√シルバー【完結】   作:ノイラーテム

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入学式という儀式

●意図した偶然

 渋る妹をエスコートして、俺は朝早くから第一高校に登校した。

 今日は入学式なのではあるが、こんな時間からやって来る必要があるのは、極一部の生徒だけだ。

 

「本来ならばお兄さまは…」

「そこまでだ。数値や制度上の問題もあるし、『今』は仕方が無い」

 俺の扱いが二科生では低過ぎると、納得いかない深雪であるが…コレは機械で測定した結果である。

 最初から決まっている目標値を満たさない以上は、俺が二科生なのは当然とも言えた。

 

「いずれお前ならこんな風潮を変えて行けるさ。俺はその時を心待ちにしている」

「そんな! だとしても全てお兄様の才能が認められてのことです。深雪は、深雪は…」

 という感じで深雪はひたすら持ち上げようとする。

 俺の事を思ってくれるのは嬉しいが、キリが無いので予定を促す事にした。

 

「さ、深雪。そろそろリハーサルの時間だろう? せっかくの晴れ舞台を俺に見せてくれないか」

「お兄さまがそうおっしゃるなら…」

 入学式のスケジュールを含めて、学校の地図から校則までデータは事前に網羅しておいた。

 深雪が渋る事も含めて、ここまでは問題なく進行していると言えるだろう。

 

 俺は暇を潰すフリをして、さりげなく適当なベンチを探した格好を装った。

 その折りに聞こえて来る侮蔑の声と、珍しい者を見たと言う声の両方が入り混じって聞こえて来る。

「ウィードがこんな時間から? はりきっちゃって」

「所詮はスペアなのにな」

「あれはトーラス・アンド・シルバーじゃないか? 社員や契約してる奴なら事前に来るのは当然だろ」

 プロフィールの一部を公表した事もあって、中には俺の事を覚えて居る者もいるようだ。

 『紅世の徒』対策で公表に踏み切った訳だが、早くもその成果が表れて居ると言える。

 知って居る者は数少ないが、割とそういう者ほど口数が多いのは、ありがたいことにユーザーかもしれない。

 

 だが、目的はそんな事ではない。

 俺は予定して居たベンチが空いているのに安堵し、書籍を取り出して広げて読み始める。

 何度も読み込んだ本の、何度も比較した例であるが、これが実に飽きない。

 かつて様々な定理に挑んだ学者達も同じ気持ちだったのだろうか…と言えば言い過ぎだろうかと自分で苦笑した。

 

 そんな俺に対し、ある者は通り過ぎ、ある者は珍しそうに今は珍しくなったアナログ媒体を眺めて通り過ぎた。

 ただ、一人の例外を除いては。

「もう直ぐ開場時間ですけど…。珍しいですね、紙の本ですか?」

「ええ、はい…」

 読書を始めて暫く、掛けられた声に俺は顔を上げた。

 そこには思った通りの人物が不思議そうな顔で覗きこんで居る。

 

「失礼しました。私は登校の生徒会長で七草・真由美と申します。お邪魔しちゃいましたね」

「いえ、時間潰しでしたから問題ありません。自分は司波・達也と申します」

 予定して居た七草会長との邂逅を終える。

 さりげなく話題つくりをする為に、わざわざアナログ書籍を用意したのだが、つい読み込み過ぎて居た。

 つい、没入して気が付くのが遅れてしまったが、その様子がおかしかったのだろうか、会長は少しだけ笑って居る。

 

「登校で禁止している仮想端末ならともかく、通常の端末であれば特に気にしなかったのですが…。珍しいのでつい、声をかけてしまいました。ごめんなさいね」

「仮想端末は読書に向きませんし、量を読まない単純な比較検討ならばこちらの方がずっと早いですから」

 論文を頭に入れるならこんな古めかしい方法は取らないが、二つの内どちらが好ましいのか?

 どちらを選んだ場合に、他方の比重はどうなるのか…。

 という簡単な研究のルート構成を比較するならば、今でもずっと見易いと言える。

 媒体の技術が進んで置き去りにした手法の一つなのかもしれない。

 

「しかし、仮想端末を禁止して居るのですか。道理で見かけない筈です。確かにアレは未成年に限っては良い影響を与えないですから」

「そういうこと…ですね。どこかで見た記憶が、と思いましたけど、トーラス・アンド・シルバーさん? 当校にようこそ」

 俺が会長の話題に合わせると、会長はにっこり笑った後で戸惑って見せる。

 途中で口調を丁寧な物と愛嬌がある物を入り混ぜてきた。

 

 準備のために通り過ぎる在学生などは、偶然であると信じたようだ。

 俺達は既に知り合いなので、そんな素振りを見せない芸達者と言えるだろう。

 もしかしたら、俺が名乗らなくても、こんな感じでしれっと近着いて来たかも知れない。

 

「司波で構いませんよ。それに技術者数名の中の末席を汚しているに過ぎません」

「ではこちらも七草で構いません。でもですね、貴方が大したことが無いなら、殆どの新入生は失格ですよ? 何しろ魔法工学などでは登校始まって以来の成績だと評判ですから」

 俺の言葉に会長はくすくすと笑い始めた。

 今度は完全に笑い出している。

 この様子だと、本当に俺の成績を知っているようだ。

 演技の為にしても周到過ぎるその手腕に、俺はある種の狸ぶりを予感した。

 

「七教科の平均点が九十六で。特に難しいテストでは平均点が七十台なのに満点、小論文も文句なし。私だって無理よ?」

「これでも専門家ですし、所詮は実技を抜いたモノですから自慢にはなりませんよ。それでは」

 通行人の手前ぼかして喋っているが、明らかに詳細な点数まで知っているようだ。

 どこから入手したものやら…と思いつつ、ベンチから立ちあがって会場に向かうことにした。

 話を軽く聞いて居た数人が、あからさまに青い顔をして点数の話をしているのが小耳に聞こえて来る。

 

 二科生と一科生の壁を取り払う為のオファーと聞いてはいたが、こんな所から利用されるとは思ってもみなかった。

 この分では、在校生の何人かまで通達されているかもしれない。

 迷惑だと思う反面…残り半分では会長に隔意を持てないでいた。

 なにしろ、利用できる才能があると認められたということなのだから。

 

●意図せぬ偶然

 

 俺が開場時間に合わせて移動して居ると、珍しい組み合わせの男女が見えた。

 女性用ビジネススーツを着こんだ先生らしき女性と、逃げようともがく新入生だ。

 

 見た所、学生の方は俺と同じ二科生のようではあるが、柔らかい印象と同時に隙のない身のこなしが窺える。

「ミキヒコちゃん大丈夫? ここから先は先生と生徒だからねっ」

「大丈夫だって一美ねえさん。ボクだって子供じゃないんだし……っていうか、忘れたのはねえさんじゃないか」

 どうやら二人は姉弟か同じ一門らしく、女性の方は教師で少々迂闊らしい?

 そう思ったのだが、不思議と落ち着いた笑顔でこちらに気が付いて会釈する程度の余裕がある。

 もしかしたら、弟の緊張を解す為にワザと忘れて来たのかもしれない(あるいは不要な物を心配性の弟が?)。

 

「失礼」

「こちらこそ」

 そうこうする間にミキヒコと呼ばれた男とも目が合い、お互いに視線を外すように会釈を重ねた。

 見て欲しく無いモノが人にはあるものだし、見て見ぬふりをする情けもある(というか、俺自身見られたくない家族も見る)。

 

 そんなやりとりがあったものの、時間管理の甲斐もあって、まだ人がまばらな内に入ることができた。

 会長が目立つようにしてくれたお陰もあり、目立つ席や囲まれるような席は避けたいと思う。

 そんな候補の中で、さりげなく壇上の妹を確認できる位置は限られていた。

 良く聞いている振りをして眠ることもできるが、まずは席を…。

 

 と思った時、奇妙な先客がそこに居た。

「なんでこいつはグーすか寝てるんだ…。というか、この様子だと開場より前に入ったんじゃないのか?」

 大きな席いっぱいに眠りこけた二科生が居た。

 ガタイが大きいが見合った筋肉をつけて居るようで、ひょろっとしたようにもマッチョにも見えない。

 熊が立ち上がると意外にスマートなのにと似て居た。

 あれで、熊は機敏であるし、隠密に長けているので侮れない…ようするにそんなイメージを湧き立たせる。

 

 他の席を探そうかと思ったが、ここがベストなのは変わりない。

(こいつの近くに寄りたい奴が居るとは思えんから丁度良い。それに、イザとなればこいつが俺の代わりに目立ってくれるだろう)

 そんなことを理由にしていたが、俺自身がこいつに関心があるのかもしれなかった。

 

 なにせ開場を設営した在学生に気付かれることなく入り込み、中の様子を窺える丁度良い位置に隠れて居るのだ。

 どんな奴だろうか、あるいはどんな傾向を持っているのだろうかとか、気に成らなかったという方が嘘だろう。

 

 大柄な体と何かに特化した魔法式、それに加えて隠行能力と加われば、歩兵としては理想的と言える。

 一科生の平均的に高い能力が理想なのは言うまでも無いが、二科生にはこう言ったツブシの効く使い勝手の良いタイプが多く現場では割りと要望が高いのだそうだ(一科生出身者を頻繁に前線に出せないからとも言うが)。

 それなのに二科生と言うだけで評価が低くなるのは、やはり、画一的な教育自体には問題が多いのだろう。

 

(っと。余計な考えに気を取られていたが…。一科生は前方、二科生は後方に集まってるな)

 少しばかり自意識過剰で、研究本位過ぎたかもしれん。

 目立つとか目立たないとか関係なく、一科生は前方にのみ、二科生は後方にと自然と別れて居る。

 差別はされてる方が意識を強く持つとか言うが、そのことを忘れていた。

 

 時間まであと二十分ほどあるだろうか?

 出来過ぎなくらいの妹が、こんな状況でジタバタするはずもあるまい。

 心配する事も無く、臨で寝入ってる男を真似る訳でもないが、俺も休むかと楽な態勢になってから眼を閉じようかと思った時。

 

 ふと、快活な声が掛けられたのである。

「ねえ、隣良い?」

「構わないが…」

 声を掛けてきたのは、声に見合ったスリムでスポーツの似合いそうな女だ。

 だが疑問というか、何故ここに?

 他に席が空いて居るだろうに、ワザワザ寝た子を起こして移動させねばならない席を選んだのだろうか?

 

「いやね。あたし達、さっき出会ったんだけどさ意気投合しちゃって…。四人連れなのよね」

「ああ、なるほど。近くがまるっと空いてるのはここだけだな。ちょっと待ってくれ」

 見れば確かにもう三人の女生徒が居る。

 そして方々に席は余っているが、まとめて空いて居るのはこの周囲だけだ。

 前の席に二人、俺の隣に二人と座れば雑談しつつ時間を潰せるだろう。

 

 面倒ではあるが、俺がこの要請を断らなかったのは、良いキカッケだったからだ。

 自然と眠ってる男と顔見知りに成りつつ、こんなことを躊躇なく人に頼める女とも顔を繋いで置けるのは面白い縁だろう。

「済まない、起きてから寄ってくれるか?」

「ん? ああ…、悪ぃ。もう時間か? 五分前には眼を覚ますつもりだったんだがな」

 随分と図太い奴だ。

 それに直ぐに覚醒した様で、五分前に起きると言った事もおそらくは断言だろう。

 ますます現場向きだなと思わなくも無かった。

 

「西城・レオンハルト、レオって呼んでくれよ」

「俺は司波・達也。司波でも達也でも…」

「あたしは千葉・エリカね! で、こっちが…で、前の席に居る眼鏡っこが柴田・美月。んで、その隣が…」

「よ、よろしくお願いします。柴田、美月です…」

 男がレオと名乗ると、俺の返事が終わる前に女も自己紹介を始めた。

 割って入ったにも関わらず、不思議と気にならないのは、オープンなその気質からだろうか?

 

 それぞれに名乗る中、印象に残ったのは前の席に居る真面目に頭を下げて来た眼鏡の子だ。

 俺はその眼鏡に軽く注意を割き、とある病の傾向を思い出した。

 

(度が入っておらず、ファッション性もない眼鏡か…。霊子放射光過敏症の可能性が高いな)

 重度の問題が無い限り、簡単な手術で視力の回復が可能なこのご時世だ。

 ファッションであるか、霊子放射光過敏症を緩和する為の、ちょっとしたアイテムくらいしか眼鏡の需要は残っていない。

 司兄弟に関わりにならなければ良いが…とは思いつつ、踏み込むのも少し気が引けた。

 

 逆に尋ねてみたいのが、先ほどの千葉・エリカという女だ。

 百家の中でも、剣の魔法師と呼ばれる千葉家というのがあり、彼女のイメージはそれに合致する。

 だが、その家にエリカと言う名前は無かったはずだ。

 

(とはいえ、うちを考えると名前が無いから他人とは到底思えない。関連を考慮くらいはしておこう)

 ここで口にするほどの事ではない。

 警察や警備関連に強い影響力を持つ千葉家は、間接的にお得意先と言える。

 事を構える気は無いし、俺や深雪と一緒で、家に良い思いをしていない場合もあるだろう。

 

 それに、『当て物』と言うのは、複数の証拠だけ掴んで必要な時にだけ口にするから、推測に真実味が生じる。

 ホイホイと、どうだろうああだろう? と尋ねてはただのノリが軽い人でしかない。

 もっともそういう人格の持ち主の方が、友人を作るのが上手かったりするので、善し悪しだ…とエリカの方を眺めた。

 なにせ先ほど出会って直ぐに友人だと言うのだから、彼女には友人が多い違いない(皮肉ではなく)。

 

●三度目は必然

 入学式が始まり、新入生総代である妹が登場して、会場は息を飲む声や溜息に包まれた。

 予想されたことだが太居そうな人気で、明日から周囲が騒がしくなりそうだ。

 

 その後は総合的にとか、魔法以外でとか、苦労が窺える表現の挨拶やらが続く。

 俺の事を考えてくれる妹や、二科生と一科生の垣根を覗こうとする会長を考えれば、自然とそうなってしまうのだろう。

 

 そして一通りの行事が終わり、俺達のクラス決定を兼ねたIDカードが交付されていった。

「あたしと美月だけE組。司波くんたちは?」

「俺もレオもE組だな。そっちは離ればなれになって残念そうだ」

 社交性というか人懐っこいエリカは、なんとさっきの式中に周囲の者とも仲良くなっていたらしい。

 とはいえ全員が同じクラスなわけはなく、俺達はE組が半分程度で、他の子は別クラスだったようだ。

 

 ただの偶然なのかもしれないが…。

 面白い組み合わせなと思えなくもない。

 後は出来るだけ面白い高校生活を…と当たり前の生徒のように、願うべきだろうか?

 

「この後はどうする? ホームルームに行ってみる?」

「いや、俺は妹と約束して居てな」

「おっ、達也は妹が居るのか。それじゃあ仕方ねえよな」

 この日のセレモニーはここまでだが、妹と合流して行くべき場所がある。

 …途中で他の者に呼ばれるかもしれないが、嘘はついて居ない。

 

「あの…。もしかして、新入生総代を務められた司波・深雪さんですか?」

「へー、双子なの?」

「いや、俺と深雪のどっちかが一カ月ずれても別学年というレベルで離れて居るだけだ」

 そう珍しい名字でもないだろうに、美月が尋ねて来た。

 だが、推測というには、ニュアンスが少し確証を帯びて居るような気がする。

 

「知らない人には誤解されるし、知っている人からは良く比較されて苦労するんだけど、良く判ったね」

「そうよね、あたしなんか全然気が付かなかったわよ」

「二人とも面差しが似て居ますから」

 俺は思いきって尋ねてみた。

 

「へー、面差しねえ。言われてみれば似てるような気がしないでも」

「お前、実はお調子者とか言われて無いか?」

「あの…ですね。そのー、二人ともオーラを含めた傾向が良く似てるんですよ。それで、つい…」

 エリカとレオが軽口を言い合うと喧嘩だと思ったのか、つい、美月が本音を口にした。

 

「オーラって気脈? 師弟の剣筋とか似るって言うけど、そんなもんかと思えば納得できるわね」

「流石にオーラまで見られているとは思わなかった。良い眼力というべきかな」

「がっ、眼力だなんて…」

 こちらも確証が得られたので、冗談を言い合ってる二人には感謝しておく。

 やはり霊子放射光過敏症かと思ったが、そのことを直接は口にせず、美月が思いたい方に取れるニュアンスをしておいた。

 もし俺の事を見抜けるレベルの知識があるならば、師匠に司兄弟のことを確認したように調査を頼む必要があるかもしれない。

 場合によっては忠告して釘を刺す必要があるかもしれないが、この場は『眼』について特に指摘する気はなかった。

 

 途中までは同じコースなので、みんなで約束した場所まで移動することにした。

(みんな…か。気が付けば下の名前で呼んだりしているな。気易い連中だからか、それとも俺が浮かれて居るのか)

 可能性としては、どちらもだろう。

 

 だからこそ、向こうからやって来る深雪が笑顔とも怒りともつかぬ顔をしている。

 おそらくは俺が気易く話しかけられるメンツを見付けたのが嬉しいのと、同時に自分を置いてと言う嫉妬心だろう。

 なんというか妹はこの頃、俺が親しくする人間全てより、距離感が近くないと納得出来ないようなのだ。

 俺に取って一番親しい人間とは、深雪以外はありえないというのに…。

 

「お兄さま、さっそくご友人を作られたようですね。ご紹介していただければ幸いなのですが」

「ん。ああ、そうだな。クラスメイトになる西城・レオンハルト、柴田・美月、それと…千葉のエリカ」

「うん、その千葉で良いわよ。司波くんも中々鋭いわね」

 深雪が笑顔の一部に見えない青筋を立てて紹介を求めて来たので、俺は順を追って説明した。

 キーワードが途中で幾つか拾えたので、ある程度の確信と共にエリカを紹介すると、素直に頷いて来る。

 しかし、俺も…ということは、自分は感が鋭いつもりなのか?

 

「私は司波・深雪と申します、お兄さまともどもよろしくお願いしますね。深雪とお呼びください」

「司波くんと紛らわしいし、せっかくだから深雪と呼ばせてもらうわね。代わりにあたしのこともエリカでいいから…」

「わ、私のことも美月って呼んでくださいね」

「俺もレオでいいぞ」

 実際にはもう少し長いのだが、こんな感じのやり取りが過ぎた頃に後ろから声を掛けてくる様子が見えた。

 本当は直ぐにでも声を掛けようとしていたのだろうが、一応は、こちらの手前待っていてくれたようだ。

 

「また会ったわね、司波くん。深雪さんと達也くんって、私も呼ばせてもらって構わないかしら?」

「構いません。兄もその方が喜ぶと思います」

「深雪…」

 七草会長の言葉に、深雪は氷の笑顔で応じた。

 俺が最低源の説明して背後事情を理解して居るからだが、もしかしたら七宝経由であることないこと聞いて居たのかもしれない。

 

 だが会長の方も狸振りは凄く、一切変わらぬ笑顔で切り返していた。

「ここではなんですし、生徒会室までお願い出来ないかしら?」

「私は兄と待ち合わせて居るのですが…。兄と一緒でしたら一向に構いません」

「司波さん。申し訳ないが、部外者を連れて行くと言うのは…」

 笑顔で応酬する会長と深雪の間に、副会長が割って入った。

 勇気ある行動だと思うが、この場合は無謀と言えるだろう。

 

 …何故ならば、ここまでのやり取りは半分くらい出来レースだからだ。

 せっかくの公平性を保とうとする精神も、女性陣というダンプカーに跳ねられる行為でしかない。

 

「はんぞーくんの言う事ももっともなのだけれど、摩利に連れて来てって頼まれているのよ」

 会長は頬に手を当てて、上目遣いで副会長を見上げた。

「トーラス・アンド・シルバーさんがうちの生徒として来てて、さっき出会ったって言ったら、是非にって。勿論、達也くん次第だけど」

 もともと会長の方に勢いがあるし、彼女ほどの美人にこんな仕草をされたら、普通は心が動いて仕方無いのだろう。

 俺にはポーカーフェイスの仕草が変わったくらいにしか思えないが、気の毒に。

 副会長は、この手の女性とあまり知りあって居ないらしい。

 

「風紀の渡辺委員長が? 何のよう…。いえ。そういうことでしたら仕方ありません。司波…次第なのでしたら」

「どの道、自分は校長室と生徒会室に顔を出す様に言われております。順番が前後するかもしれませんが、構いません」

 副会長が俺に断らせようとする苦しい手法を取って来るが、出来レースである以上は、最初から彼に反撃の余地を残して居ない。

 申し訳ないとは思いつつも、さっさと切り返す事にした。

 

「校長が? お前に?」

「はい。おそらくは、FLTがらみで余計な物を持ち込むな、公私混同を弁え妙な実験をするなと言う注意かと。至極もっともな事だと思います」

 お前呼ばわりは流石に失礼だと思ったが、俺にとってはどうでも良いので流す事にした。

 実際には、推測では無く、こちらから申し出たことだ。

 それに関連して、校長達から疑問があれば答えると添えてアポを取ったら、早い段階で了承が降りて居た。

 規則を順守する真面目な人間も組織には必要だが、今回は本当に気の毒にという他あるまい。

 

 副会長好みの秩序に従う文言を入れて喋った為、大人しく引きさがったようだ。

 あるいは、渡辺委員長か、風紀に関連して、よろしくないこともでもあり、押し付ける気なのかもしれない。

 いずれにせよ、俺の予定は滞りなく進んで居た。

 

「それにしてもお兄さま。いつのまにこんなに美しい方とお知り合いに? 話の筋的に、渡辺委員長にも眼をつけられているようで」

「深雪。お前が何を考えて居るかしらんが、それはお二人に失礼だろう。それと…」

 冷たい笑顔が、俺の方に回って来た。

 これは御機嫌を取らねばならないなと思いつつ、近くに深雪好みの店でもあれば…と思わざるを得ない。

「俺の好みはそうだな、もう少し落ち着いた。どちらかと言えば冷静な人の方だな。だから、やましいことは無い」

「そうでしたか、申し訳ありません」

 俺が適当に言い訳を考えて話を反らすと、深雪はつーんと顔を背けるものの、少しだけ冷静さを取り戻した。

 そういう傾向の人が好みだと言ったから、合わせようとしてくれてるのだろう。

 

 多少複雑だが、この際は…と思っていたが、不思議なことに会長が混ぜっ返してきた。

「あら、ふられちゃったわね。…でも、達也くんってそういう子が好みなんだ…ふ~ん♪」

「司波、人の好みは人それぞれだが…。頑張れよ」

「…?」

 会長は楽しいモノを見付けたという笑顔を浮かべ、副会長は何故か気の毒そうな顔をこちらに向けるのであった。

 

 この答えは、生徒会室で氷解するのだが、深雪を宥めるのに面倒になったとだけ、今は言っておこう。




 という訳で入学式が終わって、風紀委員入りの臭いだけ付けておきました。
 間の話題を素っ飛ばす為に、このタイミングでミキ・レオとは知り合い状態です。
 本編に登場しないお姉さんですが、この人はクロスさせてあるシャナ側の人で、ネタの兼ね合いと、都合が良かったので登場と成りました。
 次回は校長室(継承編やらないのでの一部先取り)、生徒会と風紀委員のお話に成る予定です。

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