もこたんのヒーローアカデミア   作:ウォールナッツ

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今話はシリアスとギャグで攻めていきます。
また、妹紅と病院に同行した女性サイドキックをバーニンへ変更しました。

原作ではハンドクラッシャー的存在になってしまった思い込んでいた轟君ですが、このSSでは戦闘訓練で妹紅の腕も(再生するとはいえ)破壊しているので、割と本気で信じていそうです。


もこたん、二度目のパトロール

「じゃあ、私は主治医の先生からショートの怪我について聞いてくるから、もこたんは先に病室に行ってて!私も後から病室に行くからさ!…え?ショートの主治医の先生は今、一般の診察時間?話を聞くなら順番に待つしかない?ありゃりゃ。もこたん、病室で結構待っててもらうことになっちゃうかもしれないけど良い?」

 

「分かりました。大丈夫です」

 

 保須事件から一夜明け、妹紅はエンデヴァー事務所の女性サイドキック、バーニンと共に保須総合病院へと赴いていた。この病院には轟、緑谷、飯田が入院しており、妹紅はそのお見舞いに、サイドキックの彼女は医者に轟の怪我の状態を聞きに来ていたのだった。

 彼女と別れた妹紅は轟たちの病室まで行き、その扉をノックする。すぐに飯田の声で返事があった。

 

「はい、どうぞ!」

 

「3人とも怪我の具合はどうだ?」

 

「藤原…」

 

 轟たちはベッドの上に座ってくつろいでいた様だった。しかし、轟と緑谷は片腕に包帯を巻き、飯田に至っては包帯で巻かれた両腕をアームホルダーで吊っている。見た目は何とも痛々しい。

 

「お見舞いに来てくれてありがとう、藤原くん。…怪我は特に問題無いそうだ。皆、なんとか無事さ」

 

「そうか、良かったな」

 

 飯田の顔が一瞬曇るも、すぐに表情を笑顔に変えて答えた。

 確かに、轟と緑谷の怪我は大したことは無く、入院も検査程度の内容だった。しかし、飯田の怪我は違う。実際は左手に後遺症が残るほどの怪我を負っていたのだが、妹紅にこれ以上の心配をかけまいと誤魔化して答えたのだった。

 

「それより藤原、お前聞いたか?今回の事件の処理について」

 

「ああ、聞いた。昨日の遅くに保須市の警察署長が事務所に来てな。エンデヴァー先生と共に話を受けた」

 

 妹紅が病室に置いてあった丸椅子に腰掛けると、轟が切り出した。話は昨日の事件についてだ。

 事件当日の夜、入院する必要の無かった妹紅は、保須市の仮事務所に居たのだが、そこに保須市警察署長の面構犬嗣(つらがまえけんじ)がやって来たのだ。身体は人間だが、頭は犬という異形型の個性の持ち主で、語尾に『ワン』と付ける特徴的な人物だった。

 そして妹紅、エンデヴァー、面構の3人による密談が始まったのである。

 

 面構は密談の中である提案を持ち出した。それは『エンデヴァーをヒーロー殺し逮捕の功労者として擁立出来ないだろうか』というものであった。面構は、保護管理者(エンデヴァー)の戦闘許可が出ていた妹紅と轟はともかく、緑谷と飯田の戦闘は完全な規則違反であったと告げる。そして前途ある若者の為にも、どうかこの提案を呑んでくれないかと妹紅とエンデヴァーに頭を下げたのだった。

 これに対し、エンデヴァーは大いに渋った。何故なら、エンデヴァーはこの事件を奇貨として捉えていたのである。

 確かに、危険な事件ではあった。息子()が殺される可能性もあった。しかし、終わってみれば、轟は軽傷で、妹紅は当然無傷。更に、事件に居合わせた者からも死者を出さずにヒーロー殺しを捕えるという見事な功績を2人は立てたのだ。エンデヴァーからしてみれば、緑谷や飯田の規則違反など心底どうでも良く、『勝手に処罰すれば?』程度の話だ。むしろ、息子たちの功績を大声で宣伝したいのである。

(因みに、妹紅も轟もエンデヴァーの命令を無視して行動していたのだが、それらはエンデヴァーと彼のサイドキックたちしか知らない事だったので、その事実はエンデヴァーによって既に揉み消されている)

 

 エンデヴァーがそう難色を示すなか、面構は妹紅に話を振った。妹紅はその時、面構の顔を見ながら、『犬種はイングリッシュ・ポインターかな?』などという大変失礼なことを考えていたのだが、そんなことはおくびにも出さずに、妹紅は自分の意見を言った。それは面構の提案に賛成するものだ。緑谷と飯田の処罰を回避する為にも当然である。

 その後、妹紅の後押しもあって、エンデヴァーはようやく折れた。『焦凍も賛成するのであれば、俺もその提案を呑もう』という言質を、彼の口から引き出せたのだった。

 

 

「その口ぶりだと、轟たちも聞いたのか?」

 

「まぁ…な。今朝、その署長がここに来て話を聞いた」

 

 轟が苦々しげに頷いた。どうやら彼は、面構と一悶着あったらしい。轟は、緑谷と飯田の行動は規則違反だったとしても、ネイティブを守る為の正当防衛だったと面構に強く訴えたのだが、正当防衛(それ)を認めるか認めないかは裁判所であって、警察の立場としては過剰防衛で起訴せざるを得ないと反論されたのだと言う。当然、裁判になってしまえば、事件の真相は表沙汰になる。そして、判決次第では緑谷と飯田に相応の処罰が下されてしまうのだ。

 そこまで聞いた轟は『人を救けるのがヒーローの仕事だろ!』と声を荒げて面構に詰め寄ったのだが、当事者である緑谷と飯田に止められてしまった。2人は自分の行いを理解し、処罰を受けてしまうのはもっともな話だと受け入れていたのだ。

 だが、ここで面構が例の案を切り出した。一度処罰をチラつかせた後でこの案を切り出したのは、恐らく『二度とこの様な行動を取らないように!』という強い警告からであろう。結果、3人は多少の葛藤があったものの、頭を下げてその提案を受け入れたのだった。

 

 

「だけど、藤原はそれで良かったのか?最後、ヒーロー殺しを倒したのはお前の功績だし、俺たちは戦闘許可が出ていた。保護管理者(エンデヴァー)の命令を無視することになっちまったのだって俺のせいだ。お前は全く落ち度が無いのに、アイツに手柄だけ取られる形になっちまって…それでも納得してんのか?」

 

 自分のベッドに腰掛けながら轟が妹紅に問いかけた。面構からの提案を受け入れた轟たちだが、唯一妹紅には負い目を感じていた。散々振り回してしまい、その結果がコレだ。妹紅が文句を言っても、轟は反論出来ないだろう。

 だが、妹紅は文句も不満も口にする事は無かった。

 

「納得しているさ。私は別に手柄も功績もいらない。全員が無事で良かったと本当に思っている」

 

「すまない、藤原くん…!全部、俺のせいだ!君にも傷を負わせてしまった。本当にすまなかった…!」

 

 妹紅の優しい言葉に、飯田は涙が出そうになっていた。しかし、涙は見せずにその場で立ち上がると、妹紅に向けて深々と頭を下げて謝罪する。

 

「私のことは気にするな。どうせ再生するんだから。それより、私の方こそすまなかった。飯田の苦しみをもっと理解していれば…」

 

「いいんだ、藤原くん。君たちが責任を感じる必要は全く無いんだ。だから改めて言わせてくれ。すまなかった。そして、ありがとう…!命だけじゃない、ヒーローを目指す者としての想いも、君たちのおかげで救われた…!」

 

 妹紅だけでなく、緑谷や轟にも飯田は頭を下げる。昨日から散々謝ってきただろうに、改めて謝るのはそれが彼なりのケジメの付け方だからなのだろう。だから妹紅は謝罪を受け入れた上で、気にするなと飯田に告げた。緑谷と轟も同じくそう告げる。そしてようやく、飯田の顔に自然な笑顔が戻るのだった。

 

 

「藤原、聞きたいことがある。もしかしたら、緑谷も飯田も疑問に思っているかも知れねぇ」

 

 しばらく雑談で時間を潰していると、神妙な顔をしていた轟が意を決した様に妹紅に話しかけた。妹紅は轟の方を向き、『なんだ?』といった感じで首を傾げて反応する。

 

「お前――痛覚無いだろ」

 

 妹紅は微動だにしなかった。反応があったのは、むしろ緑谷と飯田の方だ。2人とも『轟くん、何を…』と声を発した所で気が付いた。ステインとの戦いもそうだが、緑谷はUSJで脳無と妹紅の戦いを間近で見ている。また、飯田に至っては、体育祭で妹紅と実際に戦っているのだ。轟の発言の意味を理解するにはそれで十分だった。

 

「…冬美先生から聞いたか?」

 

「ふゆ…え、誰?」

 

 妹紅が自分の髪に付いている小さなリボンを弄りながら問い返すと、緑谷と飯田が首を傾げた。轟の姉の名前など無関係な2人が知っているはずも無いだろう。クエスチョンマークを浮かべる2人に轟は答えた。

 

「俺の姉だ。雄英の隣町にある中学校の教師をやってる。藤原が中学ン時の担任教師だったらしい。別に姉さんから聞いた訳じゃねぇ。生徒のプライバシーに関わる事は言わねぇだろうしな。気付いたのは、お前の戦いを見ていたからだ。戦闘訓練に体育祭、そして昨日の戦闘。お前はどんな攻撃を受けても痛がる素振りを見せなかった。ただの我慢じゃない、お前は“痛み”に反応すらしていなかった」

 

「…痛みを感じる事はたまにあるから、完全な無痛という訳じゃ無いが…まぁ、大抵の場合はそうだな。轟の言う通り、私は痛みを感じない」

 

 妹紅は隠す事無く認めた。別に隠している訳では無いのだが、言いふらしている訳でも無い。クラスでは葉隠と蛙吹、後は担任の相澤くらいしか知らない事だった。

 

「無痛症か…!たしか遺伝性の先天疾患だったと記憶しているが…」

 

「よく知っているな。一般的な無痛症は飯田の言う通りだ。だが、私は後天的に発症したらしい」

 

「後天的?なるほど、そういう事例もあるのか」

 

 飯田が頷きながら納得するなか、妹紅は話を続けた。

 

「私の場合、個性が関係していると聞いた。私は幼い頃の家庭環境が酷くてな…。何度も死んでいた。医者が言うには、これ以上の苦痛を感じないようにと脳や精神が適応した結果らしい。そのせいか、私には温度感覚が無いし、汗も出ない。まぁ、後者は『不死鳥』の耐熱特性の延長線という可能性も有るが…」

 

 人間は時に、致命的なダメージを負わずとも、過度な痛みを感じただけで死に至ることがある。なぜなら、強い痛みは血圧の低下を引き起こし、極度の低血圧では脳や臓器に十分な血が送る事が出来なくなるからだ。普通の人間ならば、ここで人生は終わる。数ある死に方でも痛く苦しい、最悪と呼べる死因だろう。

 しかし、妹紅の場合はどうなるのだろうか。痛みで死んだとしても蘇り、無数の痛みと苦しみを味わった不死の肉体は、己の脳や精神にどのような影響を与えるのだろうか。

 妹紅はそれが痛覚の遮断と発狂という形で表れた。脳は末梢神経からの一部情報の受け取りを拒否し、精神が崩壊したのである。その後、妹紅は人形の様な物言わぬ廃人となって生存し続け、慧音に引き取られてからしばらくするまで自我というものは無いままだった。

 

「す、すまない、藤原くん!不躾なことを聞いてしまった!申し訳ない!」

 

 すぐに飯田が頭を下げて謝った。妹紅はそれに軽く手を振って応じる。元々、話を切り出したのは轟だというのに、飯田が率先して謝るとは、彼は本当に律儀な男である。

 

「いや、そう気にするな。たまに痛みを感じるということは、治る可能性があるということでもあるからな。ただ、他の人にはあまり喋らないでくれるとありがたい。…秘密にしている訳では無いが、心配をかけたくない」

 

「もちろんだとも!約束する!」

 

「ぼ、僕も喋らないよ!」

 

 そう約束してくれた飯田と緑谷に、妹紅は礼を言った。しかし、轟は未だに神妙な顔をしており、『まだ聞きたい事がある』、そんな言葉が表情に浮かび上がっていた。妹紅は『構わない』とだけ言って轟を促すと、彼は無言でコクリと頷いて、真剣な表情で声を発する。

 

「…じゃあ、もう一つだけ聞かせてくれ、藤原。あの時の最後、ヒーロー殺しの殺気で俺たちはおろか、プロヒーローたちも動けなかった。エンデヴァーや経験豊富そうな老ヒーローでさえも気圧されていた。なのに、何でお前は動けたんだ?死なねぇから、痛くねぇから…だから、強敵にも立ち向かっていけるのか…?」

 

「と、轟くん!それは…」

 

 言い過ぎではないか、緑谷はそう言いかけた。だが、妹紅の表情は特に変わること無く何時ものままだ。実際、妹紅は全く気にしていなかったのだ。

 

「何故動けたのか、か。エンデヴァー先生からも聞かれたな、それ」

 

「アイツも…。それで、なんて答えたんだ?」

 

 これは事件後すぐの話である。失神したステインは警察に移動牢(メイデン)に入れられて連行され、妹紅は轟たちと共に救急車に乗った。妹紅は着いた病院の一室を借りて服を着替えた後、サイドキックが運転する車でエンデヴァーと共に保須市の拠点へと戻ったのだが、その途中でずっと無言でいたエンデヴァーが、唸るように低い声で『お前は何故、あの殺気の中で動けたのだ…?』と尋ねられていたのだ。

 そこで妹紅はこう答えた。

 

「『殺気なんて全然分かりませんでした。なぜか周りが動かなくなったので、つい炎を放っちゃいました』と答えたな」

 

「あ、アレが分からなかったの…!?」

 

 緑谷が驚いた声を上げた。轟も飯田も目を見開いている。

 彼等はステインの殺気を嫌と言うほど味わった。喉元にナイフをあてがわれたかのような恐怖。氷水をぶっかけられたかのような悪寒。あの殺気が分からないなんてことがあるのだろうか。緑谷たちはそう思った。

 だが実際、妹紅は本当にヒーロー殺しの殺気を感じ取れていなかった。故に周りを見る余裕もあったのだ。

 

「それも同じような事をエンデヴァー先生から言われたぞ…。まぁ、死を経験しているからだと思う」

 

「死…」

 

 轟が繰り返すように呟くと、妹紅は小さく頷く。そして、妹紅は目を閉じて静かに話し始めた。

 

「人はな、殺気など無くても人を殺せるんだ。視界に入ったから、そこに居たから、なんとなく…。殺す理由も、殺気もいらない。人は人を無関心に殺せるんだ…。そんな死を無数に経験したのなら、殺気を感じる意味なんて無くなるだろうさ」

 

 妹紅の死はそういうモノだった。無論、殺気(怒気)を持って殺された時も数多くあった。だが、理由無く、殺気無く殺されることも多かったのである。幼少期にその様な経験を負ってしまっては、人間の精神など簡単に歪んでしまうだろう。

 そう語る妹紅に、緑谷と飯田は顔を青ざめて身体を震わせていた。轟の顔色も悪い。ステイン戦にて、妹紅が『何千と死んだ』と言っていた事を彼等は覚えている。3人とも想像してしまったのだ。妹紅の過去を、そしてそれがどれほど凄惨なものだったのかを。

 

 妹紅は話している間、目を閉じ続けていた。人間の狂気というのは瞳に浮かび上がってくるからだ。妹紅の身には『死』という狂気が潜んでいるのだが、イラついた時や昔を思い出した時にそれが表に出て来ることがある。そんな時にこの真紅の瞳を覗かれると、相手は酷く怯えてしまうのだ。時には、寺子屋の弟や妹を怯えさせてしまった事もあった。その時は本当に自分の事が嫌になったものだ。

 だから、友人(・・)である轟たちには、この瞳を見られたく無かったのだった。

 

「…すまねぇ。辛いこと聞いた」

 

「いいさ。気にしていない」

 

 妹紅はフッと笑みを溢して、目を開く。笑い飛ばしたおかげか、妹紅の瞳に宿っていた狂気はもう静まっていた。

 その後、その話題は止めにして、他の事の話をした。クラス全員にSOSメッセージを送った緑谷の元には多くのクラスメイトから返信や電話の着信があったらしく、その内の何人かとは電話で話せたらしい。やはり皆、とても心配していたと緑谷は言った。

 そういう話をしていると、病室の扉がノックされた。『どうぞ!』と飯田が返事をするとバーニンが入ってくる。

 

「やぁ、少年たち!少しお邪魔するね!ショート、主治医の先生は明日にでも退院出来ると言っていたよ!明日の昼くらいに迎えに来ようかと思ってるけど!?」

 

「はい、問題ありません」

 

(ゆ、有名サイドキックのバーニンだ…!)

 

 轟がそう答えると、彼女はニッと勝ち気な笑みを浮かべる。

 一方でヒーローオタクの緑谷は有名人との遭遇に胸を躍らせていた。男性の多い『炎のサイドキッカーズ』の中で若くして頭角を現した女性サイドキックのバーニンは、その容姿と熱血的な性格も相まって人気が高いのだ。

 

「オーケー!迎えの詳しい時間はまた後で連絡するから!さぁて、お待たせ、もこたん!仮事務所に帰ろっか!」

 

「分かりました。じゃあな、3人とも。轟はまた明日、緑谷と飯田は学校で会おう」

 

 轟たちに別れの挨拶を残して病室を出た妹紅は、彼女と共に保須の仮事務所へと戻った。そして、その日の内にエンデヴァーと警察の合同記者会見が開かれ、ヒーロー殺しがエンデヴァーに倒された事が正式に発表されたのだった。

 また、保須事件についてなのだが、ステインが倒された瞬間を一般人が撮影しており、それを動画投稿サイト『HERO TUBE』に投稿されるという予想外の出来事もあった。真実がバレるのではと思われたが、撮影者はステインを集中的に撮影していた為、彼の最後は画面外から飛んできた炎に巻かれて倒れた様にしか見えなかった。その動画はむしろ、エンデヴァーがステインを倒した証拠の様なものになったのだ。(動画には妹紅と轟もチラリと映っていたが、彼等の炎はとにかく大火力という印象が強く、今回のような丁寧で小規模な炎を放った人物が妹紅だと疑われる事は無かった)

 

 妹紅が大変だったのはその後だ。クラスメイトたちは妹紅と轟がエンデヴァーヒーロー事務所に行っていることを知っているから、妹紅の元にも心配するメールやライン、電話の着信が来たのだ。元々、携帯を介したコミュニケーションが得意ではない妹紅は、返信するのも一苦労するほどだったのだが、なにより大変だったのは慧音からの連絡だった。

 慧音から連絡があった時、妹紅は彼女には本当の事を話しておくべきだと思い、保須事件の真相を話した。やはりと言うべきか、慧音からは酷く心配されてしまい、その後30分以上も電話口で説教をされてしまった。恐らく、寺子屋に帰った日には更なるお説教が待っているだろう。まぁ、それは仕方無い事だ。その時は慧音にわざと甘えることで説教時間の短縮を謀ろうと企む妹紅であった。

 

 

 

 職場体験の5日目は、轟が退院したことで、エンデヴァー率いる保須市出張組は本拠地へと帰還した。しかし、その日のパトロールでは妹紅たちの同行は許されず、妹紅と轟は数人のサイドキックと共に事務所内の施設で訓練をする事になった。

 怪我をしている轟は軽いトレーニングしか許されていないが、妹紅は筋トレなどの基礎訓練から近接格闘訓練まで幅広く学んでいく。こういう訓練は慧音たちからも受けたが、事務所ごとに特色があるのか、妹紅が知らない動きや技も多々あった。妹紅はそれらを乾いたスポンジのように吸収して身に付けていくのだった。

 

 

 そして職場体験6日目。7日目は帰らなければならない為、この6日目が職場体験の実質的な最終日である。

 そこで、エンデヴァーは命令厳守を条件に、妹紅たちをパトロールに同行させる事にした。このパトロールに連れて行くサイドキックの数は、なんと12名。彼等サイドキックの今回の仕事はエンデヴァーの援護だけではない。妹紅たちの護衛と監視要員でもあるのだ。つまるところ、エンデヴァーは2人(主に轟)が素直に自分の命令を聞くとは全く思っていないのであった。

 そこまでしてエンデヴァーが妹紅たちをパトロールに同行させるのは、箔付けの為だ。学生時代から功績と名声を上げていれば、プロになった時にいち早くヒーローランキングに載る事が出来、その分だけNo.1ヒーローの座が近づく。エンデヴァーはそれを狙っていた。

 …だからこそ、ヒーロー殺しの件は惜しかった。“オールマイト”以降の単独犯罪者では最多の殺人数。犯罪史上に名を残すであろうヴィラン『ヒーロー殺し、ステイン』を学生という身分で倒したとなれば、少なくとも数年は語り継がれる偉業となった筈だ。プロ1年目でランキング上位に食い込むということも十分有り得る功績でもある。本当に惜しい事をしたとエンデヴァーは後悔していた。

 

 しかし、嘆いても時間は戻らない。こうなってしまった以上、出来る範囲でやっていく必要がある。それがこの箔付けパトロールだ。雑魚ヴィランでも良いので、手当たり次第に狩って功績を稼ぐのだ。それが有名(ネームド)ヴィランならばなお良い。妹紅と轟にはただのパトロールとしか言っていないが、サイドキックたちにはしっかりと言い含めているから協力体制も万全である。

 そうしてパトロールという名の狩りが始まった。傷害やひったくりなどのチンピラヴィランを見つけてはサイドキックが囲み、ヴィランの個性を分析した後、妹紅と轟がそれを倒す。過保護にも思えるだろうが、チンピラにも初見殺しな個性を持つ者は稀に居る。それを考慮しての作戦だった。

 そんなヴィラン捕縛劇を数回繰り返し、次の獲物を探していた時にその事件は起きた。

 

「キャアアッ!」

 

「ヴィランか!?」

 

「いや、待て…なんだアイツら…?」

 

 突如として街中に女性の悲鳴が響く。それも複数人の悲鳴だ。傷害か窃盗か、はたまた通り魔でも出たのか。サイドキックや妹紅たちの間に緊張が走る。そして、悲鳴の方へ急行すると、犯人らしき人物たちの姿を見つけた。

 

「フハハハ!我ら疾風怒濤(しっぷうどとう)三兄弟!東京の鳴羽田から飛び立ち、全国各地を巡る予定を立てている夜の狩人である!ここはその第一歩目だ!」

 

 真っ昼間だというのに黒色のボディタイツに身を包み、顔も黒い覆面で隠した3人の不審者が道路を滑るように走っていた。しかも、最後尾にいる太った男、三兄弟の三男は女性用の下着をタイツ上から着用したり、頭に被ったりしている。紛う事無き変態だった。

 

「疾風怒濤三兄弟?知ってるか?」

 

「いや、そんなヴィランネーム聞いた事無いな」

 

「俺も知らん。っと、俺があそこの細道を塞ぐから、誰かアッチの方を頼む」

 

 サイドキックたちが情報交換しながらも不審者を包囲していく。正確には分からないが、不審者たちの個性は移動系のようだ。移動系個性は逃げ足が速い。サイドキックたちは地道に逃げ道を潰していきながら、包囲を確実に縮めていく。相手は包囲網に気付いてすらもいなかった。

 

「うわぁ思い出した…。俺、知ってるぜ…。アイツら鳴羽田区の変態三兄弟だ。個性は3人とも『滑走』で、その個性使って下着泥棒や迷惑行為を繰り返している変質者たちだ」

 

 サイドキックの1人が顔を顰めながらそう言った。

 疾風怒濤三兄弟。東京の鳴羽田区を地元とするいい歳をした兄弟だが、その正体は変態である。地面をまるでスケートリンクのように滑る事が出来る個性『滑走』を使い、狩りと称して日夜変態行為を働いていた。因みにヴィランネームは彼等の自称だ。

 しかも、彼等はただ変態なだけでは無い。全国各地を巡る第一歩目に、エンデヴァーの本拠地であるこの街を選んでしまうような馬鹿なのである。どうしようもない連中だった。

 

「最低ね。あんなのが都外に出ちゃったら東京の恥だわ!…よし、包囲網が完成した。『滑走』程度の個性なら絶対に抜けられないわ!エンデヴァーさん、次の指示を!」

 

「はぁ…。焦凍、藤原。一時的に戦闘を許可する。奴等が抵抗するようならば、お前たちが倒せ」

 

 怒りを沸き立たせる女性サイドキックとは裏腹に、エンデヴァーのテンションは低い。チンピラばかり退治して、やっとネームドヴィランが現われたかと思えば、ただの変態だったのだ。やる気が失せるのも仕方無い。

 とはいえ、窃盗や迷惑行為をしている以上は拘束対象だ。エンデヴァーがそう指示を出すと、妹紅と轟がコクリと頷いた。

 

「む、ヒーローか!しかし、我々の『滑走』で逃げて――って、めっちゃ多くないか!?」

 

「あー、お前たちはエンデヴァーヒーロー事務所に完全に包囲されている。大人しく投降せよ」

 

 ここにきて、疾風怒濤三兄弟はようやく取り囲むサイドキックたちに気が付いた。そして、その数に驚く。三兄弟を取り囲むサイドキックだけでも優に10人を超えているのだ。彼等にはこれほどの数に囲まれた経験は無かった。まぁ、色々と事件の多い鳴羽田区で、たかが変態にそこまでの労力を回せないというのが理由なのだが。

 サイドキックの多さに戸惑う三兄弟に、エンデヴァーがやる気の無い投降の呼びかけを行った。ここで投降すればそれで良し。投降しなければ妹紅と轟が戦闘に投入されるだけだ。

 

「あ、兄者!このままじゃ逃げられねぇ!どうする!?」

 

「是非も無し!戦うぞ弟たちよ!我らが往くは修羅の道!今こそ自らの存在を賭けた闘争の刻である!」

 

「「おう!」」

 

 長男の鼓舞に弟たちが呼応した。3人ともグッと拳を握り、その意思を示す。因みに、三男の握り締められた拳からはピンクの女児用パンツがはみ出しており、それを見た妹紅は眉をピクリと動かしていた。

 

()る気みてぇだな。どっちが2人相手する?」

 

「私にくれ。女の敵は許せない」

 

 轟の問いかけに妹紅は指をポキポキと鳴らしながら答える。『コイツ、こんなに好戦的だったか?』と思った轟がふと隣を見ると、そこには完全に目が据わっている妹紅がいた。轟は思わず一歩だけ距離をとってしまう。それ程の圧力(プレッシャー)を妹紅は放っていた。

 

「…やり過ぎるなよ」

 

「分かっている。炎は使わない」

 

 世紀末救世主のようなオーラを醸し出す妹紅に轟は注意を促しつつ、2人は三兄弟の前へと向かう。囲むサイドキックは試合のリングのような役割だ。リングアウト無し。観客は通行人の野次馬。問答無用のデスマッチ(殺してはならない)が今まさに始まらんとしていた。

 

「このヒーローどもめ、囲むだけ囲んで手を出さぬとは…。もしや我らに恐れをなしたか!?フハハハ!当然だ!我らが三位一体のフォーメーションに死角など無いからな!フハハ…むっ、何奴!?どこかで見たことがあるな…?」

 

「あ、兄者!この2人、雄英の体育祭に出てた藤原妹紅と轟焦凍だ!」

 

 妹紅と轟がリングインすると、次男が妹紅たちの正体に気付き、叫んだ。野次馬の観客も『おお!』と歓声を上げる。長男は自信ありげな笑みを浮かべ、三男は頭に装着している真っ白なパンティーを深く被りなおした。

 

「ほう、強敵登場ということか…!良かろう!我らも本気で行くぞ!我らの神業を見るがいい!『ハイパートルネード脱衣』!!」

 

 説明しよう。『ハイパートルネード脱衣』とは疾風怒濤三兄弟の奥義である。長男が衣服を捲り、次男が下着を抜き取り、三男がそれを纏う。心通わせた3人の変態にしか使用する事が出来ないと言われる伝説的な技だ。

 次男だけ技の難易度が高すぎる点は気にしてはならない。きっと彼は、変態を司る神と盗みを司る神の両方に愛されているのだろう。

 

「俺がめくグハァッ!?」

 

「もんぺのどこを捲るつもりだったんだ…?」

 

 三兄弟の狙いは妹紅だった。轟には目もくれていない。こんな状況になっても欲望には忠実である。

 妹紅のコスチュームの何処かを捲ろうとした長男だったが、彼女の前蹴りに迎撃されて蹴り飛ばされた。そもそも、彼等は変態としては一流だが、その戦闘力は素人とほぼ同等なのである。妹紅どころか、そこらのヒーロー候補生にすら勝てないだろう。

 

「おのれよくも兄者を!だが、俺は捲られておらずとも下着を抜き取る事が出来る!そのもんぺの下にある獲物を抜き取らせてもらブヘェッ!?」

 

「お前の相手は俺だ。…あんた、その謎の手先の器用さを社会の為に活かせよな…」

 

 長男を倒され、次男は激昂する。怒りと共に妹紅に迫るが、横から分け入った轟の拳が次男の顎を捉え、倒された。周りの野次馬から若干ガッカリしたような声が聞こえた気もするが、恐らく気のせいだろう。そうに違いない。

 

「兄者らァ!だが、負けられぬ!我ら三兄弟は夜の狩人!絶対に負けられ…ありがとうございますッ!」

 

「今は昼だ。そんなことより盗んだものは返してもらう。…何で私はお礼を言われたんだ…?」

 

 最後は三男だ。足を止めて喚いている三男に、妹紅は構わず接近するとその顔面に向けて掌底を打ち込んだ。三男は恍惚の表情で礼を告げると、鼻血を垂らしながら倒れていく。妹紅は三男が纏っている女性用下着を剥ぎ取りながら礼を言われた理由を考えるが、答えは全く出てこなかった。

 

「グッ…!我ら疾風怒濤三兄弟をこうも鮮やかに倒すとは…!」

 

 倒れたまま、忌々しげな表情で妹紅を睨み付ける長男であったが、しばらくするとフッと笑いを溢し、顔から険がとれた。そして満足げな表情で妹紅に語りかける。

 

「敵ながら見事…!我らとしても女子高生(JK)に拘束されるのなら本望だ。さぁ、我らを捕まえて手柄とするが良い!しかし、良く聞け藤原妹紅よ!我らの弱点は寝技だ!寝技以外で拘束するようならば、我らは死ぬ気で抵抗するぞォ!」

 

 長男が吼えた。次男も三男も、その通りだとばかりに深く頷いている。潔い末期を遂げるのかと思いきや、最後の最後まで変態の心を忘れない男たちだった。『この変態ヤロー!』と野次馬たちが罵声を飛ばしても、『その通りですが、なにか?』と笑顔で受け流している。心が強すぎる。

 だが、そんな変態たちにも裁きの時が来た。三兄弟を倒した時点で妹紅たちの仕事は終わったのだ。彼等を捕縛し、警察に受け渡すのはサイドキックたちの仕事となる。

 

「JKに寝技をかけてほしいだァ…?いいぜ、それならご要望にお応えして……常識外(J)筋肉(K)を持つ俺たちが寝技をかけてやるぜェ!行くぞ野郎どもォォ!」

 

「「おおォォ!」」

 

 サイドキックの中でも特に肉体派の男性サイドキック3名が三兄弟の捕縛にかかる。彼等はエンデヴァーに負けず劣らずの筋肉の持ち主たちだ。つまりムッキムキの肉体である。その肉体と増強型の個性を存分に駆使して三兄弟に寝技をかけていく。

 

「ギャアア!汗臭いィィ!」

 

「ああ!?く、臭くねーよッ!人前で印象が悪くなる様な事言うんじゃねぇ!」

 

「グワアア!汗が目に!目にしみる!」

 

「ウルセー!パトロールで動き続けていたんだから汗かくのは仕方ねーだろ!」

 

「クッ、これはこれで…!」

 

「誰かコイツ拘束すんの代わってくれ…」

 

 JK違いに寝技をかけられ、悶絶する長男と次男。汗臭いと言われて憤慨する2人のサイドキック。更には新しい扉を開けてしまい、息荒く頬を染める三男。恐怖におののきながらも拘束する手を緩めないもう1人のサイドキック。そんなカオスな光景は警察が到着するまで続けられるのだった。

 

 その後、妹紅たちは数件の些細な事件を解決して、この日は終業となった。倒した中で最も有名なヴィランが疾風怒濤三兄弟だという時点でお察しの成果であったが、現場の雰囲気を学ぶという点においてはまたとない好機であった。実際、有名ヴィランとの交戦など稀で、今日のようにチンピラの相手をするのが日常らしいので仕方無いだろう。

 

 7日目のスケジュールは、軽い訓練をして職場体験は終わり、帰宅という形らしい。一週間、長いようで短い期間であったが、それでもやはり慧音や寺子屋の面々が恋しい。妹紅は明日の再会を夢見て、夜を過ごすのであった。

 




 面構署長はイングリッシュ・ポインター。
一番似てると思います。異論は認める。

 次、妹紅と轟の職場体験スケジュール
1日目 顔合わせ、訓練
2日目 保須市移動、パトロール
3日目 パトロール、保須事件発生
4日目 妹紅は見舞いと訓練、轟は入院中
5日目 轟退院。その後、本拠地に移動して訓練
6日目 パトロール、箔付けのヴィラン退治
7日目 軽く訓練後、職場体験終了。帰宅
月曜から日曜までみっちり職場体験した後、次の日普通に学校です。キツそう。

 原作でエンデヴァーが轟を連れて保須市に行ったのは、ステイン撃破の功績を息子に譲る為なんじゃないかと妄想してみたり。まぁ、功績だけを譲ろうとしても、轟は絶対に受け取らないでしょうし、更に嫌われるだけだと思いますけどね。
 後、轟と妹紅が同じ功績を立てたら、人気差で妹紅の方がランキングの上位に入るかもしれませんが、エンデヴァーは焦凍と妹紅が結婚したら、どうせ妹紅は引退するだろうから別にいいや、と考えています。間違った前提で結果を考えてると、いつかエラい目に遭うんだよなぁ…。

 次、疾風怒濤三兄弟
 ヒロアカの外伝である『ヴィジランテ』に出て来る変態ヴィラン。次男だけ技の難易度が高すぎませんかねぇ…。再登場した際は技が進化していたり、男の下着を奪ったりと迷走しているところが大好きです。このSSでは男は狙われていません。数年経って正気を取り戻したのか、もこたんが魅力的過ぎたかのどっちかでしょう。
 知らない人の為に、一応説明をば。『ヴィジランテ』はヒロアカ原作の4~5年前を舞台に活躍する非合法ヒーローにスポットを当てたヒロアカのスピンオフ作品です。原作とは違う視点から“個性社会”を垣間見る事が出来るのが面白いですね。原作キャラも多数出て来るので(ただしA組の生徒は出て来ません)、興味がある人はこの外伝を手にとってみてはいかかでしょうか。


 次話はまた幕話で掲示板ネタをやろうと思うので、苦手な方は読み飛ばして下さい。

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