何か引っ掛かっているのだ。
自分が眠っている間、予知夢のようなものを見たような――曖昧な感覚が。
悟飯が自らの活動方針を語ると、ピッコロはどこか神妙な顔で頷き、そしてそれまで静観していた妙齢の女性が口を挟んだ。
「だったら、それまで家にいるといいだ」
「か……チチ、さん……」
孫悟飯の母、チチである。
十代半ばに見えるこの世界の悟飯を見る限り、自分のいた時代と比べてそこまで歳は変わらない筈の彼女は、悟飯のいた世界の母よりも一回り以上若々しく見えた。
……それだけ自分が親不孝な息子で、母に苦労を掛けていたということだろう。目の前の女性と自らの母の姿が重なり、悟飯は申し訳ない感情に苛まれる。
そんな悟飯に向かって、チチが憂いを帯びた眼差しを向けて言った。
「母さんでいいだよ、悟飯。おめえも悟飯なら、オラの子だ」
困ったように笑う彼女の顔を見て、悟飯は目頭が熱くなっている自分に気づいた。
時代は違えど、世界は違えど……こちらの事情を理解してくれた彼女が向ける優しい眼差しは、悟飯の世界の母と全く同じだったのだ。
「……ありがとう、ございます」
微かに震えた声でそう言うと、悟飯は失礼だと自覚しながらも彼女の前から背を向けた。
今は彼女に――この世界の母に、自分の顔を見せたくなかったのだ。
自分がどれほど親不孝な人間なのか、まざまざと思い知らされてしまったから。
「……ちょっと、この世界を見てきます」
そう言い残し、悟飯は逃げるようにその場から舞空術で飛び去ろうとする。
そんな悟飯の背中を、ピッコロが冷静に呼び止めた。
「待て悟飯。お前、服ぐらい着ていけ」
「あ……」
言われて気づいたが、今の悟飯の装いはブロリーと戦った直後のままだったのだ。
上半身の服は完全に破けており、ズボンも靴も共にボロボロだ。身体の傷は最も深かった左目の傷痕以外完全に消えているが、流石に服の修繕までは神龍の管轄外だったようだ。
そんな悟飯に対してピッコロが手をかざすと、浮浪者でもしないような彼の格好が真新しい服装に変わった。
「悟空と同じものを着ていたようだからな。それでいいだろう」
「あ……ありがとうございます。ピッコロさん……」
悟飯は一瞬にして新品に変わった山吹色の道着に喜びの笑みを漏らす。
新しく身に纏った道着の胸には父も付けていた「悟」のマークが刻まれており、そして悟飯からは見えない背中のマークにはピッコロのお茶目なのだろう、「魔」という一文字が刻まれていた。
昔はこうやって、彼によく自分の道着を作ってもらったものだと在りし日の記憶を思い出す。
健在なピッコロの姿を見る度に、油断すると子供の頃のように涙が零れ落ちそうになる。そんな感情をこらえながら、悟飯は彼に一礼し今度こそその場から飛び去って行った。
そんな悟飯の、目覚めたばかりとは思えない行動の早さに呆気に取られながら、ちびっ子達が呟く。
「行っちゃった……」
「なーんか悟飯さんと雰囲気違うなぁ。あの人、本当に未来の悟飯さんなのかな?」
彼らは幼心に、彼の雰囲気が自分達の知っている悟飯とは違うことに気づいていたのだ。
髪型や左目の傷痕といった外見上の違いもあるのだが、それ以上に何か決定的に違う点を彼の姿から感じていた。それが何なのか、と言うと上手く言葉には出てこないが。
そんな二人の言葉に対して、ピッコロが少年トランクスの顔を見やりながら語った。
「気の質は間違いなく悟飯と同じだ。姿も。住む環境が違えば、性格も変わるのだろう」
「……ピッコロさん、なんで俺を見るの?」
「さあな」
「ははっ」
他ならぬ未来のトランクスとお前が全く違う性格をしているように、と言い掛けたピッコロの言葉は、幼いトランクスには理解出来る筈もなかった。
その言葉の意味を理解しているこの世界の悟飯とチチだけが、意味深な笑みを浮かべていた。
そんなやり取りを交わしていたピッコロだが、その心には不穏に渦巻く感情があった。
この世界の悟飯にだけ聴こえる声で、彼は呟く。
「奴の言った通り……本当に現れるとはな」
「そうですね……」
奴――それは七年前にこの時代にやってきた未来からの来訪者、「トランクス」のことだ。
人造人間達によって絶望に染まったという二十年後の未来からやって来た彼は、セルゲームが終わって未来へ帰る直前……ピッコロ達に対して、こう言い残したのだ。
『……もしも、これから数年後……俺じゃない誰かが未来からやって来たら……その時は、どうかその人のことを助けてあげてください』
――今回の事象を、彼は予言していたのだ。
自分ではない他の誰かが、唐突なまでに未来からやって来ることを。
それがまさか、彼自身から死んだと聞かされていた未来の悟飯だとは、ピッコロ達には思いも寄らなかったが。
しかしそんな彼の予言があったからこそ、ピッコロ達はあの悟飯の言うことに対して理解が早かったのである。
「気をつけろ、悟飯。これからまた何か、大きなことが起こるかもしれん……」
「はい……」
七年前に来訪した青年トランクスは、父親があの「ベジータ」とは考えられぬほどに友好的な男であり、人造人間セルとの戦いでは何度となく貢献してくれた男だ。もちろん、そんな彼には信用も置いていた。
――しかし彼は何か、最後まで自分達に隠し事をしている様子だったのだ。
瞼を閉じ、ピッコロが七年前のことを思い出しながら告げた忠告に、悟飯が真剣な顔で頷く。
「でも、僕はその前に受験を頑張らないと!」
「……そうか」
再び緊迫した空気が漂い掛けた瞬間、場を和ませる為なのか天然で空気を読めない発言をしているのかわからない様子で頭を掻いた悟飯に、ピッコロは少し身を傾けた。
この時のそれは、おそらく後者だろう。
昔からの夢である学者への道を進む為には、冗談抜きに高校受験は重要なのだ。
野鳥達の群れを追い越しながら澄み渡る青空を翔け抜けていくと、悟飯は眼下に広がる光景に思わず驚嘆の声を漏らした。
「これは……凄いな」
その目に映るのは何者にも汚されていない美しい海と、その先に見える人の都だ。
いずれも、パラガスの帝国に支配された悟飯達の地球ではありえない景色だった。
しかし、昔はこうだったのだ。悟飯達のいた地球も。
「何も荒らされてない……綺麗なままだ」
自然も、町も……自分達が奪われたものが当たり前のようにそこに広がっている光景を前にして、悟飯は夢でも見ているような気分だった。
七年前に未来から現れたトランクスが、本来の歴史を変えてくれたのだという話を先ほどピッコロ達から聞いた。残念ながら結局父孫悟空は死んでしまったようだが、それでも彼の行動によって絶望の未来は打ち砕かれたのだ。
ならばこの景色も彼が守ってくれたのだろうと思い、温かい気持ちになる。
そしてトランクスが自分のいた世界よりも未来から来たという事実からは、彼があの後の世界で無事生き残ったことが窺える。
だが……悟飯はまだ、大切な人達全ての安否を把握していなかった。
「ベビーさんはいない……俺だけがこの世界に来たのか? 一体、どうしてこんなことに……」
あの時――
目の前でネオンが死んだあの瞬間、悟飯の怒りは限界を超えた。
爆発した激しい怒りはまるで子供の頃に戻ったように己の身体から秘めたる力を呼び起こし、超サイヤ人を凌駕した。
そしてさらに積み重ねていくように、死したネオンから解き放たれたベビーが悟飯の身体に憑りついたのである。
『俺に力を与えろ! そして、俺の力を持っていけ!』
全ては、奴を殺す為に――悟飯の中でそう叫んだベビーの言葉が、今でも耳に響いている。
ベビーと合体したことで白く染まった悟飯の姿は、超越形態さえも超えた究極の戦士だった。
その力で死闘の果てに、遂にブロリーを討ち果たしたのだ。
――そして、それと同時に悟飯の意識はなくなり、目が覚めればこの世界にいた。
もしかしたら自分と一緒にベビーも来ているのかと思ったが、今の悟飯の身体の中に彼の存在はなく、気配を探っても彼の姿は見当たらなかった。
「ネオンさん……」
あの時、悟飯は合体したことでベビーの感情を理解した。
ネオンを失ったことで彼が抱いた悲しみと憎しみは、自分が抱いた怒りよりも激しく深いものだった。
そんな彼を孤独にしてしまうことは酷く危ういものを感じてしまうが、彼が元の世界に残っているのならば、トランクスも傍にいる筈だ。
どうにか彼をフォローしてやってほしいと思うのは、まだ幼い弟子に背負わせすぎだろうか? 背負わせすぎだろう。
ともかくそんな彼らのことを思えばこそ、悟飯はすぐにでも元の世界に帰らなければならなかった。
……しかし。
「この世界なら……ネオンさんも、生きているのかな……」
自分を守る為に盾となって死んでいった彼女の姿が、自らの咎のように頭から離れないのだ。
全てを諦め、受け入れるように浮かべていた彼女の儚い笑顔が、どうしても忘れられなかった。
そんな悟飯は、気づけば彼女の出身地である東の都へと進路を向けていた。
かつてナッパとベジータが襲ったその場所で……彼らは出会った。