一撃のプリンセス〜転生してカンフー少女になったボクが、武闘大会を勝ち抜くお話〜   作:葉振藩

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三つ編み伊達眼鏡少女、再び

 これからすぐに帝都の観光!といいたいところだけど、長旅で疲れているボクら三人は満場一致で「休む」という方針を固め、帝都観光は明日へ延期した。

 

 ボクとミーフォンは【熙禁城(ききんじょう)】を後にしてから、その入口の門前で立ち止まった。これからの仕事について説明を受けているライライを待ち、しばらくして合流した後に歩き出した。

 

 ルーチン様の近侍という大役を突然任ぜられたライライは、その仕事についての説明、これからの予定、用意された宿の場所などを教わった。聞くと、仕事が始まるのは明後日(あさって)かららしい。

 

 ……少しばかり話が変わるが、ボクは自分が泊まる宿がどこなのかをすでに聞かされていた。東の大通りから少し北寄りの場所にある『呑星堂(どんせいどう)』という旅館だ。『文礼部』から【熙禁城】へ行く途中に、あの男性官吏が教えてくれたのだ。

 

 なんとライライ達が宿泊する予定の場所も、その『呑星堂』だった。つまり、ボクら全員おんなじ宿ということである。

 

 これは偶然だとは考えにくい。ボクら三人組がバラバラにならないよう、ティエンチャオ殿下あたりが気を利かせてくれた確率が高い。

 

 まあ、どういう意図があろうと別にいいだろう。この二人の寝食が保証されたんだから。

 

 午後の日差しが弱まり、夕日になりつつある時間帯。ボクらは東へ真っ直ぐ伸びる大通りを歩いていた。目的地は無論『呑星堂』。

 

「いや、それにしても助かったわよ。まさかこんな形で寝床を確保できるなんて。しかもお姉様と同じ場所!これも全部あんたのこの乳のお陰よ、ライライ」

 

 ミーフォンは景気良く笑いながら、ライライの胸の片方を鷲掴みにした。彼女は「ひゃっ」と声を上げると、恥ずかしそうに胸を庇った。

 

 ライライは恨みがましい涙目で軽く睨みながら、

 

「そんな乱暴に掴まないでっ」

 

「ごめんごめん。それより、【熙禁城】に入るための通行手形的なブツを貰ったって言ってたわよね?それちょっと見せなさいよ」

 

「……少しだけよ?あんまり人に見せびらかして良いものではないんだから」

 

 トーンを落とした声で言いながら、ライライは腰のポケットからソレを出した。往来する人々の目に付かないよう片手で壁を作り、ボクらだけにこっそり見せた。

 

「「おお……」」

 

 ボクとミーフォンは揃って感嘆した。

 

 掌にギリギリ収まるほどの、金色の円盤だった。その表面には【吉火証(きっかしょう)】の裏面に刻印されているものと同じ、玉璽(ぎょくじ)の印が刻み込まれている。

 

 これが、【熙禁城】の内廷へ入るための許可証となるらしい。皇女の近侍という職業柄、どうしてもこういったモノは必要になる。

 

 しばらく見せてから、ライライは焦った手つきでポケットに戻した。この紋章を見られたら、盗みに来る奴がいるかもしれないと警戒しているのだろう。

 

 ボクは軽く礼を述べてから、今回の予期せぬ朗報へ話を戻した。

 

「とにかく、良かったじゃない。しかも寝床だけじゃなくて食事まで付くって話なんだから」

 

「そうですね、お姉様。あとライライ、くれぐれもルーチン殿下に粗相の無いようにね。あんたが近侍をクビになったら、必然的に宿にもいられなくなるんだから」

 

「もう、他人事だと思ってっ。働くのは私なんだから、もう少し気の利いた言葉をかけて欲しいわ」

 

「ごめんごめん。でもあんた、満更でもないんでしょ?ルーチン殿下の相手するの」

 

「まあ、それは、そうだけど……」

 

 ライライはバツが悪そうに言葉を尻すぼませていくと、逃げるように手元の紙へ視線を移す。そこには『呑星堂』への地図が簡単に描かれている。

 

 ボクは地図を横から覗き込みつつ訊いた。

 

「まだ宿までかかりそう?」

 

「ええ。東の大通りから少し北寄りに進んだ所にあるみたいだけど、『呑星堂』がある通りへの入口を示す目印がまだ見つからないわ。地図上では【熙禁城】の近くにあるように見えるけど、思ったより時間がかかりそうね」

 

「それだけこの帝都がだだっ広いってことだわね」

 

 ミーフォンの言う通りだった。流石は国の心臓部だけあって、とんでもなく広大な都市である。

 

 すでに夕方になっているせいか、到着したばかりの時より人通りが少なくなっている。が、それでも他の街なんか目じゃないってくらい密度が高かった。

 

 終わりがなさそうなほど長い石畳を踏み歩いてしばらくすると、ようやくライライが左の脇道へと曲がった。盛況な往来が一変、控えめなものとなる。大通りに比べてかなり狭まった街路の端に建ち並ぶ建物が地面に影を落としていて、人が三々五々散って行き交っている。大通りに比べると寂しいが、それでもそれなりに人はいて、陽当たりもそんなに悪くない。

 

 間も無くして、軒を連ねる建物に旅籠(はたご)などの宿泊施設の割合が増えていった。人通りの多さによる喧騒から離れた所を選んで営業しているのかもしれない。その方が客も静かに休めるだろうから。

 

 ライライの足が止まり、右へ爪先を向けた。その先は脇道ではなく、建物。

 

 つまり、目的の宿へ到着した事を意味していた。

 

「へぇ……なかなか良いトコじゃないの」

 

 その建物を見上げたミーフォンがそう言葉をこぼした。

 

 前方に大きな庭を備えた、横幅の広い三階建ての木造建築物。屋根や庇に施された装飾は年季が入っているが、新築同然な綺麗さをもつ窓、整然と物の配置がなされた敷地内から見て、手が届く範囲は手入れを怠っていないことが見て取れる。

 

 日本の温泉旅館を彷彿とさせる外観を誇示するその宿は、それなりに格式が高そうな感じである。こんな所を用意してくれるなんて、お上も太っ腹なことだ。

 

 敷地はボクの胸の高さほどの柵に囲まれており、開かれた正門に被さっている屋根の軒下には、美麗かつ豪快な書体で『呑星宮』と大きく彫られた看板。

 

 途端、ボクらの間に満ちた空気が緩んだ。「やっと休める」。そんな気持ちが同調したのだろう。

 

「さて、それじゃあこの辺りで解散にしようか。各自、自分の部屋で休むということで」

 

 ボクはやや声高にそう持ちかけた。

 

 ライライは肩をトントン叩きながら、

 

「はぁ、やっとちゃんとしたお風呂に入れるわ」

 

「え?ライライ、ここってお風呂あるの?」

 

「らしいわ。しかも温泉だそうよ」

 

「「温泉!」」

 

 その素敵すぎる単語に、ボクもミーフォンも揃って目を輝かせる。

 

「入ろう!早く荷物置いて入ろう!」

 

「はい!あと、お姉様の全身はあたしが隅々まで洗ってあげますから!」

 

「お断りします!」

 

 早歩きで門をくぐり、入り口まですたこらさっさと向かう。

 

「あ、ちょっと待ってよ!」

 

 ライライが慌てて駆け足でついてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、入口の受付にて全員の本人確認が取れ、めでたくそれぞれの部屋へと案内された。

 

 良さげな外観に違わず、部屋もなかなか広くて素敵であった。けれど部屋を堪能するのはひとまず後回しにすることにしたボクは、そこへ荷物を置き、風呂へ行く準備を整えてから部屋を出た。

 

 浴室は大浴場型で、脱衣所から飛び出してすぐ大きな浴槽に遭遇した。浴槽を形作る真新しげな木材が心地よい木の香りを湯気につけていた。即座に飛び込もうとしたボクら二人を、まずは体を流しなさいとライライが止めた。

 

 体がしゅわしゅわになるくらいこの世の極楽を享受した後は、食堂で出された夕食を食べた。おいしかった。

 

 それから、各々の部屋へと引き返した。

 

「ふう……」

 

 ボクは部屋に置かれた椅子に腰を下ろすと同時に、気の抜けた吐気を出した。

 

 奥行きはそこそこで、横に広がった空間。部屋と廊下を繋ぐ扉から見ると、中央には小さな円卓と二つの椅子があり、右の壁には化粧台や衣装棚、左の壁には二人ほどが寝られそうな大きさのベッドが置かれている。奥には二つの窓が貼られており、すっかり日が沈みきった外の暗さを見せていた。

 

 天井にぶら下がる丸い行灯が、煌々と光を灯していた。まるで満月が降りてきたようなその白い輝きは、どう見ても火ではない。白熱電球にも負けない光量であった。

 

鴛鴦石(えんおうせき)』という鉱物だ。「雄石(おいし)」と「雌石(めいし)」の二種類が存在し、それらは接するとまばゆい光を放つ性質を持っている。その性質を利用した照明器具が作られているが、石の産出量はあまり多くないため高額であり、宮廷や裕福な家庭にしか置かれていないのだ。代わりに、『鴛鴦石』一セットは二〇〇年ほどもの寿命を持つため、非常に長持ちする。

 

 背もたれに体重を預け、椅子を何度も軽く揺らす。

 

 薄手の半袖に、かぼちゃパンツのように膨らんだ長ズボン。それが現在着用している寝間着だった。向かって右方向の果てにある化粧台の鏡には、三つ編みを解いて髪を下ろしたボクが見える。ひどく気だるげな顔だった。

 

 椅子を前後、前後、前後と幾度も揺らすうちに、まどろみが襲ってきた。ベッドが放つ求心力に体が反応し、視線が否応なくそちらへ向く。帝都に着くまで、まともな寝具にありついた試しがなかったのでなおさらだ。

 

 しかし、ボクはいかんいかんと首を勢いよく横に振り、気をしっかり持った。

 

 まだ寝るわけにはいかない。一つだけ、やっておきたい修行があるのだ。

 

 ここ最近の間、やりたくてもずっと出来なかった修行が。

 

「よしっ」

 

 気合いを強引に入れ、椅子を立った。

 

 まず、窓の外側にある雨戸を閉じ、外から部屋の様子が見えないようにする。

 扉の施錠がなされている事を確認。

 化粧台の影、衣装棚の中、ベッドの下などに人が隠れていないかを調べる。

 壁や天井や床に、覗き穴のようなものが無いか精査。

聴気法(ちょうきほう)】を使い、廊下側から覗こうとしている者がいないかをチェック。

 

 念入りな下調べをしばらく続け、「問題なし」と判断。この部屋はボク以外誰もいない密室で、その中の状況を覗く方法や人物も一切存在しない。

 

 ボクは鞄を探り、巾着型の財布を取り出す。さらにその中から硬貨を一枚用意。

 

 円卓と化粧台の中間にある、比較的広いスペースへと移動した。

 

 そこで再度【聴気法】で廊下を探査。覗いていると思わしき人の【気】は無し。

 

 かなり神経質にチェックを続けるボクだが、これには理由がある。

 

 ——この修行法は、"絶対に"誰かに見せてはいけないからだ。

 

 武法の伝承は、その流派の技術を盗み取られないよう、基本的に周囲の目から隠れた場所で行うものだ。ここまで目ざとく周囲を確認するのは、そういう武法の世界における基本的慣習ゆえである。

 

 しかし、今から行う修行を隠したい理由は、それだけではない。もう一つある。

 

 もしもこの修行を誰かに見られでもしたら——ボクの人生(●●●●●)が終わる(●●●●)からだ。

 

 この修行は、国家からは厳しく禁じられているものである。もしソレを行なっているのがバレれば、せっかく授かった二度目の人生を鉄格子の中で過ごすハメになってしまうだろう。

 

 それを承知で、ボクがやるのだ。これもまた、レイフォン師匠から授かった大切な伝承の一つなのだから。

 

 ……さあ、始めよう。

 

 覚悟を決めたボクは、持っていた硬貨を親指で宙に弾いた。

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 それから翌日。

 

 久しぶりのマトモな寝具は驚くほど寝心地が良かったようで、目覚めはすこぶる良かった。こんな良い目覚めは何日振りだろうか、と思わずにはいられなかった。

 

 いつもなら夜明け前の時間帯に起きて、朝日が顔を出すまで武法の修行に励むはずなのだが、今回は夜明けを余裕でぶっちぎった時間に起床してしまったようだ。まあ、たまには良いだろう。

 

 それに今日、ボクにはきちんとした予定があるのだ。

 

 この帝都を、三人で観光するという予定が。

 

 せっかく帝都まで来たのだから、ここでしか出来ない何かをやろう。昨日の夕食の席でそう訴えたら、二人も賛成してくれて、とんとん拍子で今日の予定が決まったのである。

 

 それに、ライライは明日から宮廷で働くことになっているのだ。遊べる日は今日くらいしかないだろう。

 

 そんなわけで、ボクらは朝食を済ませ、宿の限界から外へ出た。

 

 いざ正門を出ようとしたその時である。門口の端の影から、一人の少女が姿を現したのは。

 

「遅かったなっ!」

 

 腰に両手を当て、嬉々とした様子で声をかけてきた。

 

「……!」

 

 その姿を目にした瞬間、ボクは思わず息を呑んだ。

 

 見覚えのある、いや、ありまくる人物だった。

 

 長いチョコレート色の髪を後ろへ上げておデコを出し、うなじの辺りでひと束の三つ編みを作った髪型。気品と快活さを同時に連想させる瞳と、それを覆う丸い伊達眼鏡。袖の丈がやや余った上衣に、ひだが等間隔に走った袴のようなワイドパンツ。

 

 スポーツも達者な文学少女。そんな感じの印象を与えてくるその少女は、

 

「昨日ぶり——ではなく、【滄奥市(そうおうし)】以来だな、シンスイ」

 

 見間違えようもなく「羅森嵐(ルオ・センラン)」であった。

 

 彼女を見て、ボクの中に二種類の感情が生まれた。

 

 一つは「また会えて嬉しい」という感情。

 もう一つは「どう接するべきか」という困惑。

 

 ボクの中では、後者の方が大きかった。

 

 ただの武法好きな女の子……というのは仮の姿。その正体は畏れ多くも煌国第一皇女、煌雀(ファン・チュエ)殿下その人であらせられる。

 

 どうしてこんな所にいるのかは知らないが、正体を知っている今、以前のように馴れ馴れしく接する事は許されない。

 

 膝を付こうとする初動を見せたボクら三人を、皇女殿下が掌を突き出して制した。

 

「ま、待て待て待て!跪かずとも良い。無礼講で頼む」

 

「で、ですが……」

 

 ボクは弱り切った態度を示す。

 

 こういうパターンが一番判断に困る。本人は無礼講にしろと言っているが、立場上そうはいかない。かといって彼女の意を完全に無視するのも無礼っぽくて気が引ける。板挟み状態だ。

 

 皇女殿下はんんっ、と咳払いすると、威勢良く宣言した。

 

 

 

「——我が名は羅森嵐(ルオ・センラン)!更なる功力とまだ見ぬ武法を求めてその日暮らしの日々を過ごす、一介の女流武法士であるっ!!青き血の御方々とは縁もゆかりも無い!あるのはただ鍛え上げた【心意盤陽把(しんいばんようは)】と武法への愛、そして己の名のみだっ!!」

 

 

 

 少年漫画の登場シーンよろしく「ドンッ!」という荘厳な効果音が鳴った気がした。

 

 一方、ボクらはどうリアクションを取っていいか分からず、揃って口をあんぐり開けっ放しにしていた。

 

 そんなボクらに構わず、三つ編みの少女はさらに続けた。

 

「ふふふ、シンスイよ。よもや“私”が非合法的に市井へ出てきたのではと思っているのではあるまい?」

 

「え?いや、まあ……」

 

 はい。めっちゃ思ってます。今頃【熙禁城】は大騒ぎかもね。

 

 曖昧さという遠回しな肯定を示したボクに対し、皇女殿下は少しも気を悪くする素振りを見せずに言葉を連ねた。

 

「ところがどっこい、そうではないのだよ。シンスイ、昨日私はキミ達が帰ってしまう事に対して父上に不満を表したが、その時、父上がそんな私に何と言ったか覚えているだろう?」

 

 ボクは少し黙想して考え、すぐに答えを手繰り寄せた。

 

『チュエ。今、お前は「皇女」であるぞ。その意味が分かるな?』

 

 瞬間、ボクは彼女の言いたいことを察した。

 

「……そういうことですか」

 

「そういうことだっ」

 

 ボクの問いかけに、自信満々に伊達眼鏡を光らせる。

 

 つまり彼女は「今の自分は市井の武法士「羅森嵐(ルオ・センラン)」であり、第一皇女の「煌雀(ファン・チュエ)」ではない。だから市井に降りてきても何も問題はない」と言いたいのだろう。

 

 ぶっちゃけ、屁理屈な気がしないでもない。陛下は本当にそんなニュアンスでおっしゃったのだろうか。

 

 けれども目の前の第一皇女は自身の正しさを一切疑わぬ顔でまたも豪語した。

 

「それに、父上に死ぬほど叱られたのは、城を抜け出して庶民のフリをしていた事よりも、この帝都から遠く離れた【滄奥市】まで行ってしまった事の方が大きい。一日中帰らないなんて事が無い限り、父上の逆鱗に触れる事などあり得んよ」

 

 本当かなぁ。

 

「というわけだから、シンスイ、そして二人とも、今日は私が帝都を案内してやろう。どうせ今日一日見て回るつもりだったのだろう?ならば、その物見遊山がより楽しくなるように一肌脱ごうじゃないか」

 

 腰に手を当てながら力強く告げた。

 

 どうしようかな……

 

 ぶっちゃけた話、リーエンさんあたりにチクった方が良い気がしないでもない。もうボクらは目の前の三つ編み伊達眼鏡少女の正体を知っている。知らなかったならまだしも、知ってて連れ回したとなったら超怒られそうだ。下手をすると何か罰を受けるかもしれない。

 

 そう。ボクらの保身を第一に考えれば、ここで袖にするのが一番なのだ。

 

 しかし。

 

「……やっぱり、ダメか?」

 

 最初の自信満々な表情からどんどん曇っていく皇女殿下を見ると、それを選んではいけない気分になってくるのだから卑怯だと思う。

 

 大きく吸い、吐く。凝り固まっていた思考が緩み、寛容な気分になる。

 

「——分かったよ。それじゃあ、お願い出来るかな?「センラン」」

 

 諦めたような微笑みとともに、「センラン」の提案に乗っかる意思を示す。

 

 ライライ、ミーフォンからの反論はない。二人もボクと似たような笑いを浮かべていた。

 

 伊達眼鏡の奥にある琥珀色の瞳が、じんわりと潤いを帯びる。

 

「……シンスイっ!!」

 

 ボクの胸に勢いよく飛び込み、抱きついてくるセンラン。

 

「ありがとう!また、一緒にいられるのだなっ!わら、私、とても嬉しい!」

 

「う、うん。そっか」

 

 間近に迫る高貴な美貌は、さんさんと輝かんばかりの笑みを咲かせていた。その不可視の陽光に目が眩んだボクは思わず目をそらす。

 

 良い香りとともに、ボクの胸にふにふにと柔らかな感触が押し当てられる。ルーチン様曰く「貧相」なソレは、なかなか豊かなボリュームを誇っていた。

 

「こらこら、そんなにベタベタしないのっ。そろそろお姉様から離れなさい!」

 

 早くも「センラン」だと割り切ったらしいミーフォンは、センランを無遠慮に引っぺがそうとする。だがセンランは「あぁん、もう少し良いだろうっ?」と中々離れない。

 

「センラン、くれぐれもボロを出さないように注意してね」

 

 後ろに立つライライが、やんわりと念を押した。押された本人はチョコ色の三つ編みを尻尾みたいに振りながら「無論だ!」と返した。

 

 ——これで全員「センラン」だと扱う意思の確認が取れた。

 

 

 

 でわでわ、物見遊山へれっつごーである。


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