√シルバー【完結】   作:ノイラーテム

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ブランシュ・無頭竜同盟編
学業のススメ


●志望

 とある夜のこと、俺は体術の師匠である九重・八雲にアポを取り、車中で考えをまとめながら向かって居た。

 第一高校に行くことは決めて居たし、七草会長との会談で決断もした。

 後は本家からの横槍が無いか次第だが、あった場合に説得する為の材料にする為だ。

 

(深雪が四葉の当主候補筆頭であり、俺はそのガーディアンである以上は一高から四校までに絞られる)

 本家の指示そのものは通信や伝令で良いとは言え、家の行事もある以上は近隣の方が良い。

 長距離移動手段を使用する頻度から特定される訳には行かないし、だからといって隠れて移動するのもおかしな話だからだ。

 

(本家のある長野から同心円状に在る四つの学校のうち、真っ先に外れるのは技術の四校)

 技術系の四校は俺の修練にしかならないし、ライバルに成ってもらう方が良い。

 そうすれば丁度良い相手に成るし、場合によっては従姉弟たちが入学し、その成果を内外から手に入れる事も出来るだろう。

 

(次に外すのは京都の二校。古都に住まう古式魔法師の検証は魅力だが、おいそれとは教えてくれまい。それに『九島』の縄張りだからな)

 十師族のひとつである九島は長老的な立場に在り、うちの当主さまが弟子入りした時期もあって仲が良い。

 四葉の強大化を懸念して離れそうになった時もあるが、『紅世の徒』が起こす事件で四葉や七草の戦力が削がれたこともあり…仲が良いままなのだ。

 

(九島と言えば、あそこの当主候補は体が悪いと聞いたな。完全思考型を研究して持ち込むのも悪くないかもしれん。…やはり二校は無いか)

 CADの操作の方式は、思考は補助にメインは指先で操る接触型が主流で、完全思考型は誤作動が多いので自分なら扱いたくは無い。

 だが、逆説的に言えば改良の余地が沢山あるという意味では良い開発対象だろう。

 九島の当主候補のように体が悪い者には完全思考型の方が操作が楽だと聞いたこともあるし、その辺りを手土産に出来るならば、ワザワザ同じ学校に成って仲を深めに行く必要も無いだろう。

 

(やはり本命の一高か、対抗で金沢の三校という選択肢だな)

 一高は首都圏に在ることも踏まえて生徒の層が分厚く、ここ何年か九校戦と呼ばれる魔法を使ったスポーツ大会で二度も優勝して居る。

 無難に通うにしても、選手や技術者入りして名前を上げるにしてもやり易いと言えるだろう。

 一方で三校の方は武門の気風があり、戦闘面を重視した傾向にあることから、九校戦でもライバル関係にあった。

 競技の固定化の問題で連敗しているが、それも僅差が重なるので点数方式の影響とも言える。何らかの手を入れることができればスパイラルから脱出できるだろう。

 

(北陸の『一条』は佐渡侵攻の影響で郷土意識が強いと聞く。となるとプリンスはあちらだろう。カーディナル・ジョージがどう出るかも気に成るな)

 佐渡への侵攻に立ち向かった一条の当主候補である一条・将輝は、返り血でクリムゾン・プリンスと呼ばれるほどの戦術級魔法師だ。

 加重系統プラス・コードを発見した吉祥寺・真紅郎もまた北陸の出身のはずだ。

 彼らが次の世代の三校を担うのであれば、七草会長たちが卒業した後なら勝利は可能だろう。

 

(…七草会長には悪いが、三校も悪くは無いな。深雪も居るし新人戦だけなら勝利を奪うのは難しくない。全年の優勝はその次の年からでも遅くはあるまい)

 心情的には協力を約束した七草会長の手前、一高側に在る。

 だが俺の冷めた思考回路は、三校に入る場合のメリットを計算して居た。

 俺や深雪の力だけで逆転できるほどに甘くは無いだろうが、プリンスとジョージが居るなら話は別だ。

 勝利を演出して得られる名声や、過程で得られる技術を考えれば、利点は決して低いモノではない。

 

(やはり本命馬と対抗馬の関係だな。意図して三校を下げる提案をするほどじゃない。…あとは一高で事件が起きた場合に介入するか次第だ)

 一高で事件が起きる可能性が高い。

 俺はその臭いを嗅ぎつけている。七草会長が言った、司兄弟の言う霊子放射光過敏症の改善とやらだ。

 治せないはずの病を乗り越えた人物…の元に集う人望で、何をしようとしているかが気に成る。

 

(司兄弟は意図的に噂を流布し、一高で何かをしようとしている可能性が高い)

 剣術大会で優勝した以上は、トリックがあったとしても改善という噂は広まるだろう。

 一科生を打ち破った二科生という名声もまた、何かを起こすのには打ってつけだ。

 集めた人望を利用して出来ることには限りがあるが…。

 もし意図して事件を起こそうとするなら、何らかの技術なり作為な嘘でもって利用はするだろう。

 

 これに介入して収めれば、直接でも間接でもいい、何かを得ることは可能だろうか?

 三校に行くメリットという事実を打ち消せるだけの、何らかのメリットを俺は探す。

(つい…とは言うまい。心情的には一高なのだと認めよう。会長個人はともかく、現時点で評価されない系統の実力を認めさせてみたいと思う)

 その意味に置いて、司兄弟が切り口にしている名声は、俺自身の問題には利用できるものだった。

 野心的に利用しに行くか、放置して騒ぎを利用するに留めるかは、連中の目指すモノ次第だろう。

 

 そう思っていた俺の認識は甘かったのだと、過ぐに思い知らされることに成る。

 何しろ連中は騒動どころか、積極的な犯罪を犯そうとしていたのだから。

 

●忍者

 

 修行者が集う忍者の屋敷、九重寺。

 ここには俺の体術を鍛えてくれた師匠、八雲和尚が居るはずなのだが…。

 

 寺にはそぐわない香りが、周囲に満ちて居た。

「これは…どういうことだ…」

「達也くんかい? いやあ、やられてしまったよ」

 灯りが無いのは何時もの事だが、寺に取っての住居である庫裏に向かうとと、そこには九重・八雲がぐったりとしていた。

 呼吸は荒く、今にも死にそうな顔で俯いている。

 

「まいったまいった。久しぶりの友人の来訪だと思っていたら油断した。……と秘蔵の般若湯だったんだけどねえ」

「坊主が酒なんか隠しておくからです。大丈夫ですか? 無理なら誰か呼びますが」

 酒気がそこらじゅうに充満しているくらいである。

 相当な量を呑んだのだろう。

 

「よせよせ。むくつけき男に介抱されて何が嬉しいもんかね」

 俺が介抱する人間を呼ぼうとすると、師匠はパタパタと手を振った。

「君の妹さんくらいの美女とか、差し入れの方がありがたいよ。それになんだ、彼女がその辺に転がったら若い者には目の毒だしね」

「でしたらお袋が置いて行った地酒でも今度持ってきますよ」

 俺は生活の闖入者が残した置き土産を押し付けることにして、『眼』を凝らしてみる。

 

 その瞬間、異様な景色が拡がることに気が付いた。

「誰も居ないようですが、至る所に…」

「それは隠行法の一つさ。何処かに隠れるんじゃなくて、全てに妖しい気配を散布しておく。欠点はあるが見破られ難いのが特徴」

 充満する酒気全てに、サイオンと残り香のようなモノを感じた。

 嗅覚による探知を妨害するモノのようだが、エイドスの在り処すらも妨害していたのだ。

 

「自分の情報をコピーペーストして分身に紛れるわけですか。居ることが判ってしまうが、何処かは判らない…」

「こうすると簡単な隠蔽を併用するだけで姿を消せるし痕跡が残らないからね。彼女の様に常在戦場で敵地に潜り込んで休む人間には、まさに眠りながらでも維持できるシロモノさ」

 俺は自分の特殊な眼による探査を過信して居た。

 師匠達の様に情報戦が主体の者に取っては、優れた探索法などあって当然、それを誤魔化す為の技術を磨き合っていたのだろう。

 

 一本取られた形であるが、俺はむしろ克己心を刺激された。

 同レベル以上の相手でなければ、自分を磨くことなど出来まい。

 先ほどまで一条と組むのも悪くないと思っていたが…、何のことは無い、九校戦で戦うことこそを愉しみにしていた。

 

「しかし、君が家の事に触れるのも珍しいね」

「偶にはそういうこともあります。家の用事でお土産を抱えて御機嫌窺いに出歩くこともありますしね」

 さりげない話題で、師匠は俺の素情に探りを入れてきた。

 四葉の情報隠蔽は強力で、俺のことを調べきれなかったと言って居たのを思い出す。

 

 それに対して俺は、トボけた振りでサインを送った。

 場合によっては情報を開示して良い、ただし、相手とレベルを考えること。

 そういう指示は出ているが、ここで喋る気は無い。

 だが、臭わせることで、俺が何者かを判断するピースだけを与えるということだ。

 

 何処の家に所属するのか追求しないし、自ら喋ることも肯定もしない。

(当然のことだ。俺と師匠は何人かを介して出会い、懇意の付き合いがある程度。同じレベルの付き合いがあったり、スポンサーが居るなら黙っておくことはできないだろう)

 それは俺にも言える。

 四葉家には隠れた大物スポンサーがおり、かなりの影響を受けて居ることは確かだ。

 懇意にしている家はあって協力体制も築いて居るはずだが、スポンサーの意向次第ではそれらとも距離を置く必要があるくらいの間柄である。

 

「じゃあ何処の酒か愉しみにしていよう。ところで…今日の用事はなんなのかな? まさか稽古でもあるまい」

「それなら相応の時間に汗を流しに来ますよ」

 俺は苦笑してみせてから、話を一端打ち切る。

 今夜は四葉だろうと匂わせたに留まるだけで、これ以上の詮索は無用だ。

「聞きたいことがあったのですが…御来客なら出直しましょうか?」

「構まわないよ。聞いて居ても関心が無ければそれまでの人だし、興味があれば立ち塞がるモノ全てをなぎ倒して現れるからね」

 おおよそ女性を示す言葉ではないが、氷の冷たさと炎の熱さを兼ね備えた人物だと思われた。

 熱し易いが冷め易い、とことん自分の都合を優先する人物なのだろう。

 

「魔法科学校の競技で、去年の剣術大会で優勝した、一高の司・甲について尋ねたいと思いまして」

「ふむ…。忍びとして、近所に越してきた人物のことは軽く調べることにしているんだけど…まあ知ってるよ?」

 師匠は剃りあげた頭をポリポリとかきながら、言うべきことを整理して居る様だった。

 口を開いた時に出てきたのは、実に詳細で、何時の間に調べたのかと首を傾げるほどだ。

 

「司・甲、旧制は賀茂・甲。親の連れ子で司・一とは当然、義理の兄弟になる」

 まずは当たり障りのない内容で、ここまでは驚くに値しない。

「君が聞きたい方面だと、司・甲がエガリテに所属し、司・一の方が上部組織であるブランシェのリーダーということかな」

「エガリテにブランシェですか…」

 これは驚愕に値する情報であった。

 

 ブランシェは一種のテロリストで、エガリテは若者向けを取り込む為に若干マイルドになった下部組織である。

 魔法師と一般人の収入格差を是正するという詠い文句だが、魔法師に課せられた義務と努力を無視し、暴れるだけ暴れて居ると言う状況だ。

 表向きの看板に合わせて言論で活動して居る様に見えて、裏ではそんなレベルでは無く、当局は完全にテロリストとしてみなしている。

 魔法師が居ることが原因とするその趣旨は、裏で何処かの国が唆していると思われた。

 

「それとブランシェは最近に成って他の裏稼業の連中ともめて居てね。御同業と争ったり取り込んだりを繰り返している」

「感謝しますよ師匠。これで一高に行った時に戸惑うことが無くなります」

 俺はこの時点で一高に行くことを決めた。

 司兄弟…ブランシェが何を意図して居るのかが、大まかに読めたからだ。

 一高を中心として根を張り、方々に網を伸ばすには絶好の立ち位置なのだから。

 

 これから起きる犯罪を未然に、あるいは起きてから穏当に納めることが出来れば大きなプラスになる。

 協力的で騒ぎを起こさない人物と目されるだろうし、そこまでに過程で…可能ならば連中の成果を横取り出来るかもしれない。

 その論法ならば、本家が他の学校に行けと言って来た場合に、説得する材料くらいには成るだろう。

 

「御礼というには失礼ですが、社に送られている中元やらお歳暮なりも持ってきますね。注文があれば言ってください」

「それはありがたいねえ。慎ましい物だけで暮らすのも良いけれど、肴が多い人生も良しだ」

 もちろん土産のことだけを指すのではなく、必要な情報や機材があれば回すと言う意味を含んで居る。

 師匠はそのことを判った上で、俺が帰宅するのを見送ってくれた。

 

●side - M’s

「達也くんは一高か。これでこっちの騒ぎはなんとかなるかな」

 達也立ち去ると、八雲は無造作に投げられた本に向かって話しかけた。

 

 書物というには大きなソレは、野卑な声で『返事』をして来る。

『キヒヒ。あれが”摩醯首羅”か。面白くなって来やがったぜ。オレ達はどうするよ、我がぶっ壊しの匠、マー…、あいた!』

「頭に響くから黙ってなさいよ。たく!」

 巨大な本の向こう側、金髪の美女が体を起こした。

 酔っぱらった仕草でクダを巻き、酒瓶抱えて一人酒。本をブン殴って黙らせる。

 

「ここは可愛い後輩に任せて、あたしは北か西に行くとするわ」

『可愛い? 誰の事を言ってるのかしらねえが、可愛いねぇ…こいつあトンたパワーワードだ』

 Mと呼ばれた女は暴力的で実に酔っ払いだが、ちっとも酔いが回って居ない顔で立ちあがる。

 そして本を留めたバンドを担ぐと、まだ中味の残っている酒瓶を抱えて立ち去って行く。

 

 あまりに気風の良い風来坊振りに、八雲が止める言葉すら思い付かなかった。

 もっともここは無法者の集まる宿である、留まるも立ち去るも自由なのであるが。

 

 

 …そして月日は流れ、第一高校の入学試験日。

 トーラス・アンド・シルバーのうち、シルバーだと言われた男の後方で、Mが名字の頭文字である女がその仕草を眺めて居た。

「わぁ…凄い…」

「ほのか。あの人凄いの?」

 その娘は、ほのかというようだ。

 友人らしき少女が寄って来て尋ねると、驚いた様に、抗議するようにちょっとだけ声を上げたのだ。

 

「凄い、凄いよ雫! 必要最低限の力を、最短の時間で合わせたんだよ? 私にはとても無理!」

「70~90の範囲が必要で、75~80が理想だとすると、そこに合わせたの? 私も…一度じゃ無理かな」

 ほのかという少女には、何かが詳細に判るのだろう。

 もう片方の雫と呼ばれた少女は、無表情ながら少しだけ饒舌になる。

 悔しいのか、それとも事実なのか、数度あれば可能だと言う言葉を添えて感心を示した。

 

「最低限で、最短か…」

 その近く。

 Mが頭文字の男は、隣で囁かれた言葉を聞いて僅かに眉を上げた。

 プロフィールには魔法に関しては大した才能が無いと書いてあったが、技術者としては十分な才能があるのかもしれない。

「そう言う傾向の才能もあるんだな」

 男はそれだけ呟いて、関心を順番待ちして居る測定に戻したのである。

 

 これが後に司波・達也に関わるかもしれないし、関わらないかもしれない男女の抱いた感想であった。




 という訳で、本編のストーリーを圧縮する為に、大幅に順番が変わっております。四葉や七草が食われて九島と仲が良いままなのも、そのせいです。
シルバーと名乗る、七草会長がハントしに来る、深雪が嫉妬して凍死させるのもあながち間違っては居ない。
雫ちゃんが最初の時点で感心、森崎君が競技者としてはともかく技術者としては認めても良いと思っている。という差が出て居ます。
 ついでにですが、八雲師匠の酒に関しては、飲み比べに負けた様にも、下戸だけど無理につきあわされたとも取れる様にしてあります。
また、本編には登場しないはずの金髪の美女は、クロス先のシャナ側の人物で、ゲスト登場、暫くは出てきません。
 次回は入学式から風紀まで行けたらなーとか思いますが、別の話を先に出して本編圧縮をまたやるので、入学式だけになるかもしれません。

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