一撃のプリンセス〜転生してカンフー少女になったボクが、武闘大会を勝ち抜くお話〜   作:葉振藩

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道中編
ひっちはいく


 ――【滄奥市(そうおうし)】を発ってから、三日が経過した。

 

 あの町を去って間もない時は、名残惜しさが心にあった。

 

 しかし出発して一日経つ頃には、その名残惜しさは、まだ見ぬ世界を求める冒険心へと変わっていた。

 

 方位磁針(コンパス)片手に、見知らぬ土地を旅する――それはまさしく、前世にたくさん読んだ冒険小説のストーリーそのままだった。

 

 病院のベッドが相棒だった前世のボクにとって、冒険など、紙面やディスプレイの中の出来事でしかなかった。

 

 そんな夢物語を今、こうして実現することが叶っている。その事実にボクは胸がいっぱいになった。武法と関わる時とはまた別の感動がある。

 

 これも李星穂(リー・シンスイ)として、この異世界に転生されたおかげだ。

 

 

 

 ――さて、その話はひとまず置いておき、現状の話に移ろう。

 

 

 

 この三日間、ボクとライライ、そしてミーフォンの三人は、順調に帝都までの距離を縮めていた。

 

 一日目で、【黄土省(こうどしょう)】と【朱火省(しゅかしょう)】の堺にある関所へ到着。

 

 ライライとミーフォンは武器こそ携帯していたものの、少ない上に暗器レベルの小型武器ばっかりだったので、すぐに通り抜けられた。

 

 ……が、ボクはそれ以上の速さで関所をパスしてみせた。【黄龍賽(こうりゅうさい)】参加者の証である【吉火証(きっかしょう)】を見せ、帝都へと向かう正当な理由を示してみせたからだ。

 

 それからもボクらは、方位磁針の指し示す北の方角に向かって真っ直ぐ進んだ。

 

 途中で村や町を見つけてはそこへ立ち寄り、食事や休憩をしたり、飲み水を補給したりした。

 

 夜寝る時は人気のない川辺や林を見つけ、そこで暖をとりながら眠る。女の子としてどうかと思うライフスタイルだが、いちいち宿に泊まっていたらあっという間に予算がすっからかんになってしまう。帝都に着くまで今しばらく我慢だ。

 

 そんな風に道中を過ごしながら、北上を続けていた。

 

 ……そして、現在も。

 

 ボクらは大きな手提げ鞄を片手に、両側を林に挟まれた一本道を歩いている。

 

 控えめな光をもった朝日の下、北と南へ真っ直ぐと伸びる黄土色の一本道。その道を挟むように、左右には広大な林が広がっていた。無数の針葉樹が剣山のごとく伸び連なり、深緑の影を作りながら奥へ奥へと続いている。

 

 左右の林のうち、右のずっと奥には川がある。

 

 なぜ知ってるかって? 答えは簡単、そこで昨日の夜眠っていたからだ。

 

 これがなかなか良スポットだった。川なので水浴びができ、おまけに魚も多くいる。ボクは幼女時代に培った野生児的テクニックを駆使し、シャケを数匹捕まえてみせた。おかげで昨晩はご馳走だった。

 

 そしてついさっき、その川から林を伝い、この道へ出てきたところである。

 

 ボクは父様の部屋からかっぱらってきた地図を取り出し、大雑把に現在地を目算する。結果、ここが【黄土省】の南端部である事が分かった。

 

 まだまだ道はあるが、それでもやっぱり地道に帝都へ近づいているのだ。

 

 帝都の近くには一際大きな関所があるらしいので、それを見つければもう着いたも同然だ。

 

 兎にも角にも、ただただ北へ進めばいいのである。

 

 このままのペースを維持すれば、余裕で間に合うはず。

 

 ふと、ボクの長袖が、横から微かな力でくいくい引っ張られる。

 

「……あの、シンスイ」

 

 三人の中で最も長身の少女――宮莱莱(ゴン・ライライ)が、蚊の鳴くような小さい声でボクを尋ねてきた。

 

「どうしたのライライ? まだ眠たい?」

 

「う、ううん。そうじゃないの。そうじゃなくて、えっと……あの…………」

 

 何かを恥じらうようなその様子に、ボクは無言で首をかしげる。

 

「その……私、臭わないかしら?」

 

 ライライが頬をほんのり染めて訊いてくる。我が身を抱くような仕草によってその巨大な双丘(おっぱい)がぐいっと強調され、思わず生唾を呑む。

 

 それと同時に、ボクは「ああ、なるほど」と思った。

 

 【滄奥市】を出て以来、ボクらはちゃんとしたお風呂に入っていない。水浴び程度しかしていないのだ。女の子としてはやはり気になるのだろう。

 

 それに昨日、随分念入りに水浴びしてたよね、ライライ。……その美しい裸体に何度視線を吸い寄せられそうになったことか。

 

 ボクは若干ためらいながらも、もじもじする彼女に近づき、犬猫のように鼻をすんすんする。

 

 そして、その感想――変態みたいな表現で申し訳ない――を率直に述べた。

 

「全然臭くないよ」

 

 ていうか、むしろ凄く良い匂いがする。

 

 女の子特有の匂いっていうのかな。甘さ九割、香ばしさ一割って感じ? 嗅いでると安心するっていうか、今はもう会えないお母さんを思い出すっていうか、なんていうか……。

 

 って、ちょっと待った。そこまでにしておけよボク。女友達の匂いを評論家のごとく表現するなんて、まさしく変態の所業ではないか。

 

 自分を戒めていたその時、三人の中で一番小柄な少女――紅蜜楓(ホン・ミーフォン)が勢いよく抱きついてきた。

 

「お姉様も変わらず良い匂いです! 安心してください! ああんっ、あたしこの匂い大好きぃ!! ビンに詰めて【嬰山市(えいざんし)】に持って帰りたぁい!! すぅぅぅぅぅぅぅっ!!」

 

「ちょっ、ミーフォ――あははは! くすぐったいよぉ!」

 

 ボクの首筋に顔を突っ込んで鼻息を激しく吸うミーフォンに、くすぐったくなる。間近で漂ってくる彼女の匂いは、やはり良い匂いだった。

 

 見ての通り、ミーフォンはえらくボクに懐いてくれているが、別にレズビアンというわけではないらしい。彼女曰く「たまたま好きになった人が女の子だっただけですわ!」とのこと。その時ボクは何て言ったらいいか分からず「ああ、そう……」と返してしまった。

 

 ――その時、後ろから馬のいななきのような音が微かに聞こえてきた。

 

 ボクはほぼ条件反射で、首だけを後ろへ向かせた。

 

 視線の遥か先には一台の馬車が見え、少しずつ手前へと接近していた。

 

 それを認めた瞬間、ボクは釣り針に(たい)がかかったようなラッキーさを感じた。

 

「よし。ヒッチハイクだ」

 

 グッと拳を握り、気合いを込めて小さく呟いた。

 

 「ひっちはいく?」と小首をかしげるライライを放置し、馬車の行く道を通せんぼする。

 

 馬車はあっという間に近くまでやって来た。

 

 ボクの姿を見るや、御者さんは慌てて馬を止めさせた。

 

「危ねぇなぁ! こんな所に立ってんじゃねぇよ! 死にてーのか!」

 

 当然ながら、御者さんは怒っていた。

 

 ボクは頭を下げつつ、

 

「ごめんなさい。でも、どうしても停まって欲しい用がありまして」

 

「用だぁ? 一体なんなんでぇ?」

 

「この馬車、目的地はどこですか?」

 

「【黄土省】の南西にある「楠楼郷(だんろうごう)」って村だが、それがどうしたんだよ?」

 

「この馬車、北へ進みますか?」

 

「このまま真っ直ぐ進んだ先にある【藍寨郷(らんさいごう)】って村までなら…………ああもう! さっきから何なんだ!?」

 

 ウンザリしたような質問が飛んでくると、ボクは顔を上げ、御者さんの目を真っ直ぐ見ながらはっきりと言った。

 

「もしよろしいなら、その【藍寨郷】って所まで、乗せて行ってもらえますか?」

 

 御者さんは何を言わんやといった表情を浮かべ、

 

「あのなぁ嬢ちゃん、この馬車は物を運ぶためのモンなんだ。人間はお呼びじゃねぇんだよ」

 

「そこをなんとかお願いします。もちろん、タダでとは言いません。ボクらは三人とも武法士です。なので目的地に着くまでの間、この馬車を守るのをお手伝いします」

 

 ボクがそれを口にした瞬間、馬車の奥にいる三人の男の目が剣呑な光を発した。おそらく、この馬車を守る鏢士(ひょうし)だろう。

 

 御者さんは困ったように頭を掻きながら、

 

「鏢士ならもう間に合ってんだがなぁ」

 

「でも、手勢は一人でも多い方がいいと思います。荷台に積まれたその品物を怖い人たちに取られたら困るでしょう?」

 

「……そりゃ、そうだけどよ」

 

 返事に窮している御者さんの横へ、鏢士の一人が身を乗り出してきた。彼は憤慨した様子で言い放つ。

 

「図に乗るな小娘が! 鏢士の職務が簡単だと思っているのか! 木っ端武法士ごときに務まるものではないっ!」

 

 それを聞いたミーフォンは「は?」と眉根をひそめて喧嘩腰になり、

 

「舐めてんじゃないわよ木っ端武法士。お姉様が本気になれば、あんたなんか一瞬であの世行きなんだから」

 

「何だと貴様! 侮辱は許さんぞ!」

 

 さらに怒りの温度を強める鏢士。今にも掴みかからんばかりの勢いだ。

 

 ボクはやや語気を強めてミーフォンをたしなめた。

 

「ミーフォン、やめなさい」

 

「っ……分かりました、お姉様」

 

 怒られた子供のようにシュン、と気落ちするミーフォン。

 

 せめてものフォローのため、彼女の頭を優しく撫でてから、

 

「連れが申し訳ありません。でも、もしボクの実力をお疑いなら、一つ手合わせをしませんか」

 

「……手合わせだと?」

 

「はい。拳での手合わせです。ボクが負けた場合は、素直に引き下がります。どうでしょうか」

 

 ボクの口調は、まるでカンペでも見ながら話したような整然さを持っていた。

 

 ……それもそのはず。あらかじめ準備しておいたセリフだからだ。

 

 ボクらはここに来るまで、北へ進む馬車を何度もヒッチハイクしてきた。大体は予選大会優勝者の証である【吉火証】を見せて強さの裏付けを示せば済むのだが、時々、実際に実力を見せないといけない場面にも直面した。今この時のように。

 

 ボクが今言った言葉は、そんな時のために用意しておいたものだ。

 

 鏢士はあっけにとられたような顔をするが、すぐに静かな闘志に満ちた表情へと変わった。

 

「……いいだろう。鏢士が伊達ではない事を教えてやる。いい社会勉強になるだろうよ」

 

 ボクは「ありがとうございます」と軽く頭を下げた。

 

 鏢士は腰に下げていた鞘入りの直剣を荷台の中に放り込むと、馬車から降りた。

 

 ボクもミーフォンに手提げ鞄を預けてから、二人を端っこへ下がらせる。

 

 ある程度距離をとってから、ボクと鏢士は向かい合う。

 

「――では」

 

 鏢士は右拳を胸前へ持ってくると、それを左手で包みこんだ。【抱拳礼(ほうけんれい)】。

 

「――はい」

 

 ボクも同じく右拳を包む。

 

 そして、互いに構えをとった。

 

 両者ともに、体の半分を前に出した半身の体勢。前の腕と膝で正中線を隠し、敵の来襲に備える。

 

 前の手の指先を通して、小銃の照門よろしく相手の姿を捉える。鏢士も同じ方法でボクを見ていた。ボクら二人の視線がぶつかり、重なり、二本の線と化す。

 

 しかし、止まったままにはならない。ボクは彼の一挙手一投足から目を離さぬまま、立ち位置を前後左右あらゆる方向へずらす。

 

 そして鏢士も足さばきをしきりに刻み、ボクとの一線上の関係を律儀に守る。

 

 両者の構え方も一定ではなく、色々な形に変わる。ボクの構えに応じて鏢士の構えが変化。そしてその変化に対応するべくボクの構えが再び変化…………立ち位置を変えながらそれらを繰り返すボクら二人は、まるでダンスを踊っているかのようだった。

 

 最初は食い入るように見ていた御者さんも、今では飽きたようにあくびしている。しかし彼を除く全ての人間――ライライとミーフォン、そして残りの鏢士たち。全員武法士である――は、ボクらのやり取りを緊迫した眼差しで見つめていた。

 

 ボクらは遊んでいるわけではない。

 

 付け入る隙を探っているのだ。

 

 素人目には、ただ歩きながら逐一変なポーズを取っているようにしか見えないだろう。だがその中には素人では認識できない、めまぐるしい駆け引きの嵐が巻き起こっているのだ。

 

 さすがは強者揃いの鏢士というべきか、なかなか隙が掴めない。穴を見つけたと思った時には、すぐにそこを塞がれる。しかも慌てて直した感じが一切無く、流れるような自然な動き。動作が深く体に染み付いている何よりの証拠だ。

 

 ボクから隙を見つけて攻めるのは難しそう。

 

 ――それならば。

 

 ボクは足を一度止めると、スッと両手を垂らして構えを解いた。

 

 そして、正中線をおおっぴらにさらけ出したまま、鏢士へ向かって歩き出した。

 

「――っ!?」

 

 鏢士の喉元から、唾を飲む音が微かに聞こえた。

 

 今のボクは確かに無防備な状態だ。

 

 しかし、敵にそんな姿をわざわざ晒す時点で、罠の香りがするだろう。自分を痛めつける特殊な趣味でもない限り、何か対策を練っている事は確実なのだから。

 

 鏢士は今、二者択一を迫られている。

 ギリギリまで様子を見るか。

 危険を覚悟で打つべきか。

 

 が、性格的に即決の人なのだろう。彼はすぐに選んだ――後者を。

 

「シィッ――!!」

 

 鏢士は疾風のような一喝と足運びを同時に用い、右拳を先にしてボクへ急接近してきた。

 

 速い! 予想以上だ! さすがは鏢士!

 

 でも――狙いがバレバレだ!

 

 今のような作為的な無防備さに対して攻撃する者は、最も速度があり、なおかつそれなりに威力もある技を使いたがる傾向がある。「相手が反応しきれない速度で、先に打ち込んでやろう」という気持ちに駆られて。

 

 さらにその場合、最も決定打になりやすい部位を、無意識のうちに狙おうとする。一撃で仕留めたいがために。

 

 その部位とは、人間の急所が集まる垂直のライン、つまり正中線のどこか。

 

 ――その時点で、もう勝負はついている。どんなに速い攻撃も、どこに来るかが分かっていれば、避けるのはそう難しくない!

 

 鏢士の右拳が、フィルムのコマをいくつか省略したような速度でボクへと急迫。

 

 しかし、その拳の前方に、狙いの正中線は無かった。

 

 なぜなら――すでにボクは全身を反時計回りひねって、正中線の位置を右へずらしていたからだ。

 

 ボクの胸と並行の位置関係となった鏢士の右腕を、左手で掴む。

 

 そして、そこから流れを途切れさせずに右足で踏み込む。同時に、右肘を鋭く突き出した。

 

 

 

 ――ボクの【移山頂肘(いざんちょうちゅう)】は、鏢士のみぞおちに突き刺さる寸前で止められていた。

 

 

 

 少し遅れてそれに気づいた鏢士は、顔を青くする。

 

「……もしボクがその気なら、この肘はあなたの胸に刺さっていました。まだ続けますか?」

 

 そう落ち着いた口調で問うと、鏢士の周囲から殺気が消えるのを感じた。

 

 ゆっくりと手を離す。彼はもう向かっては来なかった。

 

「……俺の、負けだ」

 

 鏢士はかすれた声でそう言う。

 

 ボクは冷静な態度を装いながらも、内心ではホッとしていた。

 

 彼は今職務中なので、怪我をさせたくなかったからだ。これ以上続かなくて良かったと思う。

 

 鏢士は気力の無い声で、しかしその中に驚きの響きを混ぜて再び訊いてきた。

 

「……君は一体何者なんだ?」

 

「ボクの名前は李星穂(リー・シンスイ)。訳あって、帝都に用事があるんです」

 

「女に対して失礼な問いだが……年齢は?」

 

「十五です」

 

 途端、鏢士のテンションがガクリと下がった。

 

「十五歳……俺は…………こんな子供に……」

 

 そうボソボソ呟く彼は、目に見えて落ち込んだ様子だった。

 

 ……当然かもしれない。強者揃いの鏢士に名を連ねるはずの自分が、こんな小娘に負けてしまったのだから。

 

 なんだか、彼の面目を潰してしまった気がして、心苦しい。

 

 ――ここは、一計を講じようかな。

 

 そう思い立ったボクは、ミーフォンのもとへ歩み寄る。預けてある鞄から【吉火証】を取り出し、それをみんなに見せた。

 

 ライライとミーフォンを除く、その場の全員が目を見張った。

 

「それは……【吉火証】!?」

 

「はい。ボク、これから【黄龍賽】に参加するために帝都へ行かないといけないんです」

 

 驚愕混じりの声でつむがれた鏢士の言葉を、ボクは落ち着いた態度で肯定する。

 

「なるほどなぁ。今年の【黄龍賽】本戦参加者か。どうりで強ぇわけだ」

 

 御者さんが関心したように一人呟く。

 

 ――よし、ボクへの評価が上がった。

 

 心の中でガッツポーズ。

 

 これで乗せてもらえる確率が高くなっただろう。

 

 何より「こいつほどの武法士に負けたのは仕方のないことだ」と思わせる事にも成功したはず。鏢士の面目もいくらか保たれた……と思う。

 

 それに、この鏢士も結構な手練だった。それは決して嘘じゃない。

 

「あの、乗せてもらえますか?」

 

 ダメ押しに、もう一言頼んでみた。

 

 御者さんはしばらく黙考すると、仕方ないとばかりに溜め息をつき、

 

「分かった。【藍寨郷】まで、鏢士の手伝いをしてもらおうかね」

 

 それを聞いた瞬間、ボクは喜びながらライライたちと手を叩き合わせた。

 

 ボクら三人は各々の荷物を持ち、嬉々として荷台の後ろへ入った。

 

 入った途端、鏢士二人の不愉快そうな眼差しにお出迎えされた。ボクらはそれに耐えつつ、空いているスペースに腰を下ろした。

 

 それほど大きな馬車ではないため、荷台の中はちょっとばかり窮屈だ。でも、乗せてもらえるだけでもありがたいのだ。文句はなしだろう。

 

 最後に、ボクが戦った鏢士が乗り込んできた。

 

 彼はボクを真っ直ぐ見ると、

 

「……済まなかった」

 

 悔しさと申し訳なさのこもった一礼をしてきた。

 

 ――もしかすると、面目を守ろうというボクの意図はバレバレなのかもしれない。

 

 だが、その事をあえて突っ込まず、当たり障りのない返し方をした。

 

「謝ること無いですよ。ボクらが皆さんのお仕事を邪魔しているのは事実ですから。【藍寨郷】に着くまで、ご厄介になります」

 

「……ああ。よろしく頼む」

 

 ボクと対面して座った彼は、そう頷いた。

 

 その口元が微かながら笑みを形作っているのを確認し、穏やかな気持ちになったのだった。

 


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