もこたんのヒーローアカデミア   作:ウォールナッツ

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もこたんとAB組合同戦闘訓練 3

「頑張れ皆!時間は残り半分!後10分だ!」

 

(残り10分…。火の鳥の攻撃と高温による疲労はあるが、俺はまだ動ける。他の連中は全体的に火の鳥に圧されていやがるがギリギリ何とかなる。だとしたら、いつ白髪女が降りて来てもおかしくねぇな)

 

 試合時間が半分を過ぎた頃。仲間を鼓舞し続ける飯田を余所目に、爆豪は襲い来る火の鳥を爆散させながら冷静に周囲の状況を考察していた。

 この試合、20分間という制限時間に救われている。これが30分間であったならば、恐らく火の鳥の猛攻に耐えられぬ者たちが続出していただろう。しかし、20分ならギリギリ耐えられる。

 故に、妹紅の次の一手が本人による強襲であることは容易に予想がついていた。

 

「腕、しっかり警戒しとけや!そろそろ白髪女が動き始めてもおかしく――そこだッ!」

 

「のこ?」

 

 障子に忠告するため爆豪がそちらの方を見た時である。彼は突然声を荒げて指で示した。障子が居る位置の更に奥。小森の背後を飛んでいた火の鳥の一羽から妹紅本人が飛び出してきた瞬間だったのだ。しかも、背後を取られた小森は妹紅の存在にまだ気づいていない。

 

「火の鳥の中に隠れてた!仮免の一次試験で妹紅がやったヤツだ!やられた!」

 

「馬鹿なッ!?俺は一時たりとも空から目を離していないはずだぞ!?太陽に見える人影は未だに動いていな……まさか廃材を人型に切り出して、それで影を作っていたのか!?」

 

 芦戸が声を上げると、それに障子は驚愕する。妹紅本人が襲ってきているのに人影自体は未だ太陽の方に浮かんでいるのだ。そして気づいた。あの人影は適当な廃材を炎爪で切り出し、火の鳥で掴んで浮遊させただけの囮だったのだ、と。

 

「クソが、人影はブラフか…!」

 

「多分、妹紅さん本人は偽の人影の裏に潜んでいて、すぐ後ろから火の鳥を放つことで人影を本物だと思い込ませたんだ。そして強襲する直前に火の鳥の中に隠れてやってきた…!」

 

 今回、逆光の中に見えた小さな人影は爆豪が看破したが、彼が見つけなければ女子陣が看破していただろう。つまり、妹紅はあえて看破されるであろう位置に人影を作っていたのだ。わざと偽の人影を見つけさせておいて、その裏をかいた。

 なお、この作戦のミソは『たとえ人影が偽物だと看破されようが、火の鳥の中に隠れてしまえば結局妹紅の居場所は分からない』ということである。作戦通りにいけば良し。偽物だと看破されたとしても妹紅が不利になることはない。そういう作戦だった。

 

 そうして妹紅は爆豪や緑谷ら戦闘力の高い者たちの手が届かない位置に居た小森を狙う。しかし、その時である。

 

(おりゃー!!)

 

「……ッ!」

 

 不可視の衝撃が妹紅の頭部を襲った。葉隠の奇襲である。しかし、その攻撃はクリーンヒットにはならなかった。

 

「腕で防御されて脳を揺らしきれなかった!クソー、待ち伏せを予想されてたか!」

 

「あわわ、もこたん!?」

 

 小柄で戦闘力が低く個性も完封できる女子の小森が狙われるのではないかと葉隠は最初から予想していた。だからこそ彼女は耐熱マントすら脱いで奇襲の時を待っていた。しかも、柳の個性『ポルターガイスト』で無人のマントを動かしてもらって偽装工作までする徹底ぶり。火の鳥を避け、暑さに耐えて妹紅を待ち構えていたのだ。

 しかし、妹紅もまた葉隠を強く警戒していた。彼女なら自分の狙いを見破って攻撃してくるに違いない。そんな信頼ともいうべき予想を立てており、その読み合いの末に軍配が上がったのは妹紅の方であった。

 頭部を殴打されることを前提に動いた妹紅は頭部を片腕で庇いながら被弾覚悟で突き進み、葉隠の攻撃を物ともせずにそのまま小森を抱えると直後に炎翼で飛翔した。

 

「も、もこたん強引だけど、こういうのも悪くはないノコー!」

 

「こ、小森ーッ!?」

 

 妹紅からの熱烈な空中デートのお誘いに謎の悲鳴を上げる小森。そこに黒色の哀愁が響く。彼の密かな恋心を察していたB組の男子数名はホロリと涙を零していた。

 とはいえ、まだ勝負は決していない。妹紅が逃げ切る前に撃破せんと面々は既に動いていた。

 

「ゴメン小森。アンタに直撃しないようにするから。『ハートビート……あっ!?」

 

「俺が相手だ藤原!」

 

 耳郎が爆音攻撃を妹紅に向ける。狙いは耳。その奥の三半規管である。平衡感覚を司る三半規管が狂えば、妹紅であってもまともに飛ぶことはできない。

 しかし、耳郎は必殺技『ハートビートサラウンド』を撃てなかった。急遽攻撃を取り止めた耳郎に、その代わりにと心操が『洗脳』をかけるため声を大きく上げる。だが、彼の声に妹紅は一切反応しなかった。

 

「ダメ、聞こえてない!妹紅、耳栓つけてた!」

 

「み、耳栓だと…!?取らないとマズイぞ…!」

 

 それもその筈。妹紅は耳栓を着けていた。耳郎はそれに気づいたからこそ爆音攻撃を取りやめたのである。

 耳栓をされると爆音攻撃の威力は半分以下。更に聞こえていなければ『洗脳』のトリガーとなる心操の声も無意味となってしまう。そのため、まずは妹紅の耳栓を外すところから始めなければならなかった。

 

「柳!」

 

「了解。この距離なら届く」

 

 柳の『ポルターガイスト』は身近な物体を操ることができる個性だ。それによって妹紅の耳栓は外され、ついでに頭の紅白リボンまで外されてしまった。

 しかし、たとえ耳栓を奪われようとも妹紅に動揺はない。そもそも妹紅は心操に何を言われても応答しないつもりでいるし、それどころかこの試合中に口を開く気すらも一切無かったのである。

 しかし、そんな折。妹紅に向かって物間が薄い笑みを浮かべながら声をかけてきた。

 

「やあ、藤原さん。さっき上白沢さんって人が試合を見に来てたけど君の知り合い?」

 

「~~~ッッ!!??」

 

「もこたん、めっちゃ反応しそうになってるノコ…」

 

 無言の覚悟を決めていた妹紅だったが、思わず『マジで!?』と言わんばかりの反応を見せてしまう。この物間の声に応えれば、ほぼ間違いなく『コピー』しているであろう『洗脳』にかかってしまうだろう。

 だが、妹紅は目を白黒させながらもギリギリ耐えた。嘘だと分かっていたからだ。慧音の性格なら事前に妹紅に連絡してくるはず。それを理解しているから何とか耐えることができた。

 

「ん。レイ子」

 

「ありがと唯」

 

「……!」

 

 そこに、すぐさま次の一手が来る。『ポルターガイスト』で奪われた妹紅の紅白リボンが小大の『サイズ』によって巨大化され、再びの『ポルターガイスト』によって操作され襲い掛かって来ていたのだ。

 これには妹紅も焦りをみせた。自身のリボン。すなわち世界最高峰の耐炎耐熱素材だ。しかも、あまりにも身近な物すぎて『デスパレートクロウ』で焼き切れるか確かめたこともない。むしろ手持ちのハサミ*1の方が切り抜けられる可能性は高いだろう。

 とはいえ、それはリボンで妹紅が包まれてしまった場合の話だった。

 

「火の鳥でガードされた。だろうとは思ってたけど」

 

「ん」

 

「大丈夫!その間に爆豪と緑谷が飛んだ!爆豪の代わりに次は俺たちが心操たちを守るぞ!」

 

 妹紅から放たれた火の鳥が巨大リボンに突っ込み、ボスンと音を立てて包まれた。加えて大量の火の鳥がリボンの抑え込みにかかる。『ポルターガイスト』は人間一人分の重量を操る程度のパワーしかなく、火の鳥に力負けしてしまったのだった。

 だが、その対処の隙に本命が来る。無音で急速接近してくる爆豪と緑谷だ。空を駆けるその動きは角取の『角砲』のようだが、人を乗せているにしてはスピードが速すぎる。恐らくは麗日の『無重力』を併用することで速度を出しているのだろう。

 立体的に高速移動する彼らは妹紅に空中戦を挑むつもりだった。

 

「藤原さんに気づかれた!」

 

「単純な飛行スピードは確かに速くなってンが…キノコ女を拉致ってから随分ぎこちねぇなァ、炎翼の動きがよ!」

 

 ホークスの翼を真似た妹紅の炎翼だが、これを試し始めてからまだ3日しか経っていない。福岡上空をパトロールした3日間である程度の練習を重ねたが、人を抱えて飛ぶのは初めて。その拙さを爆豪に看破されてしまった。

 そして『角砲』と『無重力』のコンボによって、このままでは爆豪と緑谷に追いつかれてしまうだろう。迎撃として放つ火の鳥も爆豪によって次々に爆破されてしまっていた。

 それでも妹紅に焦りはない。現状では妹紅が圧倒的優位だからである。

 

「まさかソイツが人質になるとでも思ってンのかァ!?ヒーローになるって奴なら覚悟も決まってンだろうよ!」

 

「あ、アイツ私ごと殺る気ノコ(きのこ)ー!?もこたん助けてー!」

 

 爆豪ならやりかねない。そう助けを求めながら小森が抱き着いてきた。だが、彼女もヒーローの卵。未だ勝利を諦めておらず、助けてと言いながらも妹紅の腕を抑えつけるようにしがみついてきた。妹紅の動きを阻害するためだ。

 更に、緑谷も気炎万丈の面持ちで攻めてきていた。

 

「藤原さん!僕は君に勝ちたい!君という凄い人だからこそ勝ちたいんだ!僕を選んでくれた人に応える為にも!」

 

 最強のヒーローを目指す爆豪と、最高のヒーローを目指す緑谷。目指すものは違えど、至る頂は同じだ。だからこそ妹紅を超えたい。本来なら1対1の勝負が望ましいが、2対1(小森を加えるならば3対1)で勝てなければタイマンで勝てる道理もないだろう。

 故に、緑谷は集中して心を制する。先の試合で目覚めかけたOFAの片鱗、『黒鞭』。この場においては、妹紅を必ず捕縛するという覚悟に呼応してその力が現れた。

 

「わ、出たノコ!あの黒いの!」

 

「…はっ、やっとかよ」

 

 第五試合で良くも悪くも猛威を振るった黒い紐状のナニカ。しかし、今回は緑谷も上手く制御できているようだ。そうして現れた『黒鞭』に小森が驚きの声を上げる一方で、OFAのことを知る爆豪は小さくニヤリと笑う。要領の悪い幼馴染もこれでようやく一歩前進なのだ。

 そうやって緑谷と爆豪は並んで妹紅に挑む。天を優雅に舞う不死鳥を越えると信じて、手を伸ばす――…そう、彼らは律儀に下から攻めてしまったのだ。これは圧倒的に悪手だった。

 

「がァッ!?」

 

「うわッ!?目!目痛ったァァ!?」

 

 2人は突如として目に痛みを感じた。思わず身体が仰け反ってしまうほどの唐突な激痛。妹紅が何かをしたのだろうが、それが何なのかは2人とも分からなかった。

 

「痛すぎて目が…!目が開けられない…!集中が乱れたせいで『黒鞭』も消えてしまった…!」

 

「クソがァァッ!?テメェ白髪女、何撒きやがった!?」

 

 緑谷も爆豪もこの状態では戦闘継続など不可能。彼らの異常に気づいたのか角取も『角砲』を翻して2人を撤収させた。

 

「ひええ、尋常じゃない痛がり方してたノコ…。もこたん何したの…?」

 

「……」

 

 最早、妹紅の撃破を狙うどころではない。小森は抱きつきを諦めるとそのように問いかけた。すると妹紅は無言でもんぺのポケットから白い物体を取り出す。手のひらに乗せたそれはサラサラと指の隙間から零れ落ちていった。

 

「白い…粉?繊維?」

 

「……」

 

 小森が首をかしげると、妹紅は指でチョキチョキと切るハサミの仕草をした後に自分の白髪を持つ。ハサミと髪の意味。それで小森は気づいた。

 

「あ、な~るほど!髪の毛を細かく切っておいて目潰し用にポケットに詰めてたノコね!白くて細いから空から撒かれたら全く見えないと……。いや、エグぅ…」

 

 その正体は数ミリ間隔に細かく切った妹紅自身の白髪だ。

 そもそも白髪とはメラニン色素が全く入ってない髪の毛の色である。“白”とあるが正確には無色透明であり、髪の毛の表面に光が乱反射することで白く見えているだけ。そのため刻んだ白髪を空に撒くと、太陽の光加減にもよるがキラキラと僅かに反射するだけでほとんど見えなくなる。しかも、妹紅の髪の毛なので炎の中でも燃えず、切る時間さえあれば供給も無限。妹紅にとっては最高の目潰し素材だった。

 

「……!」

 

「え、あんなに目を大きく開けて下から攻めてくる方が悪い、ノコ?…でも爆豪たちを視認した直後に、わざと真下から攻められるような位置へと移動してたし完全に狙ってたよね、もこたん…。あと、流石にもう普通にしゃべっても良いと思うノコ」

 

 小森にドン引きされた妹紅は慌てて弁解する。炎で焼かれて大火傷を負うことに比べれば、この程度の目潰しなんてマシな方だろう*2。妹紅としても炎以外の戦闘手段を模索しているところなのだ。

 そんな感じのことを妹紅は身振り手振りで小森に伝えた。無言のままでいるのも心操の『洗脳』対策だ。彼の個性が予想外に伸びていた場合、緩い条件で初見殺しされる恐れがある。だからこそ試合が終わるまで妹紅は心操や物間以外が相手であろうとも声を発するつもりはなかった。

 

「……」

 

「ぬわー…スエヒロダケちゃんの胞子が炎の熱で滅菌されていくノコー…」

 

 会話で油断を誘いながらもスエヒロダケの胞子を散布する小森だったが、妹紅との相性はすこぶる悪く焼き尽くされていく。完全に打つ手がなくなった彼女には最早どうしようもない。

 ただ、この状況こそが物間の立てた作戦通りであることを理解しながら小森は妹紅に運ばれていくのであった。

 

 

 

「命綱なしで上空200m抱っこは流石にスリルがあるノコ…!」

 

(牢屋の周辺に人影なし…。この試合でまだ姿を見せてないのは轟、上鳴、骨抜、円場、鉄哲の5人か。恐らく骨抜の『柔化』で地面やら建物の中やらに隠れてる。そうなると上鳴の奇襲電撃が一番怖いかな)

 

 妹紅は小森を小脇に抱えながら上空から自軍の牢の周辺を観察していた。

 先ほどの戦場では確認できなかった者たちが数名残っている。彼らは十中八九この場のどこかに潜伏しているだろう。そして妹紅が小森を投獄する隙を狙っている。相手チームにとっては、それが己を撃破するラストチャンスなのだから、それで間違いないと彼女は考えていた。

 

(小森を火の鳥で掴んで投獄するのが一番安全なんだけど、耐熱マント盗れなかったからなぁ…。私のリボンを小森に重ねて巻いたら何とかならないかな?…無理か。小森も抵抗するから簡単には巻けないだろうし、万が一にでも落っことしたら落下死しかねない。隠れている5人に小森を奪い返されると面倒くさいことにもなるし、それなら自分自身で直接投獄した方が確実か)

 

「わ、急降下!うー、こわ~!…あ、鉄哲だ」

 

 状況を判断した妹紅は小森を抱えたまま牢屋に向かって急降下を敢行した。だが、その時である。『柔化』で柔らかくなった地面から鉄哲が這い出してきた。そして牢の扉前に立ちはだかると、彼は持ち前の暑苦しさで声を上げた。

 

「熱に耐性を持つ俺がいるとよォ、火の鳥で拉致られてそのまま投獄されるから隠れてろって皆に言われたから今まで隠れてたけどよォ…!やっぱ性に合わねぇぜ…!小森が拉致られて投獄寸前の今なら俺も()ってもいいよなオイ!!」

 

 妹紅としても試合開始直後の狙いは一番丈夫で熱にも強い鉄哲だった。しかし、どこを探しても彼が見当たらなかったので小森を狙ったのである。そのため彼女が攫われてしまった後ならば、己が隠れている必要はないと考えて鉄哲は姿を現したのだった。

 彼の熱血漢な性格もあるのだろう。彼は文字通り鉄壁の守りで牢の扉前を陣取っていた。

 

(遠距離から火の鳥で鉄哲を牢屋に押し込めばそれで終わり…。だけど、わざわざこのタイミングで現れたということは何かしらの対策はしてるはず。まずは炎で探りを入れるか)

 

 鉄哲の様子を見て、妹紅は炎で仕掛けた。

 放たれた炎は牢屋を中心に広範囲を焼いていき、鉄哲すらも呑み込んでいく。しかし、彼は個性のおかげで鉄の融点までは耐えることが可能だ。炎が収まると、そこには赤熱しながらも悠々と仁王立ちを決める鉄哲の姿があった。

 

「この程度の炎なんか俺には効かねぇぜ!だが、これ以上の火力は使えねぇよな藤原は!なにせ俺のすぐ後ろは牢屋!コイツを焼き溶かしちまったら、お前は勝利条件を満たせなくなっちまうもんなァ!」

 

 牢の鉄格子は炎で熱せられて鉄哲の身体と同じくらい赤みがかっていた。軽く炎を放っただけでこの火力だ。妹紅がやろうと思えば鉄哲も牢屋も全て簡単に溶かしてしまえるだろう。しかし、その程度の脅しで彼の心は折れない。度胸と根性に関しては狂気染みた精神力を持っているのが鉄哲という男だった。

 

「だがよ、牢屋を焼き尽くすような炎でも俺ァ構わねぇ!格上と正面から戦えるなんて最高だろうが!プルスウルトラで耐えてみせっから、自慢の超火力でかかってこいやァァァ!!」

 

 試合も勝利条件もそっちのけでかかってこいと鉄哲は妹紅を挑発する。元より『訓練で命を懸けられない奴は本番でも懸けられない』と豪語する馬鹿だ。全て本心からの発言なのだろう。

 しかし、当の妹紅は鉄哲に興味はなかった。むしろ、気になる点は彼の後ろの空間についてだった。

 

(一部の炎が不自然に遮られていた。牢の扉と鉄哲の間に見えない壁がある。恐らく円場の『空気凝固』。しかも、かなり分厚く作ってあるな…。遠距離から火の鳥で鉄哲を狙っても『柔化』で地面に隠れるかもしれないし、鉄哲を相手にするのは時間の無駄。無視しよう)

 

 鉄哲はやる気満々だが、『空気凝固』や『柔化』などによる連携を考慮すると妹紅が相手をする利点はない。無視が安定である。

 故に、妹紅は牢屋の裏側に回った。鉄哲が守っている扉側とは反対の鉄格子しかない面。そこに妹紅は飛行したまま近づき、赤く焼けた鉄格子を蹴った。熱せられていた鉄格子はグニャリと簡単に曲がり、その隙間を広げるように妹紅は更にもう1本反対側の鉄格子を蹴る。すると、すっかり人が通れるほどの広さになった。

 

「…へ?ま、待てェ!!?そんなんアリかよ!?」

 

「そりゃアリでしょ。『どんな状況でも投獄されればリタイア』ってブラドキング先生が言ってたもん。鉄哲の試合でもポニーが牢の扉を壊して尾白くん投獄したの忘れたノコ?…そういえば鉄哲はその時失神してたね」

 

「ち、チクショーー!」

 

 扉が塞がれているのなら出入り口を別に作って入ってしまえばいいだけのこと。妹紅は小森が焼けた鉄格子に触れないよう慎重に投獄する。牢屋の床は焼かないように気を付けていたので彼女の足が焼ける心配はなかった。

 そして、投獄し終えた妹紅が牢屋から離脱しようとしたその時である。突然、背後から声が聞こえた。

 

「鉄哲を避けることも見越して扉前以外の三方面の地面も柔らかくしてたんだけど、降り立たなかったか。残念」

 

「だが、投獄の瞬間が一番の隙だぜ!喰らえ!最大肺活量の『エアプリズン』だ!…しゃあッ!捕らえたぜ!」

 

 地面に姿を隠していた骨抜と円場が現れた。

 骨抜は『柔化』で牢獄の周囲の地面を柔らかくしており、妹紅が着地して沈んだ瞬間に地面を固めるつもりでいたが失敗。しかし、タイミングを見計らっていた円場の個性『空気凝固』によって妹紅は見事に捕らえてしまった。

 

「ハッハッハ、知ってるか藤原!断熱材ってのは物質にどれだけの空気(気体)の層を含ませるかで断熱性能が変わってくるんだぜ!つまり、俺の個性で固まった空気は断熱性抜群って訳だ!」

 

 円場は自慢気に説明した。熱の移動は伝導、対流、放射の三つから行われるが、空気(気体)は対流によって熱伝導は起きるものの熱伝導率は低い。そのため気体が固定されるようなことがあれば熱の伝達はほぼ遮断されるのである。

 

「ま、そんな説明しても音すら通さねぇから、俺の声も聞こえてねぇんだけどな。ともかく捕まえたぜ、藤わ……イヤー!?炎爪の一振りで叩き割られたー!?」

 

 しかし、一撃である。『デスパレートクロウ』の物理的な斬撃が凝固した空気を易々と切り裂いた。その亀裂は一瞬でガラスのひび割れのように広がり、『エアプリズン』は軽々と粉砕されてしまう。ドヤ顔から一変。彼は涙目で悲鳴を上げていた。

 

「俺に任せろ!藤原、その位置は痺れるぜ!『ターゲットエレクト』!」

 

 円場の拘束は叶わなかったものの、彼の稼いだ僅かな時間のおかげで上鳴の攻撃が間に合った。

 ただ、彼は電撃を放つことはできるのだが、それを操る個性ではない。そのため普段は10メートル以内ならば電撃が収束するサポートアイテム『ポインター』を使用していた。

 通常はこれを射出して相手を狙うのだが、待ち伏せ戦であれば運用は変わってくる。相手が来る前にあらかじめ設置しておくことで即席の電撃トラップが完成するのである。射程距離10メートルという制限はあるが、今回は骨抜の個性で近場に隠れることができ、更に円場が僅かながらも時間を稼いでくれたことで射程距離まで近づけたのであった。

 

「…あれ?なんでポインターに電撃が収束しないんだ?」

 

 だというのに、それは不発に終わった。ポインターは間違いなく射程内にあるため、電撃はそこに収束するはずである。何故だと首を傾げている上鳴に牢屋の中から小森が声をかけた。

 

「ねぇ、そのアイテムって高温にも耐えられるの?もこたん、牢屋だけじゃなくその周辺にも炎を放ってたノコ」

 

「ぁ…」

 

 上鳴は呆けた声を漏らした。つまるところポインターは電子機器なのだ。多少の熱に耐えられるよう設計されていたとしても鉄が赤くなるほどの炎で焙られてしまえば当然壊れてしまう。妹紅もそれが分かっているから周囲まで炎で焼きはらっていた。なにせ、妹紅はこの場において上鳴の電撃を最も警戒していたのだから当然である。

 

「ち、チクショウ!なら残っているポインターを撃って直接くっつけてやる……イヤー!?撃ったポインターが藤原の炎翼に当たって燃え尽きたー!?」

 

 上鳴はポインターを撃ち出す『シューター』を破れかぶれで妹紅に向ける。妹紅は既にその場を飛び去っているが、彼女の遠ざかる背中に向けて上鳴はポインターを撃った。そして炎翼に着弾。当たり前だがポインターは綺麗に燃え尽きた。ホークスの翼のように巨大化した妹紅の炎翼は、飛行能力の向上だけでなく背中を守る巨大な盾にもなっていたのである。

 そんな悲しい結末に上鳴は円場と同じく涙目で悲鳴を上げるしかなかった。

 

「落ち着け。そもそも既に10メートル以上離されちまってるから藤原にポインターくっついたとしても電撃届かねぇだろ。俺がやる。上鳴は放電準備だ」

 

「お、おう!頼んだぜ轟!」

 

 混乱している上鳴に現れた轟が声をかける。この場に潜伏していたのは5人だけ。轟が最後の1人だ。そんな彼が妹紅の撃破に失敗すれば、彼女は遥か彼方へと飛び去ってしまうだろう。妹紅を捕らえるための大氷結をB組の3人は期待していた。

 だが、轟が放ったものは『炎』だった。それも、待機している間にしっかりと溜めていた渾身の炎である。今はまだ炎の溜めに時間がかかってしまうものの、火力に関してはエンデヴァーの『赫灼熱拳』にも似た見事な熱線が轟の左手から放たれた。

 炎の熱線が妹紅を襲う。同時に、それを見たB組の者たちは大きく困惑していた。

 

「こ、氷じゃなくて炎!?」

 

「オイ轟!藤原は炎なんて効かねぇだろ!何してんだよッ!?」

 

「…炎ってのは幾つか特性がある。その中の一つが炎の通電性だ」

 

 問われた轟が静かに語る。そもそも大氷結を繰り出しても妹紅は簡単に溶かしてしまえるのだ。つまり、『氷』は効果が薄い。反対に『炎』についても妹紅は炎熱に完全な耐性を持っているため無意味。故に、屋外の単独戦において轟が妹紅に勝てる可能性はかなり低かった。

 しかし、轟と上鳴。この2人がペアを組むと話は変わってくる。『炎』は電気を通すのである。*3。更に、『氷』は絶縁体であり電気を通さない。逆に、氷を炎で溶かせば『水』となり電気を通す*4

 すなわち、轟の個性は電気を通すも遮断するも思いのまま。上鳴の『帯電』と最も相性の良い個性とは他でもない、轟の『半冷半燃』だったのである。

 

「しかも、炎には電気に対する整流作用があり、電流は炎の中で常に一定方向へと流れるという性質がある。炎の根元から外側へ、という方向にな。加えて炎の火力が高いほど電気は流れやすくなる」

 

 炎自体が持つ電気の整流作用。これによって炎を放っている者は感電しないのだ。一方で、炎を向けられた相手は僅かに炎に触れただけで感電する。これが彼らのコンボ技だった。

 無論、轟にとってこのコンボ技のペアは上鳴の『帯電』だけではない。他の電気系個性との連携はもちろん、電柱の電線などを含めて現代の街は電気で溢れているのだから炎で電気回路さえ作ってやれば、この技を使用することはいつでも可能だった。

 

「そうか!で、つまり!?」

 

「上手くいけば藤原が感電して落ちてくるってことだぜ!さぁ、俺たちの連携技だ!喰らえ藤原!」

 

 轟が放つ熱線の近くで上鳴が放電することで電撃を纏った炎が完成する。炎に完全耐性を持つ妹紅とて、感電すれば炎翼を上手く動かせず墜落してしまうだろう。

 だが、それは数秒程度の時間だ。体育祭の騎馬戦の時のように、感電したとしても妹紅は数秒で復帰してしまう。故に、轟は氷結を放つ準備もしていた。妹紅が感電すると飛行の維持が難しくなり落下してくるはず。その際に轟は氷結によって氷の滑り台を作り、妹紅を自身の近くまで滑らせて頭部に打撃を入れるという作戦だった。

 しかし…。

 

「駄目だな。火の鳥で俺の炎を遮られた。残念だが失敗だ」

 

「まー、そりゃ藤原には通用しないよなー…。だって俺と轟と藤原の3人で発案した連携技なんだし、練習も3人でやってた訳だもんなぁ…」

 

 轟が放った炎の熱線は妹紅の操る火の鳥たちによって遮られてしまい失敗に終わった。

 これは妹紅が初見で見破った訳ではない。前提として、これは『炎』系個性と『電気』系個性のコンビならば誰でもいい技なのだ。つまり、妹紅と上鳴の連携技でもある。可能な連携技があればそれをわざわざクラスメイト同士で秘密にする理由もないので、轟だけでなく妹紅もこの連携を練習していたという訳だった。

 つまり、この連携技が妹紅に通用する可能性は元から低かった。しかし、可能性がゼロではないから最後の足掻きとして使用したのである。

 

「完全に上空まで逃げられた。俺たちでは手詰まりだな」

 

「チクショー!」

 

 小森の投獄によって戦況は妹紅のリードとなる。そのため、この後はタイムアップまで逃げ続けるだけで妹紅の勝利が決まる。それを理解している妹紅は遥か上空へと飛び去っていった。

 これでもう轟たちは手が出せない。鉄哲は悔しさで叫び、他の者たちは溜息を吐いていた。

 

「残念ノコ」

 

「何とか俺たちの手で倒したかったんだけど仕方ない」

 

「ああ…。結局、物間の作戦通りになっちまったな」

 

 彼らは落ち込んでいるが、それは勝負が決したからではなく自分たちの手で妹紅を倒せなかったからだ。この状況は未だに物間の作戦の内。彼らとしてはそれがまた悔しく感じるのであった。

 

 

*1
医療用救急セットにハサミは必需品である

*2
なお、細かい毛は目の角膜を傷付けやすいので気を付けた方が良い

*3
ストーブやファンヒーター、焼却炉などにはこの炎の通電性を利用した『フレームロッド』という安全管理のための火炎検知部品が装備されていることがある

*4
ただし、不純物を含んでいない純水は絶縁体となるので電気は流れない


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