もこたんが活躍したことで、原作よりも体育祭の報道が過熱。その為、ステインの目にも触れる機会が多くなった、って感じです。
『藤原!?応答しろ!藤原ーッ!!焦凍ーッ!!』
妹紅はインカムから聞こえるエンデヴァーの声を聞き流しながら、ヒーロー殺しであるステインと相対していた。僅かでも集中を欠いてしまえば、一瞬でやられる。そんなプレッシャーを妹紅は感じていた。
ステインを警戒しながら、妹紅は左耳に装着していたインカムを手でなぞる。このインカムはエンデヴァーヒーロー事務所から支給された片耳掛けタイプの物だ。GPSも付いている。そのインカムのマイク部分がスパリと切り落とされている事に気付き、妹紅は眉を僅かに顰めた。
(マイク部分が切り落とされてる…。本体とイヤホン部分は何とか生きているみたいだから相手の声は聞こえるけど、応答するのは無理そうね…)
ステインは轟に斬りかかった後、妹紅に向けて二本のナイフを投擲していた。最初のナイフは遅いとも思える速度で、妹紅は楽にソレを避けた。しかし、避けたと思った瞬間、妹紅のインカムは切り裂かれていた。二本目のナイフは格段に速く投げられており、更に一投目のナイフの陰に重なるように投擲されていたのだ。つまり、一投目をわざと避けさせ、僅かに油断した隙を狙ったのである。
死角から突如として現われたナイフに反応出来ず、妹紅はまんまとインカムを壊されてしまった。不幸中の幸いであったのは、マイク部分が切り落とされただけで、本体とイヤホン部分は生きていたことだ。その為、応答は出来ないが、あちらの声を聞くことは出来た。その耐久性は流石トップヒーロー事務所が愛用するアイテムといったところであろうか。
とはいえ、ステインが現れた報告をした直後に応答が途絶えた事で、今のエンデヴァーたちはかなり冷静さを失っている。正直な話、インカムから聞こえてくる声はうるさいだけだった。
「轟、そっちのインカムは」
「駄目だ、完全におしゃかにされた」
轟に聞くが、彼のインカムは完全に破壊されていた。
遭遇時、ステインは轟に斬りかかると同時に、彼の側頭部に向けて掌底打ちを繰り出していた。これは脳を揺らす為の掌底ではなく、インカムを破壊する為の打撃だ。轟は持ち前の戦闘センスでこの攻撃を避けたのだが、完全に避けるには至らず、掌底は轟の耳をかすり、インカムを吹き飛ばした。
轟がしまった、と思う間もなく、ステインはまたも斬りかかる。轟は氷結能力で氷柱を作り出して防御した…つもりだった。しかし、ステインの攻撃はフェイクであり、彼は轟から距離をとると同時に落ちたインカムを踏み潰して完全に破壊したのだった。
インカムを踏み壊された瞬間、轟は炎で攻撃していたのだが、ステインはまるで予想していたかのようにそれを避けた。その後、ステインは妹紅に二本のナイフを投げて、彼女のインカムを切断するに至るという経緯だ。
「コイツの動き…俺たちの個性を知っているな。体育祭か」
「だろうな」
轟が妹紅に注意を促すように言うと、妹紅も頷いた。
ステインの反応は轟の個性を完全に知っている動きであったし、妹紅のインカムを切り裂いた二投目のナイフは彼女の動体視力と反応速度を知っていなければ到底実現出来ない芸当だ。
それらの事から、ステインは体育祭を見ていたに違いないと、轟は判断する。そして、それは正解だった。ステインは体育祭を見ており、妹紅たち4人が体育祭で見せた個性や実力は、全て知られていたのだ。
「全員倒れちゃいるが、致命傷は受けてねぇようだな。何とか間に合ったか」
「駄目だ!逃げろ!」
轟が倒れた緑谷と飯田の前に立ち、妹紅も倒れているプロヒーロー、ネイティブの前に立つ。彼は肩口から血を流しているが、出血量はそれ程でも無い。しかし、動けないようであった。そんな状態でネイティブは妹紅たちに“逃げろ!”と叫ぶ。
しかし、当然ながら妹紅も轟も彼等の前から動くことは無かった。ステインを注視しており、轟は左手から、妹紅は両手から炎を出して戦闘に備えている。
「轟くん…藤原くんまで…!」
「何で君たちが…!?それに、轟君…左の個性を…!」
飯田と緑谷が驚愕の声を上げる。保須市に妹紅たちが居ること自体、彼等は知らなかったのだ。
そもそも、緑谷がクラスメイトに位置情報だけを一括送信した理由は、“通報する隙も無いから、誰か代わりに通報してくれ!”という意味からだ。まさか、クラスメイトが直々に助けに来るとは思ってもいなかった。
「何でって、そりゃこっちの台詞だ。何でこんな状況になってんだ。まぁ、とにかく安心しろ。すぐにプロも到着する」
轟は嘘を吐いた。応援の到着まで数分はかかるだろう。倒れている3人を安心させる為、そして、“これでヒーロー殺しが物怖じして撤退してくれれば…”という願いを込めた嘘であった。
しかし、それを嘘と見抜いたのか、もしくは一瞬で殺害出来るという自信が有るのか…、ステインは怯むような様子は見せず、ただ5人を見据えていた。
「ハァ…雄英生が次から次へと…。お前たちの実力は知っている…。ならば、後は本物の英雄に値する信念を持っているか否かだ…」
ステインは
しかし、己の信念にそぐわない者が相手であったのならば、話は別だ。女であろうが幼子であろうが、容赦なく殺す。もしくは見せしめの為、瀕死の重傷を与える。それがステインという男だった。
「ハァ…行くぞ!」
妹紅と轟が己の信念に沿うか否か。それを確かめるべく、ステインが両手を振るった。いつの間に握っていたのか、何本もの投げナイフが倒れている3人の負傷者に襲いかかる。
「チッ!」
轟が舌打ちした。氷壁で守れるのは自分の後ろに居る緑谷と飯田のみ。妹紅とその後ろに居るネイティブは遠くて氷壁が間に合わないのだ。
(速いッ!それに後ろには負傷者!避けられない!火の鳥か炎翼を作って盾に…ッ!間に合わなッ…!)
氷壁に複数本のナイフが当たり、弾かれる音がした。同時にナイフが肉に刺さり、骨に到達する生々しい音も聞こえる。そのゾッとする音に緑谷と飯田が思わず叫んだ。
「藤原さん!」
「藤原くん!」
その音は妹紅から発せられていた。火の鳥も炎翼も間に合わないと察した妹紅は、投げられたナイフをその身を挺して受け止めたのである。雛を守る親鳥のように両手を大きく広げて、妹紅はネイティブを凶刃から守りきっていた。
「なッ!?き、君!?」
「…大丈夫です」
左太腿、腹部中央、右上腕。防刃繊維のコスチュームを容易に貫き、それら3ヶ所にナイフが深々と刺さっている。妹紅の後ろで倒れているネイティブの視点からは見えなかったが、どんな状況であるかは分かっていた。
ネイティブは顔を真っ青にして声をかけるも、妹紅は振り返らず、刺さったナイフ引き抜く。そして、ただ無事を伝えるだけで済ませた。当然だろう。もしも振り返りでもしたら、その一瞬で首を切り落とされかねない。妹紅とネイティブ、両方の首を、だ。
「悪い、藤原。飯田と緑谷に投げられたナイフを防御するだけで精一杯だった」
「気にするな。この程度、私には何の問題も無い。それよりも負傷者は火の鳥で避難させてやりたいが…敵の隙が全く無い。全員この場で守るしかないようだな」
「ああ、必ず守り切るぞ」
決意の言葉と共に、妹紅と轟は再びステインと相対する。その姿にステインは僅かに口角を上げた。
「己の身を挺して、赤の他人を守る…。再生能力を持つが故の判断なのだろうが…ハァ、悪くない…。お前も生かす価値がある…」
「轟くん、藤原さん!そいつに血ィ見せちゃ駄目だ!多分、血の経口摂取で相手の自由を奪う個性!皆やられた!」
妹紅の血を見て我に返った緑谷が大声で注意を促した。妹紅の傷跡は既に治っているが、ナイフには血が付いているし、そのナイフを引き抜いた瞬間に流れ出た血は、妹紅のコスチュームを紅く染めている。これを舐められでもしたら、妹紅はほぼ無力化されるだろう。
素早く全身から炎を発して、妹紅はコスチュームに染み付いた血を焼いた。体から引き抜いた3本のナイフも、業火で炙る。刀身はとろみがついた紅い液体となって地面を焼いた。如何に狂人とて、これを口に入れようとは思わないだろう。
「しかし、それでもマズいな。炭化した血でも個性が発動出来るのだとしたら、かなり厄介だ」
問題があるとしたら、コスチュームに残った黒ずみだった。完全に炭化しているとはいえ、元は血だ。舐められてしまったら発動条件を満たす可能性がある。
「だが、焼かねぇよりはマシだろ。奴の個性の発動条件が厳しい事に賭けるしかねぇが…楽観視も出来ねぇ。近付かずに戦うが吉か。俺たちなら距離を保ったままッ!?」
「エンデヴァーの息子…次はお前の信念を見せてもらおう…」
轟は警戒を解いてはいなかった。しかし、“言葉を話す”という行為に、脳の情報処理能力が数%向けられた瞬間、それを隙と見たステインが襲いかかってきたのだ。
「轟ッ!クッ、また負傷者に向けてナイフを…ッ!」
妹紅が轟を援護する為に炎を放とうとしたが、ステインはまたもネイティブにナイフを投げる。妹紅が防御に回るしか手は無かった。
(コイツ、強い!個性や動きの速さだけじゃ無く、こちらの隙を一切見逃さない!火の鳥さえ作ることが出来たら戦いやすくなるのに!作ろうとすれば…またナイフッ!)
ステインは火の鳥を作らせまいと徹底的に妨害してきていた。火の鳥を作ろうと思った瞬間、まるで思考を読み取ったかの如く、ナイフを投げて妹紅の集中力を削いでくる。
当然、その状況ではエンデヴァーから教えられた酸素濃度を低下させる炎も使えなかった。あの技はまだまだ練習中であり、今の妹紅の技量ではステインどころか、そこらのチンピラにも避けられる程度の精度しかない。現段階で使用するには、『敵が数秒間一切動かず、またその間、妹紅の集中力が途切れない』。そんな状況が必須の技だった。
ならば、火の鳥や酸素濃度低下の炎は諦めて轟を援護しようとすると、今度は戦っている轟が妹紅の炎の射線に入るような立ち回りをステインは始める。恐ろしい程の技量差がそこにはあった。
『なに、藤原のインカムはまだ繋がっているかもしれんだと!?聞こえているか藤原!プロヒーロー、エンデヴァーの名において、お前たち2人の交戦を許可する!撤退出来ないというのならば、戦って耐えろ!後、2分30秒ほどでサイドキックが到着する!耐えるんだ!』
(150秒…長い!今の状況が崩れれば、恐らく10秒もかからず全員殺される!くそ、私が…私が皆を守らないと…!)
ここでインカムの向こう側でも動きがあった。妹紅のインカムのGPS機能がまだ生きており、その事にオペレーターが気付いたのだ。妹紅のインカムが完全に破壊されていない事をエンデヴァーへと伝えると、すぐさま彼は妹紅たちに交戦許可を出した。
個性違法行使などの『法』に萎縮していては、ヒーロー殺しステインに太刀打ち出来る筈がない。妹紅に聞こえているかも分からない状況ではあったが、轟たちの生存確率を僅かでも上げるにはこれしか無かった。
一方、妹紅はエンデヴァーの言葉に焦りを覚えた。妹紅の体感時間では、ステインと遭遇してから数分が経っていると認識しており、もう援軍が来てもおかしくない時間だと思っていた。しかし、実際は数十秒しか経っておらず、更にその何倍もの時間を耐えなければならないという状況に、妹紅は危機感を募らせる。
「轟、交戦許可が出た!」
妹紅は轟を巻き込まないギリギリの範囲に炎を放ちながら、交戦許可が出たことを伝えた。だが、援軍が到着する時間は伝えていない。轟にも焦りが生まれるし、ステインに聞かれるからだ。あの狂人が残りの秒数を聞けば、遮二無二になって負傷者を殺しに来る可能性がある。それだけは避けたかった。
「っと、あぶねぇ。今更、交戦許可が出てもな。完全に正当防衛だろ、これ。まぁ少しは気が楽になるか」
交戦許可が出たことで、多少の不安は除かれたらしい。僅かだが轟の動きも良くなり、その勢いのまま大氷結で決めにかかる。だが、避けられてしまった。不安が解消されたが故に生まれた僅かな安心。そして、攻勢に転じた際に出来てしまった隙。ステインはそこを突いてきた。
「己よりも素早い相手に対して、自らの視界を遮る…。愚策だ…しかし、お前も良い…!」
「クッ…!」
「轟、上だ!コイツ増強型でもないのに、何て跳躍力…ッ!緑谷!?」
ステインは氷壁を切り刻み、氷の破片を飛礫の如く撃つと、それに紛れ込ませるようにナイフを投げつけた。ナイフが轟の腕に刺さり、彼の意識が己から削がれた瞬間を見計らい、ステインはビルの壁を駆け上がる。轟にはステインが消えたようにも見えただろう。
ステインは刀を振りかぶり、上空から轟に迫る。その時だった。緑谷がステインの横っ面を殴り飛ばしたのだ。しかし、決定打には成らず、ステインは体勢を整えて着地する。妹紅が追撃の一手を繰り出そうとしたが、ステインは右手に刀を、左手には投げナイフを構えて、既にこちらを牽制していた。
「なんか普通に動けるようになった!」
「あの子は一番後にやられたハズ…!」
「ってことは考えられるのは3パターン。人数が多くなるほど効果が薄くなるか、摂取量か…、血液型によって効果に差異が生じるのか…」
一番後にやられた緑谷が最初に解けた。轟たちは警戒しながらその事からステインの個性を推測していく。そして、最も可能性が高いと思われた推論は『血液型』だった。その結論に達した時、ステインは少し嫌な顔をしながら“ハァ…”と溜息を吐いた。図星のような振る舞いだが、
「だが、個性が分かった所でどうにもならねぇか…」
「轟くんは血を流しすぎてる。藤原さんもその血の跡を舐められたら個性が発動するかもしれないし、僕が前に出るよ。2人は後方支援をお願い」
轟、緑谷、妹紅の3人が並ぶ中で、緑谷が一歩前に出る。だが、そんな緑谷を押しのけて妹紅が更に前に出た。
「いや、私が奴を抑える。轟と緑谷は負傷者を担いで逃げてくれ」
「な、何を言ってるんだ藤原さん!」
緑谷が慌てたような声を出した。
最も生存能力の高い妹紅が
「知っているだろう、私は死なない。必ず奴を足止めしてみせる」
「却下だ。奴は身体を動けなくする個性の様だが、万が一それが同時に個性も封じる類いのモノだったらどうすんだ。お前でも死ぬぞ」
緑谷と同じく轟も同じ気持ちだった。心情的にも理屈的にもここで引く気は全く無い。だが、そんな彼等に対して、妹紅は右手を自分の左胸にそっと添えると、静かに首を横に振った。
「…既に何百、何千と死んだ身だ。誰かを守る為ならば、救う為ならば、私は本当に死んだって構わない」
「なんぜッ…!ふ、藤原さん!?」
「藤原!お前ッ!」
妹紅にとって己の死は常に身近にあった。最早、今まで死んだ回数など分からない。だからこそ、これからは誰かを守る為に命を燃やしたかった。それによって本当に死んでしまったとしても、守れたのならば妹紅は悔いなく逝けるだろう。妹紅は本気でそう思っていた。
まるで死を願うかのような妹紅の言葉に、緑谷と轟が声を荒げた。倒れている飯田やネイティブも絶句している。しかし、この場で唯一、ヒーロー殺しステインだけは妹紅の信念を聞き、震える程に歓喜していた。
「ハァ…、そうだ。真のヒーローとは自己犠牲の上でのみ成り立つ。お前は良く分かっている。自らを顧みず、ただただ他を救い出す。それこそが正しく
ヒーロー殺しステイン。ヒーロー殺しの前は『断罪者スタンダール』と名乗り、チンピラやヴィランを正義の為と称して殺しまくった男である。指定ヴィラン団体(暴力団)の事務所に襲撃をかけて皆殺しにした事もあり、その累計殺害人数は20や30では到底きかないだろう。それ程の殺人鬼だった。
しかし、スタンダールとしての活動中に“ヴィランよりも罪深きは、信念も覚悟も無く上辺だけを飾る英雄紛い”である事に気付き、彼はスタンダールを辞めた。己の覚悟を示す為に自らの鼻を切り落とし、力を蓄える為に闇の中へと消えたのだった。
そして数年後、彼は『ヒーロー殺しステイン』として帰って来た。ヒーロー殺しとしての信念は『英雄回帰』。“ヒーローとは見返りを求めてはならず、自己犠牲の果てに得うる称号でなければならない”という主張の下、彼は
「良いぞ、凄く良い…。お前の信念はオールマイトにも匹敵する。ハァ…まさかこんな所で出会えようとは…」
ステインが恍惚の表情で天を仰ぐ。彼は唯一オールマイトだけを本物の英雄と認めており、オールマイトだけが己を殺す資格が有ると思っていた。
しかしこの日、己を殺す資格を持つ者が1人増えたのだ。これはステインにとって狂喜乱舞する程に嬉しい出来事だった。
「さぁ、ならば…他の者たちを救う為に俺を殺してみろッ!」
「なっ!?」
「クッ!」
瞬間、息を呑む程の濃厚な殺気が緑谷たちに襲いかかった。全身からは冷汗が溢れ、足は恐怖で震える。圧倒的な死の気配がそこに有った。
そんな中、妹紅だけがステインに向けて飛び出した。
「デスパレートクロー!」
狭い路地裏で豪炎は使えない。故に、妹紅は両手から炎爪を作り出してステインに迫った。彼も前に歩を進める。まるで待ち遠しくて堪らないといった表情で刀を構えていた。先に妹紅が右手の炎爪を振り下ろすが、躱される。お返しとばかりにステインが刀を横に振るうが、左手の炎爪がそれを防いだ。このままでは刀身を焼け溶かされると判断したステインが後ろに跳ぶ。
間を詰める為、妹紅が更に前に出るが、その瞬間、妹紅の身体に数本のナイフが刺さった。しかし、妹紅は抜く暇を惜しんで構わず攻撃を仕掛ける。
「グッ…!」
左手の炎爪がステインの横腹を掠り、彼は苦悶の声を漏らした。肉が炭化する程ではないが、炎爪が掠った周囲は酷い火傷となっている。これを好機と見て、妹紅は追撃の為に右腕に力と炎を込める。狙いはステインが持つ刀だ。主武器を破壊すればステインの戦力はかなり落ちるだろう。だが――
(右腕が動かない!?)
「ハァ…、数秒で再生するとはいえ、異物が刺さっている場所は再生出来ないようだな…。つまり肩の関節に刃を突き立て神経を断ち切っていれば、その間は腕を使う事が出来ないということだ…。アドレナリンの大量放出で気付くのが遅れたか?再生能力に頼りにしすぎて、回避行動を疎かにするからそうなる。雄英に戻ったらオールマイトに回避訓練を乞うが良い…」
妹紅が気付かないうちに右肩にナイフが突き刺さっていた。痛みを感じぬが故に反応が遅れてしまったのである。事情を知らぬステインはアドレナリンによる鎮痛作用だと推測したが、そうでは無い。妹紅の無痛の身体がアダとなってしまったのだ。
妹紅が慌てて左手で右肩に刺さったナイフを引き抜こうとするが、それもステインの予測通りだった。左肩にもナイフを突き立てられ、左手が右手と同様にプラリと力無く垂れ下がった。
「悪手だったな。これで両手が使えなくなった…」
「うるっさい!」
ステインは落胆する様に呟いた。先程から、まるで弟子を指導する師の様な言い方だ。そんな彼の様子に妹紅は心底腹が立った。
全身から炎を放ち、ステインを牽制する。そしてイメージするのは体育祭の八百万戦での炎の噴出。傷口から炎が噴き出すように溢れさせ、その勢いで身体に刺さった刃物を身体から押し出した。
「ハァ…そうだ、良いぞ。常に対応し続けろ」
(まだやれる!時間を稼ぐ!1秒でも長く!皆が逃げ切れるまで!)
妹紅は両手が動くことを確認すると再び炎爪を構えて、ステインと対峙した。ステインは横腹に火傷を負っているが、その程度で動きが鈍るほど甘くは無い。戦いは振り出しに戻った。
ステインは再びナイフを投げ、その隙に間を詰める。妹紅がその攻撃を炎爪で迎撃しようとした時だった。
「ハッ!」
「5%フルカウル!おおお!」
投げられたナイフは氷壁に阻まれ、ステイン本人は殴り飛ばされた。緑谷と轟は逃げていなかったのだ。
「轟!緑谷!なんでッ!」
「君をおいて逃げられる訳ないじゃないか!」
「そうだ。緑谷も飯田もそこのヒーローの人も、そして藤原、お前も。俺たちが守る。全員で生きて帰るぞ」
緑谷が妹紅の隣に立ち、ステインにプレッシャーをかける。そして轟は後方で負傷者を庇いつつも、何時でも氷結を発動出来るように構えていた。
妹紅は逃げなかった2人を怒鳴りつけたい気持ちに駆られたが、出来なかった。怒り以上に、共に戦ってくれる事に対して嬉しさを感じてしまったのだ。
「轟、緑谷…!そうだな…。一緒に守ろう!」
「おう」
「うん!」
「ハァ、やはり…お前たちは良い…ッ!」
再び戦いが始まった。妹紅が攻撃、轟が防御、緑谷が遊撃という形でステインに攻めかかる。だが、やはりステインは強い。3人がかりでも抑えるのがやっとだ。
「痛ッ!」
「大丈夫か緑谷!」
「だ、大丈夫!そこまで深くない!」
「良いから後ろに下がって止血しろ!傷が浅ぇなら布できつく縛るだけで血は止まるはずだ!」
「く、ごめん!藤原さん!」
投げられたナイフを躱しきれず、緑谷が足を切られてしまった。傷は深くないが、それでもポタポタと血が垂れている。轟の指示で緑谷が後ろに下がり、その間は妹紅が前線を支える為に注力する。
「なぜだ皆…止めてくれ…もう…僕は…」
「やめて欲しけりゃ立て!!なりてえもん、ちゃんと見ろ!!」
目の前でクラスメイトが次々に傷つけられる様子は、飯田の心を酷く傷つけていた。友に守られ、血を流させる。これほど苦しく悔しい事は無い。自分の命を捧げてでも、この戦いを止めて欲しかった。
涙ながらにそう懇願する飯田に、轟は喝を入れた。
(僕のなりたいもの…!
「うおおお!!レシプロバースト!!」
ただの偶然か、それとも運命か。飯田が覚悟を決めた瞬間、ステインの個性が解けた。歯を食いしばり、心を奮い立たせる。彼の渾身の蹴りはステインの刀をへし折り、更に一撃を叩き込んだ。
「飯田!解けたか!」
「飯田くん!」
「皆、関係ない事で…申し訳ない。だからもう!皆にこれ以上の血を流させる訳にはいかない!」
そう言って飯田が、ステインの前に立ちはだかる。その姿は正にヒーローそのものといった様子だが、ステインだけはそれを認めなかった。憎悪の目で飯田を睨み付け、怒りを放っている。
「友に感化され、取り繕おうとも無駄だ。人間の本質はそう易々と変わりはしない。どう足掻こうとも、お前は私欲を優先させる贋物にしかならない!
「時代錯誤の原理主義だ。飯田、人殺しの理屈に耳貸すな」
轟が馬鹿馬鹿しいとばかりに吐き捨てた。一見、ステインが言っている事は正しく聞こえるかもしれない。しかし、実際は極論中の極論なのだ。それが実現出来るほど、今の個性社会は成熟していないのである。
「いや、奴の言う通りさ…。僕にヒーローを名乗る資格など無い…。それでも、折れる訳にはいかないんだ…!俺が折れれば、インゲニウムは死んでしまう!」
しかし、飯田にはステインの信念が理解出来た。理解出来てしまった。もちろん、それが極論であるということも。それでも、飯田には譲れない信念があるのだ。兄への思い、ヒーローへの思い…。それは絶対に譲れぬ飯田の信念だ。
「論外ッ…!贋物が
「私たちが居ることを忘れるなよ!ヒーロー殺し!」
怒りを叫ぶステインが飯田に襲いかかるが、妹紅が横合いから炎を、そして轟が氷結を放った。その攻撃は避けられたが妨害にはなったようで、ステインは飯田から距離をとって攻撃のタイミングを見計らっている。その間に止血を終えた緑谷も前線に戻ってきた。
「馬鹿!ヒーロー殺しの狙いは俺とその白アーマーだろ!応戦するより逃げろ!俺の事は置いていっていいから、早く逃げろって!」
「4人で相手してようやく拮抗しているんです。逃げる隙を与えてくれそうにないんですよ」
未だ倒れ伏しているネイティブが逃げろと叫んだが、轟は炎と氷結を次々に放ちながらそう反論する。当然、理由はそれだけでは無い。元からネイティブを置いて逃げるつもり気など無かった。
(それに背を見せるより、このまま戦った方が生き残れる確率は高ェ!援軍が大勢来るまで持ちこたえれば俺たちの勝ちだ!あと少しの筈…必ず耐えてみせる!)
インカムを完全に破壊された轟は援軍の到着時間を知らなかったが、そろそろエンデヴァーのサイドキックたちが援軍に来てもおかしくない時間ではないかと考えていた。
そして、その予想通り、この長かった戦いも終わりに近づこうとしていた。
『見える!?魔辛ラーメンっていう店!看板が見えない!?』
『ゼェッ!ゼェッ!見えるッ!ゼェッ!』
『そのラーメン屋の隣の裏路地よ!急いで!サイドキック3名、現場到着まで…残り10秒!』
「ッ!」
唯一のインカムからもたらされたオペレーターとサイドキックたちの会話に妹紅は反応した。チャンスはここだ。このタイミングしかない。妹紅はそう決断して、全員に向けて声を発する。
「皆!私が奴の隙を作る!私を信じてそれに合わせてくれ!」
「分かったよ、藤原さん!」
「ああ、信じよう!」
「援護するが、無茶はすんなよ!」
妹紅の声に彼等も力強く応じる。怪我をしている者は負傷箇所を押さえながらも、その目に宿る闘志は些かも衰えてはいなかった。
(実力も素質も十二分にある…。ハァ…だが、戦闘経験が圧倒的に足りていない。敵の目の前で作戦を語るなど愚直すぎる…)
しかし、妹紅の声が轟たちに聞こえたということは、ステインにも聞こえたということだ。彼は妹紅への警戒を高める。ここまで警戒されてしまうと、妹紅の攻撃が当たることは無いだろう。だが、それで良かった。それこそが妹紅の狙いだ。
(…7、8、9秒!ここだ!)
「今だ!」
「特攻か。だが甘い。この程度、何の脅威にも――」
しっかり
正しく、その時だった。
「2人とも!ゼェッ!無事か!?」
新たな声、そして3つの人影。ついに援軍が現われた。妹紅のインカムに付いているGPS機能を頼りに、オペレーターは正確な位置を指示、そして誘導。場所も到着時間も一切のズレは無く、エンデヴァーのサイドキックたちが路地裏に現われた。
ステインは横目でチラリとだけ現われた援軍に目を向ける。目を向けてしまったのだ。
「7%フルカウル…」
「レシプロ…」
緑谷と飯田がステインに迫る。2人は妹紅が攻撃した時には既に駆け出していた。何故なら、妹紅が“信じてくれ”と言ったから。故に妹紅を信じて地を蹴った。故に突然援軍が現われようとも脇目も振らずにステインへ攻撃を仕掛けることが出来た。
轟も同じく、援軍が現われようとも振り返るような愚行は犯していない。援護という自分の役割に徹底し、緑谷たちを見守っていた。
「行け、緑谷!飯田!」
「デトロイトスマッシュ!!」
「エクステンド!!」
緑谷の強化された拳が、そして飯田の渾身の蹴りが、ステインに叩き込まれる。常人ならば間違い無く意識を失うほどのダメージをステインは受けた。だが、まだだ。まだステインの瞳から狂気は失われていない。彼の狂気は未だ生きている。
「ガァァッ…!」
獣の如く唸り、ステインは折れた刀で飯田に斬りかかる。しかし、それ以上に飯田は速かった。
「お前を倒そう!今度は犯罪者として…!ヒーローとして!おおおおお!!」
「ガッ…ハ…」
雄叫びと共に飯田が追撃を加える。兄やヒーローへの思い、信念、生き様。己が内に抱く様々な気持ちをその一撃に乗せて、全力で叩き込み―――ついに、ステインは倒れたのだった。
もこたんの死亡回数
6年間くらい虐待を受けていたとしたら、一日一死で2190回。二日で一回ペースでも1095回。自殺回数が+αされて、更に死んでいます。少なく見ても千回は超えているでしょう。
ラグドールの『サーチ』は見た人の情報が分かるらしいので、もこたんの死亡回数も恐らく…。その時のラグドールさんはSAN値チェックのお時間ですね(ニッコリ)
次。ステ様のテンションが上がりまくりな件。
将来有望なヒーロー候補たちを前にウッキウキです。ただし飯田、テメーはダメだ。
体育祭を全編通して見たのなら、爆豪はナチュラルにステインの殺害リストとかに入っていそうです。物間は言動がテレビに入っていたらアウトで、何も聞こえていなければセーフかな?峰田もヤバそう。
因みに、ここのステインはかなりもこたんに惚れ込んでいますが、もこたんの信念がただの自殺志願だと受け取られた場合は『お前は死ぬ為にヒーローに成りたいのか…?ハァ…見誤った。お前も贋物だ…!』というルートになります。このルートに入るとガチのステインとの戦闘プラス戦闘場所が路地裏という事も相まって難易度がルナティックとなり、もこたんは殺されまくります。
しかし、炭化した血を舐めても『凝血』は発動しません(多分)。更に、『凝血』発動したとしても、炎の操作や再生は出来る筈なので(黒霧が個性を発動出来なかったのは、霧そのものが黒霧の身体だったからで、個性そのものは抑制されないと思います)、妹紅が完全に死ぬことはありません。ただし、代わりに目の前で飯田が殺されます。ひでぇルートだ。
後、魔辛ラーメン屋の路地裏が現場なのは原作通りです。(原作での『魔』の文字は『广』に『マ』の略字ですが)
すごくどうでもいいな、うん。