もこたんのヒーローアカデミア   作:ウォールナッツ

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もこたんと救助訓練競争

「ま、一番大変だったのはお前ら4人だな」

 

「そうそうヒーロー殺し!エンデヴァーが救けてくれたんだって?さすがNo.2だぜ!」

 

「…そうだな、救けられた」

 

 尾白も自分の席へと戻り、また女子たちだけで話をしていると、教室の後ろの方からそんな話し声が聞こえてきた。ヒーロー殺しの一件は未だにニュースで報道されている。クラスメイトが巻き込まれたという事もあり、話題に上がるのも当然だろう。

 

「でもさぁ、確かに怖ぇけどさ。動画見たか?アレ見ると一本気っつーか、執念っつーか…ヒーロー殺し格好良くね?とか思っちゃわね?」

 

「か、上鳴くん…!」

 

 上鳴の発言を聞いた妹紅は、ムッと眉を顰めながら振り返る。彼も緑谷に窘められた事で自分の失言に気付いたのか、慌てて口を押さえながら飯田に謝っていた。

 妹紅は飯田が心配になり、彼の方にも視線を向けた。兄を失いかけた彼には酷な言葉だったはずだ。しかし、妹紅の心配とは裏腹に飯田は冷静な様子であり、それどころか上鳴の言葉にもある程度納得すらもしているようだった。

 

「確かに信念の男ではあった…。クールだと思う人がいるのも分かる。ただ奴は信念の果てに“粛清”という手段を選んだ。どんな考えを持とうとも、そこだけは間違いなんだ。俺のような者をもうこれ以上出さぬ為にも!改めてヒーローの道を俺は歩む!!」

 

 最早、飯田に迷いは無かった。確かに彼は感情に溺れ、友を危険に晒してしまった。しかし、その先にヒーローとして歩むべき真の道を見つけたのだ。友情という名の光に照らされたその道を、彼が踏み違える事はもう二度と無いだろう。

 そんな飯田の様子を見た妹紅は、安堵して久々の授業を迎えるのだった。

 

 

 

「はい、私が来た。って感じでやっていくヒーロー基礎学だけどもね。久しぶりだ少年少女たち!元気か!?」

 

 月曜の3、4限目はヒーロー基礎学の時間だ。今日の担当はオールマイトだったらしく、彼はいつもの挨拶で登場を果たした。

 

「ヌルッと入ったな」

 

「久々なのにな」

 

「パターン尽きたのかしら」

 

 No.1ヒーローが授業してくれるという感動も今は昔。慣れてきた今ではそんな言葉も飛び交っている。もちろん、生徒たちがオールマイトを侮っていると言う訳ではない。親密になってきたからこそのコミュニケーションといった感じだ。

 

「尽きてないぞ、無尽蔵だっつーの。さぁ、職場体験の後って事で皆のヒーロー活動に対する意識にも変化があったのではないだろうか。そこで今回はちょっと特殊な要素を含めた授業(ゲーム)を行おうと思う。その名も救助訓練競争だ!」

 

「救助訓練ならUSJでやるべきではないのですか?」

 

 マイトスマイルを決めたオールマイトがそう言うと、飯田が勢いよく右手を挙手した。彼の右腕は左よりも軽傷だったため、この程度の動きは平気なようだ。

 

「あそこは色々揃っていて便利だけど、今回の訓練を行うにしては少しばかし規模が小さくてね。私は何て言ったかな?そう競争!ここは運動場γ(ガンマ)。複雑に入り組んだ迷路のような細道が続く密集工業地帯だ!ここで5人4組に分かれて1組ずつ訓練を行う」

 

 オールマイトが運動場γのゲートを開くと、中へと生徒たちを招き入れた。初めて運動場γに足を踏み入れた生徒たちは破壊された(・・・・・)工場群を興味津々でうかがっている。

 

「ずいぶんボロボロだな…」

 

「っていうか、これ…戦いの痕?」

 

 何本も折れ曲がったパイプライン。激しく抉れたコンクリの地面や壁に、大きく拉げた鉄筋。中には巨大なタンクに人型のヘコみが付いているものもある。

 周りを観察しながら進む生徒一行を引率しながら、オールマイトはウンウンと頷く。

 

「その通り。ここは戦闘訓練を行うのにも適していてね。これはヒーロー科の2年生や3年生が刻み込んでいった戦闘痕さ。そろそろ修理(リセット)しようという話も出ていたけど、皆の訓練の為に修繕工事を少し後回しにしてもらっていたんだ。こちらの方がよりリアルになりそうだったからね。ただ、崩れかけの建物などの危険な建造物は既に改修するか撤去してあるから、そこは安心したまえ」

 

 そんな事を話しながらもオールマイトに連れられたA組一行は、巨大スクリーンが設置されている広場へと到着した。

 

「さて、では今から君たちの訓練内容を説明するぞ!今回も前回と同様にシナリオがある。良く聞いていてくれよ!」

 

 オールマイトはコホンと咳払いをすると、声を張り上げる。更に、目の前の巨大スクリーンには『WARNING!』の文字が大きく映し出された。

 

「緊急事態発生!とある石油工業地帯(コンビナート)がヴィランに襲撃された!早期に駆け付けたヒーローたちによってヴィランたちは撃破、捕縛されたものの、戦闘によって辺り一帯が被害を受けてしまった!この付近には多くの作業員が逃げ遅れて取り残されており、早期の救出を求めている!応援に来たヒーローたちは直ちに救助活動にあたれ!なお、幸いにして火災などは起きていないが、多くの場所で引火性の危険物が漏出している模様!各ヒーローは最大の注意をもって活動せよ!…って感じだ!覚えた?」

 

 生徒たちがざわめきだった。自信に満ちた様子で意気込む者。“引火性の危険物…?”と呟きながら表情を曇らせる者。また、表情を変えずに脳内で思慮に耽る者も居る。皆の反応は様々だ。

 

「次にルールの説明だ。運動場内で全10体の救助者ロボットが救難信号を出している。救助にあたる5人は私の合図で危険区域外であるコンビナートの外周から一斉にスタートして、10体のロボを全て救助せよ。誰が一番多くのロボを救助出来るか競争だ!スタート地点は各人別々だが、スタート地点や戦闘痕などで不平等にならないようにロボを配置しているから安心してくれ。因みにロボの救助はタッチするだけでいいが、一度救助されたロボを再び救助する事は出来ないぞ。つまり、早い者勝ちだ!一瞬でも先に触れた人のポイントになるから気をつけろ!」

 

 救助訓練という名目なのだが、心臓マッサージや人工呼吸などをする訳では無い。それらの訓練はもう何度もやっていたからだ。(無論、繰り返し訓練することも大切なのだが、そればかり訓練する訳にもいかないだろう)。

 また、タッチするだけで救助済みとなる為、本番同様とは言いがたい。オールマイトの言葉通り、これは『複数人のヒーローが短時間で大勢を効率よく救助する訓練』っぽい競争(ゲーム)だ。

 

「下手に他人と競っているとポイントが稼げない可能性がありますわ。つまり、スピードだけではなく判断能力も重要になってくる、そういう競争ですわね…。それに引火性の危険物が漏出しているという事は…」

 

 八百万がそこまで言って、妹紅を見た。この訓練、誰が考えても個性が最も制限されると思われる生徒は…妹紅だ。飛行能力という大きなアドバンテージがほぼ完全に禁じられた形になってしまった。

 

「シナリオ内容が完全に妹紅封じだー!ブーブー!」

 

「葉隠、私は別に…。というか、条件的には葉隠とほぼ一緒だと思うが…」

 

 No.1ヒーローに堂々とブーイングをかます葉隠を、妹紅は困惑気味に宥める。正直、妹紅はこのシナリオルールでも構わない。何故なら、個性が使えなくても条件としては葉隠とあまり変わらないからだ。更に、その条件は妹紅だけでは無い。

 

「いやいや、葉隠少女。個性を制限されたのは藤原少女だけではないぞ!」

 

「藤原さん、かっちゃん…そして上鳴君も…!」

 

「…チッ」

 

「げ、マジかよ…」

 

 オールマイトに続くように緑谷が声を上げた。炎や爆発を扱う妹紅や爆豪は当然として、上鳴の『帯電』も火災の原因に成り得る。僅かでも火花放電が起これば引火する危険性が高いからだ。

 

「俺の『エンジン』も高回転時に排気口から炎(アフターファイア)が出る時がある。注意が必要だな」

 

「『硬化』中に身体をぶつけでもして火花が散ったら…アウトだよなぁ、やっぱり…」

 

 また、思案顔の生徒たちは他にも居た。飯田は“ムムム!”と唸り、切島も眉を八の字にして己の個性を考察している。そんな声を聞いて危機感を抱いたのか、芦戸がバッと手を挙げた。

 

「せんせー!『酸』は!?私の『酸』は大丈夫ですか!?」

 

「芦戸さん、引火性の危険物に酸は――」

 

「おおっと!ストップだ、八百万少女!芦戸少女、今回は誰にも聞かずに自分の判断のみでやってみよう!聞くのは後からだ!実際に危険物は無いから、それは安心してくれ。ただし、危険区域内で好ましくない行為だと私が判断した場合はポイントを減点させてもらう。もちろん、これは芦戸少女に限った話では無く、全員に言える事だけどもね。さぁ、皆!始めようか!」

 

 芦戸が飯田のように唸り考える中、訓練は始まった。

 

 

 第1組、メンバーは緑谷、飯田、峰田、障子、尾白の5人だ。スタートと同時に走り出したのは4人。唯一、障子だけは走り出さず、個性『複製腕』を用いて建物の高所へとよじ登っている。彼は高所へと登り腕を広げて、救助ロボに向かってグライダーの様に滑空する作戦だった。

 その頃、峰田と尾白は個性を使って一直線に救助ロボへと向かっていた。峰田は『もぎもぎ』を壁にくっつけ手掛かり足掛かりにして障害物を乗り越え、尾白は鍛え上げられた肉体と『尻尾』を器用に扱い障害物を乗り越えていく。

 一方、飯田は高回転にならないように注意しながら『エンジン』を活用していた。他の4人とは異なり、急がば回れを実行して救助ロボとの距離を縮めていく。地味だが大きな障害物を乗り越える必要が無い分、ロスは少ない。たまに障害物や行き止まりにぶつかり引き返す事もあったが、彼の『エンジン』という個性を考えれば、確かにこれが一番早い方法だった。

 

 そして、緑谷はと言うと…実に素晴らしい動きだった。足場の悪い構造物をピョンピョンと飛び跳ね、グングンと救助ロボとの距離を減らしていく。待機場所からスクリーンで見ていたクラスメイトも驚嘆の声を上げていた。

 妹紅や轟は保須であの動きを見ていたが、ステインの件もあり、そこまで注目していなかった。しかし、こうやって見ると緑谷の動きは、まるで爆豪の様だった。緑谷は誰よりも速いスピードで障害物を飛び越え、救助ロボへと向かって行くが…、彼は途中で足を滑らせて落ちてしまった。

 皆が『あ…』と呟く中、緑谷はヨロヨロと起き上がり訓練を再開する。タフな増強型なだけはあって、怪我は無かったようだ。だが、落下以降は先ほどの動きは維持しつつも慎重に足場を選んでいた為、当初の様なスピードは無い。一つ一つ学んでいくような動きをしながら訓練を続行していた。

 

 そして訓練終了後、第1組は障子3ポイント、飯田2ポイント、尾白2ポイント、緑谷1ポイント、峰田1ポイントという結果になった。計9ポイントなのは、緑谷は2体のロボを救出したが、足を滑らせて高所から落下した事が危険行為とみなされ1ポイント減点された為である。

 結局、高所からロボの位置、そしてライバルの位置を確認して効率よくポイントを取りに行った障子の作戦勝ち、といった内容だろうか。峰田は仕方無い。これほど移動に優れた個性に囲まれていたのだから、1ポイント取れただけでも十分な結果だった。

 

 

 第2組は轟、八百万、蛙吹、常闇、瀬呂。機動能力に優れた大激戦間違い無しの5人だ。唯一劣るのは八百万くらいであろうか。火花が散る可能性のある道具すらも作れないのはかなりの制限になる。

 結果、第2組は第1組の半分以下の時間でロボ10体を救助し、轟3ポイント、蛙吹2ポイント、常闇2ポイント、瀬呂2ポイント、八百万1ポイントという結果になった。皆、予想はしていたが、やはり轟は速かった。開始直後、足下に氷の塔を作り出し、高所へと一気に移動。状況を確認すると斜め下に氷結を繰り出し、氷を滑り降りながら一気にロボとの距離を詰める。コレの繰り返しだ。

 瀬呂や常闇もかなり速かったが、轟は情報収集能力、状況判断能力、機動力の全てが飛び抜けていた故の結果だった。

 

 

 第3組は耳郎、葉隠、砂藤、口田、麗日だ。有利なのは口田と麗日だろうか。口田は『生き物ボイス』で鳥などを操れば情報収集が出来る。また、麗日には『無重力(ゼログラビティ)』がある。自らへの個性使用はキャパオーバーを引き起こすので多用は出来ないが、ここぞという所を見極めて使用すれば一歩先んじる事が出来るだろう。

 だが、結果は全員2ポイントでの同着となった。口田は個性の活用は見事だったものの、判断能力の未熟さと足の遅さが致命的だった。麗日は『無重力(ゼログラビティ)』を温存し過ぎて、使用タイミングを逃してしまったことが原因だ。その為、誰もが同等の実力に落ち着いてしまったのだった。

 

 

 そして、最後の第4組。妹紅、爆豪、切島、上鳴、芦戸の5人がスタート地点に着いた。メンバーを見て分かるとおり、全員このシナリオだと制限を受けてしまう個性持ちだ。芦戸にはまだ内緒だが、彼女の個性もアウトである。酸化は主に発熱反応を示し、時にその熱は発火するほどの熱量を生む場合もあるからだ。

 まぁ知らないとはいえ、この個性制限されているメンバーが集まった第4組に組分けされた事で『酸』を使ってはいけないことに気づいた様子だったのだが。

 

 

『第4組!レスキュースタート!』

 

「オッラァァ!!」

 

 オールマイトのかけ声と共にスタートダッシュを決める妹紅、切島、上鳴、芦戸。しかし、唯一爆豪だけがその場で個性を使用した。何度も爆発を繰り返して爆豪は空へと駆け上がる。

 

「おいいいい!?爆豪ォォ!?アイツいきなり個性使いやがったぞ!説明聞いてなかったのかよ!?」

 

 待機場所でスクリーンを見ていた皆も数名を除き唖然としている。瀬呂に至っては大声でツッコミを入れていた。だが、オールマイトはニカッと笑って首を横に振ると、瀬呂に呼びかけた。

 

「いいや、瀬呂少年!爆豪少年はしっかり説明を聞いていたようだぞ!私はこう言ったはずだ!『スタート地点であるコンビナートの外周は危険区域()』、そして『危険区域()での好ましくない行為は減点』だと!」

 

「それを理解しての個性使用。上空から状況確認する事で最速ルートを見つけ出すつもりか。相変わらず、そういう所は抜け目ねぇな」

 

 オールマイトに続いて轟が説明すると、皆がようやく納得した顔になった。だが、納得したが故に、葉隠は驚きの声を上げた。

 

「え!?それじゃ妹紅も外側なら炎で飛んで良かったの!?」

 

「その通り!これが『暫定(・・)危険区域外』なら危険行為に該当するが、私はそこが『危険区域外』であると明言していた。故に、減点にはならない!ただし、実際の現場での危険区域外は絶対に危険が及ばないようにもっと遠くに設定されるぞ。その事だけはしっかり覚えておいてくれ!」

 

 オールマイトが待機場所に居る生徒たちに注意する中、状況確認を終えた爆豪が最初のスタート地点に降りてきた。そして、ニヤリと笑うと全速力で走り出す。数十秒ほどスタートが遅れた事になるが、それを遙かに上回る成果を得た様だった。

 

 

(良し、2ポイント目!この調子なら3ポイント目もイケるかも!)

 

 第4組の訓練も中盤を越えた頃、妹紅は2体目の救助ロボにタッチして、次のロボへと向かっていた。かなり良いペースで動けている。構造物のせいで入り組んだ迷路のようになっている運動場γを状況確認無しで進むのは中々難しいのだが、妹紅は運良く進めていた。妹紅の身体能力や判断力の高さも理由の一つでも有るのだが、本当にただ運良く近道を進めていたのである。

 だが、調子良く走っている時にソレは起こった。

 

『む、藤原少女!右手だ、右手を見るんだ!』

 

「え?あ…」

 

 オールマイトの警告が運動場に響く。妹紅が立ち止まって言われたとおり右手を見ると、手の甲から僅かに炎が揺らめいていた。

 

『さっき、破れている金網フェンスの近くを走ったね?恐らく、飛び出している線材で手を切ってしまったのだろう。藤原少女、大丈夫かい?』

 

「…はい」

 

 オールマイトが説明口調で告げる中、妹紅は再生の終わった手を見ながら返事をした。本当に僅かな怪我だった筈だ。血すら出ていない、ちょっと表皮が白くささくれ立った程度の引っ掻き傷。それすらも妹紅の身体は再生してしまうのだ。それをオールマイトは見逃さなかった。

 

『意図しない炎であっても危険であることには変わりない。残念だが、藤原少女から2ポイント減点する。だが、気落ちしないで最後まで訓練を続けてくれ』

 

「はい…」

 

 緑谷よりも減点数が大きいのは、妹紅の場合、周囲に大きな被害が及ぶ可能性が高かった為だ。もしも、本当に引火性の危険物が漏出していた現場であったのならば、辺りは炎に包まれたであろう。

 そして、気落ちするなと言われても、妹紅はそこまで単純な性格ではない。その後、妹紅の動きは完全に精細を欠き、追加のポイントは得られずに訓練は終わってしまうのだった。

 結果は爆豪4ポイント、切島2ポイント、上鳴1ポイント、芦戸1ポイント、妹紅0ポイント。第4組は爆豪の1人勝ちだ。その後の講評中、せせら笑いで見下した視線を送ってくる爆豪に対して、腹立たしさを覚えながらも彼を無視する妹紅であった。

 

 

「再生の炎が危ないことくらい私も理解していたのだが…、調子良くポイント取れたことに油断して注意が散漫になっていたか…。駄目駄目だな、私は…」

 

「そんなことないよ、もこー。元気出しなよー」

 

「ケロ…。今回の訓練ばかりは仕方無いわ」

 

 ヒーロー基礎学の授業も終わり、A組が使用している女子更衣室では自らの不甲斐なさからガチへこみしている妹紅を女子たちが慰めていた。ベンチに座り込んで肩を落とす妹紅を、葉隠と蛙吹が両隣に座って言葉をかけるが妹紅の表情は未だ暗い。

 

「オールマイト先生が講評で言われていましたように、今回のシナリオは藤原さんにとって非常に相性が悪いもの…。今回の様な状況における藤原さんの本領は『万が一、火災が発生した場合』ですわ」

 

「そうそう。いつ周りが火の海になるか分からないんだから、最悪の状況になっても自由に動けるヒーローが後ろに控えてるってのは、現場のヒーローにとってかなり心強いと思うよ」

 

「…そうかな?」

 

 八百万に続いて耳郎がそう言葉をかけると、妹紅がようやく顔を上げた。

 オールマイトも言っていたが、個性には向き不向きが非常に大きい。余りにも状況に個性がそぐわない場合は、現場での活動を控えた方が良いのだ。つまりは『危険な現場に突入する勇気だけで無く、待機する勇気も持て』という事だ。もちろん、いくら不向きとはいえ今回は訓練なので、参加せざるを得ないのだが。

 妹紅の場合、火気厳禁の場所へは立ち入れない個性だが、いざ火災が起きたとなれば、逆に誰よりも活躍出来る個性なのである。存外、ピーキーな個性でもあった。

 

「ええ、火災現場でこれほど頼りになる方は居りませんわ。ところで、藤原さんは火災の有毒ガス対策はしていますか?それともそれにも耐性が有るのでしょうか?」

 

 八百万がそう言って話題を変えると、妹紅は一瞬思案顔になったが、すぐに頷いて答える。

 

「火災による有毒ガス…一酸化炭素などか。試したことは無いが、恐らく耐性は無いだろうから念の為に空気呼吸器とボンベとかは準備している。もんぺのポケットに入る程度の小型だから、長時間は持たないだろうけどな」

 

 火災で怖いのは有毒ガスだ。実際、火災における焼死には、有毒ガスを吸って昏睡状態になったところで炎に焼かれて死亡する、というパターンが極めて多い。特に、不完全燃焼によって発生する一酸化炭素は大変危険な有毒ガスなのである。

 もしも、一酸化炭素を吸い込んだ場合、恐らく妹紅ですら意識を失う事になるだろう。一酸化炭素を吸い込むと体内でヘモグロビンと結合してしまい酸欠を引き起こすが、これは怪我ではないので再生出来ない。故に酸欠で意識を失い、窒息状態によって身体や脳の細胞がダメージを受けて初めて『不死鳥』の再生が発動するのだ。

 

「準備万端、流石ですわ藤原さん。……あら?今、男性の声が聞こえたような…?」

 

「皆、静かに…!」

 

 八百万が優しい眼差しで妹紅を褒めていると、急にキョロキョロと辺りを見渡し始めた。そこにすかさず、耳郎が口元に人差し指を立てて小声で注意を促す。皆が口を閉じ、耳を澄ました。

 

(…オイラのリトルミネタはもう立派なバンザイ行為なんだよォォ!)

 

 聞こえた。完全に聞こえた。ロッカー近くの壁から、くぐもった峰田の声が聞こえたのである。良く見れば、壁に小さな覗き穴が空いている。あの壁の向こうは男子更衣室のはずだ。

 女子全員が無言かつ無表情で顔を見合わせ…芦戸が親指で自分の首を切るジェスチャーをした。それに耳郎がコクリと頷く。追従するように他の女子たちも全員迷い無く頷いた。満場一致で有罪(ギルティ)である。

 

(八百万のヤオヨロッパイ!藤原の純白ボディ!芦戸の腰つき!葉隠の浮かぶ下着!麗日のうららかッパイに蛙吹の意外おっぱアアァァ――……)

 

 耳郎の『イヤホンジャック』が火を噴いた。峰田の眼球にプラグが触れた瞬間、爆音が流し込まれ、峰田は悲鳴を上げてブッ倒れる。天誅は下された。

 しかし、峰田の事だ。謎の生命力で、またすぐに復活するだろう。本当に奴の個性は『もぎもぎ』だけなのだろうか。実は再生能力も持ち合わせているんじゃないかと軽く疑う妹紅であった。

 

「何て卑劣…!すぐに塞いでしまいましょう!」

 

「着替える前で良かったよ!もう!」

 

 女子たちは妹紅を励ましていたからか、着替えるのが遅れていた。その為、幸いな事に覗き被害は皆無だったようだ。

 プリプリと怒りながら壁の穴に壁材を流し込む八百万を見ながら、女子たちはようやく制服に着替え始めた。すぐに壁の修繕を終えた八百万も着替え始める。この時、自分だけ峰田に何も言われなかった耳郎は、周囲の女子たちの胸を見ながら、その格差社会に打ちひしがれるのだった…。

 




 もこたんを慰めるA組女子たち。
 そこそこ仲良くなってきて、もこたんもA組の女子たちの前くらいならある程度の素を見せ始めました。その結果、八百万が一番心配しちゃったようです。遙か格上と思っていた相手がちょっとした事でガチへこみしている姿を見て母性をくすぐられた感じですかね。ギャップ萌えかな?

 次、ヒーロー基礎学の特殊ルール
 もこたんを心配しているオールマイト先生が特殊ルールを考えてくれました。最初なのでまずは非常に分かりやすい『火気厳禁もこたん立ち入り禁止』シナリオです。これで“自分が怪我をすると、他人を傷つけちゃうかもしれないぞ”という意識をもこたんに持たせ、“再生するから怪我してもいいや”という考え方を出来るだけ改めさせようという案でした。
 しかし、途中まで怪我無くスイスイ進んでいくものだからオールマイトは『あ、あれ?』と困惑気味。もこたんがようやく怪我をした時、予定通り上手くいって少しホッとしたものの、生徒が怪我をしたというのにある意味喜んでしまった自分に自己嫌悪していました。オールマイトのピュアな心は、乙女並みに繊細です。

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