もこたんのヒーローアカデミア   作:ウォールナッツ

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もこたんと雄英体育祭 プロローグ

「…ん……」

 

 児童養護施設『寺子屋』の一室。防火対策が厳重に施された部屋で、ベッド上の不燃性毛布がポッコリと人型に膨らんでいた。それはしばらくモゾモゾと蠢いていたが、中からスッと白い腕が伸び出て、手探りで何かを探し始める。目的の物は目覚まし時計だったらしく、それを引っ掴むと毛布の中へと引きずり込んだ。

 数秒の間をおいて毛布を跳ね飛ばして彼女、藤原妹紅は飛び起きた。目覚まし時計が示す時間は午前11時30分。もちろん今日は日曜祝日などでは無く平日である。遅刻も甚だしい表示を見せつける時計に妹紅の意識が一気に覚醒していく。だが、意識が覚醒した故にある事に気付いた。

 

「あ、臨時休校…」

 

 それを思い出して溜息と共に脱力してベッドに腰を下ろした。

 結局、昨日は自室に戻るなりベッドに飛び込んだ。少し休んだら服を着替えようかと思っていた妹紅だったが、尋常ではない疲れ故に眠り込んでしまっていた。計算してみれば20時間以上寝ていたようで、それも夢も見ない程の熟睡ぶりだった。おかげで身体的な疲労感は全く感じない。

 

「……脳無」

 

 起きたばかりの頭の中を働かせる。ベッドの上で足を抱え込み、体育座りで昨日の事を思い出すと、最初に出てきた言葉はあの黒い大男の名前だった。

 最初に脳無を見た瞬間、妹紅は父を思い出した。全く違う姿形であるというのに、脳無に父の姿が重なって見えていた。結果、妹紅の心は悲鳴を上げて砕ける寸前だった。クラスメイトの存在が無ければ危うかったであろう。

 

「……」

 

 そして脳無との戦闘。脳無の再生能力を見て妹紅は思った。“やはりコイツは父だ”と。それが事実かどうかは分からないが、少なくともあの時の妹紅はそう確信した。

 しかし、今になって考えると別人のように感じる。目付きは似ているように感じたが、そもそも顔も体型も全く違う。個性も父は再生個性のみであったが、あの脳無は再生と増強型のハイブリット個性だった。父の『超再生』からは余りにも逸脱している。『個性』が人間にとって最大の特徴であるのは常識で、個性を奪われたり与えられたりする事は無い。それは有史以来一度も確認されていない(・・・・・・・・)のである。

 また、脳無は死柄木と呼ばれていた男の命令を淡々と実行するだけで、妹紅の姿を見ても反応する様子はまるで無かった。

 

「…やはり別人?」

 

 考えれば考える程、父である要素は無くなる。妹紅は溜息を吐いた。雰囲気が似ているだけの別人に苦しめられていた自分が馬鹿のようだ。そう思った。

 

 妹紅は立ち上がって制服を脱ぎ捨てて、部屋着のジャージに着替える。制服はシワを伸ばしてハンガーに掛けられ、その他は雑に畳まれて洗濯機行きとなる。

 自室から出てリビングへと向かう。いつもは騒々しいが、今は平日の昼前なので他の子どもたちは学校に行っている時間だ。静まりかえった廊下を妹紅は歩くと、向かうリビングルームからテレビの音が聞こえてきた。

 リビングに入るとテーブルには慧音が座っていた。いつもは事務室に置いているノートパソコンを持ち込んでおり、テレビのニュースを見ながら仕事をしているようだ。妹紅を待っていたのだろう。

 

「やぁ妹紅。おはよう」

 

「おはようございます、慧音先生」

 

 慧音はわざと普段通りに振る舞っているようだった。妹紅はテーブルの一席に座ってテレビの画面に目を向ける。そこには雄英高校の施設であるUSJが映し出されており、リポーターがニュースを読み上げている所だった。

 

『警察の調べによると、犯人グループは自らをヴィラン連合と名乗り、今年春から雄英高校教師に就任したオールマイトの殺害を計画していたことが新たに分かりました。警察は72名のヴィランを逮捕しましたが、主犯格の行方は依然として――』

 

「昨日の夜からずっと雄英のニュースばかりだよ。どの局も全部――いや、この局だけはアニメの再放送をやっているな…」

 

 どうでもいいとばかりにテレビを消し、慧音は妹紅と対面するように座り直す。

 

「マイクから大体は聞いた。とは言っても、アイツも雄英教師としての守秘義務があるから、事件内容は保護者として、プロヒーローの資格を持つ者としての範囲までしか聞けなかった。辛いだろうが、詳しい話は妹紅の口から話して欲しいと思っている。だが、それでも何が起きたのか、大体は理解出来ている」

 

 そう言って慧音は妹紅を見つめた。圧は感じない。むしろ安堵を与えるような慧音の瞳に、妹紅も視線を外すようなことはしなかった。

 

「よく頑張ったな」

 

 そう言って微笑み、手を伸ばして妹紅の頭を撫でた。

 ヒーロー業は大変危険な仕事だ。殉職者は大勢居るし、自分のように怪我が元で引退したプロヒーローは数え切れない。せめて学生で居る間だけは平穏にと願っていたが、その願いは早々に打ち砕かれた。そもそも、雄英には職場体験やインターンシップなどの制度があり、学生だからといって絶対の安全が保証されているという訳では無いのだ。

 ならば、ヒーローを目指す事など止めさせたいのが保護者(おや)の情というモノだが、慧音はそれを言う事は出来ない。妹紅がヒーローになるという覚悟を決めている事を知っており、慧音もまたそれを応援すると誓っていたからだ。きっと妹紅は慧音たちが何を言ってもヒーローを目指すのだろう。あの時、妹紅の瞳にはそれ程の覚悟が秘められていた。

 故に慧音は労った。今、この時だけでも安らぎを与えてやりたかった。

 

 妹紅は気持ちよさそうに目を閉じて享受する。妹紅は慧音に撫でられる事が好きだった。普段なら他人の目もあり、気恥ずかしくてすぐに身を引いてしまうところだが、今は2人きりだ。存分に甘える事が出来た。

 存分に撫で回す慧音だったが、5分を過ぎると妹紅が困惑顔になってきたので手を引いた。流石に5分は長すぎだった。コホンと咳払いをして誤魔化すと話を続ける。

 

「話は変わるが、雄英体育祭の時期が近い。襲撃事件が起きたばかりだが、恐らく雄英は開催するだろう。開催しなければ“雄英はヴィランに屈した”などと言われてしまうからな」

 

 ふむふむ、と頷く妹紅。慧音は説明を続ける。

 

「雄英体育祭はスカウト目的で全国のトップヒーローが注目する。活躍すればプロへの道が開かれるだろう。そこで、だ。今日から約2週間、妹紅が体育祭で活躍出来るくらい私が鍛えてやろうと思う。どうだろう、やってみるか?」

 

 名目こそ体育祭に向けての訓練だが、慧音の本心は違う。一刻も早く妹紅を強くしなければならないという思いがあった。雄英を襲撃したヴィランたちはオールマイト殺害を企て、そして失敗した。ワープ個性持ちのヴィランが逃亡している以上、新たな襲撃は何時如何なる時でも起こりうるだろう。そして、再び妹紅たち学生が巻き込まれる可能性も十分にある。

 つまり慧音の提案した訓練は再度の襲撃への備えだった。とはいえ、妹紅が強くなれば体育祭でも活躍出来る訳なので、決して嘘を言っている訳では無い。

 

「はい、やります。よろしくお願いします」

 

「うん、良い返事だ。でも、その前にご飯を食べなさい。丁度お昼の時間だし、私が作ろう。少し待っていなさい」

 

 妹紅の返事に満足げに頷いた慧音は、一段落ついたとばかりにパソコンを閉じて昼食の準備に取り掛かるのだった。

 

 

 

 臨時休校から一夜明けた次の日。雄英は予定通り開校された。とはいえ、通学路のいたるところで警察やヒーローがパトロールしており、物々しい雰囲気に包まれている。マスコミもいつにもまして多かった。

 

 朝のHR(ホームルーム)では体中に包帯を巻き付けた相澤が現れ、その復帰の早さに教室中から驚きの声が上がる。普通に挨拶しながら教室に入ってきた相澤であるが、フラフラと歩く姿は見ていて不安になる。

 そしてHRでは雄英体育祭の話題が上がる。警備を例年の5倍にする事で開催が決まった、と相澤は言う。更に“三回だけしか無いチャンスを逃すな”と、彼なりの激励が送られてHRは締め括られた。

 

「藤原。放課後、職員室に来い。話がある」

 

 HRが終わると相澤は妹紅にそう言い残して去って行った。去り際もやはりフラフラヨロヨロしているのでどうにも心配してしまう。教室でのざわめきも最初は相澤や13号の怪我の心配であったが、徐々に体育祭の話題が大きくなっていく。昼休みに入る頃にはクラスメイトたちのテンションも上がり、飯田の動きのキレは普段の5割増しで鋭く、麗日に至ってはうららかでは無いくらいの気合いが入っている様子だった。

 

 放課後になり、妹紅は職員室へと向かう。教室の外に他クラスの生徒たちが大勢集まっていたが、人混みの隙間を縫い、何とか脱出に成功。何やら爆豪が暴言を吐いた事で騒ぎが大きくなったらしいが、妹紅はスルーして相澤の元へと向かった。

 

「来たか。俺は回りくどい話は嫌いだ。単刀直入に聞くぞ。先日の襲撃の際、ヴィラン共が姿を現した時にお前は異常な程に取り乱していたな。何があった?」

 

 両腕を骨折している相澤は、ギプスを使ってマウスを操り、キーボードを打ち込むという離れ業を用いて仕事をしていたが、その手を止めて妹紅と対面する。妹紅は“やはり”と納得して、口を開いた。

 

「…脳無と呼ばれていたヴィランを見た時、私の目には何故か父の姿が見えていました」

 

「父親の姿…か。藤原の以前の家庭環境や父親については、俺も報告を受けている。続けろ」

 

 相澤の顔面には包帯が巻かれているが、隙間から覗く鋭い視線は妹紅に向けられている。それでも妹紅は淡々と語る。

 

「何故脳無に父の姿を重ねたのかは分かりません。ただ、あの時は何も分からず…昔の事を思い出して錯乱してしまいました。申し訳ありません」

 

「…逮捕された72人のヴィランの中に精神干渉系個性の持ち主は居なかった。逃亡したヴィランたちもワープと破壊系の個性だった。あの時の錯乱は藤原自身のトラウマが原因だったのだろうと俺は思う。あの時、悪意や殺気を向けられた事でトラウマが発症してしまったのだろう」

 

 謝罪の言葉と同時に、頭も下げた。相澤は小さく息を吐くと自身の見解を告げた。妹紅も“恐らく”と頷いて肯定する。

 

「お前の生い立ちには同情する。しかし、ヒーローになりたいというのならば、それは必ず克服しなければならない事だ。悪意や殺気だけでは無い。過去の記憶を呼び起こす個性や幻覚を見せる個性、変身する個性、そしてお前の父親本人。ヒーローに弱点があれば執拗にそこを突いてくる。狡猾なヴィランというのはそういうものだ」

 

 一呼吸置いて相澤は続ける。

 

「ヒーロー活動中に錯乱すれば自分自身だけで無く、仲間のヒーローや市民にも危険が及ぶだろう。それは絶対にあっては成らない事だ。もしも、お前がそのトラウマを克服出来ないというのならば……俺はお前をヒーロー科から除籍しなければならない」

 

 相澤の眼光が妹紅を貫いた。常人ならば後ずさりしてしまうような威圧感であったが、妹紅は耐えた。むしろ、目に覚悟を宿してそれを迎え撃った。

 

「必ず克服します。私は必ずヒーローになります」

 

 互いの視線が意思を持ってぶつかった。職員室全体がピリピリした雰囲気に包まれ、沈黙が辺りを支配する。他の教師たちは黙って気配を消しているが、ミッドナイトだけは2人を気にしてソワソワしている。

 数秒後、相澤が折れた。

 

「……そうか、分かった。覚悟が出来ているというのならば、俺から言う事は無い。話は以上だ、気を付けて帰れ」

 

「はい、失礼します」

 

 妹紅はそう言ってペコリと頭を下げてから職員室を出ると、ふぅー、と大きく息を吐いた。相澤との会話はどうにも緊張してしまう。だが、言っている事は尤もな事ばかりなので文句は言えなかった。

 今日も帰れば慧音の特訓が待っている。慧音と一緒に居られる事が嬉しいため、特訓は苦では無い。むしろ妹紅にとっては楽しみの一つだ。“トラウマの克服方法についても相談してみよう”と、考えながら足早に帰路に就く妹紅であった。

 

 

 そして2週間はあっという間に過ぎ去り、ついに体育祭本番当日を迎えた。

 




たぶん雄英が襲撃されたぐらいではテレビ東○は特番組まない。臨時ニュースも流れない。爆豪が拉致られたらムーミンの再放送だ!神野区の事件クラスでようやく特番の可能性が出て来るくらいだと私は信じています。

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