突然違う世界へ飛ばされた主人公と偶然居合わせた木曾の殺意から始まる話。

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初めての異世界は木曾でした

 夏の闇を月明りだけが照らす暗い山の中を、僕は息を切らしながらも走っている。

 ほのかな明かりだけを頼りに道なき道を必死に前へ前へと。

 むせるような息苦しい空気、じっとりとした暑さに体からは汗が吹き出るように流れ出てくる。

 左腕からは刃物で斬られた傷によって血を流しながらもランニングシューズで力強く地面を踏みしめ、時には転んでジャージに土汚れが付き、木の枝が素肌に当たって傷を作っていく。

 そんな苦しい思いをして、強い殺気を出して後ろから追いかけてくる足音から逃げていた。

 僕はいつものように外灯がある、山沿いの道をランニングしていただけなのに。なんでこんなことになっているんだろう。

 気づいたら、いつのまにか山の中にいた。まるで夢から目覚めた感覚のような。

 そうして目の前にいた、短いシャツとミニスカートを身に着けて右目のと帽子がよく似合う凛々しい女の子に追われている今。

 高校1年生ぐらいの顔立ちで黒いセミロングの髪や見える素肌は綺麗に見えるが、じっくりと鑑賞する余裕なんてものはない。

 なぜなら状況把握する間もなく、手に持っていた刀で襲われたからだ。

 その時はあまりの殺気と気迫によって僕の体がよろけた結果、腕を斬られただけで済んだ。

 そのあとはわけもわからなく逃げまどっている。

 終わりが見えず、体が酸素を求め激しい呼吸をする。膝を着いて休みたいところだが、そんなことをしてしまえば僕の人生は終わってしまうだろう。

 まだ17年しか生きていないというのに。

 いったい僕が何をしたんだ! 女の子とすら付き合ったことのない僕だが、恨みを持たれるような記憶はないぞ!?

 そんな僕の心を気にせず、発砲音が後ろから聞こえた瞬間に目の前で爆発音と共に地面が爆ぜる。

 走って逃げているときから、何度かこうやって撃ってきている。わざと当てずに、こうやって遊んでくるのは恐怖よりも先に腹が立つ。

 殺気に当てられ続けた結果、恐怖なんてものはマヒしてしまい意識もぼんやりしている。

 だからだろうか。

 暗い森だというのに、やけに輪郭がはっきりした人形のようなものが見えるのは。

 それは少女をデフォルメしたような20㎝から30㎝ぐらいのセーラー服や色々な服を来た小さな人の形のものが見えるのは。

 アニメに出てきた妖精というものを一瞬だけ思い浮かべたが、それを見てしまうほどに僕の意識はやばいものとなってきている。

 1体だけ見たと思ったら、妖精のちょっとずつ数が増えていく。どれも僕を見ては悲しそうだったり、同情を寄せるような顔だった。

 そのうちの1体が必死な顔と振り回した腕で僕の後ろを指差す。

 ちょっとだけ意識がソレに向いた途端、僕は木の根っこにつまづいて顔から倒れてしまう。

 早く起き上がって逃げないと。そう思った途端に頭の上を熱い熱風と耳に響く音が過ぎ去っていく。

 そのまま動けないでいると、追ってきた女の子がやってきては深い疲れたようなため息をついた。

 僕とは違って息が切れている様子もなく余裕そうだ。

 

「まったく、ちょろちょろと逃げやがって」

 

 凛々しく耳に心地よい声の持ち主であり、僕を追っかけていた女の子がガチャガチャと金属がこすれる音を出しながらやってきた。

 僕は荒い息をついたまま、体をわずかに起こすとぼんやりと月明りで僕を追ってきた女の子の姿が見えてきた。

 最初に見た格好は理解できたが、なぜか腰や背中から変わった金属の何かを背負っている。

 それは古い船にある煙突のようなのがあり、もうひとつは砲身のようなのものが。

 現実的ではない格好だ。大きい銃でも持っていたかと思ったけれど、背中にごてごてと何かがついているのはコスプレ?

 変な女の子だと思っていた目は不快だったらしく、僕の腹を勢いよく蹴ってくる。

 鈍く大きな痛みと吐き気がやってきて、文句を言おうとしたが自分の口から聞こえるのはむせる音だけだ。

 

「子供にしてはよく動けたものだ。何の目的でこんな南の島まで来たか、連れ帰って聞きたいとこだが……そうすると面倒になりそうだ」

 

 そうため息をついた女の子は、僕のすぐ隣まで来ては背中にくっついている砲身を顔へと向けてくる。

 夢でも妄想でもなく、死んでしまうんだなという意識が素直に理解できてしまう。だが死ぬ前に文句は言ってやろうと口を開くが、セーラー服を着て三つ編みの髪形をした妖精のようなものが体に乗ってきて困惑し口を閉じる。

 すぐ至近距離で目と目が合い、走っているときとは違って自信たっぷりな表情に僕は困惑してしまう。

 

「……おい、妖精。そこをどけ、邪魔だ」

 

 いらだった女の子の声を気にもせず、妖精は僕へと手を伸ばして人差し指を向けてくる。

 僕も無意識で手を出して人差し指を伸ばす。そうして指同士が合わさった瞬間にと妖精がぼんやりと光り、僕の体から痛みや呼吸の苦しさと血が流れ出ていたのが止まった。

 体は栄養ドリンクを飲んだ時以上に元気になり、思考がよく回るようになる。

 護身術ぐらいしかできない僕は逃げることを選ぶとすぐに地面の土を掴み、女の子の顔めがけて投げつけようとるが、それより早く砲身から砲弾が飛んでくる。それは僕のすぐ真横へと落ちたが、爆発はしなかった。

 

「不発かよ!」

 

 自身の幸運に感謝し、土を投げつけて綺麗に命中した。女の子が目をこすってよろけているあいだ、妖精をジャージのポケットに入れて立ち上がる。

 そうしてから、なんで妖精なんかをポケットに入れたんだろうかとポケットを見ると妖精が顔を出していて、親指を出して『よくやった!』と言うかのような満足気な笑顔を浮かべていた。

 よくわからない生き物のことは後で考えることにし、背を向けて走り続ける。

 後ろからさっきの子が撃ってくるのを警戒し、元気になった体で蛇行しながら走っていると砲弾が近くの木に当たっても爆発はしない。今なら運が僕に向いていることに気分がよくなり、希望を持って走り続ける。

 そうして終わりは見えた。森の木々がなくなった場所は開けて見晴らしがとてもよかった。

 でもそこは崖で、本来なら感じるはずのない海の匂いがした。

 そう、海だ。僕が住んでいたところから海は40㎞も先なのになぜあるかがわからない。

 その海のそばには陸上自衛隊駐屯地に似ている施設と造船所のようなものがあって敷地内から人工的な光が見える。その周辺にはまるで廃墟のような街が月明かりに照らされていた。

 人工物があることに安心したくなるが、それはできない。僕はこの光景を知らないからだ。

 いつもランニングしていた山に海もこんな施設なんてなかった。可能性としては知らないうちに長距離ランニングしていたか、違う世界にやってきた。もしくはすべてがリアルな妄想。

 この3つのうちのどれかだ。

 山と海の混ざった匂いを嗅ぎながら逃げることも忘れて目の前の現実を受け止められないまま眺めていると、足音と木々をかきわける音が聞こえる。

 振り向くと僕を追ってきた女の子がいた。

 砲身は破裂していて、左の髪は焼き焦げて肌には煤がついていて物凄く怒っている様子で僕のすぐそばまでやってきて立ち止まる。

 

「さて、追い詰められたな? オレは慈悲深いからは崖から落ちて死ぬか、撃たれて死ぬかの二択を選ばせてやろう」

 

 崖と殺そうとしてくる女の子に挟まれ、すぐに次の行動に迫られる。

 とっさに選んだ行動は攻撃だった。

 左足を大きく一歩踏み出し、左手の甲を相手の顔へと当身をぶつけようとしたが、が一歩下がったことによって避けられた。

 次に下がった距離の分だけ右足を出し、左腕を引いて勢いをつけ掌底を相手の胸へと打ち込む。

 余裕があるのか、防ぐこともしない女の子へと綺麗に当たり、呼吸が妨げられて一瞬だけ動きが止まる。

 

「っ! ちょっと痛いな」

 

 だが右手首を掴まれ、それ以上の動きができなくなり、今度は左手で同じ部分を狙うも右手首を強くひねられ、声にならないほどの静かで強い痛みがくる。

 そのせいで左の掌底はできなくなり、殴ることができなくなった手は女の子の胸へとさわってしまう。

 お互いに動きが硬直しあい、言葉もなく見つめあう。

 近くで見る女の子はすごく可愛くて綺麗だった。それと左手でさわる手は服とブラ越しとはいえ、やわらかくて無意識でふにふにと触ってしまった。

 

「……その、ごめん」

「……お、おま、おまえぇぇぇ!!」

 

 夜でもわかるくらいに顔を赤くして大きな声で叫ばれた瞬間、破裂していた砲身が動いて僕の頭へと向かってくる。

 それが最後の光景で、強い衝撃を受けた僕は気を失ってしまった。

 

 ◇

 

 痛む頭と喉のかわきを感じて目を開けると、木の天井が見えた。

 そのまま意識を段々と覚醒させていくと頭に痛みを感じて片手を伸ばして触ろうとしたが、手は自由には動かなかった。

 自分の手首を見ると両手に手錠をかけられていて、その両手を腹の上に置かれてベッドに寝かされているのがわかる。

 今の状況を理解しようとしていると、周囲の音が静かな中で腹の上にはリズムよく軽い何かの衝撃が連続して来ている。

 静かに首を動かして腹の上を見ると、僕がポケットに入れていた妖精が不思議な踊りを気分よさげにやっていた。

 理解が追い付かないまま、その踊りを見ていると僕に気が付いた妖精は踊りをやめ、ある方向へと指を指す。

 そこには僕を殺そうとした女の子がいた。

 彼女は椅子に座って、横に小さなテーブルに置いてあるマグカップでコーヒーを飲みながら、足を組んで著者名に石川啄木と書かれた本を読んでいる。

 集中して読んでいるせいか、僕には気づいていない。

 冷や汗と緊張が一瞬にしてやってくるが、声を出さないように落ち着いてあたりを見回す。

 木でできた部屋は狭く、窓がひとつある。ガラス越しに見る外はここが2階か3階の高さなのがわかり、遠くには崖の上で見た陸上自衛隊のような施設が見える。

 反対側は扉が開きっぱなしで、生ぬるい風がゆるゆると流れてきていた。

 体を起こそうとしたときに服の違和感を感じた。確かめると着ていたジャージではなく、浴衣が着せられていた。浴衣の隙間から見える下着には幸いにも自分のだったことに安心して深い息が出てしまう。

 

「起きたか、少年」

 

 僕を追いかけてきた時とは違い、本を閉じてテーブルの上に置いた女の子は友好的な雰囲気を出して柔らかい笑みを見せてくれる。

 あまりの変貌ぶりに警戒し、言葉ひとつ言うのも気をつけようとする。拷問でもされるかもしれないから。

 

「水でも飲むか?」

「お願いするよ」

 

 そう言うと女の子は立ち上がり、部屋の外に出ていったがすぐに水の入ったコップを持ってきてくれた。

 コップをを受け取ると水は生ぬるかったが、なんだか天然水だと変な感想を持ったほどにおいしさを感じて、一気に飲み干した。

 喉の渇きはなくなり、僕からコップを受けた女の子はそれをテーブルに置いてから、すまなそうな顔をした。

 

「昨日はすまなかったな。振り向いたらお前がいて、すぐに敵だと思うのが当然だったんだ」

「あれは心臓に悪かったよ」

「事故だと思ってくれ。お前の服や山での足跡を調べたが軍人ではないらしいという結論が出たしな。でもまだわからないことがあるから手錠は許してくれよ」

 

 申し訳なさげに謝ってくるのを見ると、昨日のことで怒ったり恨む気持ちは出てこない。

 殺されかけたというのに。自分の心が広いのか、命のやりとりなんてありえないと思っているからかもしれない。

 昨日の気持ちが落ち着いたところで、あの山にいた理由や過程が思い出せない。

 

「自分からあそこにいた記憶はないけど」

「わかってる。神隠しにあったんだろう? 妖精に物凄く好かれているようだから呼ばれてしまったんだろう。もしくはオレたちが男を望んでいたから妖精が察してくれたかもしれないな」

 

 神隠しに妖精? ……なんでそんな非現実的なことを当たり前のように言っているんだろうか。

 腹の上に乗った妖精を見ると両手を僕へと広げ、『褒めて!』というかのような顔を向けてきたので、指先で頭を撫でると喜んでくれた。

 

「ここは?」

「南方にある元第59警備所だ。本土にいたのなら聞いたことがあるだろ。何か所かで艦娘たちが反乱したって話を。そのうちのひとつだ」

 

 聞いたことがない。一般人が知らない自衛隊の基地名? 反乱ってなんだ。今の日本で反乱なんてあるのか。あと艦娘ってなんだ。そんな言葉は初めて聞いた。

 

「艦娘って何? 初めて聞くんだけど」

「妖精の謎技術を使って女だけが使える銃器を持って海で戦うのが艦娘だろ。敵である深海棲艦と戦うために1914年から世界で戦争が始まって以来、今にいたる39年まで艦娘って単語を聞かない日はそうないと思うんだが」

 

 深海棲艦という単語も知らない。1914年と言ったら第一次世界大戦の頃だ。

 学校の授業で艦娘とかそういうを聞いた覚えはない。

 ……話の前提が間違っていたかもしれない。もしかしたら、ここは違う世界かもしれない。

 待て。すぐに結論付けるな、僕。今のは実際の話ではなく、ゲームやアニメの設定の可能性だってある。

 異世界でない証拠に石川啄木の本があるんだから、ここは現実で何かのコスプレイベントに巻き込まれただけなはずだ。

 体を起こし、周囲を見ても特に違和感は感じない。

 さっきまで腹の上で踊っていた妖精が、今度は僕の頭へと乗ってきて重みを感じるのは現実だろうが理解したくない。

 

「そうだ、名前を名乗ってなかったな。オレは木曾。球磨型5番艦の軽巡洋艦だ」

「僕の名前は―――」

 

 名前を名乗り返そうとしたが、自分の名前が思い出せない。昨夜に殴られたせい? それにしては苗字も下の名前もなにひとつ思い出せないというのがはおかしい。

 なんとかして思い出そうと頑張るが、頭痛と息苦しさが体に痛みを与えてくる。

 痛みに耐えるために、手錠で縛られた手で自分の顔に手をあてて落ち着こうとするが無理だった。

 自分は誰だったか。その疑問を考えてしまったために、思考を止めることができない。

 

「おい、大丈夫か?」

 

 心配してくれる女の子、木曾と名乗った子が心配そうな声になるがそんなのを気にする余裕はない。

 思わず吐きそうになる寸前、頭の上に乗った妖精が僕の頭をぺしぺしと軽く叩いてきたことで思考は中断し、段々と落ち着くことができた。

 

「名前が、思い出せない」

「あぁ……神隠しにはそういった記憶が混乱することもあるらしいな」

「その神隠しって頻繁にあるの?」

「少しはあるが、それは村から一時的にいなくなったとかそういうのばかりだな。お前のように突然どこからか出てきたなんて聞いたことがない。もしかしたら違う世界から来たのかもな」

 

 もう考えることが辛く、木曾が言った通りにここは異世界だと思ってしまったほうが楽な気がしてくる。事実、本当にそうかもしれないし。なにより、頭の妖精が証拠だろう。さわれるし、妄想と片付けてはおかしなところが多々あるし。

 今、僕がここにいるのは現実だ。

 異世界要素で一般的な魔法がなさそうだけれど、それでも妖精という点だけで違う世界と思うには充分だろう。

 

「気になるのなら、あとでそういう神隠しなどについてある本を見せてやろう」

「ありがとう。でもこんな得体の知れない僕に優しいんだね」

 

 そこが疑問だった。手錠をしているとはいえ、それだけだ。牢屋に入れるわけでもなく、監視も木曾の1人だけ。

 考えても理由が思い浮かばず、不思議だった。

 そのことに木曾はさも当然というかのように答えを軽く言ってくれた。

 

「珍しい男でさらには少年だからな。敵でないなら親切にするものだ」

「ここは女の人ばかりだったりする?」

「ああ。3年前にオレたちは娯楽も自由もない上司の扱いに不満を覚えて、自由だ独立だと叫んで艦娘以外を島から追い出したからな。別に悪いことじゃない。元々無人島だったのを開拓して作ったところだし、戦略的重要度も低いここだと軍人ぐらいにしか迷惑はかかっていないだろうな」

 

 自慢げに言ってくるが、僕にとっては何を考えてアホなことをしたんだろうと思ってしまった。

 でもそれは僕が知っている常識だ。軍に反乱起こして当たり前な世界かもしれないし、深い理由があるかもしれない。

 変なところをつっついたら面倒なことになってしまいそうだし、僕の目的は自分の名前を思い出して、元々いたところに帰ることだ。

 

「話は変わるけど、これから僕はどうなる? ここの偉い人と会う?」

 

 木曾は僕から目をそらし、さっきの自慢げな様子は消えた。これから言うことは恥ずかしいことかのような気まずい顔をする。

 

「……偉い人はいないな。戦艦や空母の奴らが自分こそが指揮するべきと争ったままで組織としては機能してない。戦闘技術以外学んでいなくて頭が悪いからかもな。地政学的に重要じゃないし、そんなだから余計な戦力を回したくない本土の連中に何も言われてないかもしれないんだが」

 

 必要なこと以外を教えないで余計なことを考えさせないで戦闘に集中させようとするのは当然だと理解するけれど、それでも反乱は起きる。

 不満があれば、いつの時代でも違う世界でもそれは共通なんだろう。

 

「それで自分たち以外を追い出した理由は?」

「艦娘だけの幸せな生活を夢見て」

 

 真面目な顔でそういうことを言うが、それは平等社会を求めてのことなんだろうか。戦うこと以外ことを知りたくて。

 

「それだけ聞くと立派に聞こえるけど。他には? 男女不平等とか、艦娘の社会的地位が低かったり? または戦争反対?」

「どれも違うんだ。もうすぐ戦争は終結するとの噂が出て、戦後はもう必要のない艦娘たちが嫌われたり行き場所がないと思ったんだ」

 

 戦争が終わる。そんな不確実で怪しく、希望とやるせない感情を抱く言葉。それに振り回されてしまった彼女たちを一言で考えなしとは言い切れない。

 社会保障が弱く、戦いしか知らない艦娘たちは未来の先が見えないためにやってしまった結果なんだろう。それに加えて、反乱を起こして3年も何もされないことから価値がないと思ったかもしれない。

 僕は目の前にいる木曾と艦娘たちという子たちに興味を持つ。いや、同情心かもしれない。

 なんとかしてあげたい、とそういう理由で。

 

「木曾。僕は犯罪者扱いではないんだよね」

「扱いに困ってるところだ」

「じゃあ僕をここに置いて欲しいんだけど。ここは僕が知る世界とは違うみたいだし。まぁ、何の役に立つかって言われたら困るけど」

 

 そう言うと木曾は顎に手を当て、聞き取れないほどの小さな言葉を呟きつつ、僕をじっと見たまま考え事をし始めた。

 答えを待っているあいだ、僕は頭に乗っている妖精を優しく掴むと目の前に持ってきて観察をする。

 ロボットでもない、ひとつの生命体。不思議要素しかない。この妖精と出会ってから、今もこうして無事なのはこの子のおかげなのかと思う。

 そう考えていることが伝わったのか、妖精はピースサインなんかをし始めた。

 そのまま妖精を持ち上げたり、回転したりして調べていると木曾が声をかけてきた。

 

「少年、ちょうどいい仕事があった。妖精が見えるのなら提督をやってくれ。今のここは統率する奴がいないから、お前という生贄に集中すれば自然とまとまる気がする」

「選べる選択肢がないから生贄は仕方ないけど、提督って何?」

「妖精の助けを借り、艦娘たちを指揮する存在のことを言う。なに、そう心配するな。わからないことはオレや他の艦娘たちに教えてもらうといい。若い男というだけで優しくしてもらえるからお前にとってもいいはずだ」

 

 さきほどから、若い男というのを強調してくるけど、そんなに珍しいのか? 

 ……珍しいのかもしれない。

 3年のあいだ軍から放って置かれていて、生きていく上で交易をやっていたとしてもよそと交流の機会は多くないだろうし。

 だったら男という立場を利用して、名前を思い出して帰れる手段を見つけるまでやっていけばいいと思う。

 木曾もいい人そうだし、外見も綺麗でかっこいいから一緒にいて楽しいのかもしれない。

 

「学生だから、場合によっては教えることができるかもしれないね」

「学がないのばかりだから、男でなかったとしても尊敬されるだろう。お前は体もきちんと鍛えられてるし、鍛錬面でも注目されるかもしれないな」

 

 学生という職業に期待されているのは嬉しいけれど、浴衣の上から見ただけでわかるのだろうか。

 そういえば浴衣に着替えた記憶がないから、誰かに着替えさせられたのだと思うけど。

 疑いの目を木曾に向けると、急に慌て始めた。

 

「あー、お前の服はオレが着替えさせたが下着にはさわってないぞ!? 匂いを嗅いだり、指先をちょっとなめただけだから大丈夫だ!」

 

 今の言葉に身の危険を強く感じる。寝ている相手にそんな変態行為をしただなんて。さっき思ってた『いい人そう』という印象に『変態婦女子』という言葉を追加した。

 

「待て、そんな目で見るな! オレはまだマシな方だ!」

「悪いことをした人はそういう言い訳をすると思うんだ」

「本当だって! 戦争のせいで男の数が減ってきた近頃は飢えている女が多くてな? 特にここは本土とも軍人とも関係がなくなったから余計に。でも安心しろ。ここにいるのは男に免疫がない奴らばかりだが、そんな過激じゃない。中には髪を切り取ったり使ったものを集めたりする奴がいる程度だ」

 

 ……あぁ、ここで他に生きていく選択肢がないことが残念に思う。

 ヤンデレやストーカーって言葉が頭に浮かぶが、こっちにはそんな言葉があるんだろうか。

 生活していくうちに常識や知識を僕は学んでいくと思うけど、女の子たちに慣れる気がしない。誰か仲のいい人を早く作って守ってもらうのがいいかな、と他の子たちに出会ったら仲良くなろうと強く思った。

 

「オレが守ってやるから見捨てないでくれよ?」

 

 泣きそうになっている木曾からは、オレにすがりつきたいという気持ちが見える。

 そこまで彼女は人に飢え、自分たち以外で生きていくのは辛くなっているのかもしれない。

 話の見方を変えてみれば、場合によっては女の子たちにもてるということだ。

 物事はいい方向に考えるべきだ。

 記憶の一部がなくなって、生きるぐらいはできる。こんな知らない場所でも木曾に助けてもらえて日常生活を送れるはずだ。

 それに向こうの世界で知ることができなかった知識を得るかもしれないし、軍人な艦娘たちから格闘術を教えてもらえるかもしれない。

 そう、せっかくこっちに来たのだから自分を成長させるためと思えばいい。

 おろおろしている木曾へと僕は手を伸ばし、握手を求める。

 

「これからよろしく」

「あ、あぁ! 立派な提督にしてやるよ!」

 

 喜びながら握ってきた木曾の手は鍛えられていて固かったけれど、女の子らしい柔らかさがあった。

 名前を忘れ、帰る手段もない。

 艦娘と妖精がいる僕の知らない世界で生きていく。辛いこともあるに違いないけれど、心の底には楽しそうという明るい展望がある。

 さぁ、始めよう。

 この世界の果てで新しい生活を。




やってみたかったことの詰め合わせ。


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