もこたんのヒーローアカデミア   作:ウォールナッツ

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もこたんと悪の帝王

 妹紅拉致の現場から数百メートル離れている森の中。毒ガスも火災も及んでいない場所であったが、麗日と蛙吹はそこで1人のヴィランに襲われていた。

 

「お茶子ちゃん、大丈夫?」

 

「大丈夫!ちょっと掠っただけ!」

 

 麗日は血の滲んだ上腕を押さえて答える。彼女の言う通り、傷口は浅かった。蛙吹がいち早くヴィランの襲撃に気付いたため、その声で咄嗟に避けることが出来たのである。

 

「急に切りかかって来るなんて酷いじゃない。何なのあなた」

 

「トガです!2人ともカァイイねぇ。麗日さんと蛙吹さん」

 

 手に持つナイフを2人に向け、彼女たちの名前を呼びつつトガは自己紹介を行った。名前は体育祭か何かで知ったのだろう。つまりそれは、個性も知られているという意味でもある。

 しかし、蛙吹が気になった点は他にもあった。

 

「そのナイフに付いている血。さっきのお茶子ちゃんの怪我で付いた血の量じゃないわ…。あなた、誰に何をしたの?」

 

「あ、これですか?えへへ、もこたんとちょっと遊んで来ました。カァイかったなぁ、もこたん。私ももっと遊びたかったなぁ」

 

「妹紅を!?」

 

 血塗れのナイフを持つトガの告白に、麗日は驚愕の声を上げた。

 実は、トガが彼女たちを襲う少し前。マンダレイが教員及び生徒たち全員に『テレパス』で連絡を送っていたのだ。内容は『イレイザーヘッドによる戦闘許可』、そして『ヴィランの目的は爆豪勝己と藤原妹紅である』というものだった。戦闘に秀でた爆豪や妹紅ならば、必ず無事だと信じていた麗日は、それ故に大きく反応してしまったのである。

 一方で、蛙吹は冷静な思考の下でトガの戦闘力を測っていた。

 

(火傷どころか、服が焦げた痕も無い…。嘘の可能性の方が高いけども、本当だとしたら無傷で妹紅ちゃんと倒せるほどの個性の持ち主ということね)

 

 蛙吹はヴィランの言葉を信じるつもりなど更々無かった。仮に彼女が妹紅と交戦したのだとしたら、多少なりとも戦闘の痕が残るはずだ。だが、彼女の身体や服にはそれが無い。十中八九、嘘だろうと蛙吹は判断した。

 しかし、トガが言っていることが本当ならば、これは非常にマズい事態だ。妹紅を無傷で倒せるということは、恐らく初見殺し系の個性なのだろう。そうだとすれば、こうやって相対しているだけでも危険が伴うと言っても過言では無かった。

 

「正直、遊び足りないのです。だから二人とも…私と遊んで下さい!」

 

「来たぁ!」

 

「お茶子ちゃん」

 

 ナイフと管の付いた太い注射器を両手に持ち、トガは2人に向かって駆け出す。その悪意から麗日を守るべく、蛙吹は彼女をベロで捕まえ、茂みへと投げて逃がした。

 

「施設へ走って。戦闘許可は『敵を倒せ』じゃなくて『身を守れ』ってこと。相澤先生はそういう人よ」

 

「梅雨ちゃんも!」

 

「もちろん、私も…ッ!」

 

 トガの話は嘘である可能性が高い。だが、仮に本当であれば未知の個性で初見殺しされかねない。嘘でも真実でも、いずれにしてもトガと戦うメリットはほとんど無いことから、蛙吹は迷うこと無く撤退を選んだ。

 しかし、麗日を逃がすために伸ばした舌をトガのナイフで切られてしまった。切り落とされる程では無かったが、舌を深く傷つけられてしまったのである。

 

「梅雨ちゃん。梅雨ちゃん…。梅雨ちゃんっ!カァイイ呼び方。私もそう呼ぶね」

 

「やめて。そう呼んで欲しいのは、お友達になりたい人だけなの」

 

「じゃあ、私もお友達ね!やったぁ!」

 

 蛙吹もどうにかして撤退しようとするも、トガがそれを阻んだ。蛙吹の束ねている髪の毛を注射針で木に打ち付け、彼女を捕まえたのである。

 

「お口から血ィ出てるねぇ、お友達の梅雨ちゃん!カァイイねぇ、血って私大好きだよ」

 

「梅雨ちゃんから離れてッ!」

 

 正気とは思えない言葉と共に、トガは蛙吹に抱き付く。その右手にはナイフが握られており、いつ凶刃が振るわれてもおかしくない状況だった。

 友人の危機に麗日は駆けた。とにかく蛙吹を助けようと疾駆してくる彼女に、トガはナイフを向ける。その瞬間、麗日の脳裏に職場体験の記憶が蘇った。

 

『いいかい、お茶子ちゃん。ナイフを持った相手には、まず片足軸回転で相手の直線上から消えよう。そして、手首と首根っこを掴む。首は力一杯押して、手首はグイ~ッと引っぱる!すると…ほら、相手はバランスを崩してうつ伏せに倒れるでしょう?じゃあ、サイドキック相手に実際にやってみようか』

 

『はい、お願いします!片足で回転!手首と首を掴んで、押す!引く!こうですか!?』

 

『わぁ、綺麗に決まったね!凄いよ、お茶子ちゃん!センスあるよ!』

 

『ありがとうございます!(褒め方も可愛い…)』

 

 ただ記憶通りに。ただ練習通りに麗日は動いた。トガのナイフを持つ腕と首元を掴むと、力を込めて一息に地面に叩き付ける。更に、流れるような動きで倒れたトガの上に乗り、腕を押さえつけた。

 G・M・A(ガンヘッドマーシャルアーツ)。武闘派ヒーロー、ガンヘッド直伝の近接格闘術であった。

 

「梅雨ちゃん!ベロで拘束出来る!?痛い!?」

 

「凄いわ、お茶子ちゃん!でも、ベロはちょっと待って」

 

 見事な捕獲術に、蛙吹が賞賛の声を上げた。麗日の体捌きは、体育祭の時と比べると別人レベルにまで至っている。恐らくトガは体育祭を見ていたが故に、彼女の実力を見誤ってしまったのだろう。

 しかし、押さえつけられてもなお、トガには余裕があった。確かに麗日の動きは彼女にとって予想外だった。だが、まだまだ青い。トガの個性は不明なのだから、この場面では迷うこと無く殴打して気絶させるべきだったのだ。もしくは、拘束するのであれば多少ばかし怪我をさせようとも手足を完全に封じ込めるべきだった。

 つまり、麗日の拘束には非情さが足りていなかったのである。

 

「お茶子ちゃん、あなたも素敵。私と同じ匂いがする…。好きな人が居ますよね。そして、その人みたくなりたいって思ってますよね。分かるんです、乙女だもん。好きな人と同じになりたいよね。当然だよね。同じ物を身に付けちゃったりしちゃうよね。でも段々満足出来なくなっちゃうよね。その人そのものになりたくなっちゃうよね。しょうがないよね」

 

 麗日に話しかけたのは、彼女の気を逸らすため……だけではない。これがトガの本性だ。『変身』という個性を持ち、他人に憧れ、血を愛した。歪んだ個性と歪んだ人格が合ってしまったが故に生まれてしまったのが渡我被身子(トガヒミコ)という存在だった。

 

「あなたの好みはどんな人?私は男の子でも女の子でも、ボロボロで血の香りがする人が大好きです。だから最後は切り刻むの…。あぁ、なので、もこたんは最高です。何度切り刻まれても死なない個性…ずっと愛していられます!えへへ、お茶子ちゃん楽しいねぇ。恋バナ楽しいねぇ!」

 

「いッ!?」

 

 トガは恍惚に酔い、紅潮した顔で嗤う。一方で、麗日は彼女が何を言っているのか理解出来ず、脳裏は疑問だらけだ。そうやって意識を逸らされた瞬間、トガはその僅かな隙を突いて反撃に出た。太い注射針を麗日の太腿に突き刺したのである。

 

「お茶子ちゃん!?」

 

 チウチウと血が抜かれていく。蛙吹もまだ動けず、麗日は自分で対処しなければならない状況にあった。急いで刺さった注射針を引き抜きたいところだが、拘束が緩んでしまえば再びトガのナイフが振るわれてしまうだろう。下手な動きは取れない。ナイフか注射針か…、麗日は王手飛車取りのピンチに陥っていた。

 

「麗日!?」

 

「障子ちゃん、皆も!」

 

 だが、救いの手は突如としてやってきた。近くの茂みから障子たちが現われたのである。しかも、その背には大怪我をしているが緑谷も居る。また、一緒に現われた轟はB組の円場を背負っており、その後ろには常闇と爆豪(・・・・・)の姿もあった。

 

「痛ッ!?しまっ…!」

 

 トガは障子たちをチラリと見ると、麗日に刺していた注射針をグリッと抉った。すると、彼女の身体は痛みで僅かに跳ね上がり、それに合わせてトガが麗日を突き飛ばす。そして、すぐさま拘束から抜け出した。

 これは人間の侵害反射*1を利用した脱出法であった。相手の反射を利用すれば、小さな力でも拘束から逃がれることが出来る。トガは幾多の人間を殺傷してきた経験から、これを身に付けていた。

 

「人が増えたので帰ります。殺されるのは嫌なので。バイバイ、お茶子ちゃん。梅雨ちゃん。あ…!」

 

 撤退する寸前。トガは酷い怪我を負った緑谷を見つけると、心の高ぶりを感じた。きっと彼は誰かを助ける為に戦ったのだろう。トガにはボロボロになった緑谷の姿が誰よりも美しく、そして格好良く見えていた。

 だが、このまま見惚れていては捕まってしまう。トガは蛙吹を固定していた注射器を素早く引き抜くと、後ろ髪を引かれる思いで撤退するのであった。

 

「妹紅の手掛かりがッ…!」

 

「待って、妹紅ちゃんのことは嘘かもしれないわ。どちらにしても追うのは危険よ。…お茶子ちゃん?」

 

 トガを逃すまいと麗日が追う。だが、駆け出そうとしたところで彼女は派手に転んでしまった。麗日が最初に感じたのは目眩だ。最初は立ち眩みかと思ったが、治ることなく徐々に酷くなっていく。加えて、徐々に手足の末端が痺れて力が抜けていく感覚もあった。

 立ち上がろうとする度に膝をついたり尻餅をついたりと、麗日の様子は明らかにおかしい。それに気付いた蛙吹は、彼女の元に駆け寄った。また、障子や轟たちも集まる。

 

「どうした麗日。まさか…さっきの女ヴィランの個性か?」

 

「分からない…。何か、身体が変…。目眩がして、手足が痺れる…」

 

「麗日さん…!?」

 

 地面に両膝をつけながら皆の方へと振り返った麗日の顔色は真っ青だった。緑谷は自分の怪我をも忘れて麗日の名を呼ぶが、彼女はそれに気付けるほどの余裕は無い。目眩、吐き気、痺れなど。彼等はその症状がトガの個性によるものだと思い込んでしまったが、これはトガのナイフに仕込まれた神経毒テトロドトキシンの効果だった。

 

「どうする、あの女を追うか!?く…何処に行った!?気配が消えたぞ!?」

 

「待て常闇、無闇に追うな。蛙吹の言う通り、追うのは危険すぎる。麗日のこともあるし、爆豪の護衛も疎かには出来ない」

 

 常闇がトガの行方を探るが、彼女の気配は全く感じられない。未成年のためメディアは報じていないが、トガは連続失血死事件の容疑者として警察が血眼になって捜しているヴィランだ。警察から逃れ続けた彼女の潜伏・逃走スキルは、ヒーローの卵くらいでは看破出来ないレベルにまで達していた。

 それでも、探し出そうとする常闇を障子が止める。逃走が罠であった場合を考えると、ここでトガを追うのはリスクが大き過ぎたのだ。

 

「確かに…。む、爆豪?おい、爆豪はどこだ?」

 

「なに言っているんだ常闇くん。かっちゃんなら僕らの後ろに…」

 

「おい待て、ホントに爆豪の奴が居ねぇぞ!?」

 

 口惜しげながらも納得した常闇が振り返ると、ある事に気が付いた。つい先程まで一緒に居た爆豪が居ないのだ。傍若無人な彼といえども、まさかこんな非常事態時に無言で単独行動するはずも無いだろう。

 常闇の一言で慌ただしくなる面々。妹紅と爆豪がヴィランの目的だということは、緑谷がマスキュラーと戦い、命がけで得た情報だった。故に、彼等は最大限の警戒を持って爆豪を守りながら撤退していたはずなのである。そう、“麗日襲撃に気を取られた”あの瞬間までは。

 

「かっちゃん!どこに行ったんだよ、かっちゃん!?」

 

(悪いね、爆豪くんは貰っちゃったよ。エンターテイナーとしては俺のマジックをPRしたいところだが、これも仕事でね。ここは突然の人体消失(ホラーマジック)でも楽しんでくれよ)

 

 緑谷たちの混乱の声を背で聞きながら、ヴィラン連合のMr.コンプレスは闇夜を駆けていた。爆豪を拉致したのは彼だ。ヴィラン連合に来るまでは怪盗として名を馳せていた彼にとって、気を取られている人間を盗むことはさほど難しい事では無かった。

 コンプレスは木から木へと飛び移りながら、爆豪を『圧縮』した玉を手の上でコロコロと転がす。エンターテイナーとしての矜恃には沿わないマジックではあるが、柔軟な性格の彼は仕事として割り切り、姿を見せぬまま逃走の一手を取ったのである。

 

(常闇くんも良いと思ったけど…、まぁ別にいいや。あの腕の個性の子もかなり警戒していたし、男子を何人拉致したところで藤原妹紅のインパクトには及ばないもんなぁ…)

 

 コンプレスは心の中でそう呟いた。彼は常闇がムーンフィッシュを撃破する瞬間を目撃していたのだが、暴走した常闇の個性は正に暴力の権化。仲間に引き入れたいとも考えたが、障子の警戒もあって断念していた。

 また、妹紅の拉致を終えた彼等にとって、そもそも爆豪の拉致すらもオマケに過ぎない。それを考えればこれ以上の拉致は必要無く、むしろ下手に作戦から逸れた事を行えば、そこから綻びが生じる恐れもあった。そうなってしまったら予定外の出来事を嫌う死柄木は酷く不機嫌になるだろうし、そんな彼を相手にするのはコンプレスとしても面倒な話だ。すなわち、ここで常闇を拉致するメリットは大して無かったのである。

 

 

「駄目だ。俺の耳で探っても反応が無い。近くには居ないようだ」

 

「そ、そんな…かっちゃん…」

 

 障子の『複製腕』で作られた耳は常人を遙かに超える聴覚を持つ。しかし、聞こえるのは木々のざわめきや森が燃える音ばかり。彼の耳を以ってしても爆豪の居場所は掴めなかった。

 

「クソ!俺のせいだ!俺が爆豪から目を離してしまったばかりに…!」

 

「いや、常闇の責任じゃねぇ。俺たちも完全に気を取られちまった。やられた…、恐らく隙が出来る瞬間をずっと狙ってやがったんだ」

 

 爆豪の背後を守っていた常闇は、自分自身を強く責めていた。だが、他の者たちとて常闇を責めることは出来ない。彼等も全員出し抜かれてしまったのだ。ただ己の力不足を後悔するしか出来なかった。

 

(ヒュー…、ヒュー…)

 

「麗日!?マズい、麗日の呼吸が浅くなってきている!」

 

 麗日の呼吸音の変化に、いち早く反応したのは耳の良い障子だ。このまま放っておけば危険なのは間違いない。彼等が麗日の周りに集まると、彼女は苦しそうに答えた。

 

「私は…大丈夫…。…それより…爆豪…くんを…」

 

「無理しないで、お茶子ちゃん。…今はまだ何とか大丈夫そうだけど、これ以上酷くなったら人工呼吸をしないといけないわ。これからどんな症状が出るか分からないから、出来ればAEDや酸素呼吸器が欲しいところね。血圧も測りたいわ」

 

「そんな、麗日さん!一体何が…!?」

 

 麗日はトガにテトロドトキシンを注入されてしまった。しかし、そんな彼女にとって幸運だった点が2つある。まずは切り口が浅かったことだ。深く切りつけられていたら、その分だけ毒は回っていただろう。

 次に、毒の大部分が流失していたという点だ。トガ(偽者)は狂った様に妹紅にナイフを突き立てていた。ナイフに仕込まれた毒のほとんどが妹紅に注入されるか、血と一緒に流れ落ちたかしており、残されていた毒は僅かだったのである。それらのおかげで、麗日に注入された毒は命に関わるほどでは無かった。

 とはいえ、麗日の症状は良くない。げに恐るべきは僅かな量でも人を死に至らしめるテトロドトキシンの毒性だろうか。

 

 一方で、同じく切りつけられた蛙吹は無事だ。これは彼女の個性が関係していた。

 たとえば、ヒキガエル科の中にはテトロドトキシンを保有する毒カエルが存在しており、毒に対しても耐性を持つ。また、ヤドクカエル科の毒カエルは、進化の過程でテトロドトキシンよりも遙かに強力な神経毒を生み出し、その耐性を持つに至った。他にも、アマガエルも弱いながらも毒を持っていたりと、カエルには毒を持つ種が多いのである。

 その為か、『カエル』という個性を持つ蛙吹自身も毒を保有していた。少しピリッとするだけの微弱なモノではあるが、毒は毒。彼女はそれらや神経毒にも多少の耐性を持っていた。故に僅かな量のテトロドトキシンでは症状が出ずに済んだのである。

 

「ク…仕方無い。まずは麗日たち負傷者を施設に連れて行くぞ!常闇、ダークシャドウの上に麗日と蛙吹を乗せてくれ。蛙吹、万が一の時は人工呼吸を頼む。呼吸音だけで無く、チアノーゼ反応も見逃すな。心拍数にも気をつけてくれ」

 

 爆豪の捜索か、麗日の救出か。轟は麗日の救出を優先した。これは識別救急(トリアージ)的には当然と言える。何せ、彼等の中には麗日以外にも円場や緑谷といった重傷者がいるのだ。救える者から優先して救うという、理屈としては非常に正しい判断を彼は下した。

 だが、正しいからといって、それは決して感情で割り切れるものではない。轟にとっても苦渋の選択だ。酷く焦り、冷汗を浮かべた顔がそれを示していた。

 

「任せて、轟ちゃん。常闇ちゃん、お願い出来る?」

 

「あ…ああ、大丈夫だ。いいな、ダークシャドウ。乗っている二人を揺らさず、水平に保つんだぞ。もし再び暴走しようものなら…」

 

「俺の炎で照らすことになる。こんな風にな」

 

「ひゃん!分かったヨ!分かったカラ、火ヲ近づけるノハ止めてクレヨ!」

 

 爆豪を見失ってしまった悔恨で再び蠢きだそうとするダークシャドウに、轟は炎を向ける。途端に影が小さくなって怯え始め、その隙に常闇はダークシャドウの主導権を奪った。

 

「お願いね、ダークシャドウちゃん」

 

「アイヨ!」

 

 嫌々大人しくなったダークシャドウだったが、蛙吹が撫でながら頼むとコロリと上機嫌になって女子2人を乗せてくれた。個性だというのに中々現金な性格のようだ。

 

「良し、行くぞ!出来るだけ急ぐんだ!」

 

「僕は…、僕はかっちゃんを探す!障子くん、降ろして!僕一人でも探してくる!」

 

 緑谷を背負う障子を先頭に、麗日と蛙吹をダークシャドウに乗せた常闇、円場を背負った轟が後ろに続いて走り出す。周囲に注意を払いつつ、最大限のスピードで施設へと向かっていた。

 そんな中、障子の背中で緑谷は声を上げる。それは1人で爆豪を捜索するというものだった。確かに他の者は動けない。障子はヴィランに出会わぬように先頭を走りながら索敵をしなければならないし、常闇と蛙吹は麗日を一刻も早く施設に運ばなければならない。轟は円場の運搬と、万が一ヴィランに遭遇した際は護衛に徹する必要がある。そういう状況にあった。

 だが、緑谷は別だ。両腕こそボロボロだが、足はまだ生きている。実際、この怪我で爆豪と妹紅を探すために1人で森を駆けて来たのだから、助けに行こうと思えば助けに行ける状態ではある。

 そう訴える緑谷だったが、障子は走りながら首を横に振って答えた。

 

「駄目だ、その怪我では降ろすことは出来ん。途中で動けなくなれば、山火事に飲み込まれて死んでしまうぞ」

 

「僕の怪我なんて今は知らないよ…!それより、かっちゃんを…!」

 

 緑谷は意外と頑固だ。特に、誰かを救う為ならば己の身すら犠牲にすることも厭わないところがある。恐らくここで緑谷を解放すれば、彼は文字通り死ぬ気になって爆豪や妹紅を探そうとするだろう。そして、見つけるまで絶対に戻らない。緑谷はそういう危うさを秘めていた。

 だからこそ、障子は彼を自由にさせなかった。障子もまた他人を助ける為ならば、己の危険を厭わない男だ。しかし、この緑谷も彼にとっては助けたい友の一人だったのだ。

 

「緑谷、頼む。俺にお前を殺させないでくれ…。頼む…!」

 

「う…ぐぅ…うう…!かっちゃん…!藤原さん…!」

 

「緑谷、大丈夫だ。施設に麗日と負傷者を預けたら、俺がもう一度戻って森を捜索する。俺なら火も消せる。アイツらが簡単にやられやしねぇのは、お前も知ってんだろ。爆豪はどうせ森ン中でいつもみてぇに悪態ついてるだろうし、藤原は空飛んで施設に戻ってるはずだ。無事だ。絶対みんな無事だ。絶対…!」

 

 涙を流して彼等の無事を祈る緑谷を、轟は慰めた。いや、それはむしろ自分に言い聞かせているような言葉だ。ここにいる全員が、そう信じたかったのである。

 

 しかし…彼等の願いは無情にも裏切られることになる。施設に妹紅の姿は無く、ペアだった八百万は頭から血を流して気を失った状態で運ばれてきた。彼女を運んできた泡瀬曰く、発見した妹紅の痕跡は凄惨の極みだったという。また、麗日たちを施設に送り届けた轟は、再び森の中を捜索したが、ガスで意識を失った者たちを数名助け出すことは出来たものの、爆豪の姿はおろか、その痕跡すらも見つけることは出来なかった。

 その後、消防や警察だけでなく応援のヒーローたちも現場に駆け付けて、夜通し救助・捜索活動が行われたが、最後まで妹紅と爆豪は見つからなかった。これらを受け、雄英高校は正式にヴィラン連合の襲撃と生徒の被害状況を発表。生徒40名の内、軽傷者6名、重傷者3名、ガスによる意識不明者15名。そして、爆豪勝己と藤原妹紅がヴィラン連合に拉致されたと思われることを公にした。

 このニュースはすぐさま日本中に駆け巡り、日本社会に未曾有の激震を与えるのであった。

 

 

 

 

『早く子どもたちを守りに行かないといけないのに…!』

 

『クソ、強い…!だが、コイツらを自由にさせたら生徒たちが大勢殺される!ここで倒すんだ!』

 

「なんと、なんと。雑魚ヒーローかと思ったら案外やるのぉ。これだけの数の中位脳無を投入しても持ち堪えるとは見事なものじゃ」

 

 時は雄英襲撃の真っ最中。仲間内から“ドクター”と呼ばれる老人は、死柄木すらも知らないアジトの中から脳無たちに指示を出していた。戦っている相手は雄英が護衛に雇ったプロヒーローたち。一方、こちらは中位脳無を10体以上投入している。更に、遠隔とはいえドクターが直々に指揮をとっていた。はっきり言ってプロ数人程度ならば数分で圧殺出来る戦力だ。

 しかし、脳無の強襲から既に10分以上は経っているが、彼等は全滅に至っていない。プロヒーロー4人の内、索敵個性のヒーローと捕縛に特化した個性のヒーローは撃破したものの、純粋な戦闘個性を持つ2人のヒーローが未だに抵抗を続けていた。

 

「良い個性を持っておるし、身体能力も高い…。脳無の素材として欲しいのう…。どれ、更に脳無を投入して、コイツらも拉致するか」

 

 彼等は倒れた仲間を庇いながら攻撃をしのぎ、時に反撃して脳無たちを打ち倒していく。その強さはヴィランであるドクターが賞賛するほどだ。しかし、それは己の研究材料としての褒め言葉でもあった。

 早速、ドクターはヒーローたちを拉致すべく動き出そうとする。しかし、後ろから近付いて来た人影がそれに待ったをかけた。ドクターの主であり、裏社会を支配する究極悪、オール・フォー・ワン(AFO)だ。

 

「そんな余裕は無さそうだよ、ドクター。ヴィラン襲撃の報を受けたオールマイトが動き始めた。すぐに現場に駆け付けるだろう」

 

「おお、先生。もうそんな時間になってしまったか。新しく死柄木の仲間になった…ナントカ行動隊は上手くやったかね?」

 

「ああ、既に藤原妹紅とラグドールはコチラに送られてきている。爆豪勝己の拉致にも成功したようだ。何人かは倒されてしまったようだが、彼等はよくやってくれたよ」

 

 AFOは黒い髑髏を模したヘルメットを被って出向いてきていた。このヘルメットは高機能の医療マスクだ。6年前、オールマイトによって身体をボロボロにされた彼は、奪い取った個性や高性能の医療機器によってその身体を維持していた。

 そんなドクターお手製の医療マスクの中で、AFOは機嫌良く笑みを湛えている。朗報を聞いたドクターも同じく笑い、手を叩いて喜んだ。

 

「ほっほっほ、それは良い知らせじゃの。『不死鳥』が手に入ったのならコイツらは別に要らんわい。では、脳無たちを『転送』するか。ジョンちゃんや、こっちにおいで」

 

 確かにあのヒーローたちは脳無の材料としてうってつけだろう。しかし、超激レア個性を持つ妹紅が手に入ったとならば話は別だ。早く『不死鳥』の研究を始めたいのだ。それこそ何を優先してでも、だ。

 脳無の回収の為に、ドクターは“ジョン”という上半身だけの小柄な脳無を呼び、『転送』という個性を使おうとした。『転送』とはAFOが奪った個性の1つであり、希少な空間移動系の個性である。また、彼等は個性の複製にも成功しており、ジョンだけでなくAFO自身も、この『転送』個性を所有していた。

 

「いや、待ってくれドクター。脳無の回収は黒霧に任せよう。黒霧の『ワープゲート』以外に移動手段が有るとは、ヒーローたちに知られたくなくてね」

 

「それもそうじゃの。黒霧よ、今はもう手隙じゃな?脳無たちの回収を頼んだぞい」

 

『承りました、ドクター』

 

 AFOの言葉に賛成して、ドクターは黒霧に連絡を入れる。彼は命令を聞くや否や、すぐに行動を起こしてくれた。ドクターたちの目の前にある巨大なモニターには、早くも脳無を回収しようとする黒霧の姿が映し出されている。

 

『何、あのモヤ…?あ!あれはヴィラン連合の黒霧!』

 

『倒せ!奴を捕まえればヴィラン連合の足を潰せる!』

 

『さてさて。万全の状態ならともかく、消耗しきった今の貴方たちにそれが出来るでしょうか』

 

 ヒーローたちは現われた黒霧に攻撃が集中させた。しかし、黒霧も手慣れたモノで『ワープゲート』で攻撃を逸らしたり、脳無そのものを盾にして身を守っている。回収対象が脳無という人ならざる者だからこそ出来る芸当だ。加えて、ヒーローたちが脳無との激戦で疲弊していた事もあり、攻撃にキレがない。結局、彼等の攻撃は黒霧に届くことなく全て阻まれてしまっていた。

 それでも、諦めずに攻撃を続けるヒーローたちだったが、黒霧は全ての脳無の回収を終え、彼自身もモヤの中に消えていく。

 

『ク、待ちなさい!』

 

『俺たちには目もくれずに脳無どもを全て回収していきやがった…。チッ、最悪だ。目的を達したということか…。しかし、それでも俺たちがやるべき事は残っている。少しでも被害を抑えに行くぞ!』

 

『ええ!』

 

 黒霧を取り逃がした悔しさに顔を歪ませるヒーローたちだったが、すぐに気を取り直した。嘆くだけならば何時でも出来る。今現在に全力を尽くすのがプロなのである。彼等は倒れた仲間を担ぐと、満身創痍の身体に鞭打ち走り出すのであった。

 

「そうだ。少し聞いてくれないかい、ドクター」

 

「ん、何かね?」

 

 しかし、そんなヒーローたちの高潔な覚悟もAFOとドクターからしてみれば、幼児のおままごとに等しい。彼等は既にヒーローたちへの興味を無くしており、ドクターの部屋から出て行くところだった。

 

「ラグドールから『サーチ』を奪ったのは良いのだけど…。そういえば僕、目が潰れているから“見る”ことが出来なかったよ。残念だ」

 

「ぶほっ!ほっほっほ!確かにそうじゃ!先生は意外とお茶目ちゃんじゃの!ほっほっほ!」

 

 アジトの廊下を歩くAFOと、自動の車椅子で併走するドクター。彼等は他愛のない笑い話で盛り上がっていた。

 

「ハハハ。いや、盲点だったよ。盲目なだけに」

 

「ぶほほ!キレキレじゃの先生。じゃが、ギャグが少々オヤジ臭いぞぅ。ほっほっほ!」

 

「フフフ、三桁の年数を生きてきたんだ。オヤジ臭いで済めば良い方じゃないか。それに『不死鳥』があれば、この目も治るんだろう?」

 

 AFOの表情はマスクで読み取れないが、そう問いかける声は喜色で満ちていた。オールマイトにやられた古傷は内臓だけでなく顔面にも至っており、彼の目は完全に潰れていたのだ。『赤外線』や『音・震動』『感知』などといった感受系の個性で過ごしてきたが、やはり不便極まりない。治せるものなら、さっさと治してしまいたいのが本音であった。

 

「すぐに、とはいかんがの。確かに『不死鳥』の蘇生能力は素晴らしい。恐らく、蘇生方面に特化して個性が“覚醒”したのじゃろうな。唯一無二の個性と言っても良い。しかし、『超再生』の系譜だからか、癒えてしまった傷には効果が薄いとワシは見ておる。どうじゃ先生、試してみるか?」

 

「遠慮しておくよ。やるとしても人体実験で成功してからだね」

 

 ニタリと笑いながら『不死鳥』の再生を勧めてくるドクターだが、時期尚早とばかりにAFOは断った。実際、『不死鳥』には謎が多い。たとえば、不死能力はどこまで不死なのか?*2や、不死とはいえ寿命が尽きたら老衰で死ぬのか?、いやそもそも成長は出来ているようだが、老化はするのか?、などなど疑問は尽きない。故に、彼らは妹紅のついでに情報収集系個性の最高峰とも言えるラグドールの『サーチ』を奪ったのである。

 

「他の者に『サーチ』を渡して使わせれば、手っ取り早く詳細が分かるかもしれんな。しかし、いずれにしても『不死鳥』は燃費が悪く、使い勝手も良くない。藤原妹紅がこれだけ使いこなせているのは、何千と繰り返し死んだことによって限界突破しまくっておるからじゃ。キ○ガイ沙汰じゃぞ、これ」

 

「僕が『不死鳥』を奪ったとしても、そんな訓練法を試す気にはならないな。狂っているよ」

 

 マッドサイエンティストと闇の帝王から狂人扱いされるという、1ミリも嬉しくない評価を受けた妹紅だったが、それは強制的に送らされた悲劇の過去だ。妹紅が望むはずもない。

 しかし、妹紅が送った地獄の日々を想像するだけで、AFOは楽しくて仕方無い。他人の不幸は蜜の味。彼にとって妹紅の人生というのは、己に愉悦を与えてくれる楽しい物語でしかなかった。

 

「さて、そんな使い勝手の悪い個性なのじゃが、誰でも簡単にカスタマイズする方法がある。それが個性婚じゃ。使い勝手が悪いのならば、使い勝手の良い強個性が出来るまで産ませれば良い。それだけじゃ。いずれ癒えた傷をも治す個性が産まれるじゃろう。ランダム性が高いのが欠点じゃがの」

 

「彼女が男だったら、最高のハーレムを用意してあげたのにねぇ。フフフ、残念だ。いやはや、本当に残念だ」

 

 AFOがマスクの中でクツクツと嗤う。実際、AFOが言う通り『不死鳥(妹紅)』の性別が男であれば、彼は最大限の待遇を用意しただろう。きっと後継者である死柄木弔に勝るとも劣らないほどの好待遇で迎え入れたはずだ。

 しかし、妹紅は女だし、逆ハーレムを望むような性癖を持ち合わせている訳でもない。用意したところで妹紅が拒否するのは目に見えていた。

 

「ふむ…。では、苗床か?」

 

「僕たちの言うことを聞いてくれなければ、残念だけどそうなるね」

 

 苗床。つまりは個性を生む為だけの母体にするということだ。人間としての権利を完全に無視しているという件を除けば、生産性も効率性も高いシステムであり、ドクターが特にオススメする個性生産のやり方だ。

 つまり、彼等は妹紅から『不死鳥』を奪う気は当初から無く、彼女に子を産ませて更に強力になった再生・蘇生個性を奪い取るつもりだったのである。

 

「でもねぇ、僕は彼女のことを気に入ってしまったんだ。ヴィランのせいでも何でも無く、ただ家庭環境が劣悪だったというだけで無限の苦痛と絶望を味わった少女…。歪んで育ったはずだ。それが慈愛の鳥(フェニックス)?ハハ、笑わせてくれる。彼女は悪魔(フェネクス)になるべきなのさ」

 

 旧約聖書に登場する古代イスラエルの王、ソロモンが使役したとされる72柱の魔神の1柱に、フェネクス*3という魔神がいる。序列37番の大いなる侯爵とされるフェネクスだが、元はエジプト神話の不死鳥フェニックスが原型だった。神ヤハウェを唯一神とするユダヤ教は異教の神を悪魔とする流れで、エジプトで信仰を受けていたフェニックスを悪魔としたのである。

 AFOはそれになぞらえて妹紅をフェネクスと称した。即ち、妹紅をヴィランに堕としたいという意味である。妹紅の育った環境を思えば、無慈悲な悪魔へと化ける下地は十分に有るとAFOは考えていたのだ。妹紅がヴィランになって己の言いなりになれば、わざわざ苗床にしなくとも良個性を持った男をあてがえば良い。それが自分たちにとってベストな結末だとAFOは思っていた。

 

「藤原妹紅を死柄木の仲間に引き入れる、と。う~む、しかし、そう簡単にいくものかね?」

 

「その為に拘置所を襲撃してまで彼女の父親を手元に戻したんだ。後で『超再生』を抜いておかないとねぇ。フフフ、彼女たちの再会が待ちきれないよ。きっと感動の瞬間になるに違いない」

 

「あの脳無から『超再生』を抜く?…なるほど、藤原妹紅に父親を殺させるのじゃな。確かに殺人という罪を犯せば、ヒーローどころか人の道からも転げ落ちるじゃろうて。ならば、負の感情を『増幅』させるような個性が必要になるな。ストックがあったはずじゃ。用意しておこう」

 

 疑問を感じていたドクターが納得したとばかりに手を打って頷く。そもそも脳無が人か否かの定義が法律でなされていない為、妹紅が脳無を殺したところで殺人罪に問われる可能性は低い。しかし、きっと妹紅は感じるはずだ。憎い人間を明確な殺意を持って殺すことの快感を。麻薬のような忘れがたき喜びを。

 だが、彼の悪意はそれだけに留まらなかった。

 

「父殺しでも堕ちなければ、意識を残したまま身体を『操作』して、彼女が住んでいた孤児院の子どもや職員でも焼き殺させてみるか。“社会のせいだ、ヒーローのせいだ、雄英のせいだ”と耳元で囁きながら殺させよう。最後に“キミがヒーローなんて目指さなければ、こんな事にならなかったのに”って伝えてあげたら、彼女はどんな風に壊れてくれるだろうか。ああ、本当に楽しみだ」

 

 AFOはそのまま鼻歌でも歌いそうなくらい上機嫌だった。それは正しく魔王の遊戯。妹紅は運悪く魔王の遊び相手に選ばれてしまったのだ。

 

「だけど、それでもコチラに堕ちなければ――、僕はもう要らない。ドクターの好きにしていいよ。使い勝手の良い蘇生・再生個性だけを持って来てくれれば、僕は満足さ。必要なら『サーチ』もあげよう」

 

 そう、所詮は遊びだ。故に、つまらないオモチャに用は無い。まるで要らなくなった人形をゴミ箱に放り込む子どものようにAFOは言い放った。なにせ、まだオールマイトの後継者というオモチャが残っているのだ。妹紅が駄目なら、次は緑谷出久(ソレ)で遊べばいいだけの話だった。

 

「それはありがたいが、仲間にするにしても苗床にするにしても、胎児を強制的に成長させるような個性が欲しいのぉ。生産サイクルは早いに越したことは無かろうて。どうせ母体は不死じゃ。いくらでも無理が利くわい。先生、何か使えそうな個性は持っておらんかね?」

 

「『強制成長』系の個性か。う~ん、今は持ってないねぇ。だが、確かに有れば便利そうだ。探しておくよ。ドクターも探しておいてくれ。…さて、藤原妹紅が送られた部屋はここだね」

 

 歩いて辿り着いた先は医務室のような一つの小部屋だ。黒霧によって拉致された妹紅はこの部屋に送られていた。早速、AFOたちは部屋の中に入り、妹紅の様子を窺う。

 

「…ぬお!?メチャクチャ重体化しておるぞ!どんだけテトロドトキシンを注入したんじゃ!?」

 

「心臓が止まった瞬間に蘇生が発動しているようだね。だけど、蘇生しても無毒化された訳では無いから、再び心停止してしまうのか。死んで生き返っての繰り返しという訳だ。う~ん、興味深い個性だ。『サーチ』で見てみたかった」

 

 ベッドに拘束されている妹紅は完全に呼吸が止まっていた。目を見開いたまま意識を失っており、時に酷く全身痙攣を起こしてベッドがガタガタと揺れる。致死量を大幅に超えるテトロドトキシンを注入されたせいだった。

 

「まったく、意識を飛ばして無力化するだけなら切り傷一つで十分だと口酸っぱくして説明したというのに…」

 

 ドクターは黒霧へ、黒霧はトガへと毒ナイフの説明はしていたのだが、肝心のトガが暴走してしまったのだから仕方無い。ドクターはブツブツと文句を言いながらも医療装置を準備していた。

 妹紅の心停止は呼吸困難による酸素不足が原因だ。専用の酸素注入機器を妹紅に装着し、腕には点滴針を刺して電解質輸液をゆっくりと送り込んでいく。しばらくすると脈拍が通常に戻り始めてきた。

 

「うむ、安定してきたな。じゃが、意識が戻るには数日ほどかかるかもしれん。血液の毒を人工透析すれば半日くらいで回復すると思うが…どうする?」

 

「別にそこまで急ぎでやる必要は無いさ。お楽しみは後にとっておくことにしよう。彼女の看病は…マグネあたりにやってもらうか」

 

 AFOは妹紅の髪を手で掬い、サラサラと零していく。そして見開いていた彼女の目蓋を指で下ろした。だが、もちろん彼が妹紅の世話をする訳では無い。ドクターも研究に忙しく、付きっきりの看病は無理だ。また、妹紅が後に仲間になることを考えれば、その世話は同性同年代のトガにやってもらいたい所だが、彼女がまともに看病出来るとは到底思えない。可能な仲間は、後はもうマグネくらいしか残っていなかった。

 

「『不死鳥』のサンプルは手に入れた。ワシは一足先に研究に戻らせてもらうぞ」

 

「ああ。楽しみにしているよ、ドクター」

 

 ドクターは妹紅の血液や肉片の採取が終わり、そのサンプルを大事そうに抱えていた。個性の複製が出来る彼等であれば、ゆくゆくは『不死鳥』を持った脳無軍団を作ることも夢ではない。

 もしも、妹紅が拉致されたまま姿を消した後、不死鳥脳無がヒーローたちの前に現われたのならば、教師は、クラスメイトは、オールマイトは、緑谷出久は、彼等はどんな反応を示してくれるだろうか。AFOはそんな未来に思いを馳せながら、横たわる妹紅の前で笑いを零すのであった。

 

*1
痛みをもたらす刺激に対して生じる反射のこと。たとえば、棘などが指に刺さり痛みを感じた瞬間、無意識にビクッと手を引っ込めるような動きなど

*2
死ぬ条件はあるのか?

*3
フェニックスともフェニクスとも呼ばれる




ドクター「先生のお茶目ちゃん♡」
AFO「テヘペロ♡」
ドクター&AFO「アハハハ♡」




ラグドール「カエシテ…カエシテ…」

 妹紅の拉致が成功して、AFOは超ご機嫌です。『サーチ』が使えなくてもニッコニコです。でも、きっと『サーチ』使いたかっただろうなぁ。うむ、目を奪ったオールマイトが悪い!


 暗躍に徹したMr.コンプレス。
 原作での開闢行動隊は、爆豪拉致に成功しようが失敗しようが襲撃に来たという事実さえ有れば良かったため、作戦らしい作戦はありませんでした。しかし、このSSでは拉致が絶対条件であったため、作戦が重要視されています。なので、コンプレスは犯行をアピールしたいという個人プレーよりも、隠密行動のチームプレーを選びました。
 また、常闇くんは拉致したところでインパクトは薄いし、拉致してヴィランに堕とすまでが彼等の作戦なので、拉致した後に3人で団結されでもしたら困ります。ヴィラン的には妹紅と爆豪以外の生徒を拉致るのは悪手ですね。むしろ殺した方が良いです。


 癒えた傷をも治す『再生』個性
 『超再生』をもったチンピラ、つまりは妹紅の父にハーレムを与えて個性婚させまくっていれば、早い段階で癒えた傷をも治す個性が生み出せていたかもしれません。AFOがそれをしなかった理由は…どんなに益があろうとも単なるクズを寵愛するつもりはない。そんな悪の支配者としてのプライドがあったのかもしれません。精子採取して適当な女性の実験体に人工授精させるのもAFOのプライド的に駄目なんですかねぇ。あ、駄目?駄目っスか…。

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