ドラゴンボールNEXUS 時空を越えた英雄   作:GT(EW版)

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絶望への反抗! サイヤとツフル

 孫悟飯にとって、そこは思い入れの深い場所だった。

 特徴的な植物がまばらに聳え立っている荒野――それは悟飯が幼少の頃、師匠のピッコロに無理やり連行され、初めて修行をつけてもらった場所でもある。

 当時はピッコロのことを緑色の怖いおじさんだと認識し、厳しい修行に音を上げては泣いてばかりいた記憶がある。しかし同じ時間を過ごしていく内に段々と彼の人物像がわかり、自然と親しみを感じるようになったことを覚えている。

 

 ピッコロは確かに厳しくて怖いところもあったが、本当は優しく、寂しがりな師匠だったのだ。

 

 魔族の大魔王によって新しい大魔王となるべく生み出された彼は、心のどこかではそんな自分の運命を呪っていた。出会う人間は誰一人としてまともに口を聞いてくれず、彼にとっては孫悟空という父の仇を討つという使命だけが心の拠り所だったのである。

 しかし、そんな彼は孫悟飯という弟子を育てている中で、彼自身にその自覚があったのか定かではないが、初めてピッコロ大魔王ではない、自分自身の目標を手に入れた。それは「弟子を立派な魔族にする」という、言ってみれば少々歪な目標でこそあったが、紛れもなく彼自身の抱いた明確な望みだった。思えば、それが後にピッコロの心を変えることになった最初の切っ掛けだったのかもしれない。

 

 そんな師匠――ピッコロの姿が今、青年となった悟飯の目の前にあった。

 

 彼らが今立っている場所は、悟飯が初めて修行をつけてもらった思い出の場所である。

 

「ピッコロさん!」

 

 ――ピッコロは、もう何年も前にこの世を去っている。

 

 悟飯を守る為に、ブロリーに挑んで勇敢に散ったのだ。そんな彼の勇志を、悟飯は一度たりとも忘れたことがない。

 死んだ筈のピッコロさんが、目の前に居る――それはつまり、人造人間との戦いで自分も死んだと言うことなのだろうか。

 しかしそのような思考が頭に過る前に、気づけば悟飯は彼の名前を呼びながら走り出していた。

 

 ピッコロは昔と変わらない姿で、悟飯に背を向けながら佇んでいる。

 

 近づきながら何度も呼び掛けるが、彼は振り向かない。

 ピッコロさんにもう一度会いたい……もう一度会って、話をしたい。彼の背中を見つめる悟飯の心には、少年時代と何も変わらない感情が宿っていた。

 

 そんな思いで悟飯が彼の背中へ手を伸ばした時、彼は初めて振り向き――叫んだ。

 

「来るな! 悟飯ッ!!」

「……え」

 

 瞬間――振り向いたピッコロの胸板を、光の刃が貫いた。

 

 そしてピッコロは悟飯の姿を最後にその目に映しながら、糸が切れたように崩れ落ちる。

 倒れ伏した彼の後ろには、一人の男が佇んでいた。

 

「貴様ぁっ!」

 

 ようやく再会出来た師匠を目の前で倒された怒りから、悟飯は我を忘れて超サイヤ人に変身する。

 しかし彼を光の刃で突き刺した人物の顔を見た時、その熱情は一瞬にして急冷され、悟飯は信じられないものを見る目で声を上げた。

 

「そんな……っ」

 

 その男の姿は、その男の顔は――悟飯にとってピッコロと同じぐらい大切で、大好きな「父親」そのものだったのである。

 

「……おとう、さん……?」

 

 生前と同じ顔をしたその男は、しかし生前の山吹色とは違う「黒い」道着を身に纏っている。

 その手から放つ光の刃でピッコロを貫いた彼は、自身の姿を茫然と見据える悟飯の姿を、悲しげな目で見下ろしていた。

 孫悟空――心臓病でこの世を去った筈の悟飯の父親は、生前には見せたことの無い表情で静かに言い放つ。

 

「こんな世界が何になるというのだ……我々がどう足掻こうと、全王の手で消される世界などに……」

「お、お父さん……何を……」

 

 孫悟空の姿をした男が孫悟空の声を放ちながら、孫悟空らしからぬ言葉を呟いて桜色の眩い閃光を放つ。

 薔薇のような髪をした彼が放つ圧倒的な光の奔流は悟飯の超サイヤ人とは比較にならず、あのブロリーさえも凌駕しているのではないかと思えるほどに強大なものだった。

 目を開けていることも出来ない閃光の中で、悟飯は現実に居る自身の意識が徐々に覚醒していくことを知覚していた。

 そんな悟飯の脳裏へ最後に刻み付けるように、父親の声は厳かな口調で言い残した。

 

『運命を変えろ、孫悟飯。全王にもこのオレにも屈しない未来を、お前の手で切り開け』

 

 ――何も出来なかった、オレの代わりに。

 

 何かに絶望したような悲しさが、そこにあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っ!」

 

 簡素なベッドの上で目を覚ました悟飯が初めて見たのは、宇宙船の中とも実家とも異なる見覚えのない天井だった。

 同時に全身から痺れるような痛みを感じ、特に左腕からは神経が焼き切れるような激痛が走った。誰かが手当てしてくれたのだろうか、その左腕には丁寧にも厳重なギプスと包帯が巻かれていた。

 

 しかし、ここはどこなのだろうか?

 

 人造人間13号という強大な敵に追い詰められ、身動き出来なくなった自分をトランクスに助けてもらったことは覚えている。そしてその直後、ネオンが元気玉のような巨大なエネルギーボールを放ち、13号の身体を飲み込んだことも。

 

 どうやら自分は、戦いの結末を見届ける前に意識を失ってしまったようだ。

 その事実を情けなく思いながら、悟飯は上体を起こし、今一度周囲の状況を確認した。

 

「ここは……病院か?」

 

 病院にしてはお世辞にも清潔感があるとは言い難いが、少なくともここが自分の知る部屋ではないことは確かだった。

 窓ガラスも無い六畳程度の部屋の中に、自身の眠る簡素なベッドが一つだけ置いてある。そんな殺風景な室内を見渡していると、程なくして部屋のドアがガチャリと音を立て、一人の女性が入室してきた。

 土足ながらゆっくりと歩を進める姿からは出来るだけ物音を立てないようにとこちらへの配慮が読み取れたが、ベッドから身を起こした悟飯の姿を確認した途端彼女は「わっ」と声を上げて目を見開いた。

 

「びっくりしたぁ……もう起きているなんて、凄い回復力だね」

「ネオンさん……?」

「おはよう。私のことを覚えているってことは、記憶障害とかの心配はなさそうだね」

 

 目が覚めた悟飯に対して穏やかに頬を緩めながら、女性――ネオンが挨拶を交わす。

 彼女の口ぶりからすると、やはりこの身体は思っていた以上に重傷を負っていたようだ。

 

「俺は、どれくらい寝ていたんですか……?」

「丸三日、意識不明の重体だったよ。寧ろ普通なら助からない怪我だったっていうか……特に左腕なんて、切断まで紙一重のところまできていたし」

「そ、そうだったんですか……」

 

 あの戦いから既に三日も経過していた事実に息を吞む悟飯だが、それを聞けば次に思い至るのは敵の状態とこの場には居ない弟子の安否だった。

 痛む身体を起こして彼女の目を見つめながら、悟飯が問い掛けネオンが答える。

 

「アイツは、どうしました?」

「人造人間13号なら、私の切り札でちゃんと倒したから安心して。君の弟子君も、今の君よりずっと元気だよ」

「そうか……良かった。本当に、ありがとうございました」

 

 どうやら彼女の必殺技は無事に命中し、あの恐ろしい敵を葬ってくれたようだ。そして何より弟子のトランクスが無事だと聞いて悟飯は安堵の息をつき、改めて彼女に礼を言った。

 気絶する直前に見た彼女の必殺技――リベンジデスボールと呼んだ凄まじい一撃を脳裏に思い起こしながら、悟飯は自分には無い「格上の敵に通じる技」を賞賛した。

 あのような技が自分にも使えればというのが、今後の悟飯における課題の一つだった。

 

「俺は一瞬しか見ることが出来ませんでしたが、凄い技でした。貴方が居なかったらどうなっていたか……こうして、治療までしていただいて……」

「それは、お互い様だよ。君達が居なかったら、アレを撃つ前に私がやられていた。あの時の戦いは、私達みんなで掴んだ勝利なんだ」

「……ありがとうございます」

「それと、君の治療をしたのは私じゃなくてちゃんとしたお医者さんだからね。この町に居るから、後でお礼を言っておいて」

「そうだったんですか。でも、町か……まだ、ちゃんとした町が残っていたんですね」

 

 イレギュラーの続いた初めての共闘であったが、結果的に見れば悟飯達は戦いに勝利を収めることが出来たと言える。

 一先ずは心を落ち着かせようとする悟飯だが、そうなると今自分が寝かされているこのベッドがどこにあるものなのかが気になった。

 

 地球にある大半の町は、あのブロリーやパラガスの率いる帝国によって蹂躙されてしまった。

 

 そんな中でもまだ、こうして三日間も落ち着ける場所が残っていたことに悟飯は驚いていた。

 極端に総人口が減っているこの時代、町として機能している場所など残されていないと思っていたのだ。

 悟飯がそう言うと、ネオンがどう説明したら良いものかと言葉に詰まりながら、自分達が今居るこの町について言い辛そうに頬を掻いた。

 

「いや、ちゃんとした町……って言うのはちょっと違うかな? 今私達が居るこの町は、ちょっと特殊な場所でね。今君の弟子君がセンズ?っていう薬を探しているみたいだから、君も動けるようになったら外に出て見ておくといいよ。きっと、驚くと思う」

「そうですか……」

 

 どうにもこの町には何か、普通とは違う秘密があるようだ。ネオンの言い方に些かの興味を引かれた悟飯であったが、生憎にも今の身体では満足に歩き回ることも出来そうになかった。

 カリン塔で栽培されている仙豆さえあればすぐにでも回復出来ると思い、トランクスは出掛けたのであろう。なんとも師匠思いの良い弟子で、兄思いの弟だと悟飯は思った。

 

 そんな幼き戦士は今や超サイヤ人に目覚め、自分と同じ領域で戦えるようになった。

 

 しかし、この地球にある恐るべき脅威との戦いは、そんな彼が加わっても尚苦難が予想された。

 

「……パラガスの帝国は、あんな敵ばかりなのでしょうか」

 

 ブルマの話によれば、悟飯達が修行の旅に出掛けていた間、ネオンはこの地球で一人で戦い続けていたとの話だ。ならば、自分達よりも今の地球の内情には詳しいと思い、彼は訊ねた。

 あれほどの力を見せつけてきた人造人間のように、パラガスの帝国には超サイヤ人でも歯が立たないような敵が多数存在しているのだろうかと。

 

 ……もしそれが事実なら、状況はあまりにも絶望的すぎる。

 

 神妙な表情を浮かべる悟飯の口から放たれた問いに対して、ネオンは数拍の間を空けて苦笑を返し、ベッドの傍らに見舞い用の椅子を置いてその上に腰を下ろした。

 

「敵の強さが、ショックだった?」

「……宇宙でたくさん修行して、ブロリーにも負けないように強くなったつもりでした。……だけど俺は、肝心のブロリーと戦う前にこのザマです。トランクスには聞かせられない話ですが……正直言って、落ち込みました」

「そうか……インフレーションって言うのかな、そういうの。確かに参っちゃうよね、ああいう化け物がウジャウジャ出てくると」

 

 悟飯はトランクスの師匠でいる間、これまで決して弱音を吐くまいとしてきた。悟飯の亡き師匠であるピッコロが、弟子の前では弱い姿を見せなかったからだ。

 悟飯にとって理想の師匠像とは常にピッコロにあり、彼こそを手本に青年時代を送っているつもりだった。

 しかし、今彼の前に居るのはあの人造人間を倒したネオンという女性だけで……彼女が自分よりもやや歳上そうに見えたこともあり、気づけば悟飯は何年ぶりかもわからない弱音を口溢していた。

 慰めてほしいわけでもないのに、話しているだけでも少しずつ楽になっていくような、不思議な気持ちである。

 

「ふむふむ。なるほど……」

 

 彼の言葉を真剣な表情で聞きながら相槌を打つネオンは、そんな彼のことを叱責することも、気休めの言葉を吐くこともなかった。

 ただ彼女は、今の悟飯が無意識化で内面に溜め込んでいる感情を察したように、穏やかな口調で応えた。

 

「私が見てきた中じゃ、流石にブロリー以外には前の奴ほどでたらめな敵は居なかったよ。ただまあ……今の実力で私や君がブロリーに勝てるかと思うと、はっきり言って無理だろうね」

「それでも、アイツは俺が倒さなきゃいけないんです!」

 

 人造人間13号ほどの強敵は、ブロリー以外には居ないだろうと。ネオンが知る敵の内情はほんの少しだけ慰めになったかもしれないが、それでも一点として光明を見出すことは出来ないものだった。

 

 だが、それでもやらなければならないのが孫悟飯の立場なのだ。

 

 父も師匠もベジータも、クリリンもヤムチャも天津飯も餃子も居ない。今は亡き彼らに希望を託された自分がブロリー達を倒さなければ、平和な未来は訪れないのだから。

 自分が死ねば、おそらくその役目はトランクスへと受け継がれるのだろう。人造人間13号との戦いで死を覚悟した悟飯もまた、一時はそれを選びかけた。しかし出来ることならば、そんな重荷を背負う役回りは自分の代で終わらせた方がいいに決まっている。

 ……だからこそ。

 

「どんな手を使ってでも、アイツらだけは……っ!」

 

 刺し違えてでも、あの悪魔だけは自分が葬らなければならないのだと悟飯は決め込む。

 生前のピッコロは、秘めたる力を隠し持っている自分ならば、それが出来る筈なのだと言っていた。幼少期の頃のように怒りによってこの力を解放しきれば、ブロリーとだって戦える筈なのだ。

 

「君は……」

 

 その力が思うように引き出せなくなったのは、いつからだろうか。潜在能力の頭打ちを感じ始めたのは、いつからだろう。

 怒っている筈なのに、仲間を殺した彼らを同じ目に遭わせてやりたいほど憎んでいる筈なのに……かつてのように爆発的な力の解放が出来ないもどかしさと焦燥感に、悟飯の心は襲われていた。

 今は重傷により身体が弱っているということも理由の一つなのだろう。目覚める前には妙な夢を見ていた気がすることと言い、この時の悟飯の心は酷く不安定だった。

 

「相当、追い詰められているね」

「……すみません」

「でも、そうやって悔しいと思える内は大丈夫さ。本当にマズいのは、何もかも無駄だって諦めてしまうことだから……君が諦めの悪い、いい子だっていうことはわかった」

 

 理想と現実の格差に取り乱してしまったことを恥じる悟飯に、ネオンは包み込むような優しい笑みを返す。

 そこで暗い空気になってきた部屋の雰囲気を変える為か、彼女は椅子から立ち上がり、彼に一つ吉報を告げた。

 

「幸いって言ったら不謹慎だけど、実は今、ブロリーとパラガスは地球に居ないんだ。二人とも他の星を侵略しに行ってて、どんなに早くても戻ってくるまであと五日は掛かると思う」

「二人の「気」を感じなかったのは、そういうことですか……」

「うん。それで、「センズ」っていうのがあれば、君の怪我もすぐに治るんだろう? 二人が戻ってくるまでの間は、この地球でみっちり鍛えるなりすればいい」

 

 この星を乗っ取った二人の悪魔は、現在この星を不在にしているとの情報だ。

 それは少なくとも彼らによってこの弱りきった状態を狙われる心配はなく、決戦まで五日以上の猶予を得たと言うことにもなる。

 しかし五日というその時間は、付け焼刃の修行をするにも短すぎると悟飯は感じた。

 

「……でも、トランクスはともかく俺はこれまでずっと修行を続けてきたんです。たった五日で、どこまで鍛えられるか……」

 

 宇宙で必死に修行を続けてきても、今の自分ではブロリーには勝てないと断言されてしまったのだ。そんな自分が僅か五日で急激なパワーアップを遂げるかと言えば極めて絶望的であり、悟飯は理性的であるからこそ厳しいと感じていた。

 俯くように紡がれた彼の言葉に対して、ネオンはおもむろに差し伸ばした左手で彼の右頬を触りながら、安心させるように言った。

 

「大丈夫だよ、悟飯。私達を信じて」

 

 ……まるで幼少時代、自分を甘やかしてくれた母親のような彼女の表情に、悟飯は思わず目を惹かれる。

 そんな彼女は凛とした瞳でこちらを見据えながら、はっきりと言い切った。

 

「ツフルの頭脳とサイヤの力が合わされば、どんな奴にも負けない。相手が悪魔でも、やりようはあるさ」

「ツフル……?」

『そういうことだ』

「? 今の声は……」

 

 右頬を触る彼女の左手から伝わってくるように、悟飯の脳内にネオンとは違う不機嫌そうな男の声が響いてきた。

 戦闘中にも幾度聴こえてきたその声について、彼女は改めて説明する。

 

「改めて自己紹介するね。私はネオン。そして、この子はベビー。ブロリーのような悪いサイヤ人を滅ぼす為に生まれてきた、ツフル人最後の希望さ」

『この俺の寛大さに感謝するんだな、サイヤ人ハーフめ。にっくき純血共を滅ぼすまでは、貴様に手を貸してやる』

 

 悟飯の頬から手を離した後、彼女から続けて差し伸ばされた握手の手は、ツフル人がサイヤ人に対して対等な同盟を結ぶという歴史上初の光景であった。

 

 

 

 

 

 




 未来悟飯が真面目に修行をしていたのに人造人間に勝てなかったのは、無自覚的ながらも精神的な支えを失ったことで心が追い詰められていたからなんじゃないかなぁと思っています。真面目さや理性的な性格が仇となったと言いますか、ある意味グレートサイヤマンになっちゃうぐらい吹っ切れたら覚醒出来たのではないかと。
 しかし、そんな悲壮感を抱えながらも前向きにカッコいい未来組が私は好きです(∩´∀`)∩

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