先生が鎮守府に着任しました~おバカんむすとの日常~   作:おでんだいこん

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海軍省へ

------1ヶ月前

 

3月末、とある海軍機関から一通の通告書類が僕の手元に届いた。

 

「告 貴殿ハ現在ノ勤務ニオケル其ノ実績、育成、指導能力ニオキ各有識者カラ非常ニ高イ評価ヲ得タリ。

コノ度現在勤務サレタル中等教育教員カラ海軍横須賀鎮守府デノ教員勤務地異動ヲ求ム。

詳シイ勤務内容ヤソノ他ニツイテハ後日海軍省ニテ説明サセテイタダキタク思イマス。

軍政府カラノ直々ノ抜擢心ヨリ喜ビ申シ上ゲマス。

ナオコノ通告ハ国家最高機密ノタメ他者ヘノ口外ガ確認サレタル場合ハ貴殿ニ厳罰ナル処分ガ課セラレルノデ注意サレタシ。

 

                               海軍省教育局局長渡辺忠彦」

 

鎮守府での勤務?。

鎮守府ってたしか軍港にある施設か何かだったような。

正直ピンとこない。

現在僕は幼少の頃からの夢であった教師として地元の大阪府内の中学校で教壇に立っている。

子供達とともに勉強や体育など日々一緒にすごすのは本当に楽しいし自分が思っていたとおりこれが天職だと実感している。

中には泣き虫な子、言う事を聞かない悪ガキもいるがそれもみんな可愛い僕の教え子である。

しかしそんな僕に、政府?海軍?鎮守府?、どういうことなのだろう。

僕の身内や知人に軍で働いている人間や、それに関係するような者はいない。

誰か他の人と間違ってこの通告書を送ってしまっているのではないだろうか?、それとも心無い人間のイタズラなのではないだろうか?。

うん、地元の友人にそういうことをしそうな心当たりのあるアホはいる。前田くん。

でも彼はこんな手の込んだイタズラはしない、というかできない。

落とし穴を掘ってそこに僕を落とそうと計画し自分が見事に落ち、

「誰や!こんなんしたん!」

と本気で言う男である。無理やろな。

それに海軍に従事している人間はみなが十分な教育を施された大人達である、今更中等教育をしている僕から何を教わるというのか?。

しかも口外すると厳罰な処分というところに恐ろしさも感じる。

それほどの国家機密に僕が関係するとは何事なのか。

もし、

「おかん!!俺、今国家機密の男やわ!格好ええやろ!わっはっはっは!」

なんてやってると、

パァン!!!といきなりどこぞから拳銃で撃ち殺されたりするのだろうか?。

絶対嫌やろ・・・。

ともかく国からの通告書ではあるがその意図は全く分からないまま僕は通告書に指定された日時に海軍省へと赴くことになった。

そもそも横須賀ってどこやねん。

 

東京霞ヶ関 海軍省

 

「えらいとこまで来たなぁ・・・。」

通達書が自宅に届いて4日後、大阪から東京まで長い長い旅路で僕は早くも疲労困憊である。

母がちゃんとおのぼりしても恥かかないようにとねずみ色の背広・ハット型の帽子を用意してくれた。

大阪の地元を出立する時は自分の家の近所でこんな余所行きの格好をしてる奴なんて役場の人間でもいるかいないかなのでずいぶんと近所の悪ガキ連中にからかわれたが東京では普通だった。

道行く紳士はシルクハットをかぶって歩いてる人もいる。大阪の地元だと、

「なんやあの煙突おっさん?。」

と馬鹿にされるだろうし、女性は日傘と呼ばれるものをさしている。

モダンやなぁ。

コンドル設計と呼ばれる海軍省の建物は本当に立派なたたずまいで、さすが天皇直属軍令部の建物である。

今まで生きてきてこんな立派な建物は見た記憶がない。

うちの家の便所なんてこのあいだ老朽した壁に大穴が空いたと大騒ぎしたうえ、母は何を思ったか壁を土や粘土で埋めるでもなく、その穴に竹の棒を2本刺しただけで「よっしゃ」と言い放った。

何が「よっしゃ」なのかは意味不明であるが母的に「よっしゃ」なのである。

でそのまま用をたすのであるが外の砂利道から便所は当然ほぼ丸見えで、むしろ中途半端に壁に刺さった竹が妙な存在感をしめすもので逆に通行人の興味をひいてしまうのである。

先日腹具合が悪く悪戦苦闘をしている時にいきなり、

「なんや!今日は下痢け!?、難儀やなぁ!。」

と近所の瓦職人のおっさんが壁穴越しに声を掛けてきた時は本当に仰天したものである。

こんな光景が当たり前の世界で生きてきた僕にとって東京という大都会、海軍省という西洋のお城のような建物は本当に別世界の光景だ。

思わず二の足を踏んでしまいそうになるがわざわざ大阪から霞ヶ関まで遠路やってきたのだ躊躇するわけにもいかず足を踏み入れることにする。

 

「教育局」と書かれた場所はわかりやすいところにあった。

こういう時は入室する時も敬礼で挨拶するのだろうか?。分からん。

まあいいとにかくノックして入ろう。

「失礼します。」

白く綺麗な扉を開け教育局の中へ足を踏み入れる。

整然と机や書類棚が並べられ、僕の勤務している学校の職員室を一回り大きくしたような光景の部屋があった。

10人ほどの人たちが忙しそうに働いている。

「あっ!あの!」

と僕が声を掛けようとするがなかなか誰も足を止めてはくれない。

『東京モンは冷たいんやでぇ、ヒェッヒェッヒェッ。』

と妖怪のような笑い方をしていた母の顔を思い浮かべていると一人の男性が声を掛けてきた。

「はい?どちらさまで?。」

40代ぐらいの小柄なヒョロリとした男性である。メガネをかけ油でピッタリ七三に分けた髪の毛はまるで芸人のエノケンのようだ。

僕は海軍省からきた通告書をそのエノケン(仮)に渡した。

するとエノケン(仮)の顔色がスッと変わり、

「失礼いたしました!!どうぞこちらへ!!。」

いきなり最敬礼をされると教育局の奥にある部屋に通された。

扉には局長室と札がかかっている。

床にはエンジ色の綺麗な絨毯が敷かれ10畳ほどの部屋の両側には本棚が並んでいる。

その本棚から部屋の中心、奥の窓際近くに天然木であろうかとても大きく重厚な机が置かれているが、現在その机の主はいないようだ。

椅子が一脚置かれているのでそこに鞄や手荷物を置き部屋をさらに見渡す。

天井付近の壁には歴代の教育局長であろう人物の写真が並べられている。

そして国から何か表彰を受けたと思われる賞状も立派な額に収められて飾られている。

うちの学校なんて賞状に直接画鋲である、えらい違いだ。

おおきな格子の窓からは四月の光がさんさんとさしこみ、部屋全体を明るく浮かび上がらせており、ちゃんと日光の採り入れも考えられている建物設計ということがうかがい知れる。

ボーン、ボーンと入り口扉近くの大きな置時計が正午を告げたその時一人の男性が部屋に入ってきた。

「大変お待たせしました。」

パリッとしたしわひとつ見られない黒の背広の大柄な男性である。

頭髪は白いものが混じっているが綺麗に刈り上げられた清潔な髪型、口ひげをたくわえ、やや彫りの深い端正な顔立ち、映画に出てくるような男前。俳優ですといわれても疑うことはないだろう。

「教育局長の渡辺です。」

僕の前に立つとさっそく握手をもとめてきた。

慌てて僕も手をさしだす。

とても大きな、あたたかみのある手だ。

握手をし一礼をすると渡辺局長は大きな机の椅子に腰をおろした。

「どうぞお掛けください。」

と促されたので手荷物を置いていた椅子に僕も腰掛ける。

「中島誠司さんだね?、先日自宅の方へ送った通告書は持ってきてくれているかな?。」

鞄の中から通告書を取り出す。

局長に渡すとあらためてその文書を確認しこちらをジッと見つめると、

「結構。こんな意味の分からない書状で呼び出す形になって本当に申し訳ない。

というのも今回のこの通告はわが国の機密事項においてもさらに重要でかつ秘匿性の高いものだったのだ。

なので万が一中島君に口外でもされようものなら海軍省、海軍大臣どころか、さらには大元帥である天皇までもが諸外国の糾弾に巻き込まれる騒動に発展しかねない。

なので話の核心に触れたことは一切この通告書では伝えることは出来なかった。

にもかかわらずこんな紙切れ一枚の呼び出しにここまでわざわざ足を運んでくれたこと本当に感謝する。」

あらためて局長は礼をする。

秘匿事項であることは書面からも汲み取れた。

母にも「なんて書いてんのや?ん?」と聞かれても教えることはしなかった。

なにより僕自身もよく分からないのだ。

そしてその真偽はどうあれ東京まで来たのだ。

だが、通告書でさえよく分からないのにここにきてなお天皇まで諸外国に糾弾される?というのがますますもって分からない。

いち大阪の片田舎の教師である僕がよその勤務地に異動するのになぜ天皇陛下まで関わってくるのか。

「まあ怪訝そうな顔をするのも無理はない。

私だってこんな書面が届いたら疑問しか湧かないだろうし、もしかしたら誰かのイタズラではなかろうかと思うだろうな。

しかしイタズラや遊びではないことは確かなのだ。」

「はぁ。」

「では前置きを長々しても埒があかないので早速本題に入るとしよう。

その通告書にもあるとおり中島君には来月5月の1日から神奈川県は海軍横須賀鎮守府で小学および中等教育の教鞭をとってもらいたい。

なにやってもらう仕事は今までの教師職となんら変わることがないから安心してくれてけっこう。

・・・ただな。」

そこで局長は一旦言葉を切る。

「ここからが今回の秘匿という部分になるのだがこの先を聞く気はあるかね?。もし君が今までのように地元の大阪での教師生活がいいというのであれば話をここで終わらさなければいけない。どうする?。」

ここまでもったいぶった話し方をされて、じゃあいいですなんて言えるわけないじゃないか。

気になってしかたない。

僕は無言でこくりと頷いた。

「よろしい。では単刀直入にいうと軍艦に教育をしてほしいのだ。」

「はぁ・・・?」

「軍艦といってもその姿かたちは人間そのものだ。我々は彼女達のことを『艦娘』と呼称している。この艦娘たちに教鞭をとってもらいたいのだ。」

局長は気でも狂ったのだろうか?。

軍艦に勉強を教える?。

軍艦というのは乗り物なわけで、当然車や単車のように人間的感情は知能なんて持っているわけないし機械なのだ。

それに対して僕が国語や算数を教える。

艦娘なんて言葉も初めて聞いたぞ。

「今戦争に向けて日本は陸・海とも準備を始めている。もちろん兵器や戦車、軍艦を急造している最中だが、このほど我が国では軍艦を擬人化させることをDMMという国家秘密組織が成功させた。

戦艦から空母、駆逐艦、潜水艦にいたるまですべて人間になったということだ。

ただあまりに極秘裏に計画をすすめたため国民はおろか帝国海軍のなかでもこの事実を知っているのはごくごく一握りの限られた人間しかいない。

そして何より艦娘たちは教養が不足しているのだ、一般教養、軍事教養すべて。

そこで我々はこの最高機密に力を貸してもらう人材を探し回り、中島君を採用したいという結果に至ったわけだ。教育委員会や各方面からも中島君の高い評価を確認したうえでね。」

なるほど、教師として自分の力が軍にまで評価してもらえてるというのは光栄なことだ。

最高の賛辞を贈ってもらっていると言っても大袈裟ではないだろう。

ただ今の局長の話を聞いても僕の頭の中では何一つ合点のいくところが見当たらない。

軍艦が人間になったという話でさえ小説や映画の世界だ。

本当に現実の世界の話をしているのだろうか?、実はここまできても「な~んちゃって!」みたいな展開になるのではないだろうか?。

だがたしかに艦娘というモノは気になる。

一体それは何なのか、軍艦が人になるというのはどういうことなのか、教師としてではなく人間としての形容しがたい好奇心がふつふつと・・・。

「中島君、君は最高の教師であるのは間違いないだろう。自信をもってどうか横須賀に赴いてもらいたい。このとおりだ。」

局長は机に額が当たるのではないかと思うほど深々と頭を下げた。

おそらくここまで話を聞いた以上ここで断るという選択肢はもう残っていないだろう。

たしかに僕は教師という仕事が好きだ。

天職だと思っている。

自分が生徒達に勉強を教え、生徒がその知識を確実に自分のものにしている瞬間をみるとこの上なく幸せに感じるし、自分が仕事をまっとうできていると喜びに思う。

艦娘であろうがなんだろうが人にものを教えるという仕事にかわりはないではないか、自分が教師を天職と思うならこうやって横須賀に異動するのもまたそれは運命なのかも知れない。

国のため?海軍のため?、はっきり言ってそんなものはどうでもいい、教師としてやりがいを感じれれば僕はそれでいい。

「わかりました。」

局長に向かって言う。

「そうか・・・、ありがとう。・・・本当にありがとう。」

局長の表情に安堵が宿る。

「詳しい勤務地の場所や報酬、その他事項については近いうちに書類をまとめ自宅の方へ送らせてもらうよ。」

「了解しました。僕のほうもさっそく大阪に戻って家族や知人に報告をし、荷物をまとめたいと思います。」

 

1週間後

自宅に海軍省教育局から封筒が届いた。

引越しのて手はずや、異動にともなう支度金、今後の仕事の報酬、赴任地の地図などが入ってあった。

地元に戻り横須賀鎮守府での勤務が決まったことを皆に報告すると、

「おめでとう、君なら絶対いい仕事ができる。胸を張って頑張ってくれ。」

校長や職場の仲間たち。

「なんや?東京にいい女でもできたからそっち行くんけ?。」

焼酎で顔まっかっかの父。

「横須賀?どこやねんそれ?。お母ちゃん寂しくなるやん・・・。

えっ!?、給料そんなにあがんの!、頑張っといでさいなら!。」

と一瞬で手の平を返した母。

「もう下痢なおったんか?。」

瓦職人のおっさん。

 

様々な人に見送られ艦娘なる人たちとの生活に怖くもあるが楽しみな気持ちを抱きつつ横須賀鎮守府へ赴く日はやってきた。




初めての投稿作品にも関わらずここまで読んでいただいた方本当に有難うございます。
これからも皆様にクスッとしてもらえるような作品を書き続けていければと思います。
よろしければ今後の参考にしたいので是非感想をつけていただけますと幸いです。
それではまた第二話で。

おでんだいこん

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