もこたんのヒーローアカデミア   作:ウォールナッツ

67 / 92
もこたんと仮免二次試験

「いよっし!2番乗り!…って、やっぱり1番はアナタっスか!くぅ~、負けました!流石は雄英の不死鳥っス!もこたんって呼んでいいスか!?」

 

 妹紅が合格者控え室で待機していると、2人目の合格者が入ってきた。試験場に入る前に出会った士傑高校の元気いっぱいヤベー奴、夜嵐イナサである。彼は負けたと言いながらも、屈託のない笑顔で妹紅に話しかけてきた。

 初対面時では額の流血にドン引きしたものの、流石に試験前には止血したようだ。アナウンスでは120人を同時に撃破しての合格ということなので、同じく1年生ながらも相当な実力の持ち主なのだろうと妹紅は思った。

 

「構わない。では、私もヒーローネームで呼ぼう。ええと…」

 

「レップウ!士傑高校1年、夜嵐イナサ!ヒーロー名『レップウ』っス!よろしくお願いしまっス!」

 

 夜嵐はニカッと笑い、スチームパンク風のコスチュームで敬礼する。変な奴だが悪い奴ではないようだと思い、妹紅は挨拶を返した。

 

「ああ、よろしく。士傑高校は1年生と2年生が来ているようだが、合同で試験を受けているのか?」

 

「いやぁ、今回の1年は自分だけっスね。志願したら運良く受理してくれまして!自分は熱い戦いがしたくて単独行動して先に合格しちゃいましたけど、当然ながら先輩方の実力も激アツっスよ!もこたんの方は…クラスメイトが一緒に合格してないってことは、もこたんも単独行動してたんスか?」

 

「ああ。私が居ると無駄に狙われるだろうから別行動した。だが、皆なら問題無く合格出来るだろう」

 

 妹紅はそう言い切った。緑谷などは残った戦力を心配していたが、それは杞憂だと思っている。少なくとも妹紅はそう確信していた。

 

「…熱い信頼関係っスね!流石雄英!」

 

 妹紅は気付かなかったが、夜嵐の表情が一瞬歪んだ。

 夜嵐イナサ。派手で豪快な性格であり、ヒーローという存在を誰よりも熱く信じている男子である。だが、その反面で繊細な一面も持っており、幼い頃に感じたあるヒーローの憎悪の目を酷く嫌悪していた。そして、同じ目を持つ者が尊敬する雄英1年A組の中に居る。それ故の葛藤だった。

 しかし、そんな表情をすぐに隠して、笑顔を浮かべると妹紅に語りかけた。夜嵐はアツいヒーローの大ファンだ。当然、神野区で激アツの戦闘を見せた妹紅のファンでもあった。

 

「――へぇ、風を操る個性『旋風』。なるほど、それでヒーロー名が『レップウ』なのか。120人を同時撃破するとは余程強い個性なのだろうな」

 

「いやはや、もこたんに褒めていただけるとは嬉しい限りですけど、『不死鳥』には遠く及ばないっス!今回の試験は相性が良かっただけですね!でも試験といえば、一次試験で倍率15倍とは驚きました!肉倉先輩は『有象無象の淘汰!ヒーローという職をより高次のモノにする選別が始まったのだ!』って嬉しそうに叫んでいましたけど、もこたんはどう思うっスか?」

 

 妹紅と夜嵐の会話は、彼の個性の話から試験の話へと移る。確かに、急な難易度上昇には皆が驚いていた。そして同時に、オールマイトの引退が起因なのだろうということは多くが勘付いていたはずだ。

 しかし、その本質にまで考えを向けた者は少ない。その中の1人、肉倉は“有象無象の淘汰”と断じた。ヒーロー飽和社会と呼ばれ、時にはヒーローが不祥事を起こして逮捕されたりネットで炎上したりする時代だ。肉倉の言葉も有り得ないことではない。

 しかし、妹紅の考えとは少々異なっていた。

 

「そうだな…、ヒーロー公安委員会は意外と優しいんだなと、私は思った」

 

「優しいっスか?肉倉先輩とは正反対のような意見ですけど、それまたどうして?」

 

 夜嵐は首を傾げる。肉倉の意見は苛烈だが、それでも実際に嫌いなプロヒーローが居る夜嵐は彼の言う所も一理あると思っていたからだ。

 だからこそ、妹紅の言う『優しい』という意見が夜嵐には理解出来なかった。疑問符を頭に浮かべていると、彼女は僅かに眉を顰めながら語りだした。

 

「オールマイトの引退、ヴィラン連合の逃亡。多かれ少なかれ、これから日本の治安は不安定になるだろう。…そしてプロヒーローからも少なからず死傷者も出る。正直言って部活感覚でヒーロー科に入った学生は、プロになって取り返しのつかない怪我をする前に諦めた方が良いと思う。あれでは…死ぬだけだ」

 

 一次試験で妹紅を包囲していた百余名。ヴィラン連合との死闘を経験した妹紅の主観で言ってしまうと、そのほとんどが弱かった。

 彼らの身体を軽く見ただけでも筋肉量は心許なく、体幹はブレブレ。柔軟性もないことが見てとれた。また、妹紅は初手で空気中の酸素を16%まで低下させる炎を放ったのだが、彼らはすぐに頭痛や吐き気などを訴えた。これは一般的な症状だが、長距離走などで心肺機能を鍛えていればそう簡単には症状は出ないはずである。

 その分、個性に重点をおいて訓練してきたのかと思い警戒していたが、そういう訳でもなかった。彼らの個性の発動は遅く、その狙いも丸見え。初見殺し系の個性を持っているにしては、あまりにも勿体ない動きだった。

 これが1年生ならともかく、彼らはこれまで訓練を積んできた筈の2年生、3年生だ。今後の情勢を考えると“例年通り、彼らの5割に仮免を!”というのは、どうにも難しいだろうと理解出来たのだ。

 

「公安の真意は分からないが、私はそう感じた。…まぁ、神野区の悪夢の原因になった私が言えることではないな。忘れてくれ」

 

 自分はエラそうに言える立場ではないと妹紅は首を横に振った。

 いずれにしても、プロヒーローに成るか否かは最終的に己の意思に委ねられる。高校在学中に諦める者もいれば、大学生や社会人になっても諦めない者もいるだろう。もしかしたら今回の受験生の中にも20代、30代の者が居たかもしれない。妹紅はそう思っていた。

 

「いや、熱い!熱いっス、もこたん!優しい熱さに自分感動したっス!流石ワーハクタクのお弟子さんっス!」

 

「…?レップウは慧音先生を、ワーハクタクのことを知っているのか?」

 

 夜嵐の口から慧音のヒーロー名が出て来るとは思っておらず、妹紅は目を丸くする。一方で、夜嵐は溌剌とした様子で語り出した。

 

「昔から熱いヒーローが大好きで、色んなヒーローの活躍を見てきました!ムーンヒーロー、ワーハクタクのヴィラン退治は小学生の時に一度だけ見たことありますけど、その時にサインをお願いしたら微笑んで書いてもらえまして!今でもハッキリ覚えてます!彼女は熱くて優しいヒーローっス!」

 

「そうだろう、そうだろう。ワーハクタクは最高のヒーローだからな」

 

 夜嵐の話を聞いて、良く分かっているじゃないかと妹紅はしきりに頷く。

 神野区の事件の後、慧音はリカバリーガールに治療してもらったものの、傷跡は大きく残った。それでも何とか酷い後遺症などは残らず、今では寺子屋の通常業務に勤しんでいる。それに関しては妹紅も一安心だった。

 そのことを夜嵐にも伝えると、ファンだという彼も安堵したようだ。そして、それからの話題が慧音一色に染まる2人なのであった。

 

 

 

 

(けっこういんな)

 

 試験開始からしばらく経ち通過者が50人に達しようとした頃、轟は合格者控え室の扉をくぐった。

 一次試験の際、轟は単独行動中にカラフル忍者集団である誠刃高校の面々と会敵していた。彼らは轟に対して炎には水、氷には物理攻撃という“轟対策”で攻め立てて、一時は苦戦まで追い込むも、ここで轟はようやくエンデヴァー直伝の低酸素炎を解禁。カラフル忍者たちが低酸素症で動きが鈍り、混乱したところを氷結で捕縛して撃破したのであった。

 

(皆は…ん?)

 

 轟は控え室の中でクラスメイトたちを探していると、さっそく見覚えのある白髪と紅白コスチュームが見えた。しかし、誰かと話している最中のようだ。

 

「そこで、私はワーハクタクにこう聞いた。何故わざわざ自分もダメージを喰らう頭突きを必殺技にしたのかと。すると、ワーハクタクはこう答えた。『己にどの様な正義があろうとも暴力は暴力。相手に力を振るう以上、そのことは真に理解しておかねばならない。その為に私は頭突きを必殺技にした』と」

 

「く~ッ!熱い覚悟っス!流石ワーハクタクっス!」

 

「何やってんだ、アイツ…」

 

 普段は無口な妹紅が、何故か熱く語っている。しかも、相手はライバル校ともいえる士傑高校の男子生徒だ。轟は困惑しながらも2人に近付くと、妹紅に話しかけた。

 

「藤原、他の皆は?」

 

「ッ…!」

 

 轟の声を聞いた瞬間、夜嵐の表情が酷く強張った。ヒーロー大好きな彼が唯一嫌悪する存在、エンデヴァー。そして、轟焦凍は彼と同じ憎しみを湛えた目をしていたことを夜嵐は覚えている。故に、夜嵐は轟のことも嫌いだった。

 妹紅と轟の会話が始まったところで、夜嵐は自然に立ち去る。しかし、その瞳には己が嫌っていた筈の憎しみが宿り続けるのであった。

 

 

「轟、遅かったな。他はまだだ。だが、そろそろ合格してもおかしくないと思うが…。あ、見ろ。皆だ。無事に通過したようだぞ」

 

 轟との会話の途中。合格者控え室に向かってくる雄英の一団を見て、妹紅は喜色ばんだ声を上げた。もちろん彼らのことは信頼していたが、それでも嬉しいものは嬉しいに決まっている。妹紅が彼らに手を振って場所を教えると、向こうも気付いてコチラへとやって来た。

 

「ふふん、お待たせ妹紅!しっかり一次試験を突破したよ!15人脱落者無し!」

 

「ああ。皆、無事突破出来て良かった」

 

 皆を代表して透明な胸をこれでもかと張る葉隠に、妹紅は優しい笑顔を向ける。現在の試験通過者は半分を超え、60人へと差しかかろうとしている頃。どうやら余裕をもって通過できたようだ。

 

「最初、傑物高校に狙われて分断された時は結構ヒヤヒヤしたけど、その後は何とか危なげなくクリア出来たなー」

 

 残された15人は試験開始直後に真堂率いる傑物高校の分断策により、3チームに分けられてしまったという。恐らく各個撃破するつもりだったのだろうが、その程度では甘かった。

 必殺技開発の訓練に明け暮れていたA組の面々だが、時には必殺技の確認として模擬戦だって行っていたのだ。そして、その模擬戦の相手を良く務めていたのは必殺技を既に複数持っており、余裕のあった妹紅である。

 とにかく鬼のように強い妹紅を相手に模擬戦をする訳なので、皆どんどん鍛えられていく。爆豪だけは妹紅との模擬戦に参加しなかったものの、彼は彼で皆が成長していることを知ると爆ギレしながら強くなるので、A組全体の戦力はかなり高くなっていた。

 結局、分断後は傑物高校も不利を悟って撤退。聖愛学院など他の高校の受験生は戦闘を継続するも、地力の違いから楽に対処されA組に撃破されたのであった。

 

「ていうか妹紅はどっち?開始10秒で突破した最初の方?それとも120人撃破した二番目の方?」

 

 耳郎がそう尋ねてきた。その二択のどちらかで聞いてくるあたり、妹紅の強さをどれほど信頼しているか見てとれるだろう。

 

「私は最初の方だ。二番目の120人撃破はアッチ。会話してみたが風を操る個性とのことだ。試験と個性相性が良かっただけと言っていたが、かなりの実力者だと思うぞ」

 

「うお、流石は推薦入試トップ合格者…。戦う場所が被ってたらヤバかったかもな」

 

 妹紅が離れていった夜嵐を指差して言うと、砂藤が深刻そうな表情で頷いた。

 妹紅も単に雑談を交わしていた訳ではない。試験はまだ続くのだから強敵の情報収集は必要なのだ。それもあって葉隠がキョロキョロと辺りを見渡していると、ある事に気付いた。

 

「あれ、そういえば爆豪たちは?まだ?絶対もう居ると思ったのに」

 

「あ、ホントだ。いねぇ」

 

「残りは爆豪と切島と上鳴?あの馬鹿だけならともかく、爆豪と切島も居るなら大丈夫だと思うけど…」

 

 瀬呂や耳郎も周囲を探すが、やはり爆豪たちは居ない。まだ試験中か…、もしくは既に脱落してしまったかのどちらかだ。

 その後も70人、80人、90人と通過者のアナウンスが流れてくる。しかし、爆豪たちはまだ来ない。流石にこの状況になってしまうと心配も大きくなっていた。

 

「おいおい、残り枠が10人切っちまったぞ。爆豪たちは…お、来た!3人とも来たぜ!」

 

「よくご無事で!心配しておりましたわ」

 

 ようやく残りの3人が到着し、皆が安堵した。これでA組20人が全員一次試験突破である。

 

「ヤオモモー!ゴブジよ、ゴブジー!でも、試験前に会った士傑の先輩やら何やらに狙われたりして、かなりヤバかったんだっていう!」

 

「ふん…!」

 

 上鳴が泣き言を漏らす横で、爆豪は鼻を鳴らしながら通り過ぎていった。

 この3人は士傑の肉倉と交戦していた。彼の個性は『精肉』。触れることで肉体を変化させる事が出来、自分の肉体は切り離し、分裂、巨大化、浮遊も可能。相手の肉体であれば触れただけで丸く捏ねて無力化させることが出来るという初見殺し系の捕縛個性だった。

 この個性によって爆豪と切島は無力化されるも、なんとか上鳴が彼を撃破。2人を解放したのであった。

 

「肉倉って人は上鳴が倒してくれたんだけど、その直後に自称『もこたんガチ勢四天王』って人たちにも襲われてな…。その人たちとも戦ってたら遅くなっちまったぜ」

 

「も、もこたんガチ勢四天王!?」

 

「なにそれ怖い。私の知らないうちに謎の四天王が出来てて怖い」

 

 切島が疲れたように言うと、葉隠が驚きの声を上げる。更に、妹紅も謎の組織が誕生したことに(おのの)いていた。

 

「因みに、肉倉先輩が自称四天王の筆頭だってよ」

 

「あの人ならちょっと納得!」

 

 切島がそう付け足すと、思わず葉隠も納得してしまった。あの狂信者なら然もありなんという訳だ。妹紅はもう何も言えなかった。

 そんな話をしていると、通過者も規定人数へと達したようでアナウンスが流れる。

 

『えー、では一次試験を通過した100人の皆さん。これをご覧下さい』

 

「さっきのフィールドだ」

 

「なんだろうね…?」

 

 控え室に設置されていたモニターに先ほどの試験会場が映し出された。不合格者は全員撤収させられており誰も居ない。だが、次の瞬間。各地で爆発が起きた。

 

(((何故ー!?)))

 

 突然の出来事に皆がツッコミを入れる。しかし、そうも言っていられないくらいには爆破の被害は甚大だった。

 建物群は崩れ落ちて瓦礫を飛散させ、崩れた建物の一部からは火災が発生。山も地滑りを起こして土砂が市街地エリアを侵食している。まるで災害の見本市のようだった。

 

『次の試験でラストになります!皆さんにはこれからこの被災現場でバイスタンダーとして救助演習を行ってもらいます』

 

「パイスライダー…?ああ、あれか。知ってる知ってる。エロいよな、あれ」

 

「バッカお前、違ぇーよ。パイスライダーはアレだよ、お菓子だよ。うなぎパイ的なやつだ」

 

「バイスタンダー!現場に居合わせた人のことだよ。授業でやったでしょ!」

 

 アホなことを言っている峰田と上鳴に、葉隠のお叱りの言葉が届く。上鳴はともかく、峰田の学力はA組の平均を超えているのだからバイスタンダーくらい知っているはずである。つまり、彼は分かった上でやっている。叱られて当然だった。

 

「一般市民を指す意味でも使われたりしますが、今回の場合は恐らく…」

 

『ここでは一般市民としてではなく仮免許を取得した者として、どれだけ適切な救助を行えるのか試させて頂きます』

 

 八百万の予想通り、ヒーローとして救助を行う者という意味であった。即ち、二次試験は救助活動。そして肝心の被救護者はというと…彼らである。

 

「む、人がいる…!」

 

「え…ああ!?老人に子ども!?危ねぇ!何やってんだ!?」

 

 モニターに人影が映った。老人から子どもっぽい体格の人まで様々。それも服装をわざとボロボロにして血糊まで着けている。そんな人々が荒れ果てたフィールドを闊歩していた。

 

『彼らはあらゆる訓練において今や引っ張りだこの要救助者のプロ“HELP US COMPANY”。略して“HUC(フック)”の皆さんです。現在、傷病者に扮した“HUC”がフィールド全域にスタンバイ中です。皆さんにはこれから彼らの救出を行ってもらいます』

 

 本物の人間を救助させることでリアリティを高めているのだろう。建造物の爆破といい、この試験にはかなりの予算をかけているようだ。それだけ未来のヒーローに期待をかけているということだった。

 

『なお、この試験では皆さんの救出活動をポイントで採点していき、演習終了時に基準値を超えていれば合格とします。10分後に始めますので、トイレなど準備は済ませておいてくださいねー…』

 

 そう言ってアナウンスは途絶え、モニターの映像も消える。

 これに対して、受験生の反応は大きく分けて二種類だった。言われたとおりにトイレに行ったり、控え室のテーブルに準備された軽食を摘まんだりして休憩する者。そして、神妙な表情で先の映像を考察する者である。人数的には半々といった具合であった。

 

「…ねぇ、妹紅。あれって、もしかして…」

 

 芦戸が緊張した面持ちで妹紅に問いかける。いや、芦戸だけでない。A組の多くは察していた。

 これはあの日、テレビで見た光景なのだ。彼らの中には現地に居た者すら居る。最早、目に焼き付いてしまったと言っても過言では無い光景だった。

 

「…ああ。神野区を模していたな。やはり公安も予想しているのだろう。早かれ遅かれ、これからの日本ではこういう事件が頻発する、と」

 

「うん…」

 

 妹紅がそう呟くと、芦戸たちは真っ暗になっているモニターを見続けながら静かに頷いた。だが、そうもしていられない。休憩時間とは準備時間でもある。二次試験に備えなければならないのだ。

 

「休憩は10分ですが、救助用に装備を変更するには十分な時間です。皆さん、救助道具が必要であれば私にお声かけ下さい。幸い、余裕を持って一次試験を通過出来ましたので、小さな救助道具を創るくらいならば二次試験に影響は出ませんわ」

 

「すまないヤオモモ。火災救助用に小型の酸素呼吸器を幾つか頼む」

 

「私も水難救助用に同じ様な物をお願いしたいわ」

 

「お任せ下さい!」

 

 八百万の好意に甘えて、妹紅たちは装備の調整を始めた。

 普段、妹紅はもんぺのポケットに各種サポートアイテムを収納している。救助にも戦闘にも対応したバランスの良いアイテム群だが、救助活動に重点を置くとなると少々心許ない。

 だが、ここには八百万がいた。彼女の『創造』ならば、現地でのアイテム調達が可能だ。控え室のテーブルには軽食やジュースも用意されているので、必要となる脂質も摂取できる。彼女の言う通り、多少『創造』する程度ならば影響なく二次試験に挑めるだろう。

 

 そうして準備をしている間に、士傑の面々が爆豪に謝りに来た。肉倉の暴走は士傑の意思ではなく、肉倉個人のものだという。士傑としては爆豪含め雄英と良い関係を築き上げたいとのことであった。

 しかし、それにしては夜嵐の視線が嫌悪に満ちている。それに気付いた轟は疑問を呈すが、夜嵐は轟たち(・・)が嫌いだと言い放って去ってしまった。

 轟からすれば心当たりはなく、意味不明だ。それでも記憶の奥を探ろうとしたが、そんなことを考える暇なく緊急事態を告げるブザーが鳴った。

 

『ヴィランによる大規模破壊(テロ)が発生!規模は○○市全域、建物倒壊により傷病者多数!』

 

「演習の想定内容(シナリオ)…。試験の始まりね」

 

 アナウンスと共に控え室だった部屋が音を立てて開放される。外の空気が流れ込んで来ると、砂埃と火災の臭いを感じた。神野区のあの夜に感じた時も同じ様な臭いだったと妹紅は思い出していた。

 

『道路の損壊が激しく、救急先着隊の到着に著しい遅れ!到着するまでの救助活動はその場にいるヒーローたちが指揮をとり行う。1人でも多くの命を救い出すこと!試験開始!』

 

 二次試験が始まった。目良は受験者の救助活動を採点すると言っていたが、どう採点するかまでは言及していない。となると、やるべき事はこれまでの訓練で学んできた通りだ。

 

「私は最も炎が出ている火災現場に向かう」

 

「私は水難現場へ行くわ。皆、長所を活かして頑張りましょう」

 

「「「お、おう!」」」

 

 妹紅が炎翼で先駆ける。数ある火災被害の中でも最も死者が発生するというビル火災の現場を妹紅は目指した。更に、蛙吹は水場へと急行し、他のA組の者たちも彼女たちに続くように走り出した。

 また、他校の生徒たちは慣れた動きで救助活動に向かっており、特に経験豊富な者たちは判断が速かった。

 

「ここまでを暫定危険区域とする」

 

「いや、もっと広くだ!テロだぞ!更に被害デカくなるかも!」

 

「さっきの待機室跡を救護所にしよう!」

 

「私は周囲の瓦礫を片し、ヘリの離発着場を作る!」

 

 直接的な救助はもちろん大切だが、救出後のことも重要となる。彼らはそれらの環境を整えていた。また、その中には雄英の1年生、八百万の姿もあった。

 

「私は救護所にて医療物資を創ります!包帯にガーゼ、三角巾、消毒液、バックバルブマスク*1、パルスオキシメーター*2自動体外式除細動器(AED)。全てお任せ下さい!その他必要なものがあればお申し付け下さい!」

 

「うむ、心強い!ならば、点滴道具一式も頼めるだろうか?」

 

「ええ、お任せ下さい!」

 

 八百万は次々と医療物資を積み上げていく。その手際の良さには士傑のリーダー、毛原ですら感嘆するほどだったが、誰よりも驚いていたのは公安の目良だった。

 

「え?いや、あの子スゴくないですか?何もなかった臨時の救護所が、一般的な病院の医療レベルにまで…。ぶっちゃけ、もうこの段階で合格出しても良いくらいなんですけど、あの子…」

 

 本来、この試験では医療物資など一切無い。受験生は持ち込んだ携帯用の救助アイテムだけで行動しなければならないのだが、八百万はそれを根本からひっくり返してみせた。後方支援の極みといえる個性『創造』の本領発揮だった。

 

 そして、個性の力を十全に発揮させたのは八百万だけではない。妹紅もまた個性の力を活用して火災現場で救助活動を行っていた。

 

「う、ゴホゴホ。た、助けて…足が瓦礫に挟まって動けない…」

 

「大丈夫です。すぐに助けます。この酸素呼吸器(マスク)を着けますので、ゆっくり呼吸してください」

 

 火災の煙が充満するビルの内部。妹紅は崩れた壁の瓦礫に足を挟まれて動けない(という演技をしている)男性を見つけ、その救助にあたっていた。

 その被救護者を見つけた妹紅は、まず周囲の状況を確認。炎は見えないが、煙が充満しているという状況から、妹紅は酸素呼吸器の装着を優先した。無論、既に妹紅自身も酸欠防止の為に装着している。

 

 火災現場の主な死因は、有毒ガスの吸引にあるといわれている。火災の煙に含まれる有毒ガスを吸い込むことで意識を失い、そのまま一酸化炭素中毒死や窒息死する。もしくは有毒ガスを吸い込んで身体が麻痺したところを炎で焼かれ死ぬのだ。

 また、有毒ガスを吸い込んだ場合、命は助かったとしても酸欠で脳に障害が残る可能性もある。それらの予防の為には、速やかな酸素吸入が推奨されていた。

 

「瓦礫を焼き切ります。『デスパレートクロウ』」

 

 呼吸の確保が出来たら、次は救助である。男性の足を挟んでいるコンクリートの瓦礫を、妹紅は炎爪で焼き切った。崩れる瓦礫が男性に当たらないように火の鳥で守り、即座に助け出すと抱えて外へ飛び出す。炎翼で空を滑空し、たとえビルが倒壊したとしても絶対に危険が無いであろう場所に男性を下ろした。

 被救助者の発見から呼吸確保、救助、避難まで。妹紅は30秒ほどでこれらをやってのけた。

 

「大丈夫ですか?大きく呼吸してみてください。痛みはありませんか?」

 

「な、なんという救助の速さ…!ンンッ、失礼。わ、私は何とか…足も歩くことが出来そうです。でも、友人がまださっきのビルの中に…」

 

 あまりの速さにHUCの演技を忘れかける男性だったが、すぐに気を取り直して演技に戻った。彼の役割は火災の被害者だ。早期に救助されれば軽傷者として、救助までの時間がかかるほどに有毒ガス(という名の無害なスモーク)を吸い込んだということで重症化の演技をすることになっている。

 そのため、今回は予想以上に早く発見・救助されたので最軽微の症状の演技をしたという訳である。

 

「打撲などの軽傷は負っているものの歩行は可能。呼吸音も意識レベルも異常なし。トリアージはグリーン。ご友人はすぐに助けますので、他のヒーローの案内があるまでこの場で待機をお願いします」

 

 治療優先度であるトリアージ。第1順位の最優先治療群(トリアージレッド)、第2順位の待機的治療群(トリアージイエロー)に次いで、保留群(トリアージグリーン)は第3順位である。

 つまり、トリアージグリーンとは“軽い怪我なので治療は後回しにします”ということなのだが、決して軽傷者を軽んじている訳ではない。命の価値に優劣はないからこそ、1人でも多くの命を守る。その為のトリアージなのだ。

 

 そうして妹紅は救助活動を続けていく。しかし、3人目を救出した辺りで突如として轟音が試験場に轟いた。

 

「試験中に爆発音…?いや、試験のシナリオ的に考えれば、そういうことか。見た感じでは炎熱耐性のある受験生は少なそうだったから、私は出来るだけ火災現場の救助を続けたいが…」

 

 炎翼で上空から様子を窺うと、予想通り敵勢力が出現していた。救護所に近い場所に現われており、その数も多い。妹紅の視認出来るだけでも30人ほどはいた。

 妹紅は範囲制圧に長けた個性であるため迎撃にも向かいたい。しかし、そうすると火災救助が遅れてしまう。少なくとも一次試験を通過した受験生の中には、妹紅より火災救助に向いている個性はいなかった。

 だが、そんなヴィラン役の団体を巨大な氷結攻撃が襲い、更に突風が彼らを吹き飛ばした。轟と夜嵐が戦闘を開始したのだ。更に、緑谷や尾白などの姿も見える。十分な戦力が集まっていることが妹紅の目からも確認出来た。

 

「あれなら任せて問題ないな。私は火災救助続行だ」

 

 妹紅は瞬時にそう判断して次の現場へと急行した。

 轟も夜嵐も制圧能力の高い個性なのだ。どちらか片方を投入するだけでも十分な戦力だろうから2人とも居れば問題は全く無い。緑谷たちもサポートとして力を発揮するだろう。そう考えてのことだった。

 だが…、妹紅を含めて誰も予想しなかっただろう。轟と夜嵐が共闘しなければいけない状況下で言い争いを始め、力を合わせるどころか反発してしまうとは。

 妹紅がその状況に気付いたのは、火災現場での救助が完了してからのことになるのだった。

 

*1
鼻と口に空気を送り込む手動の人工呼吸器

*2
指先に装着して身体の血中酸素濃度を測る機械。脈拍も同時に測定出来る




肉倉撃破後の爆豪たち。他のもこたんガチ勢に絡まれる。

もこたんガチ勢モブA「我らが同士・肉倉が爆豪にやられたようだな」
もこたんガチ勢モブB「フフフ…奴はガチ勢四天王でも最強…」
もこたんガチ勢モブC「しかし、残りの4人で共闘すれば問題は無い」
もこたんガチ勢モブD「その通り。さぁ、落ちるがいい爆豪!」

爆豪「テメーらが落ちろモブ共!」
切島「四天王なのに、お肉先輩合わせて5人いるー!?」
上鳴「助けてもこたん…(泣)」

残りも撃破して、なんとか時間ギリギリで一次試験を突破しました。



 次、誠刃高校
アニメでのみ登場したモブ高校。カラフルな忍者衣装を身に纏う、一切忍んでいない忍者集団。アニメでは轟が燃料タンクを爆発させる事で勝機を見出したが、このSSでは低酸素炎で楽に撃破された。

 次、聖愛学院
こちらもアニメでのみ登場したお嬢様高校。真堂により分断された八百万たち4人を狙って来ておりアニメでは苦戦させられていたが、このSSでは地力の違いで簡単に撃退された。普段から妹紅と模擬戦しているのだから、当然といえば当然である。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。