●偽の戦略魔法
敵は大亜連合ないし大漢の残党で、USNAにもコネクションがある『紅世』の関係者。
目的は戦略魔法であるマテリアルバーストの情報を奪取、可能ならば魔法式も取得売るか技術者の略取。
そう考えれば、しっくり来るモノがあった。一本の線が通ったと言っても良い。
それに相手が何者であっても、マテリアルバーストを狙うのであれば遠慮は不要だ。
「まずは連中をおびき出す囮が必要だな。……アレを使うか」
秘匿回線に切り替えた後で独立魔装大隊へのホットラインを立ち上げ、大隊の本部ではなく技科を指定する。
ややあって相手側の防護が整った後で回線が通じた。
『やあ大黒特尉、今回は何の用かな? 面白い用件だと良いのだけれど』
「真田大尉。マテリアルバーストを狙っている組織がある様です。『M・ユニット』の用意をお願いしたいのですが」
横浜戦依頼追加した連絡相手……技科を指定した場合は、情報管制と電子工作を担当しているはずの藤林中尉あたりが良く出て来るのだが……。
今回は不思議と研究三昧の真田大尉が顔を出した。
大尉はこちらの考えを推測したのか、それとも自分でも面倒だと思っているのかその辺りも含めて説明してくれた。
『参ったな。いま響子くんは家の用事で暫く動けないそうなんだけど……。M・ユニットということは、囮に使うのかな』
「はい。偽装の戦略魔法であるメルトダウンを用います。必要な大型CADとプログラムの輸送計画があるならば奪いに来るか、様子を探りに来る可能性は高いでしょう」
横浜戦ではいざという時のマテリアルバーストの情報を隠す為に、幾つかの偽情報を用意して居た。
その内の一つが霹靂塔対策の魔法であるアブソルルート、偽装の戦略魔法メルトダウンなのだが、こちらは情報隠蔽の中では相当上に置いている。
横浜戦に参加した大亜連合の連中がハッキングで調べたとしても、関連性があると判るくらいのレベルだ。
あの時に手伝ってもらったシルバー社やブティックのメンバーにも当然伝えて無いし、もしその時の技術者が聞いたとしても、戦略魔法の切り札の本当の名前かと思うくらいだろう。
「それと自分が襲われた話しはお伝えしたと思いますが、最近では自分の周囲で戦力になるメンバーがことごとく封じられて居ます」
『おっと全部は言わなくても良いよ。……そういえば君の所の会社の一つで響子くんが社長をして居たっけ。なるほどなるほど、こいつは面白そうだ』
真田大尉はニヤニヤしながら手元で端末を操り始めた。
転送が始まったので、某かの資料を用意していたらしい。
『こんなこともあろうかと、FAE理論を応用してメルトダウンもそれっぽく化粧しておいたんだ。中身を詰めて持って来てくれるかな?』
「……流石は大尉ですね。判りました、適当に辻褄を合わせて持って行きます」
FAE理論は魔法の発動タイミングの誤差を応用した理論で、USNAのヘビィ・メタルバーストにも使われていると聞く。
確かにそれらしい囮にはなるのだが、名前だけのデータをわざわざ研究して居る辺りが真田大尉らしい。
いや、その理論発展をこちらに押しつけて来るのも、らしいといえばらしいか。
ともあれこれで囮の用意が出来た。
大隊の方で手を回した場所に大型CADを輸送してもらって、適当なタイミングでその場所にデータを届けるだけだ。
相手の工作を考えればスパイがこちらを窺っていることも考慮して、シルバー社で少しずつデータを組みあげて行くのが良いだろうか。
(スパイと言えば……。封じられた戦力は横浜戦……いや夏の九校戦以降に『得たことに成っている』コネクションだな。護衛の手配も必要だが……念の為に監査へ回してみるか)
横浜戦では情報ランクを設けて、レベルによって知ることの出来る情報を分けて居た。
今回の敵がどういった情報を知って居るかが判れば、どこから漏れているのかが判るかもしれない。
身内はできるだけ疑いたくないものだが、信じるだけで何もしないのは怠惰だろう。
脅されたりセキュリティの甘い個人宅などをハッキングされている可能性も含めて、対策はしておいた方が良い。
(まったく。こうなって来ると黒羽家の戦力が多忙なのが痛いな。もっともそれを含めて狙ったのだろうが……)
分家の中で裏事を担当していた黒羽家は、戦力の激減による立て直しも兼ねて表の担当に切り変わって居る。
これが津久葉家で起きたボヤ騒ぎ以降、あちこちの調査や護衛で忙殺されているという状態だった。
森崎一門を雇うことで戦力的には補いが付きそうだが、諜報活動が減耗したままなのが痛い。
現に情報収集が遅れ気味だし、ある程度は判明した今でも確証が得られないでいる。
もっとも黒羽家に変わる諜報力などそう簡単には……。
「待てよ。そうか、情報と状況が固って来た今なら問題無いかもしれんな」
「お兄様?」
口に出した答に反応して、深雪が声を掛けて来る。
疑問を生じたというよりも、応対する事でこちらの考えを固める手助けをしてくれるつもりなのだろう。
「深雪。明日の朝に師匠のところに窺いに行く。送られて来た進物の中から適当に用意してくれ」
「承知しました、お兄様。先生が御好きな物を二・三、選んでおきますね」
俺の師匠である九重・八雲は忍の末裔を自称して居る。
その腕も情報網も確かなのだが、迂闊に無知な状態で質問を行えばスポンサーの中の『誰かが考えた正解例』に誘導されてしまう可能性も秘めて居た。
師匠は師匠なりの家業があるとも言えるが、どちらかと言えば相手の熟成に合わせて居るという方が大きいだろう。
未熟ならば保護し導くのが当然、熟達者ならば信頼して必要な情報だけを渡して来るというのが、師匠なりのモラルなのではないかと思う。
その意味ではここまで状況が確定し、色々と用意した後ならば侮られることもあるまい。
●偽装の撤退戦
師匠の元を訪れてから数日、俺達の作戦は最初の段階に入った。
幾つかの情報交換を行い、とある『取引』を行った事で作戦の大枠は固まったと言える。
「すいません、今日は早めに切り上げてブティックの方に寄って行きます。藤林社長との約束がありますので」
「気にしねえでくださいよ。所長って言う意味なら御曹司だってウチの社長なんすから」
「そうです。席を空けると言っても、納品じゃ仕方無いですよ」
囮と言っても正規のルートで発注を掛け、プログラムと調整用のCADを製作して居る。
これならばどこのルートでスパイが動いていたとしても、『流れ』だけを見るならば本物に見えるだろう。
「と言う訳で、お願いします」
「依頼だか……ですからね。では司波さん、先導しますのでこちらに」
「よろしくお願いしますね」
一緒に社へ寄って居た深雪を森崎に預けて帰宅させる。
同様に俺の方も最近付け始めた護衛を連れて、ブティックの方へ移動する事にした。
警戒レベルという意味ではワザと緩めたりはしない。
丹念にコースを計算し、機械でも人員でも十分な体勢を取った上でそのレベルを維持。輸送日に指定した今日も特には警戒レベルを増減はさせない。
(だが相手から考えれば警戒されるのは当たり前。今までの警備は全て『割に合わない』と思わせる為だ。連中が今日の情報を仕入れて居るならば襲撃する可能性は高い)
M・ユニットは車両で輸送する大型機械であり、設置場所での警戒は最大級なので今は狙わないだろう。
狙うとしたら俺を襲ってデータの一部なりを確保する方が確実だ。調べるだけならばそれで十分だし、失敗したらユニットごと建物を破壊する方に切り換える可能性が高い。
(さて。『奴』が襲撃グループに参加して居るとい良いんだが)
以前に俺を襲撃した、巨人の術式グレンデルの使い手には特殊なサイオン弾を撃ち込んでおいた。
紅世からみの相手が居た時にトレーサーとする為のモノだったが、探査封じの結界に籠って居るらしく中々拠点を見付けることが出来なかった。
(……居た。コースを窺っているな)
精霊の眼を通常の状態から、あまり使うことの無い遠距離探査に切り換える。
以前は横浜近辺で何度か、社の近くで一度ウロウロしているのを確認したぐらいだったが……今日は明らかに特定の場所を目指して居るのが判った。
(あの時は不意打ちだったが、今日は遠慮なく行かせてもらおう)
予め用意したコースゆえに、どこで襲撃すれば良いのかは理解して居る。
単独犯のテロリストにとって狙い易い場所ではなく、こちらの警備体勢を少数の人員で足止めすれば、別動隊によって狙える位置だ。
『申し訳ありません、ミスター。ダミーの方に怪しげな集団がやってきておりまして……』
「問題ありません。予定通り、こちらは別ルートを通りましょう」
案の定、謎の集団によってコース変更を余儀なくされた。
こういった場合の脱出行ではむしろランダム性に富んだコースの方が良いのだが、報告ではそういったコースを塞ぐように展開しているらしい。
結果として一見安全そうであるが、それを見越して襲撃者が待ち構えるなら、一本道と同じくらい予想し易いコースだ。
変更したルートは他の護衛に合流し易く、警察などの援護を要請し易い場所になるが、腕効き魔法師の集団から見ればそんな増援は無いも同じだろう。
まして相手が『封絶』という特殊な結界や認識を遮断する結界を張れるのであれば……。
「そこまでだミスター・シルバー。手にして居る物を渡してもらおう」
(来たな……炎の色が違う。封絶を張ったのは違うやつか)
調べたところ自在師たちの張る結界は、術者の性質により色彩が異なるらしい。
完全に違うのか似たような奴なら色彩も似るのか不明だが、今は以前と違う色とだけ判れば十分だろう。
「荷物を抱えた状態で二体一。抵抗できるとは思わない事だ」
「どうかな? この結界を排除するだけならやって出来ないことではあるまい」
俺たちはお互いに嘘をついた。
精霊の眼で確認すると三人目が隠れて居る。そいつがバックアップ兼、封絶などの担当だろう。
判り易く、それで居て対処し難い嘘だ。
そして封絶を術式解体では排除できない事は、予め俺も知って居た。
知って居てあえて口にするのは、三人目に気が付いている事を悟らせない事。そして本来は二丁を持つ俺が片手を鞄で塞いでいるのを、信じさせるためだ。
この嘘を付いた上で、最後まで鞄を後生大事に抱えて居れば、それなりに偽情報を信じざるを得まい。
「それに……。二つのCADを持つのに、別に両手を使う必要はあるまい!」
「なに、跳んだ!?」
「落ち付け、君も出来るだろう」
そもそもCADは携帯端末やブレスレットというのが一般的だ。俺がそうして悪い理屈は無いし、そもそも最近は新型装備の研究をして居た。
ゆえに自分専用の特殊CADを幾つか用意して居るし、シルバーホーンとは特化の方向が違うだけで戦闘用に調整してある。
まずは封絶の外縁に向かい、術式解体を試すように偽装する。
当然無駄なことであり、返って自分の手番を捨てるような悪手だ。だからこそ、それを見越して相手は攻勢を仕掛けて来るだろう。
俺の狙いは最初の数手で失敗して見せることで、相手の目論み通りであると見せつつ、終盤で逆転する為の布石を打つことだ。
(まあ、そうそう上手く行くかは不安もあったがな……。幸い、あの二人目はレオが言っていた相手と特徴が一致する)
一人目は光の巨人グレンデルを出現させる男。
二人目は姿こそ隠して居るがレオの言っていた特徴と一致する……強力なベクトル操作を使用する男。
三人目の特性は不明だが、こちらが気が付いていないフリをしつつ一気に強襲を掛ければ倒せる可能性は高い。
仮に倒せずとも、封絶を維持できない様にするだけなら何とかなるだろう。
……何らかの防御手段があり、ダメージすら与えられない場合は非常手段を使わざるを得ないが。
「鳴り響け」
コマンドワードを唱えることで新装備による、微妙に異なる二つの振動魔法を条件起動でアクティブにした。
一つ目は蹴りを条件に射程強化型の振動波を放ち、二つ目は腕による打撃を拡大する威力強化型の振動波を放つモノだ。
そして新装備たる所以は、術式解体や術式解散とリンクして、追い掛けるようにタイミングをずらして使用する。
「邪魔だ。そこで見て居ろ」
「くっ……。この間のアレをもう改良したのか」
跳躍からの着地と同時に、回り込んで来た一人目の男に向けて射程型の振動波を放つ。
変数を伴う数発の術式拡散を放ち、まずは相手の防御を霧散化させる。
流石に一度食らった事があるので、術式拡散を受けた時点で回避に切り換えたようだが、おかげで距離を離す事が出来た。
……とはいえこれは擬態だろう。
俺が術式解体を封絶に放って、脱出に失敗するのを待って居ると思われた。
となればこちらが行動したと同時に、もう一人の男と共にグレンデルを起動するだろう。
「シルバーはグラム・ディスパージョンを成功させるぞ。気を付けろ!」
「判って居るとも。問題は無い」
(……これか、ベクトル操作は)
相手の防備を解除しつつ直後に蹴りと振動波を放つ。
これに対し二人目の男は逐次詠唱によるベクトル変遷を用いて受け流す。
蹴りから直接撃ち込んだ筈の振動波が、解散後に再構築された魔法式で四方に向けて拡散させられた。
俺は仕方無くバックステップで距離を取りつつ、跳躍術式で迂回しようとするのだが……。
「私の術式は、こういう使い道もある」
「ちっ。ベクトル操作に、それを応用した慣性制御の代用か。厄介な」
そいつは迂回した筈の俺に対し、最低限の機動で追いついて来た。
小さなステップから放たれるジャブを受けただけで、俺の跳躍方向が微妙に変更された。
おそらくは発動規模を小さくする代わりに連続して使用し、まずはベクトル操作を自分の足に使用した高速機動を掛け、次に拳が当たった場所に使用したのだ。
追い込まれた事に成るが、俺はこの事態に対抗すべくサイオンを練り上げ始めた。
そして脳裏では精霊の眼を使って周囲の詳細を再確認した。
「だが茶番はここまでだ。……撃ち抜け!」
「無駄だ!」
俺はコマンドワードを起動し、新たに二つのCADをリレーさせる。
どちらも術式解体に見せ掛けたブラフだ。一つ目は独特の発光現象を、二つ目はサイオンの余波だけを造り出して『次』に備えるモノ。
「封絶は障壁型では無いのだよ。申し訳ないが同行してもらおう」
「一気に行くぞ!」
追いついて来た二人目が鞄の方から迫ると同時に、一人目は光の巨人が顕現する。
輝く腕が数本に分かれて伸張し、俺の周囲に迫った。術式解体を放つべくサイオンを練り上げるが使った直後とあって間にあわない……筈だった。
「言った筈だ、茶番は終わりだとな」
「何!? 連続使用だと!」
ブラフゆえに最初に練り上げたサイオンは最低限しか使用して居ない。
使用可能な強度まで再チャージし、放射と同時に二人目へ肘打ちを放つ!
急所に叩き込んだ肘打ちだけならともかく、強化型の振動波を受けてただでは済むまい。
とはいえ無用な根性を出されても困るので、ワザと一人目の方へ走った。奴を倒しても無意味だと知っているならば、今は回復に専念するだろう。
「馬鹿な。チャールズを一撃で!?」
「ベクトル修正に頼り過ぎだ。次はお前だ!」
跳躍術式は使わず小走りに一人目の方へ戻りつつ、精霊の眼で探しておいた三人目の位置を捕捉する。
そして援護に向かうか迷っている間に、一気に跳躍して飛び込んだ。
「そこに居るのは判って居る! 術者はお前だな!」
「きゃあ!?」
「ミア!」
着地と同時に蹴りを放つのは先ほどもやったが、三人目の能力は防御用では無ようで今度は成功したようだ。
ふらついた三人目に対し、体勢を立て直すと同時に肘打ちからの膝蹴りへと繋ぐコンビネーションを放つ。どうやら女の様だが遠慮は不要!
ここまでは全て計算通り。
もし俺に計算ミスがあるとすれば、三人目の能力が意外なモノだったことだろう。
「だ、大丈夫です。……まだやれます。サリバンさんは大丈夫ですか?」
「すまん。助かったよ」
「……再生能力。なるほど、バックアップには最適だな」
女は小柄で相当なダメージを負った筈だが、ふらつきながらも立ちあがって来た。
そして二人目に掛け寄り立ち直らせたことで、その真価が理解できた。かなり強力な再生能力で自分や二人目を治療したのだろう。
「これで振り出しだな。諦めて渡したまえ」
「い、今ならまだ……」
(ふう。……ここまでだな)
三人目の再生能力がどこまでか試す意味は無いだろう。
判って居るのはこのままでは、封絶を破ることが出来ずに捕まってしまうことだ。
もちろん鞄を渡してダミーだとバレるのも困るし、では本当は何だとマテリアルバーストに気が付かれても困る。
ならば遠慮をするのはここまでだろう。ここからは本気で相手をせねばなるまい。
「オン・マケイシュラヴァヤ・ソワカ」
俺は無意味なマントラを唱えることで、思考の整理と周辺の状況把握を図ることにした。
と言う訳で戦闘回です。
ワザと相手の罠に引掛ったフリをしつつ戦力を削る、偽物の情報はそのまま信じさせておきたいなぁ……。という感じになります。
次回は今回の戦闘に決着を付けつつ、襲撃犯たちを壊滅させて行くことに成ります。タイトルは『雲散霧消』の予定。
久しぶりに九重先生の名前が出て来ましたが、原作よりも一歩進めて達也君とはプロ同士の信頼関係になっています。
だから保護者では無いので教えてくれないし、妥当な取引じゃないと話を聞いてくれません(その代わりに頼んだことは実行してくれます)。
今回、何を頼みに行ったのかは書いてませんが……。これは数話ほど先に終盤に成った時に『あの時』と言う感じに出て来るかもしれません。