ドラゴンボールNEXUS 時空を越えた英雄 作:GT(EW版)
「超サイヤ人……!」
とびっきりの最強対最強。まさにそう呼ぶのが相応しい領域で戦っている師匠と敵の姿を遠目に眺めながら、少年トランクスが息を呑む。
師匠――孫悟飯が超サイヤ人になったのは、本格的な実戦では地球を旅立って以来の光景かもしれない。
悟飯は強い。この宇宙で彼に並び立つ者が
しかし強いが故にこうして本気で戦っている姿は珍しく、トランクスはそんな師匠の戦いから少しでも何かを掴んでいく為にも、彼の戦いから目を離せなかった。
そしてこの瞬間に目にした超サイヤ人の実力は、少年の憧れを改めて確認出来るものだった。
「やっぱり、悟飯さんは凄い!」
伝説の戦士を相手に真っ向から食い下がるクウラも恐ろしい強さだが、戦況は悟飯が優勢だった。
スピードもパワーも、全てにおいて超サイヤ人になった悟飯が最終形態になったクウラを上回っているのだ。
そしてそんな彼の強さは、彼と同じサイヤ人ハーフの身であるトランクスの希望でもある。
トランクスはまだ幼く、彼のように超サイヤ人になれなければ戦闘力も低い。だが真面目に修行を続ければ、いつかきっと並び立てる筈だと……並び立ってみせると、トランクスは少年の心に意気込んでいた。
目にも留まらぬ超高速の連打が、悟飯の身へと襲い掛かる。
並大抵の戦士からしてみれば、拳の一つ一つが必殺の一撃になることだろう。それほどの力を、最終形態のクウラは誇っていた。
しかしクウラが化け物ならば孫悟飯もまた化け物だ。そんな彼の拳を紙一重でかわしながら、一発、二発と返す攻撃を浴びせていく。
「ぐっ……貴様ッ!」
戦闘開始時点では余裕綽々だったクウラの表情が、徐々に焦燥を浮かべ始めている。
ここまで戦う中で、薄々と感づいたのだろう。彼の最終形態以上に、超サイヤ人という存在のポテンシャルの高さに。
「ふんっ!」
「がはっ……!?」
黄金色のオーラを纏った悟飯の右拳が、クウラの腹部に突き刺さる。
悶絶するクウラに対して続けざまに回し蹴りを浴びせ、クウラの身体を吹っ飛ばしていく。
「調子に乗るな!」
吹っ飛ばしたクウラに追撃を与えるべく舞空術で追い掛ける悟飯に対して、身体を回転させながら体勢を立て直したクウラが気攻波を放つ。目もくらむほどの閃光であった。
咄嗟に両腕を交差し、悟飯が防御の構えを取る。
しかし受け止めた一撃は、派手な見た目から想像していたよりも幾分軽い威力だった。
何故……構えを解きながら抱いた悟飯の疑問は、次に取ったクウラの行動によって解消された。
「……!」
今の気攻波は目くらましであり、本命は次の一撃だったのだと。
天に向かって振り上げたクウラの右手――そこにはまるで太陽のような光を放つ、直径百メートルをゆうに超す巨大なエネルギーボールが作り出されていたのだ。
「くっ……!」
「この星ごと、消えて無くなれええっっ!!」
スーパーノヴァ。悟飯は知り得なかったが、クウラ最強の一撃をそう呼んだ。
先の目くらましの隙に既にチャージを完了していたクウラは振り上げた右手を一気に下ろし、巨大なエネルギーボールを投げ下ろした。
狙いは孫悟飯。しかしその先には、この惑星の地面があった。
避ければこの星の爆発に巻き込まれ、避けなければそのままエネルギーボールに飲み込まれる。どちらに転んでも、クウラにはデメリットの無い攻撃である。
尤も悟飯にはこの攻撃を避ける選択肢は始めから持っていない。この星の先住民の為、そして何よりも愛弟子の為、この星を壊させるわけにはいかなかった。
「はあああああっっ!!」
内なる気を完全に解放し、悟飯が両手でエネルギーボールを受け止める。
しかしクウラのフルパワーが込められた凄まじい圧力は悟飯の身体を地面まで押し潰していくように下へ下へと迫っていき、悟飯は苦悶の表情を浮かべる。
そんな超サイヤ人の姿を見下ろしながら、上空に浮かぶクウラが自らの勝利を確信し、高らかに笑った。
「馬鹿め! いくら足掻こうが俺に敵う者など存在せん! この俺が……宇宙最強だ!!」
かつてフリーザを葬った伝説の戦士と同じ力を持つ男とて、自分の敵ではないのだと。
フリーザほど宇宙の支配に興味を抱いていないクウラであるが、生粋の破壊者である彼はフリーザ以上に自分の力にプライドを抱いており、酔いしれていた。
自身最強の技であるスーパーノヴァに押し潰されていくこの星と超サイヤ人の姿を目にしたことで、やはり自分こそが宇宙最強なのだという確信が深まっていく。
しかし、その直後だった。
「だああああっっ!!」
「……! なにッ!?」
宇宙最強という彼のプライドは、超サイヤ人を滅ぼす筈のスーパーノヴァと共に、爆発的な「気」の奔流によって打ち砕かれた。
――孫悟飯が両手から放った気攻波が、光をも超える速さで彼のスーパーノヴァを空へ宇宙へと押し返したのである。
「馬鹿な……っ、今の攻撃は、俺の最強の一撃だった筈だ……!」
押し返され、自らの元へと襲い掛かって来たスーパーノヴァを間一髪のところでかわした後、真紅の双眸で黄金色の戦士を見据えたクウラが愕然とした表情を浮かべる。
何の容赦も手加減もしなかった。
最高の力を注ぎ込み、奴を殺す為に全力で放った一撃の筈だ。
それが――完全にパワー負けした。
それはクウラが生きてきた長い時間の中で初めてのことであり……あってはならないことだった。
「こ、こんな筈は……こんな筈は無いのだあああっっ!」
ならばもう一撃――スーパーノヴァを放とうと右腕を振り上げた次の瞬間、黄金色の戦士の拳が彼の顔面を打ち抜いた。
「グハッ……!?」
クウラの常軌を逸した動体視力を持ってしても視認出来ない速さで、超サイヤ人が一瞬で迫り、殴打したのである。その一撃はクウラの脳を揺らし、口元を覆っていたマスクは粉々に砕け散っていった。
それでも気力を確かに体勢を立て直したクウラが、がむしゃらに拳を突き返すが、その連撃は一発も敵に届かなかった。
「があああっっ!」
怒りに任せたクウラ渾身の蹴りが、先ほどまで戦士が居た空を虚しく切り裂く。
一瞬にして彼の視界から消え失せた黄金の戦士――孫悟飯が即座にクウラの背後へと回り、その右手を開いて彼の後頭部の前へとかざした。
「覚悟しろ」
「……ッ!」
気合砲――クウラが振り向いた瞬間には「気」の圧力が込められた不可視の一撃がその身へと襲い掛かり、数拍の間意識を失いながら、クウラは岩山を突き破りながら大地へと墜落していった。
勝負は、完全に決まった。
この戦いを見ている者は、誰もがそう感じたことだろう。
クウラを気合砲で吹き飛ばした悟飯はその後を追い、無駄の無い動作で敵がうつぶ伏せに倒れている地面へと着地した。
周囲を見れば、ソルベや機甲戦隊の居た基地施設の残骸があちこちに散らばっている。どうやら空中戦を繰り広げている間に、この場所へと戻っていたらしい。
うつ伏せのクウラに目をやり、一歩、また一歩と悟飯が彼の元へと歩み寄っていく。
相当なダメージを負った筈であったが、目を覚ましたクウラはぐらつきながら膝を着き、立ち上がろうとしていた。
そんな彼が、心底憎たらしそうに呟いた。
「ふ……弟が敵わぬわけだ……」
それはプライドの高い彼が互いの力の差を理解し、超サイヤ人となった孫悟飯の力を称える言葉だった。
敗北の理由は純粋な力量差。それならば納得出来ると、意外にも潔い態度だった。
「……終わりだ」
そんな彼の姿を無表情に見据えながら、悟飯は右手をかざす。
そこから放つ気攻波で、彼を断罪する最後の一撃を与える為に。
――その時だった。
「悟飯さん! 後ろ!!」
遠方から、弟子の叫ぶ声が聴こえた。
それと、同時――
悟飯の背中に、後方から閃いた光線銃の銃撃が突き刺さった。
……しかし、悟飯は何の痛みも感じてはおらず、その背中は全くの無傷だった。
彼が物陰から隠れてこちらの様子を窺っていたことには、ある程度気づいていた。いや、仮に気づいていなかったとしても、結果は同じだったことだろう。
超サイヤ人の力は絶対。
この世には不意打ちや小細工ではどうにもならないほどの力の差と言うものがあることを、これまでにも他ならぬ悟飯自身が数々の戦いで思い知らされてきたことだった。
「超サイヤ人に、そんな攻撃が効くわけないだろう」
「あ、ああ……っ」
銃撃が飛んできた後方を振り向いた悟飯が、その岩陰から顔を出しているクウラの部下――ソルベの姿を冷たく見据えながら言い放つ。
クウラの相手に集中している隙を狙い、背後から不意打ちを仕掛ける。理に叶った狡猾な戦略だが、今回ばかりはいかんせん相手が悪かったと言えよう。
宇宙を回ればそこら中にあるただの光線銃が、宇宙の帝王をも破る伝説の戦士に通用する道理は無い。
「クウラ……お前、部下に慕われているんだな」
「……残党風情が、つまらんことを」
しかしそれでも上司を守ろうと動いた彼の勇気だけは、悟飯も素直に賞賛するところだった。
悟飯が正直な感想に若干の皮肉を込めてそう言うと、クウラがこの戦いに水を差されたことに憤るように叫んだ。
「ソルベ!」
「は、はいいいぃぃ!!」
「この俺のプライドを汚す者は誰であろうと許さん! 雑魚如きが、最強の戦いに割り込むな!!」
親の仇に対するような目で、クウラがソルベを睨む。視線だけで人を殺せるような、凄まじい剣幕だった。そんな彼はソルベから目を移すと、今度は悟飯を睨みつけた。
そして、高らかに叫ぶ。
「孫悟飯と言ったな? 俺はフリーザや親父とは違って命乞いなどせん! 貴様の力で俺を殺し、宇宙最強の座を掴むがいい!」
「お前……」
自身の敗北を認め、とどめを刺せと――生き恥を晒すことを拒むような物言いに、悟飯の瞳が僅かに揺れる。
だがそれも、ほんの僅かな間のみ。
即座に拳を握り締めた悟飯が地を蹴ると、接近したクウラの胸板に拳を叩き込む。その一撃によって、彼の意識は今度こそ刈り取られていった。
「ク、クウラ様っ!」
ボスがやられた――その光景に慌てふためくソルベに向かって、超サイヤ人の変身を解除した悟飯が振り向く。
そして意図して威圧的に、言葉を強めて言った。
「ソルベ!」
「ひっ!?」
「コイツと部下を連れて、さっさとこの星から出ていけ! もう二度と、悪さするんじゃないぞ」
意識を失い、変身も解けたクウラの首根っこを掴んだ悟飯が、彼の身体をソルベへと投げ返す。
ここに居るクウラも含めて、悟飯はこれまでの戦いで誰の命も奪っていなかったのだ。
クウラを背負ってこの場から離脱していったソルベは、悟飯の監視を受けながら動ける兵士達と協力しながら宇宙船の中へと気絶した仲間達を詰め込み、全員を乗せた後でこの星を飛び去っていった。
これで、この星に残っているのは自分達と本来の住民達――奴隷として強制労働を強いられていた「シャモ星人」だけとなった。
飛び去っていく宇宙船を地上から見送った後で、トランクスが不安げな表情を浮かべながら悟飯へと問い掛けてきた。
「良かったんですか? あいつらを見逃してしまって……」
邪悪な行いをしてきた彼らに対して、この始末では甘すぎるのではないかと――理屈的には至極まともな言い分であり、正しい意見だった。
悟飯自身、彼らが今後二度と悪事を働かないという確信はなかったし、不安は大きく抱えている。
しかし。
「いや……多分、良くなかったかもしれない」
「え?」
「……だけど、あのままとどめを刺すのも、何か違う気がしたんだ」
不安を抱えても尚、悟飯には何故か、あの時のクウラにとどめを刺す気になれなかったのである。
「そうですか……」
「少しだけ、フリーザよりはマシな奴に見えたのかもなぁ……本当にもう、悪さをしなければいいんだけど」
それは彼の心の中に、「父さんならこうしていた」という意識があったからなのかもしれない。
人を殺すことが怖いと感じたわけではない。ただ、何となくだが彼らには最後のチャンスぐらいは与えてあげたいと思ったのが悟飯の中にある人としての情であり、甘さだった。
「……戻ろうか。シャモ達に、このことを伝えないと」
「そうですね……これで、この星も平和になるといいんですが」
「なるさ。この星も……俺達の地球もね」
この甘さが、この厳しい時代の中で役に立ったことはほとんど無い。
だがそれでも、こんな時代だからこそ悟飯は人間らしい甘さを捨てたくないと思った。
――いつの日か故郷の地球を、「悪魔」から取り戻す為にも。