一撃のプリンセス〜転生してカンフー少女になったボクが、武闘大会を勝ち抜くお話〜   作:葉振藩

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試合、そして暗躍

 うどんを食べるペースを早め、あっという間にお腹に収めた。

 

 それから少しばかり食休みし、お腹の膨満感がある程度和らいでから、ボクらはお勘定を払って店を出た。

 

 ジエンさんの後について行き、たどり着いたのは【藍寨郷(らんさいごう)】中央の、大樹のある広場だった。

 

「――ここでいいか」

 

 ジエンさんの問いに、ボクは無言で頷いた。

 

 運が良いことに、広場には今は誰もいなかった。なので、周囲に気兼ねなく戦える。

 

「シンスイ、気を付けて」

 

 案ずるようなライライの一言。

 

 ボクは「うん」と軽く承知すると、ライライたち二人を大樹の隅っこへ行くよう促す。

 

 樹齢千年は経つであろう大樹の前には、大きなスペースが広がっている。ボクとジエンさんはそこで向かい合って立った。

 

 右拳を左手で包む形の【抱拳礼(ほうけんれい)】を互いに行った。「試合を通じて交流を深めよう」という意思の表れだ。

 

 ジエンさんはそれを解くと、ゆったりと慣れた動作で構えを取った。

 

「では」

 

 そう手短に告げるや、彼はこちらへ向かって素早く"歩いて"きた。

 

 力任せな感じが一切しない、流れるような歩法(足さばき)。川の流れを彷彿とさせる途切れの無い速度。しかしそれでいて、普通の人の全力疾走よりも速かった。

 

 あっという間に、二人の間隔が潰れる。

 

 ジエンさんは踏み込みを交えて、右掌を突き出してきた。

 

 ボクは左手を振り、それを外側へさばく。

 

 しかし反撃に移る間もなく、すぐさま左掌打が飛んできた。

 

 ボクはその攻撃を、ジエンさんの左肩の側面へ素早く移動することで回避。

 

 そのまま肩による体当たり【硬貼(こうてん)】へ繋げようとこころみる。もちろん手加減するため、重心移動の力を倍加させる【震脚(しんきゃく)】は使わない。

 

 が、踏み込みと同時にぶつかる直前――相手の姿が突然消えた。

 

 かと思えば、背後に存在感。

 

「っ!」

 

 ボクは何も考えず、全力で前へ進んだ。

 

 刹那、後ろから足踏み音と風切り音が同時に聞こえた。首だけを動かして視線を送ると、ジエンさんの正拳が伸ばしきられ、ボクの背中と薄皮一枚の間隔で止まっていた。

 

 彼はまだ止まらなかった。背中を向けたボクめがけて真っ直ぐ突き進んでくる。

 

 地に足をついたボクは、靴裏を真っ直ぐ放つサイドキックで迎え撃とうとする。

 

 ジエンさんはダンスを踊るような美しい回転で、蹴りを(コロ)の要領で受け流す。そしてそのまま蹴り足のラインをなぞる形でボクへ迫ってきた。

 

 ボクは蹴り足を迅速に引っ込める。軸足を踏み換え、回し蹴り。

 

 が、ジエンさんは回転運動を保ったまま急激に腰を落とした。ボクの回し蹴りは彼の頭上を通過。

 

 そして、しゃがみながら放ったジエンさんの蹴りが、円弧を描いてボクの軸足に迫った。

 

「うわっと!」

 

 ボクは重心を蹴り払われる寸前に軸足を跳ねさせた。彼の蹴りをギリギリでかわしつつ、後ろへ向かって虚空を舞う。

 

 着地するや、すぐさま構えて備える。

 向こうも腰を上げて、構えを作る。

 

 互いの間に、再び距離ができあがっていた。

 

 ボクはジエンさんの動きに注意を払いながら、口元でひそかに微笑みを作った。

 

 ――あの動き、まさしくスタンダードな【奇踪把(きそうは)】だな。

 

 上流から下流へ流れる水のように淀みのない移動速度。変則的なフットワークと体さばき。そして相手の意表を突く攻撃。

 

 これぞ【奇踪把】と呼べる戦い方がそこにはあった。

 

 この流派における最大の特徴は、何度も言うが、その歩法にある。

 

 足の器用さに加え、その臨機応変さを何よりも尊ぶ。それらを高めた先に得る複雑かつ変化に富んだ足の動きによって、相手の視覚を惑わしたり、思わぬ方向や角度から攻撃を加えて意表を突いたりする。

 

 しかし【奇踪把】は歩法が多彩な分、【勁撃(けいげき)】の威力が他流に比べてあまり強くない。なので【奇踪把】ではそのパワー不足を補うべく、関節を攻める技術や【点穴術(てんけつじゅつ)】も併せて学ぶのだ。

 

 これは果し合いではないので、【点穴術】はまず使ってこないだろう。問題は関節技だ。

 

 今のところ、関節技はまだ使われていない。だが、今後はそれにも十分気を配る必要がある。

 

 ジエンさんが動きを見せた。直進ではなく、ボクから見て左側から大きく弧を描く動きで急速に近づいてきた。

 

 ボクは下がりながら、右へ、左へと何度も動いて彼から逃げようとする。

 

 が、ジエンさんはまるで草むらの中を移動するヘビのような曲線軌道を描いて、どこまでもボクを追いかけてくる。

 

 やがて二人の距離が、拳が勝敗を決する範囲にまで縮まった。

 

 ボクは逃げるのをやめて、左側から迫るジエンさんと対面するように立つ。

 

 地を蹴って勢いよく直進。踏みとどまると同時にその足へ捻りを加え、全身を急旋回。その力によって腰だめにしていた右拳を走らせた。【打雷把(だらいは)】の正拳【碾足衝捶(てんそくしょうすい)】がジエンさんに鋭く迫る。

 

 しかし、当たらなかった。ジエンさんが急激に移動方向を右へ捻じ曲げ、ボクの突きの延長線上から外れたからだ。まっすぐ槍のごとく伸ばされた右腕が、彼の背中の横をスレスレで通過する。

 

 ジエンさんはそこで移動を停止。かと思えば、突き伸ばされたボクの右腕を風のような速さで捕えた。右手で手首を掴まれ、左手を肘関節に押し当てられる。

 

 この状態なら関節を極めることも、後ろへ引き倒すこともできるだろう。

 

 けど、そうはいかない。

 

 次の行動を起こそうとするジエンさんの機先を制して、ボクは【勁撃】を開始した。

 

 ――浮かせた両踵で激しく【震脚】。

 ――腰を急激に沈下。

 それらによって生まれた運動量が一つになり、ボクの右腕に強い力を与えた。

 

「のあっ!?」

 

 次の瞬間、ボクの右腕を捕まえていたジエンさんが急激に"跳ねた"。

 

 【迅雷不及掩耳(じんらいふきゅうえんじ)】。両足による【震脚】で生まれた大地からの反発力を腕に伝達させ、その力で強力な打撃を放つ技。彼は今、その力によって真上に吹っ飛んだのだ。

 

 彼はボクの背丈を超える高さまで達し、そこでようやく自由落下を始めた。

 

 背中からドターン、と着地。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

 ボクは慌てて、仰向けに倒れたジエンさんに駆け寄る。吹っ飛んだ高さと勢いが尋常じゃなかったからだ。とっさの判断だったため、手加減がうまくできなかった。

 

 彼は案ずるボクを手のひらで制しながら、

 

「……大丈夫だ。胴体には当たっていない。持ち上げられただけだ」

 

「本当ですか?」

 

「ああ。……それにしても、凄まじい勁力だった。まともに直撃していたら確実に沈んでいただろうな。なるほど、【黄龍賽(こうりゅうさい)】本戦参加者というのは伊達ではないようだ」

 

 言いながら、ジエンさんはゆっくりと腰を上げて立った。

 

 そして、右拳を包む【抱拳礼】をしたまま、深く頭を下げてきた。

 

「――突然に無理を言ってすまなかった。そして、得難い経験をさせていただいた事に深く感謝する」

 

 そう告げると、ジエンさんは背中を見せ、その場から去っていった。

 

 徐々に小さくなっていくその後ろ姿を、呆然と見送るボクら。

 

「なんだか……あっさりと引き下がったわね」

 

 ライライがふと、そうこぼす。

 

 ……確かにそうかもしれない。もう少し続くと思ったのに。

 

 あれほど必死に手合せを頼んできた割には、ずいぶんと速い幕引きだ。

 

「……ま、いっか」

 

 けど、すぐに「大したことじゃない」と感じ、思考を打ち切った。

 

 正午に近づきつつある時間、天上の太陽はその光を強めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――それから数分後。

 

 

 

 【藍寨郷】を外れて少し北へ進んだ先には、【奐絡江(かんらくこう)】の支流の一本がある。支流の中では細い方だが、それでも横幅は軽く目算して20(まい)ほどだ。

 

 その20(まい)もの断絶を繋いで道を作っているのは、一本の石橋。上へ軽く反り返った石の道が向こう岸へと通じ、南と北の人々の往来を許していた。

 

 その少女――高洌惺(ガオ・リエシン)は、南側の岸に立っていた。

 

 リエシンは村の方角から伸びる道から、濃紺色の点が近づいているのを発見した。

 

 その点は徐々に具体的な容姿を明らかにしていき、やがて見知った姿となった。

 

「――遅かったじゃない、(シュー)師兄」

 

 リエシンは、帰ってきた兄弟子をやや非難の響きが混じった声で迎えた。

 

 濃紺の長袖の留め具を襟までぴっちり閉じた、清潔感のある出で立ちの青年――徐尖(シュー・ジエン)は、そんな妹弟子へ済まなそうな顔を向けて、

 

「申し訳ない。先方は食事中だったようでな、満腹感が落ち着くまで待っていたため、少し時間がかかった」

 

「親切ね、師兄は。……まあ、私の「計画」に手を貸す時点でそれは分かっていたけれど」

 

「俺だけではない。武館の門弟はすべてお前の味方だリエシン。流派とはそういうものだ」

 

「……ありがとう、(シュー)師兄」

 

 リエシンは心からの感謝を告げた。

 

 自分が彼と同じ武館に入門してから、すでに一年以上が経過している。十四歳という、武法を始めるにしてはやや遅めの年齢だったが、一年経った今ではどうにか【易骨(えきこつ)】に太鼓判を押してもらえていた。

 

 最初は口数が多くなく、表情の変化にも乏しいこの兄弟子に近寄りがたかった。けど半年前に二人きりで話す状況になった時、実はとても親切な性格であることを知った。以来、彼に普通に接することができるようになった。

 

 兄弟子は「気にするな」と軽く告げてから、本題に入った。

 

「先ほど、予定通り李星穂(リー・シンスイ)と一戦交えてきた。もちろん、包んだのは右拳だ。命をかけるほどの戦いではない。目的はあくまでその力量の見極めだ。お前の「計画」を実行するに足る武法士であるかのな」

 

 リエシンは兄弟子の真剣な表情を見ながら、尋ねた。

 

「それで、どうだったの?」

 

「率直にいうならば――」

 

 兄弟子はふと、言葉を途切れさせた。

 

 その額に浮かんでいる脂汗を見たリエシンは、胸がざわめいた。

 

「――想像以上の力量だった。俺の攻撃が一度も当たらなかった上に、【勁撃】の威力も並大抵ではなかった。あれほどの攻撃力を持った武法士は見たことがない。もしも先ほどの戦いが果し合いなら――俺は今頃冥土に行っていたかもしれない」

 

 その説明を聞いて、背筋が寒くなる。

 

 彼は自分の通う武館で一番の実力者だ。そんな彼にここまで言わせた李星穂(リー・シンスイ)という少女に対し、リエシンは畏怖の念を抱かずにはいられなかった。

 

 が、それと同時に、好都合だと口端を歪める。

 

 それほどの力を持っているのなら、自分の「計画」にあつらえ向きだ。

 

 しかし、もう一つ大切な要素がある。

 

「もう一つ聞きたいのだけど、その子は「噂」通り"美少女"だったのかしら」

 

「……ああ。それも間違いなかった。誰が見ても「美しい」と形容するであろう容姿だ」

 

 ――完璧だ。

 

 「計画」には"強さ"と"美しさ"、その両方を持つ者が必要なのだ。

 

 そして彼女は、それらを兼備しているという。

 

 願ってもない人材だった。これを逃せば、もう二度と同じチャンスはめぐってこないと言えるほどに。

 

「――決まりね。さっそく始めましょう」

 

 リエシンは確信をもってそう言うと、兄弟子とともに橋を渡り、北へ向かったのだった。

 


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