もこたんのヒーローアカデミア   作:ウォールナッツ

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大変お待たせしました。


もこたんの冬期インターン

 

 年も明けて1月4日の朝。エンデヴァー事務所のオフィスに3人の男子高校生の姿があった。緑谷、轟、そして爆豪の3人である。彼らは新たなインターン生としてエンデヴァー事務所を訪れていた。

 

「ここがエンデヴァーの事務所…!凄い、サイドキックも大勢で活気に満ち溢れている…!」

 

「No.1ヒーローの事務所だからな。我々は基本的にパトロール組と待機組で業務を回している。更に緊急要請(エマージェンシー)や警護依頼、イベントオファーなど合計すると一日100件以上の案件を捌いているな」

 

 感動する緑谷に応えるようにサイドキックのオニマーが彼らに業務内容を説明していく。だが、そこにエンデヴァーの姿はなかった。

 

 

 

(腑に落ちん…。む…!?)

 

 現在、エンデヴァーは『硝子操作』の老占い師が起こした事件の事務処理を行うため、1人社長室に篭っていた。しかし、実のところ事務作業ではなく、事件解決時に居合わせたホークスの様子に違和感を覚えたエンデヴァーはその原因を突き止めようとしていたのだ。

 そしてエンデヴァーは気づいた。ホークスから手渡された『異能解放戦線』の本と、去り際に言い残していった『マーカーを引いた部分だけでも読んでください。“2番目”のオススメなんですから』という言葉。そう、マーカー部分の二文字目の文字を繋げると文章になっていたのである。

 その内容はこうだった。『敵は解放軍。連合が乗っ取り、数、十万以上。4ヵ月後、決起。それまでに合図送る。失敗した時、備えて数を』。

 

(このインターンはその“備え”か…!)

 

 エンデヴァーは合点がいった。彼は数日前に公安から呼び出され『インターン生を徹底的に鍛え上げてくれ』という命令を受けていたのだ。それは即ち、公安は『現ヒーローの戦力では連合と解放軍の決起に対応しきれぬ可能性がある』と考えているということだった。

 エンデヴァーはすぐに椅子から立ち上がる。敵の決起が4ヵ月後だとすると、先手を取る必要のあるヒーロー側の期限はもっと早いはずだ。ならば1分1秒が惜しい。エンデヴァーはそう判断した。

 

 

 

「とはいえ、元々の受け入れインターン生はショート君ともこたんだけの予定だったからな。キミ等2人は俺らサイドキックと行動することになるんじゃないか?」

 

「No.1の仕事を直接見れるっつーから来たんだが!」

 

「見れるよ、落ち着いてかっちゃん!」

 

「でも、思っていたのと違うよな。俺からも言ってみる」

 

 一方、こちらでは爆豪がオニマーに不満をぶちまけていた。元々、緑谷と爆豪のインターン受け入れはエンデヴァー事務所の予定にはなかったのだが、息子からの頼みということでエンデヴァーは仕方なく彼らも受け入れたのだ。

 そのため緑谷と爆豪の扱いはサイドキックに丸投げされるものだと思っていた。しかし、社長室から出てきたエンデヴァーは彼らの予想とは異なることを口にした。

 

「ショート、デク、バクゴー。3人は俺が見ることにした。だが、その前に貴様ら2人のことを教えろ。抱えている課題と、そこから何が出来るようになりたいかを言え」

 

 轟は当然といった表情で、緑谷はホッと一息。爆豪は勝気な笑みを浮かべる。どうやらインターンに来た価値は大いにあるようだった。

 それから彼らは己の課題をエンデヴァーに伝えていく。緑谷の早口で長すぎる自己分析を簡略化して理解し、No.1を超えるために足りないものを見つけにきたと豪語する爆豪に己に似たものを感じ、加えてヒーローに足る人間になるために来たという息子に自身の傲慢さを反省させられた。

 エンデヴァーは改めて3人を見つめる。その眼差しは厳しくも真摯な光を帯びていた。

 

「いいだろう。ヒーローとしてお前たちを見る。3人ともついて来い。オニマー、サポートしろ」

 

「はい、エンデヴァーさん」

 

 そう言ってエンデヴァーは早速歩き出した。補佐はサイドキックの中でも飛びぬけて実力の高いオニマーが務める。また、現場によっては他のサイドキックたちもサポートに入るだろう。万全の備えである。

 ヒーローコスチュームに着替えた緑谷たちも彼の後に続こうとしたが、周囲を見渡していた轟が声を上げた。

 

「おい、待てよ。まだ藤原が来てねぇ」

 

「む?ああ、藤原なら既にバーニン・キドウら空中機動が可能なメンバーと共に別地区のパトロールに出ている」

 

 緑谷たちは公共交通機関を使って雄英高校からやってきていたが、妹紅は基本的に炎翼で空を移動しているため別行動だった。未だ連合に狙われている可能性が高い妹紅としては、その方が自身も周囲も安全だからである。

 そのため彼らよりも遥かに早く到着していた妹紅は通常通りバーニンらとパトロールに出ていた。当たり前のように返答するエンデヴァーだったが、妹紅を含めた4人でインターン活動を行うものだと思っていた轟は首を傾げていた。

 

「アイツには指導してやんねぇのか?」

 

「忘れたか、藤原はお前たちより先にインターンを始めているのだ。必要な指導は既に終わり、今は習得した技術を現場で活用する段階に立っている。お前たちは藤原に比べると何歩も遅れていることを理解しろ」

 

「そうか…。俺らは3ヶ月以上も差をつけられちまっているもんな」

 

「チッ!」

 

「僕も死穢八斎會の事件以降はインターンに行けなかったから早く差を埋めないと…!」

 

 3ヶ月。その経験値の差は大きい。彼らが足踏みしている間に妹紅は順調に歩み続け、基礎部分についての教育指導は既に終わらせていた。インプットの次はアウトプット。妹紅は学んだことを現場で実行する段階に到達している。

 そして、この3人に対してもそのレベルに達することをエンデヴァーは求めていた。

 

「救助、避難、撃退。ヒーローに求められる基本三項だ。通常『救助』か『撃退』、どちらかに基本方針を定めてヒーローは事務所を構えている。しかし、俺はどちらでもなく三項全てをこなす方針だ」

 

 まずは初歩の初歩。再び歩き出したエンデヴァーは事務所の方針から説明を始めた。緑谷たちも彼の背を追いながら耳を傾ける。

 ヒーローの基本三項は雄英の授業でも習った。その三項全てを完璧にこなすことがどれほど難しいかも授業で習っている。そこらの新米ヒーローが口にしようものなら、ベテラン勢から自惚れるなと一蹴されるだろう。それほどまでに難しい。

 しかし、エンデヴァーは当然のようにそれを実行しており、同時に数多くの実績も積んでいた。

 

「管轄の街を知りつくし僅かな違和感も逃さず、誰よりも速く現場へ駆けつけ、被害が拡大せぬよう市民(ヤジ)がいれば熱で遠ざける。基礎中の基礎だ。並列思考で迅速に動く。それを常態化させろ」

 

 この説明に、先ほどの老人ヴィランに対する一連の流れが3人の脳裏をよぎった。

 エンデヴァーの初動は速いなんて言葉では言い表せなかった。なにせ不審な人影を遥か遠くから見つけ、事件が発生する前から動き出していたのだ。彼の反応が僅かでも遅ければ老人ヴィランの操る巨大なガラス球がオフィス街に叩きつけられ、砕けたガラスの破片で多くの怪我人が出ただろう。最悪の場合は死者が出ていたかもしれない。

 すなわち速さ。速さこそヒーローが第一に求められるものだとエンデヴァーは語った。

 

「経験を山の如く積み重ねろ。貴様ら3人が抱える課題は経験で克服できる。並列思考で速く動けるようになり、この冬の間に一回でも俺より速くヴィランを退治してみせろ」

 

 エンデヴァーがそう言いつけると緑谷たちの表情が引き締まる。

 一方で、横で聞いていたオニマーは『いや、アンタより速く動ける奴なんて俺ら(サイドキック)の中でもそう居ねぇよ』と内心で呟いていた。サイドキックの中でもトップクラスの実力者であるオニマーやキドウですら“個性に合う条件が揃えばエンデヴァーよりも速く動ける”程度なのだから、それは彼らインターン生に求めるレベルではない。

 しかし、その難題を軽々と乗り越えていったインターン生が居たことをオニマーは知っている。そして、緑谷たちもその存在に気が付いていた。

 

「つまり…、次の段階に立っている藤原はその目標を既にクリアしてるってことだな?」

 

「ああ。明確に目標として定めていた訳ではないが、ヤツは既に俺よりも速い。短距離ならば判断速度の差でまだ俺の方が速いが、中距離以上になると俺ではもう追いつけんな」

 

「エンデヴァーよりも…!」

 

 そもそもの話、エンデヴァーの個性『ヘルフレイム』はスピードに秀でた個性ではなかった。彼はそれを高度な技量でムリヤリ移動手段として使っているだけ。元から飛行能力を備えた『不死()』とは構造が違うのである。

 

「藤原の場合は下地があった。火の鳥の操作のために夏の合宿時からマルチタスク能力を鍛えていたそうだな。そのおかげか並列思考は達者だった。更に、福岡での事件以降はホークスの翼を模したことで炎翼の飛行速度も大きく上昇した。ホークスには劣るが、それでも十分なスピードを有している」

 

「……!」

 

 以前のAB組VS妹紅の模擬戦では、改良されたばかりの炎翼の拙さを彼らは狙った。それが一ヶ月前の話だ。その一ヶ月で、いや、それどころか最初の一週間で妹紅は新たな炎翼を完璧に習得した。

 その才に緑谷がゴクリと息を呑み、爆豪は顔を顰める。同時に轟は思案顔でエンデヴァーに尋ねた。

 

「…俺たちは藤原を越えられるか?」

 

「無論だ。お前たちが藤原を越える努力を積み重ね続ければ、だがな」

 

「そうか。なら問題ねぇ、元からそのつもりだ」

 

「うん。頑張ろう」

 

「はッ、楽勝だ!」

 

 その肯定の言葉に緑谷たちも強く頷いた。

 これはエンデヴァーも気休めで言った訳ではない。凄まじい戦闘力を誇り才能に溢れ、なおかつ努力も一切怠らぬ妹紅だが、彼女には一つ難点があった。それは上昇志向がほとんどないという点だ。やる気はあるし、意気込みもある。だが、野心やハングリー精神といったものが皆無だった。

 

(上を目指して全力で努力する者とマイペースに努力する者。当然、成長率は前者が上だ。熱意溢れるこの3人は藤原を越えようと爆発的な勢いで成長を遂げるだろう。…ただし、野心は無くとも藤原が才能の塊であることもまた事実。ああは言ったが、そう簡単には追いつけまい)

 

 妹紅にNo.1を目指す意思はない。にもかかわらず才能は抜群のものを持っていた。日々の研鑽で常に成長していくのは当然。時には、ホークスの翼を見ただけで炎翼を進化させたように小さなキッカケで飛躍的な成長を遂げることもあった。

 常人の才ではどんなに熱意があろうとも決して妹紅の成長スピードには追いつけない。緑谷、爆豪、轟という優秀な才能の持ち主が全力で追いかけて、ようやく距離が縮まり始める。そういったレベルだった。

 

(しかし…この3人とは反対に、藤原が上を目指さぬタイプだったのはむしろ良かったかもしれん。藤原は既に俺よりも強い。純粋な戦闘力では間違いなく国内ヒーロー最強。だが、マイペースな性格だからこそ最強に至っても歩みを止めることはない。己の強さに驕らず淡々と学び、更に腕を磨いていくだろう)

 

 上昇志向が無いというのは短所かもしれないが、既に最強である者に限りそれは長所にもなり得た。頂点に至っても成長率が変わらず伸び続ける妹紅と、上を目指すことで伸び続ける緑谷たち。心が折れない限り、彼らは無限に成長を続けられるだろう。

 エンデヴァーはそれを望んでいたのだった。

 

「む、窃盗の通報だ!行くぞ!」

 

「はいッ!」

 

「早速か」

 

「No.1も白髪女も速攻で追い抜いてやンぜ!」

 

 窃盗の通報が入り、エンデヴァーは犯行現場に向けて走り出す。ダッシュと共に噴き出す炎は推進力を生み、凄まじい速さをエンデヴァーに与えた。そんな彼を緑谷たちは全速力で追いかける。

 こうして彼らのインターンは始まるのであった。

 

 

 

 一週間後。雄英高校冬休み最終日の夕方。エンデヴァー事務所にて。

 

「パトロールから戻りました」

 

「キドウ・バーニン・もこたんチーム!事務所に帰還しましたよっと!」

 

「これ今日の報告書な」

 

 妹紅を含めたサイドキックチームがその日の業務(パトロール)を終えて事務所に戻ってきた。

 彼らは個性での飛行が可能なメンバーで構成されている特別チームである。炎の推進力で跳んでいるエンデヴァーよりも飛行能力に優れており、パトロールでは空を担当していた。上空から監視して犯罪や事故を未然に防ぎ、手強いヴィランが出現した際は火の鳥で撃つ。上空から放たれる追尾狙撃である。キドウとバーニンの手厚いサポートもあり、妹紅チームから逃げ切れたヴィランは今まで1人としていなかった。

 

「お、男子3人組!そっちも終わり?お疲れさん!」

 

「あ、はい、お疲れさまですバーニン。先ほど戻ってきました」

 

 ボロボロの姿の緑谷たちを見つけたバーニンが彼らに声をかけた。新人インターン生である彼らの業務内容は初日から変わっていない。つまり、未だに目標を達成出来ておらず、エンデヴァーの背を追っている状況だということだった。

 

「もこたんから聞いたよ、学校の冬休みは今日までだってね!どーだい進捗は!?あ、いーや、ごめんね!?デリカシーがなかった!分かってるよ『エンデヴァーさんより速く撃退』なんて、そんな簡単に行きっこないよね!もこたんじゃあるまいし!因みに私は『燃髪』を巻きつけるだけでヴィランの撃破と捕縛が同時に出来るから、至近距離でならエンデヴァーさんより速いよ!」

 

「グギギギ…!」

 

 ニヤニヤと笑いながらバーニンは爆豪に向かって言い放つと、事実のため何も言い返せない彼は凄い形相で歯ぎしりをしていた。バーニンは挑発…ではなく発破をかけている訳だが、爆豪の反応が面白いせいか彼女はよく新人インターン生たちに構っていた。ほぼ趣味である。

 

「ちょっとずつ掴めている気がします」

 

「親父の言う『瞬時に最大まで溜めて点で放つ』。溜める方は分かってきたが、点での放出ってのがどうにも慣れねェ」

 

 緑谷と轟は真面目に返答した。この一週間、爆豪も含めて彼ら3人は停滞していた訳ではない。間違いなく大きく成長している。しているのだが、エンデヴァーが課した目標は簡単にクリアできるものではなかった。

 エンデヴァーからの課題の期限は冬が終わるまで。スパルタの彼がそう言うということは通常ならば数年、数十年かかるほどの難題ということだ。そもそも一度だけとはいえ『No.1より速く』が簡単な筈がない。ヒーローの頂点という看板はそう安くはなかった。

 

「藤原はどうやってんだ?体育祭の八百万との試合で、速攻で距離詰めて蹴り飛ばした時のアレだ」

 

短距離疾走(スプリント)を足の踏み込みじゃなくて炎の噴出でするイメージでなんとなく。言語化が難しいし、多分これは人によって感覚が違うと思う。それに私は最大出力を瞬時に引き出している訳じゃないし」

 

「それもそうか…。やっぱ、自分の感覚をもっと突き詰めねぇとダメか」

 

 轟が妹紅に尋ねるが、そう簡単に解決策は出なかった。

 個性は人それぞれなのだから、それを扱う感覚もそれぞれ違う。轟の『半冷半燃』の炎は妹紅の『不死鳥』とはもちろん、父の『ヘルフレイム』とも完全に同一という訳ではないだろう。エンデヴァーの助言の通り、それは己で経験を積み重ねることで習得するものだった。

 因みに、もしも妹紅の火力で彼らと同じく『瞬時に最大まで溜めて点で放つ』で推進力を得ようものなら、放った炎は街を一直線に焼き貫き、妹紅の身体は推進力に耐えきれず潰れるだろう。手足から放てば肘や膝などの関節部分から引き千切れ、背中から放てば首や腰の骨が圧し折れる。骨が耐えたとしても加速度(G)によって妹紅は間違いなく失神する。強大すぎるというのも問題だった。

 

「ショート、藤原、バクゴー、デク。話がある。来い」

 

 そんな話をしているとエンデヴァーから呼ばれた。4人そろって社長室に入ると、神妙な表情を浮かべていた彼は早速話を切り出した。

 

「4人とも冬休み期間のインターン活動ご苦労だった。明日からは学校が始まるが、今後は週末に加え授業のコマをズラせるなら平日最低2日はインターンに来てもらう」

 

「週に2日分もの授業を補講で賄えるか?」

 

「公安からの『ヒーロー科全生徒の実地研修実施』の要請でクラス全員がインターンに行ってるから、クラスの時間割そのものがズレたりレポート課題とかが増えたりするのかもね」

 

 学校とインターンの両立が大変になるが、その苦労が己の力に変わると思うと頑張れるというものだ。彼らがそんな予想を立てていると、エンデヴァーは実に言い辛そうな様子で口を開いた。

 

「あー、それでだが…これまでのインターン活動の労をねぎらうためにお前たちを我が家の…あー、食事に招待したいと思っている」

 

「なんでだ!?」

 

「うむむ…」

 

 爆豪の爆ギレ疑問符にエンデヴァーは困った表情で口ごもる。その横から轟が何でもない顔でその理由を話し始めた。

 

「姉さんが夕飯食べに来いって」

 

「なんでだ!!」

 

「友だちを紹介してほしいらしい」

 

「知るか!今からでも言ってこい!やっぱ友だちじゃなかったってよ!」

 

「か、かっちゃん…」

 

 酷いことを言い始めた爆豪にドン引きする緑谷。しかし、轟は一切気にしていない。相変わらずの天然っぷりだった。

 

「爆豪の好きな激辛麻婆豆腐もあるぞ」

 

「なんで俺の好物知ってんだ!」

 

「砂藤から聞いて俺から姉さんに伝えた。レシピは姉さんオリジナルの本格四川麻婆だ」

 

「クソがッ!」

 

「緑谷は?」

 

 爆豪の『クソがッ!』に『仕方ねぇから食いに行ってやる』という意を汲み取った轟は、次に緑谷へ尋ねる。不本意だと言わんばかりに目を吊り上げている爆豪を尻目に、緑谷は嬉しそうにその誘いを受けた。

 

「ありがとう、轟くん。僕もお呼ばれします」

 

「ああ、姉さんも喜ぶ。藤原も来るよな?」

 

「ん…むぅ…いや、私は…」

 

 妹紅は冬美と面識がある。そのため少なくとも彼女だけは間違いなく来るだろうと思っていた轟だったが、妹紅はどうにも乗り気ではなく寧ろバツが悪そうな様子で目線を伏せていた。その様子を見て緑谷は首を少し傾けた。

 

「轟くんのお姉さんは藤原さんが中学生の時の担任の先生だったんだよね?たしか保須市の病室で聞いた覚えがあるけど」

 

「姉さんは藤原に会うのを前々から楽しみにしていたみたいなんだが…。悪ィ、お節介だったか?」

 

「違う、私は…!」

 

 自分が天然だと自覚は轟にも多少ある。A組での友人たちとの交流で少しずつ学んではいるものの、たまに変なことを言ってしまってツッコミを受けることがあった。今回もやってしまったのかと轟が思っていると、妹紅は慌てて否定の声を上げる。

 しかし、すぐに萎れたように声の勢いはなくなった。それから妹紅は小さな声でポツポツと喋りだした。

 

「私は、良い生徒じゃなかったから…。轟先生…冬美先生にはずっと迷惑をかけてしまっていた。いまさら合わせる顔がない…」

 

「姉さんはそんなこと気にしてる様子じゃなかったぞ。姉さんと何かあったのか?」

 

 轟が言うには、姉の冬美との会話の中で妹紅に否定的な内容は一切なかったらしい。体育祭では弟だけでなく妹紅のことも応援しており、合宿で妹紅が拉致された時は酷く心配していた。迷惑な生徒というよりも大事な教え子という印象を轟は姉から受けていたのだが、当事者である妹紅はそうではなかったらしい。

 

「…色々と気にかけてもらっていた。私が児童養護施設で暮らしていたことも心療内科に通院していたことも担任の教師として関知していたから。でも、当時の私は…慧音先生たち以外は煩わしかった。他人なんてどうでもよかった。冬美先生の親切なんて気にもかけず冷たく聞き流してしまっていた」

 

「つっても、実質的な迷惑はかけてねぇじゃねぇか。別に悪ぃことしてた訳じゃないんだろ?」

 

 妹紅の自白に轟がそう返す。彼は彼で以前は酷かった。父を恨み続けて氷の刃のように冷たく排他的で、中学時代は友人など1人もいなかった。その因縁で轟はヒーロー仮免試験で落ちてしまったのだから、そんな自分よりはマシだろうという意味で妹紅に言葉をかける。

 しかし、妹紅は僅かに逡巡すると更に深く顔を伏せて罪の告白を行った。

 

「立ち入り禁止の校舎の屋上に炎翼で勝手に入って、隠れてタバコを吸ったりしてた…」

 

「め、メチャクチャ不良だ…!?」

 

 予想外の懺悔内容に緑谷は驚愕する。真面目でオタクな緑谷にとって未成年喫煙は特級の不良行為である。実際、もしも警察やヒーローにバレていたら補導されていたことだろう。ヒーロー科の入学にも影響が出ていたかもしれない。とりあえずエンデヴァーは何も聞かなかったことにした。

 

「二十歳未満の喫煙はダメだろ」

 

「う…、それは反省している…。葉隠たちからもすごく怒られたし…」

 

 轟が軽く叱る。個性違法行使と未成年者喫煙禁止法違反である。最近はA組の女子たちに自分の過去を打ち明けることもある妹紅だが、喫煙の件については流石に怒られた。内申点への影響によっては雄英ヒーロー科に入れなかったかもしれず、彼女らは妹紅に出会えなかったかもしれないのだ。それは彼女らにとって非常に寂しいことだったに違いないし、その想いは妹紅にとっても同じだった。

 

「じゃあ、姉さんにも謝らねぇとな」

 

「……そうする」

 

 結局、轟に諭されて妹紅は頷いた。これには緑谷も一安心だ。因みにエンデヴァーは途中から完全な空気と化している。

 そして爆豪はというと、この男がタバコ程度で罪悪感を覚えるはずもなく(ただし、内申点を気にする()()()()()だけは中学時しっかり持ち合わせていた)、死ぬほど面倒くさそうな表情を浮かべてこう呟いた。

 

「クソどうでもいい」

 

 緑谷に対して『来世は個性が宿ると信じてワンチャンダイブ』と自殺教唆まがいのことを言い放った過去もある男、爆豪勝己。妹紅とは不良としての格が違うのであった。

 

 

 

 

「ごめんなさいね、藤原さん。せっかく来てもらったのに変なところを見せちゃって…」

 

 夜。轟邸にて冬美から豪華な夕飯を振るわれた妹紅たちだが、主賓である轟家のギスギスっぷりは生半可なものではなかった。特に長兄・燈矢の死んだ原因がエンデヴァーにあると認識している次男の夏雄は、食事中に不快感を露わにして途中で席を立つほどだった。

 その後は冬美が何とか盛り上げようとするも、彼女以外は誰も彼も不器用な者ばかり。冬美に負い目を感じている妹紅はずっとモジモジとしているし、爆豪は目を吊り上げながら無言で麻婆をかっこんでいる。エンデヴァーと轟は言わずもがなであり、一番マシな人物が緑谷という時点でこの宴席は割と終わっていたのかもしれない。

 そんな通夜振る舞いのような雰囲気で食事会は終わり、片付けの後に妹紅と冬美は2人で話せる時間を設けてもらっていた。

 

「いえ…。ある程度の事情は轟から聞いていましたから…」

 

「そう、焦凍が…。複雑だけど少し安心したわ。焦凍にも悩みを相談できるような友達が出来たのね。ありがとう、藤原さん」

 

 妹紅は俯き気味に返答しながら当時のこと思い出す。体育祭の昼休憩での出来事だ。あれは相談というより宣戦布告であったが、その時に妹紅は彼の事情を知った。そして、そんな憎悪に凝り固まっていた轟を緑谷が身を張って打ち砕いた。その日を境に轟が纏う雰囲気が大きく変わったのだ。それは誰の目にも明らかだった。

 

「私は何もしていません。緑谷のおかげです。それに轟には私たち以外にも沢山の友達がいますから」

 

 柔らかい空気を持つようになった轟にクラスメイトたちも気兼ねなく話しかけられるようになった。彼は実に真面目で優しく、意外にも天然で可愛い所がある。そんなギャップもあってか皆から好かれた。最近では仮免試験で喧嘩した士傑高校の夜嵐とも仲が良いらしく、彼の交友関係は徐々に広がりつつあった。

 

「ふふっ、そうね。焦凍が喋ってくれる話には沢山の人たちが出てくるわ。でも、やっぱり緑谷くん、藤原さん、爆豪くんの話題が多いかしら。『すごい奴らだ。俺も負けてらんねぇ』って電話でいつも言っているもの。藤原さん、あの時のお願いを聞いてくれて本当にありがとう」

 

「私が声をかけたのは最初だけですから…。それは轟の人柄だと思います」

 

 中学の最後、冬美は妹紅に『弟と仲良くしてほしい』と頼んだ。入学当初の戦闘訓練の際、確かに妹紅は轟に声をかけたが、しかしながら妹紅のそれは義理を果たすための最低限の交流だったのだ。

 結局のところ何もしていないと妹紅は当時の己を振り返る。そういった意味でも面目が立たず、冬美に対して申し訳なさを妹紅は感じていた。しかし、冬美は柔らかな笑みを妹紅に向けると優し気にこう言った。

 

「でも、藤原さんも沢山のお友達ができたでしょう?」

 

「あ…」

 

 冬美の言葉に妹紅の目が大きく見開く。その通りだ。葉隠も芦戸も八百万も耳郎も麗日も蛙吹も、今や掛けがえのない大親友だ。加えてA組の男子たちとはもちろんのこと、更にはB組の生徒たちとも最近はよく話す。ついでに波動ら雄英ビッグ3のおかげで他の先輩たちとの交流も増えた。

 本当に沢山の人たちに恵まれた。なんなら妹紅の交友関係は轟よりも広いのである。

 

「それはきっと貴女の人柄のおかげじゃないかしら」

 

 轟の人柄で友人が出来たと言うのであれば、妹紅に友人が出来たことは彼女の人柄のおかげなのだと冬美は楽し気に言う。妹紅はその言葉を否定できなかった。いや、否定したくなかったのだ。

 

 たとえば妹紅の最初の友人である葉隠透。明るく元気な彼女であれば、相手が『藤原妹紅(わたし)』でなかったとしても仲良くなっていたことだろう。だが、妹紅はそれが許せない。葉隠は誰とも仲良くなれるのだろうが、その優しさに甘んじたくない。相手が『藤原妹紅(わたし)』だったからこそ仲良くなれた、親友になれた。そう思いたいし、思われたいのだ。

 そして今、妹紅は友人ら全員に対してその想いを抱いていることに気づいた。とても傲慢で欲深く、同時に大切で愛おしい想い。

 だからこそ妹紅は冬美の言葉を否定できなかった。己を誇らなければその想いが嘘になってしまうからだ。そうして妹紅は顔を上げた。正面から冬美と視線を合わせ、胸を張ってとても自慢げに。だが、少し照れくさそうに妹紅は朗らかに笑ってみせた。

 

「えへへ、いっぱい友達できました」

 

「ふふふ」

 

 冬美は思い出す。妹紅が中学卒業前に残した笑顔を。あの時は美しいながらも儚く幻想的だったが、今はその儚さが薄れた気がする。代わりに活力が増しており新緑のような生命力を感じた。

 正直なところ、冬美には中学時の担任教師として妹紅の心を救えなかったという後悔があったのだ。当時は出来る限りのことをしていたつもりだったが、過去を振り返ると『ああしていれば…、こうしていれば…』と悔やんでしまう。同時に妹紅が中学を卒業してしまった以上、その後悔が覆ることは二度とないということも理解していた。

 

「でも…、本当に良かった」

 

 かつての担任教師だった者として力不足を感じてしまうこともある。だが、教え子が飛び立っていった先で大きく成長してくれたのは大きな喜びでもあった。

 冬美は妹紅の手を取ると祈るように自分の額にあてた。今の妹紅が元気であることに安堵し、そして未来の彼女の幸せを冬美は心から願う。そんな彼女に妹紅もそっと頭を近づけて心を共にするのであった。

 

 

「あと中学の時のことですが…」

 

「あ、あら何かしら?」

 

 ふと、妹紅が妙にキリっとした表情で冬美に語りかけた。心がときめいてしまうほどのイケメンっぷりである。妹紅にとっては真面目な表情を作っているつもりなのだが、間近にいる冬美は思わずドキッとして声が上ずってしまった。

 

「校舎の屋上でタバコ吸ってたことを友達に告白したらメッチャ怒られました」

 

「うぉい!?え!?タバコ吸ってたの!?コラ~!」

 

「すみません。マジ反省してます」

 

 腰が抜けそうなほど冬美は驚く。極まれに僅かな煙臭を感じることもあったが炎個性故のものだと思っており、今の今まで全く気付いてなかったのだ。

 とりあえず叱らなければいけないものの、喫煙の理由が『保護者である慧音に構ってほしかった(怒られることで藤原妹紅という自己を確認したかった)』とのことだったので、どうにも強く叱れない。

 結局、“もう吸っちゃだめよ”、“はい”という形に落ち着いて、その後は雄英での寮生活のことやインターンのことなどを妹紅は和やかに話すのであった

 

 

 

 

 

「確保完了」

 

「違う…!おまえ…じゃ…っない…!ダメだ…ダメだぁああ~…」

 

 轟邸からの帰り道で事件は起こった。エンデヴァー、緑谷、爆豪、轟の4人と専属運転手の車田が乗る車両が襲われたのである。犯人は『エンディング』というヴィランネームを自称する男。彼は拉致した轟夏雄を人質にしてエンデヴァーたちに襲撃をかけたのである。

 この事態に即座に対応したエンデヴァーだったが、彼は戦闘中に一瞬だけ足を止めてしまった。エンデヴァーのことを心から憎む夏雄。そんな彼を今ここで自分が助けてしまったら、夏雄はその負い目をこの先ずっと背負ってしまうのではないかとエンデヴァーは考えてしまったのだ。

 その隙を突いてエンディングは道路の白線を操り周囲の車両を巻き込もうとする。しかし、それを解決したのは土壇場で才能を開花させた緑谷たち3人であった。『瞬時に最大まで溜めて点で放つ』。それによって爆豪が一瞬の内に夏雄を救出し、緑谷が周囲の車両を守り、そして轟がエンディングを撃破、捕縛したのであった。

 

 

「あああああ!やめろォオオ!エンデヴァアアア!」

 

 事件後、エンデヴァーと夏雄は本心で話し合った。許してほしいのではない、償いたいのだとエンデヴァーは夏雄に言う。

 しかし、そんなエンデヴァーの姿を見てエンディングは捕縛された姿のまま泣き叫ぶ。昔、鷹見という窃盗犯を捕まえた際に見た荒々しい彼の姿。その猛き紅焔にエンディングは強烈なまでに憧れたのだ。7年前にはエンデヴァーに殺されるため市中で暴れたが、残念ながらその時は生きて捕まえられてしまった。

 故に、今度は確実に殺してもらうために息子を人質にとった。違法なブースト剤で個性を増幅してエンデヴァーに殺されるまで人々を殺してまわるつもりであった。しかしながら、憧れの男は変わり果ててしまっていたのだ。

 

「何だその姿はぁああ!やめてくれエンデヴァアア!」

 

「うるさ。空から炎が見えたから駆けつけたけど、なんだこの状況」

 

「来たか藤原。親父(エンデヴァー)狙いだ。夏兄を人質に取られて襲撃を受けたが、なんとか無事だ」

 

 喉が張り裂けんばかりに泣き叫ぶエンディングと、そんな彼を氷で捕縛し続ける轟。その2人の近くに妹紅が降りてきた。炎翼で雄英に帰りがてら街の監視(パトロール)をしていた妹紅は、地上に生じたエンデヴァーや轟の炎を遠くから視認するとすぐに事件発生を認識。警察に通報を入れながら降下し、現場に到着したのであった。

 

「猛々しく傲慢な火!眩い光!俺の希望がぁぁ!やめろぉ消えちまうぅ!違うやめろぉオオ!」

 

「異常な興奮状態。違法薬物か」

 

 エンディングの様子は異常であった。言動は支離滅裂であり妹紅が現れたことにも気づいていない。というか常に白目を剥いており、よくもまぁこれでエンデヴァーの姿が見えているものだなと妹紅は変に感心してしまっていた。

 

「だろうな。さっきからずっとこんな感じだ。一応、気を付けとけ。こいつ道路の白線を操ってたぞ」

 

「道路の白線…。白色の物体全般を操れる個性なら面倒だな。私、全身白いし。別に皮膚を剝がされても問題ないけど、またネットでグロイとか言われるかもしれないし」

 

 轟が妹紅に注意を促した。恐らくは違法なブースト剤で個性を著しく強化しているのだろうが、ずいぶんと珍しいものを操る個性である。故に、妹紅はB組の黒色の個性に似た『色』系統の個性ではないかと推測した。実際は『白線』という道路の白線塗料を操るという個性なのだが、そこまで限定的な個性だとは妹紅も思わなかった。

 

「おい、騒ぐな。ひとまず落ち着いて深呼吸しろ」

 

「家族か!?家族がいるから変わってしまったのかエンデヴァアア!なら、次はぁああ!次は先にぃぃ――火!なんだそれは…お前のその火はなんだぁああ!?」

 

「は?」

 

 エンディングは出所直後に今回の犯罪を起こしている。前回の懲役刑は7年。今回の場合は悪質さを踏まえると10年を超えるかもしれない。だが、それでもエンディングは諦めていなかった。かつてのエンデヴァーを取り戻すため、次はその原因である家族を葬り去ろうと企み始めていたのだ。

 そんな中、皮膚の色を隠すため炎を薄く纏った妹紅が声をかける。その時である。これまでエンデヴァー以外は眼中にも無かったエンディングの様子が急変した。彼は白目をより一層剥き出しにして妹紅を凝視すると、直後に悲鳴を上げて酷く怯え始めたのである。

 

「藤原、何かしたのか?」

 

「いや、炎で肌の白色を隠しているだけだけど…。驚かせてしまったのかも」

 

 エンディングの急変に妹紅と轟は顔を見合わせて首を傾げていた。相手の言動からして妹紅の炎に怯えたのかもしれないが、炎なんてエンデヴァーも轟も使っている。皮膚に纏う炎を消した方が良いのかもしれないが、これが相手の策であれば危険を伴う。下手に炎を消すことはできなかった。

 

「暗く惨たらしい炎!血だまりに沈む死体!ヒィィ!!」

 

「おい、少し落ち着いて…」

 

「バケモノ!来るなぁアアア!来るなバケモノぉおお!ゲェェェッ!!」

 

 なおも狂乱するエンディング。流石に心配になった妹紅が一歩近づくと、それだけで彼は激しく嘔吐した。ビチャビチャと吐瀉物が地面で飛び散り、同時にエンディングの股間から湯気が上がる。彼は失禁していた。

 いくら何でもこれは演技ではないと判断して妹紅は纏っていた炎を消す。それでもエンディングの恐慌状態が治まる様子はない。この騒ぎを聞きつけて緑谷と爆豪もやってきた。

 

「な、なにごと!?」

 

「あァ?キマりすぎてバットトリップにでも入りやがったのかコイツ?」

 

「分からん。とりあえず藤原は下がっていてくれ。何故かは知らないが藤原にビビっている」

 

「…ああ」

 

 妹紅が少し離れるとエンディングの怯えた瞳(白目)が彼女の姿を追う。やはりと云うべきか緑谷にも爆豪にも轟にもエンディングは反応しない。妹紅だけである。何故か妹紅だけが異様に恐れられていた。

 訳が分からないと妹紅は溜息を吐く。その時、視線を感じたので妹紅が振り返ると専属運転手の車田がドン引きの表情でコチラを見ていた。“違う!私のせいじゃない!”という意を込めて妹紅は慌てて首を横に振るが、車田は“お、おう…”という感じで頷いたものの表情は強張ったままである。

 一方でエンディングは幻覚に苦しみ始めており、今や周囲全てにナニカが見えているようであった。

 

「触るなッ!やめろォおお!死体が!死体が俺を掴んでいる!そんな炎で俺を焼くなァァアア!いやだァァアアア!」

 

「もう藤原も炎を消しているし、誰もお前を掴んでいない。氷で拘束しているだけだ。いいから落ち着け」

 

 轟が鎮静を促すが、エンディングは拘束箇所以外の部位をこれでもかとバタつかせて幻覚から必死に逃れようとしていた。

 見えているのは自身を取り囲む少女の死体の山だ。白い肌の血塗れ死体が山のように積み重なり、それら全てが己に向けて手を伸ばしている。死体に掴まれた部位からは暗く悍ましい炎が溢れ、自身の肉と骨を腐らせていく。地獄に堕ちたのだと認識するほどの幻覚をエンディングは見ていた。

 

「薬物の離脱症状かな…。かなり重度だ。救急車を要請します」

 

「ふん…、そういうことかよ」

 

 緑谷が救急車を呼んでいる横で爆豪が小さく呟いた。この男子3人の中で爆豪だけは妹紅の内に潜む『死』を知っている。体育祭の決勝戦前、妹紅に対して“ブッ殺すぞ”と発言した際に爆豪はソレを見た。積み重なった濃厚な死の気配を妹紅の瞳の奥に見たのだ。

 このヴィランの男は薬物のサイケデリック体験に伴い、妹紅の炎に死の気配を強く感じたのだろう。そして恐怖に震え上がってしまった。恐怖はバットトリップを引き起こして地獄を見せる。その結果がコレであった。

 

「ヒィィイイッ!いやだぁアア!」

 

 エンディングはエンデヴァーの炎に希望を見い出し、焼き殺されることを望んだ男である。そんな死に方を願った彼だったが、それ故に『死』そのものには目を向けていなかった。死んだ己がどうなってしまうのかなど考えていなかったのだ。

 しかし、彼は今それを知ってしまった。地獄行きという末路を体験したのである。それが幻覚だと理解したとしても魂に刻み込まれた死の恐怖は消えない。最早エンデヴァーだろうが何だろうが全てが些事。ただただ彼は死が恐ろしかった。

 

「ああァァアア!!」

 

 物事の終わり(エンディング)。身勝手な死を望んだ男の末期は、晩年の最期まで死を酷く恐れる哀れな人生であったという。

 

 

 

「オェッ!……オエェッ!」

 

「……。言っておくけど私だって普通に傷つくんだからな…」

 

 轟と緑谷に介抱されつつ警察に引き渡されるエンディング。もはや胃液すら出ない彼の嘔吐(えず)く声を聞きながら妹紅は悲し気に呟く。

 事件は解決したが、そもそも妹紅が到着する前に既に解決されていたのだから事態を悪化させただけにも思える。だが、妹紅に非があった訳ではないので余計に釈然としない。なんかもう交通事故に遭った気分である。妹紅はさっさと雄英に帰って寮で寝ることにした。

 

 なお、翌日。野次馬によって撮影された事件の様子がネットに投稿され、『エンデヴァーの痴話喧嘩』と題されたその動画は一部の層に大いにウケた。エンデヴァーが拉致された被害者男性(夏雄)を救出後も熱く抱きしめ続け、それに対してエンディングが意味深なことを叫んでいたものだから誤解が起きたらしい。

 それから被害者男性がエンデヴァーの息子だったと広まると『朗報:エンデヴァー、愛する家族を守る』や『悲報:エンデヴァー、ホモじゃなかった』などと話題になった。

 そして妹紅はというと『ヤンデレホモの天敵』や『近づくだけでヴィランを発狂させる女子高生』、『戸惑うもこたん可愛い』などと言われ、最終的には『やっぱりドラッグって怖いよね』、『クスリ。ダメ。ゼッタイ』という内容に落ち着くのであった。

 




エンディング「コイツきっしょ!おぇっ!」

妹紅「このヴィラン失礼すぎるだろ…」

 ステインからエンデヴァーへの評価は「偽物。粛清対象」。逆に、エンディングからは「眩いほどの憧れ。俺の希望。殺してほしい」という評価。なので、ステインとエンディングの感性は正反対だと思われます。
 逆に、ステインから妹紅への評価は「本物の英雄。さぁ俺を殺してみせろ」。そのため、エンディングからの評価は正反対となり「クッソ悍ましい。殺されたくない」になっています。もう二度と自殺できないねぇ…。


 相澤とマイクによる黒霧の白雲イベントは原作と変わらないのでスキップします。説得の面子に慧音を追加する可能性もありましたが、慧音は現役を引退しているし、2人と違って親友だったという訳でもないので参加せず(知らされず)パスの流れに。

 次話より全面戦争編に入ります。

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