「この世に生まれ落ち十と有余年!この妹紅が住もうておる狭間の世こそ、まさに地獄なり!」
と、ガンギマリ顔で叫んで炎を撒き散らし、神野区どころか横浜市の全域を火の海にします。
嘘です。
扉の外から届けられた声を聞いて、困惑したヴィランたちが一瞬動きを止めた。当然、ピザなど誰も頼んでいない。ヴィラン連合の中にもトガやトゥワイスといった馬鹿をやりかねない者たちが居ない訳では無いが、それも有り得ないだろう。彼らとて警察やヒーローの捜査から今まで逃れ続けてきたヴィランだ。そう簡単に足が付くような真似はしない筈である。
(なんでピザ――マズいッ!)
故に気付く者は居た。特に、怪盗ヴィランとして全国指名手配を受けているコンプレスは、こういった注意を逸らすミスディレクションを日頃から多用していた為、真っ先に気が付いた。しかし、気付いた所で行動する時間が無ければどうしようもない。仲間に注意を促す声を出す暇も無く、バーの壁が轟音と共に吹き飛んだ。壁の近くに居たことも災いし、破壊の余波でコンプレスは大きく転ぶ。
「無事か爆豪少年!」
「オールマイト!?」
「妹紅!個性は使えるか!?」
「慧音先生!こ、個性ですか…?普通に使えますが…?」
壁の破壊と共に飛び込んできた人物はオールマイトとハクタクに『変身』した慧音だった。それぞれ爆豪と妹紅を抱きかかえると、即座に後ろへと下がらせる。同時にオールマイトは爆豪の拘束具をも破壊しており、慧音は妹紅に『不死鳥』の有無を確認していた。
そもそも、妹紅たちを救出するにあたって、オールマイトはヒーローたちに
状況から見て、妹紅の『不死鳥』は既に奪われている可能性が高く、AFOが不死身になっていると予想していたからだ。用心深く狡猾で、己の安全が保証されない限り表には現れない男ではあるが、不死身となれば姿を見せる可能性は大いに有る。そうなれば多くの人間が犠牲になるだろう。オールマイトやグラントリノはそれを危惧していた。
故に、妹紅が困惑した様子で右手から炎を出して見せた時、魔の手が未だ及んでいないことに気付いたオールマイトは心の底から安堵した。
「先制必縛ウルシ鎖牢!」
「『抹消』する。抵抗するなヴィラン連合」
慧音とオールマイトが妹紅たちを確保している間にも戦況は動く。外からシンリンカムイの手足である樹木が伸び、一瞬でヴィランたちを拘束していた。人質に毒ナイフを向けていたトガも強く締め上げられており、その凶器を床に落としている。
加えて、相澤が目の前に飛び出し、樹木の拘束の上から『抹消』をかけた。シンリンカムイも『抹消』の効果を受けてしまうが、樹木が動かせなくなるだけで彼の手足である樹木そのものが消える訳ではない。むしろ、ヴィランたちはその場にガッチリと固定されてしまった。
「相澤先生も…!いえ、待って下さい!人質が居ます!その子の保護を――え…?」
人質を救わんと妹紅は慧音の腕の中で叫ぶ。しかし、妹紅の言葉は続かなかった。人質であった子どもがトガヒミコの姿に変わったかと思うと、次の瞬間には泥の如く崩れていったのだ。
目の前の光景に妹紅も爆豪も唖然とした表情を露わにするが、ヒーローたちはその手口の醜悪さを理解していた。警察の事前調査で連合構成員の殆どの身元と個性は割れているのである。
「個性で作られた偽者だ。恐らくは
「そ、そんな…」
呆然とする妹紅を尻目に、個性を封じられているヴィランたちは拘束されている樹木の中で抵抗を続けていた。特にワープ個性を持っている黒霧は、仲間たちを逃がそうと躍起になって藻掻いている。だが、太い樹木というのは頑丈である。
察した彼は、すかさず脳無に命令を与えようとした。
「脳無!拘束を破りイレイザーヘッドを――ぐっ!?」
「忍法、千枚通し。この男の『ワープゲート』は最も厄介。『抹消』が効いている間に眠ってもらおうか」
「脳無は私に任せろ!デトロイトスマッシュ!」
言葉途中で黒霧の身体に黒い糸の様なものが突き刺さる。その正体は忍者ヒーロー、エッジショットだった。個性『紙肢』で薄く細く伸ばした身体によって相手の内臓を操作し、確実に失神させるという情け容赦ない攻撃によって、黒霧の意識は闇へと堕ちていく。
更に、オールマイトが脳無を殴り飛ばして後顧の憂いを絶った。脳無には『ショック吸収』の個性が残っているが、今は相澤が消している。打撃は十分に効果があり、脳無は遠くに吹っ飛んでいった。
「黒霧!脳無!クソがァ!」
「あの脳無と藤原少女を引き合わせるとは…外道め!だが、命令が届かない所まで殴り飛ばした以上、奴は戦力にはならん!もう逃げられんぞヴィラン連合!我々が来た!ここで終わりだ、死柄木弔ッ!」
「なんて圧力…!これがオールマイト…!これがステインの求めたヒーロー…!」
悪態を吐く死柄木の前に、拳を固めながら怒りに震えるオールマイトが立つ。阿修羅の如き形相で睨みつける彼に、スピナーを始めヴィランたちは戦慄した。
「チッ、こんな木の枝くらい個性を使わなくても自力で…」
「逸んなよ。おとなしくしといた方が身の為だぜ」
それでもなお抵抗せんとする者も居た。荼毘である。しかし、すかさず現れたグラントリノが彼の頭部を蹴り、一発で意識を飛ばした。
グラントリノは吸った空気を足の裏から噴出させることが出来る『ジェット』という個性の持ち主だ。ヒーローとしてはかなり高齢な部類に入る彼だが、熟練された技と俊敏さは一切衰えておらず、その動きは正しく流石の一言であった。
「慧音先生!オールマイト先生!どこかに、どこかに人質の子どもたちが居るはずなんです…!その子たちを…!」
一方、妹紅は人質の救出をオールマイトたちに懇願していた。目の前の人質は偽者だったが、その
しかし、ヒーローたちは一様に沈痛な表情を浮かべていた。彼らは経験豊富なプロだ。ヴィランの悪意というモノを良く知っていたのである。
「妹紅、落ち着いて聞いてくれ。この建物に妹紅と爆豪くん以外の人質は、居ない。誰1人として居ないんだ」
「我々が突入する前、
気丈ながらも悲痛な表情を浮かべて妹紅を諭す慧音に続き、オールマイトが語る。そして彼らの悪い予想は当たってしまった。
「マズいですよ、弔くん。子どもたち殺しちゃったことがバレてます!」
「…言わなくていいんだ。余計なことは…」
最早、トガのそれは自白と受け取って良いだろう。ただし、そこに罪悪感は一切無い。まるでイタズラが見つかってしまった子どものように、軽く無邪気な悪意だった。
しかし、その言葉を信じたくない妹紅は、ただ呆然とするしかなかった。
「殺した…のか…?」
「私だけじゃないですよ?黒霧さんが何人か拉致してくれたので、それぞれの血を貰った後は歯刃おじさんと筋肉おじさんとで、しっかり三等分しました!楽しかったなぁ…!」
ショックを受ける妹紅に対して、トガはニンマリと笑みを浮かべて追い打ちをかける。それに対する妹紅の怒りは当然だった。
「貴ッ様ァ!トガ!トガヒミコ!!」
「わぁ、もこたんが初めて名前を呼んでくれました!嬉しいです!」
「待て!待つんだ妹紅!」
妹紅は烈火の如く、それこそ無意識で炎を滾らせる程に激昂した。だが、そんな怒りを遮るように慧音は妹紅を止めた。彼女とて妹紅と同じ怒りをトガに感じているが、ヒーローに私刑行為は禁じられている。もちろん、未だに一般人扱いである妹紅も正当防衛以外での個性攻撃は許されていないのである。
「妹紅、気持ちは分かるが手を出してはいけない。それに…コイツらはもう終わりだ。トガヒミコも未成年とはいえ、裁判所で厳罰が下されるだろう」
トガは18歳未満だと思われる。極刑は無くとも*1、既に数多くの殺人が発覚しているトガは確実に無期懲役の判決が下されるだろう。故に、トガは妹紅を煽った。無期懲役などトガにとっては死刑と同じだ。捕まるくらいなら大好きな妹紅に焼き殺されたいという思いが有った。
しかし、同時に生存についても諦めていなかった。妹紅の炎を浴びてもなお生き残った場合、重度の火傷を負ったトガを警察は治療のために入院させなければならないだろう。入院している間も厳しい監視が敷かれるのは間違い無いが、脱走出来る可能性が最も高いのはそこだ。『変身』の個性が警戒されても、トガには高い身体能力と相手の視線から姿を隠す技術が有る。むしろ、『変身』を強く警戒された方が他の部分で相手の油断を誘え、トガにとっては脱走しやすい環境になったはずである。
しかし、それらは全て“妹紅が炎を放っていれば…”という仮定の話だった。慧音に止められ、冷静さを取り戻した妹紅はトガを睨み付けているものの、炎を放つ様子は無い。トガの挑発は失敗に終わり、彼女はそこで初めて焦った様な表情を浮かべていた。
「嬢ちゃんの個性がまだ奪われていないところを見る限り、
「ふざけるな、こんな…こんな呆気なく…ふざけるな…失せろ…消えろ…!」
捉えられたヴィランたちの前でグラントリノが死柄木を問い質す。しかし、そんなものは彼の耳に届いていなかった。死柄木の中に渦巻く感情は怒り。何もかもが思い通りにならない現実への怒りである。
「奴は今どこに居る!?死柄木!!」
「アアアア!お前がッ!嫌いだッ!!」
オールマイトは威圧を以て厳しく詰め寄めよると、死柄木が叫んだ。その瞬間、彼の叫びに呼応するかの如く黒い液体が部屋内から溢れ出し、そこから新たな脳無が顔を覗かせた。
「脳無!?何も無いところから…!あの黒い液体は何だ!?」
「イレイザー!個性は!?」
「全員消している!ここに居るヴィランの仕業じゃない!何処からか送り込まれている!」
「クソ、どんどん出て来るぞ!」
2体、3体、4体と次々に脳無が溢れ出てくる。相澤の『抹消』でも消せないことから外部の干渉であることは間違い無いが、それ故に止める手立ては無かった。
「ただちに脳無を無力化するぞ!ヴィランたちも逃げられないように注意を……爆豪少年!
「っだこれ!身体が…飲まっれ――」
オールマイトの掛け声で、ヒーローたちは現れた脳無たちに狙いを定める。しかし、そのタイミングで爆豪が口から黒い液体を吐き出した。そして、見る見るうちに彼の身体を覆っていく。同時に、妹紅の口からも同じモノが溢れて出していた。
「ごぼ…!?慧音先生…!」
「妹紅!?妹紅ッ!」
「爆豪!藤原!」
慧音は妹紅に纏わり付く黒い液体を払い落とそうと必死になっているが、液体はその手をすり抜けるばかり。相澤も叫ぶが状況は変わらない。妹紅も爆豪も身体の殆どが黒い液体に覆われつつあった。
「妹紅!!」
慧音は手を伸ばし、妹紅を抱きしめた。空間移動個性の一部と思われる黒い液体に干渉出来ないのならば、妹紅と密着することで一緒に移動出来ないかと考えたのである。だが、無慈悲にも液体は妹紅だけを包んでいく。
「慧音せん――」
「妹紅ーッ!!」
抱きしめていたはずの妹紅は黒い液体に呑み込まれ……、無情にも慧音の腕の中から姿を消してしまう。残されたのは妹紅の名を叫ぶ慧音の慟哭だけであった。
「ゲッホ、くっせぇ…!んっじゃこりゃあ!」
「ゴホゴホ!どこだ此処は…?慧音先生は…?」
現れた黒い液体が地面に落ちる。まるで汚泥のような臭いがする液体を吐き捨てながら、爆豪と妹紅は辺りを見渡していた。
予想通り空間移動系の個性だったらしく、辺りの様相は大きく変化している。荒れ地のような剥き出しの地面に、廃墟のように破壊された建物。即ち、破壊痕だ。そして、これを生み出したと思われる黒いマスクの男は、妹紅の父親でもある脳無に手をかざしているところであった。
「『超再生』再付与。だが、元に戻すだけでは少しつまらないな…。よし、ダブっているコレも付け加えてあげよう。『干渉個性無効』だ。強力過ぎる個性を加えると負担も大きくなるが…まぁ、半日くらいは自壊せずに持つだろう。…おっと、2人とも無視して悪いね」
黒いマスクの男、AFOは楽しげに妹紅たちに話しかける。その声に2人はピンときた。先ほどのバーで死柄木が“先生”と呼んだ男の声である。破壊された周りの状況や、脳無を従えている様子から見ても、この男がヴィラン連合の一味であることは間違い無かった。
「テメェその声!」
「貴様もヴィラン連合の者だなッ!」
「フフフ。当たらずとも遠からず、ってところかな?」
妹紅は素早く炎を湛えた右手をAFOに向けた。この距離ならば1秒とかからず攻撃出来る。一切の油断無く火の鳥を放とうとした瞬間、炎ごと妹紅の右腕が肩先から消し飛んだ。直後、後方で鈍い破裂音が聞こえる。千切れた腕がコンクリートの壁に高速でぶつかり、赤い花を咲かせた音だった。
「くッ!?」
「白髪女!?」
「危ない危ない…とは言っても僕に炎熱系は効かないんだけどね」
その言葉に嘘は無く、AFOは炎熱系に完全耐性を持っていた。いや、炎熱だけではない。寒冷や電撃、毒などといった攻撃も奪った個性により克服しており、更に物理攻撃全般においても耐性を得ていた。加えて、相手個性の影響は『干渉個性無効』で無効化し、万が一ダメージを負ったとしても『超再生』といった再生系の個性で回復出来る。正しく無敵の存在と化していた。
恐らく、彼の敵と成り得る存在はオールマイトくらいだろう。鉄壁の防御力を誇るAFOだが、オールマイトの全力は耐性の上限や再生能力をも超えてくる可能性がある。だが、オールマイトは既に『ワン・フォー・オール』を緑谷に譲渡しており、その弱体化は顕著だ。戦闘になれば間違い無くAFOが勝利を収めるだろうという事は、他ならぬ彼が最も理解していた。
故に、AFOは表に出て来たのだ。今日、この地でオールマイトを屠るために。再び、この国を闇から掌握するために。
「テメェ!…うぉ!?」
「邪魔だよ爆豪くん」
爆豪がAFOに襲いかかるも、まるで蚊を払うかのような動作だけで信じられない程の強い突風が起こり、彼を地に這い蹲らせた。妹紅も爆豪も既に一般的なプロのレベルを超える戦闘力を保有しているが、やはりAFOの前では敵に成り得ない。大人と赤子…いや、それ以上とも言える圧倒的な力の差がそこにはあった。
「バーからここまで南に5キロ余り。すぐにでもオールマイトが来るだろう。藤原妹紅、すまないが僕たちの戦いが終わるまで、君は死に続けていてくれ。もちろん、相手は君の父親だ。新しく加えたこの個性があれば、イレイザーヘッドや他のヒーローたちにも邪魔されることは無いだろう」
AFOが脳無に新しく与えた『干渉個性無効』という個性は、その名の通り自身への個性による干渉を無効化する個性であった。これにより『洗脳』や『混濁』などの精神干渉系はもちろん、『抹消』や『崩壊』といった発動系全般の効果すらも無効化出来るのだ。
ダブっているとはいえAFOは妹紅と脳無を長く殺し合わせる為だけに、この貴重な強個性を彼に与えていた。全ては悪意という器で作られた愉悦心を満たす為である。
「僕としては君の実母とも殺し合いをさせてみたかったのだけどね。どうやら彼女は家庭内暴力が嫌になり、生まれたばかりの君を見捨てて新しい男を作り逃げ出したらしい。その後は、新しい男からも暴力を振るわれるようになって殴り殺されてしまったとのことだ。遺骨の引取り手も現れず、とっくの昔に無縁仏の仲間入りさ。いやはや全く以て愚かな女だ。君は知ってたかい?」
「そんなこと…!私の知ったことか…!」
AFOは妹紅の母親のことを話しながら、クスクスと笑っていた。酷く男を見る目が無い女だったようだが、死因のギャグセンスだけはあったらしい。“やはり笑いの基本は天丼だね”とAFOは笑みを溢していた。
一方で、母の行方を初めて耳にした妹紅は、表情を歪ませて吐き捨てる様に答えた。生まれたばかりの子を捨て、他の男の元に走る。良く有る話だ。そういう親の元に生まれ、捨てられて寺子屋に来たという子どもは何人も居た。そして、それが子どもの心をどれだけ傷つけるのかも良く知っていた。
だからこそ、妹紅はそんな女が母であると思いたくなかった。当然だ。妹紅にとって『母』とは、ただ1人の事を表わす言葉なのだから。
「おやおや、『不死鳥』にしては無慈悲な言葉を吐くじゃないか。フフ、まぁいいさ。父親とだけでも親子団欒の楽しい一時を過ごしてくれたまえ…。脳無、
「無関係の人たちまで巻き込むつもりか…!」
「君が頑張ればいいだけの話だろう?とはいえ、ここで戦われると死柄木たちが危ない。向こうで戦ってもらおうか。何より、
おもむろにAFOが妹紅に向けて腕を向けると、その腕がブクリと膨らむ。そして妹紅を殺す為に襲いかからんとしていた脳無ごと、ソレを撃った。爆撃の如き轟音が響き、神野の街の一角が消し飛ぶ。信じられない威力に、残された爆豪は声も出せないほどに愕然とした。AFOが放った一撃はオールマイトのパワーに匹敵するどころか、遙かに超えていたのである。
唖然と立ち尽くす爆豪の背後でバシャバシャと液体が流れる音が複数聞こえた。ヴィラン連合の面々である。黒霧と荼毘は意識を失っているものの、他のメンバーに大きなダメージは無さそうだ。
しかし、ヒーローたちにしてやられたショックが大きいのか、捕縛から逃れられた喜びを見せる者は誰も居なかった。
「弔…、また失敗してしまったね。でも決してめげてはいけないよ。またやり直せば良い。こうして仲間も取り返したんだ。爆豪くんもね…僕は特に要らないけど、君が『コマ』だと判断したから持って来たんだ。いくらでもやり直せ。その為に
「先生…」
落ち込む死柄木にAFOは優しく悪の言葉をかけた。彼の目的は死柄木を己の後継者として育て上げることだ。様々な経験を積み重ねて、死柄木は破壊を貪る恐怖の象徴と化すのである。
そして、その最大の障害となるであろうヒーローが――この男だ。
「…来たか、オールマイト」
「全て返してもらうぞ!
「何も返す気は無いさ。むしろ今日こそ奪ってみせよう。オールマイト、君の命をね」
オールマイトは守る為に。AFOは壊す為に。そして、両者ともに己の後継者の為に。
正義と悪の激戦が幕を開けた。
「ぐ…!一体何が…?」
吹き飛ばされた先で妹紅は息を吹き返していた。首も手足も背骨に至るまでほぼ全身の骨が折れていたが、妹紅にとっては問題無い程度のダメージである。
それよりも瓦礫に脳や心臓を潰されていなかった点は運が良かったと妹紅は安堵した。もしも、頭を含めて全身を瓦礫に潰されていた場合、異物に再生の邪魔をされて、妹紅はその場で死に続ける羽目になっていたはずだ。そうなれば、脳無との戦いどころの話では無い。
しかし、“運が良かった”。妹紅はそう思っていたが、真実はそうでは無い。これはAFOの意図的なものだった。彼は、親子の殺し合いというショーを脳無の不戦勝という形で簡単に終わらせない為に、力加減を調節していたのである。
「なんだ…これは…」
再生を終えた妹紅は立ち上がって辺りを見た。この状況を端的に言ってしまえば…悪夢だ。元はオフィス街だったのだろう。しかし、建物は軒並み消し飛ぶか薙ぎ倒されており、壊滅状態になっていた。惨憺たる光景だ。一体、何百何千の命が犠牲になったのかも妹紅には想像が付かなかった。
「クソ、脳無は何処に行った!?奴が私を見失えば、更に多くの人が殺される…!」
崩れた瓦礫の中で、生きて助けを待つ人々は数多く居るはずである。妹紅とて、出来ることならば形振り構わず人命救助に赴きたい。
しかし、状況がそれを許さなかった。脳無に与えられている命令は妹紅を殺し続けること。そして、それがあたわぬ場合は周囲の一般人を殺すことだ。即ち、脳無が妹紅を見失えば、オールマイト級のパワーによる無差別殺人が始まることを意味していた。
「脳無は……あそこかッ!」
妹紅の視界の中で、一際大きな瓦礫を軽々と軽々と吹き飛ばす黒い腕が見えた。直後、剥き出しの脳と上半身が現れる。人であって人ではないバケモノ、脳無だ。まだ妹紅には気付いていないようで、瓦礫の山から這い出てきている途中だった。
その様子を見て、妹紅はすぐに戦える場所を探した。第一に、この場では本格的な戦闘は出来ない。倒壊した建物などが多く、生き埋めになっている人が居るかもしれないからだ。故に、戦える場所は限られてくる。妹紅が選んだ戦場は、先ほどAFOが放った攻撃で何もかもが吹き飛び、更地と化した区域だった。
「周囲への被害が極力抑えられる場所はソコしかない…!この身で脳無をおびき寄せ、時間を稼げば何とかなる筈だ…!」
己に言い聞かせるように呟きながら妹紅は動き出した。まずは脳無の視界に入り、妹紅自身の存在を認識させる。そして目的の場所へと誘導すればいい。脳無に“逃げ出した”と捉えられないように動かないと行けない為、何度かは追いつかれて殺されるかもしれないが、それも織り込み済みだ。覚悟は出来ている。それに炎翼で付かず離れずの距離を保ちながら飛べば、脳無の誘導は何とか実行出来るはずだった。
しかし、ここで妹紅にとってのイレギュラーが発生してしまったのである。
「ス、スタジオ!ご覧になっていますでしょうか!?神野区で原因不明の爆発が再び発生しました!繰り返します、横浜市神野区で二度目の大爆発です!」
そこにはマイクを持った女性アナウンサーと男性カメラマンの二人組の姿があった。しかも、間の悪いことに脳無が居る場所の近くでリポートを行っている。距離にして50メートル程だが、その程度の距離などあの脳無にとっては有って無いような範囲だ。脳無の身体能力ならば一足で跳んで来られる距離だし、その場で拳を振るうだけでも風圧で彼らを物言わぬミンチ肉に変えてしまえるだろう。
知らずとはいえ、彼らはそれほど危険な距離に身を置いていたのである。
「一度目の爆発から、およそ5分後に二度目の爆発が起きました!警察はつい先ほど神野区中心部に対して緊急避難警報を出しましたが、いずれの爆発も原因は未だ不明のままです!あ、あちらをご覧下さい!瓦礫の上に黒い格好をした男性の姿が見えます!生存者…いえ、救助に来たヒーローでしょうか?辺りを見渡しているようです!」
そのアナウンサーの脳内には、この惨状がヴィランの個性によるモノだという考えは一切無かった。破壊の規模が余りにも大き過ぎた為、彼らはこの惨事を大事故や災害の類だと思い込んでしまっていたのだ。故に、平然と瓦礫の上に立つ脳無の姿を見たアナウンサーは、彼をいち早く救助にやって来た異形型のヒーローだと思ってしまった。そして救助の様子を撮影する為、脳無の方へと歩を進めていく。
脳無もまた、己に向かおうとしてくる彼らにその生気無き視線を送った。脳無は未だ妹紅の姿を認識していない。ならば、次の命令である『一般人の殺害』を今すぐにでも実行するだろう。そうなってしまえば、彼らは間違い無く死ぬ。
だから、妹紅は叫んででも両者を止めるしかなかった。
「駄目だ!急いでそこから離れて下さい!私は此処だ!こっちを見ろ脳無!」
「あまり見覚えの無いヒーローですが――ん?今、あちらの方から女性の声が聞こえました。あれは…え、ウソ!?」
避難を促す声に対して、反射的に振り返ったアナウンサーたちの顔は驚愕に彩られた。当然だ。妹紅はヴィランに拉致されて行方不明になっている筈なのである。その人物がこの場に居る。それだけで、黒い大男の事など彼らの脳内からは吹っ飛んでいた。
「ふ、藤原妹紅!?間違い有りません!藤原さんです!ヴィラン連合に拉致されたと思われていた藤原妹紅さんがあそこにいます!」
アナウンサーの女性は興奮気味に喋り続けており、カメラマンの男性も妹紅にカメラの焦点を合わせた。何故、藤原妹紅がこんな場所に居るのか彼らには全く分からない。分からないが、とにかくこれは大スクープだ。
彼らは一心不乱に妹紅を写し、その映像はスタジオに送られる。元々は神野区の大爆発を緊急放送していた件もあり、これは生中継かつ全国に放送されていた。スタジオでも驚きの声が上がっており、恐らくそれは日本中の視聴者も同じ反応だっただろう。
だが、忘れてはならない。妹紅が立つその場所さえも、脳無が振りまく死の範囲内にあるのだ。妹紅の声で彼女の存在を認識した脳無は、ターゲットをアナウンサーたちから妹紅へと既に変えていたのである。
「早くここから離れて!すぐに避難して下さい!あれはヴィラ――」
頭部を殴られた。それだけで妹紅の頭が、爆ぜた。
脳漿が血霧と共に撒き散らされ、髪の毛がこびり付いた肉片や頭蓋骨が音を立てて地面に叩き付けられる。残された妹紅の肉体は殴られた勢いで吹っ飛び、大量の血と炎を首元から溢れさせながらアナウンサーたちの足元まで転がってきた。脳幹すらも消し飛ばされて痙攣すらも起こさない首無しの遺体。
妹紅は死んだ。それは即死と呼べる状況だった。
「キャアああッ!!」
現地リポートに来ていたその女性は、地元テレビ局の若手アナウンサーだった。局の先輩アナたちは雄英の襲撃・拉致事件の取材や特番に忙しく駆り出されていたが、若手である彼女の仕事は
溜息を吐きながら仕方無く撤収の準備をしていると、轟音と共に地響きが起きた。更に、何が起きたか分からない内に二度目の轟音が鳴り響く。この二度目の轟音は非常に近く感じられ、自分たちの居る所の近くまで建物が崩れるほど危険な状況だった。
しかし、テレビ局の上層部に状況を報告したところ“中継を繋ぐから現場リポートしろ!”という無茶ぶりが下る。上の言うことには逆らえないし、ここらでアナウンサーとして名を上げたい彼女は被害区域に足を踏み込んだ。
そして、今という最悪の事態に至ってしまうのだった。
「キャア!キャアァァ!!」
「ひぃ…!」
アナウンサーの女性は完全に腰が抜けており、地面にへたり込みながら叫ぶだけしか出来ていなかった。男性カメラマンも腰こそ抜けてはいないが、足の震えが激しく逃げるどころか歩くことも不可能な有様だ。それでもカメラを手放さず構えているのはプロの意地か。それともカメラを下ろすことすらも思いつかないだけか。
とにかく、彼らは勘違いを抱いていた。“自分たちだけは大丈夫”や、“万が一の際は、きっと
これは『正常性バイアス』と呼ばれ、自分にとって都合の悪い情報は無視したり過小評価したりしてしまうという、人間の心理作用であった。本来は日々の生活の中で生じる予期せぬ変化や新しい事象などに、過剰に反応して精神が疲弊しない為の心のメカニズムなのだが、それが悪い方向へと働くと危険を正しく認識出来なくなり、逃げ遅れる原因になったりする。特に災害時などでは、これによる死者は非常に多いのではないかと専門家が指摘するほどだった。
「キャアァ!ひっ…!」
「う…ぁ…!」
そして、彼らにも死が近寄ってきていた。妹紅を殺した脳無が一瞬にしてアナウンサーたちの目の前に移動してきたのである。脳無は『妹紅を殺し続けろ』という命令を受けているが、同時に『邪魔する者は殺せ』という命令も受けている。恐らく、妹紅の死体のすぐ側でへたり込んでいる彼等を脳無は“邪魔だ”と判断したのだろう。脳無はAFOから与えられた命令を忠実に実行する為、その右腕を大きく振りかぶった。
正常性バイアスによって、危険を正しく認識出来ていなかったアナウンサーたちも、事ここに至れば否が応にも認識せざるを得ない。自分たちはここで死ぬ。命乞いも口から出てこないほどの濃密な予感。死。これが死だ。
泣きながらガタガタ震え、恐怖から心を守る為に強く目蓋を閉じる。それが彼らという弱者に出来る唯一の抵抗だった。怯え震え続けて恐怖に耐える――耐え続ける。
しかし、死は訪れない。
「おい」
アナウンサーの女性は暗闇の中で確かに声を聞いた。少女の声。しかし、そうでありながらも荒々しさを感じる力強い声。彼女が恐る恐る目を開けると、そこに居たのは雄々しき炎を纏う『不死鳥』だった。蘇生した妹紅は、アナウンサーたちを殺そうと振りかぶっていた脳無の右腕を
そして、デスパレートクローに宿る炎は、火の鳥へとその姿を変えていく。
「貴様の相手は…私だろうが!火の鳥-鳳翼天翔-!!」
怒りと共に放たれた数多くの火の鳥たちが脳無に襲いかかった。幾多もの火の鳥は、脳無の手足や頭、胴体などを嘴で咥えて、脳無を焼きながら押し飛ばす。そして、アスファルト舗装された道路のド真ん中へと着弾して火柱を上げた。
「え、わ、私生きてる?え、なに?か、勝ったの?勝った…?勝った…。勝ちました…!藤原妹紅が勝ちました!すごい、あの巨漢のヴィランを一瞬で倒しました!」
辺りを煌々と照らす火柱を見て、その女性はようやく自分がまだ死んでいないことに気付き、そして自分がアナウンサーだったことも思い出して興奮しながら声を上げた。カメラマンも呆然としながらも無意識的にカメラを回している。
しかし、そんな彼らに妹紅は首を横に振って応えた。
「いえ、まだ倒せていません。すぐにここから避難して下さい。それと、そちらのカメラを持った男性の方。申し訳ありませんが、警察とヒーローに通報をお願いします。アレはヴィラン連合の改造人間、脳無。個性は『超再生』『ショック吸収』『干渉個性無効』、そしてオールマイト級のパワーを持っているとお伝え下さい」
「オールマイト級のパワー!?そんなまさか…」
有り得ない。それが女性アナウンサーの率直な感想だった。脳無に殺されかけてもなお…いや、殺されかけたからこそ否定的になっていると言えよう。オールマイト級のパワーに複数の強個性。それが本当なら、オールマイト本人ですら倒せないではないかと思ってしまい、彼女はそれを信じたくなかったのである。
しかし、現実は非情だった。炎に包まれていた脳無は、ただ万歳をするように勢いよく両手を上に振り挙げる。その風圧だけで火の鳥の炎を全て消し去り…天空を包んでいた遙か頭上の雲さえも払い飛ばしてしまった。しかも、その姿は怪我も火傷も無い、無傷の状態である。
「う、腕を振り回しただけで…雲が晴れた…!?」
オールマイトの伝説の一つに『右手一本で天候を変えた』という逸話がある。それは爆豪勝己が巻き込まれた『ヘドロ事件』で起きた出来事で、オールマイトのパンチで上昇気流が巻き起こり、雨を降らせたという逸話である。テレビ映像にもその様子は残されており、それを見た人々は彼の力を大いに賞賛したという。
そして、この脳無というヴィランも己のパワーのみで天候を変えてみせた。詳細こそは違うものの、天候を変えるという規格外の行いは一致している。つまり、認めざるを得ないのだ。この脳無がオールマイトに近いパワーを持っているということを。
「避難して下さい。ここでは巻き込んでしまう」
雲の散った空を真っ青な顔で仰ぎ見続けるアナウンサーたちを尻目に、妹紅は彼らの前に立つと再び避難を促した。事も無げにコキコキと首の骨を鳴らしながら言い放つ妹紅に、その女性は慌てた声で妹紅を呼び止める。
「ちょ、ちょっと!貴女も逃げないと!」
「出来ません。私を追いかけ殺し続けるように設定されているらしいので。ですが、幸いにして
逃げる事を提案されようとも、それは出来ない。多くの命を守る為に、妹紅は脳無を迎え撃たねばならないのだ。覚悟を示すように妹紅の身体を焔が包んでいく。
「む、無理よ…!あんな化け物に勝てる筈が無いわ!本当に殺されちゃうわよ!?」
「問題ありません」
妹紅が歩を進める。一足踏み出す度に身体から吹き出す炎は大きくなっていき、大火へと姿を変えていった。長い白髪は立ち上る炎で逆巻き、
そして、紅炎を宿した妹紅がその力で語るのは、ただ一つの理だけ。
「不死鳥は、死なん!」
今ここに、生も死も超越した激闘の幕が切って落とされた。
もこたん「いいから避難しろっつってンだろ」
あーもう、日本中のお茶の間がメチャクチャだよ(グロ映像全国生放送)。これも全てAFOって奴の仕業なんだ!
なお、妹紅の今の服装は雄英の体操服ですが、今はまだ焼け落ちていません。ハンパなく焦げ焦げですが、ちゃんと隠せていますよ。今はまだ。
赤い花が咲いたコンクリートの壁
AFOの『空気を押し出す』個性によって千切り飛ばされた妹紅の右腕がぶつかったコンクリートの壁というのは、緑谷くんたち5人が隠れている壁です。AFOも「建物の間に人が居るけど、ホームレスかな?」くらいにしか認識しておらず、緑谷くんたちだとは気付いていません。継承者がこんな所に居ると気付いていたらオールマイトへの嫌がらせに殺していたでしょうしね。なので、もこたんの腕がソコにぶつかったのは偶然の産物です。ハナガ…アカイハナガサイタヨ…。
その後、脳無ごと吹っ飛ばされた妹紅の方向ですが、そちらは緑谷くんたちが居た方向では無かったので5人とも生きてます。ギリギリセーフ!
『干渉個性無効』
初見殺しが蔓延る個性社会でAFOが闇の帝王として君臨出来たのは、単純に干渉系の個性が効かないからだと思います。使用者の意志次第でオンオフ出来る無効化個性なら、拷問してオフにさせてしまえば奪うのは簡単?)。そうして頑張って他の耐性も集めた結果、闇の頂点に立てたんだと思います。
ていうか、干渉系の個性が効くならオールマイトも5年前のAFOとの戦闘に相澤先生とかミッドナイトとかも連れて行ってたはずです。なのにオールマイト1人で頑張ってたということは、オールマイトもAFOに干渉系の個性が効かないことが分かっていたのでしょう。魔王に状態異常は効かないということですね間違い無い(ガバガバ推理)
もこたんVS強化USJ脳無
脳無って死体から作られているそうですね。でも、流石に肉体が残っていないと作れないと思うので、母親の脳無化は出来ませんでした。両親を失った可哀想な少女の為に、死者の人体錬成を試みようとするAFOは聖人の鑑です(感涙)
それはともかく、『干渉個性無効』によってUSJ脳無が強化されていますが、もこたん的には性能は変わらないので「足止め」という点においては相性の良い部類に入ります。なお、「拘束」という点においては相性最悪です。そもそもオールマイト級のパワーを拘束出来る奴とか今のヒーローの中にいるの…?
轟くんがもう少し成長すれば氷で拘束出来そうですが、緑谷くんのデコピンで相殺される程度の力しかない現状では無理っぽいですね。