もこたんのヒーローアカデミア   作:ウォールナッツ

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もこたんと職場体験先

「……という訳で多くの指名を頂いたのですが…」

 

「どこに行くか迷ってる、と」

 

 寺子屋の院長室。ここは慧音の仕事部屋であり、同時に客人用の応接室でもある。また時には、悩みを抱えた子どもたちの相談場所として使われることもあった。

 妹紅が職場体験先のリストを受け取った当日。休み時間などを利用して4000件を超えるヒーロー事務所に目を通したのだが、結局のところ、結論が出ることは無かった。寺子屋に帰った後も妹紅は頭を悩ませ続けたのだが、これでは埒があかないと悟り、慧音に相談を持ちかけたのだった。

 

「普通なら、ランキングから順に自分の個性に見合った事務所に行くのが定石だ。妹紅の場合ならば、第一候補は炎熱系最強のヒーロー、エンデヴァー。第二候補は飛行個性を持つ若き天才、ホークス。そして第三候補は他のトップランカーたちってところだな。しかし、妹紅がそれだけ悩んでいるということは、単純にそれらでは選べない理由があるって事なのだろう?」

 

「それは…」

 

 妹紅が言い淀む。轟とエンデヴァーの確執を、妹紅は慧音に話していなかった。

 あの話は緑谷と妹紅が相手だからこそ轟が語ってくれたのだ。それを勝手に他人に話すと言う事は出来ない。たとえ、妹紅が絶大な信頼を置いている慧音が相手だとしても、自分の口からそれを語ることは道理に合わないと思っていた。

 そんな妹紅の表情を見て、慧音は神妙に頷いた。

 

「話したくない…いや、話せないのならば、私は深くは聞かないよ。それに、職場体験の行き先を決めるのは妹紅自身だ。そこに私たちが関与する事は出来ない」

 

「そう…ですよね」

 

 妹紅は慧音に依存している節がある。慧音がここで特定のヒーロー事務所の名前を挙げたならば、妹紅は迷い無くその事務所を選んでいただろう。しかし、それでは妹紅の自主性が育たない。慧音はそれを危惧し、敢えて自分の意見を言わなかった。

 一方で、妹紅は残念そうに視線を落としていた。答えを貰えなかったという理由だけでは無い。自分の甘さを指摘されたような気持ちにもなっていた。

 とはいえ、慧音もただ突き放すだけでは無い。妹紅の自主性が損なわれない程度の助言ならするつもりであった。

 

「妹紅。私から一つアドバイスするならば…、夢に向けての努力を怠るな」

 

「夢…」

 

 慧音の言葉に妹紅は視線を上げた。2人の視線が合う。彼女は話を続けた。

 

「目的、目標、将来、理想。そういう言葉に置き換えてもいい。努力すれば夢は叶う、とは言わない。現実は常に無情で、そして非情だ。だが、努力していればその分だけ覆すことが可能になる。力や技術、知識、経験…。努力の形は1つじゃない。どの事務所を選ぶかは妹紅次第だが、どこを選んでも努力出来る場は必ずある。なに、妹紅なら大丈夫。不安がることなんて何も無いさ」

 

 慧音はそう言って、最後は優しく微笑んだ。妹紅は慧音の言葉に思う所があったのか、深く考え込む。しかし、しばらくして決心したかのような表情を見せると、慧音に礼を言って部屋から退室していくのであった。

 

 

「妹紅…」

 

 妹紅が出て行った扉を見つめながら、慧音は呟いた。今回の職場体験。実のところ、慧音は誰よりも心配している。

 USJの事件後の話になるが、慧音は妹紅の付き添いで、かかりつけの精神科医の元を訪れていた。医者は、今の妹紅の精神状態は大体治っており、USJ襲撃の際に受けた精神的影響も残っていないという診断結果を出している。実際、事件以降で妹紅の様子が酷くおかしいという事は無く、通常通りの生活を送れているので診断は正しいのだろう。

 それでも職場体験に行ってしまうと、1週間も自身の手元から離れてしまう事になるので、やはり慧音は心配なのだ。心配の余り、慧音は信頼しているヒーローを妹紅に紹介しようかとも思っていた。例えば、雄英高校時代の友人(同期のヒーロー)たちや、慧音の現役時代にサイドキックを勤め、慧音が引退した後は独立して事務所を立ち上げたヒーローたちだ。彼等の中には未だに慧音を慕っている者も多く、ヒーロー活動で忙しい中、わざわざ寺子屋まで彼女に会いに来る者も居た。訪れたついでに子どもたちと遊んでくれることもあり、妹紅とも顔見知りだったりする。

 本来なら、そういうヒーローに妹紅を任せたい。慧音はそれが一番安心する。しかし、それが本当に妹紅の為になるのか、と聞かれたら口を噤まざるを得なかった。

 

「……」

 

 冷たくなったお茶で喉を潤して、慧音は机の上に視線を落とした。そこには妹紅が雄英で書いたネームボードが置かれている。先程、妹紅が院長室に入って来た時に『今日、ヒーロー名を決めました』と、彼女から手渡されたモノだった。

 学校でヒーロー名を発表する際に使ったネームボードは、各自持って帰っても良いらしく、それを聞いた時から妹紅はこのネームボードを慧音に渡そうと決めていたのだった。

 

「フェニックスヒーロー、もこたん……。か、可愛いすぎる…!流石、妹紅だ!」

 

 神妙な表情から険が取れ、慧音はいつの間にか蕩けるほどに頬を緩ませていた。このネームボードを後世に残さねば、という謎の使命感に駆られて額縁の準備をしていると、装着していたインカムからコール音が鳴った。

 

「こちら上白沢。どうした?」

 

『慧音さん、また不審者です。敷地の外から建物内を覗き込んでいるようですね。カメラの有無は不明。南の道路沿いの電柱の中腹辺りからの反応です。姿が見えないので、隠密系か隠蔽系の個性持ちかと。こちら、待機職員は3名。いつでも動けます』

 

 寺子屋の女性職員からの連絡だった。彼女の個性は『生命探知』。一定以上の大きさの生物ならば、視界の限りまで探知出来るという個性の持ち主だ。

 妹紅が雄英体育祭で優勝して以降、寺子屋にはこの手の不審者がよく現れるようになっていた。彼等のほとんどがフリーのジャーナリストやカメラマン、いわゆるパパラッチと呼ばれる連中だった。

 

「カメラとその中身が確認出来るまでは、覗き行為で軽犯罪法違反の現行犯だな。子どもたちに気付かれないように捕まえてくれ。警察には私が通報しておく」

 

『了解。これより15秒後に確保します』

 

 今回のパパラッチは個性で姿を消し、電柱に登っているらしい。敷地外なので不法侵入では無いのだが、覗きや盗撮行為は立派な犯罪である。また、資格を持たない者が電柱を登る行為は電気事業法違反の軽犯罪だ。何より、個性を悪用した犯罪は個性違法行使にあたり、罪は重くなる。

 

 警察への通報後、すぐに職員たちから『確保完了』との連絡があった。5分程で警察が来るだろう。妹紅のネームボードを名残惜しげに机に置くと、警察への対応のためにも慧音は現場に赴くのだった。

 

 

 

「轟、話がある。少しいいか?」

 

「…別に構わねぇ」

 

 翌日、雄英高校の昼休み。学食へと向かう轟を妹紅は呼び止めた。そして、人気の少ない廊下まで歩くと、そこで向き合う。

 

「エンデヴァーヒーロー事務所から指名が来ていた」

 

「…やはりお前も、か」

 

 恐らく轟も予想していたのだろう。表情を変えずに呟く。妹紅は轟を見据えながら話を続けた。

 

「お前には思うところがあるだろうが…私はエンデヴァーのところへ職場体験に行くつもりだ」

 

 エンデヴァーヒーロー事務所。それが、妹紅が悩んだ末に出した答えだった。

 

「…それはアイツがNo.2ヒーローだからか?」

 

「そうだ。そして、炎熱系最強と評され、事件解決数最多を誇るヒーローだからだ。私の夢に少しでも近づく為にも、私はエンデヴァーヒーロー事務所に行く」

 

 轟の問いに、妹紅は並々ならぬ決意を持って頷く。少なくとも日本には、エンデヴァーを超える炎熱系個性のヒーローは居ない。エンデヴァーの下で炎の扱いを学ぶことが夢への近道だと妹紅は言った。

 

「お前の夢…体育祭の時に言っていた、お前の将来(ビジョン)か。子どもや弱者を守れるヒーローに成る、だったな」

 

「ああ。強くなればその分だけ多くの人々を守れるはずだ。そのためなら努力を惜しむつもりは無い。轟、お前はどうするんだ?」

 

「………」

 

 轟は視線を下げて黙った。その様子を見て、余計なことを言ってしまった、と妹紅は悔やむ。

 

「すまない。不躾なことを――」

 

「体育祭の翌日、母に会いに行った」

 

 妹紅が謝ろうとしたところで、轟が顔をゆっくりと上げながら語り始めた。

 今まで、轟は自分の存在が母を追い詰めてしまうからと思い込み、母に会おうとしなかった。しかし、体育祭できっかけを得た轟はついに決心した。会って話をして、たとえ望まれていなくとも助け出すという決意を持って、轟は母に会い行ったのだという。

 

「母は泣いて謝って、俺の事もあっさりと笑って赦してくれた。…俺が何にも囚われずに突き進むことが幸せであり、救いになると言ってくれた」

 

 轟は左手を見つめて僅かに微笑んだ。しかし、その左手をグッと握り締めると、その笑みが消える。代わりに、憎しみが染み出てきた。

 

「だが、それで親父のことを赦したわけじゃない。赦す気もない。それでも…奴が、親父がNo.2と言われている事実をこの眼と身体で確かめる為に…俺もエンデヴァーヒーロー事務所に行く」

 

「そうか…でも、母親とは分かり合えたんだな。良かったな、轟」

 

 妹紅が優しげに目を細めた。親の愛を受けられなかった妹紅には、そういう感情が分からない。しかし、それを慧音へと置き換えて考えてみると妹紅でも理解出来た。親と分かり合えるということは、それはきっと幸せなことなのだ、と。

 

「…すまねぇ。体育祭の時はいきなり突っかかって悪かった。後で緑谷にも謝るつもりだ」

 

「ああ、今の話をしてやれば緑谷も喜ぶだろう。アイツが一番心配していたからな。じゃあ、希望職場先が同じことだし一緒に相澤先生のところにプリントを持って行くとするか」

 

 謝る轟に向けて、妹紅は笑いかけながらそう言った。初めて見る妹紅の表情に轟は驚きを隠せず、目を丸くする。指で作った笑顔とは違う、自然な笑顔。“コイツはこんな風に笑うんだな”と、轟が思わず感心してしまう程の魅力が妹紅の笑顔にはあった。

 しかし、そんな妹紅に一言伝えておかなければならないことが轟にはある。

 

「俺はもう提出したぞ」

 

「………」

 

 

 その後、轟は学食に行き、妹紅は無表情で職場体験先の希望届けを提出しに行った。

 




もこたん「先に言え」


次、もこたんの職場体験先
 もこたんが最も学べる場所はどこか、で考えるとエンデヴァーの所が飛び抜けていました。ホークスも魅力的なんですけども…やはりエンデヴァーでした。

 しかし、慧音の本音は、知り合いのヒーローの所に行って欲しいっていう感じです。もちろん、彼等からも指名は来ており、妹紅もリストを見ながら『あ、このヒーロー、たまに寺子屋に来ていた人たちだ』と気付いていました。なので、もしも慧音が『このヒーローの事務所なんてどうだ?』などとでも言っていれば、妹紅はそこに即決していたでしょう。そんな感じです。


次、個性『生命探知』。
 寺子屋の女性職員(名無し)の個性。一定以上の大きさの生物を探知することが出来る発動系の個性。発動中は生命力が青白く光って見える。壁越しでも見える。災害時の生存者探索とかに有効。また、敵の待ち伏せや奇襲をも看破出来るという意外と便利な個性。

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