もこたんのヒーローアカデミア   作:ウォールナッツ

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もこたんのヒーローインターン前編

 インターン活動の話が出た雄英1年ヒーロー科。

 今までの経緯からインターンを否定する声が職員会議では多かった。しかし、そんな保護方針では強いヒーローが育たないという意見もあり、方針として『実績の多いヒーロー事務所に限り1年生のインターン実施を許可する』という結論に至った。

 妹紅の場合、エンデヴァー事務所がそれに当たるだろう。というよりも、彼以上に実績を上げている現役ヒーローは存在しないため当然とも言えた。

 妹紅以外では、緑谷が通形の紹介でサー・ナイトアイ事務所。切島が天喰の紹介でファットガム事務所。麗日と蛙吹が波動の紹介でリューキュウ事務所。常闇が職場体験の縁でホークス事務所に行っている。

 3年生たちは有言実行といった様子で、早速1年生の力になってくれたのだ。しかし、A組全員分を紹介するのは流石に不可能だったようで、上記のクラスメイト以外は受け入れ先が見当たらずインターンは叶わなかった(そもそも、学校との両立を考慮してインターンを見送った者も多かった)。

 

 そういう訳で妹紅はエンデヴァー事務所に赴いていた。ここまでの移動は炎翼である。公共交通機関を使用したり車で送り迎えされるよりも、炎翼で空高くを1人移動する方が圧倒的に安全であり、いざという時は全力で戦えるということで許可が下りたのだ。仮免を取得して『未成年の一般人』という枠組みから脱したことも大きいであろう。

 無論、妹紅の位置情報が常に把握出来る様に発信機を所持した上での取り決めであり、後押ししてくれた根津が警察やヒーロー公安委員会からの許可も取ってくれたのだった。

 

 

「エンデヴァー先生。今日からヒーローインターンのご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」

 

「…うむ」

 

「…?」

 

 妹紅は深々と頭を下げて挨拶する。しかし、エンデヴァーは浮かない様子であった。轟が仮免試験に落ちてしまったことに落胆しているのだろうかと妹紅は思ったが、どうやらそういうことでもないらしい。

 疑問に思っていると、彼は顔に影を落としたまま妹紅に尋ねてきた。

 

「藤原。インターン先のヒーローは…本当に俺で良かったのか?」

 

「はぁ、それはまぁ」

 

 質問の真意が分からず妹紅は曖昧に頷く。すると、エンデヴァーは俯きながら囁くような声を絞り出した。

 

「お前とワーハクタクの姿を見て、俺は……。俺は家族を…」

 

「……」

 

 エンデヴァーには妹紅と慧音の関係が眩し過ぎた。過去の己の行いには後悔しかない。故に許されずとも良い、ただ家族に償いたい。そういう感情が妹紅を前にして溢れてしまったようだった。

 そのことに気付いた妹紅はエンデヴァーの繊細な想いに触れることはせずに、あえて静かに黙していた。彼に必要なのは言葉ではなく心を整理する時間なのではないか。そう思ったからだ。

 そのため、しばらく間をおいてから妹紅は別の話題で声をかけた。

 

「あの…、このインターンで経験したことは仮免不合格で来られない轟やクラスメイトたちにも伝えようと思っているのですが、良いですか?」

 

「焦凍…?焦凍に?そうか…。うむ、そうだな…!」

 

 轟の名前は効果抜群だったようで、そう尋ねるとエンデヴァーは瞬く間に元の気迫を取り戻していく。そして、彼はいつもの様子で妹紅に応えた。

 

「よし、藤原!機密情報以外の伝達を許可しよう!それと焦凍に携帯メッセージの既読スルーは止めろとも伝えておけ!」

 

(スルーされてるのか…。流石に哀れだな…)

 

 妹紅は少々不憫に思いながらも頷いた。轟をダシにしてしまったが、情報共有の許可が取れたので一安心である。現場の経験は貴重なので雄英に戻ったら皆こぞって聞きたがるだろう。そのついでに轟へと一声かけておけば義理は果たせる筈であると妹紅は思った。

 因みにその後。妹紅経由の忠告を受けたことで轟は既読スルーではなく未読スルーをするようになってしまい、エンデヴァーが更なる悲観に暮れてしまうことを妹紅はまだ知らないのであった。

 

 

 

 

「お、来たね!もこたん!」

 

「バーニンさん、お久しぶりです」

 

 エンデヴァーへの挨拶を終えて彼の部屋から出ると、サイドキックたちが妹紅を出迎えてくれた。職場体験の際に世話になっているため既に全員顔見知りである。特にバーニンは大歓迎といった様子で勝ち気な笑みを浮かべつつ妹紅を受け入れてくれた。

 

「神野ではどうなるかと心配したが…、とにかく無事で良かった」

 

「エンデヴァーさんのサポートで俺たちも現場入りしていたんだ。だが、中級脳無の相手ばかりで力になってやれなかった…。すまなかったな、もこたん」

 

 次に声をかけてくれたのは職場体験でも特に世話になったキドウとオニマーだ。

 2人は神野区でもエンデヴァーの補佐として参戦しており、中級脳無を捕縛するという仕事を成していた。彼らはその程度だったと己を卑下しているが、その活躍がなければ現場へのエンデヴァー到着は間違いなく遅れていた訳であり、その場合は服が燃え尽きてしまった妹紅の姿が全国に放送されてしまっていただろう。妹紅も本人たちも一切誰も知らないところで、彼らは間接的に彼女を救っていたのだった。

 

「キドウさん、オニマーさん…。いえ、皆さんのおかげで私も爆豪も無事に家へ帰ることができました。ありがとうございました」

 

「くぅ!良い子!」

 

 礼儀正しく感謝を伝える妹紅を見て、涙は流さないまでも目頭を押さえるポーズをバーニンは取っている。

 そんな感じで事務所の面々たちとの再会を喜んでいると、社長室から出て来たエンデヴァーが彼らの前に立った。上司の様子を察してサイドキックの面々は速やかに整列する。妹紅も同じように並んだ。

 

「事前に説明していた通り、これから週末の日程で藤原がヒーローインターンを行うことになった。しばらくしたらショートもインターンに来るようになるだろう。我々は当面の間、一般業務とインターン生の教育に奔走することになる。オールマイトの引退も重なり、激務となることは想像に難くない」

 

 No.1ヒーローの引退、つまり神野区の悪夢から1ヶ月弱が経つ。社会にとって平和の象徴の喪失は大きく、現在の犯罪発生率は例年の3%増し(6%→9%)とも言われていた。

 ほんの僅かだがヒーロー社会が崩壊していく音が聞こえてくる。その崩壊を食い止める責務をエンデヴァーは強く感じていた。

 

「だからこそ我がエンデヴァー事務所ではインターン生の教育に力を入れることにする!ショートも藤原も戦闘力は申し分ない。後は経験さえ補えば大きな戦力として組み込むことが出来るだろう。藤原、一つも残さず覚えていけ!そして余さずショートへ伝えるのだ!」

 

「はい、エンデヴァー先生」

 

 妹紅が返事をするとエンデヴァーは満足げに頷いた。改心した彼の思考の中には既に轟と妹紅を個性婚させる計画など残っていないが、“2人の仲は良いのだから、その内くっつくだろう”と勝手に思っていた。

 しかしながら、妹紅と轟の関係は友人としてのものであり、そういう関係性は微塵も無く予定も無い。エンデヴァーのなんとも見事な早とちりだった。

 

「それでは各々行動を開始しろ!藤原は俺についてこい!」

 

 エンデヴァーに追従するのはバーニン、キドウ、オニマーの3人だ。そこに妹紅が加わりチームで動くことになった。職場体験の際は『お客様』扱いだったが、インターンともなれば学生でもサイドキック(プロ)と同列に扱われる。もちろん、学生とはいえ就労であるため相応の給料も支払われるのだ。

 つまり今日は、仮とはいえ妹紅がプロヒーローとして社会にデビューする記念すべき日なのであった。

 

「ていうかエンデヴァーさん。そろそろヒーロー名の『もこたん』呼びに慣れないと、先延ばしにすると余計に呼び辛くなっていきますよ」

 

「ま、まだ仮免の身だろうが!ヒーロー名はまだ早い!それより俺たちも行くぞ!今日はパトロールではなく警察と連携して事件を解決していく!出動だ!」

 

(あぁ、コレどんどん先延ばしにするヤツだ…)

 

 オニマーがアドバイスするも、エンデヴァーは苦しい言い訳をして顔を背けていた。相変わらず妹紅のヒーロー名に恥ずかしがっているようである。

 そんなこんなで妹紅のインターン初日が始まるのであった。

 

 

 

一件目、麻薬密売人の確保要請。

 

容疑者(ホシ)はヴィランとしての前科(マエ)もある麻薬密売人(バイニン)。自身も重度の覚醒剤中毒者(シャブ中)で、家宅捜索(ガサ入れ)の際に激しく抵抗する可能性あり。個性は『ブレード』。肘から先の腕を刃に変えることができるそうだ。気をつけてくれ」

 

 警察が所有する覆面ワンボックスカー。現場へと移動しつつ、車の中でエンデヴァーや妹紅たちは受け取った資料に目を通しつつベテラン風の年配刑事から説明を受けていた。

 警察官は個性の使用が原則禁止されている。その為、危険な容疑者を逮捕するときはヒーローと連携することが多いのだ。反対に、ヒーローは現行犯逮捕以外の逮捕権限を持たない。故に、ヒーローが単独で事件を解決することも出来ないのである。

 

「分かった。容疑者は家の中か?」

 

「ああ、確認済みだ。捜査礼状(フダ)も出ている。相手が捜索を拒否したり、逃げようとした場合は扉を破壊して取り押さえることも可能だ」

 

 容疑者の住むアパート近くまで来ると、車で周囲をグルッと一回りする。現場の目視である。その状況からエンデヴァーはサイドキックたちに指示を出した。

 

「その際は俺が扉を焼き切ろう。ベランダから逃走を図る可能性もある。キドウとオニマーは裏に回れ。バーニンと藤原は俺の後ろに控えろ」

 

「了解です」

 

 エンデヴァーたちは車から降りると、姿を見られて騒ぎが起こる前にすぐさま目的地まで移動する。他の車両で来ていた私服警官たちも既に集まっており、家宅捜査の準備は完全に整っていた。

 ただ、妹紅が同行しているためか若い警官たちが僅かに浮かれているようだ。担当のベテラン刑事が彼らをジロリと睨みつけて無言で彼らを窘めていた。

 

「始まるよ。もこたん、心の準備は?」

 

「…いつでも大丈夫です」

 

 バーニンが勝ち気な笑みを浮かべつつ妹紅の妹紅の肩を叩いた。

 警察はこの日の為に綿密な捜査を行っている。自分たちヒーローがミスをしてしまうと彼らの苦労が水の泡になってしまうのだ。そういう意味ではパトロール時にヴィランを相手にする時とはまた違う緊張感があった。

 

「よし、いくぞ」

 

 担当刑事がインターホンを鳴らす。数回鳴らしてようやく容疑者の男が玄関の扉を開けた。しかし、他人に警戒しているのかドアチェーンをかけている。刑事は開いた扉の隙間に靴を差し込み閉められないようにすると、容疑者を確認しながら声をかけた。

 

「○○さん?ウチらね、警察とヒーロー。なんで来たか分かるね?」

 

「ッ!?」

 

 警察手帳を見せる刑事とその後ろに控えるエンデヴァーの姿を視認して、容疑者の男は目を大きく見開く。そして、転がるようにして踵を返した。どう足掻いても玄関から逃走するのは無理だ。ベランダからでも逃げるつもりなのだろう。

 しかし、次の瞬間にはエンデヴァーがドアチェーンを焼き切り、速やかに扉を広げて突入していた。そして1秒も経たずして容疑者の男はエンデヴァーに取り押さえられる。妹紅が部屋を覗き込んだ時には、既に男は腕を締め上げられて個性も使えず床に押さえつけられていた。

 

「あーらら、私たちの出番なかったね」

 

 バーニンにそう声をかけられて妹紅は頷く。突入時の立ち位置、タイミング、スピード。エンデヴァーはその全てが完璧だった。正しくお手本とすべき動き。妹紅はその動きを脳内で何度も反復して覚えた。雄英に戻ったら訓練室で己の身体能力を加味しながら真似するのである。無論、クラスメイトたちと一緒に、だ。

 

「警察への提出書類はコレ。ヒーロー本人、もしくは現場に居たサイドキックが状況を記載して、ここに署名。後は帰って事務所の事務員に渡せば残りのことはやってくれる」

 

「なるほど」

 

「次だ。行くぞ」

 

 サイドキックたちから報告書の書き方を習いつつ、事後処理を警察に任せて妹紅たちは次の現場へと向かうのであった。

 

 

 

二件目、特殊詐欺犯罪指示役の男の確保要請。

 

「振込詐欺で捕まった犯人が口を割り、指示役である主犯が判明しました。社員6名の自称経営コンサルタント会社、そこの社長を名乗る男です。なお、この会社に経営実態はありません。逮捕状が出ているのは社長の男だけですが、構成員も任意同行で署に連行して事情聴取した後に逮捕へ切り換えます。任意同行を拒否すればそれを理由に『逃走もしくは証拠隠滅の可能性がある』として逮捕状を請求出来ますので、それまで逃がさないようにお願いします」

 

 場所を変えて、とあるオフィスビルの貸し会議室。エンデヴァーたちの前で今度はエリート然とした若い刑事が状況を説明していた。妹紅も現場状況や相手の顔・名前・個性などを暗記していく。

 それにしてもヒーローは覚える事が多い。法律はもちろんのこと、こういった内容も短時間で覚えなければならないのだ。忘れてしまえばその分だけ現場で被害が出てしまう可能性は高くなり、それはプロとして許されることではない。

 故に、雄英高校が実力だけでなく勉学にも重きを置くのも当然であり、国内最高峰たる所以だった。無論、そんな雄英でも平均以上の成績を持つ妹紅は、何の苦もなく頭に情報をインプットしていた。

 

「ヒーローに要請を出したということは警察だけでは抵抗する可能性が高いということだな?」

 

「ええ。残念ですが警察は舐められていますので、我々だけでは恐らく…。なので貴方が来てくれて助かりましたエンデヴァー。任意同行を断る気が湧かないくらい威圧して下さい。強く抵抗してきた場合は公務執行妨害で現行犯逮捕もいけますので、そちらも合わせてお願いします」

 

「ふん、任せておけ」

 

 警察は世間から『ヴィラン受取係』と揶揄されており、ヒーローと比べると下に見られることが多かった。そのため彼らは近場のエンデヴァー事務所に応援を要請したのだろう。サイドキックではなくエンデヴァーが直々にやって来たのは嬉しい誤算だったはずだ。

 

「現場はタワーマンションの上階だ。キドウ、藤原を連れて上空で待機しろ」

 

「はい、エンデヴァーさん」

 

 今度は妹紅にもお呼びがかかった。炎翼で飛ぶ妹紅と共に上空で待機するキドウの個性は『軌道』。物体の軌道を変えられる個性なので、自身の落下の軌道を上に変えることで空を飛ぶことも出来た。

 そのまま妹紅たちは現場マンションの部屋からは見えない上空で様子を窺う。容疑者たちに飛行個性持ちはいないが、高層マンションには火災対策に避難階段が備え付けられている。そこを逃走経路に選ぶ可能性は高いし、危険だが雨どいを伝って降りて逃げようとする者もいるかもしれない。そういった逃走を図る連中を安全かつ速やかに取り押さえるのが上空待機班の役目であった。

 

「準備はよろしいですね。では、始めます」

 

 担当刑事が一室のインターホンを押す。その様子はインカムで妹紅たちにも聞こえていた。

 しかし、数回のチャイムでは室内の反応はなく、直接扉をノックしながら名前を呼んでも出て来ない。苛立ち始めたエンデヴァーが玄関の扉を焼き切ろうとした時、ようやくドスドスという歩音が聞こえて扉が勢いよく開いた。

 

「うっさいわボケ!誰やお前!」

 

 容疑者である社長ではない。構成員の1人であるタトゥーを入れた恰幅の良い男が出て来ると、担当刑事に凄味をきかせた。見た目と言葉の威圧。恐らくこの男は詐欺グループ内でそういう役割を担っているのだろう。詐欺被害者の中にはこういった輩に脅されて、警察に相談できず泣き寝入りせざるを得なかった者も居るはずだ。

 しかし、当然ながらこの程度で怖じ気づく者はヒーローどころか警察の中にも存在しないのである。

 

「警察です。△△さんは中に居ますね?礼状が出ています。上がらせてもらいますよ」

 

「あぁ!?警察やと!おうコラ、ポリ如きがナメとるんか!…げェ!?エンデヴァー!?」

 

 警察だと言われたタトゥー男が更に大きく声を荒げた。この声で部屋内の仲間に警告しているのだ。残りの仲間たちは急いで詐欺のデータを消して証拠を隠滅しようとするだろう。

 当然、そうはさせじと刑事たちも直ぐさま部屋に踏み込む。タトゥー男はそれを妨害しようと玄関で立ち塞がったが、エンデヴァーを見ると一瞬で戦意喪失して腰からへたり込んだ。彼はプロヒーローの中で最も容赦がない。その過剰な対応はたびたび報道されて問題視されているが、エンデヴァーは反省する素振りすらも見せない。そのせいで『ヴィランっぽい見た目のヒーローランキング』で1位になってしまったほどだ。

 つまり、よほど根性の入ったヴィランか馬鹿でもなければエンデヴァーの前で意地は張れないのである。

 

「――了解。社長の男は大人しく逮捕された。他の連中も任意同行に応じたそうだ。まぁ、エンデヴァーさんにあの顔で睨まれたら拒否するのは難しいぜ。よし、俺たちも下に降りて皆と合流しよう」

 

 キドウに言われて妹紅も頷く。またも活躍はなかったが、それは予定通りに事件が解決したという意味でもあるから喜ばしいことだ。

 そうして午前中の仕事は終わった。一度事務所に戻り、事務へと報告書を提出してから昼食を取る。それからすぐに午後の仕事の為に移動するのだった。

 

 

 

三件目、指定ヴィラン団体構成員検挙の応援要請。

 

「エンデヴァー、よく来てくれた。もこたんはエンデヴァー事務所でインターンだね。活躍を期待しているよ」

 

「お久しぶりです、塚内警部。玉川刑事も」

 

 とある警察署の会議室。妹紅たちがその会議室へ入ると、10名程度の見知らぬプロヒーローとそれ以上の数の警察官。そして顔見知りの刑事である塚内と玉川までも居た。

 妹紅が彼らと会うのは神野区の悪夢以来だ。事件後に拉致された時の状況など覚えている限りを丸一日以上かけて事細かに伝えている。その間柄で随分と距離が近くなったのだ。特に『猫』の異形型個性の玉川とは手を振ると相手も手を振り返して挨拶をしてくれるほどの仲になっていた。

 一方で、エンデヴァーは今回の担当刑事が塚内だと知ると、眉を顰めていた。

 

「担当はお前か、塚内。ヴィラン連合に関する事件ではないのだろうな?藤原は連合案件には関わらせられんぞ」

 

「もちろん違う。一から状況を説明しよう。彼女と爆豪君が拉致されたあの事件、我々警察は日本各地で捜索活動を行った。その際、連合に関係無いヴィラン組織の情報も幾つか得ていたんだ。神野区の騒動で捜査に手を着けるのが遅れてしまったが、だからといって見逃す訳にはいかない。今は連合の足取りを追っている最中ではあるが、潰せるモノは早めに潰す。そういうことさ」

 

 塚内はヴィラン連合の捜査を一任されるほど優秀な刑事だ。そして優秀だからこそ多くの仕事を任されている。この案件もその一つだ。彼としてはさっさと片付けてしまいたい仕事に違いない。

 

「皆、資料を見てくれ。それを元に説明する。今回検挙する者たちは暴走族上がりの犯罪組織。いわゆる半グレ集団だ。容疑は強盗、詐欺、恐喝、売春斡旋、脱法薬物の販売。更には個性を使用した集団暴行事件を起こしていることが分かり、警察は彼ら全員に対してヴィラン指定を行った」

 

 エンデヴァーや妹紅たちも用意された席に座り、資料に目を通しながら塚内の説明を聞く。

 ヴィランに指定されたから逮捕する訳ではなく、犯罪組織をスムーズに刈り取る為にヴィラン指定したのだろう。まずは個性違法行使の罪でヴィランとして早々に逮捕して、拘留中に他の容疑を固めていき再逮捕するという流れになるのだと塚内は説明した。

 

「名指しで呼ばれたからわざわざ来てやったが…。俺を呼ぶ必要あったのか?ただのチンピラ共の集まりではないか」

 

 資料の確認を済ませたエンデヴァーが不機嫌顔で疑問の声を投げかけた。今日の午前に解決した二件は事務所そのものに来た依頼であり、普段ならサイドキックに任せる程度の案件だ。それをエンデヴァー本人が請け負ったのは、妹紅たちにパトロールとは違った経験を積ませる為だったからだ(本来は轟も来る予定だったが、彼は仮免試験に落ちてしまった)。

 なので、エンデヴァー本人へと依頼が来た今回の案件。それほどの難易度だと思って意気込んでいたのだが、蓋を開けてみればヴィラン成り立てのチンピラが相手だという。この程度ならサイドキックたちでも問題無く解決出来ただろう。そのように尋ねると塚内は生真面目に答えた。

 

「だが、数は多い。構成員は30人近く居るし、中にはそれなりに強い個性を持っている者もいる。組織が更に大きくなる前に確実に一網打尽にしたいんだよ、エンデヴァー。奴等が集会を始めるタイミングまで時間はまだあるから、その間に構成員の個性を把握しておいてくれ」

 

 彼らは定期的に集会を行っているらしい。その辺りは元暴走族としての規律が息づいているのだろう。しかし、捕まえる側からしてみればありがたい話だ。事前の捜査によると今日の夕方から集会が始まるらしく、その現場を確実に押さえるとのことだった。

 集められた近隣のプロヒーローたちも資料を読みながら頷いていた。

 

「30人かぁ。俺たち1人につき、3人がノルマってところか」

 

「エンデヴァーとそのサイドキックたちなら10人以上やれるだろ。俺たちは1人か2人くらいやれば充分じゃね?」

 

「ふん…。どうだ、藤原。いけるか?」

 

 彼らの程度の低い話を聞いてエンデヴァーは鼻を鳴らす。プロヒーローとしての熱意も実力も平均以下の者たちだ。このレベルのヒーローしか集まらなかったから塚内はエンデヴァー本人に依頼したのではないだろうかと疑ってしまうほどだ。

 故に、エンデヴァーは妹紅に声をかけた。現場の空気感は午前中に学んだはずである。そろそろ実戦の頃合いだ。妹紅も一切の迷いなく答えてみせた。

 

「問題ありません」

 

「よし、先手は藤原に任せる。全て制圧しろ。我々はそのフォローに回る」

 

「全て…!?本気かエンデヴァー、彼女はインターンの初日だぞ?」

 

 エンデヴァーの鶴の一声に会議室中がざわめく。数十人規模のヴィラン確保をインターン初日の学生に任せるなど前代未聞である。驚いていないのは妹紅とエンデヴァー以外にサイドキックたちだけ。妹紅の正確な実力を知っている彼らは一切の心配をしていなかった。

 

「今の藤原に雑魚の1人や2人を相手にさせたところで糧となるような経験値は得られん。今の内に対多数を経験させる。まぁ、雄英のUSJ襲撃の際にも経験したらしいがな」

 

「USJのことはもちろん僕も知っているが…」

 

 塚内は当初からヴィラン連合の担当だ。妹紅がUSJの火災ゾーンで大勢のヴィランたちを倒したことも知っている。

 しかし、それでもやはり心配してしまう。彼女はつい最近まで保護対象であり、警察として命を懸けて守るべき相手だった。それを幾ら強いからといって“仮免を取ってインターンに来たから直ぐさま現場へ突入させよう!”という気持ちには中々なれないのだ。先ほどは確かに『活躍を期待している』とは言ったが、そういうことではないのである。

 

 しかし結局、妹紅も俄然乗り気なのでエンデヴァーの案で押し切られる形になった。そして時間が経過する。

 ヴィランたちは所有しているナイトクラブ店で集会を行うとのことなので、ヒーローたちはそのタイミングまで待機した。それから彼らが揃い集会が始まったことを確認して、素早く周囲の包囲を開始。

 それら全ての準備が整ったら、ついに妹紅の出番である。見張りすらいないクラブの扉まで忍び寄り――炎を込めた足で思いっきり扉を蹴り飛ばした。蝶番や鍵は炎の熱で焼き切れ、扉は派手に吹っ飛ぶ。そのままの勢いで妹紅が突入すると、その後ろにエンデヴァーや警察、その他ヒーローたちが続いた。

 なお、バーニンらサイドキックたちは逃走を防ぐ為に別経路で待機中である。

 

「うおッ!?」

 

「な、何だ!?」

 

 破壊された扉の轟音にヴィランたちは飛び上がって驚いた。そんな混乱している所に妹紅たちは踏み込んでいく。そして妹紅は堂々とした態度で叫んだ。

 

「動くな!お前たちはヒーローと警察に包囲されている!逃げたり抵抗したりせずに大人しく投降しろ!」

 

 最初で最後の警告である。これに従わない者は武力を以て制圧されることになる。

 また、警察もヒーローたちの後ろで拳銃を抜いて構えていた。弾は弱装のゴム弾であるが、身体に当たれば骨折するレベルの威力がある。警察など威嚇射撃しかできないと思っているヴィランはゴム弾で滅多撃ち(・・)にされるだろう。

 

「ふ、藤原妹紅!?エンデヴァー!?警察!?」

 

「やべぇぞ!逃げろ!」

 

「上等だコラ!死ねや!」

 

「ふっざけんな!俺らみたいな半グレ捕まえるのに不死鳥とかエンデヴァーとか連れてくんじゃねぇ!」

 

「ガキがヒーローごっこしやがって!こっち来いテメェ!」

 

「お前らテレビ見てねぇのか!?不死身のキチガイに勝てる訳ねぇだろ!早く逃げるぞ!」

 

 急襲をかけられたヴィランたちの反応は様々だが、大別して二つの行動に分けられた。慌てて逃げようとする者と反撃しようとする者だ。

 反撃者はニュースを見る習慣がないのか、どうやら妹紅が何者であるかも分かっていないようである。少女だからと侮って、逃げるための人質にしようとしているのだろう。

 

「抵抗と逃走を確認。対象を全て制圧します。『火の鳥-鳳翼天翔-』」

 

 しかし、抵抗はもちろんのこと、彼らには逃走すらも許されてはいない。それら動きを感知したと同時に妹紅は個性を発動させた。

 妹紅の炎から無数の火の鳥たちが湧き出すように飛び立っていく。逃走者の逃げ道を塞ぎ、抵抗者は正面から押し返す。完全に相手の足を止めたところで妹紅は火の鳥たちを雪崩のようにけしかけた。

 

「あっツァ!?」

 

「うああ!?」

 

「ぎゃぁ!」

 

「て、テメェ!ぐあっ!?」

 

「あああぁ!」

 

 これ以上ないほどの攻撃がヴィランたちを襲う。個性で反撃しようにもそんな隙はない。たとえ火の鳥を1羽2羽潰したところで10羽20羽がやって来る。彼らは焼かれる以外どうすることも出来なかった。

 

「マジかよ…!」

 

「さ、30人を瞬時に完全制圧…!?」

 

 突入から10秒足らずでヴィランたちは沈黙した。そこで妹紅も警戒しながら一旦火の鳥を収める。抵抗を続けた者は熱さで失神しているが、多くは炎への恐怖で心が折れて動けなくなっているだけである。それでいて火の鳥の温度を出来る限り抑えていたので、後遺症になるような火傷は負わせていなかった。

 面々はその有様に目を剥く。特に、エンデヴァー事務所のインターン生であり神野区の悪夢によって有名になった『不死鳥』だからといって先手を任されたことに不満を持っていたヒーローなどは呆気に取られるしかなかった。火力と蘇生だけの個性だと思っていたが、その実力は既にトップヒーロー級だったのである。

 

「おー、派手にやったって聞いたのに内装に引火なし!部屋内の酸素濃度もほとんど変化なし!やるじゃん、もこたん!」

 

「ありがとうございます、バーニンさん」

 

 逃走経路を抑えていたサイドキックたちもヴィラン制圧の報告を聞いて集まってくる。妹紅の実力であればヴィラン制圧は当たり前だが、そこに至るまでの手際が実に良かったとバーニンは妹紅の背をバシバシ叩きながら褒めていた。

 そこで妹紅もようやくホッと一息つく。なにせ自信があったとはいえ初任務だ。表情には一切表われていなかったが多少の緊張はあった。

 

「凄いな…。彼女の強さは理解していたつもりだったが、これは想像以上だ…!」

 

「とはいえ、やはり雑魚30人程度では大した経験にもならなかったな。精々が現場状況の知識くらいか」

 

 捕縛されて連行されるヴィランたちを眺めながら塚内は驚きの声を上げているが、エンデヴァーの表情に変化は無い。この程度のヴィランたちでは人形を相手にしているのと変わらないのである。彼としては己がフォロー出来る今の内に失敗の経験も積んで欲しかったのだが、なまじ妹紅の実力が高すぎることで一切のミスは無かった。

 一方で、学ぶべき事はまだまだ多くある。現場の状況というのは一つとして同じものはなく、その都度状況を把握しなければならないのだ。今回の場合であれば現場に漂う謎の煙臭であろう。妹紅はスンスンと周囲の匂いを嗅ぎながらバーニンにそれを尋ねていた。

 

「タバコ臭に混じって青草が焼けたような変な匂いがしますね。炎で何か燃やしてしまいましたか?」

 

「いいや、ハッパの匂いだね!この匂いは覚えておいた方が良いよ!やってるヴィランは多いから!ヴィランじゃない奴もやってるけど!」

 

「ハッパ?」

 

「大麻だよ。見つけた、これだ。塚内さん、この吸いかけの巻きタバコの薬物検査お願いします」

 

 バーニンの返答に妹紅が首を傾げていると、落ちているタバコを指差しながらオニマーが教えてくれた。妹紅はそういった隠語をよく知らない。少なくともヒーロー科の1年前期で習う内容ではないのだ。

 午前一件目の担当刑事も専門用語の多い人だったので、その都度サイドキックたちに尋ねることになってしまった。雄英に帰ったら専門用語の一覧表でもないか相澤に聞いてみるべきだろう。たとえ持ってなくてもアングラ系ヒーローの彼ならばディープな隠語まで知っていそうだ。

 

「薬物検査だね、了解した。三茶、頼んだよ」

 

「はい、その巻きタバコはここで簡易検査を行います。ヴィランの方は署に連行したら所持品検査と尿検査が最優先ですね。連絡しておきます」

 

 ヴィラン確保後もやらなければならないことは山積みだ。ヒーローたちの半数以上はヴィランを連行するのに同行し、残された警官たちは玉川を含めて忙しそうに現場検証を行っている。

 妹紅たちも捕縛されたヴィランたちを護送車に乗せるところまでは協力した。しかし、これ以上やると他のヒーローたちの仕事を全て奪うことになるので妹紅たちの仕事はここで終わりである。それにヴィランを護送車に乗せる際に野次馬たちが妹紅の姿を見てしまっている。すぐに情報は拡散され、マスコミなどが押し寄せて来るだろう。

 そうなる前にさっさと現場から撤収する妹紅たちであった。

 




ヴィランっぽい見た目のヒーローランキング1位、エンデヴァー
 実はヒロアカ公式です。映画のオマケの質問コーナーで判明した模様。


そもそも(ヴィラン)とは
 通常『常習性の高い個性犯罪者』に対して警察がヴィラン指定・ヴィラン登録を行うことで正式にヴィランとなります。また、未成年であっても凶悪かつ大規模な個性犯罪事件の容疑者になると、ヴィラン指定されると共に少年法の適用外になります。(ヴィジランテ11巻より)
 なお、現行犯の場合は、『法的な正当性なく個性を用いる者はこれをヴィランと認識し相応に対処する』という原則がヒーローと警察にはあります。(ヴィジランテ3巻より)
 ただ、人に迷惑をかけない程度の個性使用ならば普通に黙認されており、ちょっとやらかしちゃっても被害がなかったらヒーローにお説教されるくらいで済むようです。

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