√シルバー【完結】   作:ノイラーテム

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偽りの最終決戦:後編

●魔砲合戦

 富士演習場が燃え上がる。

 迎撃部隊も罠も焼き尽くし、魚とも竜とも区別がつかない赤の化け物が緑の森を蹂躙していく。

 

「まったく。人間と戦っている気がしないな」

 絶叫を上げる炎の塊は、右往左往しながらユニットを目指している。

 正気を失ってはいても、当初の目的そのものは失っていないと言うところだろうか。それとも方向性さえ合っていれば、あの火力であれば問題無いというべきだろうか。

 極論を言えば深雪もコキュートスを延々と使えば似たようなことができるが、これほどの長時間に渡って魔法を使い続けるのは危険でしかない。

「3Hは無事、レオとエリカは奴の援護を止めに行ってる。……予定通りではあるが保険が全て吹っ飛んだのが痛いな」

 精霊の眼で探ると咄嗟に防護し黒コゲで済んで居る一部を除いて、USNAの部隊が根こそぎ消え去って居る。

 奴を追い掛けて居たので仕方の無いことだが、当てにしていた戦力が消えたのは痛い。他にも勝手に入り込んで居る国防軍も居るには居るが、連中に戦力として期待するのも間違いだろう。

 

「となると師匠に頼むか、間に合う内に『サルベージ』するかだが……仕方無い」

 師匠にはこちらを利用する形で良いとまで譲歩した上で、黒幕対策を頼んでいる。

 ここで迂闊に接触して黒幕に警戒させるのも惜しい。となればリスクを覚悟でもう一つの手段に頼らざるを得まい。

「聞こえて居るか? 魔法力は失われて居ないなら援護して欲しいんだがな」

 黒コゲに成ったシリウス少佐を再生で元の状態に戻す。

 湧き上がる劇痛を無視して可能な限り静かに用件を伝えた。

「……え……? 生きて、る?」

 CADも修復しはしたが、少佐が強く認識して居るモノ以外は無理だろう。あくまで記憶に焼きつくほど把握できている装備だけが取り戻せたに過ぎない。

 

「俺の切り札は再生魔法だ。コストは有用性に比例して大きいから、少佐以外は相当な取引になる」

「リーナでいいわ。……残念だけど、あのレベルに対抗できるのは私一人でしょうね」

 魔法力が失われて居ない事を、幻覚魔法で素肌を覆い隠す事で答えた。

 遠距離攻撃力が重要な状況でソレを行う余裕があるならば、戦力としては当てに出来るだろう。

「作戦は当初の通りだ。メルトダウン本来の使い手も向かっている筈だが、基本的には俺達で倒す」

「ならコースから外れないように余力を少しずつ削っていく必要がありそうね。まったく……衛星照準も霊視誘導も使えないのは痛いわ」

 富士の樹海は元からそういう要素もあるが、何よりこれだけの炎禍と霊子災害が発生している。

 今もまきちらされるプシオンとサイオンにより、レベルの低いSBが無数に引き寄せられている。衛星で探るどころか、オペレーターに霊視で探ってもらうのも難しいだろう。

 

「直接視認だと相手の視線照準の方が早いからな。狙いが荒れるのは諦めるしかない。できるか?」

「出来るけど……。フレディがここまでの力を振るえるだなんて……」

 装備をチェックしてCADを操作し直すリーナに、俺は少しだけ首を振った。

 今さら説明しても仕方の無いことだが、迷ったまま戦われるよりは良いだろう。

「君も自滅覚悟でムスペルヘイムを使い続ければ似たようなことはできるだろう?」

「寄生して居るパラサイトの生命力を含めて、生き残る選択肢を捨てて全てを破壊に振り分けたってこと? それなら判らなくもないけれど……いえ、それなら戦いようはあるわね」

 あくまで奴は自滅を承知で魔法を行使し続けて居るだけだ。

 瞬間的に戦術級魔法を使える魔法師自体は少なくは無いが、それを長時間使える人間など殆ど居ない。突くとしたらその辺りだろう。

 

「ミスターシルバーの再生魔法は消失する弾丸の形状を保てる?」

「レールガンか? 無理だな。物体の方が楽ではあるが、そんな便利な使い方はできん」

 電磁砲を魔法で造り出す技術はあるが、専門の弾丸無しには難しい。

 適当な物体を弾丸とした場合、早期に摩耗してしまうのでソレを俺の再生魔法で何とかしようとしたのだろう。

「となると分子ディバイダーが頼りね。流石にヘビィ・メタルバートの許可は降りて無いし」

「それならこいつを持って行け。分子ディバイダーとほぼ同じ機能を持つ筈だ」

 リーナに投げて渡したのはメルトダウンを放つ際に、邪魔になるモノを先んじて除去する為の為の分子ディバイダーもどきだ。

 計測に不備をもたらす物を排除する為の先導弾として使うことを想定して居るので、魔法で飛ばしてからも十分に発動できる。

 

「出力の方は使ってみないと判らないけれど……。先に造って居る身としては良い気がしないわね」

「先行する者の不利は今に始まったことじゃない。参考にされるのが嫌なら門外不出にしてしまっておけばいい」

 とはいえそう言う訳にもいくまい。

 ある程度隠す必要のあるヘビィ・メタルバートと違って、分子ディバイダーはUSNAの力を誇示する為の存在と言っても良い。

 理論はそれなりに外に公表されているし、使い方なども特務部隊を見張って居れば調べるのは難しくは無い。

「イレイザーはプログラムすれば勝手に移動を……」

「その辺の説明は要らないわ。こっちは本家だし独自の使い道があるもの。……じゃ、私は行くわ」

 リーナは使うと言いながら、実際にはUSNAのディバイダーを使う気の様だ。

 自分の装備を確かめた後、念の為に周囲を探って他の兵士が落とした物を予備武器にして居る。どうやらイレイザーは余裕がある限り、未使用で持ち帰って解析だけをするようだ。

 

「……夢見ながら、待ち居たり」

(「遅延術式と目標マーカーを併用するのか。……面白い使い方だな」)

 リーナが飛行しながら使用して居るのは、魔法の射出方向を設定する設置型の魔法だ。

 例えば分子ディバイダーは刀身から真っすぐ伸びるか、刃を覆う様に発動する。だがあの魔法を使用する事で、相手が想っても居ない場所から発動できる。

 それも普通に遅延術式で使用したのではコストが大きいが、マーカーだけを設置するのだから数を『置いて』も消耗は少ないだろう。

 

「ではこっちも誘導を行うとするか……オン・マケイ・シュラバヤソワカ」

 もはや俺レベルの振動魔法など何の役にも立たない。

 加えて奴の撒き散らす熱閃で周囲の監視体制も消えて居る。今ならば遠慮は不要だろう。

「……リーナの電撃もあまり効いては居ないな。だが、目くらましには丁度いい」

 雲散霧消で奴のまとう炎の表層を消し去り、電撃の到達距離を手助けしていく。

 あるいは気がそれた所で直接本体の細胞を消し去り、リーナに向かった攻撃的意識を再び周囲に散らすようにしていった。

 

 その攻撃は時に無意味で、時にそれなりのダメージを与えて行く。

 事象改変の及ばない位置で造られた炎や熱閃であろうとも、削り取りながら使えば効かないと言うほどでもない。

 当然それだけ奴の意識が本来の目標から反れ歩みが遅くなるが、リーナはともかく3H周辺に炎を叩き込まれたら意味が無いので丁度良い。コントロール可能な進撃速度で移動してもらった。

 

「アクティベイト! ダンシングブレイズ!」

(「俺の援護に気付いたな。合わせろということか」)

 リーナは奴の視界を掠めながら飛行し、カーブを描いた段階で数本の短剣を死角に投じた。

 短剣に紛れて分子ディバイダー用のブレイドが飛んだのが見えたが、それだけでは奴に焼かれて届きはしまい。俺は雲散霧消で炎の一部を消し去り、短剣を無事に命中させた。

「アクティベイト! 分子ディバイダー!」

 新たに生み出され続ける炎で短剣はアッサリ消滅するが、分子ディバイダーの刃はそうもいかない。

 元の事象干渉力はリーナの方が優れて居る事もあり、奴本体の腕を切り落とす事に成功したようだ。

 

「これでさっきのマーカーを利用しても応用技だと思うか。……こちらも精々利用させてもらおう」

 雲散霧消を使用するのに遠慮は不要だが、それで無制限の使用をするのは愚か者のすることだ。

 師匠クラスの魔法師が敵であれば、SBなり使い魔の侵入に成功しているかもしれない。次なる分子ディバイダーの一撃に紛れて穿つべく、監視に用心しながら狙うことにした。

 

 だが正気を失った相手でも、効果的な反撃を行えることもある。

 詳細な行動や先を読む様な作戦は無理でも、逆に愚かの極みを戦術レベルまで高めることはあるのだ。

 

『ギィオオオ! シェァアー!!!』

「炎のブレス!? これだけの消耗中に正気なの!?」

 元より正気であるはずがない。

 並みの魔法師ならば一撃で昏倒しかねないレベルで、猛烈な炎を吐き出した。瞬時に熱閃と化してリーナの回避機動全体を包みこんでしまう。

「……まだまだ!」

(「間に合ったか。今はまだまだリーナに目を引きつけてもらわねば困る」)

 火傷を直した反動を圧縮して感じながら、リーナが動きを取り戻したのを見届ける。

 今の状況が続けば先ほどのブレスも、あくまでリーナ周辺を狙うだろう。正気を失ったがゆえのランダム性もあるだろうが、それでも3Hが居る方向に吐かれる訳にもいかない。

 

終末に向かう世界(ヘルヘイム)

 戦いは既に五分を越えており、リーナの戦闘力を大いに証明して居る。

 最初は焼き殺されたほどの熱量すら、熱遮断の術式でことなきを得て居るほどだ。

 

「アクティベイト! ダンシングブレイズ!」

(「今度は幻影か。虚実を混ぜた戦いは流石だな。何より本命を覆っているコーティングが見事だ」)

 短剣の幻影は炎に巻かれた瞬間に消え去るが、姿を隠した短剣はそうでも無い。

 ソレは透明化の魔法を掛けて居るのみならず、熱遮断の効果で炎の中でも原形を保っていた。分子ディバイダーのみならず、普通の短剣ですら効果的に使える辺りは頭脳も冷静さを取り戻して居るのだろう。

「そこ! 目覚めの時よ!」

 自身で切り込むと同時に、先ほど設置したマーカー付近で分子ディバイダーが発動する。

 複数の角度から斬撃を浴びせながら、投じた短剣を高速で誘導して奴の背中に突き立てることに成功して居た。二重三重の攻撃はそれぞれが囮であり、それぞれが必殺だった。

 お手本の様な殺陣とはいかないが、見事なソードダンスと言えるだろう。

 

 奴は生きて居るのが不思議なほどの傷を負っている。

 それでも動けて居るのは正気でないから痛みを感じて居ないからだろう。むしろ不思議なのはこれほどの火炎を放ち続けていることだが、もしかしたら儀式系の魔法で蓄えて居たのだろうか?

 

「とはいえ、そろそろ終局だな。3H……いや深雪。準備はいいな?」

『はい。お兄様』

 俺は3Hを抱え上げると、遠距離から動かして居る筈の深雪に声を掛けた。

 いよいよ受信型ニブルヘイムであるヘルヘイムを使う時が来たのだ。射程距離は固定で有る為に、この状況では俺が運ばざるを得ない。

「揺れるとは思うが確り捕まって居てくれ」

『それでしたら、この様にした方が、確実ですね。この体は、甲冑だとでも、思って、ください』

 俺の首に回す様に3Hが両腕を回してきた。

 抱き締め合って居る様に見えるが、甲冑だと言うならまあ許容範囲内だろう。

 

 幾つもの魔法を併用できるリーナと違って、俺には許容量が少ない。

 飛行魔法ではなく移動距離に特化した跳躍魔法を使用し一気に奴の足元に忍びよる。3Hに掛けた指の力を弱めながら幅射熱の中を飛び抜けた。

 

「後は任せた!」

『お任せ、ください。お兄様』

 完全に力を抜いて手を離しつつ、雲散霧消で3Hの前方から一定領域を取り除いた。

 転がる3Hの周囲から猛烈な冷気が立ち込め始め、蒸気すら凍らせる凍土が出現し始める。

 

 真っ白に、真っ白に。ただ真っ白に世界を染め上げて行く。

 普通にニブルヘイムを使用する場合は自身の生命を守らなければならない、だが受信型のヘルヘイムであればその必要は無い。

 全ての力を減速系に割り振った強大な魔法が奴を捉えて行った。

 

「やったと思う?」

「確認するまでもないな。途中から死に体だった。余剰エネルギーで動いて居た相手にトドメを刺したに過ぎん」

 むしろ問題なのは下っ端ないし利用された連中を片付けただけだ。

 黒幕はここぞとばかりに動いて来るだろう。妙に張り切っている国防軍の反応を感じながら、俺は動きを待つことにした。




 と言う訳で偽りの最終決戦:後編をお届けします。
アルフレッドさんはスターズの追撃部隊と一緒にお亡くなりに成りました。
達也君の回りに動員できる戦力が居なくなったところで、そろそろ黒幕が動くことに成ります。

 次回はタイトルは『茶番』、これから三話(前後編で分割することはあります)で真の最終決戦に向かうストーリーの予定です。

●各種魔法
『ヘルヘイム』
 3Hを改造して作った受信機に対し、深雪がニブルヘイムを使用します。
自分を除去したり仲間を守る前提が全くないので、遠距離から放っても威力は強烈なままです。

『分子ディバイダー』達也版、USNA版
 達也の再現した魔法はあくまで装備の延長上にしか使えませんが、USNA本家なので何処にでも仮想領域を展開できます。

『九頭竜』
 射出マーカーを設置する遅延術式で、指定した場所から特定の場所に射出用の砲身が伸びます。
記憶するポイントがヒドラの頭のような配置に成るので、こう呼ばれています。
なお今回は通じる攻撃が無かったので分子ディバイダーしか使って居ませんが、普通に炎や電撃でも飛ばせます。

『神威召喚』
 神ないし同等クラスとも称される精霊・紅世の王を召喚。
具体的に言うとアルフレッドさんの内部に居た王が暴走、周囲を圧倒的な火力で薙ぎ払います。
とはいえ劣等生世界においてはムスペルヘイムを延々と使い続けているレベルなので、初見殺しさえ乗り越えれば耐熱魔法で即死は避けられます。
(正気を保って居ないからこそで、この魔法を使用しても正気を保てる相手だと、耐熱障壁ごと焼き殺されるでしょうけど)

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