√シルバー【完結】   作:ノイラーテム

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炎の宿命:後編

戦言祝ぎ(いくさことば)

 人の頭を摸した数体の化生体が居たのだが、比較にならない数の化生体が現れる。

 それぞれに灼熱の炎を有し、火炎の息吹や体当たりで攻撃して来る。

 

「レオ、背中は任せたわよ!」

「任せとけ!」

 ランダム起動で跳ね回るボールを、硬度効果ではなく位置硬化させた布が防ぎ留める。

 堅いだけでは無く適度な柔らかさを持つがゆえにボールを包み、位置は数m先であるがゆえに電撃を喰らうこともない。

「ひとつ! 二つ! 次行くわよ!」

 エリカの繰り出す刃は物質と精神を同時に薙ぐ物心ドウジ斬り。

 化生体といえど唯では済まず、いや実体を持たないがゆえに立ち待ち切り伏せられていく。増援の多さに翻弄されているが、今の所は何とかなっているようだった。

 

 あれだけ探して見つからなかった相手が、不用意な言葉で特定できてしまうとはおかしなものだ。

 しかし運命とはそんなものかもしれない。ここ十数年は紅世の話など出た事も無く、追い掛けているフレイムヘイズの集団もこのあいだ殲滅したばかりなのだから。

 (チョウ)が気を緩め過ぎたというよりは、単に警戒する必要が無くなっただけなのかもしれない。

 

「硬化魔法もですがその防壁、五光石(ウーグアンシー)を弾くとはやりますね」

「それだけが電磁障壁の目的ではないがな」

 敵が使っている暗殺用のボールは、ランダム性の強いボールを中に仕込んだ発電装置と組み合わせて電磁誘導して居る。

 ならばそれ以上の強度を持つ電磁波を使って、内から外へ向かう電磁障壁で守れば俺達の方にボールが向かってくることは無い。

「深雪、ゆっくりで良い。温度を下げて行ってくれ」

『了解しました、お兄様』

 攻撃が目的ではないので3Hを使った時のヘルヘイムほどの起動速度は必要無い。

 亜夜子が発動させている外へ向かう奔流型の電磁障壁と、鈴音さんが発動させている板型の電磁障壁。この二つの領域を繋ぐように極低温が次第に発生し始める。

 

「五光石による物理攻撃は通じない。なるほど、ですが燐子達の炎はいかがですか?」

「もしかしたら紅世の徒だと予想はして居た。王とはいえムザとやられはせんよ」

 電磁場と極低温の組み合わせは炎を封じ込めることが出来る。

 もちろんこちらが攻撃に使用するスペースが必要なので完全ではないが、それでも背中を気にしないでいられるだけの防壁は確保できた。

「エリカはそのままドウジ斬りで化生体を始末してくれ。俺の方でも時々援護を入れる」

「おっけー!」

 物心ドウジ斬りによってエリカは次々と化生体を葬って行く。

 (チュー)が最初に操っていた個体は回避機動を見せる事もあるが、周が呼び寄せた個体はそうでもない。火力はこちらの方が上なので、用途が違うのかもしれないが。

 

 化生体の詳細なコントールは本来難しい物だ。これほどの操るなど紅世の連中で間違いは無いだろう。

 後はいかに相手の戦力を削って、周たちを始末するか考えようとした時。屋敷を燃やさんばかりの勢いで駄目押しが訪れる。

 

「では追加といきましょう」

「馬鹿なっ。先ほどよりも多いだと? しかも今までの数を維持したままなど……」

 周が指を弾くと大気が膨れ上がり炎の扉が開いた。

 その中から現われたのは先ほどに勝る数の化生体であり、いずれの制御も失われてはいない。

 それどころか半ば物質化した個体も見受けられ、野生生物を宿主にしているのかトカゲや野犬のような姿の個体もあった。

「貴方は紅世の何を知って居ると言うのです? まさか精霊と燐子を同じに考えているのですか? それともパラサイト風情と、王の一人である私を同一視でもされておられるので? これは傑作だ!」

 これが朱が見せるテクニックの様に、詳細なコントロールは一体ずつというならばまだ判る。

 だがそれぞれが隊列を為し、あるいは伏兵として周囲から窺うというのだから既に常識の外だ。当然ながら精霊の眼でも確かに居る事は確実であり、物質化している方も幅射熱から言っても勘違いでは無いだろう。

 

「ああ、そうですね。こういえば貴方がたの常識でも理解できますか? ”徒督”の相方は”小覇王”であると。三国志くらい読んだことがあるでしょう」

「まさかペアになる相手と、維持と制御を互いに担当しあって居ると言うのか……」

 確かに可能かもしれないが、どれほどの距離を越えて実現できるのか?

 それとも専用の宝具……レリックでも所持して居るというのだろうか。だが俺にはそれ以上の懸念が頭をよぎる。

「いや、待てよ……」

 殺し合いで自分の手の内をさらす必要など無い。

 俺も時間稼ぎの意味で相手の無駄話に付き合うこともあるが、それでも度が過ぎる。もし侮りではないとしたら、優先的に対処せねばならない事項が存在した。

 

「……戦言祝(いくさことば)。それが貴様の能力だな」

「答える必要がありますか?」

 答えないのでは無く、答える必要が無い。

 暗に俺の言葉が正解であると告げていた。奴の説明は奢りから来る余分では無く、必要から来る補助式なのだ。

「なんだそれ?」

「……古式魔法の一種よ。催眠暗示を自分に掛けて強化すると同時に、相手にプレッシャー掛けて制限するの。例えば絶対に当たると宣言すると、避けれなくなるワケ」

「奴は無意味に説明を垂れ流して居るんじゃない。自分の魔法力を強化し、味方を鼓舞し、そして俺達を圧迫している。”徒督”とはよく言ったものだ」

 だからこそ奴の呼び寄せる化生体は制御を外れず、ボールを無効化したものの朱は高い攻撃力を残して居る。

 会話して居る間も敵の攻撃は続いているし、周たちが手加減してくれるはずもない。放っておけば精神的な重圧に押し潰されて、いずれ攻撃も回避も精度を失っていくだろう。

 

(深雪を遠距離に置いて正解だったな。戦言祝はその場に居ないと効果が無い。対火防壁は消えないが……問題は攻撃力か)

 電磁障壁は散漫にはなるかもしれないが、元から二人掛りで制御して居る為に過剰気味だからまだ良い。

 だがエリカのドウジ斬りは特性上一体ずつの上に、徐々に能力がスペックダウンしていく筈だ。

(ここに居ない”小覇王”とやらも気に掛るが、指揮担当が目の間に居るならば勝負の賭け時かもしれん)

 本当に真実だけを口にして居るとは限らない。

 そもそも紅世の徒最大の組織の基礎単位が王の二人一組だったらしいが、そいつらを騙る複数名の連合なだけかもしれない。

 

 だがそれでも目の前の男が強大な存在であるのは判るし、老師に取り入った手並みを考えても手を抜いて良い相手では無い。

 大漢を操って居た連中の一人だと言われても、むしろ疑う余地の方が少ないくらいだ。

 

「亜夜子。重要な作戦を告げる。まずは情報閉鎖してくれ」

「……? はい。判りましたわ」

 ここで俺は遮音障壁と簡単な光学歪曲を追加して、周に作戦が漏れないように情報を封鎖する。

 ここまで必要な情報は全て告げており、今更情報封鎖するとは思わなかったのか亜夜子は少しだけ訝しんだ。何しろ封去るということは大きな作戦を実行すると相手に教えているも同じだからだ。

 

「次にみんなを先導して後退しろ。この屋敷の周辺一帯を消し飛ばす」

「達也さん!? それはまさか……。御当主様の許可も無しに実行してはいけません!!」

 マテリアルバースト以外に手段は無い。

 雲散霧消では物理的に発生した炎や熱を消す事は出来ても、化生体を消す事は難しい。まして物量で押して来る相手に悠長なことはして居られない。

「大漢の後ろに居た紅世の王を倒す為であれば問題無い。あらゆる手段を取って良いと言われている」

「そんな……」

 正確には『どんな手段を取ってでも、倒してくれるわよね』と念押しされただけだ。

 それにここで逃がせば深雪も狙われるかもしれない。妹がこのまま四葉の当主になるのか、それとも何処かに嫁に行くかは判らないが危険にさらしたいとは露ほども思わない。

 

 亜夜子の立場では否とは言えまい。

 静かにならなかったのは化生体との戦闘が継続して居ることと、異議が他から提出されたからだ。

 

「ちょっとちょっとー。うちの兄を洗脳してくれた敵を前に、今さら帰れって言わないでよね」

「そうだぜ。どうせ古式魔法でも使う気なんだろうが、その時間稼ぎくらいなら俺達にもできるさ」

 何が起きるかは知らなくとも、どれだけ危険なのか理解出来るだろうにエリカとレオが抗議の声を上げた。

 問題なのはお袋が使用許可を出すのは判っているが、四葉の当主として目撃者を放置してくれるかは判らないということだ。それにマテリアルバーストで死んだ人間を再生したことは無いので、できればここで撤退して欲しかったんだが……。

「二人とも、どうなっても知らんぞ」

「それこそ今更だぜ」

「そーいうこと。確認するなら麗しの婚約者様じゃない?」

 それもそうかと敵の攻撃を避けながら僅かに視線を移すと、鈴音さんの顔色は静かなままだった。

 俺が何をするか知ってはいないだろうが、それでも流れから非常手段を使う事くらいは理解できている筈だ。

 

「鈴音さんは亜夜子と共に撤退してください」

 残る残らない、どちらにせよ俺の腹は決まった。

 もはや最終手段を使うことに躊躇いは無い。せいぜいが最低限の範囲を定めることと、残るのであれば秘密厳守をどう守らせるかという悩みだけだ。

 

●虚言

 元もと奇襲のために必要なシチュエーションをクリアし、そして戦力になるがゆえに一緒に来てもらった。

 だから最後まで協力してくれるような心情でも無いことは理解して居たし、撤退するのではないかと思っていた。

 だが帰ってきた答えは意外なほど将来を見据え、驚くほどに冷やかな物だった。

 

「必要ならば止めはしませんよ。アレが本物(・・)ならばという話ですが」

「本物……?」

 意味が判らなかった。

 全ての状況証拠が周の正体を紅世の王であると告げている。人間では不可能なほどの化生体を操り、レアリティの高い戦言祝などの術式を使用して居る。

「鈴音さんは知らないかもしれませんが……」

「達也さんらしくありませんね。御自分が思い付いた方法を相手が出来ないとでも思いましたか? 3Hを持って行かれたのはついこの間である窺いましたが」

 ありえない。魔法の受信だけならばともかくとして、化生体をこれほどまでに呼び寄せるなど不可能だ。

 だが本物ではないかもしれないという言葉が、俺の意識へ冷えた水を注ぎ込んだ。俺の感情は薄い筈であったが、どうやら煮詰まらないわけはないようだ。

 

(偽物……だと? だがこんなことを人間が可能なのか?) 

 これまでの状況と情報を振り返る。

 強力な戦言祝は王本人ではないと難しいと思うが、本当に喰らったのではなく逆算しただけの話だ。ここまではシチュエーションを用意するだけで思いこませることはできる。

 鍵となるのはやはり化生体のコントロールだろうか。少なくとも幹比古ですら無理だと言うだろう。

 

「どうやら冷静になったようですね。達也さんでも落ち着かなくなることがあると知ってむしろホっとしました」

「冷静な顔で言われても嬉しくもなんともありませんが……。しかし忠告には感謝します」

 今起きていることは人間には不可能だ。

 しかし鈴音さんの言う事にも一理あるということが、俺に冷静さを呼び戻して居た。

「正直な話、私には紅世というものは判りません。しかし失言で正体を悟られる様な失態を犯す相手とも思えません」

「……言われてみればそうですね。むしろ自分で漏らして試行誘導を図ったという方があり得そうな気がしてきました」

 紅世の徒を知らないと鈴音さんは言うが、逆に知っている者も存在するだろう。

 特に俺は大漢ともめた四葉の者であり、更に言えばフレイムヘイズに襲われたばかりである。言葉巧みに何かさせるよりも、失言という態を取って誘導した方が引っ掛かる可能性は高い。

 

 周がどんな方法で化生体を操っているのかはわからない。

 だが言われてみれば出来過ぎのシチュエーションと言えるだろう。目の前の男は偽物で、本物は屋敷の外辺りで様子を見守っているのかもしれない。

 

「そこで愛の確認をされても困るんですけどー? ちゃんと敵を倒せる手段があるんでしょうねえ?」

「イヤミは止してくれ。まあ規模を抑えて遠距離に撃てば、キッカケくらいには成るかな」

 可能性としては俺を追いこんで切り札を使わせるというところだろうか?

 だからこそ現在進行形でこちらを攻撃して居るし、九島家への手前もあるだろうが屋敷ごと俺達を薙ぎ払わないのだろう。紅世の王が居るのだ、やろうと思えばいつでも出来た筈だ。

「追加の球っころや投げ針くらいなら何とでもなるから、時間が掛るだけなら構わないぜ」

「問題なのはこの状況が何時まで続くかってことよね。増援の当ては無いの?」

「こいつらレベルとなるとキツかったからな。居ない訳じゃないが、迂闊に手札は切りたくないから……」

 師匠に頼めばなんとかなるかもしれないがそれは最終手段だ。

 そう思いつつも手段を思い付かず、念の為に師匠の位置を確認する為に精霊の眼を広げると……その傍におかしなデータが見受けられた。

 

(馬鹿な。どうして奴が師匠の傍に居た? まだ大亜連合の連中と取引して居ると言う方がありえる筈……)

 師匠は先ほどまで屋敷の外でこちらを窺っていた。

 気配遮断の結界を張ったまま移動し、俺がマテリアルバーストを使ったら逃げられる程度の位置からこちらに向けて走って居た。

(いや、それ以前に……奴は……)

 気配遮断で誤認しているということはありえない。

 気配を操ってもエイドスを見抜く精霊の眼は誤魔化せないからだ。他にも数人分の反応がこちらに向かっているののだが、それと間違えているということは無い。

 

 師匠もだが奴らの思惑は判らない、だが既に動き出している以上は悩んでいる暇など無い。

 おそらくは俺が決断し、マテリアルバースト以外の方法を思い付いたと仮定して行動を始めた。あるいは俺がそうしないように一足早く行動したのかもしれない

 

「仕方無いな。予定外に付き合わされるのは性に合わんが、攻勢を掛けるとしよう。『周だと名乗って居る』男に向けて突っ込んでくれ」

「身動き取れない状況なのに、好きに言ってくれちゃってまあ。……援護は期待して良いのよね?」

 俺は頷きながら雲散霧消を普通に使い始めた。

 戦況も悪化して居るし、もはやこのレベルであれば隠して使う方が難しい。それに奴らの動きを隠すのであれば、偽の切り札として見せて砲が良いだろう。

「ヒュウ♪ こいつはすげえなあ」

「見ての通り単純な構造のモノは何とかできる。精神攻撃的な物は無理だがな」

「その精神攻撃が一番厄介なんですけど!」

 俺は化生体の内、攻撃の為に物質化を行っている個体を中心に分解を掛けて行く。

 炎をまとった個体は物理現象に成り掛けているので対処し易く、魔法式を撃ち出す個体は術式解散でなんとかなる。

 

 そして俺達が動き出したのに前後して、師匠達が突っ込んで来た。

 窓を割って乱入りし、周たちに向けて横槍を浴びせる構えだ。

 

「我らフレイムヘイズ兵団! 含む所はありますが、今限り協力いたします!」

「っ!? ……兵団? そうおっしゃるには数が少ない様ですがね」

 以前に雲散霧消で

 消し去った筈の少女が数名の欧米人と共に現われた。あの時に一緒に居た仲間ではないが、USNAの軍人であるように思える。

「師匠……どういうことか教えていただけるのでしょうね?」

「彼らとも面識はあったのでね。纏いの逃げ水を応用して助けようとはしたのさ。まあ助かったのは再生能力のある彼女だけだったけど」

 師匠がニヤリと笑うが若干違和感があった。

 九重・八雲という男は飄々として捉えどころが無いが、余裕も無いのに敵前で言葉を連ねるような人では無い。

 

 ソレに対して此処と辺りがあったので、軽く頷いて肯定しておく。

 おそらくは『纏いの逃げ水』という言葉を使うことで、周がパレードに似た術を使って他者を自分に変装させていることを言いたかったのだろう。

 

「君の依頼では利用しても構わない。ということだったからね、ちょっとだけ嘘を吐かせてもらった」

「そう言った以上は仕方ありません。まさか『二つも』嘘を吐かれるとは思いもしませんでしたが」

 纏いの逃げ水だけで先ほどの言葉を使っただろうか?

 むしろそちらに意識を向けさせることで、もう一つのキーワードから目を反らせようとしたのかもしれない。いずれにせよ伏兵を使うならば味方にすら気付かれぬ方が有効な事もある。

「まったく敵前でおしゃべりとは、大した余裕ですね」

「先ほどまで好き放題に喋って居たのは誰だ? 挙げ足取りだとは思うが、随分と余裕が無くなって来たな」

 おそらくは戦言祝を使うと思わせるほか、こちらの気を惹くことで周個人への関心を遠ざけるつもりがあったのだろう。

 だからこそ偽物の周にはおしゃべりになるようなプログラムを施して居ると思われた。

 

 こいつは命じられたままに喋り続け、当人はその間に俺達を観察し、同時に逃げ出す準備を整えている筈だ。

 俺達に必要なのは偽者に気が付かないフリをして、一気に攻め掛ることだ。だからこそ化生体の処理に追われている風を装って、フォーメーションを徐々に偏らせていた。

 

(隠れるのが上手い様だがこちらが強力な探査網を組めば、おのずと逃走経路は絞られる。悪いがもらったぞ」

 俺は周の偽者へ術式解散や雲散霧消を向けながら、規模を最低限に絞ったマテリアルバーストを屋敷の外にある反応へと定めた。

 その位置は俺たちが戦っている場所から十分に離れた位置にあり、それでいて魔法による関与がギリギリ可能な位置である。

(そこに居るのは九島の関係者である可能性もあるが……。その時は大漢どころか紅世の徒を匿った罪ということで勘弁してもらおう)

 周の偽者もかなり腕の立つ魔法師であるようだが、こちらには強力な戦闘魔法師が揃っている。

 奴が燐子と呼んでいる化生体の数が減り、護衛である朱が討ち取られれば時間の問題だろう。

 

●巨星墜つ

 そしてチャンスは思ったよりも早く訪れた。

 もし師匠が周の位置を特定して居ればそちらに行ったのかもしれないが、残念ながら目の前の状況を打開する方法にしかならなかった。

 

「チョウ……周・公僅(チョウ・ゴンジン)!」

「やれやれ。貴方もですか。そろそろ潮時ですかね」

 天井を突き破る奇襲攻撃だが、二度目とあっては効果は薄い。

 呂・剛虎が現われたと同時に、周はバックステップを掛けながら足元に雷撃陣を作りあげた。

「フン!」

「げっ。気合いで魔法を吹き飛ばした!?」

「術式解体と剛気功の中間だな。まああのレベルの魔法師ならできないこともないだろうさ」

 師匠が再生について言及した時に、もしかしたらとは思っていた。

 それでもこちらに駆け付けて来ると思えなかったのは、この男が居る位置が判らなかったからだ。

 

 精霊の眼をも欺く包囲への意識操作。

 おそらくはこれが鬼門遁甲だろう。そして逆行する形で屋敷の外に関する位置情報が急速にクリアになっていくのは、ソレを打ち切ったのではなく、むしろ抑え込み始めたからだろう。

 

(強烈なエイドスへの関与……。間違いない、奴だ!)

 呂は猛虎が地を這う様な低い体勢から突撃を掛け、割って入った朱を一撃で粉砕する。

 その間に周は氷結と気流操作を同時に使用するのだが……。

「馬鹿な、私の術が無効化される!?」

「……まだマルチキャストする訳? でもこれで終わりよ!」

「エリカ、その偽者は一応殺すな。聞き出す事がある!」

 減速魔法と移動魔法を同時に成功していたが、まだ追加する気だとエリカは判断したようだ。

 実際にはこの場に居ない周本人が、鬼門遁甲を行使しようとして抑え込まれたのだ。同じ魔法を使う者で有れば無力化することもできるだろう。

 

 先ほど感じた屋敷の外での強烈な反応は、おそらく周本人のものだろう。

 偽者に指示しつつ自分も魔法を行使しようとしたことと、誰かが鬼門遁甲を抑え込んだ影響で、想いもせぬほど強烈な反応が出たのだろう。

 

「全員伏せろ! 古式魔法で外に居る周本人を始末する!」

「ちょっ……」

「いいから伏せろ!」

 最小範囲に留めたものの、元よりマテリアルバーストは近・中距離に向いた魔法ではない。

 逃走中の周の近くに再生魔法で小さな目標を作りあげ、それを分解する事で熱量に変える。対島要塞を守る為に使用した物より規模は小さい筈だが、屋敷の一部が吹き飛ぶほどの影響を受けた。

 

 

-saide?-

 爆風が全てを消し飛ばし、その場に魔法師が居れば防壁を張った上で粉微塵になって行く。

 ごく小さな質量爆発であるはずなのに、恐るべき威力で範囲に居る何もかもを消し飛ばした。

 

 もし狙われた対象が生物であれば一環の終わりだったろう。

 

「ぐぅぅ……。まさか、この私の本体を見抜くとは。迂闊でした」

「大丈夫ですか、徒督? 体が半分千切れている様にも見えますが」

 青い顔で周囲を探る周の前に、にこやかな顔のダグラス・(ウオン)が現れる。

 煙草を銜えたまま懐に手を伸ばし、ナニカを取り出そうとしていた。

「ミスター黄。貴方をここに配置しておいて、本当に良かった」

「その傷では大変でしょう。今傷を治療しますので、動かないでください」

 これは騙し間いの結果だ、別に裏切りではない。

 最初から利用しあって居ただけなのに、避難される覚えも無い。黄は懐にしまっておいた催眠を使う為のCADを始動させ……。

 

「我々に治療の必要はありませんよ。貴方が此処に居ることが重要なのです」

「……なに!?」

 対して周は黄の生命力やサイオン……存在の力を吸い上げ始めた。

 彼とは何度も会話を行い、幾つもの命令を介して耐性を越えるバイパスを作りあげている。戦言祝の力により抵抗するのどころか、自ら生命を捧げるように提供して居た。

 

「おの……れ」

「ごちそうさま。御提供ありがとうございます」

 絞りカスになるにつれ、炎に巻かれるように黄の姿は消え去った。

 代わりに黄の形状をした化生体が現れ、ボーっとした表情で歩き始める。それに自分の一部を植えつけることで、周そっくりな見た目に変化させる事も忘れない。

「そのまま逃走して連中の目を惹きつけてください。しかし……フレイムヘイズを叩き、四葉ともども一挙に潰す計画でしたが上手く行かない物ですね」

 周は再構成したばかりでふらつく足を見て苦笑すると、陰から犬の様な化生体を呼び出して自分を運ばせた。

 上手く行けば黄が影武者に成って死ぬはずだが、追撃の手は何度でもあると警戒すべきだろう。

 

「そういう訳にはいかん」

「っ!?」

 強烈なサイオンの波動が周を直撃した。

 咄嗟に張ったはずの魔法式を吹き飛ばし、防壁が木っ端みじんに砕け散る。

 そして物理構成したばかりの体と、そこに根着くはずだった周固有のサイオンが分解されて行く。

 

●決着

 消え失せて行く周の反応を改めて精霊の眼で確認する。

 鬼門遁甲が発動しなかったからこそ倒せたが、もし操れていたら危うく逃げられたかもしれない。

 

「これで一件落着……とはいかんだろうな」

「彼の言葉を信じるならば、”小覇王”という王も居るそうですからね」

 周を倒せた理由は、奴が黒子を止めて根を張ろうと勢力を大きくしていたからだ。

 大亜連合にまで喧嘩を売り、十師族に潜り込んで一大勢力を造ろうとしていた。その反動ゆえに恨みを買って、方々からの突き上げを食らっていたからだろう。

「奴を自分の手だけで倒せたとも思えません。まだまだ修業が足りないことを実感させられます」

「まあ達也くんならちょっと修業すれば直ぐさ。むしろ今回みたいに影から影に逃げ回る奴を捉まえる方が面倒かもね」

 師匠は笑っているが、やはり良い様に動かされた面が否めない。

 やり過ぎた四葉は警戒されるし、恐れられもする。それと同時に今回の責任を取らされ権勢からは遠ざかる。

 

 四葉のスポンサーからも、そして獅子身中の虫排除の為に協力して居ただろう九島老師の思惑にも一致して居た。

 まだまだ俺も踊らされるレベルであり、色々な精進が必要だろう。

 

「それで達也はこれからどう動くんだ?」

「ひとまずは重力制御型の融合炉実現だな」

「ちゃんと約束を覚えてくれているのですね、安心しました」

 こうして一つの冬が過ぎ去り、また春が訪れるのだろう。

 次の季節、次の年にも新しい目標を見付けて歩き続けるだけだ。いずれもう一体の敵も倒すとしよう。




 と言う訳で、シリーズ最終回に成ります。
心理戦を入れてしまった為に、魔法を撃ち合った描写が無いのが多少強引かなと言う気もしないでもありません。
とはいえ黒子であり逃げを基本に置いてる周さんがまともに魔砲合戦をする筈も無く、煮え切らないラストで申し訳ありません。

戦言祝(いくさことば)
 いわゆる言魂、あるいは催眠暗示によって自分を強化しつつ相手の回避力・抵抗力を下げる。
周さんの特殊能力で、コレを使って洗脳したりします。小覇王グージーさんの方に化生体を封印管理する能力があるので、ペアで化生体軍団を増やせるコンビになります。
イメージ的には金角・銀角みたいな二人で一人の強敵と言う感じでしょうか?
なお元ネタはシャドウスキルという漫画の必殺技なので、本来は戦闘用の殺人技です。エリカが知って居たのもその辺が理由。

●援軍1
 纏いの逃げ水を使って、達也君たちからも隠れて戦力を残して居ました。
フレイムヘイズ軍団が全滅しないと、周さんが表に出てこないのが理由に成ります。
一応は全員を助けるつもりだったのですが、雲散霧消に狙われたら普通は必殺。再生できるミアちゃんだけが蘇生に成功。
他のメンバーもUSNAに狙われたお陰で壊滅しており、数名だけが生き残って居ました。

●援軍2
 大亜連合とは共闘を最後までせず、途中で切れ。
という指示も実は嘘です。鬼門されると大変なので、これを封じるところまでが共闘任務。
呂さんの復讐も本当は必要無いのですが、囮として鬼門封じを見抜かれない為にワザと見え見えの奇襲を掛けて居ます。
性格的に呂さんは命令されたら即座に撤収するので、自分から申し出たのではないでしょう。

●黄さんの役目
 彼が虎視眈々と洗脳の機会を窺っていたのは周さんも知って居たのですが、万が一の食事用に保存されていました。
朱さんが早めに改造されて居たので、知性のあるユニットが必要だったのもありますが。
もし精霊の眼がなければ、此処で捕食再生した周さんがまんまと逃げ切れたことでしょう。この辺のやりとりが紅世関係の面倒な所です。

 と言う訳で色々とグダグダと続きましたが、これでこのシリーズも終了となります。
最後までお付き合い、ありがとうございました。

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