もこたんのヒーローアカデミア   作:ウォールナッツ

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もこたんとヴィラン連合

「う…」

 

 ヴィラン連合のアジトの一室。部屋の片隅のベッドに寝かされていた妹紅は、微かな呻き声を上げた。間を置かずして彼女の目蓋がピクピクと動く。しばらくすると、その瞳はゆっくりと開かれていった。

 

「あら、ようやく気が付いたのかしら?」

 

「おはようございます!もうお外は暗いですよ?もこたんはお寝坊さんですねぇ!」

 

 妹紅の顔を覗き込むように現れたのはマグネとトガである。当初、意識を失った妹紅を任されたのはマグネだけであったが、この部屋にトガが入り浸るようになってしまったので、なし崩し的に2人で世話と見張りをするようになったのである。

 とはいえ、1人で妹紅の見張りなど元々無理な話なので、トガが手伝ってくれるのはマグネとしてもありがたい話だった。偶にトガが我慢出来ずに妹紅の首元や二の腕辺りの軟らかい肉を食い千切り、血を啜る時もあったが…、まぁ妹紅は意識不明状態で気付いていなかったので、とりあえずはセーフとしておこう。真面目な黒霧には内緒だ。

 

「あれれ?もしかして寝ぼけてますか?じゃあ、もう一度!もこたん、おはようございま~す!」

 

「……」

 

 満面の笑みで語りかけてくるトガを、妹紅は完全無視していた。まるで、トガやマグネが見えていないかのような素振りだ。妹紅は彼女たちを無視したまま上半身を起こそうとすると、両手に異常な重量を感じた。チラリと手元を見ると、分厚く頑丈そうな金属製の拘束具が両手にはめられている。妹紅相手に使っている以上、相応に融点の高い金属で作られた拘束具なのだろうと容易に想像がついたが、妹紅は全くの無表情で手元から視線を外した。

 

「ねぇねぇ、もこたんってば~」

 

「……」

 

 トガは余程構って欲しいのか、起き上がってもなお無視を続ける妹紅の頬を指でプニプニと突く。1秒、2秒…周囲の観察を終え、トガが完全に油断した思われた瞬間、妹紅は拘束された両腕を爆散させた。肘から先が吹き飛び、ベッドに血と肉片が飛び散る。拘束具がベッドの上に落ちた時には妹紅は既に戦う体勢を整え、トガを焼こうとする直前だった。

 

「人質」

 

 マグネの言葉に、ビタリと妹紅の動きが停止した。トガの顔面ギリギリまで迫っていた炎も同時に止まる。妹紅とて、森で見た人質の存在を忘れた訳では無かった。いや、人質の事を知っていたからこそ後手に回ることを良しとせず、速攻でこの場を制圧して救出に向かいたかったのだ。

 しかし、マグネがこれ見よがしに持っていた物がそれを許さなかった。彼女の手には誰かと通話中になっている携帯がある。つまり、この状況は他の仲間に筒抜け。これ以上妹紅が何かすれば、人質に危害が加えられるということだった。

 マグネの顔を睨んだ後、妹紅は静かに炎を収める。炎の中からは再生された拳が露わになった。マグネの制止が僅かでも遅ければ、炎の拳がトガの顔面に容赦無くブチ込まれていただろう。

 

「あっぶなかったです!あははは!」

 

「もう、近付き過ぎよトガちゃん。スピナー、小鳥さんのお目覚めよ。死柄木に伝えてちょうだい」

 

 まるでスリル満点のアトラクションを楽しんでいるかのようにケラケラと笑うトガを窘めつつ、マグネは通話中にしていた相手、スピナーに状況を伝えた。そして、妹紅に釘を刺すことも忘れない。

 

「アナタもこれ以上抵抗しないでね。私たちはヴィラン連合。死柄木弔の仲間よ。拉致したのはアナタだけじゃなく、爆豪勝己くんも此処に居るわ。うふふ、分かるでしょう?抵抗すれば仲間が人質も爆豪くんも殺すわよ。もちろん、私たちと連絡が取れなくなっても殺す手筈になっている。それでも抵抗したいというのなら…どうぞ?」

 

「ヴィラン連合…!」

 

 その言葉に妹紅は怒気を強く発する。握り締めすぎた拳の骨は、握力に耐えきれずに折れていたほどだ。だが、抵抗する訳にもいかず、妹紅はただただ我慢していた。

 

「あら、凄く怒ってる。もしかして、お友達のことを心配しているのかしら。安心してちょうだい。拉致した生徒はアナタたち2人だけだし、雄英からは1人も死者は出ていないわ。多少怪我しちゃった子たちは居るみたいだけど、み~んな無事。どうかしら、少しは落ち着いた?ほら、その証拠に今日の朝刊を見てごらんなさい」

 

 マグネはそう言いながら新聞を投げ渡してきた。新聞の1面トップ記事には『雄英の大失態!』『雄英体育祭の優勝者と準優勝者、ヴィラン連合に拉致される!』『東京拘置所への襲撃・脱走もヴィラン連合の仕業か!?死傷者は100人以上!』などの文字が躍っている。妹紅はそれらに目を通していった。

 

(同時に拘置所も襲っていたの…?コイツら頭おかしいでしょ…。雄英は軽傷者6名、重傷者3名、意識不明者15名。でも、いずれも命に別状は無し。拘置所で亡くなられた方々には申し訳ないけれど、雄英の皆が助かってくれて一先ずは安心ね…)

 

 あの状況では、一緒に居た八百万の安否が特に心配であったが、彼女の名前が新聞に載っていないということは恐らく無事なのだろうと妹紅は安堵した。

 そして、僅かな情報でも得るべく、妹紅は新聞を素早く読んでいく。どうやら、あの襲撃から2日が経っているらしく、その間の妹紅はずっと寝ていたようだ。なるほど、確かに何度も蘇生した後とは思えないほど体力が回復していると妹紅は思った。ほぼ全回復と言っていいだろう。

 

(ラグドール先生が行方不明…!まさか先生も拉致されて此処に?人質にされた女の子については…何も書かれていないようね。もしかして、こっちはまだ発覚していない?警察やヒーローたちがまだ気付いていないのなら、人質もラグドール先生も私が何とかしないと…!)

 

「うふふ。ね?ウソは言っていないでしょう?因みに、私の名前はマグネ。マグ姉って呼んでもいいわよ。こっちはトガちゃん。同い年くらいだと思うから仲良くしてあげてね」

 

「渡我被身子と言います!よろしくです!それより、もこたん今お腹減っていませんか?何か食べます?パンとカップ麺しか無いですけど」

 

 妹紅が新聞に目を通している間、自爆で飛び散った妹紅の血肉を食パンにディップして食べるという最高に狂った行動を取っていたトガが、ニコニコ顔で食事を勧めてきた。妹紅の千切れた指をチュパチュパしゃぶるトガの姿は、流石の妹紅もドン引きである。

 

「もぉ~、そんな食生活お肌に悪いわよ。野菜を食べなさい。生野菜よ。食物繊維とビタミンが大事なんだから」

 

 マグネの言葉に“そういうことじゃ無いだろ”と内心ツッコミを入れる妹紅だったが、ヴィランに常識を説いても仕方無い。その辺はノータッチにしておいて、妹紅は人質について言及した。

 

「…人質を解放しろ」

 

「だ~め。人質がいなくなったら、爆豪くんと結託して暴れるでしょう?でも、大人しくしていれば人質にもアナタたちにも危害は加えないわ。私たちだって、これ以上酷いことはしたくないの。本当よ」

 

 マグネは拒否するが、妹紅も引く気は無い。己の身を犠牲にしてでも、人質の安全を最大限まで担保したかった。

 

「人質の監禁環境はどうなっている。キチンと食事は取らせているのか?まさか危害などを加えてはいないだろうな?まともな環境であることが確認出来るまで、私はお前たちの言うことを聞くつもりはない」

 

「じゃあ、あの子は見せしめに殺しちゃいますね!まさか人質が1人だけだと思っていましたか?何人も居るんですよ!子どもを数人拉致するのなんて朝飯前です!抵抗する度に1人ずつ殺してあげましょうか?」

 

 その言葉に、妹紅は一瞬で青ざめる。あの合宿場の森の中、妹紅は目の前で女の子を確認していたが故に、人質を1人だと思い込んでしまっていたのだ。加えて、妹紅は交渉を行う者としてはあまりにも真面目であり、素直過ぎた。

 

「待て!…分かった、もう抵抗しない…。だから人質には危害を加えないでくれ…」

 

「えへへ、もこたんが分かってくれて嬉しいです!」

 

 そう言ってトガは笑いながら妹紅に抱き付いてくる。抱き付きながら首筋を厭らしく舐めてくるトガを、妹紅はただ耐えていた。全ては人質たちを守る為である。

 しかし、マグネやトガの言う人質の件は全てウソだった。ここには複数どころか1人の人質すら居ない。いや、実際には『既に殺されている』という表現が正しいだろう。

 雄英の合宿所を襲撃する数日前。妹紅への対策として黒霧が『ワープゲート』で地方から攫ってきた子どもたちは、『変身』用に大量の血を採取された後に処分されてしまっていた。子ども嫌いの死柄木は彼ら彼女らを生かしておく気などは最初から無く、待機中だったマスキュラーやムーンフィッシュたちのガス抜きに、子どもたちの命は捧げられたのである。

 更に、死体はドクターの元に送って実験材料行きという証拠も残さない徹底ぶりだ。妹紅が騙されてしまうのも仕方無い話だった。

 

「死柄木、藤原妹紅が起きたわ。…ええ、元気よ。寝起き様にいきなり殴りかかってくる位にはね。…分かったわ、今から連れて行く。さ、皆の所に行く前にまず着替えましょうか」

 

 電話先の死柄木は妹紅をバーに連れて来るように言った。とはいえ今の妹紅は下着も着けておらず、患者用の手術着みたいな物を着ているだけだ。ヴィランといえども、マグネは乙女の心を持ったオカマである。同じ乙女として妹紅をそのままの姿で行かせる訳にもいかなかった。

 マグネは洗濯済みの妹紅の下着と体操服を目の前に置きながら言う。

 

「元々アナタが着ていた体操服は血で汚れていたし、ナイフで破れていたから洗濯した後、縫っておいたわ。私そういうの得意なの…あら、やっぱり私が居る前で着替えるのは嫌かしら?私オカマだから気にしなくても良いと思うけど、嫌なら部屋の外に出ましょうか。でも、アナタ1人にはさせられないから、トガちゃんは残しておくわよ」

 

「別にそのままで構わない。コイツと2人きりになる方が気持ち悪い」

 

「もこたんはツンデレですねぇ!でも、そういう所も好きですよ!」

 

 一体トガは妹紅のどこにデレを感じたというのか。訳の分からないことを言う彼女を無視しつつ、妹紅は手術着を脱いで全裸になった。そして下着を履き、体操服を着る。その間ずっと、トガは頬を染めながら妹紅の着替えをガン見していたようだ。もしや、彼女らはオカマとレズビアンのコンビか何かなのだろうか?とんでもない色物ヴィランだなと思いながらも妹紅は着替えを済ませた。

 そして、マグネたちに連れられて妹紅はアジトの中心地であるバーへとやって来た。そこにはヴィラン連合のメンバーが揃っており、中心には椅子が2つ。片方の椅子には既に爆豪が縛り付けられており、腕を中心に強固な拘束を受けていた。

 

「…怪我は?」

 

「あ?ねぇよクソが!テメェはどうなんだ!ヴィランどもァ毒で動けねぇつってたぞコラ!」

 

「問題無い」

 

 空いた方の椅子に座らされた妹紅が爆豪に安否を聞くと、彼は逆ギレしながら心配し返すという離れ業をやってのけた。実に器用な男である。

 一方、それすらも一言で済ませた妹紅は、爆豪の言葉から襲撃時の状況を察していた。

 

(あれ、やっぱり毒だったのか…。なら次は大丈夫。刺された瞬間、その部位だけ自爆すれば良い。爆豪は拘束を外してやれば1人でも大丈夫かもしれないけど…、そうなると問題はやっぱり人質ね…)

 

 妹紅が捕まってしまったのは、人質が居たからだ。拘束されようとも毒を注入されようとも、人質さえ解放されれば妹紅は幾らでも自爆して身体をリセット出来る。妹紅1人ならば、後はどうとでも出来るのである。

 だが、ヴィランたちもそれを分かっているからこそ『2倍』と『変身』の個性コンボで人質を作っていた。つまり、ヴィラン連合に利する行動を取る人質の出来上がりという訳だ。たとえ妹紅がヴィランたちの隙を見て人質を救出しようとしても、肝心の人質本人があの手この手で救出を妨害しようとすれば最早どうしようもないだろう。

 

「はいはい、勝手にお喋りしないでね。あそこの人質が見えるかしら?貴方たちが何か変なことしたら…分かるわね?」

 

「分かっている、抵抗しない。だから人質には手を出さないでくれ。爆豪、お前も抵抗するなよ」

 

「…クソが」

 

 人質は猿轡を噛まされて椅子に縛り付けられていた。無論、個性で作られた人質だが、妹紅と爆豪はそのことを知らない。看破も難しいだろう。

 特に妹紅は、トガの個性が『変身』であり、変身するためには対象の血が必要だと襲撃時に聞かされている。故に、血を採取された変身元の子どもが必ず居ると信じていた。まさか子どもたちは既に殺害されており、『2倍』などという激レア個性で人質(トガ)の偽者を作っているとは夢にも思っていなかったのである。

 

「息が苦しそうだ。その子の猿轡だけでも解いて欲しい。お願いだ」

 

「ダメよ。今から大事なお話なんだから、子どもは静かにしてなきゃね」

 

「く…」

 

 マグネが口元に人差し指を立てて言う。更に人質の後ろにはニンマリと笑うトガがナイフを携えて立っていた。妹紅から見たトガの性質は紛う事無き異常者(サイコパス)。恐らくは重度の血液嗜好症(ヘマトフィリア)だと思われるが、襲撃の際は一切の躊躇も無く妹紅を殺しに来たことから、彼女は既に複数の殺人を経験していると考えていいだろう。

 そんなトガが人質を見張る役に就いていた。妹紅への牽制という訳だ。なお、人質(偽トガ)の猿轡を外さない本当の理由は、余計なことを口走ってバレないように、という死柄木の警戒からだ。実に聡明な判断である。

 

「すまないな。だが、これもお互いの為だと思って理解して欲しい」

 

「…何が目的だ。ヴィラン連合、死柄木弔」

 

 『手』を顔に付けてバーカウンターの椅子に座っていた死柄木は、意外にも穏やかな口調で話を始めた。無視したいところだが、人質を取られている以上そうすることも出来ない。妹紅たちは嫌々ながらも会話に応じた。

 

「話が早くて助かるよ、ヒーロー志望の藤原妹紅さんに爆豪勝己くん。単刀直入に言うと…俺たちの仲間にならないか?」

 

「…はぁ?」

 

「寝言は寝て死ね」

 

 意味が分からない、妹紅は単純にそう思った。もしや、自分がヴィランに与するとでも思われているのだろうか。だとしたら見当外れもいいところだ。爆豪も同じ気持ちだったらしく、キレのある暴言を吐いていた。

 

「ハハハ。まぁ、そういう反応だろうな。だけど、少しだけでいいから聞いてくれよ。知っての通り、俺たちヴィラン連合はヒーロー殺し、ステインの意思を継いでいる。無闇矢鱈と暴れているなんて思われては困る。俺たちはこのヒーロー社会を良くする為に行動しているんだ。時に過激な事もするが、全てはより良い社会の為なんだよ」

 

「テメェUSJン時は、ンなキャラじゃ無かっただろうが!どの口が言ってんだコラ!」

 

「君たちには悪かったと思っているさ。だが、あの時は悪人を演じる必要があった。天下の雄英を馬鹿なチンピラでも襲撃出来るってことを示して、慢心したヒーローたちを戒めたかったのさ。実際、あの後は日本中のヒーロー教育機関で警備の見直しがあっただろう?悲しいことに人間っていうのは危機感が無いと行動してくれないんだよ」

 

「嘘つけハゲ!」

 

 爆豪の言う通り、今の死柄木は猫を被っていた。全ては妹紅たちを手駒にするため。そして、荼毘たちステインの信奉者を上手く操るためだ。しかし、キャラが変わりすぎていてUSJ時の死柄木を知っている爆豪から見れば、とにかく気持ち悪い。それでも死柄木は演技を続けた。

 

「ステインも同じ想いだった。真のヒーローを、真のヒーロー社会を求めていた。君は何も感じなかったかい?なぁステインを打ち倒した張本人、藤原妹紅さん」

 

「なにっ!?」

 

「おい、ステインをやったのはエンデヴァーじゃなかったのか?」

 

 妹紅へと問いかける死柄木の言葉は、むしろスピナーや荼毘たちを刺激した。死柄木は保須事件の黒幕と言っていい存在だ。彼らは妹紅たちの戦闘も監視していたのである。因みに爆豪も驚いた様子で妹紅に視線を向けていた。

 

「報道ではな。だが、本当はこの子さ。エンデヴァーは彼女の功績を横取りしただけに過ぎない」

 

「クソだなエンデヴァー!いいや、英雄だぜ!横取りの英雄さ!」

 

 やかましいトゥワイスを尻目に、荼毘とスピナーは妹紅を睨む。妹紅が一切動じなかったことから、死柄木の言葉は真実なのだろうと彼らは判断していた。ならば、妹紅はステインの終焉を招いた張本人ということだ。敵意を露わにするのも仕方無いだろう。

 だが、そんな彼らを止めたのは暴露した張本人、死柄木だった。

 

「そう睨んでやるな。ステイン曰く、戦いとは信念のぶつかり合いで、弱い方は淘汰されて当然だそうだ。そして彼女はステインに勝った。これは間違い無く事実だ。そこに口を挟むことは彼の意思に背く行為だろう」

 

「むぅ…」

 

 スピナーは唸りながらも渋々敵意を収める。荼毘も睨むこと自体は止めたが、無言であり無表情だ。顔の火傷もあり彼の感情は読めなかったが、どう足掻いても荼毘の個性では妹紅には勝てないことから死柄木は構わず話を進めた。

 

「今の日本のヒーロー社会は本当に酷い。そりゃステインも変えようと必死になるさ。ヒーローは人々の命を金や人気に変換することに勤しみ、国民はそれらを囃したてる。そんな歪な社会に対して是正を促すべきマスメディアは…このザマだ」

 

 死柄木がテレビをつけると、どのチャンネルも記者会見の再放送や情報番組で溢れていた。雄英の記者会見からおよそ1時間。まだ騒動は収まっていない。死柄木はその中の1つにチャンネルを合わせた。記者会見を編集して見やすくした内容で放送しており、偶にスタジオに画面が戻り自称有識者たちが当たり障りの無いコメントを残していく。それだけの番組だが、やはり気月が残した爪痕は大きかったようだ。

 妹紅の生まれ、父親の虐待、不死の個性、自殺未遂、中学時代の孤独、無痛症…。番組の中で妹紅の秘密が次々と暴露されていく。そんなテレビ内容を見ながら妹紅が抱いた思いとは――。

 

「珍しいな。相澤先生が身綺麗にしている」

 

 なんてことはない。初めて見る相澤の正装についてだった。身なりを整えた相澤は清潔感があって、割と好ましい。いつもこの格好で授業すれば良いのにと妹紅は思う。というか、そもそもあの寝間着不審者スタイルはどうにかならないのだろうか。

 そんなズレた感想を言う妹紅に、爆豪がキレながらツッコミを入れてきた。

 

「馬鹿か!?そこじゃねぇだろうが!テメェだテメェ!」

 

「私?ふん…別に珍しくも無い」

 

「あぁ!?」

 

 ヴィラン連合の構成員たちですらウンウンと頷く爆豪の指摘だったが、妹紅の心には刺さらなかった。何故なら、全国ではもっと悲惨なことが起きている。妹紅はそれを知っていたからだ。

 

「児童の虐待は全国で6万件以上。その中でも虐待死は50人以上にものぼる。毎年、表沙汰になっている件数だけでもこれだけの数だ。ましてや、発覚していない虐待を含めればどれだけの人数にのぼるか…。私如きを晒して大騒ぎする意味が分からない」

 

 頻度だけで言えば、週に1人のペースで児童が虐待によって殺されているのだ。しかし、テレビは僅か数分で報道を終え、ほとんどの事件においては背景すら探ろうともしない。時にはテレビ報道すら無く、新聞紙に数行に載るだけという時もある。

 だと言うのに、妹紅の過去が暴露されただけでこの騒ぎだ。拉致された人間の命を心配しているというのならまだ理解出来るが、彼らが今やっていることは、暴露された妹紅の過去が真実か否かを議論するだけ。張本人である妹紅からしてみれば、それはもう相澤の正装に一番の関心を寄せるほどにどうでも良い内容だった。

 そんな様子の妹紅を見て、死柄木はテレビを消しながら言葉を放つ。

 

「そうだ、君たちだってこんな社会はおかしいと思うだろう?声は上げずとも、多くの人間が同じ想いを抱いているはずだ。ならば、俺たちはその代弁者として問おう!ヒーローとは何か、正義とは何か、この社会は本当にこのままでいいのか。国民一人一人に考えてもらう!俺たちの戦いは『問い』!俺たちは勝つつもりだ!」

 

 死柄木は生中継で記者会見を視聴した時から、このプライバシー侵害の極みのような内容を妹紅に見せることで社会への怒りを引き出そうと画策していた。

 しかし、妹紅が露わにした感情は怒りよりも呆れ。死柄木が求める感情では無かったものの、むしろ彼はその感情に同意する言葉を言ってのけた。わざと同調することで妹紅を唆そうとしたのである。

 

「その上で、もう一度君たちに聞きたい。仲間にならないか?…あぁ、別に拒否したからって、人質に危害を加える気なんて無いぜ。君たちの偽りなき本心を聞きたいんだ。俺たちと一緒にこの社会を変えようじゃないか」

 

「はっ!馬鹿が!要は『嫌がらせしたいから、仲間になって下さい』ってことだろ!?無駄だよ!俺はオールマイトが勝つ姿に憧れた!誰が何を言おうが、そこァもう曲がらねぇ!寂しく死んでろクソ連合!」

 

 死柄木の誘いを、当然ながら爆豪は拒否した。罵倒のおまけ付きである。だが、それを聞きながら妹紅は爆豪のことを見直していた。

 妹紅は爆豪がヒーローを目指す理由を知らなかった。普段の言動から『プロヒーローになれば個性を使って大っぴらに暴れられる』程度の理由でヒーローを目指しているのか思っていたのだが、存外に真面目で初々しい願望で驚いた。そう思って爆豪の方を見ると、彼も要らんことを言ってしまったことに気付いたらしい。妹紅を睨み、鋭い視線で“誰にも言うんじゃねぇぞコラ!”と訴えかけていた。

 

「そうか、残念だよ爆豪くん。では、君はどうだ?藤原妹紅さん」

 

「断る」

 

 次は妹紅に問いかける死柄木だったが、間髪入れずに妹紅は断った。人質を盾にされていたら嘘でも頷いていたかもしれないが、そうでないのなら拒否するのは当たり前だ。

 それに、懐柔された振りをしたところでヴィランどもが早々に妹紅を信用する筈は無い。“仲間になった証として爆豪を殺してみろ”などと言われたら最悪だ。嘘だとバレたら人質にも危害を加えられてしまう恐れがあった。

 

「断る理由は?」

 

「…正しさなど個人の主観によって異なるモノだし、それを主張するのも個人の自由だろう。しかし、己の正義を押し通す為に罪の無い人たちを傷つける行為は間違っていると思う。少なくとも私は、ステインやお前たちが正しいとは思えない」

 

 妹紅はそう思っている。だが、これもまた1つの意見に過ぎないということも理解していた。妹紅の言い分だって『罪の有る人なら傷つけても良いのか?』や『そもそも何を以て罪とするのか?』など、疑いだしたらキリが無い。正義というのは、多義的であやふやなモノなのだ。だからこそ妹紅は己の心に持つ正義を、慧音がその背で見せてくれた正義を一途に信じてきたのである。

 だが、そんな妹紅の主張に真っ向から反論した男がいた。ステイン信者の荼毘である。死柄木と違い、彼は本気で今のヒーロー社会を憂いている。その想いはステイン本人にも匹敵するほどだろう。しかし同時に、荼毘はステイン以上に殺人への躊躇が無いという凶悪なヴィランでもあった。

 

「甘ぇな。人間なんて痛みと恐怖以外で変わりやしねぇよ。だからステインの意志が世間に伝わったんだろうが。逆に聞くが、お前は今の社会が正しいと思っているのか?ずいぶん酷い環境で生まれ育ったっていうのに、まさかそれが正しい社会だとは言わないよなぁ?」

 

「故に、私はプロヒーローを目指した。ヒーローは逮捕権こそ無いが、警察や自治体と連携することで幅広く捜査が行える立場にある。それに、有名になれば児童虐待の現状を社会に訴えることが出来る筈だ。私はそうやって現状を変えるつもりでいる」

 

「はっ。世間が興味あるのは可哀想な藤原妹紅(オマエ)であって、虐待の現状なんかじゃねぇよ。そんな事やっても、ただ偽善者と呼ばれるだけだと思うぜ。もしくは、『そんなことやってないで、強いんだからヴィランと戦えよ!』とかな」

 

 荼毘は妹紅の意見を鼻で笑った。確かにそういう意見は出るだろう。匿名掲示板など、書き込んだ本人が特定出来ない場では一層酷くなるかもしれない。だが、そんなことは妹紅だって理解していた。

 

「私への評価はどうでも良い。名誉も知名度も使えるモノは使うが、無ければ無いで構わない。言いたい奴は勝手に言わせておけばいい」

 

「やることが遠回り過ぎる。虐待している親を何人か見せしめに炭にして『子どもを虐待する奴等は焼き殺す』って犯行声明を大々的に出した方が効率的だろ。俺ならそうする。お前も――」

 

「はー…。もういい、荼毘。コイツにも信念が有るようだ。理屈では折れないだろう」

 

 荼毘が喋っている途中だったが、死柄木は止めさせた。これでは勧誘ではなく、ただの討論だ。こんなことを続けても意味が無いし、ヒーロー論に全く興味が無い死柄木としては聞いているだけで疲れてしまう。

 

「じゃあ、どうすんだ。諦めるのか?」

 

「いいや…。おい黒霧、持ってこい」

 

 死柄木の命に、黒霧が『ワープゲート』を展開する。黒いモヤから現れたのはUSJで遭遇した脳が剥き出しになった大男、脳無であった。

 

「あン時の…!」

 

「脳無…!」

 

 爆豪に緊張が走る。この脳無の戦闘力は正しくオールマイト級だ。警戒しない筈がない。

 一方、妹紅は苦悶の表情を浮かべ、脳無に対して強い嫌悪感を示していた。同時に、酷く悪い予感も抱いた。この『超再生』の個性を持った脳無には、自分に関わる何かがある。他に理由は無いが、妹紅はそう感じていたのである。

 そして、それは真実になってしまった。

 

「世の中にはな、どうしようもなく救えねぇクズって奴が居る。君の身近にも居ただろう?俺たちはそういう奴等をリサイクルして活用しているんだよ。…なぁ、もう分かっているんじゃないか?この脳無の材料は―――君の父親だ」

 

「…!」

 

「チッ、おい白髪女。クソヴィランの言うことに耳貸してんじゃねぇぞボケ!嘘に決まってンだろ!」

 

 死柄木の激白に、妹紅は“やはりそうか…”と納得してしまっていた。隣の爆豪は嘘だと断じているが、妹紅にはどうにも分かってしまう。恐怖と憎悪で繋がった親子の絆とでも言うのだろうか。そんなものは直ちに断ち切ってしまいたいが、過去というのはコンロの油汚れよりも頑固でしつこいらしい。

 死柄木は椅子を妹紅の前に置いて、そこに座った。顔に付けていたトレードマークの『手』を外し、妹紅と向き合う。死柄木と妹紅、2人の視線が交差した。

 

「俺にはさ、君の気持ちが分かるんだ。俺もガキの頃に虐待を受けていたらしい。らしい、と言うのも俺は昔の記憶があやふやでね。先生は…俺を保護してくれた人は、辛い過去から精神を守る為に記憶を閉じ込めたのだろうと言っていた。君もほとんど無いだろ、昔の記憶」

 

「……」

 

 虐待云々の真偽は分かりかねるが、辛い過去を歩んで来たという死柄木の言葉は嘘では無いのだろう。死柄木の眼は酷く濁りながらも、確かに真実の色を映し出していた。

 

「君と俺はよく似ている。俺たちは地獄を見た。思い出そうとするだけで…あぁ吐き気がする。頭も痛い、脳が割れそうだ…。酷く気分が悪い。分かるよ、俺には君の気持ちが分かる」

 

「……」

 

 死柄木は首や顔を掻き毟りながら、呻くようにそう言った。皮膚が切れ、血が滲み初めても彼は構わず掻き毟り続ける。

 しかし、突然ピタリと手を止めた。そして目の前の妹紅を受け入れるかの如く、ゆっくりと両手を広げてみせた。

 

「藤原妹紅、君は良く耐えた。だから、もう良いんだ。君には権利が有る…復讐する権利が…!この脳無は動かないし、『超再生』も使えない状態にある。コイツを殺すなら今だ!殺しておかないと、あの地獄が再び訪れるぞ!これは紛う事無き正当防衛だ!さぁ、君の炎でコイツを焼き殺せ!己を守るために!」

 

 死柄木は拳を力強く振りかぶり、妹紅に殺人の正当性を示した。同時に遠方に居るAFOが『悪感情増幅』の個性を妹紅に発動させる。これは対象者の持つ悪感情をブーストさせる個性だ。もしも、妹紅がこの脳無に対して強い殺意や憎悪を抱けば、躊躇なく殺人への引き金を引くことになるだろう。しかし――

 

「……哀れだな」

 

「何…?」

 

 妹紅は殺人に走ることはなく、ただ冷めた視線で脳無を見つめてそう呟いた。その意外な答えに死柄木は眉を顰める。そんな彼には一切意に介さず、妹紅は続きを語った。

 

「身の回りの不平不満を弱者への暴力でしか発散することが出来ず、かといってヴィランに成るような胆力も無く…。お前たちに捕まり怪物にされて、最後は殺されるための踏み台か。確かにこんな奴が居なくなったところで誰も心配しないし、探そうともしないだろう。自業自得だな。馬鹿すぎて哀れみすら感じる。私が手を下す必要もない」

 

 無論、妹紅といえども全てを許す聖人君子ではない。因縁の父親を前にして彼女の心には今も恐怖や怒り、憎悪といった感情も確かにあった。だが、それ以上に溢れ出る感情がある。哀れみだ。ただし、最大級の侮蔑を含ませた哀れみであった。

 軽蔑、見下し、嫌悪…。それらが多大に含まれた憐憫。それこそが脳無にされた父に向ける素直な気持ちであり、妹紅が抱いた最大の悪感情だった。皮肉にもAFOはその感情を増幅させてしまったのである。

 

 しかし、死柄木は諦めきれなかった。なにせ拘置所を襲撃してまで脳無を取り返してきたのだ。苦労を無駄にはしたくない。それに、妹紅は決して父親のトラウマを完全に克服した訳では無かった。彼女の様子を良く見れば、身体が小刻みに震えていることが分かる。また、握り締めた拳からは血が垂れ、再生の炎が灯されていた。

 藤原妹紅はギリギリのところで父親に、そしてAFOの悪意に耐えている。そう睨んだ死柄木は、妹紅を更に追い込むべく今度は『不死鳥』の蘇生に焦点を当てた。

 

「復讐しない…。それは本当に君の意志なのか?いいや、俺はそうは思わないね。もちろん、今の君(・・・)はそう思っているのだろう。だが、苦しんで死んでいった今までの君たち(・・・・・・・)の意志はきっと違うはずだ」

 

「…どういう意味だ」

 

「生き返った君の魂や精神は、死ぬ前の君のままなのか?ってことさ。死ぬ度に藤原妹紅の魂はあの世へと行き、コピーされた君の魂と精神が再生されたフジワラモコウという身体に宿る。そう考えたことはないかい?」

 

「……」

 

 妹紅は黙り込んだ。無いと言えば嘘になる。実際、それを考えたことは何度もあった。自殺して己が何者かを確かめようとしたことも無数にある。しかし、それらは全て無常だった。蘇生した自分は『自分』であるのだから、どう足掻こうとも確かめようが無かった。妹紅は足元に広がる己の肉片と血の中でただ佇むことしか出来なかったのである。*1

 

「俺の目の前に居る藤原妹紅は、何人目のフジワラモコウなんだろうね…。なぁ、殺されていった自分の想いを酌んでやれよ」

 

 死柄木の言葉に妹紅は目を閉じる。まるで瞑想するかの如き静けさだった。そして数秒の沈黙の後、妹紅は厳かに開眼すると、とある著述の一節を口にした。

 

「生まれ生まれ生まれ生まれて生の始めに暗く、死に死に死に死んで死の終わりに冥し」

 

「あ?」

 

「……空海か」

 

 爆豪も死柄木も、ヴィラン連合の構成員たちも誰もが妹紅の言葉を理解出来なかった。唯一反応を示したのは荼毘1人。仏教用語で火葬を意味する『荼毘』をヴィランネームとする彼は、ある程度の仏教の知識を持っていたのだ。そして彼の言う通り、妹紅が口にした言葉とは真言宗の開祖、空海が著した『秘蔵宝鑰(ひぞうほうやく)』の一節から来る金言だった。

 解釈は複数あるが、“人は輪廻転生を繰り返しているが、何度生まれ変わればこの生死の真理を理解出来るようになるのだろうか”という受け取り方が一般的だろう。生とは死とは簡単に理解出来るものでは無いのである。妹紅は彼の著書からそれを学んでいた。

 

「凡人の私では生死の真理を悟ることは出来ない。故に、私が何者であるかというのも知ることも出来ないだろう。しかし、たとえ私が『私』では無かったとしても、私の憧憬の対象は一度も変わらなかった。人を救いたいという気持ちも変わらず心の中に在り続けている。その原点がある限り、私は常に『私』であり、そして『不死鳥』であり続ける」

 

 妹紅は自己同一性(アイデンティティ)に悩んだ。そして悩み抜いた果てにこの答えに辿り着いていた。

 思えば簡単なことだった。『慧音のようになりたい』『人を救いたい』そう考えていたから妹紅はヒーローを目指したのである。すなわち、妹紅が寺子屋に引き取られ、慧音の無償の愛に抱かれた時から彼女は『妹紅』になったといえる。愛こそが妹紅の存在証明。愛こそが妹紅の原点(オリジン)。ならば、自己同一性(アイデンティティ)はそれだけで肯定出来る。

 妹紅がそこに気付いたのは中学生になる前くらいだろうか。以降、妹紅の自殺は無くなり、自傷行為も目に見えて減っていった。正しく妹紅がヒーローとしての道を志した瞬間であったのだ。

 

 

「おぞましい。だから他人を助け続けると?狂ってるぜ、お前。そんなことを一体いつまで続けるつもりだよ」

 

 しかし、死柄木にとって妹紅のその想いは狂気でしかなく、聞くだけで苛立ちと痒みが湧いてくる思いだった。死柄木はバリバリと首筋を掻き毟りながら吐き捨てるように問い質す。

 それでも、妹紅は凛とした表情で『悪』を見据えて言い放った。

 

「この不死の命、燃え尽きるまで」

 

 ただ一言。しかし、その一言に妹紅の全てが含まれており、まるでオールマイトにも似た圧力があった。その有り様にスピナーは完全に圧倒されて息を呑み、荼毘は僅かに笑みを浮かべる。彼らが求めているモノが妹紅には宿っていたのだ。

 だが、同時にそれは死柄木が欲するモノでは無いことも意味していた。

 

「残念だ…。本当に残念だ…。地獄の中で君はヒーローに救われ、俺はヴィランに救われた。そこが運命の分かれ道だったのかもしれないな…」

 

 深く深く項垂れながら死柄木は胸中を吐露する。それは歪んだ嘘では無く、彼の本心から来た言葉だった。出会いさえ違っていれば、妹紅がヴィランになった運命もあっただろう。死柄木がヒーローになった運命もあっただろう。しかし、上白沢慧音(ヒーロー)に愛を以て救われた妹紅と、AFO(ヴィラン)に悪意を以て救われた死柄木。2人の運命はそこで決まってしまっていたのだ。

 

「はぁ、勧誘は失敗か…。それなら、君とまともに会話出来るのはこれが最後になるだろう。何か言い残すことは有るか?爆発小僧、お前もだ」

 

「人質を解放しろ」

 

「死ね、クソカス連合!」

 

 妹紅も爆豪も一貫として主張は変わらない。そんな2人の様子に死柄木は肩を竦めながら外していた『手』を顔に装着し直した。そして、黒霧に向けて顎をしゃくってみせる。その意味を読み取り、黒霧は『ワープゲート』を発動して妹紅たちをAFOの下に送ろうとする。

 しかし、それに異を唱えたのは荼毘だった。

 

「おい待て。爆豪は要らねぇが、藤原妹紅はステインが求めたヒーロー像に当てはまる。何をする気かは知らんが、時間をかけてでも説得すべきだ」

 

「安心しろ荼毘。どう足掻こうがコイツはこちら側に来る。まぁ、どんな状態になっちまうか分からないけどな」

 

 AFOの悪意は死柄木を遙かに凌駕する。少なくともAFOの下に送られた妹紅がその後、正気で居られる可能性は皆無と見て間違い無いだろう。無論、“苗床”にされてしまえば妹紅に会うことも無くなるかもしれないが、それをここで彼らに言う必要も無い。死柄木にとって仲間よりもAFOを優先するのは当然の事であった。

 

「もこたん、仲間になってくれるんですか!?わーい!」

 

「トガちゃん良かったわね~」

 

「共に戦えることを光栄に思う!」

 

「Welcome to Underground」

 

「なんだそれ?」

 

 トガ、マグネ、スピナー、トゥワイス、コンプレスは好き勝手に話を進めている。しかし、騒がしい連中を余所に荼毘だけは妹紅のその後を推測していた。

 

(まさか精神系の個性でも使って洗脳するつもりか?イカレになったらステインの求めるヒーローじゃ無くなるだろうが)

 

 荼毘が求めているモノは妹紅そのものでは無く、ステインとは正反対ながらもオールマイトに近しい輝きを放つその在り方である。故に、その精神性が大きく歪んでしまったら意味が無い。荼毘は諦めきれなかった。

 

「なら、その前に説得の時間を改めて俺によこせ。それで駄目なら俺も引き下がる」

 

「む、それなら俺も説得するぞ!」

 

「じゃあ、私もやります!」

 

 荼毘に便乗して、スピナーとトガも妹紅の説得へと名乗り出る。しかし、荼毘は顰めっ面で彼らを見ていた。なにせ死柄木の怪しすぎる言葉を信じて、諸手を挙げて妹紅の加入を喜んでいた2人だ。『何を説得するのか』すらも分かっていない可能性もある。

 

「少なくともイカレ女は止めろ。時間の無駄どころか、説得がマイナスに働く。関わるな」

 

「えー、なんでですか?」

 

 スピナーはまだ良い。彼が説得に関わったところで毒にも薬にもならないだろうから、時間を無駄にするだけで済む。しかし、トガは駄目だ。彼女は説得と称して身体を切り刻み、血を啜りかねない。当然、そんなことで妹紅がコチラ側に心を傾けてくれるはずが無く、逆効果にしかならないことは容易に予想が付いた。

 “何とか自分1人で藤原妹紅を説得しなくては…”。そう考える荼毘だったが、その思考はテレビから流れてきた声によって打ち切られることになる。

 

『すまないね、荼毘。藤原妹紅はこちらで調節する予定なんだ』

 

「先生…」

 

 その声に死柄木だけが彼の名を呼んだ。更に、黒霧も礼儀正しくテレビに向かって黙礼している。その他の者たちは一体何者かと首を傾げていたが、荼毘にはすぐに分かった。

 

「ふん、なるほどな。アンタが死柄木のスポンサーって奴か。だが、俺には関係無いだろ。藤原妹紅はコッチで仲間にする」

 

「荼毘止めろ。死ぬぞ」

 

 死柄木は荼毘を止めた。AFOは己の機嫌を損なわせる者に容赦が無い。この数秒後には荼毘が殺され、ここに遺体が横たわる。そんな未来も十分にあり得た。

 しかし、死柄木の予想に反して彼は上機嫌だった。確かに妹紅は父親を前にしても取り乱さず、『悪感情増幅』も失敗に終わった。死柄木の言葉にも己を曲げずに乗り越えて見せている。ああ、それは残念だ。だが、それでもAFOは一向に構わなかった。彼の悪意は無尽蔵。妹紅が堕ちなければ堕ちないほどAFOは悪意を振りまくことが出来、楽しみ続けることが出来るのである。そして妹紅が完全に壊れたり、彼が飽きたりした後は“苗床”にすればいいだけだった。

 

『フフフ。弔の仲間なんだ、このくらい別に構わないよ。しかし荼毘、君も内心では分かっているだろう?藤原妹紅の意志は恐ろしく強固だ。説得如きでは揺らぎもしないよ。拷問は意味ないし、人質を使って言うこと聞かせても敵意が増すだけ。無駄なことに時間をかけるべきでは無いと僕は思うけどね。それより僕に任せてくれないかい。上手くいけば更に君たち好みの思想になるだろう』

 

「……チッ」

 

 AFOの悪意を知らない荼毘はしばらく熟考した後、しぶしぶ従った。とはいえ、これは完全な嘘という訳でも無い。AFOとドクターならば生前の性格を残したまま、従順な脳無をも作り上げる事が出来る。故に、生きている人間の思想を弄ることも容易であった。

 問題は、妹紅という貴重な素体を、わざわざ荼毘の為に改造までして渡すのか?という点だ。もちろん、渡すわけがないのだが。

 

「先生って誰ですか?」

 

「たぶん俺のことだよ!」

 

「ガキの頃の死柄木を保護してくれたヴィランでスポンサーだって、さっきの話で言ってたじゃん。…もしかしてトガちゃん聞いてなかった?」

 

 一方、こちらではトガが未だに声の正体が分からず、コンプレスに尋ねていた。先生を自称するトゥワイスはさておき、コンプレスはちゃんと話を聞いていたようだ。彼がそう言うと、トガは人質(自分)に抱き付いて体重を預けながら自信満々に頷いた。

 

「死柄木くんのお話ですか?私には関係無いかなと思って聞き流してました!」

 

「…それで藤原妹紅の説得に参加しようとしていたトガちゃんはスゲェや。おじさん、拍手しちゃう」

 

「えへへ、よく分かんないけど褒められちゃいました」

 

 パチパチと軽い拍手を送るコンプレスに、トガは照れたように顔を綻ばせた。何とも自由な女子である。

 

「黒霧、コイツらを先生の所に送れ」

 

「ええ、分かりました」

 

 荼毘を納得させ、もう反対する者は居ない。後は妹紅たちを『ワープゲート』で送るだけだ。死柄木たちの話を聞く限り、送られる先はろくな場所では無さそうだと妹紅も爆豪も考えていた。しかし、妹紅たちに選択肢は与えられていない。

 

「いいか、抵抗するなよ。トガが持っているナイフには毒が塗ってある。藤原妹紅は分かるよなぁ。身体が動かなくなり、息が出来なくなっていく感覚をジックリ味わえる一品さ。人質のガキにそんな素敵な最後を迎えて欲しくないのなら大人しく従っておくことを勧めるぜ」

 

「貴様…!」

 

「クソ野郎が!」

 

 人質に抱き付くトガが、抜き身のナイフを笑顔で見せびらかしていた。これでは妹紅はもちろん、爆豪ですら抵抗出来ない。そうこうする間に、黒霧のモヤが近付いてきた。

 妹紅たちに絶体絶命の危機が迫る。しかし、その瞬間――不意に扉がノックされた。

 

「どーもォ。ピザーラ神野店ですぅー」

 

 自分たちのアジトにデリバリーピザを頼んだ馬鹿(ヴィラン)が居るらしい。

 声が聞こえてからバーの壁が吹き飛ぶ(・・・・・・・・・)までの刹那の時間。“そんな馬鹿に私は捕まったのか…”と、ちょっと落ち込む妹紅なのであった。

 

*1
夜の寺子屋の庭で複数回起きた出来事である。職員総出で掃除を行い、なんとか他の子ども達に見られる前に後片付けを終えることが出来た




 流石にアジトにピザの配達を頼んだ馬鹿はいません。ですが、何人かはトゥワイス辺りを疑っているかも…?確かにトゥワイスならやりかねないかもしれませんが今回は冤罪です。

 人質の女の子
 襲撃前の時点で本物の人質たちは既に殺されていますが、妹紅は気付いていません。一応、トガちゃんが2回も自己紹介している(襲撃時の偽者と、妹紅が目覚めた後の本物)という『2倍』に関わるヒントは有るのですが、分かるはず無いぞコレ…。
 2回自己紹介していると気付いた所で「だから何?」って感じですし…。ほぼノーヒントの状態では『変身』と『2倍』のコンボは見抜けません。


「生まれ生まれ生まれ生まれて生の始めに暗く、死に死に死に死んで死の終わりに冥し」
 言わせたかった原作台詞の一つです。
 原作の妹紅は蓬莱の薬によって本体が『魂』となり不死になりました。その為、アイデンティティの喪失とは全くの無縁ですが、ここの妹紅は個性で不死になってしまったので、普通に発狂するレベルで悩んでいました。
 なお、生き返った妹紅が本物では無くコピーであった場合、『サーチ』で見たラグドールが完全発狂して一生廃人になります。なので、このSSのラグドールが完全発狂してないってことは、妹紅は入れ替わり無く本物ってことですね。(リトマス紙感覚)
 いやぁ良かった良かった。

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