先生が鎮守府に着任しました~おバカんむすとの日常~ 作:おでんだいこん
自宅に国家機密の通告書が届いて一ヶ月。
僕は横須賀の地に立っている。
生まれてこの方大阪からほとんど出たことのない僕は当然右も左も分からない。
渡辺海軍省教育局局長は、
「駅まで迎えをよこす。」
と言っていたが特にそういう人がいるようには感じられない。
待ち合わせ時間より10分早いからだろうか。
改札を出てすぐ横に灰皿が置かれている喫煙所があったので一服して待つことにしよう。
空は僕の転勤を祝ってくれているかのように青々と広がっている。
地元大阪のアホの友人前田君は、
「せっ、餞別。よかったら道中で食べて!。」
となぜか伊勢名物の赤福をくれた。
赤福とは弁当箱ぐらいの大きさの箱の中に餅が敷き詰められその上にこれでもかとこしあんが塗りたくられた名物お菓子である。
よりにもよってこれを餞別に選ぶあたりさすが前田君としか言いようがないし、こいつなんやねんと思わずにはいられなかった。
大阪を出立しさっそく食べてみたがまあ喉が渇くこと。
まさか京都に着く前に水筒の中を全て飲みきってしまうとはとんだ誤算であった。
名古屋、静岡間はぐずついた天候であったが箱根の山を越えるとすっきりと晴れ渡った。
「中島さんでしょうか・・・?。」
一服を終え、再び改札付近で待ちぼうけていた僕の背中越しに女性の声が聞こえた。
「はい!。」
不意を突かれたかっこうだったので思わず大きな声が出た。
「よかった。横須賀鎮守府の者です。車を用意しておりますのでどうぞこちらへ。」
促される先には黒塗りの車が停まっていた。
スラリとしたやや長身な体型、大きなメガネ、長い黒髪が印象的な人である。
青と白を基調としたセーラー服がいかにも海軍らしい、履いているスカートの丈の短さが若干目に毒ではあるが・・・。
彼女が車のトランクをあけ僕の手荷物を受け取ってくれる、そして助手席のドアを開けもてなしてくれた。
なんとも帝国ホテルにでも泊まったような気分だ。
その彼女が運転席に座ると車は静かなエンジン音をたて出発した。
「横須賀は初めてですか?。」
車窓を流れる横須賀の風景をキョロキョロ見渡している僕を見てクスッと微笑みながら聞いてきた。
「はい、横須賀どころかほとんど大阪から出たことがないもんで。」
「そうなんですか。私もこの横須賀から出たことがありませんし、きっと大阪に行くと緊張するんでしょうね。」
微笑みながら話す彼女の横顔はなんとも綺麗である。
車は街中心部にある駅からおそらく東南の方角に向かって走っている。
少し外の風を入れようと小さめに開けた窓からはわずかながらではあるが潮の香りが混じり、ここがあらためて海と密接な関係にある土地というのを感じさせてくれる。
それに軍需施設が多い土地ということもあって道路のほとんどが舗装されているのも驚きだ。
そのような道を彼女は実に手馴れたハンドル操作で車を走らせる。
残念ながら僕の地元にこんな美人はいない。
隣に住んでいる幼馴染の美代ちゃんなんかこないだ鼻くそが飛び出ていたが平気な顔をして往来を闊歩していた。
とても同じ若い女性とは思えないな・・・。
「到着にもう少し時間がかかりますから簡単ですけど鎮守府の説明をさせていただきますね。」
事務的というよりもちょっとした世間話をするかのように彼女は話し出した。
「海軍横須賀鎮守府、我が国でも最大規模の鎮守府です。渡辺さんからもお話があったかと思いますが現在この鎮守府で生活しているほとんどは200人からなる艦娘です。
他の鎮守府では工員や作業員、軍人、医師など様々な人が働いていますが横須賀はそういった人々はいません。
艦娘たちが時に軍艦、時に工員として従事しているんです。
そんな艦娘たちに中島さんは教員を勤めていただくことになります。」
やはりここに至っても彼女が話しているその内容はなかなか現実離れしている。
渡辺局長が話していた時と同じような感覚だ。
「渡辺さんもあなたも艦娘という言葉を使われてますがやはり全員女性なのでしょうか?。」
「はい。艦娘は字のごとく全員女性です。ただ一口に女性といってもその容姿や性格は一人一人バラバラです。戦艦や重巡洋艦といった大型艦船の艦娘はその容姿も大人の女性ですし、小型の駆逐艦艦娘はまさに小中学生といった容姿です。
中島さんにとって最初は少々気まずい雰囲気に感じられるかも知れませんが、きっと彼女達は受け入れてくれるでしょうし、楽しい職場になることは間違いないでしょう、それに非常に風通しのよい職場ですので自由に教職についていただけることと思いますよ。」
そういえばこの車を運転している彼女は鎮守府におけるどういった役割の人なのだろう?。
「と、言ってる間に鎮守府が見えてきましたよ!。」
彼女が前方を指差す、その先にレンガ造りの大きな建物が見えてきた、横須賀鎮守府だ。
「立派な建物だ・・・。」
思わず声に出る。
「さあ中島さん、ようこそ横鎮へ!ですよ。」
横鎮という言葉の響きに心の中で思わず「卑猥なっ!!!」と叫んでいたがそれは内緒である。
「艦娘たちも中島さんが今日赴任されるということで皆いつもよりはしゃいでいましたしね。」
「そういわれると逆に緊張するなぁ・・・。ちゃんと僕は艦娘とコミュニケーションをとれるんでしょうか・・・。」
「フフッ。大丈夫ですよ。もうすでに中島さんはちゃんと艦娘とコミュニケーションをとってるじゃないですか!。」
「え・・・?。」
「私、横須賀鎮守府総務兼事務の大淀。軽巡洋艦の艦娘です!。」
「!?。」
驚いた。
なんと駅から鎮守府まで迎えに来てくれた彼女、大淀さんがいきなり艦娘だったとは・・・。
たしかに容姿から話し方、立ち居振る舞いにいたるまで艦娘というのはれっきとした人間だ。
なるほどこれは国家最高機密になるというのも頷ける。
「お呼びするまでこちらでおくつろぎ下さい。」
と大淀さんに通された部屋は丸い机と椅子が一脚、小さな洋服ダンスと白い布団が敷かれたベッドのみとなかなか殺風景な部屋であった。
大阪からの長旅だったので僕が荷物を置き背広の上着を脱ぎ、ネクタイをゆるめベットにごろりと寝転んだ。
一体これからどんな生活が待っているのだろう。
女学校に赴任した教師もこんな気持ちなのだろうか?。
部屋で30分ほど横になってくつろいでいると大淀さんが扉の向こうから、
「中島さん、今から講堂に向かいますが準備よろしいでしょうか?。」
と声をかけてきた。
どうやら講堂で何かやるのだろう。
ネクタイを結びなおし、背広をしっかり着込み扉を開けると先ほどの大淀さん、そしてさらに2人立っていた。
「こちらの方々は?。」
「初めまして。わたくし練習巡洋艦香取と申します。」
メガネをかけた端正な顔立ち、軍服には正肩章がつけられている。何よりその体つきよ・・・。
「同じく練習巡洋艦鹿島です。」
明るく快活な印象を受ける彼女もまた正肩章がつけられた軍服を見にまとい、そして体つきは・・・、エロい。
艦娘とは何ともハイカラでかつエロい格好をするんだなぁ、と感想文のような感想しか浮かばんなほんま。
「初めまして本日付でこちらの鎮守府に赴任しました中島と申します。」
慌てて僕も一礼をする。
「さあ中島さん行きましょう、みんな講堂で待ってますよ。」
大淀さんを先頭に一同講堂へと向かう。
---------- 横須賀鎮守府講堂
いわゆる舞台袖というのか薄暗い場所で待機。
すでに大人数の艦娘たちが揃っているのか、大小さまざまな声が舞台袖にまで聞こえてくる。
「暁、あんたちょっと背伸びたんじゃない?。」
「一人前のレディになるんだから当たり前でしょ。」
「長門さん、あなた一番艦か知らないけどでかいんだから後ろに並んでよね。」
「ちょっと!あんたまた昼間っからお酒飲んでない・・・?。すっごく匂うんだけど。」
「なんかヌメヌメするぅ~。」
「馬鹿め、といってさしあげますわ。」
「パンパカパ~ン♪」
「きらり~ん☆」
「ヒャッハアアアア!!。」
「クマー。」
なんやここ・・・。
誰が誰かは定かではないがとにかくどういう人々がいるのか全くつかめない。
「じゃあ私が先に壇上にあがって話をします。中島さんどうぞ!と声をかけたら上がってきてくださいね。」
大淀さんが耳元でささやく。
思わずその距離にドキッとしてしまうが大淀さん、香取さん、鹿島さんはさっさと登壇していった。
「皆さん静かにしてくださいね。」
大淀さんが姿を見せるとそれまでおしゃべりをしていた声がぴたっと止んだ。
彼女はおそらくこういった催事の時は司会進行をつとめているのだろうか、実に落ち着いてかつ流暢に話を進めているのがこちらから見ていてもうかがい知れる。
先日の定期演習会の結果や、資材の備蓄に関する連絡など定例報告のような話を15分ほど続ける。
そして、
「それでは最後に。本日は皆さんもご存知のとおり新しくこの横須賀鎮守府に赴任された先生を紹介します。」
来たっ!!。
「中島先生どうぞ!。」
実はこういう大人数の前に立つというのは昔から不得手である。
まずロクな思い出がない。
先月まで勤めていた中学校の最初の挨拶の時もいきなりやらかした。
「本日より赴任しました中島です。」と普通ならこう言うべきところを「本日より赴任しました校長の中島です。」と訳の分からない挨拶をかましてしまい、いきなり校長から張り倒されそうになるという失態をしている。
今日はそういったミスをしないぞ。
階段を一歩一歩確認しながら壇上へ。
今まで薄暗い舞台袖にいたので思わずその明るさに一瞬目がくらみそうになる。
マイクの前で一呼吸おく。そして講堂全体を見渡す。
ほんまに女ばっかりや・・・。
前列にはセーラー服に身を包んだ比較的幼さの残る子達、おそらく駆逐艦と呼ばれる艦種の子だろう。一部セーラー服ではない子も見受けられるが。
中列から最後列にかけ徐々に大きな艦娘になっている。
後列の子達は完全大人の見た目だ。
彼女達の並びからやや離れた位置には割烹着姿や作業着姿の人も見られる、彼女たちも艦娘なのだろうか。
まずは最初の挨拶が肝心である。
ここでは男性自体が珍しいのだろう全員が気持ち前のめりになるかのようにこちらを凝視している。
少しマイクをコンコンと手の平で叩き音が入っていることを確認。よし!。
「み↑な↑さ↓ん↑。」
えっ?
えっ!?
やってしまったあああああ、声裏返ったああああああ。
ほんま緊張してやらかす自分めっちゃ嫌い!!。
当然挨拶第一声で声が裏返ったことにより艦娘たちもにわかにザワつく。
「裏返ったのです。」
「あれ~、新人ちゃんも酒飲んでるのかねぇ。」
「裏返ったかも!。」
「裏返ったですって。」
「ハラショー。」
目の前が真っ白になるというのは本当ですわ、母さん。
---------- 鎮守府提督室
あの後どんな挨拶をしたかまったく記憶にない。
しどろもどろになりながら無難な言葉を並べたんだろうきっと。
提督室はそれはそれは立派な部屋だろうと思い入ったが仰天した。
岩風呂はあるわ、カウンターバーはあるわ、縁日の屋台はあるわ、一体提督室とは・・・。
「提督は娯楽好きな方で・・・。」
と大淀さんも少々呆れ顔で語った。
なんでも普段からこの部屋は艦娘たちの娯楽部屋と化しているそうだ。
でその提督室に呼ばれたので提督と面会をするものだと思っていたら、なんとここ半年以上不在だという。
じゃあ何のためにここに来たのだろうと思っているとガチャリと扉が開きとても背の高い艦娘が入ってきた。
「初めまして大和型一番艦戦艦大和です。」
大和と名乗る艦娘はとても背が大きく、長い黒髪は後ろで結わえられている。
「ごめんなさい散らかった部屋で。」
大和は提督室をグルッと眺めるとふうと一息小さなため息をもらした。
「私が現在提督の代行としてここの艦娘の出撃や演習の指示を出しています。
ただ私含め教鞭をとれる人材が在任しておらず、この度中島先生が赴任を快諾してくださったこと心より感謝いたしますね。」
そういうと彼女はにこっと微笑んだ。
艦娘ってみんな可愛いなぁ。
「中島先生の部屋はこの提督室の隣の部屋を使用していただきます。一応扉には職員室の札をかけておきますね。」
職員一人の職員室とはなんか滑稽だなと思った。
ふと疑問に思ったことを大和に聞いてみる。
「大和さん、普段艦娘の皆さんは何か特殊な生活をされているのですか?。」
「いえ、人間の皆さんと同様の生活習慣です。朝になれば起床し、勉強をし、演習をし、3食食べ、夜になると就寝します。まあ一部夜になると騒ぎ出す子たちもいますが・・・。」
なるほどすべてにおいて我々人間と変わりないではないか、軍艦とかいうからてっきり給食あたりは重油のラッパ飲みでもしているかと思った。
「では私の授業は普通の学校と同じと考えていいわけですね?。」
「はい、まったく問題ありませんよ。
ただあくまで彼女達は軍艦です。有事の時は出撃が最優先になりますので、そこのところはご理解ください。」
先ほど講堂で見た彼女らが軍艦というそのギャップがなんとも整理をつけにくい。
そう彼女達はれっきとした軍艦。つまりは兵器ということなのだ。
こんなにも可愛らしく、普通の年頃の女の子に見えるというのに。
「了解しました。ではさっそく明日にでも授業を行いたいのですが、まずはどのようにしたらいいでしょうかね?。」
「そうですね、最初はもっとも幼い駆逐艦たちから授業していただきましょうか。」
「小学校課程ですね。分かりました!。」
あくまで自分のここでの役割は教師だ。
少しでも彼女たちの力になってやる。
職員室の札のかかった自室は先ほどの提督室とは違い単純な部屋だった。
大き目の観音開きの窓を開けると鎮守府内の街灯の明かりがポツポツと見え、さらにその先のコノ字型になっている建物の反対側は艦娘たちの部屋だろうか時折楽しそうな笑い声や「夜戦~!!」の声が聞こえてくる。
海の方を眺めると灯台のサーチライトが遠く海原の上をクルクルと規則的に回っている。
僕は大和さんにもらったラムネを飲みながら横須賀の夜景を眺めた。
ラムネは少しぬるくなっていた。
さあ明日から授業開始だ!。
第二話まではあらかじめ草案を考えていたので連投になりました。
ここからはまだまだ組み立て段階です。
どの艦娘をどういう風に中島先生に絡ませてくか、ワクワクしますね。
閲覧いただきました皆様本当に有難うございます。
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