もこたんのヒーローアカデミア   作:ウォールナッツ

2 / 92
もこたん、進路を決める

「ただいま」

 

「妹紅、おかえり」

 

「もこねーちゃん!お帰りなさい!」

 

「もこたん、おかえり」

 

「誰が、もこたんだ、誰が」

 

 妹紅がその施設の玄関を開けると既にワイワイと賑やかだったが、そこに妹紅が『ただいま』と言って帰ってきただけで更に騒がしくなった。『もこねーちゃん』と抱き付いて慕ってくる女児の頭を優しく撫でながら、『もこたん』呼びした小学生の男児の頭をガシガシと強めに撫で回す。男児はそれが恥ずかしいのか顔を真っ赤にしながら『止めろよー』と言っていた。参考書片手に勉強していた高校生の男子も、勉強を切り上げて笑みを浮かべながらそれを見ている。他にも皆が『おかえり』と言ってくれた。

 皆笑っているから妹紅も思わず笑みを浮かべる。先ほどの憂鬱な気分が嘘のように消えてゆく。ここが妹紅たちの家、児童養護施設(孤児院)の『寺子屋』だった。

 

 

「お、戻ったか。お帰り、妹紅。早速だが話す事があるぞ。手洗いとうがいが済んだら院長室に来てくれ」

 

 奥の扉が開いて1人の女性が現れた。銀髪に青いメッシュが入った長い髪。青い服装と小さな帽子を好み、胸元には赤いリボン。そしていつも穏やかな微笑みを湛えている女性。彼女こそ孤児院『寺子屋』の院長、上白沢(かみしらさわ)慧音(けいね)だった。

 話というのは、恐らく担任の轟先生から妹紅の進路についての電話なりメールなりがあったのだろう。手回しが良いことだ。だが、話を切り出す事に少々躊躇いがあった妹紅としてはその配慮が嬉しかった。

 

「失礼します。慧音先生、進路の件ですか?」

 

「うん、担任の轟先生から電話があってな。すまなかったな、妹紅。私は仕事の忙しさにかまけて妹紅をちゃんと見てやれて無かった。言い出しにくかったんだろう?すまなかった」

 

 慧音は立ち上がって深々と頭を下げた。妹紅は気まずくなって目線を下げた。

 

「いいんです、慧音先生。言わなかったのは私の方ですし。それに進路も大丈夫。私ははたら――」

 

「『働く』なんて言うなよ?妹紅。自分の可能性を自分で狭めるな」

 

 慧音はグッと力強い目線で妹紅に呼びかける。妹紅は逃げ出すように目を背けるが、まるで吸い込まれるようにその目を見てしまう。不思議な瞳だ。妹紅のように真っ赤な瞳では無いが、黒に明るい赤が混じったかのような瞳。本当に吸い込まれそうだとすら思ってしまう。

 

「妹紅、夢はあるか?成りたいモノはあるか?中学卒業して働いてそれが叶うか?妹紅、ここは私たち2人だけだ。聞かせてくれ、お前の夢を」

 

「慧音……」

 

 慧音は妹紅の両手を手に取り、優しく力を込める。妹紅も慧音の名を呼ぶ。今でこそ『先生』と敬称を付けているが、昔はよく『けーね』と呼んでいたし、慧音も寺子屋の皆もそれを許していた。

 

「私は……」

 

「うん」

 

「私は慧音…貴方のような人になりたい。子どもたちを助けたい、守りたい」

 

 妹紅は涙を流していた。そのことに慧音も驚く。

 慧音が知る妹紅は孤独な少女だ。今の中学校でも友達はほとんど居ないと聞いていた。仲の良い人間はこの寺子屋の関係者くらい。寺子屋の子どもたちからは年上からも年下からも好かれているが、そんな間柄でも妹紅自身は一線を引き、一歩下がって接している。真に心を開くのは慧音に対してだけだった。

 それは間違いなく以前の家庭環境が原因である。信じられないほど酷い環境だったと役所の担当員から聞いたし、慧音も独自に調査をして詳細を知った。妹紅の持つ強力な個性が無ければ数日で死んでしまっていただろう。そんな環境で妹紅は何年も耐えてきた。慧音の孤児院、寺子屋に来たときは人形かと思うほど感情が失われていた。

 しかし今、そんな少女が本音を露わにしてくれている。慧音は微笑み、妹紅を優しく抱きしめた。

 

「妹紅、私は元プロヒーローだ。怪我が原因で引退する事になったけれど、その時の功績、お金、人脈のおかげで…ふふふ、妹紅にはまだ早い話かな?でも、そのおかげで若輩の私でもこの孤児院『寺子屋』を作る事が出来た」

 

 慧音はそう言って妹紅と向かい合う。覗き込む妹紅の真紅の瞳は慧音だけを見つめていた。

 

「ヒーローになるって安易には言えない事だと私は思うし、子どもたちにも本当は言わせたくない。危険な事、辛い事、苦しい事、一杯あった。現に私は怪我で引退した。孤児院の院長って、今の私の立場に成るだけだったらヒーローに成らずとも、もっと楽に安全に成る方法もあるし、私はそっちを勧めたい。どうかな?」

 

 慧音にとって孤児院の子どもたちは、本当に己の子のようなものである。一般的に、大抵の子どもたちはヒーローに憧れる。院長であり親代わりの慧音がプロヒーローであった事を知ると、寺子屋の子どもたちはより一層憧れる。

 だが、プロヒーローとして生きてきた慧音は、そんな危なっかしい世界に子どもたちを送りたくはなかった。幸いにして、寺子屋の子どもたちは慧音のヒーロー活動の実体験を聞いて、そのリアルな恐ろしさからヒーローへの憧れは薄まり、他の道を目標としている。

 しかし、それでもなお妹紅は決意していた。

 

「けーね、私は貴方の背を追いたい。追い越したい。私は…私はヒーローになる!」

 

 妹紅は彼女の瞳を見つめて力強く言った。それを聞いた慧音は嬉しくもあり心配でもあり、そんな複雑な思いの中で頷いた。

 

「うん、そっかぁ。よし、分かったよ、妹紅。私はその夢を応援するよ。早速、轟先生に進路希望伝えないといけないね。もちろん第一志望は全国同科中最大の人気と難易度を誇るヒーロー養成高校、雄英高校ヒーロー科だ!因みに…私の母校だ」

 

 複雑な思いを己の胸に隠し、慧音は妹紅にウインクするのであった。

 

 

 

 

「それはそうと妹紅、息と髪から煙草の匂いがするなぁ!」

 

 しかし、である。そんな慧音の穏やかな笑みにクワッと凄味が加わった。妹紅も煙草の匂いが付かないように風向きまで考えて吸っていたが、それでも当然僅かに匂いが付く。普通の距離ならば気づかれないであろうソレも、分かる人間が抱き付く程近づけば流石に分かりもしよう。

 

「えっ、いや、これは――」

 

 妹紅は咄嗟に逃げようとするが慧音のホールドからは抜け出せない。なにせ彼女は元プロヒーロー。そう簡単に相手を逃す訳がないのだ。

 

「身体検査開始!……む!?タバコ発見!今回で3度目!判決!有罪!」

 

 抱きしめながらも妹紅の衣服を弄る。女同士なので遠慮がまるで無い。煙草の箱はすぐに見つかり没収された。慧音の言葉通り、発見されたのはこれで3度目である。慧音はすぐさま妹紅の頭を両手で固定した。

 

「いやいやいや、待って待って待って!」

 

「もしも、これが学校で見つかっていたらヒーロー科どころの話じゃないんだぞ!中学校には内緒にしていてやるが、お仕置きはちゃんと受けてもらうぞ、この馬鹿者!さぁ、いくぞ!」

 

 ゴン、ゴン、ゴン。院長室に重低音が響き渡った。

 

 

 

 それからしばらくして。院長室のドアが開き、慧音と首根っこを掴まれた妹紅が出てきた。妹紅はデコを擦りながら涙目になっている。時刻は夕食前で、リビングには子どもたちや職員たちもいる。何だ何だと妹紅たちに視線が集まっていた。

 

「いやー、話し込んでしまった。ああ、もう夕食前か。だが、食べる前に皆に聞いてほしい事がある。少し耳を貸してくれ」

 

 パンパンと手を叩き、妹紅以外の皆をテーブルに座らせた。皆と言っても大勢というわけではない。寺子屋は小舎制の施設で、児童は12人までと法律で決められている。今現在、妹紅を含めて10名の児童と慧音を含めた4人の職員がいる。つまり14人の人間がここに居た。

 

「妹紅の進路だが、第一希望は雄英高校ヒーロー科になった。皆も応援してやってくれ」

 

 慧音は目の前の妹紅の両肩をポンポンと叩き、アピールしながら言った。瞬間、寺子屋のリビングは蜂の巣を突いたかのように騒がしくなった。

 

「雄英!?マジか!?」

 

「倍率300倍!今年の偏差値79だよ!?」

 

「つーか受けられるの!?そこからすげぇ!」

 

「妹紅、この前の模試の判定はどうだった?たしか雄英普通科で登録してただろ」

 

 ざわめきの中、児童の中で最年長である高校3年生の男子が冷静に尋ねる。妹紅はそれに簡潔に答えた。

 

「一応A判定」

 

 それを聞いて彼は満足そうに頷いた。年少組に勉強を教えることが多い年長組だが、その中でも彼は抜群に頭が良くて妹紅にも常々勉強を教えていた。そして雄英の偏差値はヒーロー科も普通科もほぼ同等である。その模試でA判定ならば、筆記試験は問題ないだろう。

 

「このままいけば余裕ね。後は実技だけど、妹紅ちゃんの個性なら楽勝じゃない?」

 

 女性職員の1人がそう言った。彼女は慧音のプロヒーロー時代に相棒(サイドキック)だった女性だ。慧音が引退したと同時に彼女もヒーローを引退して、慧音の寺子屋設立の手助けに尽力した。雄英出身では無いが、妹紅の個性の強さを知っているため、雄英高校ヒーロー科の入試を楽観視している。

 ソレを聞いて最年少6歳の女の子が無邪気に手を叩いて喜んだ。

 

「もこねーちゃん、すごーい!」

 

「こらこら、そういうのを取らぬ狸の皮算用というのだ。妹紅、油断するんじゃ無いぞ。皆も応援しつつ妹紅がサボってないか、くれぐれも見張っていてくれ。なにせ入試まで後1ヶ月しかないんだ。よし、さぁ難しい話は終わりだ。ご飯にしよう。温かい内に食べないともったいないからな!」

 

 慧音の締めの言葉に皆が従う。皆、笑いながらの夕食となった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。