√シルバー【完結】   作:ノイラーテム

65 / 70
茶番

●動き出す影

 炎が鎮まるにつれ招かざる客……国防軍がやって来る。

 演習場の管理を任せて居た内の一人の反応があることを考えれば、連中の息が掛って居たのだろうか?

 九島老師の息が掛って居る筈とは思いつつも、適当に捕まえて案内させているだけかもしれない。連中の言い分を聞くまでは現状では何とも言えないのだが。

 

「ミスター・シルバー! これはどういうことですかな!?」

「どうも何も実験中にテロリストに襲われて迷惑して居るのは、こちらなのですが」

 顔色が窺い易い馬鹿役に任せて、連中はこちらの意気を封じに掛った。

 これだけで程度が知れるというものだが、まずは後ろで出番を待って居る方に話を聞くべきだろう。

「あえて申しあげるならば、UNSAからの見学を認めろと押しつけて来た上に、実験も完全に終了しないうちから押しかけて来られても困ります」

「その様な事は存じ上げません。少なくとも国防軍からUSNAの御客人をご招待した覚えはないのですよ」

 おや? と疑問に思うほどの事ではない。

 国防軍にも派閥がある以上、別部隊……いやセクションが違えば同じ隊内ですら知らぬ存ぜぬは良くあることだ。

 

 不思議なことがあるとすれば、怒鳴りこんで居る馬鹿役以外にも同感だと言う表情を浮かべている者が多いことだろう。

 

「そもそも演習場を一方的に封鎖し、日本の財産であり国家を守る兵器である戦略魔法や戦術級魔法を他国に見せるなど言語道断!」

「その通り。外務省のみならず国防軍が要請などして居ない以上は、これは外患誘致に当たる大罪に当たりますぞ」

(「どういう茶番だ……?」)

 戦力が欲しかったので受け入れたが、外務省を通じて押しつけて来たのは確かに軍の方だ。

 UNSAに近い筋が無理やり押し込んで来たわけだが、それを無かったことに出来るほどの事が、この連中に出来る筈が無い。例え口裏を合わせたとしても、問い合わせればどこかに証拠が残る問題なのだ。

(「書類自体はお互いに偽装だと言い合うにしても、ここで反論して納得させるべきか。それとも放置して推移を見守るべきか……」)

 取れる選択が在ることが、返って俺の行動を躊躇させた。

 何しろメルトダウンはでっちあげた偽物の戦略魔法だし、ヘルヘイムも所詮はニブルヘイムの亜種にしか過ぎない。ここで奪われても別に困ることなど無いのだ。

 

(「待てよ。仮に黒幕の差し金で、この連中はスケープゴートだったとして、どうして師匠は介入を起こさない? 忠告すらする必要が無いのか、それともそこに意味があるのか」)

 もし師匠があえてこの事態をスルーしたとすればどうだろう?

 その時、俺の背中に走るモノがある。この馬鹿げた茶番劇が黒幕の差し金であり、その正体を浮かび上がらせる為に必須条件であるならば……。

(「もしそうなら、師匠が止める筈がない! 俺に黒幕の正体を教え、更に影から出て来なかった状況から踏み出させるには打ってつけだ」)

 ただの偶然で愚か者の集団が、さきほどの激戦を見て直ぐに動こうとするだろうか?

 逆に黒幕に利用された部隊が、何らかの事情でそそのかされたと考える方が自然だ。素直に接収させれば良し、仮に俺が暴発して始末したとしても、それを理由に取り上げることができる。

 

 ……そこまで考えておかしなことに気が付いた。

 この連中の注意はメルトダウンのユニットではなく、ヘルヘイムを使用したことで壊れかけて居る3Hの方なのだ。普通に考えれば逆はあってもこの優先順位はない。

 

(「本当に欲しいのはヘルヘイムの方なのか? それとも黒幕たちの中で意見が割れている?」)

 本来は管理して居る者を抱き込んで、密かに情報収集だけをする方が黒幕らしいと言える。

 強力な電子戦技術者が用意できていれば、俺が勝利に浮かれている間にそれなり以上のデータを奪えそうに『見える』からだ。実際には藤林中尉も居るし、管理自体もかなり厳しくしているのだが……。

(「衛星監視も霊視も不可能な状況だった。結果の全てを外から、あるいは職員目線で見れば3Hは受信機ではなく、魔法を使用出来る新兵器に見えなくもない」)

 捨てても良い駒を利用して、戦略魔法と同時に新兵器を入手する。

 それも魔法を使える人形兵器であれば、軍隊のみならず何処の組織でも有用だろう。意見が割れてもおかしくはない。

 

(「偶然ならばともかく、故意であれば見えて来る者があるな。ようやく居所が判って来た」)

 九島老師が演習場を抑え、更に外務省を通じて要請したことを一時的にでも無かったことに出来る。

 そんな相手はかなり限られてくる。そこらの官僚や軍人を抱き込むのとはレベルが違うのだ。

(「だが相手も十師族ならば話は別だ。今の状態は一時的な処置。戦略魔法と新兵器を手に入れた後に、他者に詰め腹を切らせられるからな」)

 十師族の中でも軍に影響度の高い家ならば、今の状況を意図的に造り出す事もできるだろう。

 それほどまでに彼らの力は強く、魔法師社会のみならず深い根を降ろして居るからだ。

 

 とはいえそれを可能とする家はそう多くない。

 コネクションだけならば三・四・七・九・十と半数に上るが、上層部と交渉抜きに現場を動かすのはかなり難しい。狙ってやれるとしたら極一部に限られる。

 

(「三矢家は可能でも商売上無理はすまい。一番の容疑者は七草家だが……もう一つ大きな動機を持つ家がある」)

 正確には家では無く、人物というべきか。

 その人物であれば最近起きて居る事は十分に可能。今日の事を知らぬ振りで情報を入手をする事もでき、かつ今の暴走を誘導する事など容易いと言える。

「リーナ。確認したいことがある」

「何よ? 言っておくけど日本軍のことに口出しはしないからね」

 日本軍ではなく国防軍なのだが訂正する必要は別に無いだろう。

 それよりも彼女であれば知っていること、婉曲的にでも感じている事がある筈だ。

 

「あんな茶番はどうでも良い。俺が聞きたいのは、九島でお前を世話して居た(チョウ)という人物は華僑かということだ」

「……? そうだけど有名な魔法師なの?」

 全てが繋がった……。

 俺の勝手な思い込みで妄想かもしれない。だがこの考えが本当であれば、全て証明できるほどに一本の線で繋がるのだ。

「その人物かはともかく、華僑のネットワークで情報が漏れている。次に出逢ったらフィルターを掛けて話しておいた方が良いな」

 おそらくは大漢の残党であり、大亜連合と敵対する魔法師だろう。

 その(チョウ)という人物自体は九島老師に雇われて、大亜連合相手のエージェントでもして居たのかもしれない。だが裏で黒幕のネットワークに繋がって居たのだろう。

 

 十分な情報と戦力のバックアップと引き換えに、九島老師経由の情報を流し、あるいは華僑ネットワーク経由の情報を老師に流す。

 そう考えれば黒幕たちの動向にも納得が出来るし、これまでやって来た行動を用意にすることができる。何しろ演習場を抑えたのが老師ならば、リーナの留学支援をしたのも老師。藤林中尉の祖父であり、七草家の当主からみても師匠に当たる。

 

(「問題なのは老師も黒幕の一人なのか、それとも利用されているのか……か」)

 この考えが正しいのか妄想かは別にして、九島老師には大きな動機がある。

 まず十師族が軍部に根を張るのを良しとしておらず、四と七の家が勢力回復するのを快く思っていない。さらに。魔法師のみならず軍の相談役でもあるが、魔法師が戦争に行くことを好んで居ない。

(「老師であれば3Hが魔法を使ったと聞けば回収命令を出してもおかしくはない。黒幕陣営を割る価値があると思ったのか、それとも利用するのは今回の襲撃を対処したことで十分と思ったのか」)

 もちろん老師自身が首領であったり、逆に利用され洗脳すらされている可能性もある。

 相互に利用する帰還が終わり、老師がワザと証拠を残したという可能性も無いではないが、それは俺の希望的観測だろう。

 

「それでは外観誘致の容疑が晴れましたらこれらはお返しします」

 今回得た情報を前にしては、国防軍が持ち去ったモノなど何の痛痒を感じない。

 どこか空々しい言い訳に頷きながら、俺は思い至った考えに戦慄しながら、密かに調査する必要を感じて居た。

 

●反撃開始

 九島老師の身辺が怪しい。

 そう思い至ってから暫く、調査の要に設定すると色々な情報が出てきた。

 

「平河が?」

「ええ。調べて見ると九校戦の辺りから(チョウ)という男性と、交流が始まって居たようです」

 亜夜子たちにはこちらの情報網に刺さって居た『枝』を探ってもらっていたのだが、九島老師身辺の人物を代入するとアッサリ答が出た。

 (チョウ)という人物は老師の元でエージェントをしており、平河・千秋にも繋がって居たのだ。

「慣れ染めはCADの持ち込みで起きたトラブルを解決してもらったそうですけれど……。他にも魔法面での相談で随分と傾倒しているようで」

「他にも九校戦のトラブルを収めたり、横浜での戦いにも協力したとかで、とても尊敬して居るみたいでした」

「そういえばそんな話を聞いた様な気がするな……誰かに助けてもらったと」

 複合型デバイスの登録あたりで聞いた話だったか?

 言われてみれば九校戦で小さなトラブルは起きて居たようだし、それ以降で平河が色々と提案していたのも確かだ。徐々に仲良くなりつつ、ローゼンや俺達の近辺から情報を抜いていたのだろう。

 

「平河さんに注意を促しますか?」

「せっかく枝が判明したんだ。迂闊に触って蜘蛛の巣にひかっける事は無い。接触可能な情報を制限すればいいだろう」

「御当主様の御意向にも合致しますわ。そのまま利用して……必要ならば、切れ。と」

 頷いて見せるがそこまでする必要はないだろう。

 (チョウ)とやらbにとっても何時でも切れる枝に過ぎない。利用価値が無くなれば捨てるだろうし、比重が大きくなれば平河に接触して来る回数が増えるだけだ。

「これより以後、平河には何の期待もしない。あえて処分しようとも想わないが、ウィルスや自爆装置を渡されている程度の懸念は常に持っておく」

「その判断を保てるのであれば、何も言うことは無い。とのことです」

 話を続けてはいるが、頭の中では情報の精査を行っていた。

 九島老師関連の人物を代入した結果ではあるが、ただの偶然なのか、それとも本当に俺の考えが正しかったのか?

 

 ローゼンとの交流で得た発想、九校戦で試した技術、横浜戦に向けて用意した様々な術式。

 それらに平河は少なからず関わってきたし、彼女を経由して情報を抜いていたのならば、その関与は限りなく黒だろう。状況証拠でしかないが九島家の中に巣喰っているのは間違いない。

 

「九島家に関しては時間を掛けて追及していく。その過程で老師が連中を放り出すか、俺達に掃除させるならばそれ以上は何も言わない」

「流石に老師が判断を見誤るとは思えませんけど……。過信は禁物ですね」

 老師ほどの人物が判断を間違えるとは思わないが、『九島家として』は他家である四葉よりも手飼いにした大漢残党を有益に思うかもしれない。

 一応の当主である九島・真言は俗物的な人物とのことであるし、老師は放置する気でも息子の方が手放さない可能性はあるだろう。何しろ四葉と七草が沈んで居る今の状況では、九島家こそが十師族で上位に居ると言っても過言ではないのだ。

 

「それと……これは懸念段階なのだそうですけれど、外患誘致に関して出頭命令が下るかもしれないとのことです。達也さんとしてはどうされますか?」

「……なるほど。解析でき無かったようだな」

「どういうことですか? あくまでこの間の説明を求めているだけだと思うのですけれど」

 亜夜子は面白そうな顔で、文弥は驚きと不満が混じった顔で俺の方を見る。

 底意地の悪い見方をするのかどうかが、この別れ目だろう。

「どう考えてもあの件で俺を引っ張れる筈が無い。現にこちらの出して居る遺憾の意に、官僚筋から詫びが入って居るくらいだ」

「つまりね。達也さんを脅迫するか個人的に交渉して、技術や情報を引き出したいと言う事よ」

 当然なのだがメルトダウンのユニットはでっちあげなので、分子ディバイダーの大型版以上の解析ができる訳が無い。

 3Hに至っては受信機能しか付けて無い上に、それらの機器はヘルヘイムによる極低温で壊れて居る筈だ。ニブルヘイムのように自身を守る設定が必要無い以上、損害は大きい。

 

「そんな! 完全に言い掛りじゃないですか。相手する必要なんか無いです」

「その通りなんだがな。ただ、虎児を得る為に虎穴に飛び込むか悩む所だ」

 流石に脅しが通じるとは思っていないだろうが、金や地位など約束されても困る。

 結局のところ、黒幕に至る為の情報こそが何よりのリターンだ。(チョウ)が黒幕なのか、それとも他に居るのか。そして戦力はどの程度なのか。

「まあ正解を想像するのであれば、証拠固めと弁護人の準備だけしておいてどっちでも良い様に待ち構えると言うところだろうな」

「言い掛りに対してお疲れ様です。それで何方にコンタクトを?」

 暴論とは言え老師のコネクションを利用して放たれた召喚であれば、相応の人物でなければ介入どころか場所を突きとめるのも難しい。

 そのことを亜夜子は暗に尋ねたのだが、俺としては苦笑するしかない。

 

「面倒だからな。その辺りの調整を請け負った人間に、直接頼むとしよう。……七草先輩のラインは止められているだろうから、ここは一花先輩に頼むか」

「まあ、七草家の御当主にですか?」

 この間の師族会議で四葉の分家が幾つか表に出た頃、市原家は七草家のツテで一花家として復帰した。

 そこに至る業績などは特に存在せず、四葉も七草も自分の勢力を拡大する為にやったのだと言ってよい。その意味では一花家から七草家に話を持ち込む事が出来るだろう。

「七草・弘一氏は色々と画策するのが好きな性格らしいからな。下手に動かれるよりも直接『お願い』した方が双方の利益になるだろうさ」

 どうせ老師には色々持って行かれて居る。

 最初からダミーでしかない技術を渡すことには異存など無いが、奪われるよりも交渉の材料にした方が遥かにマシだろう。

 

 老師だけでは無くUSNAが仲介を頼んだリストの中に入って居る可能性も高く、証拠も証言も集め易い人物には違いない。

 時間を短縮する意味でも交渉するならば、この男が最短だろう。

 

 こうして俺たちは黒幕の陰謀を跳ね除け、逆に尻尾をつかむ為の交渉に挑んだ。




 と言う訳で姿を現し始めた黒幕との抗争に入ります。
来訪者編からスティーブル・チェース編にかけて老師と周さんが接近していったのを、逆に早めに接触して乖離して行く形になります。
というかパラサイト・ドールみたいなのがあったら、傍観するつもりだった老師も動くと思いますので。と言う訳で3Hを使った罠は、老師が動く為の布石でした。
 本文でも書いていますが、九校戦編で平河さんがCADのトラブルで困った時に、とある人に助けてもらった……というのは周さんのことでした。
周さんに至る断片的な情報自体は幾つか細かいところで出て居たのですが、達也君は知らなかった。
九重師匠はその辺を調べて知って居たけど、聞かれなかったので答えなかった。今回は自分の目的の為に、その辺の情報が伝わる様に多少画策した……という形になります。
なので達也君は全てに気が付いたわけでは無く、師匠に誘導されて師匠の目的(正確にはスポンサー)の為に動かされてる感じです。
まあ利用されるのを了承して、黒幕対策を頼んだのも達也君なのですが。

 話の流れとしては今回で黒幕に気が付いた、次回で把握する、可能ならばその次で倒す(多分この回が前編・後編と化に成る予定)……という予定に成ります。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。