ドラゴンボールNEXUS 時空を越えた英雄 作:GT(EW版)
ベビーが主導権を握ったネオンと17号の戦いは、一見互角の様相を呈しているように見えた。
事実として二人の戦闘力には、ほとんど差がないと言ってもいいだろう。しかし戦いが白熱していくに連れて徐々に戦況は片側へと傾いていた。
「ちっ」
「どうした? もう疲れたのか」
常にフルパワーで気を解放しているベビーに対して、17号の内に宿る莫大なエネルギーは全て永久式の動力源によって賄われている。
故に戦闘時間が経過しようとダメージを受けようと、17号はその涼しい顔つきを何一つ変えていなかった。
対して、最初から限界に近い飛ばし方をしていたネオンベビーの力はピークが過ぎ、少しずつパワーが落ち始めていた。
ベビーは無傷でも、宿り主であるネオンの身体にガタが来ていたのだ。
そして僅かに傾いた疲労の差が、決定的なまでに二人の勝敗を分かつこととなった。
「そらよ!」
「っ! ぐう……ッ」
17号の蹴りが腹部を捉え、ネオンの口が血を吐き出す。
自らの優勢を確信した17号が、獰猛な笑みを浮かべて追撃を掛けた。
二撃、三撃と打撃を叩き込まれたネオンが、翼をもがれた鳥のように地面へ墜落していく。
口に入った砂を血と共に吐き出しながら、ネオンは受け身を取って三回転ほどバク転のように飛び退りながら体勢を立て直し、再び舞空術で飛び上がり敵の姿を睨んだ。
「よくもこの身体を……痛めつけてくれる……!」
ベビー本体の肉体は無傷であるが、ネオンの身体の損傷は激しい。
乱れた着衣を整える余裕もなく、怒りの闘志を燃やしたベビーが左手から気弾を連射した。
「寝起きの運動にしては、中々面白かったぞ」
「ほざけ!」
マシンガンよりも速いスピードで放たれる連弾をこともなげにかわしながら、人造人間17号は空中で弧を描く軌道で彼の背後へと回り込み、その右腕を大きく振りかぶった。
「じゃあな」
「っ……」
ベビーが反応できないほどのスピードで接近した17号が、手刀の一閃でネオンの首を落とそうとしたのだ。
人造人間らしく冷徹で、慈悲一つ無い目で見下ろす彼は淡々とネオンの命を奪おうとしていた。
しかし、その時である。
「――!」
唐突に、それまで涼しい顔一つ崩さなかった17号が、初めて表情を変えた。
それは、苦痛に歪んだ表情だった。
手刀の間合いに入った途端、彼は突如として両手で頭を押さえ、悶え始めたのだ。
「……っ、あああっ!? あああああ!」
まるで脳の中に直接轟音が響き渡ったかのように、尋常ならざる苦しみ方で彼は声を上げた。
そんな彼の異変に命拾いする形になったベビーは、今の隙だらけな17号を見て容赦なく攻撃を仕掛けようとするが……その腕を、「ネオン」が制した。
「待って、ベビー!」
『ちっ……だから甘いんだお前は』
「ごめん……でも、もしかしたらこれは……」
再び自らの肉体の主導権を切り替えたネオンは、随分と痛めつけられた肉体の激痛に耐えつつ、苦悶に歪んだ17号の顔を覗き込み、彼に声を掛けた。
人造人間――哀れにもドクター・ゲロに改造され、人間だった頃の記憶も失ってしまった彼。
その彼はネオンの姿に今気づいたように見開くと、震える声で言った。
「……ネ、ネオン……お前、なのか……?」
「!? ラピスさん! 私がわかるの!?」
やっぱり――と、ネオンは自らの予感が的中したことを悟る。
ラピス――それは、人造人間に改造される前の17号の名前だ。
ネオンにはかつて、その少年との交流があった。少年だけではない。彼の双子の姉にも昔会ったことがあり、親が居ない者同士という縁で良くしてもらった思い出があった。
――彼らは二人のサイヤ人によって故郷を失い、行き場を失っていた幼い頃のネオンを助けてくれた……恩人だったのだ。
「ぐっ……駄目だ! お、俺は……!」
ネオンの顔を間近に見た「ラピス」は、己の理性の狭間で揺らいでいるようだった。
そんな彼は頭を抑えながらネオンに背を向けると、振り絞るような声で言った。
「た……頼む……姉さんを……助けてくれ……っ、ぐっ……っ」
「ラピスさん!」
「く、来るな!」
追い掛けようとするネオンに対して、彼は必死な形相で振り返り叫ぶ。
「お前は、こっちに来るな……!」
警告するようにそう言った彼は、よろよろとふらつきながら覚束ない動きで飛び去っていった。
その姿を見逃した……否、彼に自らの命を見逃してもらったネオンは、悲しみを込めた眼差しで彼の後ろ姿を見送る。
『……奴は、自我を取り戻しかけたのか?』
「多分ね……本当なら、今すぐ彼を追い掛けたいんだけど……」
先ほどの彼は、人造人間17号ではなく元のラピスに戻りかけていたのだ。
おそらくは誕生して間もないが故の、システムエラーのようなものなのだろう。
本当ならば今すぐ彼を追いかけて、この好機につけ込んで彼をドクター・ゲロの呪縛から解き放ってあげたかった。
しかし、そうした場合にはあまりにも時間がかかり過ぎてしまう。
ネオンがここで17号を救おうと動くことは、今しがたこの世から消えようとしている一人の命を見捨てるのと同義だったのだ。
「私の身体が、二つあればね……」
ネオンは選択を迫られていた。
選ばなければならない。
ラピスを助けに行くか、孫悟飯を助けに行くか。
差し迫った状況下での究極の二択の中では、片方を選び、片方を切り捨てる他なかった。
「……悟飯を助けなきゃ」
孫悟飯は今、死にかけている。
超サイヤ人の超越形態に至った彼こそが地球を救う希望の戦士だと信じるネオンには、どうしても彼を見捨てることができなかったのだ。
誰よりも替えの利かぬ彼だけは、絶対に生きなければならない。
たとえ他の誰かが、犠牲になろうとも。
『行くな、ネオン』
覚悟を決めたネオンの頭脳に、ベビーの声が響く。
それは神妙とした、断定的な言葉だった。
『行けば確実に殺される。奴を助ける為に、お前が行くことはない』
「……それでも、見殺しにはできないよ」
元はと言えば、ブロリーの本気を見誤っていた自らの失態なのだ。
その責任は、自分が取るのが筋というものである。
それに……と、ネオンが続ける。
「あの子のこと、気に入っているんだよね。戦いが嫌いなのに、勇敢で優しいところが」
戦力を考えた上で下した合理的な判断の他にも、ネオン自身の感情的な意味でも悟飯を死なせたくなかった。
出会い方はあまり面白いものではなかったが、共に過ごしていく中でネオンは彼の人格を認め、好ましいと思うようになっていたのだ。
英雄のような勇敢さと、人間としての弱さを併せ持っている彼のことが、放っておけなかったとも言える。
これが母性本能というものなのだろうかと……自分にそんなものがあったことを可笑しく思いながら、ネオンは小さく微笑む。
悟りを開いたような静かな心の中で、ネオンはベビーに告げた。
「ベビー、私は君と悟飯が力を合わせることが、今のブロリーを倒せる唯一の方法だと思う」
『! お前、まさか……!?』
やはりと言うべきか、元来の性質が一介の町娘に過ぎないネオンでは限界があったのだ。
最高のソフトを積み込んだ劣悪なオンボロハードが、今の自分だとネオンは考えている。
もしもベビーの力を手に入れたのが自分ではなく、悟飯のような強力な戦士だったならば……本気を出したブロリーにも勝てる筈だと。
そうでなくても今のベビーならば直接ブロリーに取り付き、彼の肉体を支配することもできるかもしれない。
それをしないのは――出来ないのは、ネオンの存在が足かせになっているからだ。
「……私は、もう十分だ。だから君も、もう自由になろうよ」
ベビーのおかげで自らの生命を維持しているネオンにとって、ベビーが己の肉体から離れることは完全なる死を意味する。
ベビーはネオンのことを大切に思っていた。だから、自らがネオンから離れて悟飯やブロリーに取り付くと言う最も勝てる確率が高い方法を、選択肢から外していたのだ。
そしてそんな彼に抗議しなかったのは……結局は、自らが犠牲になることを選べなかった、ネオン自身の身勝手さが所以だった。
『自由だと!? 何を言っている!』
「始めから、そうするべきだったんだ」
我が身可愛さに、ブロリーを倒すことが出来る最大の可能性を捨てていた。
とんだ臆病者がいたものである。
この期に及んでようやく決心がついたのは……勇気が湧いたのは、きっと孫悟飯のおかげなのだろう。
どこまでも果敢に、痛々しくなるほどに戦い続けていく彼の姿を見て、今までの自分がどれだけ情けなくて、ちっぽけな人間なのかを思い知ったのだ。
彼のような勇敢な人間は、死ぬべきではない。
彼がやろうとしていることを、本当にやるべき人間は……自分だ。
そう、ネオンは自らの役目を悟った。
「やっとわかった気がする……あの時、私が死に損なった意味が」
二人のサイヤ人に町を襲われてから、ネオンが辿って来たのはどうしようもない人生だった。
誰かに助けられるばかりで、ささやかな人助けをしている気になることで自分を慰めていた空っぽな生き方。
しかしそれでも、最後ぐらいはカッコつけたいと思う。
『やめろ! 行くなネオン!!』
ベビーの叫びに首を振りながら、ネオンは自らの肉体の主導権を譲らぬまま飛翔していく。
向かう先は決戦の場――孫悟飯の居場所だ。
「……俺達のやってきたことは、間違っていたのか……?」
誰に対するわけでもなく、孫悟飯は問い掛けた。
自分達がこの世界に存在すること。
地球を救おうとしたこと。
生きていること。
それら全てを徹底的に否定するように、ブロリーが悠然と彼の前に立ちはだかっている。
既にクウラは敗れ去り、力なく倒れ伏した彼の姿には目もくれないまま、ブロリーは聳え立つ柱のような崖の上に立ち、高笑いを浮かべていた。
その姿を、悟飯は憎んだ。
ブロリーという存在が、まるでこの世界の終着点のようにさえ見える。
「何をしても無駄だと……これが、俺達の運命だって言うのか……?」
悪魔……いや、もはや彼は、この世の全てを裁く神に等しい存在なのかもしれない。
だが、だとしてもだ。
「それでも……それでも俺は信じる! この世界を……みんなが積み上げてきたものを!」
悟飯は挑むことをやめなかった。目の前の悪魔から目を逸らさなかった。
ここで終わりにしてなるものか。
俺達は生きる。
どんな時でも、絶対に希望を捨てない!
信念は挫けなかった。それだけの勇気が彼にはあった。
大切な人達が守ってきたこの世界を、悟飯はどこまでも愛していたから。
「俺は戦う……未来のために!」
クウラがブロリーにやられている間、トランクスからサイヤパワーを受け取っていたことでどうにか再び立ち上がることが出来た悟飯だが、その肉体はもはや限界だ。
身体中の各所から感覚が無くなっている。既に痛みを感じる余裕すらなく、悟飯はただ全ての力を使ってトランクスやネオンが逃げる時間を稼ぐ為にここにいた。
「無駄なことを……今楽にしてやる」
最後の闘志を燃やした悟飯を不快そうに見下ろしながら、ブロリーがその手に翠色のエネルギーを集束させていく。
それと、同時。
悟飯の黒髪が逆立ち、瞳の色が金色に変わった。
もはや残りカスに過ぎない力を使って、悟飯は再び超越形態に変身したのだ。
その形態を維持する力は、数秒も残されてはいないだろう。
故に悟飯はその数秒に対して、己の命の全てを注ぎ込んだ。
そして、発射する。
「魔閃光ー!!」
悟飯が重ね合わせた両手から一瞬にも満たない速度で金色の閃光が迸り、崖の上のブロリーへと向かっていく。
それに対して威風堂々と構えながら、ブロリーもまた手のひらから無造作に気弾を投げ放った。
「はははははははははははははははははは!!」
ギガンティックミーティア。
ブロリーが投げ放った翠色の小さな気弾は悟飯の魔閃光と衝突した瞬間、一瞬にして直径100メートル以上もの大きさに巨大化していった。
彼は自らが居るこの星諸共滅ぼすことさえ、何の抵抗も感じていないのだろう。圧倒的なエネルギーが込められたその一撃は悟飯が照射する魔閃光を物ともせず、彼の健気な抵抗を嘲笑うようにじりじりと追い込んでいった。
「ぐっ……ああああああッ!」
その間にも悟飯の肉体は消耗を続け、トランクスから譲り受けたサイヤパワーが消失していった。
超越形態の状態が解かれ始め、どれだけ戦意を昂らせても地面についた片膝が上がることは無い。
「ふはははははははははハハハハハハハハハハ!!」
悟飯の死が明確になるほど激しくブロリーの哄笑が大きく響き渡り、地球全土が裂けていく。
この世が滅亡する光景だった。
悪魔の放つ力に、この星は完全に屈服していた。
(駄目だ……もう、身体が……)
身体に力が入らない。やはり自分は泣き虫で、甘ったれの孫悟飯だったのだ。
昔から、何も変わってなどいなかった。
力を出し尽くし、なすすべもなく「死」に向かっていく悟飯の耳に、今最も聴きたくない人物の声が響いたのはその時だった。
「ブロリー! くらえーっ!!」
悟飯を押し潰そうとするブロリーの身体に、横合いから放たれた魔閃光がぶつかっていく。
悪魔の技を妨害する為に、現れたのだ。
現れてしまったのだ。
悟飯が命を懸けてまで逃走の時間を稼ごうとしていた――トランクスという少年が。
「トランクス……っ、馬鹿野郎! なんで来たんだ!?」
無謀にもこの場所に戻ってきてしまった彼の姿を認めた瞬間、悟飯は恐らく彼に対して初めて厳しい言葉を浴びせた。
自分がピッコロのような立派な師匠になれなかったのも、人を育てる為の厳しさが足りていなかったからなのだろうと悟飯は思う。
そんな彼が与えた初めての罵声に対して、弟子は迷う素振りもなく言い切った。
「僕は逃げません! 僕にだって、守りたいものがあるんです!」
そう叫び、トランクスは悟飯を襲うブロリーの気を少しでも逸らそうと魔閃光を放ち続ける。
「僕は……
「お前……っ」
悟飯を見捨てて逃げるぐらいなら、一緒に戦って死んだ方がマシだと――そう言い捨てるように彼は言った。
トランクスは聡明な子である。
年齢不相応にしっかりした優等生で、師匠である悟飯の言いつけを破ったことなどなかった。
そんな彼がはっきりと悟飯の意志を拒絶した上で、自らの意志でここに戻って来たのだ。
ただ悟飯を死なせたくないという、どこまでも真っ直ぐな一心で。
「ふん……雑魚は引っ込んでいろ!」
「うっ……! あああああ!?」
そんな少年の決意を嘲笑うように、ブロリーが視線すら寄越さずに「気」の圧を放ち、トランクスの身体を吹き飛ばす。
取るに足らないハエを扱うかのように、呆気なく。
なすすべもなく吹き飛ばされていくトランクスの姿と、彼を相手にすらしていないブロリーの姿を見て、悟飯の
「っ、このヤロー!!」
黄金色の光が解放される。
消耗により超越形態の状態が解けてしまった筈の悟飯が、魔閃光を照射しながら超サイヤ人に変身してギガンティックミーティアに抗っていく。
弟子の思いを踏みにじられた怒りによって、悟飯の身体に眠る秘めたる力が目覚めたのだ。
「はあああああああああああっ!!」
咆哮を上げる悟飯の魔閃光が威力を増し、ブロリーのギガンティックミーティアの進行がほんの僅かに遅くなる。
低下の一途を辿っていた筈の魔閃光の威力が、再び増大したのだ。
一体どこにこれほどの力が眠っていたのかと、高みから見下ろしていたブロリーの表情に初めて驚きの色が浮かんだ。
だが、それでも到底及ばない。
「クズがぁ……まだ力を残していたのか。だが、俺は悪魔だ」
ブロリーが左手を繰り出し、自らのギガンティックミーティアに対して一発、さらにもう一発と気弾を加えていく。
その瞬間、新たな気弾と融合した巨大な気弾がより膨大な大きさとなり、威力を増大させていった。
伝説の超サイヤ人であるブロリーにとっては、怒りのパワーに目覚めた悟飯すら何の脅威にもならないのだと――そう示すように、彼の必殺技は悟飯の魔閃光を押し込んでいった。
「死ぬがいい!」
「……ッ!」
――ここまで、なのか……!
自らの目の前に迫ってきた巨大なエネルギー体の前で、悟飯の闘志が急激に弱まっていく。
これで何もかも終わってしまうのかと、全て終わりなのかと……先に逝った者達に会わせる顔もないと、悟飯の心は極限を超えた絶望に突き落とされる。
しかし、悟飯は見た。
魔閃光を完全に押し返し、この身を押し潰そうと迫り来る気弾の前で――機械仕掛けの右腕を突き出してきた女性の姿を。
「っ!? あ……」
それは、過去のトラウマが蘇る光景だった。
昔、サイヤ人のナッパから自分を守って死んでいったピッコロのように――横から割り込んできたネオンが、ブロリーのギガンティックミーティアに向かって飛び出してきたのである。
「悟飯はやらせない!」
ネオンはその義手の手のひらを巨大な気弾にかざすと、ギガンティックミーティアの膨大に過ぎるエネルギーをその中へと吸い込んでいく。
ドクター・ゲロが作り上げた人造人間19号の腕を参考にして作ったというその義手には、相手の「気」を取り込み吸収する能力が備わっているのだと彼女は言っていた。
その能力で、彼女はブロリーの必殺技を受け止めようとしているのだ。
しかしその行動が導くであろう結果は、既に火を見るよりも明らかだった。
「ネオンさん! やめろっ!!」
ブロリーのこの技は、彼女の義手が到底吸収しきれるものではない。
それが許容量を超越した威力であることを証明していくように、彼女が突き出した義手は膨大なエネルギーを前にドロドロと溶解され、指先から順に塵となって消えていった。
「ふ……」
ほどなくして完全に義手が崩壊すると、その瞬間――彼女は穏やかに微笑んで、後ろに立つ悟飯へと振り向いた。
互いの目と目が交わり、彼女の告げた言葉が悟飯の胸に突き刺さった。
「またね」
彼女が見せたその時の顔は、悟飯がこれまでの人生で見てきた何よりも美しく――儚かった。
「やめろぉぉ!!」
そして、悟飯は聴いてしまった。
グシャッと、何かが潰された音を。
悟飯は、見てしまった。
義手が砕かれた後、ブロリーのギガンティックミーティアに肢体を広げて対峙したネオンの身体が――あり得ない方向に曲がってしまったところを。
全ての時が止まったかのように、悟飯の脳内で一瞬の光景が幾度も繰り返された。
「うああああああああああああああっっ!!」
――この青い星に、真なる超越戦士が覚醒した。
――戦う為に作られたこの身体に、涙腺があるとは思っていなかった。
『君のおかげで生きられて……私は幸せだったよ』
――戦う為に生まれた自分に、それ以外を知ることなどあり得ないと思っていた。
『これで君は自由だ。私から離れて、どこへだって飛んでいける』
全てを変えてしまった。
ツフルの復讐鬼である筈の自分をこうも軟弱な男に変えてしまったのは、何の力もない地球人の小娘だった。
そしてその小娘の影響を受けて感化されてしまった自分は、彼女が起こした最後の行動を止めることができなかったのだ。
「ふざけるな……俺はっ……俺はお前に束縛されたと思ったことなんてない!」
こんなことをさせる為に、お前を生かしたんじゃない!
こんな未来の為に、お前と一緒に居たんじゃない!
喚くように叫ぶ「赤子」に、彼女は慈しむような声で言った。
『私はいいんだ、これで……私はもう十分幸せになったから、後は君さえ幸せになってくれれば』
そうやって満足そうに笑う彼女に、赤子は腹が立った。
何を気取っているんだ。何をカッコつけているんだと。
人の気持ちも知らないで、何を押しつけているんだと怒鳴り――赤子は叫ぶ。
自らがあの日から抱いていた、本当の気持ちを。
「俺はお前さえいればそれで良かった……! サイヤ人への復讐など、本当はもうどうでも良かったんだ……!」
――既に復讐鬼ベビーなどという存在は、この世から消えていたのだ。
ネオンのことを守りたいと思ったあの日から、彼は復讐鬼ではなく、ただ一人のベビーとしてそこにいた。
自らの意志で彼女と共に在り、そうして生きていることこそが最高の喜びだったから。
何年と過ごしているうちに、ベビーはその気持ちの正体を理解していた。
どこまでも狂おしく、非合理的な感情――それが、人が当たり前に持つ「愛」というものなのだと。
故にベビーは、認められなかった。
ネオンという女性の、完全なる「死」を。
『ベビー……初めて見たよ。君も、泣けたんだね……』
「当たり前だ……っ、バカ者!」
十数年ぶりに本体の姿を晒したベビーが、声にならない叫びを上げる。
そんな彼の腕には物言わぬ女性の屍が抱き抱えられており、そうしていれば不思議と彼女の声が聴こえてくる気がした。
それは、願いだった。
彼女――ネオンがベビーに託した、どこまでも身勝手な願い。
『幸せになりなよ、べっちゃん。君は私の……』
――私の、大切な家族だった。