ドラゴンボールNEXUS 時空を越えた英雄 作:GT(EW版)
戦線から一時離脱し、ネオンのラボに戻ってきた悟飯は、まず最初に半壊したラボでも健在していた装置を見て安堵の息を漏らした。
しかし、時は急を要する事態だ。あの人造人間13号はネオンと超サイヤ人になったトランクスですらとても倒せる相手ではなく、このままでは全員やられてしまうのは時間の問題だった。
この悟飯の判断が、皆の命運を握っていると言っても過言ではない。それほど重大な責任を理解した上で、彼はここへ戻ってきたのだ。
「操作盤の……赤いスイッチだったな」
13号が現れる前にネオンが触っていた装置の操作盤へ駆け寄ると、悟飯は勝手の知らないコンソールパネルの中に一か所だけ色の違うスイッチを見つける。
これを押せば、装置は起動する。
緊張にごくりと息を呑む悟飯だが、すぐに覚悟を決めと躊躇わずにそのスイッチを押した。
一か八かの大博打だ。
そしてこれは13号のみならず、あの悪魔のようなサイヤ人を倒す為にネオンが作り出し、悟飯が追いすがった希望でもある。
悟飯がそのスイッチを押した瞬間、この部屋に据えられた球形の物体が淡く輝き――濁流のような光線が放たれた。
「っ!? ぐああああああっ!!」
暴力的な光線は、まるで装置からの攻撃を受けたのかと思ったほどだ。
その光を余すことなく全身に受けながら、悟飯は身体の内から沸き上がってくる過剰なエネルギーに苦悶の声を上げた。
(こ、これが大猿の力……! この力が、サイヤ人……っ!)
理性を保つのも精一杯な状態だ。それほどまでに、大猿化の際に浴びるブルーツ波の影響は悟飯の肉体と精神を急激に圧迫していた。
この力に負けてしまえば、自分自身があのブロリーと同じような怪物に成り果ててしまう感覚が心を支配する。
一瞬脳裏に過ったのは、金色の大猿となった自分が見境なく地球を襲い、破壊し回る姿だ。
しかしそのギリギリの精神の中で、悟飯は鋼の心で自らの変貌に耐えていた。
「ま……負けて、たまるか……!」
この力を、自分のモノにするのだ。
そして、この力を世界を救う為に使うのだ。
それが出来なかった、先人たちの代わりに。
ピッコロさんの代わりに。
お父さんの代わりに。
……その為に、自分は生きている。
その為だけにこうして生かされているのだという思いが、孫悟飯の心には常に纏わりついていた。
だから弱くても、弱みを見せることは出来ない。
誰よりも足掻き、誰よりも喰らいつき、誰よりも戦い抜いてみせると――学者への憧れさえ隅に置いて、彼はここまでたどり着いたのだ。
だから――
「――ッ!! ウガアアアアアア!!」
プツン、と悟飯は己の肉体に起こった決定的な変化を知覚する。
心が、獣になっていく。
これが、大猿化だ。
かつてベジータが地球を襲った時、一度だけ変身した形態。その感覚を、悟飯は野生動物の本能のようにそれを思い出した。
このまま身を委ねれば、自分はあの時と同じ変身をする。
しかし、それでは駄目だ。
大猿では悪魔には勝てない。
獣ではブロリーには勝てない。
自分が望むのは、獣を超越した戦士なのだ。
悟飯は光に抗い、もがく。
ただひたすらに、もがくことしか出来なかった。
苛烈な意識のうねりに嬲られながらも、光の波を掻き分けるように両腕をばたつかせてもがく。
そうして呻きながら、悟飯はゆっくりと目を開けた。
(これは――?)
おびただしい「力」の乱流に包まれながら、悟飯は見た。
それは走馬灯のように広がっていく光景であり、幻だった。
ピッコロ、ベジータ、天津飯、餃子、ヤムチャ、クリリン。
亀仙人、ウミガメ、ウーロン、プーアル、ブルマ、牛魔王、チチ。
これまでの人生で出会ってきた大切な人々の姿が、幻となって悟飯の前に浮かんでは消えていく。
それらの幻が、何を意味しているのかはわからない。
ただ悟飯は崩壊していく理性に抗うように、無我夢中で手を差し伸ばし――その腕を、山吹色の道着を纏った青年が掴んだ。
その青年の姿を見て驚愕に目を見開く悟飯に、青年は優しいも強い声で、激励するように言い放った。
――もっと自分の力を信じろ! 今のおめえは、宇宙で一番強ぇんだ!
「お父さん……っ、ぐっ! おおおおおおおお!!」
脳内に響いた幻聴のような声は、大猿という獣になろうとしていた悟飯の理性をこの場所に繋ぎ、悟飯はハッと我に返って自身の肉体に溢れる過剰なエネルギーを取り込もうとする。
そして、思い出す。
『最初は普通の状態で過剰なブルーツ波を浴びて、サイヤパワーの増幅が身体の限界に達した瞬間、大猿の代わりに超サイヤ人に変身するんだ』
ネオンが言っていた、超越形態への可能性を。
彼女の言葉を思い出し、心の中で何度も反芻しながら悟飯は自身に宿る力の全てを解放し、歯を食いしばる。
獣ではない、黄金の戦士。
ブルーツ波の奔流の中で黄金色の光を放つ悟飯は、超サイヤ人と化した状態で大猿の咆哮のような雄たけびを上げる。
――そしてその瞳が金色に輝いた瞬間、荒廃した地球の大地を神々しい光が覆い尽くした。
人造人間13号の猛攻は、やはりネオンとトランクスの二人で凌ぎ切れるものではなかった。
ベビーの力を解放したネオンでさえも13号の足止めは困難を極め、とうとうその防衛線を突破されてしまう。
トランクスとネオンの二人を力任せに弾き飛ばしながら、13号はその右手にエネルギーボールを生成し、二人の後ろにあるラボに目掛けて突っ込んでいく。
ネオンの予想通り、彼が今最も警戒していたのは自身を一度滅ぼしかけたリベンジデスボールの存在にあった。
しかし、だからと言って、悟飯のことを全く警戒していないというわけではもちろんなかったのだ。
不自然に戦線を離脱した彼と、そんな彼の向かった先を守るように立ち塞がる二人。その状況を見れば、悟飯の向かった先に何かがあると思うのは当然の思考だろう。
人造人間故に、彼の判断にはフリーザのような慢心はない。
機械的な判断から自身を害する危険性を徹底的に排除し、自身の勝率を100%へと的確に導いていく。
ネオンもトランクスも、この状況において彼のような敵を相手にするのはあまりにも相性が悪すぎた。
だがそれでも、少年トランクスの戦意は衰えてなかった。
「悟飯さんの邪魔は……させない!」
13号に叩き落され地面に墜落していったネオンを脇目に、トランクスは力で劣ることを承知の上で13号を追い掛けていく。
一秒でも長く、師の為に時間を稼ぐ。ネオンから悟飯の狙いを伝えられていたトランクスは、彼ならば必ず成し遂げてくれる筈だと、一切疑うこと無く彼の判断に賭けていた。
しかしラボに目掛けて突撃していく13号のスピードに、トランクスが追いつくことは出来なかった。
13号がその手に生成したエネルギーボールを投擲し、ネオンのラボを爆炎に包み込んだのである。
彼が到着した頃には既に、悟飯が居たラボは呆気なく消滅していった。
「ああ……!」
無情な結末に、トランクスは絶望の声を漏らす。
止められなかった――遅れて体勢を立て直したネオンも猛スピードで13号を追い掛けてきたが、彼女も苦渋の表情を浮かべていた。
ラボは消滅し、装置も砕け散った。悟飯もまたその中で――
悪魔に対抗する最後の切り札が潰えたと愕然とした瞬間、それは起こった。
「何!?」
最初に驚きの声を上げたのは、彼らの希望を破壊した側である人造人間13号だった。
そしてトランクスとネオンもまた、今しがた広がっているその光景に絶句する。
崩壊したラボを覆っていた爆炎――それを突き破るようにして、突如としてこの大地を覆い尽くすかのように大きな光の柱が立ち昇ったのである。
「こ……これは、悟飯さんの気!?」
「私にもわかるよ……なんて力だ……」
光の柱から感じたのは、今までトランクスが感じたことの無いおびただしい「気」の量だった。
荒々しく、暴力的で……しかし精錬と研ぎ澄まされている、果てしなく大きな「気」の奔流である。
それは超サイヤ人状態の孫悟飯を、明らかに超越したエネルギー総量だった。
『……あれが、真のサイヤパワーか』
「成功した、の……?」
その光景を見て、ネオンが疑うような声で呟く。
感じられる「力」があまりにも圧倒的すぎて――自身の想定さえ遥かに上回っていたとでも言うように、彼女もまた言葉を失っていたのである。
光の柱は天空へと拡散していき、地球全土が黄金色の光で満たされていく。
それは、悟飯の身体から放出される「気」の嵐だった。
尋常ならざる「気」の放出量は、放出を止めた今でも光の帯として空中を乱舞している。
まるで突如として地上に小型の星団が出現したかのような光景に、誰もが驚愕を禁じえなかった。
他ならぬ、悟飯自身でさえも。
「ソンゴハン……!」
13号の忌々しげな視線が、瓦礫の上に仁王立ちしている
それは、ネオンとトランクスも同じだった。
「す、凄い……!」
「あれが、超サイヤ人を超えた超越形態の姿……?」
二人が漏らす感動の声と、疑問符の声。
対峙する人造人間は半壊した顔に青筋を浮かべ、その身体に赤色の光を纏った。
「超越形態ダト? ソンナモノガ、私ニ通ジルモノカ!」
一段も二段も次元を飛び超えたような迫力を静かに放っている悟飯に対抗するように、13号が自身の内なるエネルギーを最大限まで高めていく。
瓦礫の上に立つ悟飯はバーナーのような赤い光に覆われた13号の姿を
「ッ!?」
地上から跳躍した悟飯が黄金色の帯を引きながら接近し、13号の首を掴んで雲の上へと飛び出していったのである。
あまりのスピードを前に、取り残される形となったネオンとトランクスは慄然と戦いの行方を振り仰いでいた。
――一体、何が起こったと言うのだ!?
13号は突如として桁違いに戦闘力を飛躍させた孫悟飯の手に首を掴まれながら、有り得ない状況に狼狽えていた。
戦闘力ではこちらが圧倒していた筈だ。彼の攻撃ではドクター・ゲロに作られた装甲はビクともせず、逆にこちらの攻撃は彼に大打撃を与えていた筈だった。
圧倒的な戦闘力差が彼と自分にはあった。
それが今は、こちらの方が力負けしている……!
機械であるが故に、彼の手に拘束された13号は認めたくなくとも理解してしまう。
今の黒髪金眼の孫悟飯は、これまでの超サイヤ人とはあまりにも違う。違い過ぎていると。
「ハ、離セ! デッドリィボンバー!!」
首を掴まれながら雲の上へと飛び出した13号は、その両手から放つ赤い光弾を悟飯に浴びせ、吹っ飛ばす。
S.Sデッドリィボンバー――いくら不可思議な力を身につけたとは言え、自身最強の技を至近距離から受ければ一溜まりもない筈だと。そう判断したが故だった。
13号は彼を吹っ飛ばしたことで拘束から解かれた首を振りながら、敵に着弾し大爆発を上げた光弾へと目を向け、ニヤリと口元を歪める。
そして13号がとどめを刺すべく追撃を放とうとした次の瞬間――爆煙を突き破って現れたのは、黒髪を逆立てた青年の姿だった。
――無傷だと!?
至近距離からのS.Sデッドリィボンバーを諸に受けても、孫悟飯はまるで堪えた様子もなく切迫してくる。
13号が人間であったなら、動揺で身動きも出来なかっただろう。それでも素早く構え直し、迎え撃とうと動けたのはひとえに彼が当代最強の人造人間だからという自負でもあった。
しかし。
「でりゃあ!!」
「グッオオオ!?」
悟飯の拳と13号の拳が正面から交錯した瞬間、13号の右腕が粉々に砕け散った。飛び散っていく自身のパーツを視界に映しながら、13号は驚愕に目を見開く。
しかし、悟飯の攻撃はそれで終わりではない。13号の拳を粉砕して尚有り余る威力で突き出された拳がその胸を貫通すると、すかさず二撃目に放たれた回し蹴りが13号の身体を彼方へと吹っ飛ばしていった。
――ドクター・ゲロ……この男は計算で測れる人間ではない。
既に焼き切れようとしている思考回路の中で、13号は敵の実力を、敵が秘めていた可能性を大きく見誤っていたことを今一度理解する。
油断は無かった。慢心も無かった。
しかし孫悟飯という青年の潜在能力を、彼はそれでもまだ過小評価していたのだ。
それは、彼を作り出した狂気の科学者、ドクター・ゲロも同じだった。
――
創造主に対する警告のメッセージを特殊電波に乗せて転送した後、13号は各所から火花が飛び散っている自身の身体を立て直し、再び空へと舞い戻る。
しかし決死の覚悟で挑んでいく13号が黄昏の空に見たのは、その両手に太陽の如き膨大なエネルギーを集束させた、計測不能な力を持つ超越戦士の姿だった。
そしてそれは、彼がこの世で目にした最後の景色となる。
「10倍! 魔閃光ーーッ!!」
光点は一条の光の渦となって瞬き、解放された豪流の中に13号の肉体が為すすべなく飲み込まれていく。
それはネオンの放ったリベンジデスボールという一撃よりも、遥かに密度の高い「気」の熱量だった。
断末魔を上げながら、今度こそ塵一つ残らず消滅していく中で13号は幻影を見る。
――それは、いつかこの孫悟飯やブロリー達さえも打ち破り、自身の野望を成就させてみせる創造主の姿だった。