「ウチがベースで爆豪がドラム、ピアノ経験のあるヤオモモがシンセ。後はギターとボーカルだけど…」
耳郎はバンドメンバーの編制で頭を悩ませていた。ベースとドラム、そして
「へ?歌は耳郎ちゃんじゃないの?」
「私もそう思っていたわ。歌う曲にもよるでしょうけど、少なくとも女性ボーカルなら響香ちゃんしかいないんじゃないかしら」
ようやく補講を終えた緑谷たち4人も戻って来ると、耳郎の悩みに麗日と蛙吹がそう応えた。
A組女子たちの仲はかなり良い。暇な時間は女子たちで各部屋に集まってはワイワイと過ごすのだが、耳郎の部屋で集まった時は遊びで楽器を鳴らしたり歌ったりすることが多かった。そんな遊びの中で耳郎が歌うこともあり、それを知っていた女子たちは彼女が歌うものばかりだと思っていたのである。
しかし、耳郎本人は己が歌うという発想自体が無い様子だった。
「いやいや、ヤオモモの方が歌上手かったじゃん。ウチはヤオモモが第一候補だと思ってたんだけど」
「そういえば凄かったな…。ヤオモモのオペラ」
「た、確かに…!」
耳郎が八百万をイヤホンジャックで指差すと、妹紅たちも彼女の勇姿を思い出して頷いた。
名家生まれの八百万は幼い頃から声楽を習っており、女子たちの前でオペラを披露してくれたことがあるのだ。その歌声は芸術的過ぎて、妹紅たちには“なんか凄い!”程度しか理解出来なかったが、歌唱力に秀でていることには間違いないだろう。
そんな訳で耳郎はボーカル八百万が一番なのだと思っていたが、彼女は首を横に振っていた。
「オペラは大声量で歌う為の独特な発声法ですわ。ポップスの発声とは大きく異なりますので私にボーカルの役は荷が重いかと思います」
「あー、そっか。オペラはマイク使わないで生声をホールに響かせる歌い方だもんね。普通にマイク使うんだったら音響のボリューム上げれば良いだけだし」
「ええ。それにキーボードに加えてボーカルまでというのは…私には無理ですわ」
そもそもプロのロックバンドグループですらキーボードとボーカルを兼任する者は少ない。ギター兼ボーカルやベース兼ボーカルなどと比べて難易度が高く、誰でも簡単に出来るものではないからだ。
当然、才能溢れる八百万といえどもバンドに関しては初心者である。いきなりキーボードとボーカルを兼任するのは流石に無茶だった。
「それなら、やっぱ耳郎じゃね?」
「私も響香だと思うんだよ。前に部屋で楽器を教えてくれた時、歌もすっごくカッコよかったんだもん!」
上鳴が耳郎を推薦すると葉隠もそれに続く。他にも切島と峰田がボーカルに立候補するが、実際に歌って比べてみたところ耳郎の声が圧倒的だった。己の歌は未熟だと思い込んでいた彼女だが、それはプロミュージシャンの両親を持つ彼女だからこそ。客観的に見ると彼女の歌唱力は既にプロ歌手の近いところにまで達しているのである。
そういう訳で、赤面しながらもボーカルは耳郎が請け負うことになったのであった。
「で、あとギター!二本ほしい!そして、その内の一本は妹紅にお願いしたい!」
「私が?ギターなんて響香の部屋で少し触っただけだが…」
妹紅も楽器全般は素人である。そのため彼女の要請に不思議そうに首を傾げる妹紅だったが、耳郎はその才をしっかりと理解していた。
「いや、その初めてのギターでコード全部を数分で覚えてコード進行までいったじゃん。爆豪級の才能だから、それ。あと妹紅は握力も強いからギター演奏にかなり向いてると思うんだよね」
「んー…分かった。響香がそう言ってくれるなら請け負おう。私も全力でギター演奏に取り組むよ」
「やった。ありがと、妹紅!」
そう言って妹紅と耳郎はペチンとハイタッチを交わす。これで残りのバンドメンバーの空きは残り一つになった。
「じゃあ残り一本のギターは俺やりてー!楽器弾けるとかカッケーだろ!ギターこそバンドの華だぜ!」
「オイラも立候補するぜ!……
上鳴と峰田が残りのギターを希望するが、残念ながら峰田は身体のサイズが合わなかった為に断念。ボーカルだけでなくギターも出来なかったことで呪詛を吐くほど落ち込んでしまっていたが、峰田のハーレムパートをダンスに盛り込むことを芦戸が提案すると彼は泣いて喜んでいた。“はよ来いや文化祭…!”とのことである。
また、その際に常闇がギター経験者だということが発覚。しかし、Fコードで躓いた半初心者だということと、個性のダークシャドウが皆と一緒にダンスをしてみたいと要望したことで彼は熱意のある上鳴にギターの役を譲ったのであった。
こうして耳郎、爆豪、八百万、上鳴、そして妹紅による1年A組のバンドグループ『Aバンド』が結成されたのであった。
「バンドメンバーは決まったが、それで曲はどうする?」
轟がメモを取りながら耳郎に尋ねた。ライブをする以上は曲選びが重要になる。認知度が高く、踊れるほどノリが良く、素人でも弾きやすい。そんな曲を選ばないといけないのである。
「昨日、三奈と相談してみたんだけど…『Hero too』はどうかな?」
「おお!それなら俺でも知ってるぜ!良い曲だよな、あれ!英語だけど!」
切島が立ち上がってその選曲を絶賛した。『Hero too』。和訳すると“私もヒーローになる(なれる)”という前向きな意味を持つ曲だ。
歌詞は全て英語だが、難しい英単語は使われていない。ある程度の英語力で理解出来るので雄英生なら簡単にリスニング出来るだろう。というよりも、元々この曲は誰もが知っているほど有名な曲なのだ。
「ヒット曲なのはもちろん、リズムが良いからダンスの振り付けも自由が効いてやりやすいって三奈が。コード進行もパワーコード*1が多めだからギター初心者でも練習でギリギリ何とかなると思う」
「おお!ありがとな、耳郎!」
「え?あ、うん。別に…」
無邪気な笑顔で礼を言う上鳴に、耳郎は照れ隠しに顔を背けていた。
しかし、パワーコードといえども
「バンド隊、ダンス隊、演出隊!よし、これで全員の役割決定だ!」
「よっしゃ、明日から忙しくなるぜ!」
そうして真夜中まで議論は白熱し、ようやくクラスメイト全員分の役割も決まった。耳郎率いるバンド隊、芦戸率いるダンス隊、轟率いる演出隊によって構成される一度限りのライブ。
そのライブを最高のものにするためにA組の面々は奮闘するのであった。
その週の土曜。学校は休日であり、爆豪と轟の仮免補講も今日は休みだ。全員揃っての練習が可能な日というのは中々ない。なので、バンド隊やダンス隊は猛特訓の真っ最中だった。
無論、残された演出隊も楽は出来ない。ステージに立つクラスメイトたちのためにも最高の演出を考えなければならなかった。
「…じゃ、じゃあ、こんな感じで…」
「なるほど、そりゃ良いアイディアだ!ダンス隊に打診してみようぜ!」
「ああ。それと八百万にミラーボールが創れないか聞いてみよう。良い感じの光が欲しい」
「あと、ライブで火を使っていいか相澤先生に聞かないとなー」
バンド隊が休憩に入り、妹紅がダンスの様子を見に行こうとリビングを通ると、口田と瀬呂、轟、切島たちがテーブルで頭を突き合わせるようにしながら演出の相談をしていた。妹紅に気が付かないほど議論は白熱しているようだ。
そんな彼らの横を通り過ぎて妹紅は外に出た。寮の庭ではダンス隊リーダーの芦戸がメンバーに振り付けの指導している。彼女自身も皆のお手本となってノリノリで身体を動かしていた。
「緑谷、違ーう!もっとこうムキッとするの!ロックダンスのロックはLOCK*2だよ!」
「三奈、ダンス隊の調子はどうだ?」
彼女たちの練習も一息ついたところで妹紅が芦戸に声をかける。ダンス隊は計11名。芦戸1人で10人を指導しなければならないのだ。かなりの負担のはずなのだが、芦戸は楽しくて堪らないといった様子だった。
「まだまだこれからだね!でも、体力は全員プロダンサー以上だから練習の密度はすごく濃いよ!バンド隊は?」
「上鳴が少し疲れているな。ギターは指への負担が大きいから、ずっと練習という訳にもいかないそうだ。今は指休めの休憩中だよ」
彼らはヒーロー科の生徒なのだから体力は常人の比ではない。常に限界ギリギリまで追い込んでくるヒーロー科の訓練の方が当然キツいのだ。
しかし、上鳴だけはそう言ってはいられなかった。ギター経験者なら分かるかもしれないが、初心者が長時間ギターの練習をすると指が痛くて堪らないのである。特に弦を押さえる指が痛い。時には弦を押さえている指をスライドさせた際、弦で指先を切ってしまって痛みで悶絶することもある。
これは指先の皮が鍛えられていないことが原因であり、練習を長期間繰り返すことで指先が頑丈になっていくのだが、今回の場合は文化祭までたったの一ヶ月の期間しかない。上鳴は苦痛を乗り越えて本番を迎えるしかなかった。
「今はギター用の指サックで保護したり、コッソリ保健室に行ってリカバリーガールに『治癒』してもらいながら練習している状況だな」
「ありゃ。上鳴は大変だ」
一方で、妹紅はその辛さと無縁である。その気になれば無限に練習を続けることが可能で、更に記憶力も要領も良いので上達が頗る早かった。その結果、妹紅の技量は一足先に合格ラインへと達したので上鳴をサポートするような形で練習を行っていた次第である。
「あ、通形先輩!」
「ホントだ。通形先輩だ」
「桃が生ってるよ!」
妹紅と芦戸が話をしていると、小休憩していた緑谷が声を上げた。妹紅たちもその方向に視線を向けると、庭の植え込みから顔を覗かせている通形の姿がある。
彼はそのまま尻を突き出して渾身の一発ギャグを披露するが…完全にスベってしまっていた。なぜなら皆の視線は通形よりも、彼の隣に居る幼い少女に向けられていたからだ。
「エリちゃん!」
「わぁ、エリちゃんだ!」
「え!?まさか先輩の子ども…!?」
その少女のことを知る者は彼女の来訪を喜び、知らない者は通形との関係を訝しんでいた。無論、変な関係性ではない。
この少女の名は
救出後は経過観察のため入院生活を送っていたが、体調が回復して個性暴走の可能性も低くなり、相澤付き添いの元であれば外出も許可されていたのだ。通形がそう説明すると、ある程度インターンの事情を聞いていたクラスメイトたちも納得していた。
「素敵なおべべね」
「かっかっ可愛い~!」
緑谷たちと同じく救出作戦に参加していた蛙吹と麗日も、元気そうなエリの様子を見て喜んでいる。しかし、当の本人は人付き合いが苦手なためか、通形の後ろに隠れつつペコリと頭を下げるだけに留まっていた。
「照れ屋さんなんだよね」
「照れ屋さんか」
「でも、なんで今日エリちゃんが?」
現在、エリが懐いている人物は直接救出に関わった通形と緑谷、そして入院中の様子を見ていた相澤の3名だけである。未だオーバーホールへの恐怖が消え去らない彼女は他人と接することが苦手だった。
そんなエリが何故雄英に来訪したのかと麗日が疑問を口にすると、共に行動していた相澤がユラリと出てきて教えてくれた。
「雄英文化祭に来場する許可が校長から下りたからだ。だが、文化祭という非日常に驚いてパニックを起こさないよう、その前に一度来て慣れておこうって話になった。後は、そのついでに藤原との顔合わせだな」
「妹紅と?」
麗日が首を傾げた。“文化祭のために”というのは理解出来たが、妹紅が関係する理由が分からない。他の面々も同様に首を傾げていたが、妹紅だけは事前に相澤から話が通っており、既にエリへと話しかけるところだった。
「はじめましてエリちゃん。私が藤原妹紅だよ」
「はじめまして…」
怖がらせないよう優しく、そして視線を合わせるために妹紅は屈んで話しかける。妹紅はこういったことに慣れている。寺子屋にやって来た子どもにそう接していたし、元々は妹紅もその様に接してもらっていたからだ。
「先生、藤原さんと顔合わせって一体…?」
妹紅がエリと会話を交わしている隣で緑谷が尋ねる。相澤は小さく頷いてそれに答えた。
「将来の話だ。今は病院と
「じゃあエリちゃんは上白沢さんの所で!?」
「ああ、ワーハクタクの所なら何処よりも信用できる。…それに旧知の仲だから俺も様子を見に行きやすいしな」
雄英は託児所ではないのだからエリの引取先を探さなければならない。本来は役所などの仕事なのだろうが、彼女の強力な個性もあって相澤が面倒を見ていた。
そして、上白沢慧音の寺子屋は彼女を預けるのにうってつけの施設である。慧音とは既に相談済みであり、妹紅と合わせたのもその為だった。妹紅は施設から出て雄英の寮で生活しているものの、成人するまでは間違いなく施設の子である。すなわち、エリが寺子屋に入所すれば妹紅は彼女の姉になるということだった。
「白い髪に紅い瞳。私とおそろいだね。…――ハッ!?相澤先生、もしかしたらエリちゃんは生き別れた私の妹かもしれません。可能性があります」
「無い。血縁関係を捏造するな」
こじつけて勝手に血縁になろうとする妹紅を相澤は冷静に窘めた。確かに身体的特徴は似ているが、よく観察するとエリは銀色に近い白髪で淡い赤色の瞳である。一方で、妹紅は白絹のような白髪であり瞳は真紅だ。色が僅かに違う。
無論、妹紅も本気で言った訳ではなく、エリに親近感を持ってもらうための冗談に過ぎなかった。
「…まぁ、施設云々はまだ先の話だ。しばらくは病院で心と体の治療に専念して、その後は雄英で強大過ぎる力との付き合い方を模索していく。ワーハクタクの寺子屋に行くのはそれからだ。あの藤原を見てたら分かるだろうが、あそこは親身で温かな場所だ。きっとエリちゃんにも家族が出来るだろう」
「エリちゃんに…!」
「家族が…!」
相澤が顎でしゃくって妹紅を示してみせた。花が咲くような笑顔でエリと接する妹紅は、見ていて眩しさを感じるほどに美しい。
エリが寺子屋に行けば、いずれ彼女も同じ様な笑顔を見せてくれるに違いない。そう断言出来てしまうくらい妹紅の接し方は愛情に溢れており、その様子を見ていた緑谷と通形は思わず涙ぐんでしまうほどだった。
「つまり名実ともにエリちゃんは私の妹になるという訳ですね」
「…いや、名はともかく実にはならんだろ」
「ああ、やっぱりリボンが似合う。これで更に私とのおそろい度がアップしたね」
「おい、聞けよ」
なお、緑谷たちが感動している一方で、妹紅は何とかしてエリを実妹にしようと画策していた。
相澤が極めて冷静に返答するが、そんなことよりリボンを結んであげることに忙しい妹紅の耳には届いていない。相澤も“コイツもしかして冗談じゃなくて本気で実妹にしようとしてないか?”と思ってしまうほどの溺愛ぶりだった。
「おお…、妹紅のテンションがおかしなことになっとる…」
「初めて見る妹紅ちゃんの一面ね」
「うんうん!」
妹紅と仲の良い女子たちもその様子に驚いていた。
クラスメイトたちに見せるクールな姿も妹紅の
「もこー。上鳴の指休憩終わったから練習再開するよー」
「ん、分かった今行く。エリちゃん、名残惜しいけど私は戻るね。ライブではギターを弾くから…見に来て欲しいな。じゃあね」
「うん、バイバイ…」
寮の窓から耳郎の声が聞こえた。休憩時間は終わりのようだ。後ろ髪を引かれる思いだが、妹紅は別れを告げる。幸いにも最後の言葉にエリは頷いてくれた。
そうして妹紅はバンドの練習場へと戻り、そして思いっきり気合いを入れる。また一つ頑張る理由が出来たのだ。
「ふー…、よぉおし!やるぞ響香!」
「妹紅のテンション高ッ!?怖ッ!」
妹紅の気迫に耳郎たちは一体何があったのかと驚くが、理由を説明すると彼女たちも納得した。
そうして妹紅の勢いに釣られるように練習に熱中して(爆豪だけは平常運転だったが)、演奏を高めていくのであった。
それから数日後。平日の放課後であってもライブの練習はもちろん欠かしていない。ギリギリまで練習を続けた後は風呂で汗を流し、夕食を頬張り、ソファや椅子にダラリと座って少しの時間を歓談に費やす。勉学や訓練も相まって忙し過ぎる毎日だが、上達の手応えは誰もが感じていた。
「テメェのギター走ってんだよ!俺に続けや!」
「いや、お前が勝手にアレンジすっから混乱すンだよ!」
その日は爆豪と上鳴が演奏のことで言い合っていた。爆豪は技量こそ天才的だが協調性がない。耳郎と妹紅が上鳴の為に抑えて演奏するなか、爆豪は先走ってしまっているのだ。
そう言い合いながらリビングを歩いていた彼らへ、近くのソファで座っていた妹紅も横から口を出した。
「上鳴の言う通りだ。爆豪は楽譜通りにドラムを叩け」
「テメェは杓子定規すぎだコラ!もっとアドリブ利かせろや!」
「響香の許可が出たらな。まずは基本をマスターして5人の足並みを揃えようと言われただろうが」
エリのことで気合いが入っていた妹紅だが、演奏練習は堅実そのものだった。基礎こそが上達の早道。それは戦闘技術も演奏技術も同じだと妹紅は思っていたからである。
一方で、爆豪の考え方は“応用が出来るようになる頃には、基礎も完璧になってンだろ”という天才型の思考だ。同じ才能溢れる者でも考え方は大きく違うが、バンド隊リーダーの耳郎はそれを上手く取り纏めていた。
「ですが、響香さんのご指導は本職さながらですわ。素人の私たちがもう曲合わせまで出来るようになるだなんて」
「別にそんな…。ってか今日のお茶すごく良い香り」
爆豪の声がキッチンまで聞こえ、そこで紅茶の準備をしていた八百万が和やかに耳郎を褒める。同じくキッチンに居た彼女は謙遜するが、いつもとは違う紅茶の香りに気が付いた。普段の紅茶もそこらの喫茶店でも敵わないくらい美味しいが、今日の分は香りが特に良く素晴らしいのだ。
耳郎がそう伝えると八百万は満面の笑みを浮かべて喜んでいた。
「分かります?お母様から仕送りで戴いた幻の紅茶ゴールドティップスインペリアルですの。皆さん召し上がって下さいまし!」
「ヤオモモありがとー!」
「良く分からないけどブルジョワー!」
それは八百万家ですら常備出来ないほど超稀少な紅茶なのだという。つまり金を積めば買えるものではなく、本当に紅茶が好きな人の手にしか渡らないような物なのだろう。そしてこれを手に入れた八百万の母は、娘とその友人の為に送ってくれたのだった。
高貴な香りと味わいを楽しみ、その余韻に浸りながらA組の面々はワイワイと語り合う。きっと文化祭そのものだけでなく、その過程であるこの時間も将来は大切な思い出になるだろう。そう思えるほど心が休まる憩いの時間だった。
「ねぇ聞いた?B組は演劇するんだって」
「へー、演劇。面白そうだね!どんなタイトル?」
女子7人全員でソファ周辺に集まってワイワイしていると、麗日がB組の話題を出した。ライブのことで忘れていたが、文化祭の出し物は一クラスにつき一つは出さないといけないのである。当然、隣のB組も何かやらないといけなかった。それで決まったのは演劇だったそうだ。
「『ロミオとジュリエットとアズカバンの囚人~王の帰還~』だって」
「なんかメッチャ混ざってない!?」
「なるほど、名作をミックスしてのコメディ路線ですわね」
芦戸がストレートなツッコミを入れるが、本当にそのタイトルなのだと麗日は言う。それを聞いて八百万がパロディ系のコメディ演劇なのだろうと推理したが、麗日は首を横に振って否定した。
「いや、それが王道モノらしいよ。完全オリジナル脚本の超スペクタクルファンタジー演劇だって」
「お、王道…!?」
「それは…少なくとも興味は湧くな。私ですら、なんかもう色々と気になる」
「うん、私たちも時間が被ってなかったら見に行ってただろうね」
そこまで来ると、あまり映画を見ない妹紅ですら興味が湧いてしまうレベルだ。逆にここまでハードルを上げてしまってB組は大丈夫なのだろうかと心配してしまう。恐らく、それだけの自信があるのだろう。
妹紅たちも見に行きたかったが、彼らの演劇はライブの時間と被ってしまっている。残念ながら見に行くのはスケジュール的に無理だった。
「それとB組は拳藤ちゃんがミスコンに出ると言っていたわ」
「そうなんだ。あの真面目な拳藤がミスコンに出るなんてちょっと意外だね」
蛙吹は拳藤と話すタイミングがあったらしく彼女の情報を教えてくれた。
なお、ミスコンに出る拳藤と付き添いの柳は演劇に出ないそうだ。なんというか、B組の演劇が暴走している理由が分かった気がする情報だった。
「…というか妹紅のミスコンはどうなってるの?あれから一週間以上経ってるけど」
「私も拳藤ちゃんから聞かれたわ。妹紅ちゃんがミスコンに出るっていう噂は学校中に流れているけど、その準備をしている様子がないから困惑しているみたいだったわ」
耳郎の疑問に蛙吹が続く。個人でドレスを所有している生徒など極少数。その為、多くは備品室にある衣装などを借りてミスコンに参加するのである。
しかし、ミスコンに参加するはずの妹紅は備品ドレスの試着に一切来ないし、クラスの出し物であるライブ練習ばかりしている。ずっとそんな様子であるものだから、妹紅が本当にミスコンに出るのかと拳藤も気にかけているとのだった。
「峰田たちに全部任せているから、私自身どうなっているか全然知らないんだけど…」
「ちょ、本人がまだ知らないって大丈夫なん?そろそろ決めとかんとマズいんちゃう?」
妹紅はミスコンの準備などしていない。そもそも現在の状況を一切知らないのだ。それは流石にマズいだろうということで、葉隠が男子たちの方を向いて呼びかけた。
「ちょっと峰田たちー。妹紅のミスコンはどうなっているの?良い案が無いのなら妹紅は出さないよー!」
「フフフ…なぁに、そう慌てなさんな」
「うわ、なにそのムカつく態度」
女子に呼び出された峰田はドヤ顔を見せながら大袈裟に登場した。上鳴たち4人も伴っているが、どうやら妙案が有るらしく自信満々だ。そして、そのまま女子たちの対面のソファに腰を下ろした。
「安心しろ、議論に議論を重ねた渾身の案がついさっき完成したところだ!さぁ、オイラたちの努力の結晶を見るがいい!」
そう言って峰田は印刷してきたレジュメを女子たちの前に出した。女子全員分の枚数はあるようで、妹紅たちはそれを手にとって読み進めていく。どうやら女子たちの説得が最重要課題として内容をかなり詰めてきたようだった。
「どんな案が出てくるかと思ったが…。なるほど、これは意外と…」
「く、峰田にしては悪くない…!妹紅の個性もしっかり活かされていて、むしろ良いかもしれない…!」
峰田たちの案は女子たちの予想以上に良かった。葉隠としてはそれが逆に悔しかったらしく、歯噛みしているようだ。
もしかしたら峰田たちの案がダメだったパターンを予想して、彼女も何かしらの案を考えていたのかもしれない。しかし、それらが不要となるほど彼らが練った案は優れていた。
「コンセプトは『炎による衣装チェンジ』だ。まずはドレスを重ね着してステージに登場する。それから火の鳥を周囲に舞わせた後に自分へとぶつけて炎を身に纏うんだ。可燃性だった一枚目のドレスは炎で燃え落ち、その下に着込んでいた二枚目の不燃性のドレスが露わになる。最後は良い感じでポーズを決めて終了っつー流れだ。違和感がないように上手いことドレスを二重に着られるかが肝だぜ!バレたらつまんねぇしな。あと、ドレスの色は黒から白へチェンジってのが今の予定だ!」
「パフォーマンスの練習なんて仰々しいのも要らないぜ。藤原は毎日のように炎の精密操作の自主練をやってんだから、その自主練そのものがパフォーマンスのクオリティに繋がるって訳よ。リハーサルは何回かやらないといけないだろうが、ライブに影響が出るほどの時間はかからねぇ。当然、ステージで炎を使う許可は既に取っているぜ!なんでも、サポート科の参加者のパフォーマンスはいつもド派手だから、毎年ステージは頑丈に作られているんだとよ」
「備品ドレスの試着のことも伝え忘れていた訳ではなく、あえて言わなかったのだ。何故なら我らA組には八百万がいる。『創造』の個性を持ち、雄英女子の中でも
「唯一の問題点は俺たちのライブが終わってから、ミスコンが始まるまでの時間が短いということだろう。ライブ会場の後片付けをしていたらミスコン開催に間に合わない可能性がある。そこで藤原とドレス担当の八百万はライブが終わり次第すぐにミスコン会場へと向かい、余裕を持って準備して欲しい。ライブの片付けは俺たちに任せてくれ。綺麗に片付けた上で藤原の応援に駆けつけると約束しよう」
「そ、そうか…」
上鳴、瀬呂、常闇、障子が順に説明する。4人とも全力全開である。彼らの溢れる熱意に妹紅はちょっと引いてしまった。
自ら進んで参加している上鳴と瀬呂はともかく、常闇と障子は真面目過ぎる性格故だろう。協力を頼まれた以上、一切の妥協無しで議論を重ねたに違いない。彼らに安易な気持ちで頼んでしまったことに対して少々申し訳なさを感じてしまう女子たちだった。
「どうだ!この案なら文句無いだろ!オイラたちを見直したか!」
彼らを束ねる峰田が鼻高らかに胸を張る。確かに悪くない。ハッキリ言って妹紅はほとんど期待していなかったので驚いていた。
「文句は無いし、ここまで御膳立てされたらミスコン参加も吝かではないか…。それに噂がな」
「うん、そんなに噂が広まっちゃっているなら今更取り止めも難しいもんね」
ライブにも影響は出ないだろうし、とりあえず妹紅に異論は無い。加えて、噂によって外堀が埋まってしまっており、『やっぱり白紙で!』とは言えない空気があった。*3
「ねぇ、でも峰田の原案はどうだったの?峰田が最初からこんなマトモな案を出す筈がないと思うんだけど?」
「フッ。イケメンプロデューサーのオイラはクールに去るぜ…!」
しかし、峰田にしては卑猥な要素が含まれていないことに気付いた芦戸が他の4人に尋ねる。すると、上鳴と瀬呂は速やかに顔を背け、常闇と障子は困った表情で黙ってしまった。当の峰田はというと、そそくさと立ち上がってキザっぽくその場から去ろうとしている。
その時、峰田のポケットから一枚のメモ紙が零れ落ちた。
「なにこれ、『藤原ミスコン計画』?えーと…ドレスでステージに登場。観客たちの前でドレスを脱いで下に着ていた水着になる…。最後にエロいポーズを決めて…。なるほどねぇ、峰田は妹紅にこんな格好させる気だったんだ!」
「ち、違う!これは罠だ!誰かがオイラを陥れるために仕組んだ罠に違いない!」
葉隠が拾ったメモ紙には峰田らしき筆跡でそう書かれており、どこかのサイトから印刷してきたらしい水着の写真が添付されている。極細のマイクロビキニである。
そんな正気とは思えない原案に葉隠がキレた。透明だというのに、その怒気は目にも見えそうなくらいだ。峰田は酷く動揺しながらシラを切るが、当然ながらそれで誤魔化される女子は誰一人として居ない。
そんな往生際の悪い峰田に、ダンス隊リーダーの芦戸が養豚場の豚を見るが如き視線でこう言い放った。
「ふ~ん、しらばっくれるんだね。せっかくダンスの振り付けに峰田のハーレムパートを作ってあげたのに…。やっぱりハーレムパートなんて削っちゃおうか」
「申し訳ありませぇぇん!悪いのは全てオイラですぅぅ!最初にこれを提案したら他の4人からもダメ出しされてボツになりましたァ!心の底から謝りますからァ!だから、それだけは許してくださいィィ!」
その瞬間、峰田が綺麗な土下座をかまして許しを請うた。ダンスのハーレムパートは大勢の観客の前でこれでもかと見せつけ、他の男どもから羨望の眼差しを受ける絶好の機会なのだ。それを失うわけにはいかない。尊厳も何もかも投げ捨てての全力謝罪だった。
「はぁ…。もう仕方ないなぁ」
「まぁ、最初から予想は出来ておりましたので…」
呆れながらも芦戸は許した。元々、峰田なら何かやらかすだろう女子たちも疑っていたので予想通りだったのである。そんな中、妹紅が彼らに尋ねた。
「それなら結局、あの最終案は誰が出してくれたんだ?」
「あー、一応は峰田のボツ案が元になってるんだぜ?それから俺と上鳴と常闇で改案していって、ゴチャゴチャになっちまったところを最終的に障子が綺麗に纏めてくれたんだ」
瀬呂や上鳴たちも峰田の原案を見て『こりゃアカンわ…』となってしまったらしい。そこから彼らで改案。衣装を重ねるという元のアイデアだけを維持しつつエロ要素を排除し、個性である炎の要素を追加したという。
しかし、そこで常闇が暴走。『衣装をドレスではなく黒騎士鎧にしよう』と熱弁を振るったらしい。とはいえ彼の厨二的な意見は流石に無理があって議論は大いに紛糾したのだが、最後は障子が上手いこと取り纏めたのだという。どうやらMVPは障子のようだった。
「障子、迷惑をかけてすまなかった。色々と感謝する、本当に」
「いや、気にするな。俺も割と楽しかった。こういうのも悪くないな」
妹紅が礼を言うと、障子はマスクの下で軽く笑いながらそう答えた。お互いに口数の多い性格ではないが、これまでの学校生活で気心は知れている。妹紅にとっても彼は非常に信頼出来る男子だった。
それから女子たちは妹紅のドレス選びにも大いに勤しんだ。特に、ドレスを『創造』する八百万の張り切りようは凄まじく、洗練されたデザインのドレスが次々に創られていく。それを片っ端から試着していくが、数が多すぎて妹紅は着せ替え人形状態になっていた。
しかし、それでも女子たちに妥協はない。妹紅の魅力を最も引き出せるドレスを探し求め、数多くの試作の果てに最高の二着を選び抜いてみせた。アイデアを立案した峰田たちにとっても納得のチョイスだったようで、妹紅がドレス姿を見せると彼らは親指を立てて仏のような顔で微笑んでいた。
更に、ミスコン本番を想定してのリハーサルも念入りに繰り返した。他クラスの生徒に見られぬように炎熱系個性の訓練室で行う徹底ぶりである。おかげでネタバレすることはなく、妹紅がミスコンに参加するという噂だけが熱を帯びて雄英中に囁かれ続けた。
そうして忙しい準備期間はあっという間に過ぎていって、11月の中旬。
妹紅たちはついに雄英文化祭の当日を迎えるのであった。
妹紅のミスコン案
峰田の原案「水着の上からドレスを着て、ステージでドレスを脱ぐんだ!観客大興奮で男子はスタンディングオーベーション(意味深)待ったなしだろ!」
上鳴・瀬呂の改善案「馬鹿、そんなストリップみたいなの女子が許す訳ないだろ!俺たちまで怒られるじゃねぇか!水着の代わりにドレスにしようぜ。ドレスを二重に着て、藤原の炎で一枚目のドレスが焼け落ちて脱げるようにしたらどうだ?炎による衣装チェンジだ」
常闇の中二病案「ドレスではなく鎧にすべきだな。黒鎧で身を包んだ白髪の女騎士だ。絶対に格好良いぞ。武器は炎を纏いし紅の剣が似合うだろうな」
峰田・瀬呂・上鳴の反論「コスプレコンテストじゃなくてミスコンだっつってんだろ常闇ィ!」
苦労人障子による最終案「…では全ての意見を混ぜよう。白いドレスの上に黒いドレスを重ね着する。可燃性の黒いドレスと不燃性の白いドレスは八百万に作ってもらおう。ステージ上では炎のパフォーマンスと共に黒いドレスを燃やして、白いドレスに衣装替えだ」
常闇の妥協「俺の意見が色だけしか残っていないが…、まぁこの辺りが落とし所か。黒は良いものだからな」
全員「よし、決定だ。細部を詰めていこうぜ!」
こんな感じでした。
ボツネタ(花京院ネタ)
八百万「では、早速ドレスのデザインを考えましょう。たくさん試作しますので、妹紅さんに最も似合うドレスを選び抜かなければいけませんわ!」
峰田「やはり試着か……。どの部屋でやる?オイラも同行する」
妹紅「峰田院」
女子たち「(#^ω^)ピキピキ」
峰田が全く反省していないのでボツになりました。
エリちゃん
妹紅がなんとか実妹にしようと画策している模様。しかし、どう足掻いても血は繋がっていません。
原作では退院後に雄英預かりとなりましたが、このSSでは慧音が預かることに。とはいえ現在は暴走する可能性もあるので、しばらく(通形に個性が戻るくらいまで)は雄英で相澤が様子を見るようです。なお、寺子屋で暴走した場合は慧音の速やかなる首トンで失神させられます(というか、それ以外に止めようがない)。
バンドメンバー
ギターに妹紅がイン。代わりに常闇が外れてダンス隊に。ヒロアカ小説版ではダークシャドウが『みんなと一緒に文化祭しタイ!』ということで常闇ギターの後ろでタンバリンを叩いていたようですが、このSSでは常闇と一緒にダンスを踊ることになりました。
なお、妹紅をギターに充てたのは長髪で白髪という姿がとてもロックな為。ギターを構える立ち姿だけでも絶対カッコいいと思います。
『Hero too』
ヒロアカの4期アニメで実際に放送されたA組のライブ曲。アニメ公式でYouTubeにMVがアップされているので気になる方は『Hero too』で検索してみて下さい。ダンスの振り付けはともかく、曲は凄く良かったです。歌手の方の声質が耳郎役の声優さんと似ているので、違和感ないのも素晴らしいですね。
因みに、この曲のギターコードは本当にパワーコードが多めで初心者向けです。