もこたんのヒーローアカデミア   作:ウォールナッツ

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もこたんとヒーローインターン後編

「戻りました、相澤先生」

 

「ああ、ご苦労さん。辺りはもう暗い。寮まで送ろう」

 

 妹紅は帰りも炎翼で雄英まで戻ってきた。まずは着替えを済ませて担任の相澤に帰還の報告。そして寮までの道すがらヒーロー・警察などの専門用語集はないかと聞くと、彼は渋い顔をして『明日までには用意しておく』と応えてくれた。

 どうやら多くの者はヒーロードラマ・漫画・アニメ・ドキュメンタリーなどを見て、ある程度の知識は自然に覚えるらしい。それらを妹紅が知らなかった理由は、今までそういった番組をあまり見てこなかったからである。

 ヒーローを目指している学生がヒーロー番組をほとんど見ていないというのは珍しいが、相澤は納得がいっていた。妹紅はテレビ番組に夢中になるタイプではないし、彼女の師である慧音も学生時代から国語か歴史の教師にでもなるつもりなのかと思うほど正しい言葉遣いをしていたからである。

 当時を懐かしみつつも『藤原にはインターンの前に教えておくべきだったな…』と内心後悔しながら相澤は妹紅を寮まで送り届けるのであった。

 

 

「あ、おかえり妹紅!」

 

「おかえりなさい、妹紅さん」

 

「妹紅おつかれー。インターン初日どうだった?大変だったでしょ?」

 

「ただいま。うん、まぁ色々あったよ」

 

 寮に戻り、女子たちと夕食をとりながら今日の出来事を語り合う。男子たちは既に食事を終えて部屋に戻ったり、風呂に入ったりしているようだ。彼女たちは妹紅が戻ってくるのをわざわざ待っていたのだろう。しかし、麗日と蛙吹の姿だけはその場になかった。

 

「麗日と梅雨ちゃんはまだインターンから戻っていないのか?」

 

「さっき連絡来てたよ。リューキュウ事務所のインターン活動が明日までかかるから、今日は向こうで泊まるんだって。明日は公欠になるみたい」

 

 葉隠に尋ねるとそう返されて妹紅も携帯を見た。確かに連絡が来ている。相澤の方にも既にその旨の連絡を済ませて許可を取ったとのことだった。

 学校の授業を公欠した場合、その日の分の内容は後日に補習、もしくは課題が出されることになる。麗日たちも大変だが、それらを準備する教員たちも大変に違いない。

 

「泊まり込みか。初日から即戦力扱いとは凄いじゃないか」

 

「妹紅は即戦力どころか今日の活躍が現在進行形でニュースになってるんだけど…」

 

 麗日たちの活躍に妹紅は感慨深く頷いていると、耳郎がおもむろにテレビをつける。今日のヒーローニュースのトップは、妹紅がエンデヴァー事務所のサイドキックとしてデビューして、初日からヴィラン30人を倒したというニュースだった。

 視聴者が撮影して投稿されたという動画には、妹紅がヴィランたちを護送車に乗せる様子が映されている。それだけでも一大ニュースだったのだが、彼ら全員が妹紅の手によって制圧されたことが警察の発表で明らかにされると、報道は更に加熱した。

 しかし、それに対して妹紅は冷めていた。この報道ではまるで事件の全てを妹紅1人が解決したかのように報じているが、それでは事実と反するからだ。

 

「お膳立てされた上での成果だ。警察にサイドキック、事務員の人たちまで。ヒーローの活躍は報道されない人たちの力があってこそだと思い知らされたよ」

 

「なるほどねぇ」

 

 今日のインターンでの出来事を話しつつ、妹紅はそう付け加えた。特に警察の仕事ぶりを間近で見ていれば“ヴィラン受取係”なんて言葉は出て来る筈もない。妹紅は今日一日を振り返って、改めて彼らに畏敬の念を抱いていた。

 

「エンデヴァーのところは平日のインターンはないの?週末だけ?」

 

「今のところ学校のある日にインターン活動させるつもりはないらしい。エンデヴァー先生からは『学校で努力を積み重ね、現場で経験を積み重ねろ』と言われたよ」

 

 夕食を済ませた女子たちは食器を片付けながら会話を続ける。

 エンデヴァーは学校を軽視していない。そこを疎かにすると基礎が身につかなくなるからだ。ただし、それは屈強なサイドキックを大勢有するエンデヴァー事務所がインターン生育成に重点を置いているからこそ出来ることであり、一般的な事務所はインターン生を念頭に業務を組み替えるなど不可能である。

 そんな彼の事務所に行けた妹紅は間違いなく恵まれていた。

 

「おぉー、流石№2…じゃなかった、実質№1ヒーロー!」

 

「素晴らしい教えです。我々も常に精励恪勤(せいれいかっきん)*1ですわ!」

 

 八百万がプリプリと気合いを入れる様子を皆で和やかに眺めつつ、妹紅たちは平穏な一週間を送るのであった。

 

 

 

 

「コンビニ窃盗の逃走犯、確保しました」

 

 ヒーローインターン二週目。

 この日は1日中パトロールに費やした。パトロールは職場体験時でも経験しているので、ある程度の動きは理解している。

 この時もエンデヴァーたちと共に管轄エリアをパトロールしているとコンビニ窃盗犯を見つけ、彼の指示で妹紅が追うことになった。当然、炎翼のスピードに勝てるはずもなく僅かな時間で犯人は取り押さえられることになる。しかし、妹紅が確保してもなお犯人は喚き散らしていた。

 

「窃盗じゃねぇよ!万引きしただけだっての!」

 

「…同じでは?」

 

 見た目は不良男子大学生といったところか。そんな彼の良く分からない理屈に妹紅は首を傾げた。当たり前だが万引きは窃盗である。言い方を変えたからといって罪が変わる訳ではない。

 

「いや、逃走の際に個性の違法行使を確認したから、正確には窃盗ヴィラン犯罪だ。罪は通常の窃盗よりも更に重くなる」

 

「そんな!?ただの万引きなのに!」

 

 しかし、空からではなく地上から追走していたオニマーの情報によって彼の罪は増えてしまった。そして、取り押さえる際に地面に散乱した窃盗物の品々を見ながらオニマーは呆れきった声を出した。

 

「万引きじゃなくて窃盗だって言ってるだろ。ていうかカゴダッシュしておいて“ただの万引き”なんてよく言えたな、お前」

 

 店の商品を買い物カゴに入れたまま清算せずにカゴごと商品を盗むことをカゴダッシュという。この手の犯罪は物品欲求からではなく不良の度胸試しとして行われることが多いのだが、店側としては単純な万引きの数十倍の被害を受けるので鬱陶しいことこの上ない。しかし、強盗されるよりは幾らかマシではある。…と相澤からもらった用語集には書いてあった。

 それはともかく、この窃盗犯はヴィランとして扱わなければならなくなった。あまりに抵抗するようならば妹紅としても炎を使わざるを得ない。彼にそう伝えると顔を真っ青にして黙り込んでしまった。きっと神野区での妹紅の炎を知っているのだろう。

 そうして彼は素直に大人しくなり、そのまま警察に連行されていくのであった。

 

 

 

『警察より緊急要請です』

 

「なんだ」

 

 午後もパトロールを続けて軽犯罪や事故を処理していると、事務所のオペレーターから連絡が入る。妹紅たちも警戒して耳を澄ませた。

 

『飲酒検問に従わず強行突破した車両が□□通りを南下しているとのこと。まだ事故は起こしていませんが信号無視を繰り返している模様。至急対象車両の強制停車及び運転手の確保を、との要請です』

 

「真っ直ぐ進めばここを通るな。右左折させないように上手く追えと警察に言っておけ。俺たちがやる」

 

『はい、エンデヴァーさん』

 

 情報によると1分もせずに近くを暴走車が通るのだという。妹紅たちは安全に緊急停車させるためにもまずは周囲の交通整理を行った。暴走車両が事故を起こすのは自業自得だが、それに無関係の人や車を巻き込む訳にはいかないのだ。

 それからエンデヴァーは妹紅へと声をかけた。

 

「藤原、緊急停車の手順は覚えているな?よし、お前が止めてみろ。なに我々が後ろに備える。お前がミスをしても影響は何も無い」

 

「了解しました」

 

 エンデヴァーたちの交通整理によって道行く車両は全て道路脇に寄った。彼らが素直に従うのは地域の平和を守っているヒーローたちに敬意を払っているから…という訳ではなく単純にヒーローによる捕り物を見たいという野次馬根性からである。今回は妹紅も居るので尚更だろう。

 そうして準備が済んだところで暴走車両が見えてきた。

 

「お、来た来た!100キロ近くスピード出てんね!」

 

「いきます。火の鳥!」

 

 猛スピードで向かってくる車両を確認して妹紅はまず大きめの火の鳥を作り出した。それを暴走車両の真上まで飛ばして、かぎ爪で屋根(ルーフ)を掴んで車両ごと浮かばせる。これで詰みだ。タイヤが地面に接地していない以上もう動かせない。

 それから妹紅はボンネットに飛び乗り、炎を纏った手でフロントガラスを撫でた。それだけで頑丈で熱にも強いはずのフロントガラスは飴細工のように溶けてしまう。そのまま妹紅は運転手に炎の手を向けたまま強い口調で命じた。

 

「エンジンを切って、車の鍵を抜きなさい!」

 

「ひっ!?」

 

 車内からはアルコール臭がする。運転手の男も目が充血している。これが飲酒検問から逃げた理由だろう。そのまま逃げられると思ったのか、それとも自暴自棄になって暴走したのかは分からないが、正常な判断が出来なくなっているのだと妹紅は判断した。

 その証拠に運転手の男は尖った爪を伸ばしている。個性は『鋭爪』といったところか。この爪を妹紅に向けようとした瞬間、彼はヴィランとなる。炎で制圧されても文句は言えないのだ。

 とはいえ妹紅としても率先して人を焼きたい訳ではないし、この男にも罪を重ねさせたくない。妹紅は炎を構えながらも説得を試みた。

 

「抵抗しないでください。個性を使われるとヴィランとして対応しないといけなくなります。今なら、まだ道路交通法違反だけで済むかもしれません。どうか指示に従ってください」

 

 それでもなお抵抗するようであれば焼く。ヴィランとして扱うことになる以上、そこは妹紅も容赦しない。

 妹紅のそんな覚悟が通じたのか、運転手の男は恐る恐る個性を収めてハンドルの奥へと震える手を伸ばす。そしてエンジンを止めた。どうやら投降する気はあるようだ。妹紅もそれに応じて炎を収めた。

 

「エンジンを切ったら、車からゆっくり降りて下さい。とりあえずパトカーが来るまでここで待機を…あっ!?」

 

 車から降ろすと男は俯いて大人しくしていたが、妹紅が身柄を確保する寸前で突如として走り出した。しかも、身体を獣の様に変化させている。それが彼の本当の個性だった。

 

(しまった!こいつの個性は『鋭爪』じゃない!チーターのような猫科動物に変身出来る発動型の個性!なんて足の速さ…だが火の鳥で!)

 

 常時異形型の個性ではない、発動型の動物個性という珍しいタイプ。爪を鋭く伸ばしていたのはその個性の一部に過ぎなかったようだ。

 突然の逃走劇に焦る妹紅だったが、万が一に備えて上空に待機させていた火の鳥を直ぐさま男に向ける。変身した男は非常に素早かったが頭上からの攻撃は予想していなかったらしく、辛くも逃がさず撃破することが出来た。

 

「ふむ、事前に火の鳥を設置していなければ取り逃がしていただろう。もしくは奴の足がもう少し速ければ火の鳥でも追いつけなかった。藤原にしては少々危うかったな」

 

「ま、逃げ道は全部私たちが潰していたけどね!」

 

 変身の解けた男を妹紅が取り押さえて完全に確保すると、後方で備えていたエンデヴァーたちがその動きを論評する。動き自体は悪くなかったが判断が少しばかり甘かった。犯罪者を前にして妹紅は素直すぎたのだ。

 

「すみません、エンデヴァー先生」

 

「ミスをしても影響ないと言ったのは俺だ。それに確保には成功したのだから別にミスしたという訳ではなかろう」

 

 謝る妹紅にエンデヴァーは何でもない様子で答えた。彼としてはようやく妹紅に実戦的な指導が出来るので、実のところ待ちかねていたともいえよう。そんな訳で男をヴィランとして警察に引き渡すと、早速エンデヴァーは事件の一部始終を振り返った。

 

「運転手の男が故意だったのかどうかは分からん。しかし、車の中であの爪を見せられたことで奴の個性は『爪』系なのだとお前の思考は誘導されてしまった。加えて、大人しく指示に従ったことで僅かな油断が生まれたという訳だ。奴も“相手は女の子なのだから、もしかしたら逃げられるでは…”と思ったのかもしれんな」

 

「私の見た目で侮られた、と…?」

 

「端的に言えばそうだ。飲酒で判断能力が落ちていたことも影響していたのかもしれんな。いずれにしても、あの状況においては手に纏っていた炎を消すべきではなかった。炎による威圧は効果が高い。俺が炎を常に纏っているのも威圧のためだ」

 

 エンデヴァーはヒーローとして人前に出る際、常に顔や体に炎を纏っている。それは己の力を誇示するためだ。それによって犯罪者やヴィランたちを萎縮させて抵抗心を根元から潰していた。

 その点、妹紅は女子高校生。それも1年生だ。如何に体育祭や神野区で凄まじい活躍を見せつけようとも容姿はまだまだ子どもであり、しかも美しくも可愛らしい。故に、知らない相手からは高確率でナメられてしまう傾向にあった。

 

「犯罪者やヴィランに甘さを見せるな。相手が怪しい動きをしたら焼いてもいい。今回の場合、俺であれば犯人が爪を見せた時点でヴィランとして焼いていただろう。やり過ぎるとマスコミどもが五月蠅いが気にするな。訴えられた時は事務所の弁護士が対応する」

 

「ウチの弁護士は凄腕で、しかもメチャクチャ訴訟に慣れているからね!主にエンデヴァーさんのおかげで!」

 

「う、うるさいぞ、バーニン!そんなことより引き続きパトロールだ!行くぞ!」

 

 そう言ってパトロールを再開したエンデヴァーたちだったが、その日は他に大きな事件などはなかった。

 

 それから雄英に戻り、翌日の朝。

 クラスメイトたちが教室で騒いでいたので話を聞いてみると、インターン中に市民をヴィランから守り通した切島が烈怒頼雄斗(レッドライオット)としてネットニュースに取り上げられたのだという。更に、麗日と蛙吹も巨大化個性のヴィランを制圧したことで新米サイドキックとしてニュースに載ったらしい。

 ついに妹紅だけでなく他のクラスメイトたちも一般に報道されるようになり、インターンに行っていない面々は彼らを羨んだり、やっぱりインターンに行けば良かったと後悔したりと様々な反応を見せるのであった。

 

 

 

 

「エンデヴァー!テメェをブッ殺して俺が最強だァァ!」

 

 インターン3週目。

 この日もいつものメンバーで警察の要請に応えたり、空いた時間はパトロールをしたりと忙しく働いていた。

 そんな午後のパトロールの最中。一件の空き家が音を立てて崩壊し、その中から巨大なヴィランが現われるとエンデヴァーに向かって叫んだ。そのヴィランは石やコンクリートの瓦礫を全身に纏っており大きさは目測で10メートルほど。しかし、覗かせる顔だけは一般的なサイズなので非常にアンバランスな巨人だった。恐らく何かを纏う個性というだけでヴィラン本人の大きさは普通なのだろうと妹紅は判断した。

 

「お!こういう頭がアレなヴィランが出て来ると季節も変わり目だなって感じがすんね!」

 

「嫌な季節の感じ方ですね。それよりバーニンさん、あのヴィラン目の焦点が合ってないようですけど…」

 

「クスリでしょ!そうでなかったとしてもエンデヴァーさんを倒せると思って挑んでくる時点で常軌を逸してるっての!」

 

 今は9月の下旬。春や秋などの季節の変わり目は寒暖差が大きく、体内の自律神経のバランスが乱れて奇行に走る人が多くなると言われている。そこにクスリでも加わった日には更に滅茶苦茶なことをしでかしてしまうのだろう。エンデヴァーに襲撃をかけるなんて、そのくらい頭のおかしい行為だとバーニンは大きく笑っていた。

 

「アイツ見覚えがある。傷害事件で指名手配されているヴィランだ。物体を鎧のように自分の身体に纏わせる程度の個性だったはずだが…、あれはもう石の鎧じゃなくて岩の巨人だぞ」

 

「違法なブースト剤にでも手を出したか。それでハイになってエンデヴァーさんに勝てるとでも思い込んだんだろ」

 

 一方でキドウとオニマーは淡々としており、油断はしていないが過度な緊張もしていなかった。彼らはプロとしてベストな精神状態で仕事を遂行しているのだ。

 因みにバーニンは常にテンションが高いが、それも彼女なりのベストな精神状態なのだという。その辺りは個人差もあるのだろう。

 

「巨大ヴィランか。相手としては悪くないな。藤原、叩きのめしてしまえ」

 

「はい」

 

 エンデヴァーの命で妹紅が前に出る。ブースト剤を使用したヴィランとの戦闘は妹紅も初めてだが、それでも知識は持っている。ブースト剤は個性の規模やパワーが爆発的に底上げされるが、個性の性質自体はあまり変わらないのだ。

 

「来い。私が相手だ」

 

「あああ!エンデヴァー!踏み潰してやる!」

 

 ヴィランが目をグルグルさせながら叫ぶ。どうやら薬物の影響で妹紅の姿がエンデヴァーに見えているらしい。というよりも妹紅たち全員のことがエンデヴァーに見えているようだ。かなりヤバい様子だった。

 そんなヴィランが妹紅を踏み潰そうと動き始める。10メートル以上の瓦礫の巨体。その質量は片足だけでも凄まじいだろう。しかし、彼が足を上げようとした時には妹紅は既に空を飛んでいた。

 

「エンデヴァー!降りてこ…ぎゃああああ!?」

 

 妹紅はヴィランの攻撃が届かない上空から炎を放射する。顔という弱点丸出しのヴィランはこんがりと焼かれて僅か数秒で失神した。

 

「そりゃ飛行能力も遠距離攻撃もないヴィランが、空飛べて炎も放てるもこたんに勝てる訳ないでしょ!」

 

 バーニンがケラケラと笑いながら言う。個性の相性差の段階で戦う前から妹紅の勝利は確定しており、残りは如何に周囲への被害を減らせるかという戦闘だったのだ。そして今回の被害はヴィランの待ち伏せ奇襲によって破壊された空き家が一軒のみ。人的被害はゼロだった。

 

「纏っていた瓦礫を投げるくらいはしてくると思って警戒していましたが、やろうともしなかったですね」

 

「完全に頭イッてたからね!それにブースト剤で増幅された個性に慣れていないせいで戦い方が大雑把だったし!ブースト剤でパワーアップされて怖い個性は、炎とか電気みたいなブッパされるだけで周囲に被害が出るタイプの発動型個性だと思うよ!」

 

 バーニンの言葉に妹紅も頷く。特にここ最近は違法なブースト剤が闇ルートで多く出回っているのだという。

 更に、大阪ではインターン中の雄英生(サンイーター)に“一時的に個性を破壊するクスリ”が使用されたという報告もあり、各ヒーロー事務所にも注意喚起がなされていた。特に自傷行為どころか自爆すら躊躇しない妹紅に対しては、相澤からもエンデヴァーからも一際の用心を促されていたのだった。

 

「警察が来たな。コイツを引き渡したら再びパトロールを…む、俺のインカムに個別連絡か」

 

 パトカーがサイレンを鳴らして近付いてくる。意識を失い捕縛されたヴィランを彼らに渡そうと待機していると、事務所からエンデヴァーのインカムに連絡があった。

 

「俺だ。何のようだ。――なに?またか?分かった。すぐに向かおう」

 

「エンデヴァーさん。もしかして…」

 

「ああ、そうだ」

 

 内容を聞いてエンデヴァーは顔を顰めながらも頷いた。その様子を見てサイドキックたちも察する。妹紅が一体何事かと首を傾げていると、エンデヴァーが説明してくれた。

 

「俺の管轄内で焼死体が発見されたそうだ。今月に入ってこれで四件目だ。今から現場へ向かう」

 

「了解です。あー…ですが、もこたんはどうしましょうか?殺人(コロシ)の現場は初めてだろうし、最初に見るのが焼死体ってのは彼女の個性的にも少々…」

 

 エンデヴァーの言葉にオニマーが歯切れの悪そうに答えた。

 神野区の悪夢では大勢の死傷者が出たが、妹紅は死体そのものを見た訳ではない。己の肉片や臓物は数え切れない程に見てきた妹紅だが、他者は初めてなのだ。更に、焼死体というのも良くなかった。“己の個性で他人がこうなる可能性もある”というのは、少なからず精神的なストレスがかかってしまう。

 しかし、それはエンデヴァーも承知の上だった。

 

「無論、藤原も連れて行く。こういった現場もいつかは経験しなければならないことだ。だが、藤原が嫌だというならば無理強いはせん。自分で決めろ」

 

 エンデヴァーは試すような視線で妹紅を見た。だが、妹紅も覚悟を決めてインターンに来ている。こうまで言われておめおめと引き下がる気は一切なかった。

 

「もちろん同行します。これも必要な経験ですから」

 

「良く言った。行くぞ、お前たち!」

 

 先ほどのヴィランを警察に引き渡し、彼らに焼殺事件の事情を説明すると現場までパトカーで送り届けてくれることになった。妹紅たちは2台に別れてパトカーに乗り込み、サイレンを鳴らしながら目的地に急行する。妹紅たちが事件現場に到着した時には既にヒーローや警察が集まって路地の出入り口に規制線を張っていた。どうやら事件現場は路地裏のようだ。

 そして現場の手前には見慣れた刑事の姿もあった。

 

「塚内、またお前か。よほど警察は人手不足のようだな」

 

「今回は僕も急に呼ばれたんだ。その意味を分かって欲しいね、エンデヴァー」

 

「…まさかッ!?」

 

 警察への皮肉なのか塚内への賞賛なのか分からない言い方でエンデヴァーが冷やかすと、彼は静かに首を横に振って言う。その反応にエンデヴァーも察した。

 

「一連の焼殺事件。今回、初めて目撃情報があった。目撃者は犯人の姿を見ていないものの“青い炎を見た”そうだ」

 

「青い炎だと!ならば犯人はヴィラン連合の荼毘か!?」

 

 合宿襲撃時において荼毘は相澤と交戦しており、その個性情報は既にヒーローや警察に共有されていた。彼の個性の特徴は蒼炎であることだ。炎系の個性は一般でもメジャーな個性であるため、こういった特徴は捜査を進める上で重要な手掛かりになるのである。

 

「可能性は高いが確定ではない。たとえばガスコンロの火が青いように、炎の色は人為的に変えられるから単にそういう火炎放射器を使った可能性もある。だから調査に来たんだ。…彼女にも現場を見せるのかい?」

 

 塚内はエンデヴァーにそう答え、そして妹紅の方をチラリと見た。

 彼は先に現場を確認している。つまり、今回の事件で残された惨状を理解していた。それを妹紅に見せるのに塚内は抵抗があったのである。

 

「いずれは通らねばならん道だ。本人の意思も確認している」

 

「…そうか。分かったよ、案内しよう。こっちだ」

 

 しかし、妹紅の成長を妨げることは塚内にも出来ない。感情論を抜けばエンデヴァーの言うことの方が正しいのである。塚内は刑事として理解を示して焼殺現場へと案内することにした。

 

「近いな」

 

「……」

 

 オニマーの呟きに妹紅も無言で頷いた。路地裏には悪臭が漂っている。奥へと歩を進める度に肉の焦げた臭いと便臭が強くなっていくのだ。死亡直後の筋肉の弛緩中に尿や便・胃液が垂れ流されていくので、死亡現場に悪臭が付きものであることは妹紅も理解していた。

 しかし、慣れていない人間にはこの臭いがかなりキツい。現に、通路の途中で若い警官が酷い顔色をして口元を手で押さえていた。配属されたばかりの新人警官なのだろう。そんな彼に向けて先輩警官が『今回の現場は腐乱臭が無い分まだマシな方だぞ』という地獄のようなアドバイスを送っていた。警察もヒーローも新人は試練の連続なのかもしれない。

 

「ここだ」

 

「ふむ、今回の遺体も表皮は完全に炭化しているな」

 

 現場には5人分の焼死体があった。それを警察の鑑識官が捜査しているが、大体の記録は取ったそうだ。この後、遺体は警察署へ送られて検視官によって検視が行われるだろう。

 エンデヴァーは早速遺体に近付いて観察し始めた。だが、妹紅は動けない。初めて人間の死体を前にしたことで足が竦んでしまっていた。己の死が身近にあったからこそ、他人の死がより恐ろしく感じたのである。

 そんな妹紅の背をバーニンが優しく撫でた。

 

「もこたん、大丈夫?」

 

「…大丈夫です」

 

「ん、そっか」

 

 会話は素っ気ないもののバーニンは妹紅の背を撫で続けていた。妹紅はアルビノで色素が薄く化粧などもしていないため顔色が直で反映される。妹紅本人は気付いていないが、他人が彼女の顔を見れば血の気が引いていることに一目で気付くだろう。

 塚内も一瞬心配そうな視線で妹紅を見たが、すぐに思考を切り換えた。なにも保護者ぶるために案内した訳ではない。彼も刑事としての己の仕事を全うしなければならないのだ。

 

「どうかな、エンデヴァー。炎の専門家としての見解は」

 

「これまでの焼殺事件と同じく燃料臭やガス臭は無い。やはり個性の可能性が高いな。遺体は地面と接していた部位までも炭化している。つまり立った状態で炎に呑み込まれ、地面に倒れ込むまでの僅かな間に炭化するほど焼かれたということだ。かなりの火力だろう。そして他所に延焼していないということは制御能力も高い。相当に個性を鍛えているな。少なくとも一連の焼殺事件は同一犯の仕業であることは間違いない」

 

 鑑識の手を借りてエンデヴァーは死体の隅々まで観察する。時には鼻を近づけて匂いを嗅いで、警察とは違うヒーローとしての観点から状況を判断していた。

 死因は焼死。正確には表皮の焼損によるショック死である。遺体の顔は激しい苦痛に歪んだ表情を残して黒い炭と化していた。眼球が蒸発してがらんどうとなった眼孔を見ていると引き摺り込まれそうな苦しみを感じる。

 そんな妹紅に塚内が話しかけた。

 

「もこたん。たしか荼毘はヒーロー殺しの思想に染まっていた。そうだったね?」

 

「あっ、はい…。連合の中で最もヒーロー殺しに固執していました。狂信と思えるほどに」

 

 妹紅は現実に引き戻されたかのように顔を上げた。そして荼毘のことを思い出して答える。

 確かにあの男は容赦無く人を焼き殺すことが出来る思想を持っていた。その根底にはヒーロー殺しステインが強くあるのだと妹紅は彼と対話して思ったものである。

 

「被害者はいずれも路地裏で(たむろ)しているような不良たちだ。かつてヒーロー殺しステインはヴィランを殺害するヴィジランテ『断罪者スタンダール』だった可能性が高い。荼毘はどこかでそのことを知り、模倣犯罪を繰り返しているのかもしれないな」

 

「ふん、いずれにしても俺の管轄内で焼殺事件を繰り返すなど挑発しているとしか思えん。奴を見つけ次第、俺が本物の極炎というものを叩き込んでやる!」

 

 焼殺事件は既に四件目。その全てがエンデヴァーの管轄内での発生している。

 管轄内をほぼ完璧に把握しているエンデヴァーの隙を突いて、このような事件を起こしているのである。荼毘はよほど彼のことを調べ尽くしているのだろう。そして嘲笑うかの如く犯行に及んでいる。それがエンデヴァーには腹立たしかった。

 

「エンデヴァーの意気込みは分かった。しかし、警察としてはもこたんのインターン一時中断を提言するよ。恐らく、公安も同意見のはずだ」

 

「ぐぬ…。やはりそうなるか」

 

 塚内にそう言われてエンデヴァーは苦虫を噛み潰したような表情をした。

 犯行の目的は不明である。インターン中の妹紅を狙っているのか、それともエンデヴァーを狙っているのか。もしくはもっと別の目的があるのか。いずれにしても、ちょっかいをかけてくる犯人がヴィラン連合の荼毘である可能性が高い以上、妹紅がインターンを続けるのは難しいという判断だった。

 

「とは言っても一時的なものになると思う。公安も将来を見据えて彼女には経験を積ませたがっているからね。僕の方も他の案件が片付くまで動きがとれなくなるだろうから、ある程度落ち着くまで雄英に居てくれるとありがたい」

 

 加えて各地では連合の影が確認されていた。たとえば、サー・ナイトアイ事務所が携わっている死穢八斎會案件では連合と抗争した跡が発見されているという。

 更に極秘情報だが、とある山間部で黒霧の目撃情報が得られていた。塚内はこれからグラントリノと共に捜査に乗り出し、出来ることならば彼を逮捕するつもりである。それらの準備を整えなければならなかった。

 

「なんだ貴様、また仕事を抱えたのか。そのうち過労死するぞ」

 

「ははは、君に心配されるとは思ってなかったよ。まぁ事件が落ち着いたらゆっくり休暇でも取るさ。では、僕はこれで失礼する。またね、もこたん」

 

 エンデヴァーの皮肉も塚内は軽く笑って流した後に、そう言い残して帰って行った。

 妹紅も最期に遺体に手を合わせて黙祷し、エンデヴァーたちと共に路地裏を出た。やはり新鮮な空気を吸えるとホッとする。顔色も戻ったようだった。

 

「時間も頃合いだ。事務所に戻るぞ。藤原、初めて人の焼死体を見たことで精神も疲労していることだろう。インターン中断は丁度良かったやもしれん。しばらくは雄英で心身を休めるがいい」

 

 エンデヴァーは妹紅に向けて言った。凄惨な現場は精神に強いストレスがかかる。数をこなせば次第に慣れていくのだが、無理をすると精神を病むこともある。そういう点では今回のインターン中断は不本意ながらもタイミングが良かったと言えるだろう。

 

「だが!インターンが再開した時はビシバシしごいてやる!覚悟しておけ!」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 エンデヴァーが腕を組みながらそう気合いを入れると、妹紅もやる気充分に答えた。

 現場で学ぶことはまだまだ多い。再びインターンに行けることを願いつつ、妹紅は帰路に着くのであった。

 

*1
力の限りを尽くして学業や仕事に励むこと




 妹紅は死穢八斎會には関わりませんでした。そしてインターンも一時中断。
 その数日後、緑谷たちが死穢八斎會の本拠地に突入。オーバーホールを逮捕するもナイトアイの殉職とヴィラン連合の活動再開を受けて、雄英1年のインターンは全員様子見状態へと移行します(この辺りは原作通り)。
 次話からは文化祭編です。

塚内警部
 緑谷たちの死穢八斉會突入の同日、塚内警部はグラントリノと共に黒霧確保に向かいます。確保には成功しますが、その後ギガントマキアにボロボロにされます。しかし、主目的である黒霧確保を達成し、ギガントマキアという脅威を発見するという成果を収めた訳なのでメチャクチャ優秀な刑事だと思います。

荼毘「エンデヴァーに嫌がらせするの楽しいなぁ!」
 原作では各地で焼死体を作りまくっていた荼毘ですが、このSSではエンデヴァーの管轄内で殺しまくっています。オーバーホールの護送車襲撃まではずっとこんな感じですね。
 ステインの前身である『断罪者スタンダール』のことは知らないので別に彼の真似しているわけではなく、エンデヴァーへの嫌がらせの下準備をしているだけです。
 

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