ドラゴンボールNEXUS 時空を越えた英雄   作:GT(EW版)

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最後の超越戦士編
トランクスと孫悟飯


 

 エイジ728。

 惑星プラントから、ツフル人が絶滅した。

 宇宙で有数の知能を持ち、高度な科学文明を築いていた高等生物がたった数日にして滅び去ったのである。

 それは、満月の夜のことだ。

 彼らを滅ぼしたのは夜空に咆哮を上げる大猿の群れ――ベジータ王率いる、戦闘民族「サイヤ人」の軍勢だった。

 

 やがてツフルの王を討ち取ったサイヤ人達は、惑星プラントに自分達が支配する新たな秩序を作り上げた。

 星の名前もまた惑星プラントから王の名を冠する「惑星ベジータ」へと改名し、勝利者たるサイヤ人達はツフルから奪った高度な科学力を用いて宇宙進出を開始することになる。

 

 ――しかし、彼らは知らなかった。

 

 ツフル人が絶滅する間際――ツフルの王が解き放った災いの存在を。

 

 ――寄生生命体「ベビー」の存在を。

 

 

 

 

 

 

 

    【 ドラゴンボールNEXUS(ネクサス) 】

 

 

 

 

 

 

 

 

 エイジ777。

 地球から遠く離れた銀河の彼方、そこに惑星クウラNo.99はあった。

 元々は「惑星シャモ」と呼ばれていたその星は、かつては銀河に君臨していた宇宙の帝王フリーザの管轄下にある惑星の一つだった。

 しかし支配者であるフリーザが十三年前に一人のサイヤ人によって討滅されたことを機に、今ではこの星を含む数多もの惑星フリーザは、フリーザに変わる新たな支配者の手で治められていた。

 

 新たな支配者の名は、クウラ。フリーザの実の兄に当たり、弟のフリーザをも凌ぐ強大な存在である。

 

 十三年前にリーダーを失ったことで路頭に迷うことになったフリーザ軍の残党達は、そんな彼を新たな主君として崇めることとし、クウラ軍の傘下に加わったのである。

 

 ――しかしこの日、この星を支配する彼らの軍団は滅亡の危機を迎えようとしていた。

 

 元フリーザ軍にしてクウラ軍幹部、ソルベの治めるこの惑星クウラNo.99に、他の星からやってきた二人の戦士が乗り込んできたのである。

 

 一人は「飯」というマークが描かれた山吹色の道着を纏った青年。

 もう一人は彼を師匠として仰ぐ青みがかった灰色の髪の少年だった。

 

 

「ひ、怯むなー! ここで食い止めるんだ!」

 

 二人の戦士がこの惑星で最も重要な拠点である通信施設の中へ堂々と侵入し、群がる雑兵達を徒手空拳で蹴散らしている。

 その歩みは数多の妨害をもってしても緩むことがなく、歳若い二人の戦士は着々と施設の長であるソルベの元へと向かっていた。

 

《ぐわああああっ!?》

《だ、ダメだ……! 手に負えねぇー!》

 

 スカウターから聴こえてくる兵達の声からは、阿鼻叫喚な現場の様子が窺える。

 この星では最重要機関であるこの施設には、比較的戦闘力の高い戦闘員が配置されていた筈だ。

 しかしその兵達の力さえも、二人の侵入者にはまるで通用していないのだ。それほどまでに、彼らの力は圧倒的だった。

 

「タ、タゴマ! シサミ! 頼むッ!」

「ああ」

「ふん、機甲戦隊を待つまでもない。今の俺達はあのザーボン様にも劣らんのだ。あんな奴ら、さっさと片づけてやる」

 

 たった二人で何が出来ると侮っていたが、これ以上の侵攻はまずいと、ソルベが縋る思いで腕利きの戦闘員に命じる。

 クウラ軍の傘下に入ったフリーザ軍残党兵の中では最高の戦闘力を持っている二人の戦闘員、タゴマとシサミである。

 彼らの戦闘力数値は既に2万を超えており、かつてフリーザの側近を務めていたドドリアやザーボンにも劣らない。いずれも並大抵の者は寄せ付けない力を持っているのだ。

 

 ――しかし、この星を訪れた二人の戦士はどちらも並大抵ではなかった。

 

 

「お前がリーダーのソルベだな?」

「くっ……もう来たか!」

 

 衝撃波によって施設の壁を豪快に突き破りながら、山吹色の道着を着た青年が姿を現す。そんな彼から数秒遅れて、青みがかった灰色の髪の少年がその横に降り立ってくる。

 そして黒い瞳でソルベを見据えながら、山吹色の道着の青年が一歩ずつ前に出てきた。

 

「ふんっ!」

 

 そんな彼の手から主君を守るように、目にも留まらぬ速さでタゴマが跳躍し、拳を握りながら飛び掛かっていく。

 しかし。

 

「がっ!?」

 

 タゴマの拳が到達するよりも遥かに速く、青年の振り上げた裏拳がタゴマの顎を殴打した。

 一撃を諸に受けたタゴマはサッカーボールのように地面を転がりながら弾き飛ばされていくと、壁の隅で止まったきり動かなくなった。

 

「タゴマを一撃だと!? そんな、馬鹿な……!」

 

 戦闘力2万を超えるタゴマが、まるでハエをあしらうかのように呆気なく倒されてしまったのだ。

 信じがたい悪夢のような光景に狼狽えるソルベだが、彼の悪夢はこれで終わりではない。

 

「はああっ!」

「ぐはっ……」

 

 青年の傍らから飛び掛かってきた少年が巨漢のシサミを翻弄すると、たった一発の蹴りに突き飛ばされたシサミが白目を剥きながら、ソルベの足元へと転がり落ちていく。

 

「ナイスだ、トランクス君」

「いえ……」

 

 小さな身体からは想像もつかないパワーで、少年までもフリーザ軍残党の最強格を倒したのである。

 その事実が、ソルベの心に堪えようのない絶望として押し寄せた。

 

「シ、シサミまで……!」

「お前達の負けだ。この星の人達を解放して、さっさと出ていけ!」

 

 今しがた力の差を見せつけたところで、山吹色の道着の青年が改めて降伏を命令する。

 朽ち果てた施設の中でじわりじわりと後ずさりながら、ソルベは苦渋の表情を浮かべた。

 

「ぐ……ぐぬぅ……!」

 

 ソルベの戦闘力は、タゴマやシサミよりも低い。既に勝機は完全に無くなっていたのだ。

 もはやここまでかと……既に現在の主君であるクウラに顔向け出来ない状況にまで追い詰められているソルベだが、その頭脳には命あっての物種だと考える冷静な思考があった。

 幸いこれまでの戦いでも部下達は殺されているわけではなく、全員を連れて撤退すればまた立て直すことが出来る。

 追い詰められながらも冷静な思考を巡らせたソルベは渋々ながらも彼の甘さにつけ込み、ここは一旦降伏しようと判断しかける。

 

 しかし、その時――ソルベはこの管制室の割れた窓ガラスの先にて、上空からゆっくりと降下してくる巨大な宇宙船の姿を横目に映した。

 

「なっ!?」

 

 ソルベのスカウターがその宇宙船に乗っている人物の戦闘力を感知した瞬間、爆音を上げて砕け散った。

 戦闘力50万まで数値化することが出来る最新のスカウターが、その人物の戦闘力を計測しきれずに故障したのである。

 

「悟飯さん、あれは……?」

「……強い気だ。どうやら、大物が来たみたいだな」

 

 宇宙船は基地の上空でピタリと静止すると、開かれた上部ハッチの中から三つの人影が渦を巻くように飛び出していく。

 そしてその三つの人影は、この基地の天井を突き破りながら一同の元へと猛スピードで降り立った。

 

「ブザマだな、ソルベ」

「サウザー様っ!」

 

 クウラ機甲戦隊――クウラ軍最強の部隊である三人の増援が、この基地に駆けつけたのである。

 サウザー、ドーレ、ネイズ。少数精鋭を好むクウラ直属の部下であり、その戦闘力は全員が10万を超え、かのギニュー特戦隊さえも凌駕している。

 ソルベからしてみればこの辺境の地に組織の長であるクウラが訪れたと言うのも予想外だが、彼らの登場もまたソルベには予想外であり、ただでさえ青い顔をさらに青くすることになった。

 だが、彼らがこれ以上なく頼もしい救援だということに変わりはない。一先ずはこれで助かったと……ソルベは事態の好転に安堵の息をついた。

 

「戦闘力5000だあ? お前ら、こんなゴミ相手に何やってんだ」

「おそらく、戦いの中で戦闘力が変化するタイプなのだろう。クウラ様をお待たせするわけにはいかない。三人で片を付けるぞ」

「へっ、運が無かったな。あんちゃん」

 

 山吹色の道着の青年の戦闘力をスカウターで測りながら腕を鳴らし、三人の精鋭が前に出る。

 そんな彼らを相手に山吹色の道着の青年は一歩前に出て、左手で制しながら傍らの少年を後ろに下がらせた。

 

「悟飯さん、俺も!」

「いや、君は下がってくれ」

「ふん……たった一人で我らに挑もうとは片腹痛い! クウラ機甲戦隊!! とうっ!」

 

 三人の精鋭がヒロイックなポーズを取り、超高速で散開する。

 一人一人が10万を超える戦闘力を持ちながらも、その動きに油断は無い。山吹色の道着の青年を四方から取り囲み、確実に叩きのめそうとしているのだ。

 そしてサウザーが顔を、ドーレが背中を、ネイズが腰をと青年の部位にそれぞれ狙いを定め、超音速の拳を突き出していく

 ソルベの目にはとても追うことが出来なかったが、一瞬で「決まった」と勝利を確信することが出来る攻撃だった。

 

 ――そしてその通り、次の瞬間には彼らの戦いは終わっていた。

 

 クウラ機甲戦隊の全滅という結果に。

 

「がっ……馬鹿な……! 貴様……っ、一体……?」

 

 サウザーに膝蹴りを、ドーレに肘打ちを、ネイズに右手の拳を。

 一瞬、青年の戦闘力を計測していた筈のスカウターが同時に爆発を起こしたその瞬間、三人が放ったどの攻撃よりも速く打ち出された青年の攻撃が、彼らの意識を一撃で刈り取ったのである。

 

「俺は孫悟飯……孫悟空の息子だ」

 

 僅かに意識が残っていたサウザーは、青年が自らの名を名乗った途端にその場に崩れ、動かなくなる。

 そして青年――孫悟飯は部屋の隅で怯え竦んでいるソルベには目も暮れず天を振り仰ぎ、穴の空いた天井から見える上空の宇宙船をきつく睨んでいた。

 

 戦いの最中からも彼の意識の大半は目の前の戦隊ではなく、上空に浮かぶ宇宙船の中に居る、桁外れの戦闘力の持ち主へと向けられていたのだ。

 

 

 

 

 

 この日もいつものように惑星を一つ荒地に変えた後、フリーザ軍残党の治める近くの辺境の星から何か、奇妙な戦闘力を感じた。

 それが何となく気になったのは天啓か、単なる気まぐれか。

 しかしこの星に立ち寄ったのは、結果としてみるならば正解だったとクウラは感じていた。

 自動操縦モードに切り替えた宇宙船の環境にて、今しがた三人の部下を瞬殺してみせた山吹色の道着の青年の姿をモニターに映しながら、クウラはゆっくりと玉座を立った。

 

「孫悟空……その名は確か、フリーザと親父を倒したサイヤ人の名前だったな」

 

 彼の纏う道着は、前に部下から手繰り寄せた資料で見たことがある。

 孫悟空――本名はカカロット。今は絶滅したサイヤ人の生き残りであり、13年前に北の銀河の地球に訪れた弟フリーザと、父コルドを破ったという戦士。

 そしておそらくは……惑星ベジータが消滅したあの時、クウラが見逃した赤ん坊と同一人物であろう。

 奇妙な戦闘力を追ってみれば、奇妙な人物と出会うものである。

 クウラは別段家族の仇討ちなどに興味はなく、フロスト一族の数少ない生き残りとして彼らの遺産を引き継ごうとする意識も無い。

 フリーザ軍の残党がクウラ軍に併合されたのも、勝手に擦り寄ってきた彼らを放置しているだけに過ぎない。

 クウラは組織の力など信じてはいないし、弟や父のような獰猛な支配欲も無い。

 ただ、一つ。

 彼は自分が宇宙最強であることを確信しており、そのプライドを汚す者は破壊し尽くすだけだった。

 

「ふん、面白い」

 

 一族の脅威として先祖代々伝えられてきた伝説の超サイヤ人の誕生にも悠然と構え、いつかその者が自分の目の前に現れるまでは気にも留めずに遊ばせていたが、そろそろこちらから動いても良い頃合いなのかもしれない。

 気晴らしに星々を破壊し回るのも飽きてきた。息子の首を手土産に、噂の超サイヤ人である孫悟空と戦う為に地球へ行くのも良いだろう。

 そんな思いを馳せながらコンピューターに命じ、クウラは宇宙船の上部ハッチを開けさせる。

 

 宇宙の帝王の兄と超サイヤ人の息子……二人の対決が、この惑星で繰り広げられようとしていた。

 

 

 

 

 

 

「悟飯さん……」

「トランクス君は離れていてくれ。奴は、普通じゃない」

「はい……お気をつけて」

 

 強くなった今だからこそはっきりとわかる、相手の力量。

 上空に浮かぶ巨大な宇宙船を見上げながら、孫悟飯はその中に潜んでいるとてつもない気配を感じていた。

 宇宙にはまだこんな奴も居たのかと……考え難いことに、気配の主はあのフリーザにも劣らない「気」を持っていたのだ。

 そして宇宙船の上部ハッチから満を持して現れた人影の姿に、悟飯は驚きに目を見開いた。

 

「フリーザ……!?」

 

 威圧的な鋭い眼光に、体毛の無い白い身体。

 その姿はまるで、かつてこの宇宙を恐怖に陥れたフリーザに瓜二つだったのである。

 凶悪な気配の持ち主である彼が宇宙船から跳び上がると、両腕を組みながらゆっくりと悟飯達の元へと降下してきた。

 

「フリーザの最終形態を知っているか。貴様が伝説の超サイヤ人の息子だというのは、どうやら本当らしい」

「お前は……何者だ?」

 

 彼の発する憎たらしい声色もまた、フリーザのものに酷似している。

 しかし近くでその姿を確認したことで、その姿がフリーザとは似て非なる別人のものであることが明らかになる。

 背丈はフリーザの最終形態よりもやや大きく、体色もまた白と言うよりも紫色の比率の方が多いだろう。

 そんな彼は地に足を着けて悟飯と向かい合い、自らの正体を堂々と明かした。

 

「俺の名はクウラ。貴様の親父が殺した、フリーザの兄だ」

 

 フリーザに似た強力な気配に、姿。

 彼の口から放たれたのは、悟飯が抱いていた疑問を一発で解消する言葉だった。

 

「なるほど……道理で似ているわけだ。それで、お前はフリーザの復讐に来たのか?」

「ふん……ここに来たのはただの気まぐれだ。俺は弟が誰にやられようと知ったことではない」

 

 フリーザの兄ともなればこれほどの「気」を持っているのも、姿が似ているのも納得だ。

 今ここで兄が弟の無念を晴らそうと言うのなら、非常にシンプルでわかりやすい話である。しかしそんな悟飯の問いを、クウラは否定した。

 

「だが、同じ一族の者が下等生物如きに敗れたなど……俺のプライドが許さん。丁度いい機会だ。貴様の首を手土産に、地球に居る超サイヤ人とやらを殺しに行くとしよう」

 

 クウラが不敵な笑みを浮かべたその瞬間、彼の身体からおびただしい「気」の奔流による紫色のオーラが渦を巻く。

 そのエネルギーに圧されまいと踏ん張りながら、悟飯もまた内なる「気」を解放した。

 

「……そうか。それは、おっかない!」

 

 そして、二人の戦士が激突する。

 クウラと悟飯が同時に地を蹴った瞬間、互いの右腕が交差し、余波だけでこの施設を粉々に崩壊させていった。

 崩れ落ちていく塔を背景に、悟飯とクウラは舞空術によって上空へと飛び出し、壮絶な格闘戦を繰り広げた。

 

「ふんっ!」

「だああっ!」

 

 互いにダメージを避けながら拳を打ち付け合い、時に蹴り上げ、蹴り返す。

 一方がもう一方を圧倒するということはなく、激しい空中戦が繰り広げられていく。そんな二人の攻防は、両者の実力が拮抗していることを意味していた。

 やがて互いのオーラの色で糸を引きながら空中で激突した二人が、左右に弾かれるように二方向へと降下していく。

 

 そこは二人の戦いの余波で薙ぎ払われた木々に囲まれた、湖の上だった。

 

「まさかな……我が一族以外の人間が、ここまでやるとは思わなかったぞ」

 

 弟と同じく、自分の実力に絶対的な自信があるのだろう。戦闘が始まって数分が経過しても決定打を与えられない状況に、意外そうな様子でクウラが悟飯の実力を賞賛する。

 互いにまだ様子見の状態であることを分かった上でそう言う彼に対して、悟飯が白々しい奴だと舌を打つ。

 

「まるで本気を出していないくせに、よく言う」

「これから少しずつ見せてやろうと思っているが……貴様も同じだろう?」

「さあ、どうかな?」

「舐めた小僧だ。だが俺は弟とは違い、敵を軍門に誘うことはしない。貴様には、俺の楽しみの為に死んでもらうぞ」

「む?」

 

 一瞬、クウラの姿が視界から消える。

 次の瞬間には悟飯の腹部に彼の右膝が突き刺さり、その次には背中から振り下ろされた彼のハンマーパンチによって、悟飯の身体は大きな水しぶきを立てて湖の中へと叩き落されていった。 

 そんな悟飯を追ってクウラも湖の中へと飛び込み、戦闘は水中戦へと移る。

 悟飯の肘打ちがクウラの胸板に突き刺さり、クウラの尻尾が悟飯の首を狙う。

 しかしそれを寸でのところで両手で掴み取った悟飯がクウラを尻尾ごと乱暴に振り回し、湖の中から投げ飛ばした。

 さらにそこへ、悟飯が追撃の気攻波を加える。

 

 ――魔閃光!!

 

 今は亡き師匠から教わった、孫悟飯の得意技である。

 両手から放たれた光の一撃が空中に打ち上げられたクウラの身へと襲い掛かり、おびただしい震動と共に爆発を上げた。

 

「ふん……」

 

 並大抵の者では、それこそクウラの部下達ならば塵一つ残らないであろうほどの凄まじい威力だった。

 しかし、爆煙の中から出てきたクウラの白い姿には大きな損傷も無く、その表情に焦りは無かった。

 

「ふう……」

 

 湖の中から飛び出した悟飯が右腕で額を拭いながら、水面に浮かぶ岩の上へと降り立つ。

 そして引き締めた表情で敵の姿を睨み、敵もまたこちらを睨み返した。

 

「戦闘力で言えば300万以上は確実か……中々どうして、楽しませてくれるぜ」

「そいつはどうも」

 

 クウラがこれまでの悟飯の戦いぶりを賞賛し、悟飯がそれを無表情で受け取る。

 しかしその発言が彼の余裕を表していることに、悟飯は気づいていた。

 そしてこれから、自分達にとっての「本当の戦い」が始まることに。

 

「一つ」

 

 人差し指を一本立て、クウラが言う。

 

「あと一つだけ、俺は弟より多く変身を残している。弟の変身を知っているのなら、この意味がわかるな?」

 

 彼の弟であるフリーザは変身する度にパワーを増し、その戦闘力を爆発的に上昇させていた。

 子供のような姿をしている第一形態に、巨漢の姿をした第二形態、怪物的なエイリアンのような姿の第三形態に、無駄を削がれたスマートな第四形態。今のクウラはこの内の第四形態に当たり、フリーザにとっては最強の変身形態だった。

 しかし兄である自分はさらにその先の――第五形態に変身することが出来るのだと、クウラが告白する。

 昔であれば、その発言は悟飯を絶望の底へ叩き落すにはあまりに十分すぎるものだったことだろう。

 今この時、悟飯の脳裏に過ったのは幼年期の頃の記憶――自分の力では為す術もなく、師匠や友達が倒れていく姿をただ見ていることしか出来なかった苦い思い出だった。

 

 だが今の――青年になった孫悟飯は違う。

 

「……そいつは、奇遇だな」

「なに?」

 

 自らの絶対的優位を確信しているクウラの前に、今度は悟飯が告げる。

 

「俺も一つだけ変身を残しているんだ。父さんと同じ、変身を」

 

 両手に拳を作り、大きく息を吸い込む。

 黒髪が逆立ち、彼の体内の「気」が充実し、一気に膨らんでいく。

 その瞬間、悟飯の立っていた岩は粉々に砕け散り、周囲の水は渦を巻くように割れていった。

 

「はあああ……! だああああっっ!!」

「――ッ!?」

 

 気合いを込めた咆哮を上げたその時、孫悟飯の姿は変わった。

 逆立った髪の毛は光のような黄金に。

 自らの敵を見据えた瞳は、氷のように冷たい青色に。

 

「なんだ……? その変わり方は……!」

 

 全身から迸る圧倒的なオーラの色は、その髪と同じ黄金の色へと変わっている。

 眩く美しいながらもおびただしい威圧感を放つその姿にクウラは驚き、そして悟飯が心なしかトーンの低くなった声で言い放った。

 

「これがお前の戦いたがっていた伝説の戦士……(スーパー)サイヤ人だ!」

 

 かつて宇宙を荒らし回っていた戦闘民族サイヤ人。その中で千年に一人だけ現れると伝えられていた最強の戦士――フリーザが恐れ、その命を葬ったのもまた同じ。

 実在した伝説、(スーパー)サイヤ人となった孫悟飯の姿に、クウラは忍び笑いを漏らした。

 

「なるほど……父親が噂の戦士なら、子も同じなのは道理か……ククク、いいだろう。孫悟空の前哨戦にはこれ以上ない相手だ!」

 

 孫悟空の存在を知っているらしい彼も、その息子まで伝説の戦士だったとは思わなかったのだろう。

 しかしその誤算に動揺するどころか、願ってみない僥倖だとばかりにクウラは笑った。

 そして彼もまた、対抗するように自らの力を完全解放した。

 

「父親の前に見せてやろう! この変身を見せるのは貴様が最初だ!」

 

 身体中の筋肉が膨張し、細身な体型が一気に巨大化していく。

 変形した頭部から四本のツノが生え、両腕からはそれぞれ一本ずつブレードのような突起が伸びていく。

 おびただしく増大していく気に伴い、曲線的なシルエットは刺々しく鋭利へと変わった。

 

「……凄い気だ。悪い奴じゃなかったら、頼もしい力になったのにな……」

 

 彼の変身を青い双眸で見つめながら、悟飯が遠く離れてしまった故郷を思い呟く。

 フリーザ以上のとてつもない強さ――それは間違いなく、この宇宙でも有数の戦闘力だった。

 凶悪な眼光は真紅に染まり、これから始まる虐殺に思いをはせるような笑みを浮かべながら、最終形態への変身が完了したクウラが高らかに叫ぶ。

 

「さあ、始めようか!」

 

 口元を隠すようなマスクが音を立てて締まり、戦いの続きが始まる。

 宇宙の帝王の兄と宇宙の帝王を破った戦士の息子。お互いに本当の力を見せた二人の衝突に、この星の大気は恐怖に震えた。

 

 

 






 未来悟飯には幸せになってほしかった……というつもりで書いていきます。


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