ドラゴンボールNEXUS 時空を越えた英雄 作:GT(EW版)
天変地異が収まった。
それは、暴力的なブロリーの気を受けて崩壊が始まっていた地球が、正反対の力の発動によって抑え込まれたからである。
崖の上からその顕現を目の当たりにしたブロリーが、哄笑を止めて目を見開いた。
「何だ……?」
何だと言うのだ?
ブロリーは今まで自分が相手をしていた人間の姿を、得体の知れない存在を見る目で見下ろした。
「お前は……なんなんだ?」
こうまで痛めつけてやったのに、何故、奴は死なないのか。
カカロットの息子との戦いは誰よりも手応えがあり、ブロリーの心にかつてないほどの悦びを与えてくれた。
しかし、どんなにボロボロになっても何度でも這い上がる敵の姿が、不愉快を通り越して不気味に思ったのだ。
その極め付けが――今の彼が見せた、新たな変化だった。
青年は、女性の亡骸を抱き抱えていた。
俯くように生気のない顔へと目を落とし、青年は己の「気」を分け与えることによって彼女の身体を覆う無惨な傷口を塞いでいく。
完全に停止している彼女の心臓を動かすことは出来ないが、死後の尊厳を守る死化粧ぐらいは出来る。
そうして安らかな顔になった女性の骸を優しく下ろすと、青年は自らの顔を上げた。
「……!」
彼の目と視線が交錯した瞬間、ブロリーが息を呑む。
青年――孫悟飯の眼差しは、これ以上ないほど激しく負の感情が剥き出しになっていた。
そんな彼の髪は天を突くように逆立っており、その色は「白く」染まっている。
瞳の色は超越形態と同じ金色を映しており、彼
「ネオンが……俺を、助けてくれた……」
それは、叫びだった。
「この俺に……幸せになれと言っていたあああっ!」
――瞬間、悟飯の身体から爆発的な白いオーラが噴き上がり、青白い稲妻がバチバチと弾けた。
「言っていたんだ……っ!」
白い髪を前髪ごとさらに逆立たせながら、悟飯の片目から一筋の涙が零れ落ちていく。
そして次の瞬間、悟飯の姿が骸の傍から消え去った。
超スピードで飛び上がり、ブロリーとの間合いを一気に詰めたのである。
「……! クギッ……!」
凄まじいスピードに目を見開いたブロリーが、舌打ちするように唸り、巨腕を振るう。
それは体力が底を尽いている筈の悟飯には、どうやっても対処できる筈のない一撃だった。
――しかしその拳を、白髪の悟飯は左手一本で受け止めた。
「なにぃ!?」
今度こそ、ブロリーが動揺を露わにする。
自身の渾身の拳が、簡単に受け止められたのだ。
その光景が信じられず、彼は怯えるように後退った。
「な……なんて奴だ……っ!」
それは、ブロリーが人生で初めて抱いた他者への恐怖だった。
ブロリーはこの時、得体の知れない彼のパワーアップに震えていた。未知の力を恐れたのだ。
そんな彼に、悟飯は青白い稲妻を走らせながら、二人の声が重なり合った声で言い放つ。
「俺はお前を許さない……!」
おびただしい「気」を解放し、拳の一閃がブロリーの腹部を突き刺す。
今までに感じたことのない痛みに呻くブロリーに対して、悟飯は尚も乱打を浴びせていった。
「ぬううっ……! うおおおっ……!?」
それは、直前の超越形態を遥かに上回る桁違いの戦闘力だった。
怒りの形相で睨み、悟飯は力任せの攻撃でブロリーの巨体に傷を刻んでいく。
「何なのだ……!? お前の力はぁ!」
理解できない力の根源に、本能的な恐怖を感じたブロリーが叫ぶ。
そんな彼の拳をいなしながら、白髪の悟飯は思いの丈を込めるように応えた。
「つないでくれたんだ!」
正拳がブロリーの頭部を打ち、仰け反った彼の胸に膝蹴りを突き刺す。
「ピッコロさんが!」
攻撃よりも遅れて轟音が響くと、ブロリーが反応出来ない速さで回り込み、回し蹴りを叩き込む。
「ベジータさんが!」
背中から与えられた痛烈な衝撃に吹き飛ばされたブロリーの身体が、荒れ果てた地面へと墜落していく。
そして仰向けに倒れ込んだ彼の腹部へと、瞬く間に急降下した悟飯の両足が突き刺さる。
「グハッ……!?」
「クリリンさんが……!」
これまでに彼に殺されていった者達が受けた痛みをそのまま味わせていくように、悟飯は血を吐き出したブロリーの顔に自らの眼差しを押し付けると、彼に体勢を立て直す隙も与えずその頭を乱暴に掴み、意趣返しをするように棍棒の如く振り回した。
「ヤムチャさんが……天津飯さんが……餃子さんが! みんなが俺につないでくれた!」
「……ッ、がああああっ!」
投げ飛ばしたブロリーを追い掛け、さらなる追撃を浴びせ、振り抜いた手刀で再び地に叩き落としていく。
「そして、ネオンさんが与えてくれた……この希望が、俺達に力をくれたっ!」
「この俺にっ、そんなものが通じると思っているのかァ!」
ブロリーが立ち上がり、直後に悟飯が振り下ろした踵落としを紙一重でかわす。
そして至近距離に迫った白髪の悟飯に向かって、憤怒に燃えるブロリーが反撃の拳を突き刺した。
「ぐっ……くあああ!!」
黄金色の本気のオーラを纏ったブロリーの拳を頬に受けて、悟飯は地面に足を食い込ませながら滑るように吹っ飛ばされていく。
額から血液が滝のように流れ落ちる。しかし、それでも悟飯は倒れない。
続けざまに繰り出されたブロリーの連撃にクロスカウンターの要領で拳を打ち返すと、悟飯はその拳でブロリーを怯ませた。
悟飯は既に、防御を捨てていた。
「か……!」
甚大なダメージながらも、悟飯は尚も喰らいつくようにブロリーへと迫り、拳を突き出す。
一発、二発と全霊の打撃を叩き込み、反撃に出るブロリーの連撃と真っ向から打ち合った。
「おおおおあああああああっ!!」
「め……!」
死闘だった。
ブロリーの拳が悟飯の左目を突き刺し、鮮血が飛び散る。
片目が死んだ。だが、それが何だと言うのだ。
激痛さえ敵を殺す為の憎悪に変える悟飯が、返す蹴りでブロリーの身体を弾き飛ばした。
「は……!」
「でああああああああああああっっ!!」
地表から噴き上がっていくマグマの中で、二人の力と咆哮が響き渡る。
両者共に渾身の力を込めた右腕が、正面から激突する。
お互いが力任せに繰り出した拳同士のつばぜり合いを制したのは――復讐鬼と超戦士の力を併せ持つ、白髪の悟飯だった。
ぐしゃりと、骨が砕ける音が響く。それは拳同士の衝突で粉砕された、ブロリーの右腕から放たれた音だった。
「ふんッ……! でえええアアッッ!!」
しかし、ブロリーがその激痛を表情に出すことはなかった。
まるで悟飯のように怒りで潜在能力を解放すると、至近距離の左手から気弾を放ち、悟飯の左胸を貫いていく。
だが、驚いたのはブロリーの方だった。
「化け物か……っ!」
胸を――心臓を貫いた筈なのに、悟飯は生きている。
彼の身体は、致命傷を受けた瞬間から驚異的な回復力によって再生していたのである。
もはや無限とも言えるサイヤパワーを纏いながら右腕を払い、悟飯は両足で踏ん張り最終攻撃の構えに入った。
「め……!」
太陽よりも凄まじいエネルギーの宿った赤い光が、悟飯の両手にそれぞれ集束していく。
二つの力は両手を重ね合わせることによって一つの超極大エネルギーへと昇華され、直視出来ないほど眩い光点を地上に形成した。
亡き父が……多くの戦士達が扱ってきたその技を、悟飯は解き放つ。
「波ああああああああああああああああっっっっ!!」
亡き恩人達の幻影を纏うようにして、悟飯の両手から最後の力が爆発した。
紅蓮に染まる究極の波動を前に、ブロリーは悟飯の姿に何かを見つけたように叫びながら、壮絶な光の中に飲み込まれていった。
「カカロットォォォォォーー!!」
自らの敗北を認めまいとばかりに閃光の中でもがくブロリーの姿を見て、悟飯は今度こそ燃え尽きていく自らの命を知覚し――全てを出し切った後でその使命を終えた。
「ぐ……あっ、……!」
空から降り注ぐ雫の冷たさに、トランクスはハッと目を覚ました。
雨が降っている。
目を開ければ空はどんよりとした黒い雲に覆われており、下を見れば身体中が降り注ぐ雨に濡れていた。
しかしトランクスにとっては、今の天気などどうでもいいことだった。
「戦いは……!」
意識が覚醒した途端、トランクスは脇目も振らずに駆け出していた。
あの時――トランクスは命令を破り、悟飯を助ける為に戦いの場へ舞い戻った。
しかし圧倒的なブロリーの力の前ではもはや敵とすら扱われず、トランクスは彼の放つ気の圧によって吹き飛ばされ、意識を失っていたのである。
その気絶が、どれほどの時間を彼から奪ったのかはわからない。
ただトランクスの頭にはこの時、最悪の想像が過っていた。
――感じないのだ。あれほどの力を放っていた、孫悟飯の「気」が。
彼の「気」どころか、戦いの気配すら感じない。
ブロリーの「気」さえも感じられず、彼の駆けだした地上は不気味な静寂に覆われていた。
そして、彼らの戦っていた場所へ戻り、着地したトランクスは地面に横たわる見知った人影を見つけてしまった。
「……あっ……」
それは、女性だった。
動悸の激しい心臓を抑えながら急いで駆け寄ると、トランクスはその瞬間、受け入れがたい事実と直面した。
「ネオン……さん?」
固く目を閉じられ、力無く倒れている女性は――息をしていなかった。
「……死んでいる……」
既に無機物となっていた仲間の姿を見て、トランクスの目から光が消え失せる。
嘘だ……嘘だ……トランクスは彼女の遺体を前にうわ言のように呟き、首を振りながら後退った。
しかし、彼の絶望はそこで終わりではなかった。
「……!」
見つけてしまったのだ。
さらに遠方に。
これまでの戦いによって様変わりしてしまった地形から、トランクスは瓦礫にもたれ掛かりながらオブジェのように鎮座している師の姿を見つけた。
「あ、ああああ……」
そこにあったのは、全てをやり遂げたような――晴れやかな顔だった。
鎮座している彼の身体からは……生命の気配を感じない。
「悟飯さん! 悟飯さん……!」
トランクスは血の気が引いた顔で駆け寄り、彼の姿を抱き起こす為に手を伸ばす。
しかし彼の肩に指先が振れた瞬間――彼の身体は砂像のように崩れ、何も残さずに消滅していった。
……彼は完全に、生きる力を使い果たしていたのだ。
故に彼の身体は肉体の形すら保つことができず、雨に濡れた土の中に同化することなった。
それは、疑いようの無い「死」だった。
ネオンは死に、悟飯もまた……この世から完全に消えてしまったのである。
「ああああああああああああああああっ!!」
兄のように想っていた。そんな彼が、いなくなった。
死んだのだ。叫びはもはや、声にならなかった。
トランクスは蹲り、行き場の無い感情を爆発させながら地面を叩く。
何度も、何度も――。
師は、こうなることがわかっていたのだ。
だから、自分に託そうとした。
こんなにも弱くて、何も出来ない俺なんかに……!
無力感に苛まれ、絶望に覆われた世界の中でトランクスは絶叫を上げる。
乱暴に髪を掻きむしる彼の鼓膜に落ち着いた男の声が聴こえたのは、その時だった。
「……ああ、凄まじい力だったよ。カカロットの息子……いや、孫悟飯の力は」
その声に反応したトランクスが、顔を上げ、憎しみを込めた目で声の主を睨む。
戦闘服の上に白いマントを羽織った口ひげの男。自らの尻尾をベルトのように腰に巻き付けているその男は、この地球を絶望に陥れた張本人だった。
「っ……パラガス!」
激しい怒りを込めて、トランクスはその男の名を呼ぶ。
サイヤ人、パラガス。ブロリーの父親であり、帝国の主導者。
ブロリーが悪魔ならば、彼はさながら魔王と呼べる存在である。
そんな彼は憎悪の形相のトランクスに一瞥くれた後、自身の後方へと振り向く。
「……見るがいい、私の自慢の息子……ブロリーもこの有様だ」
そこには、師が最後まで戦っていた相手である悪魔ブロリーが黒髪の姿で倒れ伏していた。
意識を失っているその姿からは「気」を感じることが出来なかったが……冷静なパラガスの様子を見るに、死んでいるようにも見えなかった。
――なら、俺がとどめを刺す!
師が命を捨ててまで倒した悪魔を、今度こそ完全に葬り去ってみせる。
諸悪の根源であるパラガス諸共、激しい憎しみと怒りに染まったトランクスには彼らの存在が許せなかった。
「殺してやるッ!」
幼い心がどす黒い感情に支配され、トランクスはネオンから譲り受けたツフルの剣を抜き放ち、その手に構える。
そんな少年の姿を見て、パラガスが感慨深そうに言った。
「その目……お前の父、ベジータにそっくりだ」
自分と亡き父親の目が似ているということは、母や悟飯からも言われたことがある話だ。
しかしそれをパラガスの口から指摘されるのは、身の毛がよだつほどに不快だった。
そんな煽りの中で、パラガスはまるで詩を朗読するような仰々しい口調で語る。
「だが、今は我が息子が一大事の上……部下の裏切りに遭い、俺はご立腹なのだ」
手招きをするように右手を振り上げながら、パラガスはトランクスと向き合う。
その瞬間、彼の髪が
「あまりこの姿は好きではないが……超サイヤ人、パラガスでございます」
「貴様……っ」
「この力で、ベジータ王の血統をこの世から消し去ってしまうというわけだ。なぁ? トランクス王子」
悟飯は、パラガスが戦う姿は見たことがないと言っていた。
しかし超サイヤ人ブロリーの父親であるパラガスがその姿になれることは、可能性の一つとして十分に考えられることだった。
「うああああああああっ!」
――その絶望に、最後に残った超戦士が抗う。
しかしそれは、それすらも彼にとっては絶望の入り口に過ぎなかった――。
――何もかもを失う戦い。
絶望の中で生きるしか無くなってしまった少年の姿を、真っ白の世界から観測している存在があった。
一人は小型のポッドに乗っている異形の人間であり、もう一人は黒い道着を纏った黒髪の青年だ。
子供のように小柄な体格をした異形の人間は頬杖を突きながら、目の前に映る「絶望の未来」を見て溜め息を吐く。
「結局、孫悟飯の死亡とトランクスさんの孤独化は避けられないようですねぇ」
まったく難儀な運命ですこと……と、つまらなそうに呟く。
そんな彼の傍らで腕を組みながら、黒髪の青年が銀色の指輪が輝く人差し指をトンと叩きながら神妙に語る。
「それも予定通りだろう。トランクスの今後も問題ではあるが、最大の問題は
「……ええ、その通りです」
青年の言葉に、数拍の間を置いて異形の人間が相槌を打つ。
その瞬間、彼らが真っ白の世界で観測していたビジョンが、「絶望の未来」から「希望の世界」へと切り替わった。
――そこには、いた。
新たに映し出されたビジョンには、平和な時代の中で意識不明の重体で横たわっている青年を介抱し、大人達の元へ運んでいる少年達の姿があった。
「ホッホ、どうやら第一段階は成功したようですね」
小型ポッドに乗った異形の人間が、安心したように息を吐く。
その横で、黒髪の青年が言った。
「予定通り、孫悟飯とベビーを過去に送った。これで、計画は加速するだろう」
感慨に浸るようにしばし目を閉じると、数拍の間を空けて再び目を開く。
「運命に抗え、悟飯。お前は……」
言い放った言葉は、これから新たな戦いに身を投じることとなる青年への激励だった。
ふっと苦笑するように息を吐き、青年は顔を上げる。
緑色のイヤリングを片耳に付けた青年は、自らの心臓を握り締めるように手を当てながら言い放った。
「この俺の、息子なのだから」
――その姿は、紛れもない「
【最後の超越戦士編
最後の超越戦士は悟飯ベビーでした。
長い時間をかけましたがこれにて一章終了です。
原作の未来編さながらのバッドエンドですが、これからはハッピーエンドに向けて微速前進すると思われます。私が一番やりたかったお話はここからだったというわけだぁ!