一撃のプリンセス〜転生してカンフー少女になったボクが、武闘大会を勝ち抜くお話〜   作:葉振藩

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謎のツインテール

 帝都に来て開いた口が塞がらなくなるのは、これで何度目だろう。

 

「ほぁぇー。すげーなこりゃ」

 

 あんまり女の子がしてはいけないであろう口調で、ボクは驚きを呈した。

 

 目の前にあるソレは、西の大通りの隣に山のごとく屹立している、巨大な建造物だった。地理的には、大通りの果てにある西門がはっきり見えるほどの位置である。

 

 王様の冠を巨大化させたような、幅広い円筒形のデザインだ。石材同士が隙間無く組み上げられた頑強そうな外壁は、余計な装飾が皆無な武張った構造。その壁が上部まで続き、一番上は四角い石材の突起でギザギザした輪郭を描いていた。

 

 中にある「何か」を囲っているような円筒状の形。それらの情報を類推すると、ここの用途は自ずと絞られてくる。

 

 そう。闘技場(アリーナ)である。

 

 ここは【尚武冠(しょうぶかん)】という巨大闘技場だ。大規模な見世物を行なうための場所でもあるが、最たる用途は【黄龍賽(こうりゅうさい)】本戦の舞台である。他の町にあるどの闘技場よりも大きいのだ。

 

 参加する身としては、闘技場の場所はあらかじめ知っておいて然るべきだ。以前帝都に来た時にも見た気もするが、その古い記憶を新しく上書きするためにもう一度道程と建物を見ておきたかったのである。

 

「なんか……闘技場というより、砦みたいね」

 

 ライライが【尚武冠】を見上げつつ、独り言のようにこぼした。

 

 それには同感であった。

 

 外壁の頑健さもそうだが、その門も圧巻である。破城槌(はじょうつい)を打ち込んでも開かなそうなほど重厚な門構え。しかも外部から入り込める扉はその門のみ。観客ありきな施設にしては少々構え過ぎている気がしないでもない。

 

 けれども、作った……否、「作らせた人物」の事を思い浮かべると、むべなるかなと思う。

 

「みたい、ではない。この闘技場は、砦と同じ機能を有しているのだ」

 

 センランがそう補足説明する。

 

 彼女の言う通り、ここは砦の代わりに使っても十分機能的である。硬い外壁は言うに及ばず、頑丈かつ巨大な正門。一つしか出入り口がないのも、敵軍の軍勢がやってくる箇所を一箇所へ絞り込み、迎撃しやすくするためだ。

 

 このように【尚武冠】は、非常に戦向きに作られている。そのため、有事が起こった際の避難場所としても利用されている……いや、まだ利用されてないか。そもそもこんな場所に立てこもらなきゃいけないような事が帝都で起こった事はないのだし。

 

 この構造には、建設を命じた人間の性格が色濃く反映されている。そう、「武を重んじる」性格が。

 

「この闘技場は、煌刻(ファン・クー)陛下の勅で作られたのよね」

 

 ちょうど良いタイミングで、ミーフォンがかの御仁の名を出した。

 

 煌刻(ファン・クー)。現皇帝の一代前に在位していた皇帝。

 

 聡明かつ文武優秀であったものの、やや過激な思想の持ち主であったため、付いた渾名が『獅子皇(ししおう)』。

 

 彼は武法を大変愛していたそうで、ご自身もまた武法を嗜んでいた。その腕前は並みの兵では全く敵わないほどのものであったという。噂では精力も絶倫で、一晩に相手をした女の数は最大で三〇人を超えるらしい。

 

 凄かったのは武力や体力だけではない。あらゆる文化や学問に深く通じ、非常に博識だったそうな。

 

 この闘技場は、その『獅子皇』が作らせたもの。

 

 そもそも30年前、【黄龍賽(こうりゅうさい)】などという催し物を考案したのはクー皇帝だ。その元々の目的は、煌国内の武力向上と、才能ある戦力の発掘。経済効果はその副産物に過ぎなかった。なんとも武を重んじる彼らしい発想である。

 

 そういった思想ゆえに、考案した建物の構造も戦術的合理性が取り入れられた。この【尚武冠】もその一つというわけだ。

 

「……そうであったな」

 

 センランは同意するが、その表情はどこか固く、難しいものだった。

 

 それを見て、ボクは内心で「しまった」と思った。

 

 一度、センランへの認識を「皇女殿下」に戻して考えよう。

 

 煌刻(ファン・クー)陛下は優秀な為政者ではあった。けれど同時に、彼は功と罪を等量持つ賛否両論の支配者でもあった。

 

 特に、彼が病没する直前に起こした『ある事件』はかなり物議を醸したらしく、皇族も彼に対しては極めて複雑な感情を持っているという噂があった。それはどうやら本当の事であったと、目の前の「皇女殿下」を見て確信する。

 

 たとえ先代の皇帝といえど、良い気分になれない名詞をすすんで出す事は無いと思った。

 

 なのでボクは少しわざとらしく感じつつも、話題のベクトルを強引にそらした。

 

「あ、あー、そういえばさ!【武館区】にはまだ行ってないんだ。久しぶりに見てみたくなっちゃったから、今から行きたいなぁ」

 

 ボクの狙いに気づき、それに乗ることにしたのだろう。センランは固まった表情をほぐし、にっこり返してきた。

 

「う、うむ。そうだな!では、今から行くとしよう。ライライとミーフォン、異論はないか?」

 

「私は別に構わないわ」

 

「あたしもー」

 

 こうして、話題と行き先の変更を成功させた。

 

 

 

 

 

 

 

【武館区】という呼び方は正式なものではなく、俗語(スラング)の側面が強い。武法士というのは、一箇所に居場所を集中させたがるところがある。そうすれば他流派の人を通じて武林の噂話や流派の勢力の動きなどが分かるからだ。

 

 また、戦乱期の名残りという理由もある。

 

 少し話が変わるが、煌国には『武法の里』と称される街がいくつか存在する。住人の八割以上が何らかの武法を嗜んでいるほど、武法が盛んな街のことだ。そこは街全体が【武館区】みたいなものである。

 

 そういった街は、元から『武法の里』だったわけではない。「なるべくしてそうなった」のだ。

 

 百年以上前の戦乱期、『武法の里』はいずれも国境付近に位置している普通の村落でしかなかった。

 

 もし他国からの侵攻を受けた場合、真っ先にその被害を受けるのは国境付近だ。なのでそういった場所にある町村の住人は、自衛のために武法士を招き入れて教えを請うた。そうして住人たちは町全体を民兵団のようにし、自分たちの町や村を自分たちの手で敵国軍から防衛したのだ。その活躍たるや正規軍顔負けだったそうで、そこから名を挙げた達人も数多い。

 

 太平の世となった現在でも、そのような武法士同士の団結は無意識に美徳とされている。けれど日本の学生よろしく、逐一ベタベタ馴れ合う類の団結ではない。普段は付かず離れずの適度な距離感だが、いざとなったら力を合わせて困難に立ち向かう。そんな感じだ。

 

【武館区】とは、そういった「流派を超えた団結」という、武法士に刻まれたDNAを具現化した地域なのだ。

 

 閑話休題。

 

 帝都の【武館区】は南西にあり、都を正方形に囲う壁面の角(かど)に隣接している。その壁面の上部には治安局の武官が常駐しており、交代で見張りを立てている。常人を超える力を持った武法士たちを警戒しているのだろう。信用されていないみたいで少し悲しい。

 

 現在ボクは他の三人を伴い、その治安局たちのちょうど眼下に来ていた。以前来たのはもう数年前のことなので帝都での記憶は薄れていたが、ここの場所だけはしっかりと覚えていた。

 

 壁の上は通路となっており、角の辺りでちょっとした広場になっている。その広場に建つ小さな詰所の前から俯瞰している武官たちに、ボクは笑いかけて手を振った。まだ年端もいかない女の子だから多少警戒心が薄れているのか、彼らは笑顔で手を振り返してくれた。今日も平和で何よりです。

 

 上から下に視線を戻すと、ボクは来る途中屋台で買った棒状の干し芋をひと齧りした。その食感、香り、味は肉に酷似していた。これは『擬肉(ニーロゥ)』といって、ただの干し芋に肉そっくりの味と香りをつけたものだ。肉をしょっちゅう買えない人でも肉を食べた気になれるため、庶民の間で長年親しまれているお菓子である。

 

 脇道から、建物の集まりへ入る。両端に建ち並ぶ大小さまざまな建物の多くは当然武館。そこかしこから踏み込みの音が重なって聞こえてきて、鼓膜を揺さぶられるたびに血湧き肉躍る。

 

 通り過ぎる人は、みんな足裏が地面に吸い付くような歩き方であった。武法士だ。

 

 さて、【武館区】に来たはいいが、一体これから何をしようか。

 

 ボクは見て回ることしか考えていなかった。が、欲を言えば、武法に関わるナニかがしたい。

 

 練習している武館の塀によじ登って覗いてみよう、なんてバカな考えを一瞬浮かべて即座に斬り捨てる。それは【盗武(とうぶ)】という、武林において軽蔑される行為だ。もしそんなマネをすれば、ボクは一つの流派をまるごと敵に回してしまうだろう。捕まってリンチってところか。悪ければ腕チョンパかも。

 

 一体どうしたものか——黙考していた時、向かい側からこちらへ歩いてくる小さな人影が視界に入った。

 

 ボクより少し背が低いミーフォンより、さらに背丈の小さめな女の子だった。

 

 両側頭部に一束ずつ結んだその髪型は、ツインテールというやつである。クールそうでいて愛嬌のある顔立ちは、まだ十歳を超えて間もないくらいの幼さを残している。絵に描いたような幼児体形は、上下ともにやや裾が長めのドレスで柔らかく覆われていた。

 

 ちまっ、ちまっ、という足音が聞こえてきそうな、いじらしい足取りで歩いてくる。けれどここは【武館区】。そのちびっ子の踏み出しにも、武法士特有の地面との吸着力が視認出来た。

 

 ……その子の動きを見た瞬間、ボクの精神に緊張が走った。

 

 武法士には、技や功力(こうりき)の他に、相手の力量を見定める「眼力」も求められる。むしろ、それを一番養わなければならないくらいだ。

 

 相手の実力を戦う前から目視で理解することができれば、「あ、こいつ弱いな。そんなに警戒しなくても平気そう」「うっわ、こいつ絶対ヤバい。近づかんとこ」みたいな判断が出来るようになる。そうすれば自分の身を守れるし、無駄な争いも格段に減る。

 

 どのような基準で相手の実力を見定めるのかは、具体的には決まっていない。理屈ではなく、感覚的なものだからだ。だからこそ武法士は師匠の動きを常に観察したり、他人の演武を見たりして「眼力」という曖昧な能力を養っていくのだ。かく言うボクも、そうやって「眼力」をつけた。

 

 話をツインテール幼女へ戻そう。

 

 

 

 彼女の動きは——とてつもない力量を匂わせていた。

 

 

 

 目を幾度も擦っては見直す。けれども目に映る光景は変わらない。

 

 体軸に氷を入れられたように身体が冷えた。

 

 馬湯煙(マー・タンイェン)の屋敷での一件を思い出す。タンイェンの用心棒の中で最強の力を誇る男、周音沈(ジョウ・インシェン)を初めて見た時、その一挙手一投足から非凡な実力を読み取れた。

 

 あのツインテール幼女からは、そのインシェンに匹敵する、もしくは遥かに凌駕するほどの力の片鱗が感じられたのだ。

 

 見た感じ、年齢はどれだけ見積もっても十二歳くらいだろう。それだけの若さ……否、幼さであそこまでの実力をつけたというのか。とてもじゃないけど信じられなかった。

 

 ツインテール幼女はボクらの横へ来て、すぐに通り過ぎる。

 

 しかし、ボクはずっと彼女から目が離せないでいた。首が自然と後ろを向いていく。

 

「どうしたのだ、シンスイ?後ろに何かあるのか?」

 

 怪訝そうなセンランの声が聞こえた。

 

 その時だった。ツインテール幼女が歩く足をぴたりと止め、鋭く振り返ったのは。

 

 彼女の大きな瞳と目が合った。信じられないもの見るように、しきりに瞬きを繰り返してきた。

 

 かと思えば、スッと流れるような足さばきでボクへと肉薄。

 

 思わず一方退いて半身の立ち方となった。彼女の力量を読んだ今となっては、警戒するなという方が無理な話だ。

 

 けれど、相手の目に敵意は感じられなかった。

 

 代わりに、細部まで品定めするような視線に晒され、居心地が悪くなる。

 

「太い三つ編み……小柄な体型……壁みたいな胸……」

 

 ツインテール幼女がぶつぶつと呟く。あれ?今さらっとバカにされた?

 

「ど、どうしたのかな?ボクに何かご用?」

 

 ぎこちない笑いを作りつつ、子供をあやすような口調で問いかける。

 

「一人称は「ボク」…………「本人」である可能性、極大」

 

 冷静だが舌の足りなさが若干残る口調でそう言ったかと思うと、ツインテール幼女はクイッと顔を近づけて訊いてきた。

 

 

 

「質問。あなたは【雷帝】の一番弟子、李星穂(リー・シンスイ)か」

 

 

 

 表情少しも変えずに叩き込まれたその質問に、ボクはしばし面食らう。

 

 無論、答えは「はい」だ。けど、それ以前に尋ねる事があった。

 

「君は、ボクの事を知っているのかい」

 

 子供をあやすような口調などすっかり忘れ、素の言い方で問うた。

 

 幼女はコクリと頷き、

 

()。あなたのことは、ある人物から耳にしている」

 

「それって、誰?」

 

「質問。その方が何者であるのか、あなたは知りたいか」

 

「まあ、知りたい、かな」

 

 とりあえず肯定する。まあ、知りたいのは本当だし。もしかすると、ボクの知り合いかもしれないからね。

 

「で、誰だか教えてくれるの?」

 

(いな)

 

「えぇー。自分から引っ張っておいて、それはないんじゃないかなぁ」

 

 ことさらに冗談めかした態度で返した。本当はもっと疲れた態度を取りたかったのだが。

 

「えっと、ところで、君のお名前は?」

 

「否」

 

「それも教えてくれないのかよ!?」

 

 ガクッと崩れ落ちそうになる。一体何がしたいんだこの子は。ボクをからかって遊んでるんじゃなかろうな。

 

 ミーフォンが目線の高さを幼女に合わせ、悪ガキを脅すように言った。

 

「ねえお嬢ちゃん、お姉さん達ヒマじゃあないのよ。いくら自分がヒマだからって、面白半分にからかうのはやめてもらえないかしら。あんまし人を食った態度ばっか取ってると……いつか尻子玉(しりこだま)抜かれるわよ」

 

 うわ、お下品。

 

「否。からかうつもりはない」

 

 幼女は自分より背丈の高いミーフォンに臆する事なく言い返した。

 

「現段階では、否。が、条件を満たせば、是」

 

「条件?」

 

 首をかしげるボクに、ツインテール幼女は懐へ踏み込むように言い放った。

 

「提案。わたしと立ち合って欲しい。もし応じてくれれば勝敗の如何にかかわらず、あなたの質問に正直に答える」

 


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