一撃のプリンセス〜転生してカンフー少女になったボクが、武闘大会を勝ち抜くお話〜   作:葉振藩

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変身

 【会英市(かいえいし)】にある【奇踪把(きそうは)】の武館に殴り込み、そこがリエシンたちの本拠地では無いと分かってから、一晩が経った。

 

 あの乱闘が終わった後、ライライは騒ぎの原因を作った張本人たるミーフォンに頭を下げさせ、自身もまた深々とこうべを垂れて平謝りした。

 

 【奇踪把】門人たちは、その懸命な謝罪を受け入れてくれた。

 

 いや、それどころか自分たちの武館の看板を外して「不利な状況であったとはいえ、たった二人に潰されるような武館に、武館を名乗る資格は無い。受け取って欲しい」と、腹をくくったような面構えで差し出してきたのだ。

 

 正直、そんなものをもらっても嬉しくなかった。なので、ライライはミーフォンの手を引っ張って逃げるように立ち去った。

 

 ミーフォンはシンスイの身を案じての焦りからか、まだ武館探しを続ける気満々だった。

 

 しかしすでに夜遅く、体もさっきの戦いのせいで疲れきっていた。

 

 なのでライライは「今日はひとまず休もう」とミーフォンを説得。三○分もの時間を費やしてようやく納得させることができた。

 

 そして迅速に安めの宿を探し出し、そこで一晩泊まることに。

 

 久方ぶりの湯船に気持ちよく浸かってから、同室の同じ(ベッド)の上で泥のように寝入った。

 

 あっという間に夜は明け、次の一日が訪れた。

 

 もうじき正午になろうかという時間帯。

 

 宿を出たライライたちは、ジリジリと陽の照りつける山道を歩いていた。

 

 右手に断崖絶壁、左手に剣山のような針葉樹林。それらの間を縫うようにして伸びた曲線状の凸凹道が、帰巣するヘビのように東へ伸びている。

 

 現在、二人は【会英市】から離れ、東に進んだ先にある村へ向かって進行中。

 

 【会英市】における【奇踪把】の武館は、昨日乱闘を起こしたあの場所だけだった。

 

 あの町でないとすれば、もしかすると別の町の【奇踪把】の武館が本拠なのかもしれない――今朝そんな考えが一致した二人は、すぐに【会英市】以外の町を調べてみる決意をした。

 

 泊まっていた宿屋の主人に話を伺うと、【会英市】近隣にある町村と、そこへ到る道程を丁寧に教えてくれた。しかも大雑把にだが地図まで描いて。無愛想そうな雰囲気を漂わせていたが、親切な人だった。

 

 ライライはまず、東へ進んだ先にある村へと行くことにした。

 

 地図に書かれた町はどこも【会英市】から3000(まい)弱程度の距離。

 

 歩きで行く分では少し遠い。しかし日頃下半身の鍛錬を欠かさない二人の速度は常に安定しており、今では道の半分ほどまで到達できていた。

 

 地図によると、このくねくね道をなぞるように歩いていればおのずと目的の場所に着くようだ。

 

 順調に進んでいる二人。

 

 そんな二人だが――その髪型と装いはいつもと大きく違っていた。

 

 まず、二人とも安っぽい伊達眼鏡をかけている点では共通している。これらは【会英市】の市場で売っていた格安品だ。

 

 ミーフォンはいつもの半袖と長褲(長ズボン)という装いを改め、群青色の連衣裙(ワンピース)のみを着ていた。両側頭部でお団子状に束ねられた髪も解き、後頭部で馬尾巴(ポニーテール)に結びなおしている。いつもが勝気な武闘派少女という感じなら、今はさながら小生意気な村娘といったところか。

 

 一方、ライライも体の曲線美がよく出る瑠璃色の連衣裙(ワンピース)を一時卒業し、代わりにゆったりとした大きさの長袖と、足首まで裾が届く(スカート)を着用している。いつもは後頭部で結んで束ねている髪は、今は二束の三つ編みへと変わっていた。鋭く艶やかな雰囲気の女流武法士から一転、奥ゆかしい文学少女然とした姿となっていた。

 

 両者ともに、普段の印象とは大きくかけ離れた容貌へと変身を遂げていた。

 

 ――このような格好をするのには、ちゃんとした理由がある。

 

 それは、自分たちが李星穂(リー・シンスイ)の仲間であるとバラさないようにすることだ。

 

 高洌惺(ガオ・リエシン)徐尖(シュー・ジエン)も、ライライとミーフォンの姿をはっきりと見ている。なので仮に連中のアジトに近づいていたとしても、自分たちの姿が見つかったら、いち早く隠れられる可能性が高い。

 

 そこで、変装という手を思いついた。

 

 普段の自分たちとは一八〇度違った容貌に変えることで、正体を悟られにくくなる。

 

 さらに、尋ねた武館がアタリであるかどうかの確認も可能だ。

 

 変装したまま武館を堂々と訪ね「徐尖(シュー・ジエン)さんって人に用があるんですけどー」とでも言う。すると、こちらの正体に気づかない相手側は、警戒せずに対応するだろう。

 

 ――「いる」と答えればその時点でアタリ。

 ――「いない」という答えも、徐尖(シュー・ジエン)がその武館に所属していること前提のものなのでアタリ。

 ――「誰だそいつ?」というリアクションだった場合はハズレ。

 

 それら三択のいずれかを聞く事によって、すぐに当たり外れを判断できる。わざわざ殴り込みにいかなくても、だ。

 

 ……ちなみに尋ね人が徐尖(シュー・ジエン)なのは、警戒させないためだ。自分たちが一番敵愾心を抱いているのはリエシンである事を、相手側は間違いなく察しているはず。なのでリエシンではなく、その手伝い役の名前を使うことで、シンスイの仲間であると悟られる確率を少しでも小さくしようという試みである。

 

「……上手くいくかしら」

 

「分かんないわよ。ていうか、あんたが考えた策でしょ? もう少し自信持ったら?」

 

 やや不安げなライライの呟きに、ミーフォンがそう答える。その顔はどことなく嫌そうだった。

 

 ミーフォンとしては、とっとと突っ走って【奇踪把】の武館を探して突っ込みたいのだろう。

 

 そしてそれは一刻も早く解決したい気持ちの現れなのだと、ライライは訊かずとも理解できた。

 

 気持ちはよく分かる。

 

 けれど、昨日みたいなやり方を繰り返していたら、とてもじゃないが身がもたない。疲労のわりに得るものが少ない、もしくは皆無。ヘタをすると多くの武館を敵に回してしまい、(マイナス)へと達する。

 

 今回の策は、そんな無駄づくしを省くためにライライが考えたものだった。

 

 ふと、ミーフォンがこちらをじぃっと見つめている事に気づく。

 

 ……より正確には、こちらの胸部を。

 

 部屋着用に鞄に入れておいたライライの上着は、とてもブカブカで大きさに余裕があった。そのため体の線は服の中に隠れているのだが、その豊満で形の整った双丘は生地を内側から大きく膨らませていた。

 

「……あんたの胸、そんなゆったりした服着てても自己主張激しいのね。その乳のせいで正体がバレない事を願うわ」

 

 刺々しく指摘されたライライは頬をさっと朱に染め、胸元を腕で隠した。

 

「だ、大丈夫よっ。私じゃなくても、胸の大きい人なんてたくさんいるんだから」

 

「もしバレたら、後で形が変わるくらいそのデカパイ揉みしだくから」

 

「も……もうっ! 大丈夫なんだからっ。それにデカ……とか言わないでっ」

 

 そんな無駄口を叩きながら道中を進む。

 

 会話に夢中で時間を忘れていたせいだろう。気がつくと、小さな村の中へと足を踏み入れていた。

 

 木造八割、煉瓦造り二割の比率で小さな建物がまばらに建ち並んでおり、青葉を蓄えた木が道の途中途中でぽつぽつと自生している。建物と木の間を、子供たちがはしゃぎながら通り過ぎる。

 

 おそらく、ここが(くだん)の村なのだろう。

 

 来て早々、すれ違いざま(スカート)をめくられたミーフォンが怒り狂い、めくった犯人である悪ガキを追いかけようとした。ライライはそれを羽交い絞めにして懸命になだめ、ようやく落ち着けた。ここに来て騒ぎを起こすのは好ましい事ではない。

 

 気を取り直し、村の人に話を訊くことに。

 

 訊くべき事はたった一つ。この町に【奇踪把】の武館はあるかどうかだ。

 

 ――「ある」と答え、さらにそこまでの道のりを教えてくれた村人が、この村における最初で最後の協力者となった。

 

 教えられた通りに村の中を歩き、そして到着した。

 

 古めかしい木造の門構えに、背の高い木塀。作られてだいぶ経つのか、表面の木目が黒ずみに潰されかけて見えにくくなっていた。

 

 質素な外観。だがその内側からしきりに多重して聞こえてくる気合いの吐気、靴底で土を叩く音から、その建物が武館として「生きている」ことがひしひしと伝わってくる。

 

 年季が入っていながらも厳粛な雰囲気を持つ門の前に、ライライたちは立つ。

 

「いい、ミーフォン? 冷静にね」

 

「わ、分かってるわよ」

 

 少しバツが悪そうに頷くミーフォンを確認すると、ライライはその門戸を叩いた。

 

 途端、ずっと続いていた気合いと踏み込み音がピタリと止む。

 

 かと思えば、沸き立った湯のようにわらわらと話し声が聞こえてきた。

 

 しばらくして、キィ、という軋みを響かせて門の片方が開かれた。

 

 その隙間から、一人の男が半身を外へ出してきた。

 

「……何か用か?」

 

 稽古の途中だったせいか、その顔と言動はあからさまに迷惑だと訴えていた。

 

 ムッとするミーフォンを片手で制止させつつ、ライライは友好的な笑みを作って訊いた。

 

「あの、突然ごめんなさい。徐尖(シュー・ジエン)さんに用があるのですが、呼んでもらえますか?」

 

「はぁ? 誰だそいつ? そんな奴ウチにはいないぞ」

 

 ――ハズレだ。

 

 作った笑みの裏側で、ライライはそう冷静に認識した。

 


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