もこたんのヒーローアカデミア   作:ウォールナッツ

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2024/01/02 幕話雄英文化祭ニコ生配信 後編 を投稿しました

また、幕話の位置を少々変更しました。



もこたんとAB組合同戦闘訓練 4

 

(試合時間は残り5分ほど。高度はさっきよりも高く500メートル。これだけの高度であれば、相手も打つ手は無いはずだけど…警戒は怠らない)

 

 妹紅は上空で思考を続ける。圧倒的に有利な状況であるが、それでも油断するつもりはなかった。上空500メートルという高さも、妹紅がその気になれば1000メートルでもそれ以上でも高度を上げることができる。しかも、迫ってくる相手に対しては引き撃ちでの対応もできるのだ。そうである以上、ここからの逆転はない。油断していないとはいえ妹紅にはその確信があった。

 それを裏付けるようにフィールド中に笛の音が『ピーーッ!』と高らかに鳴り響く。そして相澤の声でアナウンスが流れた。

 

『試合終了。時間はまだ少し残っているが、遥か上空を飛行する藤原への対抗策が合同チームには無いと教員側で判断した。これ以上は時間の無駄なので、試合はここで終了とする。藤原の勝利だ。これから講評を行うから全員はよ戻れ』

 

「ふぅー…」

 

 空中で妹紅は大きく息を吐く。勝った。ようやく緊張の糸がほぐれた。

 彼らは手強かった。誰もが強く、そして最後まで諦めていなかった。どの場面でも妹紅が打つ手を間違えていたら一発で逆転されていただろう。一切の油断が許されない厳しい戦いだったと妹紅は思い返していた。

 

「お前たち、そう落ち込むな!負けてしまったものの、よく健闘した!俺は感動したぞ!さぁ全員、胸を張って戻ってこい!」

 

 ブラドキングの声が聞こえた。あの体格だけあって地声もデカいようだ。拡声器などを使っていないにも関わらず、上空500メートルのところまで聞こえてくる*1

 避難誘導を呼びかけることの多いヒーローにとって声のデカさは大きな長所だ。妹紅はあまり大声が出せるタイプではないので羨ましい限りだった。

 

「藤原も火の鳥を消して戻ってこい!む?おーい、藤原ー!ちゃんと聞こえとるかー!?聞こえとるなら返事をしろー!」

 

 ブラドキングの声が妹紅に呼びかける。大量に展開された火の鳥のせいで妹紅がどこに居るか把握できていないのだろう。聞こえるかどうか分からないが妹紅は可能な限りの声量でそれに返答した。

 

「はい、今戻――…」

 

 その瞬間である。妹紅の意識はカクンと闇に落ちた。

 

 

 

「おやおや?ダメじゃないか、まだ試合が終わっていないのに油断なんてしちゃさ」

 

 ブラドキングの太い声質はそのままだというのに、そんな彼に似つかわしくない軽薄さが声に混じる。それもそのはず、声の正体は物間だった。彼は心操の『洗脳』個性をコピーし、そして彼のサポートアイテム『ペルソナコード』を借りて声を発していたのである。

 

「ケヒヒ、俺たちは試合開始の直後から精神的トラップを仕掛けていた」

 

「そう、藤原さんを確実に『洗脳』するためにね。なにせ相手は単独。仲間とコミュニケーションを取る必要が無い以上、試合中に喋ることはないだろうと最初から分かっていたよ。じゃあ、どうやって喋らせるか?簡単さ、()()()()()()()()()()()()()()

 

 自らを陰謀ヒーローと名乗る黒色(ベンタブラック)が口元に弧を描いて笑うと、物間もブラドキングの声のまま彼に追従するように語りだした。

 『洗脳』による妹紅の無力化。これは当初からの作戦であり、物間たちは最初からずっとこのタイミングでの『洗脳』を狙っていたのである。

 

「試合開始直後と最後の笛の音(ホイッスル)。ヒヒ…、あれは俺が吹いていた。そもそも今日の第一試合から第五試合まで、先生方は笛など使っていないのだ。だが、藤原はその試合に立ち会えなかった。故に、俺が最初に吹いた笛の音は藤原にとって『試合開始の合図』だと強く印象付けられたことだろうし、最後の笛の音は『試合終了の合図』として聞こえたはず。ケヒヒ、思い込みさ」

 

 たかが笛の音。しかし、だからこそ怪しまれずに先入観を植え付けることが出来る。また、彼らの仕込みはそれだけではなかった。

 

「当然のことだけど皆には本気で戦ってもらったよ。じゃないと怪しまれるからね。それで藤原さんを倒してくれたら万々歳だけど、そんなに甘くはないっていうのも分かっていた。だからこそ『洗脳』の個性も途中でわざと見せたんだよ。使わないままだったら警戒され続けるだろうから、『洗脳』の脅威は乗り切ったと思い込ませるためにね」

 

 40人の全力の抵抗。緑谷や爆豪など、生徒の中には物間の作戦に頼らずに己の手で妹紅を倒さんと意気込む者も居た。それだけ本気だったからこそ、それら全てがそのまま本命への布石と化したのである。

 ただ、その中で注意するべきは心操の死守だった。『洗脳』の個性がなければ、この作戦は前提から崩れてしまう。逆に言えば、彼さえ脱落していなければ勝利の可能性は残り続けるのだ。彼らにとっては如何にそれを妹紅に悟らせないようにするかという戦いだった。

 

「因みに声は宍田がイレイザーヘッド先生で、物間がブラドキング先生を担当した。ケヒヒ…」

 

「宍田の声って相澤先生に似てるもんね。声の抑揚とか真似ると予想以上にそっくりで驚いちゃった」*2

 

「ブラドキング先生の声は物間でも俺でもどちらでも良かったが、俺はブラドキング先生の喋り方に詳しくないから物間にやってもらった。俺はただ『洗脳』個性とアイテムの『ペルソナコード』を物間に貸しただけだな」

 

 ブラドキングは熱血教師だ。声を張り上げても違和感はない。逆に、相澤が大声などを上げて呼びかけていれば違和感を強く感じてしまうだろう。だから相澤(宍田)の声は機械的な拡声機を八百万に創ってもらい、それを使った。

 一方で、『洗脳』の声は機械等を通すと効果がなくなってしまうため、ブラドキング(物間)の声は肉声で妹紅に呼びかけている。もしも、肉声が届かなかった場合は八百万に円錐型の筒(メガホン)を創ってもらう予定だった。アナログなメガホンといえども音響工学の理想値に沿った構造で作成すれば、肉声を数キロ先まで届けることが可能なのである。

 

「もちろん、ここまでしても藤原さんが返事をしないという可能性もあっただろうね。でも、僕らはそれでも良かった。たとえ『洗脳』にかからずとも先生方(ぼくたち)の“戻れ”という指示を信じていれば、藤原さんは試合中なのに指定フィールドの外に出ることになってしまう。そうなればルール違反、もしくは試合放棄ということで僕らの勝ちさ」

 

「ああ、神よ…!このような悪しき謀を黙認してしまった私を地獄(ゲヘナ)の業火に投げ込みください…!」

 

 ヘラヘラと作戦を語る物間に対して、謀略を嫌いながらも妹紅を倒すためには黙認せざるを得なかった塩崎は自己嫌悪で大いに嘆いていた。この作戦が嫌だと言うのならば、それまでに自力で妹紅を倒せばいいだけの話なのだ。それが出来なかった以上、塩崎も文句は言えない。ただ己の非力を嘆くしかなった。

 

 しかし、勝利を確信した彼らがそんな話をしている時である。周囲の異変に気付いた障子が慌てたような声を上げた。

 

「む!?マズいぞ物間!早くしろ!」

 

「落ち着きなよ、障子くん。試合終了まで未だ3分以上あるじゃないか。30秒もあれば藤原さんを投獄できるよ」

 

 物間はそう笑う。後は妹紅に牢まで飛んで行けと命じるだけで試合は終わるのだ。だから焦ることはないと言う物間に、障子は違うと叫んだ。

 

「そうではない!藤原の火の鳥がまだ動いている!」

 

「へ?」

 

 物間の目が点になった。『洗脳』によって妹紅の意識は落ちており、彼女は炎翼で浮遊した状態で空中に留まっている。また、大量に展開されていた火の鳥も妹紅が『洗脳』された瞬間に、その動きは停止していたはずだ。物間といえども、そこまではしっかりと確認していている。

 だからこそ、まだ飛行できる火の鳥が残っているなんて想定外だった。

 

「火の鳥が瓦礫を咥えて藤原氏に向かっておりますぞ!?『洗脳』で本人の意識が無いはずなのに!?」

 

「火の鳥の自動(オート)操作だ!意識が無くなったらそう動くように事前に設定していたのか!」

 

「しかも、『洗脳』された直後に動くんじゃなくて、少し時間をおいてから動くようにしていたな!俺たちの油断を誘うためか!」

 

 『ビースト』で視力を強化した宍田が叫ぶと、A組の面々も血相を変えた。

 妹紅は念のために『洗脳』後の対策を取っていたのだ。無論、妹紅も『洗脳』にかかった経験はないので自動操作が上手く働くかは不明だったに違いない。しかし、それでも何も対策していないよりは幾分かマシだ。万が一を考えて妹紅は可能な限りの予防線を張っていた。

 

「急げ物間ッ!」

 

 数匹の火の鳥が瓦礫を咥えて妹紅へと直行する。瓦礫が当たれば衝撃で妹紅は覚醒してしまうだろう。合同チーム側としては、それは絶対に阻止しなければならなかった。

 

「ぜ、全部の火の鳥を今すぐ消すんだ!」

 

 物間が命令を叫んだ。もしも、妹紅に対する命令が“個性を消せ”であれば、炎翼も消えてしまい妹紅は落下するだろう。そして落ちてくる妹紅を受け止めると、その衝撃で『洗脳』が解けてしまう。それを回避するための“火の鳥を消せ”という命令だった。

 物間の命令によって存在する全ての火の鳥が燃え尽きたように消えていく。火の鳥が咥えていた瓦礫は慣性と重力に従って斜めに落ちていき、それらは妹紅に直撃せずに彼女の足元を通り過ぎていった。

 

「あ、当たらなかった!ギリギリセーフですぞ!」

 

「っぶねぇ!?」

 

「は、ハハ!中々驚かせてくれるじゃないか!ま、まぁ、僕は最初から分かっていたけどね!アハハー!」

 

 下す命令が僅かにでも遅ければ瓦礫は妹紅に直撃していただろう。しかし、寸前で何とかなった。皆はホッと胸をなでおろし、物間は冷や汗まみれの顔で引き攣った笑い声を上げていた。

 そして、心操もまた大粒の冷や汗を垂らして驚愕を露わにしていた。

 

「まさか洗脳された時の対策まで立てていたとはな…!」

 

 体育祭で緑谷が『洗脳』を自力で解除した時のような、謎の力技ではない。妹紅は理屈をもって『洗脳』の自力解除を試みていた。単独の相手に『洗脳』が決まったとしても覆される可能性はある。個性の詳細が相手に知られるということはそういうことだ。心操はその恐ろしさに背筋が凍る思いだった。

 

「でも、これで火の鳥は全て消えたわ。もう妹紅ちゃんには何の手段も残ってないはずよ」

 

「だな!」

 

「ふー、焦ったぜ」

 

「火の鳥を消した…。ん?個性を解除したってことは…あー!しまった!上や!」

 

 蛙吹の言葉に皆が頷く。しかし、僅かな違和感に気がついた麗日が突如として大声を上げた。

 ある。あるのだ。妹紅にはまだ抵抗する手段が残されていた。麗日は真っ先にそれに気づいたのである。

 

「上…?なッ!?藤原の真上から瓦礫が落ちてきている!?」

 

 麗日は『流星群』という必殺技を持っている。それは個性を解除することで浮かせた瓦礫を落とすという技だ。そして、それは妹紅の個性でも再現可能な動作でもあることを思い出したのだ。

 つまり、妹紅は火の鳥に小石サイズの瓦礫を詰め込み、自身の頭上を常に飛行させていた。瓦礫が融けない程度に抑えた低火力の火の鳥だ。その火の鳥が消された際、詰め込んでいた瓦礫が降ってくるよう事前に仕込んでいたのである。

 

「い、今すぐその場から移動――ッ!」

 

 物間が叫ぶ。だが、落下速度には敵わない。そもそも気付くのが遅すぎたのだ。

 小石サイズの瓦礫は落下スピードに乗って妹紅の頭上へと降り注ぐ。コツン、ゴツン、ゴッ、と頭頂部や肩に瓦礫が直撃していき、その直後に妹紅の瞳に光が戻った。

 

「…あれ?火の鳥が消えてる…。…まさか『洗脳』?ということは、あの声か…!」

 

 妹紅の視点では、試合は終わっていたはずである。だというのに急に意識を落とされた。つまり『洗脳』を受けてしまっていたのだ。覚醒後の数秒間は混乱していたが、しばらくすると妹紅も教師陣の声が偽物だと理解した。そこまでするかと慄きつつも、妹紅は遥か上空へと駆け上がっていく。

 これに対して合同チームが打てる手はもう存在しない。彼らは暑さで疲れ切った顔で妹紅を見送るしかなかった。

 

 

 こうして試合の決着はついたのであった。

 

 

 

 

「はい、お疲れさん。これから講評を行う。座って水分を補給しながらでもいいが、内容はしっかり聞いておけよ」

 

 今度こそ本当に試合終了となり、妹紅を含めた全員が教師陣の前に集められた。妹紅以外の面々は暑さでヘロヘロ。座り込んでスポーツドリンクを浴びるように飲んでいるが、爆豪だけはしかめっ面で腰を下ろすことなく頑なに立ったままだった。

 

「まずは合同チーム。『洗脳』を主軸に置き、それを隠し通すという作戦そのものは良かった。だが!最後の気の緩み!あれがなければ藤原に勝てていたはずだぞ!油断の原因は“藤原を撃破する、洗脳する”という結果を目標に据えてしまったこと!勝利条件は“藤原を投獄する”ことだったというのに、お前たちはその一歩手前を目標に据えてしまっていた。その差が勝敗を分けたのだ!」

 

 ブラドキングが皆を睨みつけながらそう批評すると、彼らは返す言葉もなく項垂れた。試合後半における判断の数は可能な限り減らしておくべきだったのだ。

 何故ならば、暑さや疲労で思考力・判断力が著しく低下してしまうため。普段なら瞬時に判断できることも異様に時間がかけてしまったり、酷い時には意識を向けることすら難しくなってしまう。妹紅を『洗脳』した後の油断もこの思考力の低下が起因していたのだろう。

 彼らは作戦を立てる段階から、それらを考慮しておくべきだった。

 

「分析力と判断力に優れて体力にも余裕のあった緑谷くんと爆豪くんが戦線離脱してしまったのが痛かったわね。2人とも目は大丈夫かしら?」

 

「あ、はい。水で洗い流したので今は大丈夫です」

 

「チッ…!」

 

 試合フィールドは工場地帯という設定だ。一部は水道も通っており、彼らは水で洗い流して何とか視力を取り戻した。だが、その間に妹紅は『洗脳』を受け、そして自力で覚醒してしまっていた。

 もしも、彼らが無事でいれば妹紅の覚醒を阻止できていたかもしれない。だが、ミッドナイトはこうも語った。

 

「緑谷くんと爆豪くんが動いたのは間違いだった…とは言わないわ。あの場面で藤原さんを追わなかったら、それはそれで怪しまれるもの。ただ、真下からの追跡は本当に危ないから気をつけなさい。今回は髪の毛だったから良かったものの、危険な化学薬品なら失明することだってあるわよ」

 

「濃硫酸とか?」

 

「超危険物!だけど、製造自体はさほど難しいものではないから当たり前のように闇で流通しているはずよ。硫酸だけじゃなく、それ以上に危険な薬品もね」

 

 芦戸が尋ねるとミッドナイトは大きく頷く。ヴィランは厄介だが、そんな悪党にアイテムを売る闇のバイヤーも厄介なのだ。彼らは犯罪現場に出てこないから検挙するのも簡単ではない。だから被害が出続ける。非常に鬱陶しい連中なのである。

 

「い、以後気を付けます…!目に入る瞬間まで全然気づかなかったから、視認してからの回避は無理だ。ゴーグル…いや、皮膚に付着すること自体が危険な薬品もある。それを考えれば位置取りから変えていかないと…!だとすると相手と同じか、それ以上の高度を取る必要が…。その為には…ブツブツ…」

 

「あああ!キメェんだよ、クソデクが!」

 

 クソオタクモードに入ってしまった緑谷に、苛立ちを露わにする爆豪。A組のいつもの光景である。

 一方で、蛙吹は妹紅の目潰し攻撃に見覚えがあった。

 

「見えにくい髪の毛。なるほど、妹紅ちゃんの目潰し技は透ちゃんから学んだのね。透ちゃんの髪は完全に無色透明で見えないもの」

 

「元は妹紅の不意を突くために開発した技だったんだけどね~」

 

 苦笑いするような声で葉隠が答えた。妹紅との模擬戦の回数はクラスメイトの中でも葉隠が断トツだろう。そんな中で彼女の戦術は磨かれていき、新しい技も思いついていく。その技の一つが透明な髪の毛による目潰しだった。

 それらを妹紅に試していくうちに妹紅も学んでいき、そして再現可能な技術なら真似もする。つまり技のラーニングだ。逆に、葉隠も妹紅のワーハクタク流格闘術や尾白の空手などを覚え始めていたりしていた。

 

「へぇ、その目潰し攻撃は藤原に効いたの?」

 

「いやぁ全然。すぐに炎で目に入った髪の毛を焼き尽くされちゃったから。もう一つの目潰し技『集光屈折ハイチーズ』も今回みたいな状況だと皆も眩しくさせちゃって使えないからね。だから、今回は打撃オンリーで頑張った!ガードされちゃったけど」

 

 取蔭の問いに葉隠が答えた。そうは言えども、試合中の40人の中で妹紅に打撃を与えたのは唯一葉隠だけである。何気に凄いことだった。

 

「じゃあ、次は藤原な。お前も同じく最後の油断。小森の投獄を終え、逃げ切り態勢を完璧に整えてしまったことで無意識に油断が生まれたな。そこに偽の試合終了の報が耳に入り、疑うことなく信じてしまった」

 

「……」

 

 妹紅は何も反論できなかった。“油断していない”という思考そのものが油断の現れだったのだ。その思考のリソースは周囲の警戒に割くべきであり、返事をさせようとしてくるブラドキングの声に疑念を持つべきだった。そういうことだ。

 そんな反省している様子の妹紅を見て、相澤は頷きながら講評を続けた。

 

「お前の強さは既に全国に周知されている。そんな中でヴィランどもが正攻法の戦いを挑んでくることは無いと思って行動しろ。正攻法で襲われたら、それはお前の裏をかくための囮だと思え。常に警戒を怠るな。…故に、万が一の『洗脳』を想定した上で、その対策を練っていた点は大いに評価できる。見事だった。実際、今回はそれで勝利した訳だしな」

 

「おめでとう藤原少女。合同チームの皆もお疲れ様。本当に素晴らしい戦いぶりだった。プロ顔負けだよ」

 

「ありがとうございます」

 

「あざっす!」

 

 相澤は批評しながらも褒めるところはキチンと褒めてくれる。オールマイトも拍手をしながら皆を労ってくれた。

 

「では、これで今日の授業は終わりだ。身体にダメージを感じる者は保健室で婆さんの診察を受けとけ。熱中症対策に水分と塩分の補給も忘れるなよ。俺は演習で使用した運動場γ(ガンマ)の被害状況を確認してから戻るから、お前たちは先にバスに乗って校舎に戻ってろ。はい、解散」

 

「「「ありがとうございましたー!!」」」

 

 大きな声で礼を返してから各々は歩き出した。皆かなり疲労が溜っているが、足取りはしっかりしている。歩きながらA組もB組も心操も混ざって和気あいあいと先ほどの試合を振り返っていた。

 

「だー!負けたー!」

 

「反省を兼ねてAB組の交流会しない?」

 

「いいねー!」

 

「屋外戦もこたんマジやべぇ。そもそも届かねぇもん」

 

「ああ、飛行能力を持つ相手は大きな脅威だ」

 

「飛行できるサポートアイテム欲しいよなー。なぁ緑谷、アイテムで飛行してるヒーローとかって知らね?」

 

「知ってるよ!有名なのはバスターヒーローのエアジェットじゃないかな!彼の活躍を支えているのは背中のバックパックなんだ!他にも――」

 

「さ、流石は緑谷だぜ…!」

 

 雑談の中でそう尋ねられた緑谷は目を輝かせて次々とプロヒーローやサイドキックの名を挙げていく。周りは割と引いているが、緑谷は実に楽しそうだ。

 そんなグループとは別に、女子たちや一部の男子たちはミッドナイトに話しかけていた。

 

「ミッナイ先生、私たちの戦いどうでした?」

 

「フフフ…!青春の汁が迸りまくる堪らない試合だったわよ」

 

 互いが死力を尽くした今回の試合。若人の青春が大好きなミッドナイトにとっては最高の御馳走だったのだろう。頬を赤らめながら舌なめずりをするその様子は妖艶だった。

 

「汁て」

 

「言い方が卑猥…!」

 

「たしかに俺たち熱波で汗だくにはなったけども!」

 

「葉隠、寒くないか?」

 

「大丈夫だよ、もこー」

 

「ウッヒョーー!濡れ濡れコスチュームだぜぇー!」

 

「峰田うるせぇ!」

 

 妹紅以外は誰も彼も汗まみれだ。季節は秋。汗をかいた後はとても冷えるだろうが、今はまだ試合での熱が肉体的にも精神的にも残っているようだ。なお、そんな汗で濡れたコスチュームを身にまとう女子たちの姿を見て、峰田は大興奮していた。

 

「みんな、汗で冷えて風邪をひかないよう注意するのよ!」

 

「「「はーい!」」」

 

 生徒たちがバスに向かう。A組は相澤の代わりにミッドナイトが引率してくれたようだ。

 そして現場に残った相澤がAIロボカメラのモニターを見ながら被害状況を確認していると、同じく残っていたオールマイトが背後から声をかけてきた。

 

「相澤君」

 

「はい、何ですかオールマイト」

 

「さっきの試合は…生徒たちに『不死鳥』への対策を意識させる為かい?」

 

「……」

 

 その問いかけに相澤の動きが止まる。しかし、それは一瞬のことで彼は無言のまま作業を続け始めた。そして数秒間の静寂の後、相澤はゆっくりと口を開いた。

 

「…ええ、そうです。合宿時の襲撃の際、ヴィラン連合は拉致した藤原の個性因子のサンプルを取っているはずです。可能性の話ですが…現れるかもしれません。『不死鳥』の個性を所持した強個体の脳無が。さらに個性の複製を考えれば、それが複数体出てくることも考慮に入れておかなければなりません」

 

 相澤の懸念はそれだ。個性の複製・付与がAFOだけの力なのか、それとも彼が不在であっても可能なのか。それはまだ分からない。

 だが、およそ2日間。妹紅が拉致された際にAFOが健在だった時間がある。その間に何をされたのか不明なのだ。妹紅の『不死鳥』は奪われなかったが、既に『不死鳥』が複製されて脳無に付与されているかもしれない。それは可能性の話だが十分に有り得る話であり、不死鳥脳無が現れた場合はとてつもない被害が出ることは間違いなかった。なぜなら『不死鳥』は完全炎熱耐性を持つ。ヒーロー側の最高火力であるエンデヴァーと妹紅の炎が完全に無力化されてしまうのである。

 

「生徒たちは勝てそうかい?」

 

「無理ですね。殴り殺されるか、焼き殺されるかして終わりです。先ほどの試合を組んだ理由も、不意に不死鳥脳無と戦闘になってしまった際は即座に撤退して少しでも生存率を上げさせるためのものですから」

 

 そう、彼らでは絶対に勝てない。一瞬で殺されるだけだ。だから、相澤は今回の試合を組んだ。圧倒的な強敵を相手にどう対処するかを教えたかったのだ。

 これでほぼ0%だった確率が1%くらいにはなっただろう。無論、これは勝率ではなく生きて撤退できる生存率としての数字だった。

 

「では…」

 

「ええ、その時は俺が『抹消』で個性を消した後、他のヒーローの手を借りて不死鳥脳無を(ころ)します。生徒たちには近づけさせません」

 

 オールマイト並みの身体能力に『不死鳥』が加わり、更に複数の強個性も所持するであろう不死鳥脳無。これまでの脳無を見る限りキャパシティなども存在しないだろう。ならば、これを始末するには相澤の『抹消』が有効だった。

 

「もしも不死鳥脳無が『干渉個性無効』系の個性を所持している場合は、13号の『ブラックホール』で(ころ)します。塵と化しても、そこから『不死鳥』で蘇る可能性はありますが、蘇生への対処法については個性に依らない手段を幾つか考えています」

 

 相澤が脳無と戦う上での問題は『抹消』が効かなかった場合だ。こうなると相澤はただの無個性に過ぎなくなる。故に、その場合は13号がやる。捕縛のための『ブラックホール』ではない。相手を確実に始末するために彼女は個性を使用するつもりだった。

 

「そうか…13号も…」

 

「ええ、俺もアイツも覚悟は既に決めています」

 

 相澤も13号もヴィラン連合とはUSJでの襲撃時から因縁が続いている。そのため彼らはヴィラン連合に関する脅威を正しく認識していた。福岡で泥水の『ワープ』個性が現れてしまったこともそうだが、不死鳥脳無への懸念が特にそうだ。現状では高確率でヒーロー側は敗北し、この国は悪の手に落ちる。それほどに危機的な状況なのだ。

 だが、それを覆すことができる個性こそ、最強の殺傷力を有する13号の『ブラックホール』だった。救助系ヒーローを貫いてきた彼女がどれほど苦悶し、その覚悟を決めたのか。オールマイトにはそれが痛いほど理解できてしまった。

 

「すまない。6年前、私がAFOを追い詰めた際に止めを刺せていればこんなことには――」

 

「止めてくださいオールマイト。それを言われると我々の立つ瀬がありません。俺たちは今まで貴方に頼りきりになっていました。そして今度は藤原たち次世代の力に頼ろうとしている…。今、真に立つべきは現役ヒーローです。俺たちにもプロヒーローとしての意地がある」

 

 史上最高のNo,1ヒーロー、オールマイト。本人がどう思おうとも、その評価が覆ることはない。彼は数十年間のヒーロー業の中で日本の闇を晴らし、平和の象徴になったのだ。

 しかし、その反動でプロヒーローたちに甘さが生じてしまったことも否めない。オールマイトに憧れる者は無数に居たが、越えようと本気で思っていた者はほぼ皆無。唯一の例外は現No,1ヒーローのエンデヴァーくらいだったが、そんな彼も福岡では脳無相手に苦戦してしまった。

 それが現在の状況だ。民衆は脳無らヴィラン連合の恐怖に怯えて暮らしており、犯罪発生率も上がったまま。そんな中、人々が希望を向けた先は現役のプロヒーローではなく、神野区で強個体脳無を撃破してみせた未だ学生の妹紅だった。

 

「別に俺は藤原や生徒たちのインターン活動を否定しているという訳ではありません。今後も、藤原の炎が必須となる場面は数多く出てくるでしょう。ですが、藤原に全てを頼ったまま上手く解決したとしても、それは貴方に依存していた今までと同じになってしまいます。ヒーローは何の為に強く在るのか…。今こそ俺たちはそれを思い出さなければなりません」

 

「相澤くん…」

 

 冷静ながらも熱い力のこもった声質で相澤はそう語る。その様子にオールマイトは静かに彼の名を呟くことしかできなかった。

 そんな空気の中、ようやくカメラのモニターから顔を上げた相澤がオールマイトの方へと振り返った。

 

「オールマイト」

 

「なんだい?」

 

「この破損している建物群は修理しましょう。ここは建て直し。あちらは破損が少ないので現状維持で」

 

「…そうだね。じゃあ私たちも校舎に戻ろうか」

 

 モニターを指差しながら淡々と報告する相澤にオールマイトは一拍の間を置いてから頷いた。

 それからオールマイトは“ここまで車で来ているから相澤くんも乗りなよ”と親指を立てて微笑む。相澤はやっぱり無表情だったが、その顔のままで“では、お願いします”と答えた。

 彼らしい反応にオールマイトはニッコリと笑みを深める。それから2人は一緒に校舎へ戻るのであった。

 

*1
常温での音速はおよそ秒速340m。山で自分の声が返ってくる「やまびこ」で考えると、1.5秒程度で返ってくる声が聞こえたら、その声の大きさは500m先にも聞こえる声量だったということである。(地形や雑音によって音量が減衰することもあるが)

*2
アニメにて相澤と宍田の声優は同一人物である




 以上、妹紅 対 AB組+心操の試合でした。
 合同チーム側の連携技を考えるのが楽しかったですが、妹紅がそれにどう対処するかという点も楽しかったです。
 一応、対妹紅戦において彼らがこの時点の実力で出来そうなことは自分が思いつく限り書いたつもりですが、思いもよらない連携コンボがまだまだ眠っているかもしれません。
 そんなまだ見ぬAB組の個性連携技があれば、感想などで教えてもらえると嬉しいです。その他の感想等もお待ちしております。
 

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