●冴えたやり方ではなく
襲撃事件から数日、俺は見舞いがてらに病院を訪れ、レオとエリカに用意した魔法式をバージョンアップして居た。
戦力が限られている中で二人の実力は貴重だが、少し強い程度ではこれからの戦いでは戦力外だからだ。
「これから二人には劇的に強くなってもらう」
「それは願ったりだけど……。そんな都合の良いことが出来るわけ?」
そんな物は存在しないが、普段使わない様な魔法ならば存在する。
癖を抑えて有利に戦えるタイプではなく、扱い難いほどの癖があっても爆発的な力を発揮できる魔法を選ぶだけだ。
「まずはレオ。お前がもらったという術式、使い道が間違ってるぞ」
「そうか? 自分でもかなり戦えたと思ってるんだがなあ」
エリカの兄経由でもらったという術式は、古式系の増幅魔法だった。
既存の魔法と組み合わせて、生命力を糧に大幅な出力UPを図ると言うモノだ。
レオはこの術式を俺が考案した新装備……身体強化の魔法を出力強化して居た。
「五割増しで動ける魔法を出力強化して二倍というのは、確かに凄いように見える。ただし自己能力としての比較としては……だ」
レオは体格の良い人が機敏に動ける限界レベルで、相当な速さで動くことができる。
元もと体格の良くて素早いレオが身体強化すると、剛力かつ高速で動けるという訳だ。それを出力強化したのだから一見、恐ろしいほどの性能を発揮出来たように見えるだろう。
「だがな、それでエリカと勝負できるか?」
「あー言われてみればそうか。時間稼ぎなり隙でも突くなりされちゃおしまいだわな」
レオを基準にすればかなりのモノだが、それでも速度タイプであるエリカの標準速度だ。
常人の身体能力を平均は五、最大で十と仮定する。レオは速度が七で筋力が十、耐久力は規格外の十二くらい。これに対してエリカは筋力こそ五だが速度は十、規格外の十二なのは速度感覚だろう。
これでは仮にエリカが身体強化加速系を使ったら二倍どころか三倍でも追いつけるか怪しい。
有利に戦うだけでも五倍、抑え込むほどならそれ以上の出力が必要だろう。ここまで極端な例では無いにしても、最低限五倍を扱うと言う選択肢も用意しておいた方が良い。
「そうだな。この魔法式を使用して問題無く制御できる範囲が二倍で、五倍以上は長時間使うと危険だとする。それでも後者を選んだ方がお前の特性に合っている」
「まあオレだったら制御に失敗しても一回くらいなら耐えられるしな」
レオは肉体的に優れて居るのもあるが、得意なのは硬化魔法だ。
この魔法は物を固めるだけの魔法では無く、物体の相互位置を固定したり、その応用で肉体そのものの損傷を発生させない様にできる。
制御に失敗なくとも肉体が損壊する様な魔法を使ったとしても、レオならば普通に耐えることができるのだ。だからこそ身体強化の魔法と切り替え・併用する事で、アキレス腱などを損なわずに動けるようにしていたのだ。
ならば十分間ほど優れた人間になるのではなく、短時間でも超人を目指すべきだろう。
今までならそれで良かったがこれからは違う。少なくとも高レベルの相手であれば、耐えて凌げるレベルではお話にならないからだ。ゆえにレオには、アキレス腱どころか肉体全体が損壊しかねない魔法を硬化魔法前提で使ってもらう。
「んで、あたしの方はどんな魔法にするの?」
「結論から言うとレースマシン。レオとは別方向の無茶といえば判り易いか」
武装に関してはそっちの一体型CADを使う。流石に千葉家と五十里家の連携に勝てる道理は無いからな。
正確には既にあらかた試して居るから、そこを探る余地は無いというべきか。だからエリカに用意する魔法があるとすれば、今までのバランスを壊した方が早い。
「魔法式は普通使わない様なレベルに定型化してエリカの方で使いこなす。使うタイミングやバランス制御の方で失敗したら、高速で転倒しかねないようなヤツだ」
「おっけ。それなら、あたしの得意分野よ。どんなにヤバくても制御してやるから」
エリカに用意するのは前述した通りレース競技に使うマシンのようなものだ。
レオと違って得意分野であっても強力な魔法を制御する能力がエリカにはないので、魔法そのものは固定式で発動だけは確実にしておく。
後はできるだけ高速で発動する様にするか、数秒後に発動するのをバレないように使うかはエリカの速度感覚次第だろう。
ひとまずこんなものかと思った時。
思いがけない言葉が俺を揺さぶった。考慮から外して居たので想定外だと言っても良い。
「各訓練に関しては、まず似たようなタイミングや難度で発動できる魔法を利用する。エリカで言えば加速系ではなく衝撃系とかな」
「いいんじゃない? それなら自爆しないし、攻撃のバリエーションも増やせるしね」
エリカならば下駄の足が一本しかない状態で超高速で走る様な物だが、それでは練習するだけで危険だ。
まずは同じ様にシビアなタイミングで発動する衝撃系魔法を使用し、タイミングだけを練習する。この魔法は剣圧を放つタイプにする予定なので、加速系を覚えられなくとも攻撃の強化に成るだろう。
エリカが正面3mに限り一条や吉祥寺並みの火力を出せるならば、それはそれで有意義だ。調整した結果、扱い易い直線上ではなく、弧を描いたりするかもしれないが、ランダム化しなければ目を瞑れる範囲と言える。
「んじゃオレは出力強化を抜く感じでいいのか? 代わりに加速入れる感じで」
「そうだな。身体能力で五倍を出した時の速度に合わせて、弱めの加速系を入れてスイッチできるようにしておくことにしよう」
レオの場合は練習して居ると疲弊していつまでも復帰できない。
だから通常時は三倍強くらいにしておいて、出力強化した時の速度に合わせた加速系で移動力に慣れて行く。後は体力が戻った時に、保険に不壊魔法を使うくらいで十分な練習ができる筈だ。
「それで深雪にはどんな魔法を用意するの?」
「何?」
正直な話、大いに戸惑った。
深雪は安全圏に置いておきたいという感情と、逆に冷静に考えれば敵のスケジュールを無視できる存在としては大きい。
感情が殆ど無い俺は滅多なことでは揺るぐことは無いが、例外である深雪に関しては感情が冷静な思考を追いやろうとしている。
「私も専用の魔法を頂戴したいです。駄目ですか、お兄様?」
「そうだな……」
だがそれも深雪が頼み込むまでの話だ。
俺の事を心底心配する妹に対し、無関係な所に居てくれとは言い難かった。
「判った。無茶はさせたくないができるだけ……っ!? いや、そうだな。深雪にも積極的に協力してもらおう」
「本当ですかお兄様!? 深雪もお兄様のお役に立てるのですね!」
不承不承であるが頷こうとした俺の前で、とあるモノが病室にやってきた。
程度の差はあれ今や病人の基本的な世話の為に利用される存在であり、高品質のモノが学校でも研究される対象だった。
「学校に3Hがあったな。黒幕に見つからない様にアレを買い取って人型サイズのCADとして改造しよう」
「ヒューマノイド・ヘルパーをCADにするのですか?」
深雪が首を傾げるのも無理は無い。
いかにCADを大型化しても限界があるのだ。3H……人間型のアンドロイド・サイズでも意味は無い。ハッキリいって深雪の能力であれば汎用型のCADと共に、コキュートスやニブルヘイムの補助特化型でも作った方が良いくらいだ。
「今は意外に思うかもしれんが、深雪も納得してくれると思うよ」
ただし、普通の使い方をするならばの話。
ある一点に置いてCADの大型化は意味があり、だからこそ囮にしているメルトダウンのユニットも車両サイズなのである。
真意を話し、少なくとも黒幕が想っているよりも多くの戦力を用意出来たと、深雪を説き伏せることに成功した。
こうして戦いの準備を行いながら、俺たちは当日を迎える。
●氷獄と煉獄
新しい魔法や装備に関しては、柳大尉や藤林中尉をモデルにした装備を造ることで大隊の協力も得ることができた。
考えて見れば深雪に用意する魔法は大隊の装備にも近い物があり、新しい物好きな真田大尉としては大いに興味が出たのだろう。
また個人の資質に頼りがちなレオの魔法はともかく、エリカの加速系や衝撃系はシビアな『幅』さえ考慮すれば、精鋭である大隊ならば調整可能な範囲だ。
「ミスター・シルバー。御招きに預かり光栄です」
「いえ、こちらこそシリウス少佐の協力を得られて幸いです」
シールズ女史はやはりシリウス少佐だった。
あれから政府を交えた交渉を踏まえて、お互いに譲歩した結果が今の状態だ。
UNSA側がどれだけ偽情報を信じて居るかは別にして、脱走兵討伐の為に戦力を送ってきたという体裁である。
「メルトダウナー……我ではそう呼んで居るのですが、その人形は必要なのですか?」
「我々はメルトダウンと呼んで居ます。これは別の魔法の実験用ですよ」
俺の周囲で作業をしている3Hを見て、シールズ女史……シリウス少佐がうろんげな目を向けた。
人形遊びの趣味でもあるのかという問いなのだろうが、俺としてはそのつもりが無いので首を振っておく。
「新しい魔法……この期に及んでですか?」
「今だからこそですよ。ニブルヘイムの別バージョン、受信型のヘルヘイムと俺は呼んで居ます」
俺の言葉を聞いて、シリウス少佐の気配が露骨に変わった。
顔色は変わらないが幻影だから当然だろう。だが自爆用と聞いて心静かに聞ける筈が無い。
「俺の世話を焼いているのは動かしているのが妹なだけです。中身は戦術級魔法の危機で埋まっています」
仮の名称をニブルヘイム(氷の国)と同じ場所ともされるヘルヘイム(死の国)と名付けたのだが……。
この魔法は俺がサードアイで衛星照準で撃つのとは逆に、各種通信機能を使って特定の場所に発生させるモノだ。
もちろん一定の場所にしか発生しないので、トラップにしかならない。だが深雪を安全地帯に置いた上で、その協力を得られるのだから研究する意味はあったと言えるだろう。
「実は俺の師匠……。九重・八雲も今回の襲撃事件に協力を申し出てくれています。しかし、一定の範囲から接近していません。お判りですね?」
「そこまでしてアレを守るとは本気なのですね……」
正確には侵入者を確実に葬る為なのだが、それを口にしても仕方あるまい。
師匠が接近しないのは別の理由……黒幕対策に動いているからだと思うが、それも伝える必要は無い。
トラップの方向転換が可能なことは言わなかったが、最低限のことは伝えておいた。
後は配置などの相談をするかというところで通信が入った。予想よりも早いが、相手もこちらの想定を上回る為に行動して居たのだろう。
『少佐! 脱走兵の反応を発見しました!』
「ただちに向かいます。……ミスター、まずはこちらに任せてもらいますよ」
「構いません。先に発見したのはそちらですから」
手柄争いなどする必要は無いし、仮に政治筋で官僚が何か決めて居ても俺には関係ない。
結局のところ襲撃差の戦力が減れば問題ないので、まずはお手並み拝見と言ったところだ。
まずはセオリー通りの迎撃から始まり、隠れて居た本命が進軍を開始。
これを予想して居たらしきスターズが二の陣で無理に対応したと見せて、抜けた所に遊撃隊が襲い掛る。
突破された二の陣はそのまま包囲網として加わるのだが……。
『
敵の中心人物であるアルフレッド・フォーマルハウト元中尉が古式魔法の詠唱を唱え始めた段階で様相が一変する。
周囲に熱波が立ち込め始め、灼熱の炎を流星の様に引き始めた。
『不浄の森を焼き尽くし、一切の混沌を滅っさんが為。現れ居出よ! |神威召喚!! 魚座に封じられし暴帝よ!』
手元のサイオン計とプシオン計が全て振り切れ、特に霊子災害級のプシオンが零れて居出る。
ソレが現われた瞬間にただの余波で……魔法による炎がノーコストで周辺を焼き尽くし始め居た。
存在するだけの炎を伴う三味真火。
老いも若きも区別なく焼き払う神の火が、眼前に立ち塞がる全てのモノを焼き焦がし始める。
スターズであろうと物の役に立ってはいない。大量に放射されるサイオンとプシオンで気絶しなかった、運が良い一部の連中だけが高速で逃れて居た。
「自爆覚悟の魔法で状況を打破するのは、連中もだったか……迂闊だったな」
「敵が勝手に減ったのは良いことなんだろうけどよ。達也、コレどーすんだよ」
「炎で出来たクジラというか、それともドラゴンかって言うところね。ちょっと刀で斬るには大き過ぎるわね」
もはや呆れるほかは無い。
存在するだけで霊子災害を引き越し、周囲を燃やすような相手に付ける薬も爆薬も無かった。
あとは嵐が過ぎ去るのを待つのみだが、このまま放置する訳にはいかないのが残念だ。
「二人は一度演習場から出て奴の仲間を見付けてくれ。アレが出て来ると知って居るならば陽動が済み次第に撤退して居るだろうからな」
「達也は?」
俺は首を振ると、深雪が動かして居る3Hを抱き寄せながら地図を示した。
このまま放置する訳にはいかない以上、ここで何とかするほかあるまい。
「奴の目的通りにユニットを破壊させれば気が緩むだろうし、あのまま本体が無事とは思えん。俺は予定通りにここでヘルヘイムを発動させる」
「それって危険じゃない? なんならあたしが……」
俺はエリカの申し出を断り、吐き出される炎の規模と速度を示した。
ハッキリいって、少々の速度で振り切れる相手ではないのだ。
「アレは速度で何とかできる相手じゃない。前にも話したが俺には再生魔法がある。他人に対する条件と、自分自身に対する条件で難易度が大きく違うから俺だけなら何とかなる」
「……」
実際には雲散霧消で削り取る事も視野に入れているが、正直なところ自身が無い。
フレイムヘイズであれば宿している人間を消せば済むが、紅世の徒である場合は存在の力を削り続ける事が出来るだろうか? そもそも干渉レベルの差で弾かれかねなかった。
「深雪のヘルヘイムは、今回の命綱だ。任せたぞ」
『は、い。お兄様。お任せ、ください』
俺は3Hを抱えて所定の場所に移動させると、凍気が十分な力を持って機能する位置までアレを引き寄せることにした。
跳躍の魔法を利用して木々の上を飛び跳ね、注意を引きつけながら不規則に移動していく。
「どうやら正気を失っているようだな。……まあこの出力で冷静に行動されたらかなわんが」
跳躍を繰り返しながら、時折、飛行魔法を交えると面白い様に熱閃を回避できる。
逆に言えば冷静に撃たれたら即死する訳で、苦笑いすら顔に浮かぶことは無い。
だが不運というものはある物だし、相手が冷静さに欠けて居てもやり方次第で当てる事も出来る。何しろこちらの攻撃が殆ど意味を為さないのだ。
「ぐあっ!? ちぃ!」
その内に炎が足を掠め、炭化を通り過ぎて一瞬で消失した。
影だけが足元に残る不気味な姿を残し、転倒しながら俺は再生を行使して再び起きあがる。
「神経ごと焼き払われるのが幸いしたな。苦痛を感じる暇も無い」
そんな筈は無いが、せめてそう言わなくてはやって居られない。
脂汗を流しながら細心の注意で移動し、クジラにもドラゴンにも見える敵を引きつけながら苦心して移動する。
だが何度か受ける広範囲の炎や、超高速の熱閃は避けきれない。辿りつく前に徐々に追い詰められていった……。
と言う訳で、『アルフレッドは、かみを、よんだ!』と言う感じです。
劣等生のワールド的には、発狂と引き換えに熱量魔法最強のムスペルヘイムを常時発動していると思ってください。
視線で発動するというアルフレッドさんのバイロキネシスを、ムスペルヘム並みに強化した……でも良いのですが。
とりあえず雲散霧消は通じず、再生も最低条件と言う感じで、どちらかといえばイベント戦闘になります。
次回の後編で何とかした後、正体を現しつつある黒幕との対決コースに入って行くことになるかと。