「なに?それじゃあオールマイトが来るまでの間、藤原があの脳無って奴の相手をしていたのか?」
「あ!?嘘吐いてんじゃねぇカス!オールマイト以外が相手したところで瞬殺されて終わりだろうが!」
男子更衣室。制服に着替えていた轟は峰田にそう聞き返していた。しかし、峰田がそれを肯定する前に、近くでその会話を耳にしていた爆豪が声を荒げて噛み付く。
「う、嘘じゃねぇよ。確かに藤原は何度も倒されていたけど、その度に復活して戦っていたぜ。なぁ、そうだよな尾白」
爆豪の吊り上がった目で睨まれて萎縮する峰田は尾白に同意を求めた。妹紅の戦闘を目にしていた者は峰田、尾白、緑谷、そして葉隠と蛙吹の5名のみ。緑谷は保健室で治療中なので、この男子更衣室内での目撃者は峰田と尾白しか居ない。話を振られた尾白は影を落とした表情で頷いた。
「ああ…確かに藤原さんはあの脳無ってヴィランと戦っていた。殺されそうな攻撃を何度受けても……いや、実際死んでいたんだと思う。内臓が飛び散っても、頭を潰されても…藤原さんはその度に燃え上がり、蘇って戦い続けていた」
「あの全身血まみれの姿はそれが理由だったか…」
障子はその時の様子を思い出し、沈痛な面持ちで声を上げた。更衣室に居た面々も途中から話を聞いていたようで、辺りはグッと息の詰まるような雰囲気に包まれる。その中で、轟は小さく頷いて納得の声を呟いた。
「なるほどな。『不死鳥』の名の通り、不死の個性って訳か」
「不死の個性だとぉ…!」
轟の独り言を聞いた爆豪の表情が苛立ちで満ちる。危機が過ぎ去り、全員の無事が確認された今の状況下では、彼にとってのクラスメイトたちはライバルでしかない。必ず一番になる事を決意している爆豪は、強力無比な個性を持つ妹紅に対し、敵意を露わにするのだった。
女子更衣室の隣に設置されている女子用シャワールーム。衝立とカーテンに仕切られた数ある個室の一室で、妹紅はシャワーを浴びていた。
妹紅はあの後、駆け付けた警察や救急隊員たちに怪我の状況をしつこく聞かれていた。『念のために病院へ』とも言われたが、再生個性なので大丈夫だと伝えて面倒な病院送りを逃れた。しかし、保健室送りは逃れる事は出来ず、強制的にリカバリーガールに診察される事となった。
とはいえ、個性で再生された妹紅の身体に傷は一つも残っておらず、とりあえずは解放されてようやくシャワーを浴びていたのだった。
乾いた血が少しずつ溶け出し、湯を赤黒く染めながら排水溝へと流れていく。乾ききってしまった血を洗い落とすのには少々時間がかかるだろう。
妹紅はベシャリと音を立てて床に腰を下ろす。そして立てた両膝を腕で抱え込んで、体操座りの姿勢で頭からシャワーを浴び続けた。体力を消耗しすぎて立っていたくない、というのも理由の一つであるが、何より精神を疲弊しすぎていた。身体を丸めるような姿勢は、精神的な不安感を表していると言われている。
「…妹紅?」
その体勢のまま、何分間シャワーを浴びていたのか分からない。疲れから眠気を誘われ、ウトウトとしているとカーテン越しに妹紅を呼ぶ声が聞こえた。葉隠のようだ。
「ん……葉隠か…?」
「うん。梅雨ちゃんもいるよ」
「ケロ…」
妹紅はチラリと自身の身体を見る。粗方の血の汚れは洗い流されているが、長い白髪にはまだ血やら脳漿やらがこびり付いていた。
「2人とも待っていてくれたのか?すまないな。汚れを洗い落とすのにもう少し時間がかかりそうだ。先に教室に戻っていてくれて構わない」
「ううん、待ってるよ。妹紅は大丈夫?体調は?」
「疲れただけで問題は無い。そういう個性だ」
髪の毛に絡まっている汚れを摘まみ取りながら妹紅は答える。実際、まるでフルマラソンを走りきった後のような疲労感が残っているが、それだけだ。多少の休憩を挟めばある程度の体力は回復する。それは過去に何度も経験した事だった。
髪に絡まった汚れも取れたので立ち上がる……が、やはり気怠さが抜けきれず、足取りは少しふらついていた。
「でも、死なない個性だとしても……死んじゃうような怪我をする事自体、とても痛くて辛いことだと思うわ」
蛙吹が暗い声でそう言った。だが、妹紅はシャンプーボトルのポンプを押しながら事も無げに返事をした。
「私は無痛症だ。痛みを感じる事は無いし、死ぬ事にも慣れている」
「ッ!?」
妹紅の独白に2人は息を飲み、絶句する。
一方、妹紅はワッシャワッシャと髪を洗っている。血で汚れたリボンも毟り取って新しいリボンを再生させるが、同時に軽い目眩に襲われた。僅かな再生といえども、ほんの少し休んで回復しただけの体力ではやはり辛い。しばらくすると徐々に目眩は引いていったので、そのまま洗髪を続ける。
「な、慣れているって…何で…」
「…まぁ、幼い頃の家庭環境が悪くて、な。今は隣町の孤児院に住んでいる」
「………!」
葉隠と蛙吹の2人は声が出せなかった。何か言葉をかけるべきだとは思ったが、どれも無責任で他人事に聞こえる台詞しか思い浮かばず、そんな自分自身がもどかしくて堪らない。
そうこうしている内に、全身を洗い終えた妹紅がカーテンを開けた。
「…妹紅…ぉお!?」
全裸のまま現れた妹紅に葉隠が驚く。それを気にもかけない妹紅は、その場で葉隠たちに背を向ける。
「すまないが、後頭部辺りに汚れが残ってないか見てくれないか?鏡で見ても後ろには目が届かない」
「あ~、うん、見せて。ってか妹紅は裸見られても動じないタイプなんだね」
妹紅の白髪を手ぐしで梳きながら葉隠が聞くと、妹紅は肯定した。児童養護施設『寺子屋』では年下の少女も数人居る。同性で年上の妹紅はそんな子どもたちの世話を見てやることが多く、一緒に風呂に入ることも日常茶飯事だった。更に妹紅自身もそうやって世話を受けてきたので、同性に裸を見られたとしても今更の話だった。
「女同士で恥ずかしがる必要は無いと思うが…葉隠は違うのか?」
「私は見せようとしても見せられないからね。逆にその感覚が分からないかな。うん、綺麗に洗えてるよ」
「はい、タオル。藤原ちゃんはお肌が真っ白で羨ましいわ」
「ありがとう。そうか?白すぎて気持ち悪くないか?」
蛙吹から受け取ったタオルで身体を拭きながら妹紅は聞くと、蛙吹はケロケロと笑みを浮かべながら答えた。
「そんな事無いわ。きっと女の子なら誰だって憧れるわ」
「むむむ、お肌の事なら私も負けられないわ。見よ、この透き通るような肌を!」
聞き捨てならぬ、とばかりに葉隠が自身のシャツを捲り上げ、2人に腹部を見せつける。
「確かに透き通っているな」
「お肌の透明度ってそういう事なのかしら?」
そんな会話をした後、クスクス、ケロケロと笑う葉隠と蛙吹を見て、妹紅も笑みを溢した。いつの間にか、場の空気は緩やかに流れていた。
制服に着替えた妹紅を女子更衣室で待っていたのは麗日、八百万、耳郎、芦戸、それに女性教師であるミッドナイトだった。
「あ、藤原さん!具合は大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。心配をかけてすまないな」
妹紅がそう返答すると、麗日はホッと胸を撫で下ろす。他の皆も安堵した様子で妹紅に話しかける。
「何があったか皆さんからお聞きしましたわ。ご無事で本当に何よりですわ」
「最初見たときはマジでビビったけどね。血まみれで動いていないし、芦戸は隣で泣いてるし。ホントに死んだのかと思ってさ」
「酷い怪我に見えてビックリしちゃったの!無事だって分かったら、今度は安心して涙が止まらなくなったんだもん!」
芦戸が、むー、と唸りながら身振り手振りで状況を説明していると、ミッドナイトが手をパンパンと叩いて場を静めた。
「ハイハイ、これで藤原さんが無事だって分かったでしょう?藤原さんは早退の準備があるから、皆は先に教室に戻ってなさい」
教室へと戻る面々に見送られながら、妹紅とミッドナイトは更衣室から出る。廊下を歩きながら妹紅は聞いた。
「早退…ですか?」
「ええ、保健室よりも自宅に帰して休ませた方が良い。リカバリーガールがそう言っていたわ」
トゥルーフォームに戻ったオールマイトが保健室で治療を受けている、というのも理由の一つだろうが、慣れ親しんだ自宅自室の方が落ち着いて休養出来るのは当然である。そういう意図からであった。
「別に大丈夫だと思いますけど…」
「駄目よ。あなた自分で気付いているかしら、今も歩いているだけで少しフラフラしているわよ。リカバリーガールにしっかり診て貰ったと思うけど、念の為もう一度いいかしら?」
そう言ってミッドナイトは専用のペンライトをボンデージコスチュームの何処からか取り出して、光を妹紅の目に当てる。対光反射は正常であるし、眼球震盪(自分の意思とは関係なく眼球が動く現象)もない。アルビノ特有の紅い瞳には一瞬ゾクリとさせられたものの、それ以外に問題は無く、ミッドナイトは頷く。
「うん、反射は正常。脳へのダメージは無いと思われるわ」
「再生個性ですので…」
「私も話は聞いたわよ。かなり無茶をしたそうね。今の状態は個性の反動と見ていいのかしら?」
再び歩き出す2人。目的地は駐車場であるそうで、妹紅の荷物はミッドナイトが持ってくれていた。
「再生をすると疲れます。蘇生する程の再生なら更に。何度も蘇生して再生すると、自分の意思で炎が出せないくらい疲れます。気を失って倒れる事もありました」
「…なるほど。分かったわ」
妹紅の言葉にミッドナイトは心を痛めた。つまるところ、過去にそれを経験する程の環境に妹紅は身を置いていたという事だ。人間として、ヒーローとしてミッドナイトが同情しないはずが無い。
「HEY!お二人さん、こっちだぜ!」
妹紅たちが学校の駐車場まで来ると、車に乗ったプレゼント・マイクが運転席から声をかけてきた。ヴィランに襲撃されたばかりの学生を1人で下校させる訳にはいかないとの事で、彼が妹紅の付き添いを買って出たらしい。恐らくクラスメイトたちも下校の際は、ヒーローか警察の付き添いがつくのだろう。
ミッドナイトは後部ドアを開けて、座席に妹紅の荷物を置く。助手席を勧められて、妹紅も車に乗り込んだ。
「藤原さん、明日は臨時休校になる事が決まったから、ゆっくり身体を休めるといいわ。じゃあ、マイク。後はよろしくね」
「OK!任せときな!」
「ありがとうございました、ミッドナイト先生」
窓を開けてペコリと頭を下げる。ミッドナイトは微笑みながら手を振って妹紅たちを見送った。
「マイク先生、私の家は隣町の――」
車の中、妹紅の住む施設までの道のりを言おうとしたところでプレゼント・マイクは待ったをかけた。
「OK、OK。『寺子屋』だろ?知っているぜ。え?なんで知っているのかって?HAHAHA!実はオレっちと上白沢慧音は雄英高校時代、クラスメイトだったのさ!」
「慧音先生から聞いた事があります。イレイザーヘッド…相澤先生もそうだったと聞きました」
自慢げに笑いながら語るプレゼント・マイクに妹紅が返事をすると、彼は更に大きな声で笑った。
「おいおい、
「いえ、以前一度だけポロッと溢したのを聞いただけで…その後、聞いた事は無いです」
「こいつぁシヴィー!やってくれるぜワーハクタク!こうなりゃ寺子屋の壁にでもオレっちのサインをデカデカと書き殴ってやるぜ!」
「…普通に色紙か何かに書いて下さい。ファンの子がいるので喜ぶと思います。毎週先生のラジオを聞いているそうなので」
彼は『プレゼントマイクのぷちゃへんざレディオ』というラジオ番組のMCをやっている。金曜深夜のラジオ放送だがファンは多く、またメディアへの露出も多い為、雄英教師陣の中ではオールマイトに次いで有名なヒーローなのかもしれない。
寺子屋にも、慧音から隠れて夜更かししてまで放送を聞くファンの
「HAHAHA!任せときな、リスナーの為なら10枚でも20枚でも書いてやるさ!で、藤原自身は何枚欲しいんだ?」
「私は別にいりません」
「シヴィー!!」
そんな話をしている内に寺子屋へ到着した。車を駐車場に止めて、2人で玄関まで歩く。そして妹紅は玄関の鍵を開けて中に入ると、帰宅を告げた。
「ただいまー」
「おかえり、妹紅。ん?随分と帰りが早いな?」
玄関近くの部屋は慧音や職員が詰める事務室である。あまりに早すぎる帰宅に疑問を浮かべる慧音がその部屋から出て来る。そんな彼女にプレゼント・マイクはヒョコっと顔を玄関から覗かせて声をかけた。
「HEY!久しぶりだなワーハクタク!」
「マイク!?」
「久々の再会を喜びたいところだが…問題発生だ」
驚く慧音に悪戯顔で笑うプレゼント・マイク。だが彼はすぐに笑みを収めると、サングラスをクイッと上げて瞳を覗かせる。そして珍しく真面目な声で語りかけていた。
「何?一体何があった?」
「慧音先生、実は――」
訝しむ慧音。妹紅がその疑問に答えようとしたが、プレゼント・マイクはそれを手で制して遮った。
「藤原は休んでいな!ここからは俺たちの仕事の時間だ」
「休む?…ッ!妹紅!」
慧音は暫しの間を置いて看破した。妹紅を抱きしめるように引き寄せると、長い白髪からシャンプーの香りが、そして僅かに血の臭いが残っていた。慧音は泣きそうな程に顔を歪めて妹紅を強く抱きしめる。
「慧音先生、私は大丈夫。大丈夫だから」
「…そうか…そうか、うん……じゃあ妹紅、言われたとおり自分の部屋で休んでいなさい。マイク、向こうに会議室がある。そこで詳しく聞かせて貰うぞ」
慧音は妹紅の頭を数度撫でてやると、自室で休むよう促す。そして、プレゼント・マイクの方には振り返りもせずに会議室の場所へと案内を始めた。
(こりゃブチ切れてんな…)
歩く慧音の後ろ姿からは怒りのオーラが滲んで見える気がした。冷汗をかきながらも、プレゼント・マイクは慧音の後に続くのだった。
雄英のシャワールームならボディーソープやシャンプーくらい余裕で常備しているだろうという妄想。なお無かった場合は手洗い用の固形石鹸かハンドソープ(学校の手洗い場でよくみる緑色の液体)で髪を洗う羽目になる模様。髪がパッサパサになります。