もこたんのヒーローアカデミア   作:ウォールナッツ

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もこたんと雄英文化祭 4

「控室は…コチラですね。失礼致します」

 

 ミスコン会場に併設されている参加者控室の扉をノックして妹紅たちは中に入った。今年の参加者は妹紅を含めて9名。学年も学科もバラバラの女子9名が美しさを競い合うのである。

 雄英文化祭のメインでもあるミスコンは、通常ならば各局のマスコミも取材にやって来るほどのイベントだ。今年は関係者以外立ち入り禁止のため取材陣は居ないが、それでも参加者たちは例年に劣らずの気合いが入っていた。

 

「あ、八百万に藤原。全然来ないから本当に噂だけかと思っちゃったよ」

 

「オツカレ。A組のライブどうだった?」

 

 入室した妹紅たちに直ぐさま話しかけてきたのはB組ミスコン参加者の拳藤と付き添いの柳だ。拳藤は既にドレスアップを済ませており待機している。というよりも、妹紅以外の参加者は掛け持ちなどしていないのだから時間に余裕があるのも当然だ。掛け持ちしている妹紅が忙しすぎるのである。

 

「大成功だ。アンコールされるくらい大反響だったよ」

 

「お、ヤッタじゃん。う~ん、B組は大丈夫かなぁ…。ちょっと心配なんだよね」

 

 拳藤はA組の成功を喜びつつも不安気な表情で呟いた。B組の演劇もコンセプトはA組と同じで、他の生徒たちに楽しんでもらうことにある。

 もちろん拳藤と柳も事前に彼らの演劇を通し稽古で見ており、それは面白かったし感動した。きっと大丈夫だと信頼している一方で、他科の生徒たちが受け入れてくれるだろうかという心配があったのだ。

 

「そういう心配は私たちA組にも有りました。ですが全くの杞憂でしたわ」

 

「ああ。だからきっと大丈夫さ」

 

「…うん、そうだね。ありがとう八百万、藤原。あ、皆から連絡来た……演劇大成功だって!よかったぁ」

 

 彼女たちが話していると拳藤の携帯にクラスメイトたちからのメッセージが届く。彼女は早速それを確認すると、ホッと安堵して脱力した。

 B組の『ロミオとジュリエットとアズカバンの囚人~王の帰還~』は劇の途中でハプニングが多発したものの、なんとかやりきって最後は万雷の拍手を貰ったのだという。それを聞いた妹紅たちも我が事のように喜びを露わにしていた。

 

「あ、もこたん!もこたんだー!」

 

 妹紅たちがそんな話をしていると、部屋の奥の方から声をかけられた。ドレッサー前の椅子に座っている水色髪の女子が顔をコチラに向けている。3年の波動だった。

 

「ねじれ、髪を整えているんだから動かないで」

 

「どうもです。波動先輩、甲矢(はや)先輩」

 

 波動の付き添いは彼女の親友でもある3年生の甲矢有弓だ。甲矢は波動が妹紅のリボンを貰いに来る時に一緒に居ることが多く、A組の女子たちとも顔見知りだった。波動が銀河一可愛いと信じている彼女は並々ならぬ思い入れで今回のミスコンに挑んでいる。今も非常にシビアな表情で髪を整えている最中だった。

 

「オホホホ!今から準備とは、有名人は随分と余裕のようですね!」

 

 更に声をかけられて妹紅たちは振り向く。声の主は絢爛豪華な和装のミニスカをこれでもかと煌びやかに着こなしていた。彼女こそ2年連続で雄英ミスコンの覇者に輝いた美の化身。3年サポート科の絢爛崎(けんらんざき)美々美(びびみ)である。直視すると目が眩まんばかりのゴージャスさだった。

 

「しかし、開始時刻までの時間はそう残ってはいませんよ!さぁ、早くアチラの更衣室で着替えると良いでしょう!」

 

「あ、ありがとうございます絢爛崎先輩…」

 

 絢爛崎から皮肉でも言われるかと思ってしまった妹紅だったが、彼女にそんなつもりはなかった。彼女が高飛車なのは素の性格であり、そこに悪意は一切ないのだ。むしろ、絢爛崎は同級生や後輩たちから慕われている良きリーダーである。あの発明狂いの発目ですら彼女を慕っているのだから、絢爛崎には黄金のように煌めくカリスマがあった。

 

「妹紅さん、まずはドレスに着替えましょう。着付けを手伝います。それから席でお化粧。すべて整ってからパフォーマンスの最終確認を致します」

 

「ああ、頼む」

 

 八百万と共に更衣室に入った。更衣室は大きな姿見鏡はもちろん、ドレス用ハンガーラックも完備されているほど広い。嵩張るドレスの着替えも楽に出来るだろう。実際、絢爛崎は付添人を10人ほど引き連れて着付けを行ったそうだ。それだけの広さは十分にあった。

 

「…どうかな?」

 

「見事な着こなしですわ、妹紅さん。何度もリハーサルした甲斐がありました。さぁ、次はメイクアップですわ」

 

 峰田たちのプラン通り、妹紅はドレスを二重に着ていた。ここでの課題は着膨れしないようにドレスを重ね着することだ。変なところでドレスが膨らんでいると太っているように見えてしまう。それでは折角のスタイルが台無しだ。

 そのため、内側のドレスはギッチリと身体に締め付けて着ていた。全身コルセット状態だったが、そのおかげで一切の着膨れはない。外から見れば完璧な仕上がりだった。

 

「いや藤原のドレス、凄っ」

 

 更衣室から出て来た妹紅を見て、柳がギョッと目を見開きながら呟いた。

 妹紅の真っ白な肌や髪色とは対照的な黒系のドレス。しかし、漆黒の布地に濃い紫色が差し込まれており深い色合いを醸し出している。そして何よりデザインが秀逸で、妹紅に良く似合っていた。

 

「ホントだ、スゴーい!カッコいい系だね!」

 

 波動が素直に感嘆の声を上げた。

 妹紅の黒ドレスのベースはオーソドックスなAラインドレス。しかし、ゆったりとした長袖を付けており肩口から手首までを覆っていた。更に、首回りはカラス羽のような黒壇のフェザーショールを巻いており、露出は胸元と背中の一部のみと少なめだ。黒系の色彩中心かつ露出が少ないため地味さを感じかねないデザインだが、光沢のある黒の布地と袖口や裾、胸元などにあしらわれた銀の刺繍が見事にそのイメージを消していた。

 むしろ、第一印象は騎士剣が似合いそうな漆黒の女騎士である。長い白髪を携える妹紅が無表情で佇むその姿には、孤高の美しさがあった。

 

「備品室にそんなドレスは何処にも…あっ、八百万の『創造』。その手があったかー…!」

 

 してやられたといった様子で拳藤が天を仰いだ。妹紅が試着に来ないことに対してクラスメイトの物間は『藤原は有名人だから楽に優勝できると油断しているのさ!』と言っていたが、そんなことはなかった。そもそも八百万が協力している時点で妹紅は一足も二足も先んじていたのである。

 

「ぐ…!知名度だけでも厄介なのに、まさかあの藤原妹紅がここまで準備してくるなんて…!」

 

 波動の付き添いで来ている甲矢もこれは予想外だった。常にクールな妹紅がこれほどミスコンに力を入れてくるとは思わなかったのである。だが、その誤った予想も本来なら外れていない。そもそも妹紅のやる気はライブ9割、ミスコン1割ほど。練習に費やした時間であれば、割合は更に傾いているくらいだったのだ。

 しかし、A組にはミスコンに命を懸ける男がいた。そう、妹紅を無理矢理参加させた張本人、エロ小僧の峰田その人だ。たとえ妹紅のやる気が1しかなかろうが、彼とその仲間たちがそれを補ったのである。そこに八百万の個性も加わり、その総合力はなんかもう凄いことになっていた。

 

「オホホホ!華美ではありませんが、確かに見事な一品ですね!しかし、私のドレスもハンドメイドで唯一無二の品物!その程度で私に追いつくことなど出来ませんわ!オホホホホホ!」

 

 一方で、絢爛崎は高笑いで応えた。ミスコン2連覇中の彼女は今や敵無しの状態であり、今年もド派手な自分こそが優勝するという確信を持っているのだ。3連覇となれば伝説のミスコン荒らしと謳われた学生時代のミッドナイト以来の快挙となるが、そんなことすら当然だと思っているので気負いも一切ない。

 その為、妹紅の存在すらも脅威に感じてはなかった。せいぜい波動と同レベルのライバルが現われたかという程度。驕り高ぶり豪華絢爛。故に最も美しい。それが絢爛崎という人物なのであった。

 

「ご安心を、絢爛崎先輩。ドレスだけではありませんわ。お母様の専属メイクアップアーティストやスタイリストを務めている方々から、妹紅さんのメイクアドバイスを受けております。妹紅さん、全て私にお任せください」

 

 絢爛崎の挑発も軽く受け流し、八百万は両手から化粧道具を創り出す。幾つものメイクブラシを指の間に挟んで両腕をクロスさせて構える様子に意味は特にないが、とりあえず強そうだった。

 

「妹紅さんの場合、化粧を濃くする必要はありません。コンシーラー*1などを使う必要もなく、最低限のファンデーションを施します。しかし、白過ぎる肌の血色を良く見せるため頬紅(チーク)を少々。そして、アイシャドウとラインを入れて顔に立体感を出し、美しい真紅の瞳を強調します」

 

「…私には良く分からないから任せたよ、ヤオモモ」

 

 超大金持ちの八百万家。その八百万婦人の専属美容師として働いている者たちは業界でも上澄み中の上澄みだ。テレビスタジオなどで女優やアイドルを担当している者たちとは年期も実力も違う。むしろ、そういう第一線で活躍しているような者たちを相手に料金を取って講演を開けるレベルの者たちである。

 八百万はそんな美のレジェンドたちに母経由でアドバイスを求めており、彼女たちもノリノリで答えてくれた。八百万からしてみれば知り合いのオバサマ方からアドバイスを請うただけなのだが、客観的に見ると凄まじいコネクションである。しかし、それこそが全力を出すということだ。そうでなければ相手を舐めているということにもなる。八百万は文化祭を本気で楽しみたいからこそミスコンにも全力をぶつけていたのだ。

 なお、肝心の妹紅本人は『そこまでやるのか…』といった様子で普通に困惑気味だった。

 

「そろそろ始まるかな」

 

「うわ、もうそんな時間…?緊張するなぁ…」

 

 開始時刻が迫り、観客のざわめきも控室まで聞こえるくらい大きくなってきた。ミスコン参加者9名。妹紅も含めて1人残らず準備は終えている。後は、舞台の上でしっかりとパフォーマンスするだけだった。

 

「妹紅さん、期待しておりますわ!」

 

「ああ、任せてくれ」

 

「一佳なら大丈夫。頑張って。一佳らしく、ね?」

 

「…よし!ありがとレイ子。頑張ってくるよ!」

 

 妹紅にとっては本日二回目の披露会。ライブを経験したおかげか今はほとんど緊張しておらず、むしろ付き添いの八百万の方が興奮して鼻息荒くしているくらいだ。

 一方で、拳藤は緊張でドギマギしていた。彼女も妹紅と同じく無理矢理参加させられた口である。物間の口車に乗せられてミスコンに出場することになってしまったが、拳藤本人はミスコンなんて自分らしくないと思っていた。

 しかし、B組のクラスメイトたちも奮闘して演劇を成功させたのだ。それはそれはB組らしい最高の演劇だったという。ならば己も自分らしく魅せるべきだ。柳の鼓舞を受けて拳藤は自分らしく笑うのだった。

 

 

 

『1年ヒーロー科、拳藤一佳さん!華麗なドレスを裂いての演舞!分厚い板を見事に叩き割りました!強さと美しさの共存!素晴らしいパフォーマンスでした!』

 

『3年サポート科のミスコン女王、絢爛崎美々美さん!凄まじい装甲車に乗って登場し、高い技術で顔面力をアピール!圧巻のパフォーマンスでした!』

 

『3年ヒーロー科、波動ねじれさん!まるで妖精のような幻想的な(そら)の舞い!引き込まれてしまいました!』

 

 ミスコンは順調に進行されていく。パフォーマンスの順番はクジで決まり、拳藤が2番目、絢爛崎が3番目、波動が5番目、そして妹紅は7番目だった。

 歓声を聞く限り、今のところは飛び抜けてド派手だった絢爛崎と妖精のように美しかった波動がトップを争っている。拳藤も善戦したようだが僅かに及ばずといったところか。そして残りの参加者で有力候補と噂されていた者は妹紅のみ。これからどのような波乱が巻き起こるのか。観客は様々な期待を寄せていた。

 

『お待たせしました皆様!それでは次の参加者の登場です』

 

「フォオオオ!」

 

「おっふ!もこたん、おっふ!」

 

「もこたん!ウオオオ!」

 

「藤原ー!頑張れよー!」

 

 6人目のパフォーマンスが終わり、ようやく妹紅の順番が回ってきた。知名度だけでも優勝候補に名を連ねるほどだ。そんな妹紅に向けられた歓声も一段と大きい。

 しかし、その歓声の中にクラスメイトたちの声援が混じっていることは、ステージの舞台袖で待機している妹紅の耳にもしっかりと届いていた。

 

『エントリナンバー7番。1年ヒーロー科、藤原妹紅さんです!』

 

 司会の女子生徒に名前を呼ばれ、妹紅はステージ奥から登場する。

 ミスコンのステージは凸のような形になっており、参加者は上部先端から現われる。そして花道を歩いていき、下部の広いところでパフォーマンスを行うという流れだ。そのステージの周囲は観客で埋め尽くされており、ほぼ全方向から視線が通る。意外にも観客は男子ばかりではなく、女子たちの姿も多く見受けられた。

 

 そんな彼ら彼女らを見下ろしながら妹紅は花道を歩いた。黒いハイヒールを履いた足が一歩踏み出されるたびに足元から炎が噴き出し、足が離れるとすぐに消えていく。まるで炎という生物を制圧し従えるかの如き光景だった。

 

「そうだ藤原…!ただ歩くだけで溢れんばかりの炎と、身に纏う漆黒のドレス!まずは女帝の如き気高さと武威を示して観客たちを圧倒しろ…!」

 

 A組のクラスメイトたちと一緒に観客席で応援していた常闇が、無駄に格好付けたポーズを取りながらそう呟いた。

 ステージ上の妹紅はただ歩を進めているだけ。しかし、それだけで火燼(かじん)は力強く踊り、そして儚く散っていく。最初は五月蠅いほどに熱狂的だった観客たちが、今はもう息を呑んでその光景に魅入ってしまっていた。

 それこそが常闇たちの狙い。まずは第一段階成功だと彼らはグッと拳を握った。

 

「さぁ、ここからがメインパフォーマンスですわ…!」

 

 観客席で八百万が祈るような面持ちで呟く。そんな彼女の願いに応えるかのようにステージ上の妹紅は両手を軽く広げて(うやうや)しく空を仰いだ。漆黒のドレスを着て長い純白の髪を美しくたなびかせる姿は、ただそれだけでも高名な西洋絵画の如き神秘的な光景。そこに炎が巻き起こった。まるで穢れを浄化するかのように妹紅の周りは炎で包まれていく。

 そんな炎の中で妹紅は右腕を静かに振った。次の瞬間、周囲の炎が爆発的に膨れ上がり、かと思えば一気に集束して複数の火の鳥へと姿を変えて空を駆けていく。火の鳥たちは観客席の上空を越えていき、ミスコン会場の空を悠々と飛び回る。

 しかし、それも数秒という僅かな時間だけだった。火の鳥たちは上空で方向を変えると妹紅に向かって急降下していき、そして着弾。ステージ上に火柱が上がり、妹紅は炎に包まれた。

 

「炎と火の鳥によるパフォーマンス。藤原がミスコンに出場する以上そのくらいは観客の誰もが予想していただろう。しかし、だからこそ次の一手が()きてくる。さぁ皆に魅せつけてやれ藤原」

 

 障子が力を込めた口調で静かに呟くと、そのタイミングで妹紅のドレスが炎の中で燃えだした。その様子は観客席からも炎越しにうっすらと見えており、観客(主に男子たち)からは興奮したざわめきが巻き起こっていた。

 しかし、そんなことはお構いなしに妹紅のドレスは燃え落ちてハラハラとほどけていく。最後に炎が一陣の風のように吹き上がり、燃え残りの布地は綺麗に一掃された。直後、炎は凪の海の如く鎮火する。

 そこに現われたのは美しい白銀のドレスに包まれた妹紅だった。白銀の全体色を際立たせるために黄金の刺繍や宝玉の装飾が多くあしらわれており、素晴らしく煌やかで豪華である。

 また、背中は大きく開かれ肩も胸元近くまで肌を露出しているため魅惑的な色香もあった。だが、上品で壮麗な佇まいのせいかイヤらしさは微塵も感じさせない。ウエディングドレスを着た花嫁のような初々しさと同時に、見事に着こなす皇女のような玲瓏(れいろう)たる雰囲気があった。

 

「ッしゃあ!バッチリ決まったな!!」

 

「観客たちの度肝を完全に抜いてやったぜ!」

 

 上鳴と瀬呂がハイテンションで語り合っている通り、観客たちは妹紅のパフォーマンスに圧倒されており会場は感嘆の息で満ちていた。観客の心を完全に掴んでみせたのだ。

 しかし、まだ足りない。実は、上鳴たちは最後にダメ押しとなる演出を考えていた。それは正に秘策。なにせ当の妹紅にすら伝えていない一手だったのである。

 

「よし、ここだ!通形先輩、藤原からよく見える位置にエリちゃんを担いでください!」

 

「え!?こ、こんな感じかい?」

 

 瀬呂に突然そう言われて、通形は抱きかかえていたエリを肩車した。文字通り群衆から頭一つ抜きん出たエリは目立つ。更に、上鳴と瀬呂が隣で大きく手を振って妹紅にコチラを見るように促した。

 当然、ステージに立つ妹紅の視線は彼らに向けられ、そして通形に肩車されているエリの存在に気付く。妹紅は驚きで一瞬目を丸くしたが、それはすぐに優しいものに変わっていった。

 

(ああ――本当に見に来てくれたんだ、エリちゃん)

 

 ミスコンだけではない。演奏中は余裕がなかったせいで探せなかったが、きっとA組のライブも見に来ていたのだろうと妹紅は思う。自分で評価するのは気恥ずかしいが、ライブはとても格好良く演奏できたはずだし、このミスコンでは驚くほど美しいドレスを着させてもらっている。エリがそれらを見ていてくれていたと思うと妹紅はそれだけで嬉しく、誇らしく、同時にちょっぴり照れくさかった。

 そんな感情を表わすように妹紅はエリに笑顔を向けた。はにかみつつもどこか得意げで、それでいて優しさに満ちた笑顔。今までパフォーマンスをこなしてつつも孤高の美しさを無表情で魅せていた妹紅が、大勢の観客の前で美しく笑ってみせたのだった。

 

「「「「ワァァァ!!」」」」

 

『1年ヒーロー科、藤原妹紅さん!漆黒のドレスから一転!炎に包まれたかと思うと、美しい白銀のドレスへと衣装が替わりました!まるで転生の炎!『不死鳥』の名に相応しいパフォーマンスです!そして最後の笑顔は思わず同性の私もトキメいてしまうほど素晴らしいものでした!さて、次の参加者は――』

 

「ふぅ…」

 

 巻き起こる歓声と共に妹紅の演技は終わった。司会の女性も僅かに頬を染めながらの大絶賛である。出番を終えた妹紅は舞台袖へと戻り、そこでようやく一息ついた。慣れないことで少々疲れてしまったが、これで今回のやるべきことは終わった。後は残りの文化祭を気楽に楽しむだけだ。

 

『これにて全参加者のパフォーマンスが終わりました!投票はこちらへお願いします!結果発表は夕方5時!雄英文化祭シメのイベントです!』

 

 更衣室で司会のアナウンスを聞きながら、妹紅はライブで着ていたAバンドのTシャツへと着替えていた。このTシャツは制服よりもラフで楽なので、残りの文化祭はこれで巡るつもりである。無論、先程まで着ていた白銀のドレスは1人では脱ぐことも出来ない状態だったので八百万に手伝ってもらった。

 

「お疲れ様でした、妹紅さん。きっと優勝間違いなしですわ!」

 

「私は予定通りの演技をしただけだから、自分では良く分からないな…?」

 

 八百万が興奮気味に褒め称える中、当事者の妹紅は他人事のように首を傾げていた。しかし、本人がどう感じたところで妹紅のパフォーマンスは完璧だったのだ。それを証明するように妹紅たちがA組の皆が居る場所へと移動している途中、すれ違う男子たちからはワァワァと歓声を受け、女子たちからはキャーキャーと黄色い声援を貰っていた。

 

「もこーお疲れー!凄く良かったよ!」

 

「完璧だったし、これマジで優勝あるだろ!」

 

「これは波動さんも絢爛崎さんも厳しい戦いを強いられるかもだよね…!」

 

「うおっほォォ!捗るぅ!これは今夜が捗るぞォォ!」

 

「峰田うるせぇ!」

 

「アレだな、最後のエリちゃんが効いたな!」

 

「俺たちの計算通りだぜ…!」

 

 皆の元に到着すると、誰もが高いテンションで妹紅を迎え入れてくれた。当然、既にA組の面々は妹紅に投票している。他の参加者のクラスも同じ様にしているだろうし、後は浮動票をどれだけ獲得出来るかだ。

 とはいえ、妹紅にはそんなことよりも大事なことが一つあった。

 

「エリちゃん、どうだったかな?」

 

「キレイだった。妹紅お姉さん、すごくキラキラしてた」

 

「成り行きで参加することになったミスコンだったけど…。うん、それなら良かった」

 

 妹紅がエリに話しかけると、彼女は目を輝かせながら答えてくれた。正直、やる気はそれほど無かった妹紅だが、エリが喜んでくれたのならば出場した価値は有ったというものだ。妹紅は彼女の頭を優しく撫でて、そう笑みを見せるのであった。

 

 

 

 それから妹紅は葉隠や芦戸、八百万、耳郎の5人でお喋りしながら仲良く行動を共にしていた。

 出店を回って好きなものを買い食いし、他クラスの面白そうな出し物を見て回り文化祭を大いに楽しんだ。時にはエリたちとのグループと合流して一緒に回ったり、B組女子とも合流して遊んだりもした。そして夕方になってミスコンの結果が発表されて、雄英の文化祭は終わりを告げた。

 

「妹紅おねぇちゃん、優勝おめでとう…」

 

「ありがとう。エリちゃんが見に来てくれたおかげだよ」

 

 夕焼けの中、エリとの別れに妹紅は応える。結果には頓着していなかったが、幸いにして妹紅はミスコンに優勝出来た。表彰されたことよりも友人やエリが喜んでくれたことの方が嬉しかったのだ。

 だが、今この時のエリは悲しそうに顔を俯かせていた。

 

「……」

 

「寂しい?」

 

「うん…」

 

「私たちもだよ。寂しいね」

 

 妹紅はエリの身長に合わせて屈むと優しく彼女を抱き締めた。エリが寺子屋に来るにしても、まだ少し時間がかかるだろう。また警備の関係上、妹紅はそう簡単に寺子屋へ帰れない。そして、妹紅ほどではないが緑谷たちにも外出制限はあり、更にエリ自身にもあった。

 子供心にそのことを理解しているのだろう。エリは緑谷たちとの別れ際に酷く落ち込んでしまっていた。

 

「……」

 

「エリちゃん、顔上げて。ほらサプライズ!」

 

 落ち込むエリに緑谷は今まで隠していた物を取り出した。手作りのリンゴ飴だ。エリが食べてみたいと思っていた未経験のお菓子。大好物のリンゴを、あろうことか更に甘くしちゃった素敵なスイーツである。

 文化祭のプログラムを見てフルーツ飴の出し物がないことに気付いた緑谷は、頑張ってこれを手作りしたのである。材料の買い物帰りにジェントル・クリミナルというヴィランに遭遇するトラブルもあったが、これだけはエリに渡したかったのだ。

 

「どうぞ、エリちゃん」

 

「フフ…、さらに甘い」

 

「また作るよ。楽しみにしてて」

 

 リンゴ飴を舐めた彼女に笑みが宿る。それを見て彼女を病院へと送り届ける通形もニッコリと破顔し、同じく相澤は心なしか安堵した表情になっていた。

 そうして緑谷は最後にまた会うことを約束して、笑顔で別れを告げる。妹紅と緑谷は寂しさを胸に秘めながらエリの姿が見えなくなるその瞬間まで、手を振りながら彼女を見送るのであった。

 

 

 

 因みに、その後。

 怪我が完治して退院したエリだったが、個性の放出口になっていた角がまた大きくなっていることから『巻き戻し』の暴走が懸念され、相澤の目の届く雄英の教師寮で預かることになった。これから強大過ぎる個性との付き合い方を模索していくとのことで、寺子屋に預けられるのはそれからになるそうだ。

 緑谷たちは大いに喜んでいたが、妹紅としてはエリが身近になったと同時に、姉妹になることも延期されてしまった形になる。そんな『嬉しくも残念』という複雑な情緒を初めて感じてしまう妹紅なのであった。

 

*1
目の下のクマや顔のシミなどを隠す際に用いられる化粧品




 妹紅「私の1にも満たないやる気(パワー)に峰田のリビドーが加わり2パワー!上鳴と瀬呂のアイデアで2倍され4パワー!常闇と障子の真面目な推敲で2倍され8パワー!最後に八百万のコネと知識と万能個性で150万倍されて波動先輩、絢爛崎先輩!貴女たちを上回る1200万パワーだーッ!!」
 柳「1人だけ無茶苦茶インフレしてない!?」
 拳藤「もう全部、八百万だけでいいんじゃないかな…」

 妹紅はミスコンに対してやる気があまりなかったので実際こんな感じです。
 雄英文化祭の詳しい様子は幕話の2ch形式でやろうかと思っています。経営科の奴が現地で安価はじめやがった!みたいな感じで。原作では最終決戦でもドキュメンタリーを撮ってた者たちだ。面構えが違う。

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