面白かったけど当然ボツになりました。
(私の周囲にホークスの羽根が飛んでいる。数は9枚、放たれた脳無の数と同じ…)
放たれた白脳無を1体ずつ探し出して撃破するのは効率が悪い。当然ホークスもそれを理解しており、妹紅を援護するよう羽根を飛ばしていた。羽根はそれぞれ一定の方向を示し続けており、妹紅との間隔も羽根ごとに違う。
妹紅はその意図をすぐに理解した。
(白脳無の方向だけじゃなく、距離までも縮尺で示している。精密操作スゴすぎるでしょ…)
羽根の精密性も信じられないレベルだが、それらを同時に操りつつ強個体脳無と戦うホークスのマルチタスク能力も凄まじい。妹紅は舌を巻く思いだが、彼は彼で妹紅の火力に仰天しているのでお互い様だった。
「見つけた。行け、火の鳥」
最高速度で飛びつつ、白脳無を視認次第『火の鳥-鳳翼天翔-』を撃ち込む。これだけで白脳無は焼かれ倒れた。主要な筋肉のタンパク質が高熱により変性、凝固したのである。人間相手なら致命傷に至ってしまう一撃だが、脳無相手なら無力化させるだけで済む。というよりも脳無の場合ここまでやらないと倒せないのだ。
恐らく一般ヒーローたちが脳無に苦戦している理由はこれだろう。普通の
故に、妹紅は瞬く間に倒した。一定以上の火力があれば白脳無の相手など的当てと同様。大したことではなかった。
「7…8…9体目。炎熱耐性持ちなどは無し。排出された白脳無9体、問題なく撃破完了ですホークス!」
白脳無の殲滅後、妹紅は周囲を飛ぶ羽根に向かって報告。離れたホークスも一瞬の内に理解し、すぐに全ての羽根が一つの方向を示した。その先こそ避難の最後尾。集団パニックを起こしてしまっている現場だった。
妹紅の戦いは未だ終わらず。炎翼に更なる炎を込めて再び飛翔するのであった。
「み、みんな来て!テレビ!テレビ見て!」
「どうした麗日!?」
A組の学生寮。そのリビングでテレビを見ていた麗日が叫んだ。
1年ヒーロー科のインターンは妹紅だけでなく他の者たちも解禁されている。しかし、それが決まったのはつい先日のこと。急な要請を受けた妹紅のような特殊なパターンを除けば、生徒たちは普段通りの休日を過ごしていた。
そんな日の昼下がり。麗日が何気なくテレビを見ていたところ、ニュース速報を流れて番組が急に切り替わったのだ。映し出される光景は破壊された高層ビル、避難する人々、空を飛ぶ黒き元凶、それと戦う3人のヒーローたち。なにより、その中の1人はA組の面々にとってあまりにも見覚えがあり過ぎた。
「も、妹紅!?」
「あの黒い相手は脳無!?くそ、ヴィラン連合め!」
麗日の悲鳴のような声を聞きつけて、慌ててリビングにやって来たクラスメイトたちもテレビを見て次々に驚愕の声を上げた。
カメラはヘリから撮影されており、テレビの中の妹紅たちは脳無と対峙している。しかし、エンデヴァーたちが幾つかの言葉を交わした後、妹紅がその場から飛び去っていった。
「藤原さんが戦線を離脱した!?」
「見て。他にも白い脳無が市民を襲っているわ。妹紅ちゃんはソチラの対応に動いたのね」
「妹紅…!」
緑谷が驚きの声を上げると、蛙吹が画面端を指差しながら説明した。滅多にない街規模の戦闘に、ヴィラン連合の脳無。誰しもの脳裏に神野区の悪夢が思い浮かんでいることだろう。そして、黒脳無にはそれを為せる戦闘力を秘めていた。
皆が固唾を呑んで見守っていると、テレビの映像がヘリから地上のものへと移る。女性リポーターが人々の混乱に呑まれつつも決してマイクは離さず、必死に声を張り上げていた
『こ、こちらは福岡の繁華街です!つい先ほど!ヴィランの攻撃により高層ビル1棟が破壊される事件が発生しました!犯人は脳無!ヴィラン連合の黒い脳無!犯人は
『どいて!』
『大丈夫です!案内に従ってください!』
『押すんじゃねえ!』
『どけって!』
『わああぁぁん!』
『大丈夫です!落ち着いて!大丈夫ですからッ!』
リポーターの声を上回るほどの悲鳴、怒号、泣き声。ヒーローや警察たちがどんなに言い聞かせても事態は一向に収まらない。この状態で将棋倒しでも起きようものなら多くの人間が死傷するだろう。恐怖の伝染が起きていた。
「パニックだ…!危険だぞ…!クソ、こんな時に俺は…!」
そんな光景を見ながら常闇は冷汗を浮かべて呟いた。職場体験やインターンで訪れた福岡の街が、人々が大事件に見舞われてしまっている。そして、今この時も友と師が敵に立ち向かっているというのに、ただテレビの前でそれを見守ることしかできない自分が悔しかった。
「…ッ!」
「轟君!藤原さんとエンデヴァーが!」
騒ぎを聞きつけて轟も自室から降りてきた。彼以外のクラスメイトたちも大半が揃っている。恐らく雄英のほとんど全ての寮で同じような状況になっていることだろう。それどころか、日本中の多くがこの事態を見守っているに違いなかった。
「お前たち…やはりもう見ていたか」
「相澤先生!」
「先生!妹紅が!」
相澤がやって来ると生徒たちは縋るように彼の名を呼ぶ。しかし、相澤は冷静になるよう生徒たちに呼びかけた。
「落ち着け。そもそもホークスから応援要請が来た時点で何かが起こるだろうという予測はあった。むしろ高戦力の3人がチームアップしている所に襲撃が来たのは好都合だ。タイミングがズレていたら福岡の街が壊滅していたかもしれんからな」
「そ、そりゃそうかもしれないっスけど…」
上鳴が動揺しながらも頷く。だが、納得はしていない。他のクラスメイトたちも似たような表情だ。
しかし相澤の言う通り、今回の敵の襲撃はタイミング的に幸運だったと言える。仮にこれが昨日であれば、ビルボードチャートの発表で福岡の街はホークスすらも不在だった。逆に、襲撃が数日遅れていれば妹紅もエンデヴァーも帰ってしまっていただろう。
運が良い。いや、それどころか何か完璧すぎるくらいのタイミングだった。
「それより今の問題は避難者たちの混乱だ。脳無への恐怖は我々が想像していた以上に人々の心を蝕んでいたようだな。しかし、頼れるNo.1とNo.2は苦戦中…か」
人々のフラストレーションは無意識ながらも限界ギリギリだった。これは福岡だけの話ではなく、日本各地で同等かそれに近い状態なのだろう。すなわち、この事件の行く末次第ではこの混乱が全国に伝播してしまう可能性があった。
正に、この戦いがヒーロー社会の分水嶺。その予感は相澤だけではなくA組の面々も確かに感じ取っていた。
「…先生!俺たちに何か出来ることは!?」
「ない。今、雄英として出来ることは校長が既にしてくださっている。お前たちは落ち着いて見守れ」
感情的になった切島が訴えるも相澤は極めて冷静に応えた。しかし、そんな彼であっても腕を組む手には強く力が込められており、テレビの画面へと向ける視線は誰よりも鋭い。生徒も教員も皆が同様の想いだった。
『こ、混乱が収まりません…!象徴の不在…。これが象徴の不在なのでしょうか…!』
だが、彼らの願いも空しく状況は悪化していく。こんなピンチをいつも助けてくれたオールマイトはもういない。その恐怖の現状をリポーターは声を震わせて視聴者に訴えかけていた。
「親父…ふざけんな…!」
「ホークス…!」
「轟君…。常闇君…」
轟と常闇が彼らの名前を呼んで、そして苦々しく視線を落とした。
そんな時だった。
『適当なこと言うなや!ドコ見て喋りよっとやテレビ!!』
「ッ!?」
突然の大声に思わず生徒たちの肩がビクッ!と跳ね上がった。
声の主はテレビに映る避難中の一般人。高校生か大学生か、そのくらいの年齢の男子である。実は、彼はエンデヴァーの熱狂的なファンであり、昼時前のファンサービス時に出会った際には『エンデヴァーはファンサなんてせん…!媚びん姿勢が格好良いったい…!』と言って血涙を流しながら走り去るほどのガチ勢でもあった。
恐らく、彼は避難の中でテレビリポーターの声が聞こえてしまったのだろう。そしてマスコミの身勝手で悲観的な言い分に我慢出来なくなってしまったのだ。人々が他人のことを考えず我先にと逃げる最中、彼だけはテレビカメラに詰め寄り決死の表情で叫んでいた。
『あれ見ろや!まだエンデヴァーの炎上がっとるやろが!見えとるやろが!エンデヴァーたち戦っとるやろが!おらん
彼が指差す先に見える炎。今もエンデヴァーは戦っている。戦っているのだ。神野区でオールマイトがAFOに負けそうになった時は皆が一丸となって応援していたはず。それが何故、同じく命を懸けて戦っているエンデヴァーのことは見ようとしないのか。そのことを彼は心の底から強く訴えていた。
「親父!」
「ホークス!」
2人はハッとした表情で顔を上げてテレビ画面を凝視する。その瞳に悲観はなく、強い意志が宿っていた。同じくクラスメイトたちもエンデヴァーたちの勇姿を目に焼き付けるべくテレビを見つめる。それはA組の生徒たちだけではない。きっと多くの人々の心を震わせ、勇気づけたはずだ。
そして、そんな彼に大きく同意する者が空から現われた。
『その通りです』
「妹紅!?」
「白い脳無を倒して来たのね。すごい速さだわ、妹紅ちゃん」
カメラが慌ててその声に向かって上空を映す。そこには炎翼で浮遊する妹紅の姿があった。
彼女の登場にA組の面々が驚愕する。蛙吹の言う通り、妹紅は白い脳無を全て倒してやって来ていた。その実力を理解しているクラスメイトですら驚いてしまうほどの凄まじい殲滅速度だった。
『すみません、その拡声器をお借りしても?…ありがとうございます。みなさん、聞いてください。エンデヴァー先生とホークスは現在交戦中。火力はエンデヴァー先生が上回っていますが、それを理解している敵は周囲を襲うことで嫌がらせを続けています』
妹紅はその場に居た警察官の1人から拡声器を借り受けると、空中に留まりながら地上にいる人々に向けて言葉を続けた。内容は少々誇張しているが、その口調に焦りや緊張などは一切感じられない。普段通りの淡々としたものだった。
『そのため、エンデヴァー先生たちは周辺の避難が済むまでわざと遅滞戦闘を行っている状態です。白い脳無は全て倒しましたので、残りはあの黒い脳無1体だけ。何の問題もありませんから、皆さん落ち着いて避難を進めてください』
『で、でも…』
妹紅はそう説明した。しかし、このぐらいで恐怖が消えたりはしない。落ち着けと言われて落ち着ける状況ではなく、先ほどのエンデヴァーファンの言葉を聞いていたテレビリポーターですらも口籠もった様子でいた。
というよりも、この騒ぎの中では拡声器の音が届く距離なんて高が知れており、ほとんどの人に声が届いていないのだ。だが、妹紅もそんなことは分かっていた。
『ご安心を。避難する皆さんの
そう言って妹紅は拡声器を返却する。言葉が届かないならば己の姿で語るのみだった。
妹紅は周囲のビルよりも高く飛んだ。その直後、彼女と合流するように空から巨大な火の鳥が現われる。ビルの瓦礫を焼却処分するため空高くに飛ばしていたフェニックスが役目を終えて戻ってきたのだ。
「超巨大な火の鳥!妹紅最強の必殺技『パゼストバイフェニックス』だ!」
妹紅の必殺技に詳しい葉隠が大きな声でそう言った。この必殺技の凄まじい所はその火力だけではなく、妹紅の体力がある限り何発でも継続して放てることにあった。それを証明するかのように妹紅は更に3羽のフェニックスを作り出していく。
計4羽のフェニックス。妹紅はそれらを黒脳無の四方を大きく取り囲むように飛ばした。これは各方面に避難している人々の盾であり、黒脳無を包囲する矛である。たとえ黒脳無が襲撃を止めて逃げに徹したとしても、このフェニックスがそれを阻むのだ。その突破に手間取っている間にエンデヴァーとホークスが追撃をかけるに違いない。
絶対的な意思を具現化した炎。人々もそれを感じ取ったのだろう。ほぼ全ての人々が呆けたように空を見上げて足を止めていた。規格外なんて簡単な言葉では言い表せない。まるで鳥の形をした太陽が大空を舞っているようだった。
「見ろ!民衆のパニックが…!」
「収まった…。完全にではないけれど、脳無の恐怖よりも藤原さんの炎に圧倒されているんだ…!」
人々はおろか、実況することが仕事のテレビリポーターすらも声を失ってしまうほどの光景。しかし、何はともあれ最悪の事態は回避されたようで、そのことにA組の面々は胸を撫で下ろす。相澤も安堵した面持ちで頷いていた。
「避難が順調に進み始めたな。藤原のフェニックスによる包囲網。目に見えて強大に感じる炎が避難する人々にとって物理的かつ精神的な防護壁になったのだろう。これでエンデヴァーは戦いやすくなったな。ようやく全力で戦えるぞ」
再びカメラがヘリからの視点に切り替わった。
防御重視の堅実な戦闘に徹していたエンデヴァーたちだったが、周囲の状況はホークスの羽根によって全て把握している。残りの問題は黒脳無のみとなり、場が整ったことを認識した彼らは一気に攻勢に転じた。
「親父…!見てるぞ…!」
そんなエンデヴァーたちの激闘を轟は祈るような気持ちで見守る。無論、他の者たちも同じ様子だ。
そして戦いの果てに、エンデヴァー最大の必殺技『
「オールマイトとポーズ同じじゃないですか」
「腕が違う…。奴は左だった…」
黒脳無の撃破後。
右腕を突き上げるビクトリーポーズを決めていたエンデヴァーだったが、疲労困憊の身体には辛かったようでそのまま倒れそうになっていた。ホークスがそんな彼を支えながらツッコミを入れると、エンデヴァーは一緒にするなと反論する。疲弊していても実に頑固な男だった。
「いや、知らんですよ。とにかく勝ってくれてありがとうございました」
「藤原の援護を受けた上でこの様とはな…。ずいぶんと酷いスタートを切ってしまった…」
エンデヴァーは肩で息をしながら悔しそうに顔を顰める。彼が受けたダメージに致命傷は無かったものの数ヶ所の骨折に加え、内臓も打撲損傷を負っていた。更に個性『ヘルフレイム』はリスクとして身体に熱が篭もってしまうため、大怪我を押して全力戦闘を行った彼は限界に達していた。
また、ホークスも『剛翼』を限界近く使用したため、羽根のほとんどを失っている。それほどの激戦だった。
「でも、この勝ちは絶対、絶対にデカいはずです。それは間違いありませんよ」
ホークスは笑みを見せながら力強く言った。エンデヴァーがNo.1ヒーローとして踏み出した最初の一歩。酷いスタートだろうが何だろうが前に進み出したのは事実なのだ。当のエンデヴァーは険しい表情のままだったが、少なくともホークスはそう確信していた。
「それにしても、もこたんにはかなり助けられましたし労ってあげなきゃですね。水炊き、今夜の夕食で行けそうですか?」
「入るか馬鹿者…。せめて消化の良い鶏粥とかにしろ…」
まだ排熱も済んでいないエンデヴァーはその場に膝を着いて言い返す。
一方で、ホークスは羽根が減りすぎて手羽先状態になっている翼を可能な限り羽ばたかせて、僅かな風をエンデヴァーに送りつつ満面の笑みで応えた。
「お、イイですね鶏粥。俺が行きつけにしている水炊きの店がありますから、特別に作ってもらえないか聞いてみますよ」
水炊き屋が鶏粥を作ったら、それはもうほとんど水炊きの雑炊ではなかろうかとエンデヴァーは思うも、わざわざ指摘する体力も残っていないので何も言わなかった。というよりも、内臓にダメージを負っているので医師の診断次第では点滴が夕食になる可能性もあるのだ。最早どうでも良すぎてエンデヴァーは溜息を吐いていた。
しかし、何はともあれ今回の事件は無事に片付いた。奇跡的にも死傷者はゼロ。一般人には軽傷者すら出ておらず、まさに一件落着。誰もがそう思った時のことだった。
「ちょーっと待ってくれよ。色々想定外なんだが。とりあえず夕食談義は止めてくれ。はじめまして、でいいかな?エンデヴァー」
「…ッ!?」
まるで散歩をしているかのように現われた人物にエンデヴァーもホークスも目を見開く。その男はニヤリと笑うと蒼炎を一気に放って炎の壁で2人を囲い込んだ。
他のヒーローたちは炎に阻まれ近づけない。エンデヴァーは熱痙攣を起こしている足を何度も殴り、身体に活を入れて立ち上がった。
「貴様…!あのスナッチを殺害したそうだな、ヴィラン連合の荼毘…!」
「スナ?誰だっけ?」
オーバーホール逮捕後の護送時。ヴィラン連合は襲撃を行い、重要証拠品を奪っていった。その際、連合は数名の警察官を殺害。加えて護衛していたベテランヒーロー、スナッチを焼殺している。スナッチ殺害の犯人は荼毘で間違いない。しかし、彼は既に忘れている出来事だった。
「俺も色々話してぇところだが、すぐにでも藤原妹紅が来ちまうだろうからな。折角だが、今日のところはさっさと
その瞬間。荼毘の背筋に凄まじい悪寒が走った。まるで死神の鎌を添えられたかのような感覚。考える間もなく彼は本能でその場から飛び退いた。
直後、荼毘の足首があった位置を炎爪が通り過ぎていき、アスファルトに紅い傷跡を遺した。妹紅の右手の『デスパレートクロウ』だ。故に、次は左手の炎爪が来る。跳躍した荼毘は空中で勢いよく炎を撃ち放つと、その反動で吹き飛ぶように後ろに跳んだ。
「ッぶねぇ!来るの速ぇな、クソ!」
荼毘は勢いのまま地面をゴロゴロと転がる。放たれた蒼炎は妹紅の炎爪に切り裂かれていた。僅かにでも遅ければ、切られていたのは彼の腕だったことだろう。間一髪だった。
「背後からの四肢切り落とし狙い…!初手からエゲツねぇな。やるようになったじゃねぇかよ、藤原妹紅!」
「自身の所行を省みてから言うといい、荼毘…!貴様はここで確実に捕らえる!」
ステインのような容赦の無さは荼毘にとって好ましい。すぐに体勢を立て直した彼は嬉しそうな声で叫んでいた。
片や、妹紅はその言い分に怒りを寄せる。少なくとも一般人を焼き殺しまくっている男に言われたくはなかった。そもそも荼毘が居るということは、彼以外の連合構成員や脳無たちも何処か近くに潜んでいる可能性がある。だからこそ妹紅は確実に戦闘力を削ぐべく炎爪を使用したのだ。荼毘の炎熱耐性を考慮してのことでもあった。
(ツギハギされた皮膚の火傷…。炎熱への耐性は無さそうに見えるけど、生まれつきそういう肌という可能性もある。見た目で油断は出来ない。炎を扱う個性である以上、炎熱耐性を持っているという前提で攻めたてる!)
妹紅は炎爪を構えながら思考する。個性を使用する体力はまだまだ残っていた。『パゼストバイフェニックス』は1羽あたり体力の1割ほどを消費するため、残りはおよそ5~6割ほど。しかし、人々の防御を命じられていた妹紅は身体を休める待機時間があった。更に、妹紅は己の炎を回収することで体力を回復させることができる。
そのことを考えれば、未だに妹紅は万全に近い状態にあった。その戦闘力を理解しているのだろう。荼毘はどこか達観したような表情だった。
「高火力に不死の再生能力、そして炎熱への完全耐性…。超人社会の限界に、いや限界を更に超えた先にお前は立っている。何より、その心の有り様には“覚悟”がある。キマり過ぎてて羨ましさすら感じねぇよ。やはりお前はステインが求めたヒーローだぜ」
「……」
「こうやって俺が喋っている間にも、火の鳥で包囲網を作ってやがる。それに加えて目眩に吐き気。空気を焼いてんのか。このペースなら数十秒後には酸欠で昏倒しちまうだろうな。本当にエゲツねぇ」
妹紅は会話に応じない。応じる必要性がない。その間に『火の鳥-鳳翼天翔-』を展開。無数の1m級火の鳥が、元から四方を包囲していた巨大フェニックスの隙間を埋めるように空を舞った。
荼毘はそれらを見上げて確認すると、肩を竦めて薄笑いを浮かべる。妙に余裕のある態度だった。
「まぁいいや、今日のところは退かせてもらうぜ。やってくれ氏子さん」
「完全包囲されたこの状態から逃げられると思っているのか?」
これまでヴィラン連合の行動のほとんどは黒霧の『ワープゲート』頼りのものだった。しかし、グラントリノと塚内によって黒霧は逮捕、拘束されている。そして、ドーム状に展開された火の鳥の壁は脱出も侵入も難しい。既に荼毘は詰みに等しい。
しかし、次の瞬間。ゴポッと音を鳴らして彼の口から黒い泥水が溢れた。
「残念…」
「あの時の泥水ッ!?」
荼毘がニヤリと笑った。
妹紅にとっても因縁深い泥水の『ワープ』個性。AFOが使用していた個性の1つだ。彼が捕まっているというのに、これを使える者が居るということは、『超再生』と同じように『ワープ』も複製されているのだろう。妹紅とっては最悪の展開だった。
「荼毘!いや、今は脳無を…!」
妹紅は必死の表情でその場を飛び退き、瞬時に黒脳無の傍まで飛ぶ。そして黒脳無の死体に手を当てた。ここで怖いのは荼毘の逃亡ではない。この強力無比な黒脳無の死体を回収され、再び脳無として運用されることが一番の脅威なのだ。
だからこそ、妹紅は黒脳無を優先した。黒脳無から泥水が溢れ出てこようものなら、獄炎にて死体を焼くつもりである。妹紅の火力ならば刹那のうちに焼き尽くせるだろう。
しかし、問題はそこではない。ヴィラン連合の何者かが泥水の『ワープ』個性を所持しているということが大問題だった。
「荼毘ッ!それを!その個性を使うことがどういう意味だか分かっているのか!!」
「む、藤原…?」
「確かにまた拉致に使われ…いや、違う…?」
妹紅が怒りの形相で叫ぶと、エンデヴァーとホークスが反応を示した。
確かに、妹紅はこの『ワープ』によって一度拉致された。『ワープ』は強制転送だ。対象となった者は拒否しようがなく強制的に泥水の中に呑み込まれてしまう。対策は無いに等しく、再び拉致被害者を生み出すことになってしまうのだとプロヒーローの2人は最初そう考えた。
しかし、違う。違うのだ。妹紅が言いたい事はそうではなかった。
「トップヒーローどもは理解が遅ぇ。平和ボケしている証拠だぜ。学生の方が現実を見ているなんてな…。そうだ藤原妹紅、俺たちはどんなに拘束されようがこの『ワープ』で逃亡できるって訳だ」
「…ッ!」
それを聞いて、エンデヴァーとホークスも顔を酷く歪ませた。どんなに捕縛していようと、もしくは完全に昏倒させていたとしてもこの泥水の『ワープ』個性の前では関係ない。相澤の『抹消』も個性の使用者本人を見なければ効果がないので、黒霧の『ワープゲート』よりも遙かにタチが悪かった。
無論、AFOや黒霧がタルタロスから脱走していないということは、距離を含め発動には何かしらの条件が必要なのだろう。しかし、それでも神野区ではオールマイトを含むヒーローたちが散々にしてやられており、非常に凶悪な個性だった。
つまるところ、発動条件下での唯一の対抗策は『ワープ』で逃げきられる前に相手を殺害することだけ。ヴィランを殺し、そして脳無の素体として活用されないように死体すら完全焼却しなければならないということだ。
今後、ヴィラン連合と戦う際はそういうことになってしまう。これはもうヒーローの行いではない。ヒーロー殺しステインの如き無慈悲な所業だ。荼毘は妹紅にそれを望んでいたのだった。
「ま、そういうことだ。理不尽な死を経験してもなお、真のヒーローを目指すお前だけは俺たちを殺す資格が有る。脳無だけじゃなく
言うだけ言って荼毘は黒い泥水に呑み込まれ、そのまま姿を消した。蒼炎が消えたことを確認して、妹紅は火の鳥として放っていた炎を全て回収する。辺りには報道ヘリのプロペラ音だけが響いていた。
「荼毘には逃げられたか…」
「ですが、黒脳無の死体は置いていきました。荼毘が姿を晒してでも回収しようとした脳無ですから、連合にとっても貴重な個体だったのでしょう。『ワープ』で転送しなかったのは、もこたんに焼き尽くされるのを嫌がった為か、それとも『ワープ』の条件を満たしていなかった為か…。後者かな?わざわざ荼毘が出てきたのは発動条件を満たそうとするためだったからかもしれませんね」
疲れきった声でエンデヴァーが呟くと、励ますようにホークスは応えた。更に『ワープ』に対する考察を巡らす。また一つホークスは探らなければならないことが増えてしまった。
(ごめんなさいエンデヴァーさん、もこたん。俺は――)
公安直属ヒーローのホークス。実のところ、彼はヴィラン連合へのスパイ活動を公安上層部から命じられていた。荼毘と通じ、今回の脳無の襲撃についても事前に知っていたのだ。荼毘からは信用されておらず、伝えられていた事前情報はウソだらけだったが、ホークスが目の前の2人を利用したことは紛うことなき事実である。
しかし、それを表情に一切出さず彼は笑顔を浮かべていた。
「もこたんも『ワープ』させられないで良かった。とりあえず一件落着だね!」
「…そうですね」
そう答える妹紅の声はかなり暗い。殺さなければ被害が出る。しかし、正義の為に命を奪うことは本当に正義なのか?答えの存在しない問いが妹紅を苦しめていることはホークスの目にも明らかだった。
彼は酷い罪悪感で胸を潰されそうになりながらも仮面の表情を纏う。今はただ軽薄でお調子者ヒーロー、ホークスでいい。己がどれほど穢れようとも、その先にある目標の為ならば厭わない。
ホークスは己の感情を押し殺して、笑顔を振りまくのであった。
その後のホークス
荼毘「エンデヴァーだけでもハイエンド脳無のテストにならねぇのに、藤原妹紅も連れてくるとか頭おかしいんかテメェ」
ホークス「No.1ヒーローにダメージを負わせた。もこたんは連合の仲間に引き入れる切っ掛けを作る為に呼んだ。どちらも喜ばれると思ったからだよ(こんな言い訳でいけるか…?)」
荼毘「藤原妹紅を…?じゃあ仕方ねぇか…」
ホークス「でしょ?(いけたわ)」
ホークス、スパイ活動中。ストレスで胃を痛めて、罪悪感で胸を痛めています。でも頑張れ。キミに全てがかかっている。
エンデヴァーとスナッチ
実は2人とも45歳の同い年。
原作エンデヴァーの「あのスナッチを殺害したそうだな…!」という台詞は、実力を認めていたヒーローが殺されたからだと思っていましたが、エンデヴァーがあの意識朦朧とした極限状態でわざわざ言っているということは、もしかしたら彼らは雄英の同級生だったのかも?