もこたんのヒーローアカデミア   作:ウォールナッツ

84 / 92
福岡よいとこ一度はおいで


もこたんとホークスとエンデヴァー 前編

「異能解放万歳!」

 

 人通りの多い場所で1人の男が叫んだ。大きめのトレンチコートを着用した男である。だが、コートの下は全裸という何処に出してもドコを出しても恥ずかしい立派な変質者だった。

 しかし、『羞恥心をパワーに変える』という個性を持つこの男。彼は今まで働いていた会社に恨みがあり、職場をビルごと破壊してやろうと目論んでいたのである。

 そんな男が群衆の中でトレンチコート脱ごうとしたその瞬間。幾つもの大きな羽が彼の背をしたたかに打ちつけた。

 

「うわ、何コイツ!?露出狂やん!」

 

「こんな寒いとにようやるなー」

 

「この羽はまさか!?」

 

「もこたんは好きな食べ物とかある?」

 

 羽の持ち主であるプロヒーロー、ホークスは何事もなかったかのように隣を歩く妹紅へと話しかけていた。その後ろには顰め面のエンデヴァーの姿もある。

 エンデヴァー、ホークス、妹紅という組み合わせ。そんな不思議な3人組は昼時の福岡の街を歩いていた。

 

「はぁ、好物は焼き鳥とかですけど…。…ッ!」

 

「ああ!ダメよシュバルツ!?」

 

 叩きのめされた変質者はホークスのサイドキックたちによって速やかに回収されていく。妹紅がそれを見届けながら彼の雑談に答えていると、視界の端に急に走り出す小型犬の姿が見えた。散歩中の飼い犬が突如として車道に飛び出したのだ。

 救出しようと妹紅の身体は咄嗟に反応する。しかし、行動に移そうとした時には既に犬はホークスの羽によって掬い上げられ救助されていた。圧倒的な速さ。あのエンデヴァーですら動けないほど飛び抜けたスピードだった。

 

「お、焼き鳥好きなんだ。イイネ、俺も好物だよ。鳥系の個性持ちって鶏肉好きが多いのなんでだろね?」

 

 信じられない程の視野の広さで周囲のトラブルを次々に発見し、一瞬で解決していくホークス。しかも、それらを全て会話の片手間で済ませていく。

 彼はとにかく速過ぎるヒーローだった。

 

「ええっと…」

 

「あ、ゴメンゴメン。食べ物の話をしてたらお腹減ったよね。お昼だし焼き鳥の美味い店を紹介しようか。『ヨリトミ』のレバーはクセになるよ」

 

「え?あ、はい…」

 

「……。」

 

 朗らかに笑いながら世間話を続けてくるホークスに、妹紅は困惑しながら曖昧に頷く。一方で、2人の後ろを歩いているエンデヴァーは無言のままだった。

 

 妹紅とエンデヴァーが福岡に到着したのが午前10時頃。それからホークスと合流したのだが、彼はパトロールと称してアチコチを巡り始めたのだ。

 それから凡そ2時間経過して今現在。ホークスや妹紅たちは福岡の中心街をノンビリ歩きながらパトロール活動を行っていた。

 

「ホークスやん!うおお、藤原妹紅も居るし!?」

 

「ホークス2位おめでと!」

 

「ホークス、写真!イエー!」

 

「息子が大ファンで…!このバッグにサインを!」

 

「いいよー。並んでねー」

 

 しかし、そうやって歩いていれば当然ファンに気付かれて囲まれる。ホークスはそれをイヤな顔一つせずに気さくな笑顔で応じていた。彼にとってファンサービスは当たり前のことなのだ。

 無論、妹紅にもそういったファンサービスは求められていた。

 

「あの私、今年の雄英体育祭からのもこたんファンです!サイン貰っていいですか!?」

 

「私も!お願いします!」

 

「ヤバッ!ヤバくない!?テレビで見るより白くて綺麗でカッコいいっちゃけど!?」

 

 身長は妹紅よりも小さく雰囲気もまだ幼い。中学生に成り立てという年齢だろうか。学校の制服を着ている女の子たちのグループに妹紅は声をかけられた。今日は日曜日なので部活が午前終わりだったのかもしれない。仲間内でキャッキャとはしゃぐ彼女たちの様子は実に可愛らしかった。

 

「いいよ。ペンは持っているから、どこに書けばいい?」

 

 それはともかくとしてファンサービスは重要だ。ホークス曰く、ヒーローとして今一番大事な要素は人々からの支持なのだという。

 しかし、妹紅の校外活動先は職場体験もインターンもエンデヴァー事務所のみ。エンデヴァーの方針もあり、妹紅のファンサービスの経験はあまり無かった。

 とりあえず女の子たちに乞われたサインを書こうとする妹紅。サイン用の太いマジックペンはホークスから借りている。彼は予備のペンを含めて常に何本か持ち歩いているとのことだった。ヒーローの鑑である。

 

「えーと、色紙とか無いし…どうしょ、どこに書いてもらう?学校のカバンとか?」

 

「紺色のカバンに黒ペンだと見づらくない?やっぱ白地がいいよ。今着てる制服の白シャツに書いてもらおうよ!」

 

「あ、それイイっちゃない!じゃあ私はシャツの背中!」

 

 女の子たちはそんな相談をしている。確かに服にサインというのは珍しくない。スポーツ選手などはファンが着ているレプリカユニフォームに良くサインを書いてくれたりする。とはいえ、自分のサインなんかで彼女たちの制服を汚してしまうのはどうかと妹紅は困ってしまった。

 

「学校の制服は大切にね。こっちにおいで。私はこれくらいしか書ける物を持ってないけれど、これで良いなら」

 

 そう言って妹紅は頭のリボンをシュルリと解いた。頭頂部の大きな紅白リボンだ。それを女の子の髪に結んであげてハネ*1の片側に大きく『もこたん』と書き込む。サイン特有の崩し字など己の性には合わないといわんばかりの見事な楷書体だ。ヒラヒラしているので多少書き辛いが、妹紅にとってはイヤというほど慣れ親しんだ布地である。リボンをちょっと指で摘まんで布地をピンと引っ張ってやれば、そこに文字を綺麗に書き込むくらい朝飯前だった。

 

「このくらいしか出来ないけれど…え?むしろ、これがいい?そう、それなら良かった。他の子たちもおいで。結んであげる」

 

 最初にリボンを結んであげた女の子は熱に浮かされたように頬を赤く染めて、妹紅を見上げながらコクコクと頷くだけのマシーンと化していた。他の女の子たちも予想以上に喜んでいる。というか、より一層の黄色い声を上げながら狂喜乱舞していた。

 妹紅としては勝手に再生してくるリボン程度で喜んでくれたのなら何よりだ。そう思いながら紅白リボンを女の子たちの髪に結んであげていると、横からホークスがアドバイスを投げかけてくれた。

 

「もこたん、リボンに宛名も書いてあげた方がいいよ。女の子たちの名前ね」

 

「名前を…なるほど、分かりました。名前を教えてくれる?…○○ちゃんね、応援してくれてありがとう」

 

「―――!!?」

 

 彼の助言の通り、妹紅は宛名もリボンに書いていく。そうすると女の子たちは正しく言葉にならない状態になって喜びを爆発させていた。

 後ほどホークスが語ってくれたのだが、これは単なるファンサービスという意味だけではないらしい。というのも有名ヒーローのサインやグッズは高値で売買されるのだという。その為に転売目的の盗難被害も少なくないらしく、酷いときは傷害事件に発展する場合もあるとのことだ。

 その予防として、あえて為書き(宛名書き)するのだ。そうするとファンサービスになるだけではなく転売対策にもなる。ホークスはそういうところまで教えてくれたのだった。

 

(でも、私って何のために福岡まで呼ばれたんだろう?ファンサービスのやり方は凄く勉強になったけど…)

 

 もう何度目か分からないファンサービスの中、妹紅の脳裏にそんな疑問が浮かんでしまう。

 疑問だらけの福岡遠征。その話が妹紅に舞い込んできたのはつい昨日のことだった。

 

 

 

 

「インターンの再開…ですか?」

 

 雄英文化祭から2週間ほどが過ぎた11月の末日。

 妹紅は校長室に呼び出されていた。そこで待っていたのは校長の根津と担任の相澤、そしてオールマイトの3人である。そこで妹紅は彼らから話を受けていた。

 

「その通りなのさ。実は先ほど、自粛しているヒーロー実地研修(インターン)を再開してもよいという許可がヒーロー公安委員会から出たのさ」

 

「なるほど。ですが、なぜその話を私1人に?」

 

 根津の言葉に納得しつつも妹紅は首を傾げていた。

 荼毘による連続焼殺事件や死柄木たちのオーバーホール襲撃事件などによって自粛*2となった妹紅たちのインターン。それから2ヶ月以上が経過しており、確かにある程度のほとぼりは冷めたかもしれない。

 しかし、インターン再開はクラスメイトたちにも関係することなのだから、教室で相澤が皆の前で通達すればいい。なぜ自分だけを呼び出したのかと妹紅が尋ねると、その疑問は尤もだと言わんばかりに彼らは頷いた。

 

「インターン解禁の直後に藤原少女に対して応援要請の指名があったんだ。その相手は速すぎる男、ホークス。さきほど発表されたヒーロービルボードチャートはもう見たかな。新たにNo.2ヒーローとなった若き天才だよ」

 

「応援要請はホークスからエンデヴァー事務所経由で来ている。つまり、お前はエンデヴァー麾下(きか)のインターン生という形でチームを組んでもらうことになる。応援要請日は明日で、回答期限は本日中。急な話ですまないな」

 

 オールマイトと相澤がそう答える。

 今回の下半期ビルボードチャートは異例の発表だった。今まで発表の場にヒーローたちが登壇することはなかったが、今回は怪我で活動休止中のベストジーニスト以外のトップ10を呼び集めたのだ。それは今が『時代の節目』だからなのだとヒーロー公安委員会の会長は述べた。

 タイミングを考えれば、妹紅たちのインターン再開許可も彼らと同じく『節目』としたものなのだろう。突然の応援要請には妹紅も驚いたが、インターンは現場を学べる絶好の機会である。そして飛行個性を持つ最速のヒーロー、ホークスには妹紅も以前から興味があった。

 

「無論、このインターン再開と応援要請は強制ではない。なによりも本人の意思が尊重される事だからね。藤原少女、キミの判断次第だ」

 

「参加したいと思います。ですが、学校側としてはよろしいのですか?ヴィラン連合は未だに…」

 

 オールマイトの確認に妹紅は迷いなく答えた。元から全て理解した上でインターンに臨んでいるのだ。むしろ妹紅が心配しているのは雄英についてだった。

 当初から1年生がインターンなんて性急過ぎると言われており、連合の事件では自粛を余儀なくされた。世間からは“それ見たことか”という論評を大いに受けたことだろう。ここでインターンを再開し、そして連合によって再び自粛することになった場合、雄英への批判は非常に大きくなってしまうのは間違いなかった。

 しかし、それは織り込み済みであるというように根津は応えた。

 

「僕たちは生徒を守る為なら学校の評判なんてどうなっても良いんだけどね。でも、公安はそうはいかないのさ。今回は公安直々に許可を出した。そうである以上、再びの自粛は余程のことがない限りありえない」

 

「それはつまり…!」

 

「そう、今回のインターン再開は連合案件の解禁を意味している。恐らく公安が危惧しているのは死柄木を始めとするヴィラン連合の成長。それを阻止するために、公安は学生(キミ)たちの力を借りてでもヴィラン連合を刈り取るつもりなんだろうさ」

 

 根津の言葉に妹紅も理解した。ヒーロー公安委員会の評判は社会の治安に直結する。故に、今回のビルボードチャートではヒーローたちを招集したのだ。そして妹紅たちのインターン再開はその延長線という訳だった。

 

(つまり公安は連合に関する何かを掴んだ…。もしくは予感を抱いたのだろうさ…。それは僕も同じ。何の根拠(エビデンス)もない勘。この先ヴィラン連合は、死柄木弔は大きな大きな脅威になるかもしれないという僕のただの勘なのさ)

 

 根津もまた公安と同じように脅威への備えを進めていた。最新防衛技術でタルタロスと同等レベルまで強化された雄英バリア。それに加えて現在は根津の私財によって雄英敷地全土を改修中である。完成すれば雄英は動く。敷地を碁盤状に分割してそれぞれに駆動機構を備え、有事の際には区画ごと地下に潜りシェルターになるのだ。更に、周辺地下には三千層の強化防壁(プレート)に加え、迎撃システムまで備わる予定だ。

 これらの完成は来年の春。根津はUSJ襲撃事件の段階からこの計画を進めていたのであった。

 

「藤原。それらの話を踏まえた上でもう一度確認する。今回のホークスからの応援要請をお前は…」

 

「もちろん受けます」

 

 相澤が言い切る前に妹紅は答えた。そこに微塵の揺らぎもない。だが、気負っている訳でもない。一般ヴィランだろうが連合だろうが、妹紅の前に現われるのならばヒーローとして打ち倒す。ただそれだけだった。

 

「…そうか。了承の旨は俺からホークスとエンデヴァーに伝えておく。活動場所はホークスの拠点である福岡県だ。明日の早朝、こちらでエンデヴァーと合流してから九州へ向かうことになる。準備を済ませておくように。以上だ」

 

「分かりました。では失礼します」

 

「藤原」

 

「はい?」

 

 校長室から退室しようとしていたところで相澤に声をかけられた。妹紅はドアノブに手をかけたまま振り返る。相澤は彼女を静かに見つめて、ただ一言だけ告げた。

 

「無事に帰ってこい」

 

「――はい、相澤先生」

 

 危険は大きい。『ワープゲート』の黒霧はグラントリノと警察によって確保されたものの、ギガントマキアという新たな脅威の登場に加え、完成された個性破壊弾が死柄木たちに奪われたままなのだ。特に、個性破壊弾の存在は妹紅すらも殺しうる可能性を持つ。

 そしてNo.2ヒーローのホークスがNo.1ヒーローのエンデヴァーにチームアップを要請したという前代未聞の出来事。最早、何が起こるか誰も分からない。

 以上のことから、妹紅は覚悟を決めて今回の遠征に赴いていた。赴いていたのだが…。

 

 

 

「ファンと握手しようとしたら『違う』って言われた?ハハハハ、そりゃ言われますって。だってエンデヴァーさんのキャラじゃないですもん」

 

「…フン」

 

 福岡県内の有名飲食店が集うUMAIビル。その15階にホークスおすすめの焼き鳥専門店『ヨリトミミドリ』はあった。雰囲気はまるで高級料亭のようで、案内された座敷の個室からは福岡の街並みが観望できる。そんなところで妹紅たちは昼食を取っていた。

 テーブルには注文した焼き鳥が並び、3人は食べながら雑談を交わす。といっても喋っているのは大抵ホークスだ。今もエンデヴァー初のファンサービスがどんな状況であったか聞き出して、その内容を面白がっていた。

 そのせいでエンデヴァーはヘソを曲げているようだが、ホークスはお構いなしの様子である。楽しそうにニコニコしながら今度は妹紅に話しかけてきた。

 

「もこたん、焼き鳥どう?」

 

「すごく美味しいです」

 

 妹紅は端的にそう答えた。言葉の通り、この店の焼き鳥は今まで食べてきたどんな焼き鳥よりも美味しかった。高級店なだけはある。

 肉は新鮮な地鶏だろうか、まず鶏肉そのものが非常に美味い。味付けもベストだ。タレや塩にすら旨味がある。そして何より、その焼き加減が最高だった。

 

(焼き目はしっかりついているけど、焦げ付きは一切ない。口に運べば炭焼きの薫香…。だけど炭火臭い訳じゃない。綺麗な香り。うーん、本当に美味しい)

 

 妹紅とて料理は好きだし炎熱系の個性の持ち主だ。そのため『焼き』の調理工程にはちょっとしたこだわりがある。しかし、そんな妹紅ですら“比べることすらも烏滸がましい”と思ってしまうほどの技術。あのランチラッシュの料理をも越えてくる美味さだった。

 

「気に入ってくれてよかった。福岡は美味しいお店が沢山あって良いところだよ。そうだ、インターン先もエンデヴァーさんの所から俺の事務所に変えてみない?そうしたらほら、俺と常闇(ツクヨミ)君ともこたんで3人仲良く鳥仲間」

 

 焼き鳥をモグモグと頬張っている妹紅をホークスは微笑ましげに眺めながらそう語る。

 元々、彼は体育祭後の職場体験で妹紅を指名に出していた。もちろん今更エンデヴァー事務所から移籍してくれるとは彼も思っていないので冗談交じりで言っている。だが、妹紅としては焼き鳥が美味しすぎてその誘惑にちょっぴり負けてしまいそうだった。

 

「福岡に…。ん~~…」

 

「な!?」

 

 焼き鳥を見つめながら、らしからぬ声で唸ってしまう妹紅。それを聞いてエンデヴァーは慌てた。

 このままでは妹紅をホークス事務所に持っていかれかねない。ホークスの才能は天才的だが、もっと下のランキングで自由にヒーロー活動していたいと言っている自由人でもある。この男がまともに指導できるはずがないのだ。

 そんな言い訳を己の盾にしつつ、エンデヴァーはホークスに向けて声を荒げた。

 

「ホークス!いい加減に本題を話せ!改人脳無、連合が持つ悪趣味な操り人形の話を!」

 

「脳無の…?」

 

 妹紅はしっかり焼き鳥を食べ終えてから顔を上げる。一方でホークスは降参したように手を上げて諦めると、ついに本題を切り出した。

 

「分かりましたよ。もこたんが戦った神野区のあの脳無。その後、アレがどうなったキミは知ってる?」

 

「塚内警部から聞いています。撃破からおよそ半日後に身体が崩れていくように壊れていき、その後まもなくして完全に死亡した、と」

 

 妹紅は顔色一つ変えずに答えた。神野区の悪夢の後、塚内は慧音と相談した上で妹紅にこれを伝えている。あの一戦で妹紅は完全にトラウマを克服しており、問題ないと慧音が判断したからだ。

 なお、脳無が死んだ原因は妹紅の炎ではない。脳無と妹紅が一対一で殺し合えるようにAFOが最後に与えた個性『干渉個性無効』が原因であり、与えすぎた個性により肉体が限界を迎えたのだ。これはAFOが妹紅の前で自慢気に語っていたことだった。

 

「…あの脳無が、実父が死んだことに後悔を抱いているかい?」

 

「いえ、特に。しいて言えば哀れだなとしか。私に親がいるのだとすれば、それは慧音先生ただ1人だけですし」

 

 ホークスが思い詰めた顔で尋ねてくるが、妹紅は至極当然といった様子で返答した。

 父への悪感情が無くなった訳ではないが、慧音と比べたら心の底からどうでもいいのである。それは妹紅にとって明々白々のこと。しかし、その返答に対してホークスは苦笑いを浮かべていた。

 

「君は強いね。俺はまだ――」

 

 “まだ家族に縛られているよ。”

 ホークスは言葉にすることのできない独白を心の中で呟いた。

 彼は、鷹見啓悟(ホークス)は強盗殺人犯の父とその逃走を匿った母の間に産まれ落ちた。父から虐待を受けて育ちながらも彼の心には確かに平和への想いがあり、父に隠れて個性を使い人々を交通事故から救助したこともあった。

 そんな父は車の盗難でエンデヴァーに捕まり、母と幼い彼は公安に保護された。その後、彼は一切の過去を消してプロヒーローとなる。軽薄でマイペースな天才ヒーロー・ホークスは表の顔。誰にも見せぬ彼の真の正体は、ヒーロー社会の暗部を担う公安直属のヒーローだった。

 

 だが、それ故にホークスには後悔があった。過去を消すということは母との関係も消してしまうということ。つまり彼は母を見限ったのだ。人々を助けたいと願いつつも、己の母は見限るという矛盾。その矛盾にホークスの心は未だに縛られている。

 だからこそキッパリと割り切って前に進んでいく妹紅の姿がホークスには羨ましく、そして大きく見えていた。

 

「ま、待て…!アレが藤原の実父だと!?い、一体どういうことだ!?」

 

「あれ?エンデヴァーさんは知らなかったんですか?」

 

 しかし、この会話に誰よりも驚愕したのはエンデヴァーである。彼はそんなこと何も聞かされていない。完全に初耳の内容だった。

 

「正確には彼女の父親と、その他数名の遺伝子と個性が併用されていた改造人間ですよ。『不死鳥』の系譜である『超再生』を利用されてたってだけです。もこたんとの親子関係、多分途中までオールフォさんも知らなかったんじゃないですか?知っていたら何よりも先に『不死鳥』の方を奪っているはずですし」

 

 ホークスは残っている焼き鳥を摘まみながら簡単に説明した。すると、エンデヴァーは胡散臭げに彼を睨む。

 因みに、妹紅はその横で食後の緑茶を飲んでホッコリしていた。お茶まで美味しいのだから流石は高級店である。

 

「神野区にいなかったお前が何故そこまで知っている?俺にすら知らされていなかった情報だぞ」

 

「昨日チームアップのお願いをした時に言ったじゃないですか、脳無について調べているって。エンデヴァーさんだって警察には顔が利くでしょうし、探ろうと思えばこの位までは簡単に調べられたと思いますよ。でも、これ以上は警察も分かってないみたいで。だから、今日はもこたんにも来てもらったんです。脳無についての一番の情報源は彼女ですし」

 

「むぅ…」

 

 実際は公安上層部からもたらされた情報であり命令なのだが、ホークスはサラリとウソを吐いた。しかし、事実を大いに混ぜたウソだ。実際、No.1ヒーローのエンデヴァーならば警察も多くの情報を提供するだろう。エンデヴァーもそれらが理解出来るからこそ信じざるを得なかった。

 それから彼らの話は脳無そのものへと移る。ホークス曰く、これこそが真の本題なのだという。

 

「雄英高校、保須市、プッシーキャッツの合宿場、東京拘置所、そして神野区。連合にとって脳無は捨て駒であり切り札です。正直、個性の割れている連合の構成員以上に厄介ですよ」

 

「東京拘置所や神野区の現場で暴れた白色や色付きの弱個体を数十体撃破し、格納されていた個体も同じく数十体程度捕えた。更に、藤原が交戦した強個体脳無が一体。それ以降、連合に動きはあれど脳無の出現は確認されていない」

 

 死柄木たちが拘置所を襲った際に解き放った弱い個体の白脳無。しかし、弱いといっても一体でも平均レベルのプロヒーローが苦戦するほどの戦闘力を有していた。

 更に、黒以外の色付き脳無。これらはプロヒーローが複数で囲んでようやく一体倒せるか否かといったという戦闘力だ。最初に現われた保須市でも多くのヒーローが負傷しているが、このレベルの脳無ですらAFOにとっては捨て駒扱いだった。

 最後に、黒色の脳無。これらには『超再生』だけでなく複数の強個性も付与されており、筋力が大きく強化されていた。エンデヴァーも保須市で1体撃破しているが、この黒い脳無の中には妹紅が戦った『対オールマイト脳無』のように超強化された特殊個体もいる。ピンキリは激しいが『超再生』持ちであることは共通しており、保須市の個体ですら非常にタフだったとエンデヴァーは語った。

 

「脳無はアレで全部だった。もしくは、まだあるけどオールフォさんしか知らない。のどちらかってのが警察の見方みたいです。もこたんはどう思う?」

 

「まだ居るはずです。AFOはあの脳無をまるで使い捨ての玩具のように使っていました。そんな扱いで全てを使い切ったとは思えません。死柄木が逃げた以上、強い個体も弱い個体も次々に脳無が出てきてもおかしくない。と私は思っていたのですが…」

 

 妹紅はホークスの質問に確信を持って答えるも、言葉途中で尻切れになってしまった。予想に反して、神野区以降の死柄木たちは脳無を一切使用していないのだ。

 ホークスもそれに同意するように頷いた。

 

「だよねぇ。死柄木のプロファイルを見る限り、そんなのが手元にあればすぐ使うはず。なのに脳無は表立って出て来てない。やっぱり死柄木には知らされていないのかな?」

 

「…なに?ホークス貴様、俺たちにチームアップを頼んだのは九州で脳無出現の確証を得たからではないのか?」

 

 緊張感のない物言いのホークスに、エンデヴァーは思わずそう尋ねた。

 言葉の通り、脳無の目撃談のことを聞いたからエンデヴァーもわざわざ九州まで来たのだ。妹紅にも応援要請を出していると聞いた時は、神野区での脳無戦すらも脳裏によぎった。

 よほどの強敵か、難事件が待ち構えているとエンデヴァーが思ってしまうのは当然。しかし、そんな彼に対してホークスはアッケラカンと言い放ってみせた。

 

「得てないです。ガチ噂です。あと、もこたんと話をしたかったのでインターン先のエンデヴァーさんを利用しました」

 

 ホークスは笑いながら“雄英のインターン自粛が解除されたって話を丁度良いタイミングで聞いたんですよー”と続ける。つまり、エンデヴァーは一杯食わされたのだ。

 最初は呆気に取られていたエンデヴァーも、流石に怒りが湧いてきたのか普段の倍以上の勢いで顔の炎を立ち上らせた。

 

「会計だ!帰るぞ藤原!」

 

「はい。ごちそうさまでした」

 

 エンデヴァーは憤りのままに席を立って声を張り上げる。妹紅も手を合わせて食後の挨拶を済ませた。今回の福岡遠征ではファンサービスについて学べたし、美味しい焼き鳥も食べることができたので妹紅としては割と満足だ。

 加えてホークスの『剛翼』を至近距離から観察することもできた。妹紅の炎翼は脳内のイメージを炎で再現したモノである。最速のヒーローである彼の翼を真似ることができるのであれば、更なる飛行力を得られるのではないかという思惑があったのだ。既に妹紅は今日のパトロールの際に細部まで観察し、記憶している。後は帰って飛行の練習をするだけだった。

 

「待ってくださいよ、聞いてください。つーかね、脳無の目撃談は福岡(ここ)だけじゃないんですよ。日本全国でそういう噂が立ってるんです。知らないでしょ?」

 

「…なんだと?」

 

 帰ろうとするエンデヴァーたち。だが、そんな状況でもホークスは飄々と話を進める。そしてそれは決して無視出来るような内容ではなかった。

 ホークスが全国を調査したところ、脳無に似た噂話は全く関連のない地域でも湧いていたのだという。その原因は『脳無』という存在に対する不安。妹紅と死闘を繰り広げたあのような脳無が“もしも自分たちの近辺で暴れ出したのならば…”という恐怖であるという。

 地元のヒーローたちが勝てないのは明白で、トップ10ヒーローが来てくれたところで勝てるかどうかも分からないほどの暴力の化身。頼みの綱のオールマイトは引退してしまった。

 ならば次は、誰が皆の心の支えになるかという問題だ。少なくともホークスの腹は既に決まっていた。

 

「つまり、No.1ヒーローの貴方に頼れるリーダーになって欲しい!立ち込める噂話を貴方が検証して、貴方が『安心してくれ』と胸を張って伝えて欲しい。俺は特に何もしない。要はNo.1のプロデュースですねー」

 

「スタンスどうなっとるんだ、貴様!」

 

「俺は楽をしたいんですよ。適当にダラダラとパトロールして、今日も何もなかったとくだを巻いて床に就く。これ最高の生活!ヒーローが暇を持て余す世の中にしたいんです」

 

 屈託のない無邪気な笑顔でホークスは語った。ヒーローたちが暇だということは世の中が平和だということ。それを実現できるのならば、これ以上に素晴らしいことはないだろう。

 しかし同時に、今の情勢を考えればこれほど難しい目標は他になかった。故に、ホークスは目指すのだ。名声も名誉も眼中になく、ただ長期目標を見据え最高速度で飛翔する。それが彼のヒーローとしての生き様だった。

 

「ふん…。む…?」

 

「…エンデヴァーさん」

 

「あれは…!」

 

 ホークスとの会話の途中。真っ先に窓の外のソレに気付いたのはエンデヴァーだった。続いてホークス、2人に遅れて妹紅も気付く。空を飛ぶ黒いナニカが脇目も振らずにコチラへと向かってきていたのだ。明らかな不穏に彼らは身構える。

 その時。不幸にもタイミングが重なり、お店の仲居が襖を開けて入ってきた。

 

「はーい、お待たせしました。お会計ですね」

 

「下がって、お姉さん!」

 

「守ります」

 

 会計にやってきた仲居の女性を妹紅は自身の身体で覆うようにして守る。声をかけたホークスはそんな2人を更に庇うように翼を広げた。

 ミサイルのように突っ込んできた黒い物体は、その勢いのまま高層ビル専用の強化ガラスを叩き割る。ガラスの破片が部屋内を榴散弾の如く飛び散るが、それらはエンデヴァーの見事な炎操作によって一瞬の内に焼き落とされた。

 仲居の悲鳴が響く中、急襲してきたソレは窓縁を掴んで確認するように部屋内を覗き込む。大きな異形の黒い姿に、フードのような頭から見える剥き出しの脳。巨悪の尖兵、脳無だった。

 

「どレが一番、強イ?」

 

「…ッ!」

 

 “脳無が喋った”。妹紅と同じことをエンデヴァーとホークスも思ったことだろう。ロボットのように単純な命令しか理解出来なかったはずの脳無が、知能と意思を備えて殺意を振りまいているのだ。

 しかし、これは新たな脅威であると同時にチャンスでもあった。上手く生け捕りに出来れば情報を得られる可能性がある。エンデヴァーは即座に方針を定めた。

 

「ホークス、藤原!避難誘導!」

 

「了解!」

 

「分かりました!」

 

 ビルの避難経路は建物に入った時点で確認している。その程度の危機管理(クライシスマネジメント)はヒーローとして然るべき行いだ。妹紅は腰が抜けてしまって動けない仲居の女性を速やかに抱え上げて動いた。他の部屋には客や店員がまだ多く居る。ホークスと手分けして彼らを避難経路に誘導するのである。

 そして、残るエンデヴァーは炎を纏いながら脳無の前に立った。

 

「脳無は俺が迎撃する。噂話をしているところに現われるとは随分とタイミングの良い奴め。まァいい、どの道そのつもりで来ていた!『赫灼熱拳 ジェットバーン』!」

 

 エンデヴァーの左手に込められた炎が激しく燃え盛り、そして放たれた。

 凝縮された炎を一気に放出することで超高熱線を放つエンデヴァーの必殺技『赫灼熱拳』。その技の一つ『ジェットバーン』は、肘や足裏から赫灼を放つことで大きな推進力を得ると同時に、拳からも放たれる炎によって敵を焼き殴り倒すという強力な必殺技だった。

 これにより脳無は吹き飛ばされビルから引き剥がされた。『ジェットバーン』が直撃した箇所は致命傷レベルの火傷を負い、防御しようとした腕も焼け千切れている。本来であれば、これで勝負ありの損傷。しかし、相手は『超再生』を持つであろう黒脳無だ。そこにエンデヴァーに油断は無かった。

 

「来い。No.1(おれ)を見せてやる」

 

 息子たちが誇れるような父として、現No.1ヒーローとして。己の過去にも血にも向き合い、そして償いながら。

 エンデヴァーは敵の前に立つ。

 

*1
リボンの左右に広がった部分。蝶々の羽のように見えることからハネと呼称される

*2
公安からの『自粛要請』なので、ほぼ命令である




もこたん(好物:焼き鳥)「焼き鳥うまうま」
ホークス(好物:鶏肉)「でしょ?福岡は良いところだよ~」
エンデヴァー(好物:葛餅)「ぐぬぬ…」

 ホークス、公安の命令で暗躍中。
 妹紅と脳無の死闘がテレビで放送されているので原作よりも脳無の脅威が遙かに大きく認知されています。その為、公安によるインターン解禁も早まっています。
 ただし、インターン実施の『要請』ではなく自粛解禁の『許可』なので、原作最終戦前の学徒動員みたいな切羽詰まった感じではないです。むしろ、妹紅や相澤たちはNo.1とNo.2がチームを組んだということの方に警戒を感じていました。そんなん明らかに厄いですし。


 インターン中の妹紅の昼食
エンデヴァーの所でインターンしている時は、恐らく原作の緑谷・爆豪・轟たちのように事件のない隙間時間に簡単なモノを食べているんだろうな、と。彼らは菓子パンでしたが妹紅はもんぺのポケットにアルミホイルで包んだ手製のおにぎりとかサンドイッチとか詰め込んでいる感じ。たまにポケットの中で潰れたり焼け焦げたりしていることもあるけど妹紅は平然と食べてそう。
 そして多分エンデヴァーは冬美から『夕飯ふんぱつするから家に連れて来てよ、去年の教え子なんだから!』と言われているが、客観的には16歳の女子高生を自宅に連れ込もうとしているセクハラ親父にしか見えないのでエンデヴァーは出来ずにいる。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。