もこたんのヒーローアカデミア   作:ウォールナッツ

49 / 92
日常回です。


もこたんとお買い物 前編

「皆…土産話っひぐ…楽しみに…うう、してるっ…から!」

 

 期末試験から一夜明け、翌日の朝。教室のドアを開けた妹紅の視界に飛び込んできたのは半泣き状態の芦戸の姿だった。更に、顔の表情が死んでいる上鳴、切島、砂藤が彼女の近くで佇み、それを何人かのクラスメイトたちが慰めている。

 “なにこの状況…”とドアの前で立ち尽くす妹紅だったが、すぐに合点がいった。芦戸、上鳴、切島、砂藤。この4人は実技試験をクリア出来なかった面々だ。試験直後は放心状態だった彼等も、時間と共に自分の置かれた立場を理解してしまったのだろう。表情に絶望が滲んでいた。

 

「まっ、まだ分からないよ!どんでん返しがあるかもしれないよ…!」

 

「緑谷…。それ、口にしたら無くなるパターンだ…」

 

 緑谷が慰めに期待を持たせようとするも、瀬呂が静かに首を横に振って否定した。実は瀬呂も心中は穏やかでは無い。彼は試験開始早々、担当教員であったミッドナイトの『眠り香』を受けて爆睡。試験そのものは峰田の機転によってクリア出来たが、彼は勝利にほとんど何も貢献していないのである。しかし、瀬呂の事など関係無いとばかりに上鳴は叫ぶ。

 

「試験で赤点取ったら林間合宿行けずに補習地獄!そして俺らは実技クリアならず!これでまだ分からんのなら貴様らの偏差値は猿以下だ!」

 

「うわーん、学校に残って補習地獄なんて嫌だー!」

 

 上鳴は指先で緑谷を突きまくりながら絶叫し、それを聞いた芦戸は絶望に満ちた夏休みを想像してポロポロと涙を零す。そんな芦戸を看過できなかった妹紅は自分の机にカバンを置くと、彼女の下まで赴いた。

 

「泣くな、三奈。どうにかして皆で林間合宿に行けないか、相澤先生を説得してみよう。そうすれば…」

 

「無理だよー!あのレイコクヒドーな相澤先生が許してくれるはず無いよー!」

 

 もちろん、妹紅も芦戸たちと一緒に林間合宿に行きたい。その為ならば、相澤にそれを直訴することだって苦では無い。苦では無いのだが、だからといって相澤が許してくれるかというと、その勝算は限りなく低いだろう。嘆願をにべもなく突っぱねる相澤の姿が、妹紅にも容易に想像出来てしまった。

 

「それは…、そうかもしれないが。それなら…説得してもダメだったら、私も三奈と一緒に学校に残ろう」

 

「うう…妹紅…?」

 

 妹紅は指でそっと芦戸の涙を拭う。そして、そのまま彼女に優しく微笑みかけた。

 

「三奈を1人にはさせないさ」

 

「うわーん、もこたーん!」

 

 胸元に顔を埋めて泣き付く芦戸を、妹紅は抱き寄せて頭や背中を優しく撫でた。芦戸の髪はホワホワと柔らかく、触れるたびにシャンプーの良い香りが微かにフワリと舞う。泣き付かれた側の妹紅としても心地良い感触だった。

 

「やばい、妹紅がイケメンすぎる…。ちょっと男子、見習いなさいよね。アレよアレ!」

 

 2人の様子を見ていた耳郎が僅かに頬を染めつつ、気の利かない男どもにアドバイスを送る。しかし、A組にこのアドバイスを実践出来る男子が何人居るだろうか。そもそも、妹紅だって相手が同性(芦戸)だから、こうやって慧音の真似をして慰めているのだ。流石に同年代の異性相手には、こんな真似は出来ない。

 

「な、なるほど…!よし、俺に任せろ!大丈夫だぜ、芦戸!俺も残ってやるから寂しくないぜ!」

 

 だが、純情男子ばかりのA組にも例外は居た。エントリーナンバー1、上鳴電気。チャラいが明るく、ノリが良い性格の男子だ。この流れでノって来てもおかしくは無い男子ではあるのだが…。

 

「は?実技試験クリア出来なかったアンタが何言ってんの?赤点以外の男子に向けて言ったに決まってるでしょ。っていうか、三奈のペアだったアンタにも赤点の責任が有るってこと理解しなさいよね!」

 

「はい、すいません…」

 

 なんとこの男、(まだ確定ではないが)赤点なのである。しかも、芦戸とペアだったのだ。正直、今の彼女に慰めの言葉を一番かけてはならない男であろう。

 

「かーっ!つまりオイラの出番って訳か!かーっ!つれぇわ!デキる男はつれぇわ!」

 

 そんな上鳴を鼻で笑って現われたのは、エントリーナンバー2、峰田実。ほぼ独力でミッドナイトの試験をクリアした峰田の顔には自信が満ち溢れていた。とんでもないドヤ顔を見せつけている。確かに、彼は間違い無く赤点では無いだろうから、耳郎の言っていた資格は満たしてはいるのだが…。

 

「いや、アンタはそもそも論外だから。赤点とか関係無く。マジで」

 

 耳郎が生ゴミを見る目で言い放つ。覗き未遂にセクハラ未遂、その他もろもろ。峰田は罪を重ね過ぎていた。女子からの好感度は地に落ちるどころか、マイナスをひた走っているのだ。今回だって、慰める振りをしてセクハラ紛いのことをしてくるに違いない。芦戸もすっかり泣き止んで峰田を警戒しており、妹紅も腕の中の彼女を匿うように身構えた。

 しかし、それでもなお峰田は、妹紅と芦戸へとにじり寄って行く。そんな彼を止めたのは砂藤だった。

 

「もう止めとけって峰田…」

 

「ぐわぁぁ!やめろ砂藤ォ!オイラは男を慰める気なんて無いんだよォォ!!」

 

「俺だってお前に慰められたかねーよ!」

 

 砂藤に確保され、厚い胸板に圧迫されて絶叫する峰田。彼も必死に抵抗するが、大柄な体躯である砂藤のパワーには敵うはずが無かった。

 

「砂藤ありがと。そのまま連れて行っちゃって」

 

「戻って来ないように椅子にでも縛り付けておくか…。瀬呂、テープ頼む」

 

「分かった。悪ぃな、峰田」

 

「お前も裏切るのか、瀬呂ォーッ!」

 

 峰田には試験のことで感謝の念を持っていた瀬呂だったが、流石にもう見過ごせない。いや、むしろ感謝しているからこそ見過ごせなかった。これ以上の変態行為は本当に除籍処分になりかねないのだから、これは彼の為なのだ。肝心の峰田本人は目先の欲望に囚われすぎていて、全く理解していないのだが。

 悲痛な叫びを上げて連行されていく峰田を尻目に、妹紅は芦戸を慰めつつも何とか相澤を説得出来ないものかと思案するのであった。

 

 

 

「おはよう。今回の期末テストだが、残念ながら赤点が出た。したがって……林間合宿には全員行きます」

 

「「「「どんでんがえしだぁ!!」」」」

 

 HR(ホームルーム)の本鈴と共に教室に入ってきた相澤は、教壇に立つなりそう言い放った。その言葉に赤点者たちが大いに喜ぶ。結局、赤点者は5人。クリア出来なかった芦戸、上鳴、切島、砂藤。そして、ペアとしてはクリア出来たが、勝利には何も貢献出来なかった瀬呂の5人が赤点だ。

 

「“赤点取ったら学校に残って補習地獄”とか“本気で叩き潰す”とか仰っていたのは…」

 

「追い込む為さ。そもそも、この林間合宿は強化合宿だ。赤点取った奴こそ、ここで力をつけてもらわなきゃならん。合理的虚偽ってやつだ」

 

 尾白の質問に相澤は答える。どうやら今回も相澤お得意の合理的虚偽だったらしい。だが、妹紅の除籍条件云々は本当だ。この件については本気なのである。

 それはともかく、これで林間合宿は全員参加になった。真面目な飯田だけは嘘を吐かれたことに納得出来ないでいたが、赤点者たちは大喜びしているし、赤点ではなかったクラスメイトたちも皆で合宿に行けることを喜んでいる。もちろん、妹紅もとても嬉しかった。

 

「だが、全部嘘って訳じゃ無い。赤点者には別途に補習時間を設けてある。ぶっちゃけ、学校に残っての補習よりキツイから覚悟しろよ。じゃあ合宿のしおりを配るから後ろに回してけ。赤点者はこっちのしおりな。スケジュールが通常の奴等のものと違ぇから気をつけろ」

 

 最後の相澤の言葉に赤点者たちの顔が曇る。赤点者は通常の睡眠時間の半分近くが補習時間へと割り当てられているのだ。芦戸たちがこの地獄のスケジュールを見て戦慄するのは、この後すぐのことであった。

 

 

 

「まぁ、何はともあれ、全員で行けて良かったね」

 

 一日の授業も終わり、放課後。帰り支度を整えながら尾白がそう言うと、多くのクラスメイトが同意するように頷いた。

 

「一週間の強化合宿か」

 

「けっこうな大荷物になるね」

 

「暗視ゴーグルとピッキング用品と小型ドリルが必要だな…」

 

 一週間分の着替えやタオル、洗面道具など持っていく物は数多くあるだろう。しかし、峰田の言う暗視ゴーグルやらピッキング用品やらは必要では無いはずだ。コイツは特殊部隊の任務にでも就く気なのだろうか。とりあえず、合宿へと出発する前に、持ち物検査の実施を相澤に提案しようと固く誓う女子たちであった。

 

「海近いらしいけど、俺水着とか持ってねーや。色々買わねえとなぁ」

 

 B組の拳藤からの話だと、例年使用している合宿場は海辺にあり、日中の自由時間の際は海での遊泳が許可されているのだという。それなら是非とも海で遊びたいと思うのが高校生というものだろう。

 

「あ、じゃあさ!明日休みだしテスト明けだし、A組みんなで買い物行こうよ!」

 

「おお良い!何気にそういうの初じゃね?」

 

「わーい、行く行く!」

 

「おい、爆豪。お前も来いよ!」

 

「行ってたまるか、かったりぃ」

 

 葉隠の提案に皆が湧き上がる。爆豪と用事があって行けない数名を除いたクラスメイトの多くが賛成の声を上げていた。

 

「妹紅はどうかな。行けそう?」

 

 葉隠が妹紅を気にして尋ねてきた。妹紅は未だに、不審者対策の為に私用の外出を控えるようにと根津校長から言われている。私用で外出する際は、必ず寺子屋の職員(プロヒーロー)が同伴するようにと厳命されているほどだ。A組の女子たちもその事情を知っていた。

 

「どうだろうか、外出の時は気をつけろと強く言われているし…。今日、相談してみる。行けるかどうか決まったら連絡する。それでいいか?」

 

「うん、一緒に行けると良いね!」

 

 そう言って妹紅はクラスメイトたちと分かれ、炎熱系の個性訓練室へと向かった。妹紅は職場体験以降、ほぼ毎日この個性制御訓練を行っている。と言っても、日が暮れる前までには帰宅を済ませなければならないので、訓練時間は毎日1時間程度だ。

 近頃では、妹紅に触発されたのか、放課後の自主訓練に手を出すA組生徒も多い。体育祭で優勝した妹紅や、能力の高い轟が自主訓練をしている事を知って、焦ったのかもしれない。麗日などは期末試験の以前から葉隠や蛙吹ら女子たちと共に体術の訓練を良くやっていたし、切島もよく“放課後、一緒に訓練しねぇか!?”と男子たちに声をかけていた事も妹紅は覚えている。まぁ、彼はそんな努力も空しく、赤点となってしまったのだが。

 

(友達と買い物…って初めてかも…)

 

 妹紅から放たれた炎がヴィラン人形の顔を焼いた。設置されている温度は予想よりも高い温度を示している。どうやら、精神的な興奮が個性に表われてしまったようだ。炎の温度を下げて、下げて…同時に心も落ち着かせていく。

 友人と一緒にお買い物。妹紅には今までそんな経験は無い。中学の頃までは友達すら居なかったのだから、正に未知の領域だ。なので、是非とも行きたい。だが、慧音や寺子屋の職員たちには迷惑をかけたくないのだ。慧音たちに迷惑をかけてしまうくらいなら、行かない方が良いとも妹紅は思っている。

 またもヴィラン人形に向けて炎を放つ。今度は温度が低すぎた。

 

「今日は調子が悪いな…」

 

 妹紅は大きな溜息を吐いた。どうにも自主訓練に身が入らない。

 結局、この日の訓練はずっとこんな調子であり、寺子屋に帰宅するまでこの悶々とした感情を持て余す妹紅なのであった。

 

 

 

 

「さぁ、やって来ました!県内最多店舗数を誇るナウでヤングな最先端!木椰区(きやしく)ショッピングモール!」

 

 翌日、待ち合わせの場所にはA組の面々が集まっていた。休日ということもあり、モール内は親子連れからカップルまで大勢の老若男女が買い物を楽しんでいる。流石に県内最多店舗だと明言しているだけはある。凄い賑わいだ。

 

『お!アレ雄英の1年生じゃん!体育祭ウェーイ!』

 

「うおお、まだ覚えている人いるんだぁ…!」

 

 雄英体育祭から2ヶ月は経っているのだが、やはりその認知力は凄いの一言だ。通り過ぎる人たちは“あの子たちって…”という感じで振り返るし、声もかけられる。恐らくA組の生徒が一箇所に集まっている分、気付かれやすくなっているのだろう。

 

「あれ、妹紅は?やっぱり来られない感じ?」

 

 芦戸がキョロキョロと辺りを見渡しながら葉隠に尋ねた。皆大体集まっているが、まだ妹紅の姿は無い。今のところ、今回の買い物に来ないと分かっているクラスメイトは3人。爆豪と轟、そして蛙吹だ。轟は母親の見舞いに行くと言っていたし、蛙吹は両親が不在なので弟妹の世話をしないといけないからと言っていた。未定だったのは妹紅だけだ。芦戸としては妹紅や葉隠たちと一緒に買い物したいと思っていた。

 

「昨日は『保護者同伴なら行けるけど、それでもいいか?』って連絡来たから『全然OKだよ!』って返信したよ。妹紅の所の保護者って元プロヒーローの人たちばかりの筈だから、何気に楽しみかも。…まだ今は集合時間の5分前だから、そろそろ来るんじゃないかな?もう近くまで来てると思うんだけど……あ!見つけたよ!」

 

 葉隠が声を上げると、クラスメイトたちもそちらの方向を見た。確かに妹紅だ。黒いワイシャツに青のデニムパンツというオシャレな女子高生とは言えない服装なのだが、それが逆に妹紅の透き通るような白色を引き立たせていた。実際、周囲10mくらいに居る人々の視線を一身に集めている。

 元々、妹紅の容姿は雄英体育祭以前からチラチラと見られることが多かったのだが、それが有名になったことで更に人目を引きつけるようになってしまっていた。

 

「藤原さんの隣の女性!まさか!?」

 

 妹紅もクラスメイトたちに気付き、こちらに向かってくる。そんな時に緑谷が驚愕の声を上げた。妙に目をキラキラさせている。加えて、峰田も目を光らせた。こちらは獲物を狙うハンターの如き鋭い眼光である。

 

「すまない皆、待たせたか?」

 

「全然!まだ集合時間前だしね!それより妹紅、隣の女性ってもしかして…」

 

 葉隠が妹紅とその隣の女性とを交互に目を向けると、妹紅は肯定するように頷いた。すると隣に立つ女性が優しげな笑みを湛えながら一歩前に出た。

 

「初めまして。私は妹紅の保護者の上白沢慧音という者だ。皆、いつも妹紅と仲良くしてくれて本当にありがとう。今日はちょっとした用事で付いてきたが、すぐにいなくなるから私のことは気にしないでくれ」

 

「ほわぁ、すっごい美人…」

 

「ムーンヒーロー、ワーハクタク!凄い、本物だ…!」

 

 芦戸が惚けた声で呟くと、慧音は照れたような苦笑いを浮かべる。それにまた芦戸たちは蕩ける。また、緑谷は生で見る慧音(ワーハクタク)に感動しているようだ。とはいえ、ヒーローオタクの彼ならば、どんなヒーローでも目の前にしたら勝手に感動するのだろうが。

 一方で、緑谷以外の男子たちは暴走しようとする峰田を取り押さえるのに必死だ。砂藤や口田など身体の大きな男子生徒の(かげ)へと峰田を押し込み、冷汗をかきながら慧音への挨拶を済ませるのであった。

 

 

「んじゃあ、目的バラけてるだろうし、時間決めて自由行動すっか!」

 

 切島がそう言った。流石に17人全員で一緒に店を巡る訳にはいかないだろう。買い物内容も異なるだろうからとグループで分かれる事になった。

 

「妹紅、三奈。行こっか!」

 

 葉隠が妹紅と芦戸の手を取って言うと、芦戸が元気よく頷く。妹紅も軽く笑みを溢して頷いた。その光景を慧音は楽しそうに眺めながら微笑んでいる。

 

「じゃあ妹紅、私は近くには居るけど気配を消しておくから。私のことは気にしないでお友達と楽しみなさい」

 

 慧音は部外者というスタンスを崩していない。今日、慧音が妹紅に付いてきたのは妹紅の護衛の為であり、別に保護者面をしに来た訳では無いのだ。ただ、妹紅が滅多に言わない我が儘を…いや、我が儘と呼ぶのも憚られる程の些細なお願いを口にしたので叶えてやりたかった。ただ、それだけだ。寺子屋の業務も大体片づいており、手が空いていた、というのも運が良かった。

 慧音は妹紅たちの邪魔にならないように気配を消して、人混みに紛れようとする。慧音はそういう技術も身に付けていた。現役時代に身に付けた技だ。

 

「え~、上白沢さんも一緒に回りましょうよ!」

 

「そうそう!こんな機会中々無いでしょうし、私たち上白沢さんとお話したいです!」

 

 だが、そんな慧音を葉隠と芦戸が呼び止めた。今は第一線から退いているとはいえ、慧音はプロヒーロー。女性ヒーローは女子たちの憧れの的なのだ。妹紅の親代わりということもあるし、是非とも色々と話を聞いてみたいと葉隠たちは思っていた。

 

「え~と、どうしようか…」

 

 慧音が困ったように妹紅を見る。友人同士の交遊に保護者がしゃしゃり出るなど妹紅は嫌ではないだろうか。思春期なら尚更だ。慧音はそれが心配だったが…。

 

「慧音先生、一緒に行きましょう」

 

 全然そんなことは無かった。むしろ、妹紅は嬉しそうにしている。慧音としては、甘えてくれて喜ばしい限りなのだが、軽い反抗期すら微塵も無いのは不安がある。反抗期とは自我意識の発達に伴う自立・独立欲求の高まりによって表われてくるものだ。それが一切表われていないということは、妹紅は慧音たちにかなり依存しているということでもある。

 

(しかし…虐待で精神が壊れ、ようやく自我感情が表われたのはここ数年の話…。妹紅の精神が成熟するには、まだ時間がかかるだろう…)

 

 妹紅が成長しきるまで自分たちがずっと付き添ってやれるのならば大丈夫だろう。しかし、児童養護施設は基本的に満18歳で退所しなければならないという決まりがある。また、雄英ヒーロー科を卒業するということは、プロヒーローとして社会に踏み出すことも意味する。時間はそう多くは残されていないのだ。

 

「慧音先生?」

 

「ん、いや、何でも無いよ妹紅。うん、そうだね。それじゃあ、ご一緒させてもらおうかな。よろしくね、葉隠ちゃん、芦戸ちゃん」

 

「わーい!よろしくお願いします!」

 

 深く考え込み過ぎていたようで、妹紅が慧音の顔を覗き込みながら尋ねていた。慧音は何でも無いと答えつつ、提案を受け入れる。不安もあるが、自主性の発達に必ずしも反抗期が必要という訳でも無いし、妹紅が雄英を卒業するまで二年以上もあるのだ。余裕が有るとまではいかないが、まだ焦る時でも無いだろうと慧音は思っていた。

 

「やったぁ!じゃあ、何から買いに行こう?」

 

「やっぱ水着でしょ!…あ!ねぇねぇ、アレ見てアレ!」

 

 芦戸が声を上げて指差した。その先は先程まで居た集合場所だ。そこに緑谷と麗日が2人だけで居る。いや、これは取り残されているだけなのではなかろうか。だが、男女が仲良く2人きりで居る光景は芦戸たちを刺激するに足りたようだ。

 

「ほぉ~、麗日も隅には置けませんなァ!」

 

「ようし、ラインで応援しちゃえ!」

 

 キャッキャとはしゃぐ乙女たちは、ハートマークを多用したメッセージを麗日に送りつけている。片や、妹紅は首を傾けて緑谷たちを見ていた。

 

「…あの2人、ただ置いて行かれただけじゃないのか?」

 

「いいの、いいの。冗談だって麗日も一目で気付くでしょ」

 

 まぁ、芦戸たちも本気では無い。そもそも、彼女たちの中で『緑谷は無い』のだ(失礼な話だが)。友人としては良い奴だし、熱血な所もあるから好敵手として見る事も出来る。だが、恋人として見られるかというと…無理だ。“彼女とのデートとオールマイトの握手会だったらオールマイト取りそう”とか、“むしろ彼女とのデートにオールマイトの握手会に行きそう”とか、“ヒーローの匂い専門店とか、そういうコアなショップに通っていそう”とか、そんな意見が芦戸たちの偽らざる本音なのである(本当に失礼な話だが)。

 つまり、麗日もそう思っているだろうと、芦戸たちは考えていた。だから、わざと茶化したメッセージを送ったのだ。メッセージを見たら麗日は、『いや、無いから!』と爆笑するに違いない。たぶん。

 

「私たちが行くお店の場所も送ったから、お茶子ちゃんも後から合流出来るでしょ」

 

 葉隠は茶化したメッセージの後に、ちゃんと自分たちの居場所を教えるメッセージも送っている。その内容を見れば、麗日もすぐにこちらに合流するに違いない。緑谷が1人になってしまうかもしれないが、彼も小さな子どもでは無いのだ。勝手に他の男子のグループへと合流するだろう。

 

「ヤオモモと響香は大きめのバッグを買いに行くって言ってたけど、いくつかお店を回ったら、こっちに合流したいって!そしたらA組女子みんなでお買い物だね!」

 

「よーし。じゃあ、出発だー!」

 

 葉隠と芦戸が妹紅の左右の手を引いて歩き出す。両手を引かれ苦笑いを浮かべる妹紅だが、振り払うような真似はしなかった。むしろ、握る手を優しく握り返している。妹紅も笑顔でサンドイッチされたこの状況が楽しく、そして嬉しいのだ。

 そんな妹紅たちの様子を、慧音は笑みを湛えながら温かく見守るのであった。

 




 イケメンもこたん再び。
実はこのSSの慧音は頻繁に妹紅を抱きしめている。その為、妹紅も誰かを慰める時は自然と抱きしめるようになってしまった。つまり、慧音直伝の妙技である。

 麗日への茶化しメッセージ
麗日の恋愛フラグが立ちました。この時期から緑谷君を気にし始めます。

 ヒーローの匂い専門店
通称『にお専』。すまっしゅ5巻に登場したコア過ぎるヒーローショップ。緑谷はたまに出入りしているとの事。『オールマイトの匂い完全再現』という看板が出ていたので、彼の狙いはそれかもしれない。
この世界線では、何時の日か『もこたんの匂い』も販売されるかも?

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。