もこたんのヒーローアカデミア   作:ウォールナッツ

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もこたんと雄英文化祭 3

 

 雄英文化祭当日。現在の時刻は8:30。

 A組は10:00にライブ開催を控えているが、ライブ会場の準備は既に完了している。今は最終確認の段階だ。各々は既にライブ衣装に着替えており、妹紅もバンドメンバー用の『A』のTシャツを着ていた。

 一方で、ダンスメンバーは男子が黄色のタキシード風の衣装を、女子はそのミニスカバージョンの衣装で統一している。無論、八百万が創ってくれたものだった。

 

「三奈、衣装のスカートが皺になってる。…うん、綺麗に伸びた。バッチリだ」

 

「ありがと、妹紅」

 

 本番を前にしてクラスメイトたちは緊張しており、ソワソワと落ち着きがない。もちろん妹紅も緊張はしているが、どちらかというと楽しみの方が勝っていた。

 しかし残念だったのは、今回の雄英文化祭は原則関係者以外立ち入り禁止という点だ。生徒の保護者であっても入場は出来ず、ほぼ生徒だけでの開催となっている。つまり、妹紅の保護者であり卒業生でもある慧音であっても来られないということだった。

 とはいえ、それは仕方ないものとして事前に理解している。それに、そんな中でもエリは来てくれるし、多くの生徒たちもA組のライブを心待ちにしてくれているのだ。妹紅のやる気はクラスメイトたちと同じく最大(マックス)だった。

 

「あれ?緑谷どこ?もう会場に行った?」

 

「緑谷くんなら買う物があるって言って外出してたよ。出たのは8時になる前くらいだったかな」

 

「買い物?文化祭の当日に?」

 

 ダンスの最終確認をしていた芦戸が周囲を見渡しながら尋ねると、麗日が答えた。緑谷は朝から買い物のために外出しているそうだ。そこに麗日が言い足した。

 

「新鮮なリンゴが今日必要なんだって」

 

「んん?なんでリンゴ?でもまぁ、そのくらいの買い物ならもうすぐ戻って来るかな。私たちは先に会場行っちゃおうか」

 

「リンゴってことは…。なるほど、それでか」

 

 芦戸の頭は疑問符だらけだったが、砂藤にだけは予想がついていた。緑谷は彼から食紅を借りており、そして飴の上手な作り方なども尋ねていたのだ。リンゴ・食紅・飴。そう、緑谷が作りたかったのはリンゴ飴だ。彼はリンゴが好物のエリにそれを食べさせたかったのである。

 しかし、どこかのクラスが出店するだろうと思っていたのだが、渡された文化祭のプログラムにリンゴ飴の出し物は載っていなかった。そのため慌てて緑谷は砂藤に作り方を聞いて、朝一で買いに出かけたという訳だった。

 

 

 

『グッドモーニン!ヘイガイズ!準備はここまで、いよいよだ!今日は一日無礼講!学年学科は忘れてハシャげ!そんじゃ皆さんご唱和下さい……雄英文化祭!開催!』

 

 9:00

 プレゼント・マイクのアナウンスで文化祭開催が宣言された。生徒たちの歓声も学内中から聞こえて大いに賑わいを感じる。

 ライブ会場である体育館に到着した妹紅たちも、より一層胸を高鳴らせて待機していた。ライブ開始まで後一時間。待ち遠しく焦れてしまう一方で、心の準備の為にもう少し時間が欲しいとも思ってしまうような、そんな心持ちだった。

 

 9:30

 ここにきて問題が発生した。ライブ開始まで残り30分なのだが、未だに緑谷が買い物から帰ってきていないのだ。すぐに帰って来るだろうと高をくくっていたクラスメイトたちも今や慌てて彼を探している。しかし、それでも緑谷の姿はどこにも無かった。

 

「おい、緑谷まだかよ!?」

 

「買い出し一つで何やってんだ、緑谷の奴。電話も出ねぇ」

 

「ちょ、寮のリビングで緑谷の携帯が鳴ってるんだけど!?緑谷、携帯忘れてるよ!」

 

 最大の問題は緑谷が携帯を寮に忘れて行っていることだ。連絡がつかない以上、彼らではどうしようもない。このまま緑谷が戻ってこなければ、当然ながら彼抜きでライブは開催せざるを得なかった。

 

「ダンス隊はどうかしたのか?」

 

「緑谷が“はじめてのおつかい”状態で帰って来ないんだってよ。携帯も寮に忘れてるみてーだ」

 

 芦戸らダンス隊の慌ただしい様子に妹紅が尋ねると、隣でギターのチューニングをしていた上鳴がそう答えた。

 しかも、この騒動は通形や相澤たちの耳に入っており、エリも心配しているらしい。妹紅も思わず頭を抱えて溜息を吐いてしまった。

 

「幼児か、あいつは…。もしかしたら買い物途中でオールマイトのレアグッズを見つけてしまって、時を忘れて魅入っているのかもしれないな」

 

「あっはっは。いやぁ、いくらオールマイトオタクの緑谷だからって流石にそこまでは…。そこまではないよな…?」

 

 小さな子どもには、特に男の子にはそういうところがある。興味のあるモノに気を取られて、いつの間にか保護者からはぐれて迷子になってしまうのだ。妹紅も小さな子を連れて歩く時は注意を払っていた。

 とはいえ、緑谷は高校生。流石にそれは無いだろうと上鳴は笑っていたが…、途中で緑谷のオールマイトオタクっぷりを思い出して不安になってしまった。

 そして彼の幼馴染みでもある爆豪はというと、最高に不機嫌そうな顔でこう吐き捨てた。

 

「チッ、あのデクならやりかねねェ!ガキの頃ァ何度もそういうことあったぞ、クソが!」

 

「マジかよ…」

 

 粗暴な割に非常に()()()()()爆豪は幼い頃から緑谷の面倒を見てきた。しかし、勝手に遊びに着いてきたかと思えば、いつの間にか迷子になって居なくなっているのである。爆豪にとっては緑谷なんて知ったことかという話だが、緑谷母(オバサン)を心配させたくないから探さないわけにもいかない。

 そういうことが頻繁にあったのだろう。爆豪は昔を思い出して苛立ちを露わにしていた。

 

 

 9:45

 開催時刻まで残り15分。

 

「デク君は!?」

 

「ダメだ、まだ来てない」

 

「どうしよう!?お客さんは既に満員だよ!?」

 

「これはもう無理か…?」

 

「緑谷が間に合わなかった場合は、その立ち位置分だけズラして詰めるしかないな。皆、立ち位置の確認を…」

 

 開催15分前となり、クラスメイトたちも緑谷の帰還を諦める空気が出てきた。観客もスムーズに入場出来ているようで、それを理由にして開催を遅らせることも出来ない。

 やむを得ず轟がダンス隊の立ち位置を改めようとした時、ようやくバタバタと走ってくる音が聞こえてきた。

 

「あ、来た!ようやく緑谷が帰って来たぞ!」

 

「み、皆ゴメン!買い物中に色々あって…!」

 

「そんなの後で良いから、とにかく早く準備して!それから最終確認!みんなー!緑谷来たよー!」

 

 汗まみれで走って来た緑谷を芦戸はそのまま更衣室へと叩き込み、クラスメイトたちに緑谷の到着を伝える。かなりギリギリだが間に合う時間だ。皆もホッと胸を撫で下ろしていた。

 なお、緑谷は単純に遅刻した訳ではない。雄英侵入を狙ったジェントル・クリミナルとラブラバという2人の迷惑ヴィランと戦っていたのだが、これは生徒たちには他言無用のことだった。そのせいで緑谷は言い訳も出来ずに、クラスメイトからは“マジで緑谷オールマイトグッズに気を取られて遅刻したのか…”と思われてしまうことになる。

 哀れ緑谷。彼はしばらくの間、クラスメイトたちから『はじめてのおつかい君』と呼ばれてしまうことになるのであった。

 

 

 

「ふー…。よし、楽しもう」

 

 10:00

 ライブ開催時刻となった。トラブルはあったものの無事に全員揃っている。耳郎も最後に一息ついて決意を示した。後はもう全力で楽しむだけだ。

 開始のブザーが鳴り、幕が開ける。そして舞台がライトアップされた。センターにはバンド隊が楽器を構え、ダンス隊はその両サイドにポーズを決めて並んでいる。

 そして妹紅はというと、ド真ん中に居るボーカル耳郎の左後ろだ。彼女の次に目立つ位置にいる。もちろん、そこからは観客席の様子も広く見渡すことが出来た。

 

「おお!」

 

「始まるぞ!」

 

「……」

 

「うおお!もこたーん!」

 

「エリちゃん!見える!?」

 

「ヤオヨロズー!」

 

「どんなもんだぁ?1年A組ィー!」

 

「結局さ、フツーに上手にやったところで自己満足じゃん…」

 

「ヤオヨロズ!ヤオヨロズ!ヤオヨロズー!!」

 

「もこたん!もこたーん!うおおお!もっこたーん!俺をもっこもこにしてくれー!」

 

 満員の観客。興奮して狂ったように八百万や妹紅の名前を叫ぶヤベー奴等も何人かいるが、多くは単純にライブを楽しみにしている生徒たちだ。しかし、中には品定めに来ている者もいるし、極一部には最初から扱き下ろす気で見ている者もいる。

 だが、それは妹紅も分かっていた。そんな彼らを楽しませてこそ今回の目的が達成されるのだ。それだけの練習はしてきたし、自負もある。故に、A組の誰もが自信に満ちた笑みを浮かべていた。

 

「いくぞゴラァ!」

 

 まずは爆豪がドラムを『爆破』で思いっきり叩いた。爆音混ざりの派手なドラムの音と共に、爆炎が立ち上る。いきなりのツカミに観客は度肝を抜かれた。

 驚きが冷えないうちにバンド隊の楽器が鳴り響く。ベース、ギター、ドラム、キーボード。どれもがキレのある演奏だが、それらが重なることで相乗効果を生む。その最初のイントロで観客の心は一気に引き込まれた。

 

「よろしくおねがいしまァす!!」

 

 耳郎の挨拶と共にダンス隊が跳ね、演奏にも負けないキレで踊る。耳郎も美しい声で『Hero Too』を歌い始めた。歌詞は全て英語だが、彼女はネイティブにも負けない発音で歌っている。

 しかし、ライブの主役は耳郎だけではない。バンド隊もダンス隊も、ここでは誰もが主人公(ヒーロー)。皆それぞれ、曲のどこかに見せ場があるのだ。

 

「緑谷と尾白だ!」

 

 曲の序盤でこの2人が前に躍り出ると、観客が彼らの名前を叫んだ。

 増強型個性の緑谷と異形型個性の尾白。いずれも身体能力に優れた個性を持っており、そんな彼らが息ピッタリのダンスを魅せたのだ。常人では不可能な激しくスピーディな動きだが、彼らは個性によってそれを可能としていた。

 続いて、飯田が凄まじい動きのロボットダンスを、大柄な砂藤と障子が体格を駆使したパワーのあるダンスを、常闇とダークシャドウが†闇の舞踏†(常闇命名)を順に披露していく。

 更に、曲の中盤に入って芦戸・麗日・蛙吹・葉隠の女子ダンスチームが満を持して躍り出た。麗日の個性で重力を消して、4人は普通では有り得ない軽やかな動きのダンスを魅せたのだ。蝶のように舞いながらロックダンスの力強さは残している。それを女子4人で綺麗に揃えてみせた。これには観客たちも歓声ではなく思わず感嘆の声が漏れてしまうほどだった。

 それから峰田を女子4人が囲むハーレムパートに入る。そんな峰田に観客の男子たちからはブーイングが送られるが、彼は何のその。ウザいほどのドヤ顔でダンスを決めていた。

 

「サビだ!ここで全員ぶっ潰せ!」

 

 メインのサビに入り、爆豪の合図で妹紅たちはラストスパートをかける。ここから更に演奏と演出を派手にするのだ。

 瀬呂と轟がライブ会場に氷の架け橋を作り、その上を切島が氷を削りながら駆け回る。そして口田が個性でハトたちを操作してライトやミラーボールなどの光源を操った。削られた氷がライトに反射してダイヤモンドダストのように観客たちに優しく降り注ぐ。

 更に、八百万が個性でパーティークラッカーを創って祝砲を放つと、色とりどりのリボンテープや紙吹雪が舞う。加えて、蛙吹の舌を借りて会場中を縦横無尽に飛び回る麗日が希望者を『無重力(ゼログラビティ)』で浮遊させ、瀬呂のテープで安全確保を行った。

 同時に、上鳴も麗日の個性で空中ギターを披露し、妹紅は軽く炎を纏いながら()()()ギターテクニックを魅せた。耳郎も最高に想いのこもった声で歌っており、ベース演奏にアドリブが加わってしまうほどノリノリだった。

 

「うおおお!なんだコイツらァァ!?」

 

「良いぞ!1年A組ィ!」

 

「わあぁぁ!」

 

 歌い、弾き、踊りきって曲は終わった。直後に観客からは大歓声が上がる。元から期待してくれていた生徒たちはもちろん、品定めに来ていた者や扱き下ろす気で来ていた者たちすらも大きな興奮に包まれていた。

 無論、A組の想いは通形と共に会場へと来ていたエリにもそれは届いた。心を支配していたオーバーホールの闇は祓われ、彼女は屈託のない笑顔を取り戻す。それを見て通形は堪らず涙を溢した。

 心の底から笑って喜んでいるエリの姿を、きっと緑谷は舞台の上から、そしてサー・ナイトアイは天国から見守ってくれているだろう。そう思うと通形の感涙はしばらく止まらなかった。

 

 

「見ろ響香。大盛り上がりだ」

 

「アハハ、やったね!」

 

 曲が終わり、汗だくの耳郎に向かって妹紅が言うと彼女も満面の笑みを返した。ライブは大成功。これ以上は無いだろうという結果を残した。

 しかし、観客の興奮は収まらず妹紅たちが満足する中でも歓声は続く。そうして観客が個々で上げていたバラバラの声は次第に纏まり、その意味を露わにしていった。

 

「「「――ル!―コール!アンコール!アンコール!」」」

 

「うおお、アンコールされてるぜ、俺たち!どうすんだ耳郎!?」

 

 5分にも満たないライブだったが、たったの1曲では満足出来なくなるくらいA組は彼らをアツくさせてしまったのだ。ボルテージは最高潮。熱気は未だに会場中に満ちていた。

 そんな観客の熱に圧されながら上鳴が耳郎に尋ねると、他の者たちも彼女を見つめる。期待の篭もった視線。それに応えるように耳郎は華やかに笑った。

 

「やろう!皆、もう一曲いける!?」

 

「「「もちろん!」」」

 

「「「オー!」」」

 

「フン…」

 

 バンド隊は即座に頷き、ダンス隊も拳を突き上げて賛同する。爆豪もぶっきらぼうに鼻を鳴らしていたものの、おもむろに袖を捲り上げるとドラムスティックをクルクルと器用に回し始めた。まだまだ()る気は十分のようだ。演出隊も舞台袖でサムズアップを上げている。

 満場一致の大賛成だった。

 

「じゃあ、二曲目は自由にやろう!爆豪、妹紅!思いっきり弾いて良いよ!ヤオモモと上鳴も好きなように!次は私がサポートするから!」

 

「ダンス隊の皆も自由にダンスを楽しんでいこう!」

 

「よし、やるぞ!」

 

 二曲目だが、弾くのはもちろん同じ『Hero Too』だ。というか、それしか練習していないのだから仕方ない。しかし、全く同じ曲を弾いて踊るのも芸がないだろう。だからこそ耳郎は各々の裁量に任せた。ダンス隊も縛られずに自由に楽しんでいくスタイルでやるようだ。

 そして曲が始まると、今回は演奏もダンスもイントロから全力全開で入った。

 

「今度は最初からスゲぇぞ!」

 

「うおおお!」

 

「アイツずっとロボットダンスだけしてる!」

 

「おい見ろ!轟たちもダンスしてるぞ!」

 

「よし、俺たちも!」

 

 一曲目は計算し尽くされたライブだった。しかし、二曲目はフリーダム。ロボットダンスだけをしている飯田のように己のパートを極め続けている者も居れば、轟たち演出隊の4人を呼び寄せて一緒に踊っている者も居た。

 轟たちはダンスの練習をしていない為、当然ながら動きはぎこちない。ノリにノったアンコール中だからこそ許される素人ダンスだ。しかし、そんな素人ダンス故に観客たちはその動きを真似ることが出来た。観客席は狭いので簡単な動きしか出来ないが、彼らは隣の人に当たらない程度に身体を動かしていた。

 

 

「白髪女、俺のサビについて来られるもんなら来てみろやァ!」

 

「逆だな、爆豪。ついて来るのはお前の方だ」

 

 サビに入る直前。爆豪が妹紅を煽ると、彼女も見下すように言い返す。そして互いに強く睨み合い――2人ともニィっと挑発的に笑った。

 

「「上等!」」

 

「うおおお!ドラムとギターの異色のバトルが始まったぞ!すっげーアレンジだ!」

 

 爆豪が汗すら弾け飛ぶような怒濤の勢いでドラムを叩き出す。負けじと妹紅もギターピックを観客席に投げ捨てると、指弾きでギターを鋭く鳴らし始めた。ここにきて、まさかのバトル演奏である。

 これには上鳴と八百万も伴奏で必死に追いかけるしかなく、耳郎がベースと歌声によってフォローすることで音を纏めていた。この辺りは流石の手腕である。彼女がベース兼ボーカルでなければ、妹紅と爆豪の音は暴走して曲としての体裁を保てなかっただろう。

 むしろ、耳郎は2人の技量を見事に際立たせたのである。

 

「なんだあのドラム!?クッソ早ぇ!」

 

「ブラストビート*1だ!マジかよ!?」

 

「もこたんの指の動きヤベェ!ていうか音もスゲぇ!どうなってんだアレ!?」

 

「フィンガーピッキング*2!?いや、エイトフィンガータッピング*3だ!信じらんねぇ!」

 

 元々、妹紅も爆豪もこれらを本番で披露するつもりはなかった。チームワークという言葉からは随分とかけ離れたテクニックだからだ。だというのに、この2人がそれを練習していた理由は単純明快。相手に(妹紅は爆豪に、爆豪は妹紅に)ドヤる為だけである。

 そんな子供じみた理由で互いに隠れてコッソリ練習していた超絶技巧。しかし、自分から相手に言い出すのも憚られ、結局は披露するタイミングを逃し続けていた。そんな2人に秘密厳守で練習相手をさせられていた耳郎は、もう呆れるしかなかった。

 しかし、そんな中で訪れた絶好の機会。耳郎も知っているが故に全力で弾いても良いと2人に許可を出していたのだ。御膳立てされた最高の舞台で妹紅と爆豪は競い合う。素人ならば音の凄まじさに圧倒され、音楽好きの玄人ならば技術の凄まじさに驚愕する。そんな激烈な演奏だった。

 

「ありがとうございましたーッ!」

 

 二曲目も全力でやりきって、耳郎は肩で息をしながら最後に謝辞を大きく叫んだ。

 観客は未だに熱狂的だが、流石のA組も体力は限界を迎えている。たったの二曲だけだったが、それだけの力を注ぎ込んだのだ。これ以上のアンコールには応えられない為、彼らは舞台で手を振ったり頭を下げて感謝の意を示していた。

 妹紅もギターを抱えながら客席に一礼する。一方で、爆豪はドラム椅子(スローン)の上で不遜にふんぞり返っていた。そうしていると、ふと2人の視線が合ってしまう。そして爆豪は小さく舌打ちをすると、妹紅に向けて言った。

 

「…やるじゃねぇかテメェ」

 

「…ふん、お前もな」

 

 爆豪らしからぬ称賛の言葉。それに妹紅もぶっきらぼうに応えると、ツカツカと彼の元に歩いていく。近くまで来て妹紅が振りかぶるように右手を上げると、爆豪も全く同じタイミングで右手を振り上げた。

 そして、互いに叩きつけるように手を振り抜くと、ハイタッチというには強烈すぎる音が会場内に響く。誰もが驚いてしまうような音だったが、当の本人たちはそれだけを済ませると素知らぬ様子で互いにプイッと相手から顔を背けていた。

 

「イエーイ!爆豪、藤原!俺も俺も!でも、優しくな!」

 

「ああ」

 

「チッ!」

 

「いっだぁ!優しくって言ったじゃん!?」

 

 はしゃぐ子犬のような勢いで上鳴が駆け寄って来たので、妹紅は軽くハイタッチを交わす。しかし、爆豪は手加減する気など一片たりとも無かったらしく、妹紅の時と同じくらいの勢いで叩きつけていた。

 泣き言を零している上鳴の横を苦笑しながら通って、妹紅は元の位置に戻る。それから耳郎へと声をかけた。

 

「響香、大成功だ」

 

「素晴らしい歌声でしたわ、響香さん」

 

「うん、最ッ高!」

 

 妹紅と八百万からの称賛を、耳郎は謙遜することもなく満面の笑みで受け取った。

 ヒーローと音楽という将来の選択肢から、ヒーローの道を選んだ経緯を持つ耳郎。プロミュージシャンである両親は『自分の仕事で他人に何をもたらせられるのか。そういう意味では音楽もヒーローも同じ。好きにやっていい』と言って快く応援してくれたが、耳郎は音楽の道を諦めたことに後ろめたさを感じていたのだ。

 しかし、今日のライブでそんな両親の言葉の意味が分かった気がした。やりたいことに“道”などない。ただ己の心に沿えば良いのだ。

 故に、妹紅と八百万からの称賛の言葉に謙遜することはなく、耳郎は心の底からそれを受け取るのであった。

 

 

 

 大盛況の内に舞台の幕は閉じ、A組の面々は喜びと安堵の表情で一息つく。皆、疲労困憊だが弾けんばかりの笑顔だった。

 しかし目下の課題は済んだものの、やるべきことはまだ残っている。それを伝えるために障子が妹紅と八百万に声をかけた。

 

「藤原、八百万。疲れているところすまないが、ミスコン会場に行く準備を始めてくれ。アンコールされたこともあって時間が押している」

 

「そうか、分かった。皆すまない、後はよろしく頼む」

 

 ミスコン開催までの時間はまだ残っている。とはいえ、準備などを考えると余裕があることに越したことはない。妹紅は障子の言葉に頷いて後事を託した。

 

「おお、任せとけ!しっかり後片付けを済ませて俺たちも応援に行くぜ!」

 

「片付けじゃァァ!早くしねぇと良い席とられるぞ!」

 

「頑張れよ、藤原!」

 

「妹紅!頑張って!」

 

「ありがとう、皆。ヤオモモ、行こう!」

 

 クラスメイトたちは喜んで送り出してくれた。峰田に至っては目を血走らせると休憩もせずに片付けを始めている。

 そんな彼らの声援を受けながら、妹紅たちはミスコン会場へと急ぐのであった。

 

*1
主にエクストリームメタルで用いられるドラムビートの一種。その音はマシンガンの発射音にも似ており、爆風をイメージさせ、人間が叩ける速さの限界に挑むような叩き方である(wikiより)

*2
ピックなどを使わずに指先や爪を使って弦を(はじ)いて演奏する奏法(wikiより)

*3
親指以外の両手の指、計8本を全て使って演奏する奏法。特に左手は弦を押さえつつ音を鳴らすという技術が要求される。




アンコール
 ライブでアンコールに応えてくれるバンドグループが好きです。なのでA組にもやってもらいました。1曲だけだと5分にも満たなくて流石に寂しいですしね。
 なお、妹紅と爆豪の練習風景はこんな感じ。
爆豪「ブラストビートの練習に付き合えや、耳長女。テメェ絶対誰にも言うんじゃねェぞ!」
妹紅「響香、内緒でエイトフィンガータッピングの練習に付き合ってくれないか?特に、爆豪には秘密で頼む。アイツの鼻を明かしてやりたいんだ」
耳郎「はいはい(性格全然違うのに、負けず嫌いなところは似た者同士だなぁ)」


ジェントル・クリミナル
 些細な用事で妹紅が学校外に出ることはないので、残念ながら戦う機会はありませんでした。途中で挫折したジェントルと、圧倒的な才能を持つ妹紅。そんな2人の対比も書いてみたかったのですが仕方ない。
 『歴史に!後世に!名を残す!この先いつも誰かが私の生き様に想いを馳せ憧憬する』という願いの言葉をジェントルは原作で緑谷に語っていますが、既にそれを達成してしまっている妹紅を相手にした時、彼はその心にどんな感情を抱くのか…。想像するだけでたまりませんね。
 因みに、ラブラバを見た際の妹紅の反応は『女の子!?…いや、よく見たら割と歳いってるな…』という感じになる予定でした。ラブラバ(21歳)多分キレます。

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