反抗する子どもたちの個性攻撃をわざと一身に受けて、内臓や脳を垂れ流して蘇生しながら『個性を人に向けると危ないから止めようね!』と笑顔で言い放ちます。
子どもたちは世の中ってのは本当にヤベェ奴が居るんだな…ということを心底から理解して一瞬で大人しくなりますが代わりに性癖が歪みます。引率で来ていた気弱な先生は失神します。
公安もギャングオルカもドン引きしていますが、妹紅だけは子どもたちと触れあえて満足気です。
完!
妹紅のインターン中断から数日後。インターン活動を続けていた緑谷たちはオーバーホール率いる死穢八斎會という指定ヴィラン団体の逮捕に動き、これを撃破。個性破壊弾の原料として利用されていた幼い少女を救出することに成功した。
しかし、その代償は大きくオーバーホールとの戦闘の際にプロヒーローのサー・ナイトアイが殉職。重傷者多数。通形も完成品の個性破壊弾を受けて個性を失ってしまった。加えて、警察に護送されていたオーバーホールをヴィラン連合が襲撃し、残っていた個性破壊弾とその血清を奪っていった。
インターン先ヒーローの死。ビッグ3通形の個性喪失。再び活動を始めたヴィラン連合。雄英はこれらを受けて、妹紅だけでなく1年ヒーロー科全体のインターン活動も中断したのであった。
それから数週間が経ち、10月中旬。夏の残暑も完全に鳴りを潜め、木々の紅葉も見頃を迎え始めた時分。いつものように朝の
「文化祭があります」
「「「「ガッポォオォイ!!」」」」
『学校っぽい!』と喜びを叫ぶクラスメイトたち。最近は暗いニュースが多く、憂鬱な気分になってしまうことも少なくない。そんな生徒たちのモヤモヤを吹き飛ばすグッドニュースだった。
「文化祭!」
「学校っぽいの来ました!」
「何するか決めよー!」
ワイワイと賑やかに話す生徒が大多数の中、不安げな表情を浮かべている者たちも居た。その多くがインターン組である。中でも切島は席から立ち上がって相澤に問い返した。
「いや、いいんですか!?この時世にお気楽じゃ!?」
「切島…変わっちまったな…」
「でもそーだろ!ヴィラン隆盛のこの時期に!」
口を出してきた上鳴に切島はそう言い返した。もちろん彼としても文化祭はやりたい。しかし、林間合宿時を狙われたようにヴィラン連合が雄英の次のイベントを狙っている可能性だって少なからず有るのだ。そして襲撃があった場合、その時は被害の有無を問わず雄英は大ひんしゅくを買うだろう。切島だってそのくらいの予想はついていた。
「もっともな意見だ。しかし、雄英もヒーロー科だけで回っているワケじゃない。体育祭がヒーロー科の晴れ舞台だとしたら文化祭は他科が主役。注目度は比にならんが、彼らにとっては楽しみな催しなんだ。そして現状、寮制をはじめとしたヒーロー科主体の動きにストレスを感じている者も少なからずいる。だからそう簡単に自粛するワケにもいかないんだ」
「そう考えると…申し訳たたねぇな…」
自分たちが他科に大きな迷惑をかけていることを改めて認識して、切島は肩身の狭い思いで静かに着席した。
ただ、相澤は生徒たちにそう言ったものの、文化祭の決定は険しい道のりだったことを彼は知っている。世論もそうだが特に警察は大反対という姿勢を示し、警察庁長官がわざわざ雄英まで訪れて根津に自粛を求めるほどだったのだ。
しかし、何とか対策を講じて厳しい条件を設けることで文化祭の開催は許可された。『生徒たちにこれ以上暗い未来を指し示す訳にはいかない』と根津が奮闘してくれたおかげだろう。行く末を見守っていた相澤ら教員たちは彼にただただ頭が下がるばかりだった。
「あー、主役じゃないとは言ったが決まりとして一クラスに一つは出し物をせにゃならん。そこで今日一限目の
それだけを言って相澤は寝袋に入って教室の隅で寝転がる。生徒たちも相澤の行動には慣れきったもので、飯田と八百万が前に出ると早速クラスの出し物決めが始まった。
「メイド喫茶!メイド喫茶にしようぜ!」
「メイド…?奉仕ということか!悪くない!」
「ヌルいわ上鳴!オッパブ!ぶヘェ!」
トップバッターの上鳴の提案はメイド喫茶。それに続いて峰田も提案するが、まさかの性風俗店である。それを高校の出し物で提案するなど頭がおかしいとしか思えない。案の定、峰田は蛙吹の舌ビンタを受けた後、教室の後ろで簀巻きにされて逆さ吊りの刑に処されていた。
しかし、ここで妹紅が疑問を素直に口にしてしまった。
「瀬呂、オッパブってなんだ?」
「うぉい!?俺に聞くなよ!そうだ、きっと爆豪なら教えてくれるぜ!」
「なッ!?ざっけてのかテメェ!半分野郎に聞けやコラァ!」
妹紅が右隣の席の瀬呂に尋ねた。相澤から捜査用語の一覧を貰っているが流石に風俗店の用語までは載っていなかったのだ。
それを尋ねられた瀬呂は慌てるも、すぐさま爆豪を生贄に捧げて難を逃れた。爽やかにサムズアップを決めながら丸投げしてくる瀬呂に彼は当然ブチ切れる。しかし、爆豪は瀬呂に反撃するのではなく轟を人柱に立てることで対処した。“精々恥ずかしがれや!”という爆豪の嫌がらせなのだが、ピュア轟がそんな単語を知っているはずもなかった。
「俺も分からん。緑谷、知っているか?」
「えええ!?いや、その…えええ!?」
なんの悪意もなく素でキラーパスを送られた緑谷は大混乱。そして他人に押し付けることも出来ない性格なので顔を真っ赤にしてアタフタしている。加えて、純粋無垢な妹紅と轟から期待の視線を受けており緑谷は恥ずかしさのあまりダウン寸前だった。
「峰田ちゃんのせいで飛び火しまくっているわ」
「カオス」
因みに、進行係の飯田と八百万もそういう知識には疎いので、峰田の提案が何なのか分かっていない。そのせいで黒板の出し物候補リストには『メイド喫茶』の下に『オッパブ』と八百万の手によって記入されてしまっていた。もう初っぱなからメチャクチャである。
「はい、次は麗日くん!」
「お餅屋さん~」
それから様々な案が出た。腕相撲大会、ビックリハウス、暗黒学徒の宴、ダンス、コント、郷土史研究発表、
「妹紅さんは何かやりたいことなどはありますか?」
「…焼き鳥屋とか?炭火で」
「なるほど、食べ物系ですわね」
八百万に尋ねられて妹紅は小首を傾げながら答えた。なお、ただ自分の好物を挙げただけである。そうしていると葉隠が思いついたように手を上げた。
「あ、そうだ!もこたんのリボン屋さんはどう?元手はタダだよ!」
「需要はあるのか、それ?」
妹紅が葉隠に向けて聞き返した。確かに出費がないので売れた分の全てが純利益になる美味しい商売が出来るかもしれない。無論、リボンが売れればという条件付きだが。
「需要あるけど供給も追いついているんじゃない?一週間に一度くらいのペースで昼休みに波動先輩が“収穫”しに来てるじゃん」
「あー、そうだね。それに普段配っている物に値段を付けるのもちょっとアレだねー」
それに加えて今回の文化祭は極一部の学外関係者を除き、学内の者だけで開催されるのだという。そう考えるとリボン販売は向いていなかった。
その後は提案されたものから出し物を決めるだけなのだが…、誰もが自分の案を推すだけで話は全く進まない。わーわーギャーギャーと口論するだけで時間は過ぎ、一限目終了のチャイムが鳴ってしまった。
「実に非合理的な時間だったな。明日の朝までに決めておけ。決まらなかった場合…公開座学にする」
((((こ、公開座学…!?))))
相澤の恐ろしい言葉に震え上がるA組の面々。文化祭で公開座学なんてただの晒し者だ。それはそれで他科も溜飲を下げるかもしれないが、その代わりにA組は地獄を見るだろう。
そこで放課後、生徒たちは寮内で話し合いの場を設けることにした。ただし、興味のない爆豪は不参加。緑谷、切島、麗日、蛙吹もインターン中の補習を受けるため不参加である。参加出来ない4人は話し合いの決定に従うとのことだった。
「落ち着いて考え直したんだが…。先生が仰っていた他科のストレス。俺たちは発散の一助となる企画を出すべきだと思う。そうなると正直、ランチラッシュの味を知る雄英生には食で満足させられるモノを提供できないと思うんだ」
クラスの委員長として最も責任を感じている飯田がそう言うと、周りに集まっていた者たちも頷いた。
「そう言われるとそうだな…。俺たちが楽しいだけでは彼らに申し訳がない」
「悔しいけどランチラッシュには敵わねぇしな。体育祭で出店をやってた経営科だってランチラッシュの研修を受けたガチ勢揃いだったしよぉ。他科主役の文化祭なら更に気合い入れてくると思うぜ」
障子と砂藤も言う。特に砂藤はA組きっての料理上手なのだが、そんな彼でもランチラッシュには勝てない。やはりアマチュアとプロの差は大きかった。だからといってA組もランチラッシュの研修を受けて料理を作ろう、というのも些か方向性が違うだろう。そういう結論に至り、食べ物系の出し物は却下された。
再び頭を悩ませるA組の生徒たち。そんな中、ソファに座り込んでいた芦戸が足をパタパタさせながら呟いた。
「みんなで踊ると楽しいよ…」
ダンスは1人でも踊れるが、大人数で踊ると何倍も楽しい。芦戸はこの機会に是非ともA組の皆と一緒に踊りたかった。しかし、他の者たちがダンスにあまり乗り気ではないことが雰囲気で分かってしまったので強く言うことも出来ずにいたのだ。
しかし、そんな芦戸の意見を後押ししてくれる者が居た。轟である。
「ダンス、良いんじゃねぇか?」
「超意外な援軍が!」
まさか轟が!と芦戸は驚く。そんな驚愕を余所に、彼は音楽とダンスで馬鹿騒ぎするライブを提案してきた。轟の提案とは思えないほどのパーティピーポーな発想。それらは仮免の補講から学んだ発想なのだと彼は言い、クラスメイトたちを更に困惑させていた。
しかし、その提案は意外にも皆に受け入れられてトントン拍子で話が進んでいく。ダンスは芦戸が教えるとして、肝心の音楽の方はというと葉隠・上鳴・口田らの推薦で耳郎が指揮をとることになった。
耳郎は恥ずかしがっていたが、それでも最後は乗り気になって赤面しながらも受諾してくれたのであった。
「では、A組の出し物は生演奏とダンスでパリピ空間の提供だ!」
「「「おおー!」」」
委員長の最終決定に歓声を上げるA組の生徒たち。少なくともこれで公開座学は無くなったので一安心である。
そんな喜びの声の中、峰田が皆の前に躍り出ると力強い声で訴えかけた。
「しかし、待てぇい!雄英文化祭において重要な行事がもう一つあることをお前たちは忘れていないか!?そう、それはミスコンだ!」
「「おお!ミスコン!」」
「どんな曲にする?色々決めないとねェ!」
「う~ん、どういうライブが喜ばれるだろうか」
数名の男子(上鳴と瀬呂)が色めき立つ。しかし、テンションが上がったのは彼らだけだ。女子たちはというと、速やかに峰田を視界から外して彼女たちだけで会話を続けていた。峰田は完全なスルー状態である。
「待った待った!雄英のミスコンは本当に名の知れたイベントなんだって!ていうか他科を思って行動するなら、俺たちのクラスの女子からも誰かしらエントリーした方が良いだろ!ミスコンパフォーマンスは雄英文化祭の華だって言われているんだぜ!?」
「う…。そう言われると、そうだけど…」
慌てた様子で上鳴が言い訳をすると、女子たちも思うところがあるのか言葉を濁した。
実際、雄英のミスコンは卑猥なイベントではなく、美しさとパフォーマンスを競う方向で毎年開催されているのである。その辺りは過去の雄英ミスコンをネットで動画検索すれば分かるだろう。
言い出したのが峰田だったので不信感しかなかったが、そのように考えるとミスコンへの参加もやぶさかではないと女子たちも考え始めていた。
「でも、クラスの出し物とミスコンは両立できるのでしょうか?どっちつかずで中途半端になってしまうと余計に申し訳ないですわ」
「ミスコンに出る人はライブ出ずに、ミスコンのパフォーマンスに集中してもらうとか?」
「そうなりそうだね」
文化祭までは残り1ヶ月しかない。その間は学校の授業があるので当然ながら勉強の予習復習は必要だし、ヒーローの卵として自主訓練も欠かせない。その合間に文化祭の練習をすることになるだろう。そこに更にミスコンのパフォーマンスの練習まで加わるとなると、絶対的に時間が足りなくなるのは目に見えていた。
「ウチらから出すなら知名度のある妹紅かヤオモモ?」
「だねー。私たちが出たところで…って感じだし」
耳郎が妹紅と八百万を見ながら言うと葉隠も頷いた。A組女子の知名度は特に妹紅が突出しており、次点でテレビCMにも出た八百万だ。それからリューキューのサイドキックとしてデビューした麗日と蛙吹が続くだろうが、見物客の反応を考慮すると妹紅か八百万の二択になるだろうと彼女たちは考えていた。
「私は皆と一緒の方がいいな」
「私もそういうのはちょっと…」
しかし、肝心の本人たちは全然乗り気ではなかった。妹紅はクラスメイトとするライブの方を断然やりたいし、八百万はそもそもミスコンそのものに興味が無いのだ。
やはりA組はミスコン不参加で出し物のライブに集中しようか。そんな流れの空気になる中、峰田だけは諦めていなかった。
「なるほど、なるほど…。じゃあ藤原は
言質を取ったと言わんばかりに峰田が胸を張った。エロIQ250の
確かに、本当にそんなことが出来れば問題は一応解決するだろう。しかし提案者が峰田である以上、女子からの信頼は絶対に得られない。HRの後、峰田の提案したオッパブが性風俗店の通称だということを蛙吹から聞いた妹紅も絶対零度の視線で彼を見ていた。
「峰田、言っておくけどお前への信用度は皆無だからな。任せる訳ないだろ」
「なんでだよ!?」
「自分の胸に聞け、胸に……私の胸を触ろうとするな!そういう所だぞ、お前!」
峰田が『うーん、胸にか…』と言いながら手を伸ばして来るので妹紅は慌てて後ろに下がって文句を言った。身長差で胸に届くことはないだろうが、離れておかないと別の所を触られかねないのだ。
なお、その直後に耳郎が爆音を叩き込み、峰田は絶叫しながら倒れた。これも毎回のことなので彼を心配する者は誰も居ない。上鳴や瀬呂もミスコンの方を心配しているので、倒れた峰田よりも自分たちの売り込みに力を入れていた。
「それならさ、俺と瀬呂が峰田のお目付役になるぜ!俺たちなら安心だろ!」
「いや、アンタらも割と同類じゃん…。障子に常闇、悪いけどコイツらの監視役してくれる?馬鹿なことやろうとしたら、お灸をすえてやってよ」
耳郎が三白眼のジト目を向けると、上鳴と瀬呂は冷汗を浮かべて口笛を吹きながら顔を背けた。
峰田を含めたこの三人組を放っておくと何を考え付くか分かったものではないので、耳郎は障子と常闇に声をかける。彼らは非常に真面目であり同時に己の意見をハッキリと言えるタイプの男子だ。彼らには迷惑をかけてしまうが是非お願いしたいところだった。
「まぁ別に構わないが…」
「峰田たちをか…。責任重大だな」
そういうことでミスコンについては一応の落ち着きを見せた。良い案であれば妹紅も多少は前向きになるだろう。無論、駄案であれば参加を取り止める可能性もある。後は彼ら次第ということになるのであった。
補習から帰ってきた緑谷たち4人も『ライブ』という案には大いに賛成して、その翌日。
相澤にも伝えると渋い顔をされたものの無事に受理された。有名な1年A組には他科のクラスも注目していたようで、ライブをするという話はすぐさま広まっていく。そして放課後には校内中の噂になっていた。
「さっき他科の人から『ライブ楽しみにしてる』って言われたよ!」
「私たち期待されてるね!頑張らないと!ね、妹紅!」
「ああ、皆の力を合わせて頑張ろう」
下校時。といっても本校舎から寮までの短い距離だが、その帰り道で声援を受けた芦戸は嬉しそうな声をあげた。葉隠もウキウキが隠せない様子で胸を弾ませており、彼女たちを見ているだけで妹紅も楽しかった。
そんな中、妹紅は同じく下校する爆豪の姿を見つけた。今日は切島たちが一緒ではないのか1人で帰っている。それにしても彼の歩き方は相変わらずチンピラそのものだ。他の生徒は怖がって彼に近付こうともしていない。
見かねた妹紅は爆豪に注意することにした。
「三奈、葉隠。先に行っていてくれ。おい、爆豪。制服を着崩すな。ネクタイしろ。シャツをズボンから出すな。ちゃんと歩け」
「うるせェんだよ!オカンかテメェは!」
案の定というべきか爆豪はキレた。振り返りながら大きなお世話だと言い返してくる彼だったが妹紅も黙っていない。彼女にも常日頃から抱えている鬱憤というものは存在するのだ。
「お前の席が私の目の前だから嫌でも目に付くんだ。授業中の目障りだから直せ」
「はっ、今度のHRで席替えでも提案するんだな」
妹紅の席は爆豪の真後ろだ。教室では彼の様子がどうしても目に入ってしまうため、粗暴な振る舞いは鬱陶しい事この上ないのである。仮免試験翌日の爆豪謝罪事件で2人の関係は多少改善されたが、それでもマイナスに振り切っていた好感度がようやくゼロに戻っただけ。仲が良い訳ではなかった。
爆豪とそんな言い合いをしていると、少し離れた場所からヒソヒソと話す小さな声が聞こえた。僅かに『A組…』とも聞こえる。妹紅も爆豪も洞察力に優れた俊秀だ。すぐに自分たちのことが話されているのだと気付いた。
「聞いた?ヒーロー科A組、ライブやるんだって。俺たちのために」
「ふぅん。私たちのためにねぇ…」
「いい気なものだよ。振り回している張本人なのに」
他科の生徒たちなのだろう。妹紅たちに聞かれているとは知らずに、いや聞こえていないと思っているからこそ本音をぶちまけていた。
学校の寮化を勝手に決められて始まった突然の集団生活。加えて学校外に出る際は教員の許可が必要になってしまったし、早めの門限もある。そんな生活を息苦しく面倒臭いと思っている生徒は少なからず存在する。そしてヒーロー科への嫉妬も相まって、彼らの様にその矛先をA組に向ける者も居たのであった。
「……!」
彼らはそのまま去っていったが、妹紅はその内容に言葉を失ってしまうほどショックを受けてしまっていた。これが己だけへの悪口ならば妹紅は気にしなかっただろう。しかし、クラスメイトたちと共に決めた『他科のためのライブ』。それが大変な不評であり他科への皮肉だと受け取られていたことに、自分たちの選択は大きな間違いだったのだろうかと妹紅は酷く気を落としてしまっていた。
「…チッ…!」
一方で、爆豪は舌打ちをして苛立ちを露わにしたものの激怒している訳ではなかった。元より彼はそう思われるのではないかと予想していたのだ。
たとえば『ヒーロー科以外の連中は雄英のオマケみたいな存在でしかないけど、そんな可哀想なお前らの為に主役の俺たちA組が歌って踊ってやるよ。どうだ嬉しいだろ?感謝しろよ』と言われたら他科の生徒たちはどう思うだろうか。そんなもの喜ぶ者など居ない。誰だって反発するに決まっている。
つまりA組の『他科のためのライブ』は、受け取る相手の感情次第ではそう思われかねないというリスクを孕んでいた。劣等感を抱いている者ほど他人の善意が当て付けに感じるものだ。幼い頃、緑谷の持つ特異なヒーロー的精神性に大きな劣等感を抱いてしまった過去を持つ爆豪には、それが理解出来てしまっていたのである。
それから妹紅は幽鬼の様な足どりで寮に戻ると、そのままリビングのテーブルに突っ伏した。
周りでは何も知らないクラスメイトたちが和気藹々とライブの相談をしている。皆に何て伝えるべきか、それともこのまま黙っておくべきか。妹紅にはその判断を付けられず、テーブルに顔を伏して白髪をざんばらに散らしたまま呻き声を上げるしかなかった。
「うー…うー…」
「ちょっと爆豪、なんか妹紅が見たことない状態になってるんだけど…。アンタさっき妹紅と話してたでしょ。また喧嘩したの?」
「…俺が知るかよ」
そんな妹紅の奇行にクラスメイトたちは首を傾げる。先ほどの僅かな時間で何があったのかと葉隠や芦戸が聞くが、妹紅は謎の呻き声で答えるだけだし、爆豪はソファに深く腰掛けたまま無気力に答えるだけだったので理由は分からなかった。
「文化祭はちょうど1ヶ月後。時間もないし今日中に色々決めてしまいたい」
「よーし、皆で決めようぜ!」
しかし、それはともかくとして彼らにも時間がない。緑谷たちは今日も補講で遅くなるが、一足早くミーティングを開くことにした。まずは楽曲選びからだ。
「響香がオリジナル曲を作るとかどう?」
「いや、ムリムリ。ウチも流石に作詞作曲は専門外だし。ていうか1ヶ月以内でウチが曲作れたとしても練習する時間ないじゃん。既存のものから選んで、すぐにでも練習しないと間に合わないよ」
「じゃあ、なるべく皆が知ってる有名曲をやるべきじゃね!?」
「ノれて踊れるやつ~!」
いずれにしても曲を奏でるとしたら楽器が必要となる。耳郎はベース、ドラム、
ドラムを誰にするかという問題の中、瀬呂が爆豪を煽ってそれを叩かせた。驚くべきことに爆豪は一発でドラムを完璧に奏でてみせたのである。周囲が絶賛してドラムは爆豪しかいないと騒ぐ最中、肝心の彼は『下らねェ』と言い放ってその場から去ろうとする。
それを慌てて止めたのは耳郎だった。
「爆豪、お願い!つーかアンタがやってくれたら絶対良いものになる!」
「なるハズねェだろ。アレだろ?他の科のストレス発散みてーなお題目なんだろ?ストレスの原因がそんなもんやって自己満以外のなんだってんだ。ムカツク奴から素直に受け取るハズねェだろうが…!」
耳郎の制止に爆豪はそう言い返した。爆豪の苛立ちは止まらない。好き勝手言う他科の生徒たちもそうだが、能天気にもそれが喜ばれると信じて止まないクラスメイトたちにも腹が立つ。考えが甘過ぎるのだ。
「ちょっと爆豪、そんな言い方!私たちは他科のために…!」
「そういうのがムカツクっつってんだよ!上から目線で施しのつもりかよ!」
「いや、しかし…たしかに…配慮が足りなかったか…」
爆豪が吐き捨てるように言うとクラスメイトたちは言葉に詰まった。施しなどというつもりは一切なかったが、そう受け取られかねない。爆豪の言葉でようやく彼らもそのことに考えが及んだのである。ライブという選択は失敗だったかとA組の面々は気まずそうに俯く。
しかし、そんな彼らを前にして爆豪はキレながら告げてみせた。
「ムカツクだろうが。俺たちだって好きでヴィランに転がされたんじゃねェ…!なンでこっちが顔色伺わなきゃなんねェ!テメェらご機嫌取りのつもりなら止めちまえ。殴るンだよ…!馴れ合いじゃなく殴り合い…!やるならガチで――雄英全員、音で殺るぞ!」
親指で首元を切る動作を見せながら爆豪は吼えた。
相手に譲歩しようとするから侮られるのである。ならば、ぐうの音も出ない程の完成度で叩き潰し、無理矢理にでも納得させるしかない。それこそが爆豪が望む勝利だった。
「バァクゴォオオ!」
「理屈はヤバいけど、やってくれるんだね!」
些か攻撃的すぎるが爆豪の言い分は真理を突いている。そして彼が参戦を表明したことでクラスメイトたちも歓声を上げた。馴れ合いや施しなどではなく、本当に楽しいものをこれでもかと見せつけてやれば良いだけ。ただそれだけなのだとA組の面々は理解したのである。
更に、爆豪は未だ俯いていた妹紅に対しても大きく声を荒げた。
「いつまでも落ち込んでんじゃねェぞ白髪女ァ!さっきから陰気臭ェんだよ!テメェも全力でブッ飛ばせや!」
「爆豪…お前…」
「ふん!」
爆豪が、あの爆豪がクラスメイトや妹紅の為に動いてくれたのだ。それも言うべきことを全て言ってのけた上でA組の力になってくれたのである。
妹紅が顔を上げて爆豪を見ると、彼は鼻を鳴らして顔を背けていた。それが照れ隠しなのは誰の目にも一目瞭然だった。
「…そうだな、やろう。やるからには全身全霊で…!」
「おお、妹紅も凄い気合いだ!」
あの爆豪にこうまでされては妹紅も落ち込んだままではいられない。妹紅はおもむろに立ち上がると全身に気合いを入れた。まるで闘気を幻視してしまうほどの力が込められている。妹紅の復活に女子たちも歓声を上げた。
「やったね、響香!」
「…うん。ウチ、がんばるよ」
はにかんだ笑顔を浮かべて耳郎が頷く。A組はそんな彼女を中心に一丸となり、ライブ開催に向けて全力で取りかかるのであった。
妹紅「うー…うー…」
妹紅のスペルカードの『虚人「ウー」』から。
うーうー鳴く吸血鬼とは関係ないが、もしかしたら一瞬だけ憑依していたのかもしれない。その場合は紅魔館の代わりに雄英校舎がオチとして爆発する。
妹紅、ミスコンに参戦
このSSの峰田くんがミスコンを見逃す訳がありません。他科の為だからと理由をつけて妹紅を参加させました。なお、妹紅にやる気は無いのでパフォーマンスは峰田次第です。